COOL LADY’S PARADE

人生はレビューです。マンガ、本、ライブ、DVD、CDなど、色んなものをレビューします。
タイトルは “COOL LADY’S PARADE”。
JUNKな文章なので、お気軽に読んで行って下さい。

ジブリ作品

日本テレビ「金曜ロードSHOW! 耳をすませば」

月島雫は自分が借りようとする本を必ず自分より先に
借りている人がいる事に気付きました。図書カードに記された
その名は天沢聖司。雫が恋をした時、聖司は
ヨーロッパに留学する事が決まっていました。

これが放映された夜、日本中のモテない男子の阿鼻叫喚が
響き渡った事でしょう。脚本は宮崎駿、どういう事情かは
知りませんが、監督は別の人です。スタジオジブリ製作の
アニメ映画です。’94年公開、原作は少女マンガだそうです。

雫は中学三年生。親友に恋の悩みを打ち明けられはするけれど、
それは自分とは違う世界の話で、自分にはそれはまだ
訪れないだろうと、漠然と思っているような女の子でした。

雫が他人と違うのは、飛び抜けて読書が大好きなところでした。
毎日のように図書館通いをしている雫は、ある日図書カードを
見て気付きました。自分これまで読んだ本、これから
読もうとしている本を、自分より先に必ず読んでいる人がいる。
これは名前が無いと思った本は、天沢氏寄贈と書いてある。

自他共に読書好きを認める雫よりも読書好きで、読みたい本の
好みが同じ。“天沢聖司”。どんな人だろう。雫は顔も知らない
その人に、強い憧憬の念を抱くようになりました。

その寄贈本を、あろう事か雫は学校のグラウンド脇のベンチに
置き忘れました。慌てて取りに戻ると、男子生徒が手に取って
中を見ている最中でした。彼は雫が間に挟んだ紙に記した
カントリーロードの替え歌を口ずさみながら去っていきました。

「ヤな奴ヤな奴ヤな奴ヤな奴−−−!!」
それが聖司の第一印象でした。猫を追って辿り付いた雰囲気ある
骨董屋に彼がいました。店主の西という老人の孫だから
てっきり彼の事も“西君”だと思い込んでいたのですが、
やがて彼こそが、憧れの“天沢聖司”その人だと判りました。

それが結び付くと、雫の思いは急速に膨らみました。
聖司はバイオリン職人を目指し、中学卒業後はヨーロッパに
留学すると決めていました。同い年なのに自分がなりたいもの、
進路を明確に決め、そこに向かって真っ直ぐに進んでいる。
それに引き換え自分は行く高校さえ決めていない。雫は激しい
自己嫌悪に陥り、決心しました。小説を、1本完成させよう!

原作は’80年代末の少女マンガだそうですが、映画化された
’94年時点で既に本の貸し出しはデータ化されており、
原作との時代のズレが生じてしまっていました。

作中で言い訳のように「最近は図書カードが無くて
データ化されて味気ない」という台詞を言わせていましたが、
図書カードが無ければ二人の出会いは成立しなかった訳です。
この物語も無かった事になります。風情が無いですよね。

雫は奥手でしたが、恋は降って湧いたように向こうから
やって来ます。親友がラブレターを渡した相手は自分が
いつもちょっかいをかけたりかけられたりしている野球部の
エースで、雫は悪友としか思っていませんでしたが、彼は仲を
取り持とうとした雫に、俺はお前が好きなんだと告白します。

同時進行で聖司との出会いも訪れます。急に雫の周囲が
浮き足立ってきました。聖司はバイオリン職人になる夢を
熱く語リ、雫の前で自らバイオリンを弾いてみせます。

雫は忽ち聖司にポーっとなります。『ヤな奴』の時点で
気恥ずかしくなる程のキラキラした恋の予感しかしませんが、
こんな男子が目の前に現れたら、好きになって当然でしょう。

聖司は見た目もいい設定らしく、女子の憧れの的です。
それがいきなり違うクラスの雫を訪れ、雫を呼び捨てにして、
雫のクラスをざわつかせます。外見だけではなく態度も
イケメンです。これがどれくらいスキャンダラスな大事件か、
きっと今の中高生には判らないでしょうね。これも’80年代の
古き良き感覚なんだろうなぁと、しみじみ思いました。

そうやって呼び出した屋上で、聖司は雫に意外な告白をします。
自分も雫が自分と同じ本を読んでいる事に気付いていた、
雫に気付いて欲しくて、雫が読みそうな本を選んで片っ端から
読んでいた──。雫を見つけたのは実は聖司が先だったのです。
これは雫にとってどれほど驚きで、幸せな事だったでしょう。

自分の足で歩こうとしている聖司の事を知れば知るほど、
雫は中途半端な自分とのギャップを感じざるを得なくなります。
自分なんて彼に釣り合わないんじゃないか、雫は真剣に悩み、
もがき苦しみます。そして聖司が修行の為に一時的に旅立つと、
泣き喚くような想いで、小説を1本完成させようと決意します。

漠然と思っていた“物語を書きたい”という気持ちを形にして、
それを成し遂げる事が、聖司と釣り合う自分になる
資格とでも言うように。そこで雫の小説のキャラとして、
骨董屋“世界堂”の陶器の人形・猫のバロンが動き出します。

公開時はこのバロン君がやたらとプッシュされていたので、
雫の妄想キャラとして、作中ずっと駆け回るのかと
思っていました。しかし動くバロンは終盤で雫の小説の
キャラとして登場しただけでした。あんなにこの映画の
象徴のように押し出す必要は無かったのではないでしょうか。

受験で大事な中3の夏休みを執筆に捧げ、雫は小説を
完成させます。一時留学から帰国した聖司は早朝、
雫を家に迎えに行き、呼び出します。そして告白──
どころか、付き合うとか素っ飛ばして、プロポーズします。

この展開はびっくりしました。中3で、出会って何ヶ月も
経っていなくて、付き合ってさえいないのに、職人気質なのか、
一本気です。中3の初恋で、バイオリン職人を目指す彼と
両想いで、雫は何て幸せな女の子なのだろうと思いました。

ジブリの声優嫌いの傾向はこの頃からあったようで、
聖司の声優さんは高橋一生さんがやっていました。
名前だけ聞いてもピンと来なかったのですが、顔を見て
理解しました。民王の貝原じゃないですか!!最近
人気だけど、子役から演ってたんだなぁと、びっくりしました。

日本テレビ「金曜ロードSHOW! 紅の豚」

舞台は第一次世界大戦と第二次世界大戦の間、世界大恐慌の
足音が近付いてきたイタリア。魔法で自らの姿を豚に変え、
空賊を捕まえる賞金稼ぎをしているポルコ・ロッソの物語。
「飛ばねぇ豚はただの豚だ」のキャッチコピーもお馴染みの、
宮崎駿監督による劇場版アニメです。’92年公開。

飛行機で船を襲って金品を奪う、海賊ならぬ“空賊”が跋扈する
イタリア・アドリア海。豚の飛行機乗りのポルコ・ロッソは
彼らを捕まえる賞金稼ぎをしていた。飛行機乗りが集まる
酒場には、オーナーで彼ら全員の憧れの女性・ジーナがいた。

ポルコとジーナは旧知の仲で、単なる友人とも恋人とも違う、
探り合うような空気が二人の間には流れていた。
空族達は、空賊連合を作ってポルコに対抗しようとしていた。
酒場には、空賊達が雇ったアメリカ人の強敵・カーチスもいた。

ポルコはカーチスに敗れ、馴染みの工場に飛行機を修理に出した。
工場の主のピッコロは、孫娘のフィオに設計をさせると言い出した。
まだ17歳で少女のフィオに、ポルコは当初は激しく反対した。
しかしやがて彼女の腕を認め、設計を全面的に任せる事にした。

ジーナに気がありそうだったカーチスは、ジーナに振られて
フィオに出会うと、フィオに一目惚れした。フィオとの結婚と
ポルコの飛行機の修理代を賭け、ポルコはカーチスと再選する。

豚がカッコ付けてるという姿なのに何故かカッコいい。
ハードボイルドという言葉がぴったりの台詞回しと、何より
声優をしている森山周一郎さんの声がダンディでぴったりです。

ポルコは凄腕の飛行機乗りで、空中戦をやるので、
宮崎監督が大好きな空を飛ぶシーンが思う存分描かれています。
フィオが設計をし、工場で飛行機が組み立てられていく
シーンは、後の風立ちぬを彷彿とさせます。この頃から、
きっと監督は設計する人の姿を描きたかったんだと思います。

船を襲う空賊達は、悪者なんだけど筋は通っていて、どこか
ユーモラスです。スイミングスクールの幼稚園児が乗った船を
ジャックしてしまった時は、人質の子供達が飛行機の中で
はしゃぎ回って、それを宥めたり、お世話したりしていました。

冒頭のこのエピソードは敵がどういう連中か、この映画が
どういう雰囲気のものか判りやすく教えてくれるものでした。
この演出はさすがです。皆、根っからの悪人ではないんですね。

ジーナの酒場には、飛行機乗りが敵も味方も集まって、
そこでは両者が一時休戦します。古き良き時代、という空気が
伝わってきます。ジーナの関係は大人の雰囲気たっぷりで、
これが明確に、大人向けに作られた映画だと認識できます。

ポルコとカーチスが一騎打ちしている最中に、普段は敵の筈の
空賊達がポルコを応援し始めたり、カーチスとの勝負が最終的に
素手での殴り合いになったところは男の友情を感じました。
描きたかった世界は十二分に描けたのではないでしょうか。
きっと監督は、この映画に満足していると思います。

日本テレビ「金曜ロードSHOW! 魔女の宅急便」

魔女は13歳で家を出て1年間修行をしなければならない。
そんな掟に従って、魔女の少女・キキは黒猫のジジを従えて、
箒に乗って見知らぬ街に旅立ちました。辿り着いた街でキキが
選んだのは、箒に乗って荷物を届ける、魔女の宅急便でした。
’89年公開の宮崎駿監督・脚本、アニメ映画です。

魔女は修行中に各々の得意な力で生計を立てる事になっています。
母がやっていたのは魔術を利用した薬の調合、街へ向かう途中で
出会った先輩魔女は占い。しかしキキは空を飛ぶしか能がありません。

降り立った街で忘れ物の鞄を届けた事にヒントを得て、キキは
空飛ぶ宅急便をやる事にしました。出産間近のおソノさんに代わり
お店を手伝う事を条件に、パン屋を営むおソノさん夫婦の家に
居候させて貰いつつ、そこを宅急便の拠点する事になりました。

新しい街で大人の魔女への第一歩に胸をときめかせていた
キキですが、様々な壁にぶつかり、徐々にその表情は曇り、やがて
スランプに陥って空を飛べなくなってしまいます。でも友達の
少年が暴走した飛行船にぶら下がり危険な状態なのを知り──。

かなり前からスタジオジブリの映画ではプロの声優さんを嫌い、
俳優・女優さんばかり使うようになっていますが、この頃はまだ
声優さんを使っていたんですね。キキの声は高山みなみさん。
高山さんはキキに影響を与える画家の女性と一人二役です。

キキにやたらちょっかいをかける少年・トンボは山口勝平さん。
あれ、これって名探偵コナンのコンビじゃないですか。
これはまだレビューをいていなかったなと思いこのレビューの為に
二十数年振りに見ましたが、この配役気付かなかったなぁ。

キキは最初は人の役に立ちたいと希望に燃えていましたが、
お婆さんと一緒に一生懸命焼いて、暴風雨の中濡らさぬように
守って、冷めないように急いで、頑張って届けたパイを、届け先の
お孫さんに“またこれ?このパイ好きじゃないのよね”と一蹴され、
またその所為で実は楽しみにしていたパーティーに行けなくなった
不運が重なり、迷いが出てひどく落ち込んでしまいます。

キキの一生懸命さと優しさ、純粋さ、真面目さ、だからこその
躓きや傷付き。一つ一つのエピソードでキキの心情がとても上手く
表現されていました。見る物全てが新鮮で、キラキラしたものを
心の中に詰め込んでいた13歳の少女が、社会に出て現実を知り、
急激に世界がくすんで見えた様子が手に取るように分かりました。

キキをパーティーに誘ったのは、魔女を珍しがってやたらキキに
近付いて来たトンボ。最初は気取って「フン!」と往なしていた
キキですが、生まれて初めて男の子に好意をぶつけられ、
会う毎に小さな胸のドキドキを育てて行ったのではないでしょうか
作中で明言はされていませんが、これはきっと初恋ですね。

大人になってから見てみると、宅急便の注文の電話を受ける時の
キキの敬語の正確さにびっくりしました。13歳とは思えないほど
物凄くきちんとしたビジネス敬語です。絵は
デジタルリマスターなんでしょうね。地デジでも全く問題なし。

児童向けの小説が原作だったようですが、原作者は“宅急便”が
ヤマト運輸だけのものと知らず一般名詞と思っていたようですね。
映画公開時にちょっとした問題があったのを覚えています。
宅急便のマスコットキャラのように黒猫も出ていたし、
ヤマト運輸さん直々にスポンサーになる事で落ち着いたようです。

日本テレビ「金曜ロードSHOW! おもひでぽろぽろ」

田舎暮らしに憧れていた27歳のOLのタエ子。夏休みを利用して
山形の親戚の農家に手伝いに行きますが、道中、10歳の自分を
ありありと思い出し、列車に乗せて一緒に連れて行ってしまいます。

見たのはきっと、初めてTV放映された時以来。内容はほぼ
忘れていました。大人が主人公で、冒険する訳でもなく、内容としては
かなり地味。よくジブリで作ったなと思います。監督は高畑勲、
’91年公開のアニメーション映画です。原作コミックがあるそうです。

時代設定は1982年。30年以上前の27歳なので、
その子供時代と言えば1960年代。ちびまる子ちゃんの世界ですね。
見ているテレビや流行歌、街並みの雰囲気はそういう感じです。

タエ子は10歳、小学5年生の思い出を回想します。それが生々しい。
男の子と噂を立てられ気まずくなる事、女子だけ集められて生理の話を
教わった事、それ以降、体育で休んでいると生理と思われるのではと
不安になる事。女子なら誰しも身近で見てきたエピソードばかりです。

タエ子は祖母と両親、姉二人という家族構成で、末っ子なので粗末に
扱われていた様子です。かなり可哀想な育ち方をしています。
姉との間で差別され、虐待と言ってもいい扱いを受けていました。
思春期にグレたり心の病になってもおかしくないレベルだと思いました。

両親とも東京で、クラスメートが夏休みに帰るような田舎が無かった
タエ子は、姉の結婚で、義兄の実家という田舎の親戚が出来ました。
“義兄の実家”なんて殆ど他人ではと思いますが、気安いなぁ。

農業体験に訪れたタエ子は歓迎されます。そこでトシオと出会いました。
トシオは有機農業をしていて、仕事に誇りを持っている、誠実そうな
男性でした。歳も近く、適齢期のタエ子に丁度良さそうな相手です。
嫁に来ないかと誘われたタエ子は、激しく動揺します。

観光客気分で農業を手伝って楽しいと思っていたけれど、
いざ嫁入りしてそれを本業としてやるとなると、ただ誘われただけで
その瞬間に自分には全くその覚悟は無かった、農業を軽く見ていたと
気付いてしまい、タエ子は急激に自分が恥ずかしくなりました。

ショックを受けたタエ子は夜の村を彷徨い、トシオの車に拾われ、
暫しのドライブをします。タエ子はトシオに、小5の時の嫌われ者の
クラスメートの男の子との思い出を吐露します。それは今の状況に
通じる、自分がいかに醜い人間かを思い知らされたエピソードでした。

大人のタエ子の声は今井美樹さん。トシオの声は柳葉敏郎さん。
どちらも上手でした。タエ子は笑うと頬の下にいちいち線が入るのですが、
それが凄い老けて見えて、27歳どころか47歳くらいに見えました。
確かに昔は今の若い人より老けてたけど、この演出は意図が不明です。

トシオと少しでもいい感じになるのかと思っていたのですが、
そういうシーンはありませんでした。気が合ってお似合いの
二人なのに、互いに男女として意識する素振りは見せませんでした。

嫁に来ないかと誘われてタエ子が即座に思ったのが農業をやる覚悟。
自分がトシオを男としてどう思っているか、恋愛感情の有無は
全く念頭に浮かばない。これはかなり不自然でした。
トシオがタエ子をどう見ているかもはっきりせず、はっきりしないまま
終わりました。すっきりしなくて、物足りない終わり方でした。

日本テレビ「金曜ロードSHOW! かぐや姫の物語」

誰でも知ってる昔話のかぐや姫こと竹取物語をかぐや姫の
子供時代の話を入れてアレンジし、水彩画タッチの絵柄でアニメを
作った事でも話題になった、’14年公開の劇場版アニメーションです。
監督は高畑勲さん。アカデミー賞にもノミネートされました

未だに空で覚えている、「今は昔、竹取の翁といふものありけり。
野山に混じりて竹を取りつつ、よろづの事に使ひけり」という
ナレーションで始まったこの作品。日本人なら子供の頃には絵本の
昔話として、中学では国語の古典の授業で必ず接するモチーフです。
千年以上の歴史があるのだから、日本人の拘りは半端じゃありません。

光る竹の中から赤ちゃんを見付けて育てる老夫婦、あっという間に
成長するかぐや姫。翁は竹やぶで金を見付けて成金になって、
かぐや姫は名立たる貴公子達の求婚に対し無理難題を押し付けて、
最高の栄誉である帝からのものを含めた求婚を断って月に帰る──。
この大筋は踏襲されていましたが、大事な部分がかなり違いました。
これを見て、高畑監督は日本国が嫌いなのかなと思いました。

千年超前の原作には無い、かぐや姫の子供時代の話にかなり時間を
裂いています。まだハイハイしている赤ちゃんのかぐや姫は、
下半身丸出しでコロコロとでんぐり返しをします。

日本国内ならまだしも、アメリカでこれ公開できたのかと
心配になりました。アカデミー賞にノミネートされたんだから
少なくとも審査員に向けてアメリカ国内で上映された筈ですよね。
アニメのドラゴンボールを放映する際に、丸出しだった悟空の絵に
パンツ穿かせた国だから、これは児童ポ○ノ扱いにされてしまうのでは。

翁の家を覗きに来た近所の男の子達は、赤ちゃんだったのに
見ている間にもどんどん大きくなっていくかぐや姫を、
タケノコタケノコと囃し立てます。高畑監督にとっては悪意の無い
子供の無邪気な行為という程度の認識なのだろうと思われますが、
私はこれを見て、いじめみたいでとても嫌な気持ちになりました。
本人が嫌がっているのに、集団で、体の特徴を囃し立てているなんて。

姫は近所の男の子と野山を駆け回るお転婆な女の子になります。
姫は男の子の中でも年長者の“捨丸にいちゃん”に憧れを抱きます。
ところがかぐや姫のお陰で大金持ちになった翁は、大きな屋敷を立て、
田舎から都に引っ越します。かぐや姫は捨丸と引き裂かれます。

翁はかぐや姫を高貴な姫君に育てようと、教育係の相模と言う女房を
雇います。かぐや姫の覚えも早いのですが、相模もかなり有能です。
翁がお前は高貴な姫君になるんだと姫に頻りに言い含めていたのは
かなり違和感がありました。絶対的な身分の差があるのだから、
貴方の養女じゃどう頑張っても決して、永遠に高貴にはなれないぞと。

姫が“高貴な姫君”になる為の英才教育や大人になる為の形骸的な
御披露目の儀式に疑問を感じるところは、いかにも現代人の視点で
見たありがちな解釈だなと思いました。我慢できなくなった姫は、
鬼のような形相で矢のように駆け出して屋敷から逃げ出します。
うーん、こういうキャラは求めてないんだよなぁ、かぐや姫に。

言い寄ってきた貴公子5人に姫が無理難題を与えるシーン。
これは本来なら姫から言い出す筈ですが、貴公子達が自ら比喩として
言い出した事にされていて、これも何か違うと思いました。

お題に失敗して命を落とす者も出てきたと聞き、姫は自分の所為だと
苦悩します。例え話に『それならお前やってみろよ、出来ないだろ?』と
断る口実として吹っかけて、『え、本当に捜しに行っちゃったの!?
それで死んじゃったの!?』で悩んでしまうのでは全然違う。
人間的にしたかったのでしょうが、神秘性が失われてしまっています。
“物語”というものを分ってない。理由を付けてはいけないんですよ。

そして遂に御門に求婚されるのですが、当時最も高貴で尊いお方です。
それを自意識過剰の勘違い男が権力を笠に着て強引に迫っているように
戯画化して描いていて、あまつさえかぐや姫の本当の想い人は
身分の低い捨丸でした、という余計な要素までくっ付けて、
原作の物語を更に味気ないものにしてしまっていました。

御門=帝、今で言う天皇ですよ。それをこんな風に描いて、御門のこの
扱いが、監督は日本国が嫌いなのかなと思った最大のポイントでした。
御門の事は受け入れたかった、でも自分は月に帰らねばなりません、
だったのに。拒否しちゃったから、姫は不老不死の薬をあげる事も無く、
富士山の名前の由来というエピソードも無くなってしまっていました。

この作品は、本来は宮崎駿監督の風立ちぬと2本立ての
予定だったのですが、完成が遅れに遅れ単独公開となったそうです。
時間が掛かった最も大きな理由は、この水彩画のような絵柄でしょう。

動きはかなりスムーズで、よく出来ていました。正にそのまま、
筆で輪郭を描いた水彩画が動いているという感じ。しかしこの絵にした
意味が不明です。内容と付き合せても効果的だったとは思えません。
風立ちぬもそうだったけど、作る側が作りたいものと
見る側が求めるものの間に、ズレが生じてしまっていると思いました。


日本テレビ「金曜ロードSHOW 風立ちぬ」

実在の人物であった零戦の設計士の堀越二郎をモデルにし、
堀辰雄という作家の風立ちぬという小説を翻案した、’13年公開の
アニメ映画です。監督はこの作品を最後に引退を発表した宮崎駿。
受賞逃したものの、アカデミー賞にノミネートされた作品でもあります。

堀越二郎は列車で風に飛ばされた帽子を一人の少女にキャッチして
貰いました。その直後に関東大震災が発生、大混乱の中、二郎は
その娘とお手伝いさんを安全な場所まで連れて行ってあげました。

数年後。大学を卒業した二郎は念願の飛行機の設計士になりました。
会社に腕を見込まれて、ドイツへの派遣団の一人に選ばれ、そこで
幼い頃から憧れだった、設計士のカプローニと対面を果たしました。

日本へ戻った二郎は、通りすがりに風に飛ばされたある女性の傘を
キャッチしました。その女性こそ、かつて大震災の日に二郎が助けた、
里見菜緒子その人でした。互いに同じ気持ちだった2人はすぐに婚約、
しかし菜緒子は、当時不治の病とされていた、結核を患っていました。

話は二郎の子供の頃から始まります。その頃から二郎は飛行機の
設計士を目指し、有名な設計士のカプローニを信奉していました。
読めない英語の本を学校から借り、必死に読もうとしている程でした。

二郎はカプローニとの邂逅を、昼間の転寝の中の夢に見ます。
彼に言葉を掛けて貰い、夢の中で彼が設計した独創的な飛行機に
乗り込み、青く広大な空を飛ぶ。正しく夢のような夢を何度も見ます。

そんな夢の中の話を長々とやっていたのは、残念ながら正直
退屈でした。二郎が大人になってからも突然その手の空想シーンが入り、
それも見ているこっちがちっともワクワクしないものでした。
監督個人の趣味に見え、引退も仕方が無いなと思ったくらいでした。

菜緒子との恋が中心の話だと思っていたのですが、“欧米より20年は
遅れている”と言われていた純国産飛行機を作るまでの試行錯誤が
中盤まで続きます。ドイツの工場で「日本人にはこれ以上見せない」
とあしらわれたり、試作機が大破したり。夢ではない、これら現実
(と言ってもフィクションだけど)のエピソードは面白かったです。

そしてやっと菜緒子が登場するのですが、目出度く婚約するも、
結核が悪化し、山奥の療養所に行ってしまいます。しかし菜緒子は
そこを抜け出し、列車に乗り、遠い道のりを二郎に逢いに行きます。

結核なのに駅の人ごみに入って列車に乗ってしまうというのは、
当時の認識ってこうだったのかなと疑問が先行し、あまり感動的には
感じられませんでした。伝染病と認識されていなかったのでしょうか。

特高に目を付けられて上司の家に匿われていた二郎は、菜緒子を
迎えると、その日に結婚を決意しました。上司夫婦に即席の仲人を頼み、
その夜“結婚式”を挙げました。この時の菜緒子は美しかったです。

2人は暫く夫婦として暮らします。菜緒子は殆ど床に伏せっていますが、
それでも新婚夫婦の熱さは充分で、「来て」と布団に誘うシーンは
宮崎アニメにしては珍しく、セックスを連想させ、色っぽかったです。

やがて病状は悪化、死期を悟った菜緒子はそっと姿を消します。
二郎も覚悟していたようで、取り乱す事もありませんでした。
とうとう命の灯火が消え、そこでこの映画のキャッチコピーだった
「生きねば」の台詞が出てくるのですが、この言葉が、この映画が
最も伝えたかったテーマなのかと言われると、ピンと来ませんでした。
もののけ姫の“生きろ”と合わせただけのような気もします。

アカデミー賞や監督の引退という話題と共に、この映画の公開時に
変に話題になったのが、二郎が煙草を吸うシーンが多くて、
喫煙を美化しているといった類の嫌煙家と喫煙家の論争でした。

私も前を歩いている奴が路上喫煙していると全力で追い抜いて、
追い抜き様に『死ね!!』と心の中で罵っている程煙草嫌いなのですが、
その私をして、実際に見てみると、格別喫煙シーンが多いという
印象はありませんでした。言いがかりと言う気がしました。
さすがに肺の病の菜緒子の隣で吸うのは、どうかと思いましたが。

初期の作品を除けばプロの声優さんの起用を頑なに拒否する
宮崎監督ですが、本作には二郎にヱヴァンゲリヲンで有名な
同業者の庵野秀明監督、菜緒子に女優の滝本美織さんを抜擢しました。

滝本さんはとても上手くて、自然でした。しかし庵野さんは
成功とは言い難いです。はっきり言っちゃうと下手でした。ここからも
宮崎監督の拘りが映画を見る側の意識と掛け離れてきてしまったと
感じました。アカデミー賞を逃しましたが、無理も無いです。

主題歌は、松任谷由美さんが友人の死を歌ったひこうき雲
曲はもう何十年も前に作られたもので、曲に合わせて映画を
作った訳でもないのですが、最後のこの曲が流れた時、こんなにこの映画に
相応しい曲は無いと思いました。良くぞ見つけてきたものです。

日本テレビ「金曜ロードSHOW コクリコ坂から」

宮崎吾朗監督作第2弾となる’10年のアニメ映画です。
製作は勿論スタジオジブリ、1/11にテレビ初公開されました。
古い、マイナーと思われる少女マンガが原作だそうですが、
内容はほぼオリジナル、主人公の名字もちょっと変えているそうです。

舞台は昭和38年横浜。高校生ながら祖母の下宿屋を切り盛りしている
松崎海は、朝鮮戦争で船と共に海に沈んだ父を思い、
毎朝庭先に旗を揚げるのが日課でした。が、その旗に返事をするように
旗を掲げる船がある事に、海はずっと気付いていませんでした。

ある日海は、学校新聞の“週刊カルチェラタン”に自分へ呼びかけるような
コラムが載っている事に気付きました。妹に用事の付き添いを頼まれて
文系部活部室棟、通称“カルチェラタン”の週刊カルチェラタン編集部を
訪れた海は、コラムを書いたのが風間俊という生徒だと知りました。

俊と生徒会長の水沼の目下の関心は、老朽化したカルチェラタンの
取り壊し問題でした。取り壊し反対運動に協力するようになった海は、
それと共に俊と惹かれ合いました。しかし、海の父の名を知った俊は
急によそよそしくなりました。俊の実の父も、同じ名前だったのです。

時代設定は東京オリンピックの前年です。3丁目の夕日シリーズの
ヒットに乗っかろうとしたんじゃないかと思ってしまいました。
そういう効果はさほど出なかったようで、興業的にもTV放映の
視聴率的にも、ジブリ作品としては中途半端な数字だったようです。

原作は架空の街ですが、映画がモデルにした街があり、
その時代を忠実に再現したらしい街並は凄く細かく描かれていました。
家は読売新聞なので公開時に宣伝記事をウザイくらいに
読まされたのですが、当時の人には懐かしいものらしいです。

しかし、私はその街並みにちっとも横浜らしさを感じませんでした。
背景の夕暮れの空の色が影絵みたいでとても綺麗でしたが、
横浜らしいのは氷川丸が出てきた辺りだけです。舞台も横浜である
必要が無く、どこかの地方の港町でも構わないような内容です。

私は生まれてないので懐かしくもありません。と言うか、私が生まれる
たった10年前って、こんな“いかにも昭和30年代”してたのか。
たった10年、高度経済成長で激変したんでしょうか。

プロの声優さんを嫌うジブリの伝統通り、この映画にも俳優さんが
たくさん参加していました。海の長澤まさみさんは上手いと思いました。
男性主人公の名前が風間俊で、演じたのは岡田准一さんで、
風間俊介さんも別の役で出ていたので、一見あれ?という感じでした。

岡田さんは、吾朗氏初監督作品のゲド戦記でも主役だったんですよね。
その縁での再抜擢でしょう。どうせなら、遊戯王で長年声優をやって
アフレコは慣れているだろう風間俊介さんを風間俊役にしてしまえば
キャストの表示が面白くなったのにと思います。

綺麗にすれば取り壊しされないのではという海の発案で、
女子の有志とカルチェラタン住人は、ボロくて汚くてゴミだらけの
カルチェラタンを大掃除して綺麗に再生させる事になります。
取り壊し反対を訴えてブルドーザーの前に立ちはだかったり
篭城するのかと思ってたんですけど、そんな事は無くて、
メインイベントが“お掃除”とは何とも地味な映画です。

しかし作業は楽しそうでした。この年代の男女には、皆でやれば
お掃除だってイベントです。いかにも青春という感じで眩しいです。
こういう中に混じれるのは活動的な明るいタイプの女子でしょう。
もし私がこの学校にいても、私なんかがいたら迷惑だろうなと思い、
授業が終わると楽しそうなクラスメート達を横目に見ながら
即行帰宅していただろうなとひしひしと感じて切なくなりました。

2人に兄妹疑惑が持ち上がるところは少女マンガらしいと思いました。
戦争のドサクサで、というところはミステリーっぽくもあります。
初恋の人がきょうだいかも知れないなんて、悩んだでしょう。

疑惑を抱いた俊は海を意識的に遠ざけようとします。
朝、校門でちょっとスルーされただけで避けられたと敏感に察し、
海が心を痛めるところは、この年代の恋心を上手く切り取っていると
思いました。目が合った、逸らされた、声を掛けられた、
掛けて貰えなかったと一喜一憂する。これぞ純粋な初恋です。
最終的にも、運命で結ばれた二人だったんだなと思いました。

海と俊がいつ互いを意識し始めたのか、最後まで見終わった時に
ふと分からなくなって、最初からもう一度見直してしまいました。
要するに、俊が屋根から飛び降りた時に一目惚れしたのでしょうか。
その時は面識が無くて、旗の事も互いに知らなかったと思うのですが。

池に落ちた俊に海が手を差し延べて、その時もう公認のカップルのように
「お二人さん」と写真をバシャバシャ撮られていたけど、
知り合いだった訳じゃなさそうで、でも妹の空に付き添って
俊のサインを貰いに行った時に、海だけ特別扱いされていました。
私がちゃんと見ていなかったからなのか、何で?と思いました。

俊が書いたコラムで旗を掲げているのを“少女”と断定しているのも、
何で知ってるんだと思いました。海が旗を掲げている事は有名で、
俊がそれに返事をしていつも船から旗を掲げている事を、
水沼も知っていたのでしょうか。説明不足で判然としませんでした。

また、海が「メル」と呼ばれていることに対し、その理由の説明が
一切無かったように思います。彼女がメルと呼ばれているので
メルという名前だと思ってたら“松崎海”だし。調べて判ったけど、
事前に設定を読んどけという事でしょうか。不親切だと思いました。

日本テレビ「金曜ロードショー 借りぐらしのアリエッティ」

’10年のジブリの劇場用アニメが先月12/23に早くもTV初登場。
にも拘らず、視聴率は意外と振るわず16%しかなかったそうです。
その前の週に放映された、これまで何度もやっているラピュタが
15%だっていたのに比べると、“16%しか”と言わざるを得ません。
ラピュタ人気の根強さが、異常なだけかも知れませんが。

心臓手術を控え母の田舎に静養に来た少年・翔は、
14歳の小人の少女・アリエッティに出会います。
その屋敷には、何世代も前から小人の一家が棲み付いていたのでした。

小人達は人間からほんの少しのものを借用して暮らす
“借りぐらし”をしていました。人間のものを手に入れる為に
人間の生活圏に赴く事を、彼らは“借り”と呼んでいました。
小人達は人間に姿を見られてはなりません。見られたら引っ越しです。
段差や小動物など人間の家には危険がいっぱいで、
“借り”に行く事は彼らにとって一人前の証、命懸けの行為でした。

絵はジブリにしては単純なんだけど、とにかく色が綺麗でした。
庭の草なんかで緑の背景が多いんだけど、発色が良く、
地デジ向きの背景でした。ただ、逆に特長はそれだけでした。

小人視点での家の中の光景は、期待したほど迫力がありませんでした。
人間がいつも見るのと違う視点という新鮮さも特にありませんでした。
“借り”の設定は面白いと思っていたのですが、その所為で
それがさほど生きておらず、危険な大冒険には見えませんでした。

ストーリーも起伏が少なく、家政婦に捕まったアリエッティの母親を
救い出すのが最大のピンチでは盛り上がりません。
映画館でやるほどかと思いました。これなら劇場版じゃなく、
TVの2時間スペシャルで充分だったんじゃないかと思いました。

アリエッティと翔との交流や淡い恋心といった描写にも欠け、
手術の結果によっては死ぬかも知れない少年が、小人の少女に
出会って生きる力を貰ったとか、そういう心の深いところでの交流が
あったようにも感じられませんでした。これではラピュタと
大差無い視聴率だったのも仕方が無いな、と思いました。

日本テレビ「金曜特別ロードショー 海がきこえる」

TV欄を見て目を疑いました。’93年に制作された、ジブリの
幻のOVAです。ジブリの新作公開特番として放映してくれました。
’93年の作品ですが、’80年代の懐かしい香りがしました。
氷室冴子さんの小説が原作で、小説も読みました。

私は当時放映されたものをビデオテープに録ってあって、
2,3年前にHDDレコーダを買った時にそれをダビングして
焼いてあったのですが、まさかこれを再びTVで放映する日が
来るなんて思ってもみませんでした。ダビングしたものは
劣化した画質だったのですが、綺麗な画質で録り直せました。
でも、DVD−R1枚、損した気分でもあります。

高2の夏。東京から、武藤里伽子が転校してきました。
親友の松野豊が美人の里伽子に一目惚れした所為で、
杜崎拓は里伽子に何かと振り回されようになりました。

高知の進学校で、美人で成績優秀の東京から来た転校生はすぐに
注目の的になりました。が、その分クラスで浮いてもいました。
杜崎を巻き込んだ東京旅行の後、里伽子は益々心を閉ざしました。
そして同窓会。大学生になって全国に散り散りになった旧友が、
高知に集合しました。果たして、里伽子はそこに来るのか──。

氷室さんは北海道出身ですが、この作品の舞台は高知です。
男子も女子もバリバリの(と思われる)高知弁です。スタッフロールを
見ると、高知弁は高知の皆さんの監修付きみたいです。
高知弁、いいねー。ドラマに出てくる竜馬の台詞みたいです。

杜崎くんは親友を盗られたみたいで最初は里伽子にちょっと
嫉妬しています。これは女性の作者ならではの感性かも知れないと
思ったのですが、こういうのって、男子でもあるのでしょうか。
なのに里伽子は杜崎くんを頼るので、杜崎くんは恋と友情の
板挟みになりました。松野との仲もギクシャクして来ました。

里伽子はマイペースで、杜崎くんをいいように振り回します。
彼女は何故か杜崎くんに懐いていて、彼の前でだけは自分を出して
我儘を言います。その自分勝手さは、コミカルなほどでした。
こんな女の子は、普通なら嫌われて当然かも知れません。

里伽子が行事に協力しないので、クラスの女子達に吊るし上げを
食らう場面がありました。怖ぇぇー。でもこの雰囲気分かる!
こういうのって、女子の一番嫌らしいとこなんだよね。
それが良く出ていました。が、里伽子は逆に相手を泣かせます。
超気が強い里伽子は、女子特有の集団攻撃にも負けません。

でも、心はずっと傷付いていました。彼女は両親の離婚で、
母親の実家がある高知に引っ越して来ました。元々クラスに
馴染めなかったところ、東京に行って益々傷付いて帰ってきて、
それからは、自分から周りを拒絶するようになりました。
その結果が吊るし上げです。一人だけ仲がいい子はいたけれど、
誰にも受け入れて貰えなかった孤独な彼女は、可哀想でした。

里伽子はきっと家庭の問題で嫌な思いをいっぱいしてきて、
ずっと精神的にいっぱいいっぱいで、余裕が無くて、
拗ねていたんだと思います。でもこの年代は、誰でも成長する痛みを
抱えている時期です。杜崎も、松野も、クラスに異分子がいる事が
許せなかった女子も、それぞれに傷付き、苦しんでいたでしょう。

中高生の頃は、自分のクラスという狭い世界が世界の全てと
思っています。でも、大学生になると、少し大人になって、
丸くなって、自分が拘っていた事を小さい事に感じて、大抵の事は
“あの時はああだった”なんて思い出話にして許せてしまいます。

それはやっぱり──キャラの一人も言っているように──世界が
広がるからで、喋った事が無かった人と同窓会で喋れたりもします。
そんな10代後半の心情とその変化、成長という特性を、
高校時代の回想と大学生の現在の同窓会という
構成にする事で、上手く切り取ってあると思いました。

保存版にしたクセにそれっきり一度も見ていないので、
見たのは多分18年ぶりです。編集したら1:12しかなくて、
時間にしたら随分短かったです。でも、見ている間は
全然そんな気はせず、もっと長く感じました。
地味だけど密度の濃い、爽やかな物語でした。

  

日本テレビ「金曜ロードショー 崖の上のポニョ」

宮崎駿監督の作品は何となく見るのが義務のような気がするので、
見ました。早くも地上波初登場。日テレはかなり力を入れていて、
本編は9時からだったんですが、8時から特番を組んでいて、
チラッと見たその前の番組でも、ポニョ特集をやっていました。

元人間の魔法使い・フジモトを父に持つ赤いお魚の女の子は、
家出して、人間の世界にやって来ました。うっかりビンの中に
閉じ込められてしまった女の子は、5歳の宗介に拾われ、
ビンの中から助けて貰い、ポニョという名前を付けて貰いました。

ポニョは自分を助けてくれた宗介に、恋をしてしまいました。
バケツに入れたポニョを宗介が保育園に連れて行って、女の子が
それを覗き込むと、ポニョはぷいっと後ろを向いてしまったり、
女の子に水を吹きかけたりしていました。お魚なのにちゃんと
女の子の心をもっていて、立派に嫉妬してて、可愛かったです。

ポニョはフジモトに見つかって連れ戻されますが、
宗介好きさにうーんとふんばって手足を生やしました。
小さい無数の妹達も応援してくれて、再び脱出したポニョは、
巨大なお魚の群れの上を走って、嵐の中、宗介に会いに行きました。

まだ鳥みたいな不完全な手足をしていたポニョでしたが、
宗介に近付くと、にょきにょきっと完全な人間の女の子になりました。
ポニョは宗介と感動の再会を果たし、熱い抱擁を交わしました。
二人はすぐに仲良くなりました。これは可愛い恋人たちです。

無垢の存在が初めて人間の文明に接する、みたいなシチュエーションは、
鉄板ですね。ポニョはご飯を貰ったり言葉を覚えたり、愛らしいです。
親身になって世話を焼く宗介は、生意気に男の顔をしてますよ。
魔法使いの子供のポニョも魔法を使えます。おもちゃの船を
大きくして、海に沈んでしまった町に、二人で冒険に出かけました。

事前の特番で言っていた通り、絵は背景までフリーハンドで
描かれていて、本当に真っ直ぐな線は一本もありませんでした。
パッと見単純そうですが、逆に作るのが凄く大変だったでしょう。
柔らかい色と線で目に優しくて、動く絵本みたいでした。

二人が仲良くしてるところは微笑ましかったんですけど、
ストーリー的には、ドラマ性が少ない話だな、と思いました。
公開時の予告から、船長さんをやっている宗介のお父さんが
遭難して、宗介のモールス信号とポニョの力でそれを助ける、という
展開を予想していたのですが、そういう話じゃなかったんですね。

宗介のお母さんが、嵐で皆避難していて危ないからと止められたのに、
車で強行突破して海を見下ろす崖の上の家に戻るのは、無謀で、
これが母親が取る行動だろうかと、首を捻ってしまう行動でした。
何かあったら大勢の人に迷惑をかけるのに、しかも子供も一緒なのに。

この話のベースは人魚姫だそうですが、ポニョは呆気なく、
お父さんのフジモトと海の女王みたいな巨大なお母さんに、
人間になる事を許して貰いました。ハッピーエンドの人魚姫です。
幼稚園児向けだろうなとは思っていたんですけど、
これは完全に、思っていた以上に本当に子供向けの話ですね。

本編の前の8時から特番を組んでいましたが、
寧ろ7時からやろうよ、と思いました。終わったのは11時です。
対象年齢層である筈の子供達は起きてちゃダメな時間です。
見てくれれば録画でもいいという事でしょうか。不親切な編成でした。

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