COOL LADY’S PARADE

人生はレビューです。マンガ、本、ライブ、DVD、CDなど、色んなものをレビューします。
タイトルは “COOL LADY’S PARADE”。
JUNKな文章なので、お気軽に読んで行って下さい。

久坂部羊

虚栄

早期発見にも拘らず急激に進行して数ヶ月で死に到る癌の
有名人が相次いでいた。日本人の癌は突然凶悪化したのか?
事態を重く見た政府は癌治療の主要4グループを集めた
プロジェクトチームを立ち上げた。名付けてプロジェクトG4。
4グループ各々の威信を懸けた、壮絶な争いが始まる。
著/久坂部羊。

外科チームは大阪の阪都大。教授の玄田を筆頭に、準教授の
黒木、筆頭講師の雪野がメンバー。黒木が薦める精緻な手術が
可能な手術支援ロボット“HAL”がアピールポイント。

内科は国立トップの東帝大。教授の朱川を筆頭に、小南、赤崎
メンバー。どの癌にも効く万能抗ガン剤の開発が目標であり、
赤崎が研究する電磁波ガン凶悪化説がアピールポイント。

放射線科は京都の京御大。筆頭は偏屈な青柳、続いて龍田、梅川
ガン細胞にホウ素を吸収させて放射線で叩くBSTNの
実用化を目指す。巨大放射線治療施設の建設も狙う。

免疫療法科は私立の雄慶陵大。率いるはG4の紅一点・白江
他に男性の秋吉、女性の西川が続く。有望な免疫療法を開発し、
全国規模の大規模な治験J−WHITEの拡大を目指す。

この4陣営に加え、真がん・偽がん説を唱える医学界の異端児
岸上、ニュースキャスターの萩島、医療班の新聞記者でG4を
継続取材する矢島塔子が主要な登場人物です。

G4のリーダー達のネーミングは、見てすぐ判りますが、
中国の伝説の朱雀・玄武・青龍・白虎の四神から取られています。
これだけでもゲーム的な軽い印象がしますが、ストーリーも
戯画的で、医学界のトップレベルの人間達が、大真面目に
ドタバタ、あたふたする様を、徹底的に嘲笑するような内容です。

大学名もパロディですが、発生する問題も現実の事件の
パロディです。群馬大の腹腔鏡手術事件、STAP細胞騒動、
高血圧治療薬のデータ操作などなど。真がん・偽がん説は
しばしば週刊誌を賑わす近藤誠医師の説でしょう。

一応の主人公は雪野でしょうか。G4に参加できるそれなりの
地位にいながら出世や名声への貪欲さをさほど持たず、
本作唯一と言ってもいい、誠実な人物として描かれています。

その高校時代の同級生が、赤崎でした。青春を犠牲にし、
血の滲むような努力をして国立トップの医学部に入ったけれど、
部活に行事にと高校生活をエンジョイしながら同じ医師の道を
志し、独身の自分と違い現在は家庭も持っている雪野に、
赤崎は羨望と劣等感の入り混じった感情を抱いています。
最も悲劇的な結末を迎えるのが、この赤崎でした。

外科は目に見える形で癌を取れるけれど、逆に見えない細胞は
取れず、言うまでも無く身体を切り、時に臓器も摘出するので、
再発を招いたり患者のQOLに問題が起きる場合があります。
内科の抗がん剤は、実は癌を治せません。癌を縮小させて
延命させる効果はあるけれど、抗がん剤だけで癌は治せません。

放射線は、3D照射で負担を減らしたり、外科手術不能な
脳の奥までガンマナイフで治療できるようになったけど、
放射線によって周辺組織を痛めてしまう副作用があります。

免疫療法は、自分の免疫を使用する為副作用が殆ど無く、
将来有望ですが、研究は端緒に付いたばかりで、
有効性がはっきりしません。巷の病院では自己免疫療法を
名乗る医学的根拠の無い治療も散見され、玉石混交です。

執筆時にはオプシーボは発売されていなかったかも知れませんが、
久坂部先生の文章のニュアンスからすると、免疫療法が一番
将来有望な治療法と考えているフシが見て取れました。

癌治療の中心の4グループの利点と問題点、そして一般には
知られていない治療の実態が指摘されているのが、この作品の
見所です。放置しておいても治ってしまう癌がある事や、
検査によって癌細胞が刺激されたり細胞が拡散して
悪化させるなどは、私のような一般人には衝撃的な話でした。

4グループそれぞれに一長一短があって、協力してそれぞれの
長所を取り入れた最適な治療法(治療の最適化)を確立しよう、
それがプロジェクトG4のそもそもの意義でした。

しかし自陣の治療が最も有効と思いたい、また8,000億円の
G4の予算をできるだけ多く配分されたい4グループは、
他グループを罠にかけ、陥れ、貶めようと躍起になります。

医療ミスの隠蔽や実験データの捏造は自業自得ですが、
スキャンダルをでっち上げられたり、出世に絡んで身内から
リークされたり、実験室を荒らされたり、内からも外からも、
ありとあらゆる醜い陰謀が交錯する事態になります。

それらにマスコミが利用されていたところは興味深いです。
大々的に持ち上げた相手を掌返しで突き落とすのは
マスコミの常套手段ですが、自陣を持ち上げ、時にバッシングで
他陣営を炎上させる為に、医師達はマスコミを使います。

久坂部先生の作品には、必ずと言っていいほどマスコミが
重要な役割を持って登場します。それも批判的な視点が
感じられます。本作では、報道で良くある、まだ動物実験の
段階の話をさもすぐ実用化できそうに、患者に希望を
持たせるように取り上げる事にも批判的でした。
日頃様々な報道に接して、苦々しく思っているのでしょうか。

G4に関わる人々は、何故か呪われたように、一人また一人と
次々に癌を発症します。G4のメンバーのみならず萩島や岸上、
まだ33歳の塔子までとなると呪われてるとしか思えません。

癌ノイローゼになったり、死因が癌ではなくても悲劇に
見舞われ命を落とす者まで出てきます。治療の標準化など
どう考えても達成できそうにありませんが、4グループを
右往左往させた、プロジェクトG4の行方は、果たして──?

面白いのは、癌と判明した、或いは疑いがあると思った時に、
個々のキャラが取る行動に違いがある事でした。
真っ先に──自陣ではなく──他グループの治療を極秘に受ける、
絶望と言われても僅かな可能性に懸けて足掻く、徹底的に闘う、
自説を信じ、曲げずに貫く──。癌はその人の人格を、
個性を表すもの、とでも言っているかのようでした。

第五番 無痛

事件の中心人物のイバラは脱走、白神はサトミを連れ海外へ
逃亡──。結末の付け方から続編を出すつもりでは、出して欲しいと
予てから願っていた無痛に、いつの間にか待望の続編が
出ていると、昨年のドラマ化を機に知りました。著者にとって
続編は初めてです。それだけ魅力的なキャラ達だったのでしょう。
著/久坂部羊。

銀行員の加納は、口の中に奇妙なできものがあるのに気付いた。
創陵大学病院皮膚科の准教授・管井は、前例の無い新しい病の
発見に色めき立った。黒い肉腫が肌、内臓、脳と全身に転移していき、
やがて死に至る。それは新型カポジ肉腫と呼ばれるようになった。

神戸の臨床心理士・高島菜美子は、教師一家殺害事件などの罪で
服役していたイバラの仮釈放を保護司と共に祝う席に参加した。
逮捕された後に一時行方を眩ませたイバラはすぐに発見され、
裁判を受け、心神耗弱で刑を軽減された上で服役していたのだ。
出所して3週間。イバラは出所者の社会復帰に理解のある
清掃会社に就職し、順調に新生活を送っているようだった。

その席には、グロテスクな絵と美貌で評判の気鋭の日本画家、
三岸薫がいた。三岸はイバラの絵の才能世に目を付け、
弟子になるよう強く誘ったのだった。イバラは週末ごとに神戸から
鎌倉の三岸のアトリエに通う事になっていた。菜美子は訝んだ。
三岸はどこで、イバラの絵など目にする機会があったのだろう──。

外見だけで完璧に病気の診断と予後を見抜く能力を持った医師、
為頼英介は、ウイーンの日本人会の診療所を任されていた。
そこを突然、海外へ出国し失踪していた南サトミが訪れた。

神戸のサナトリウムにいた頃とは別人のように落ち着いた
大人の女性になっていたサトミは、国際弁護士を目指して
ウイーン大学に留学中と語った。そして驚くべき事に、一緒に逃げた
医師の白神陽児は、焼身自殺して既にこの世にいないと語った。

為頼とサトミはしばしば会う関係になったが、ある日、コンサートで
ベートーベンの第五番を聞いている最中、サトミの様子がおかしくなった。
失声症が突如再発したのだ。サトミはフェヘールという精神科医に
罹る事になった。フェヘールと連絡を取り合ううちに、為頼は、
医師の秘密組織“メディカーサ”に入らないかと、勧誘を受けた。

メディカーサの代表のへブラは、メディカーサはWHOと
繋がっていて、これまでも世界の医療事情を劇的に改善させてきたと
語った。エイズ、鳥インフルエンザ、エボラ出血熱、SARS、そして、
今日本で起きている新型カポジ肉腫は、その“第五番”なのだと。

菜見子はイバラに犯因症が出ていないかと頻りに為頼に確認して
欲しがった。イバラは三岸に逆らえないらしい。また、
イバラの周囲を胡散臭いジャーナリストの犬伏がうろついていた。
まるでイバラの再犯を今か今かと待ち望んでいるかのように。

新型カポジ肉腫は益々広がりを見せ、マスコミも連日取り上げていた。
同時に密かに通り魔的な有名医師連続殺人事件が起きていた。
今や新型カポジ肉腫の第一人者となった管井は後のノーベル賞の
前哨たる、医学界の大きな賞を受賞した。そんな人生の絶頂にいる最中、
管井は、自身の右手の小指に黒いイボを発見し、驚愕する。

いやー、面白かった!為頼が、菜見子が、イバラが、サトミが、そして白神がいる
無痛の世界が帰ってきた!文庫で600P超の長い小説ですが、
このままずっと読み続けていたい、読み終わるのが惜しいと
思いながら、無痛の世界にどっぷりと浸っていました。

複数の異なる視点、出来事を切り替えながら進む構成は無痛以外の
久坂部先生の作品でもお馴染みの構成ですが、無痛では
視点ごとの繋がりが悪く、時にバラバラに感じられる部分がありました。

しかし本作第五番では、東京の管井のカポジ肉腫の治療、
鎌倉でのイバラと三岸との異様な関係、ウイーンの為頼とサトミの
交流など、国さえ越えて頻繁に視点が切り替わるにも拘らず、
その流れが実にスムーズ。周囲の空気、各キャラの心情はありありと
伝わり、カット割された映像が目に浮かぶような文章でした。

ストーリーの起伏も心得てる。この世の春、絶頂を謳歌していた
管井を一瞬にして絶望に突き落とす展開などその最たるものです。
そこで一つの章が終わり、次章に繋がる。このヒキは、溜息が出ました。

始まってすぐ、サトミの口から白神は死んだと語られるのですが、
死体が炭化するほどの激しい焼身自殺と聞けば、そんな筈は無いと
すぐに判りました。あの男が自殺なんてするタマじゃないでしょう。

焦点は、それではいつ登場するのかになります。白神と思わせる影は。
そこかしかにちらつきます。精神科に罹っていた事があるという
三岸が信頼を寄せる“先生”、サトミの変心、メディカーサに日本の
情報を伝える何者か。やがてあっと驚くような登場の仕方をします。

新キャラの中でも中心的な存在の管井と三岸は、ストーリーの
視点の一つの主役と準主役を担っているだけあって、前シリーズの
メインキャラ達を食ってしまうほどキャラが立っていました。

三岸は公には美貌の日本画家で通っていますが、イバラが見た
すっぴんは、“ガラス玉を嵌め込んだような目”。判る判る、そういう目!
物凄くありありと想像できてしまいました。目がちっちゃくて
地味で、化粧で別人に化けるタイプの顔ですね。お気の毒です。

三岸は描く絵も露悪的で悪趣味でグロテスクな絵ばかりですが、
実生活でもその絵のままに歪んでいます。Sのケがあって、
Mのケがある画廊の笹山を調教し、弟子の光代を下僕にし、
イバラを手篭めにします。薬物の影響下とは言え何人も人を殺した
イバラが当惑し、逆らえずにいいなりにさせられているほどです。

管井は大学病院の医師としてはもしかしたら普通の医師像なのかも
知れません。楽をしたいからと自分で皮膚科を選んだものの、
皮膚科という人の生死にほぼ直接関わらない存在は大学病院での
ヒエラルキーでは下の方。日頃から卑屈になっていましたが、
転がり込んだ新しい病の発見に、医学史に名を残せると昂揚します。

治療だけではなく研究にも重きを置く大学病院において、
一人一人の患者達は有効な治療法を探す為の実験台でしかない。
また学会での発表によって、自分が名声を得る為の道具でしかない。

劣等感とプライドが表裏一体となって、自身に遂にそれが
降りかかってきた時に、管井は生に執着します。そこまでして“生”に
執着できるなんて、そうまでして生きたいのかと、慄然とします。

管井が選択し、部下に指示し、到った肢体は想像を絶するほど
グロテスクです。現代医学は、このような姿になってさえ人を
生き長らえさせる事ができてしまうのかと空恐ろしいです。

途切れ途切れに時に意識が戻り、周りで人が何かしたり喋っていて、
ゆっくりした思考の後にまた闇に襲われる。その中に夢も混じる。
夢と現を行き来して覚醒と睡眠を繰り返し、やがて永遠の闇が降りる。

人が死ぬ直前ってきこんななのだろうと、自分が体験しているように
リアルに実感し、ずしりと心に重く響きました。そう遠くない時に
実際に自分がそれを経験するような予感に囚われてしまいました。

新型カポジ肉腫は勿論この小説の中だけの架空の病気ですが、
さすがに肉腫の形容、病状の進行の仕方などが生々しいです。
HIVがカポジ肉腫を引き起こすのと同様、新型ヘルペスウイルスの
HSV−9が肉腫を引き起こしている事は最初の患者ですぐ判明します。

が、その感染経路が分かりません。患者は日本中に点在し、
患者の周囲に別の感染者が出る訳でもありません。何しろ2例目の
症例は、何年も部屋から一歩も出ていない、引きこもりでしたから。

しかし読者には、加納と引きこもり少女の共通点が分かりやすく
提示されます。為頼は、感染源を探す探偵役になります。
読者がすぐに気付くであろう共通点を一旦否定するような、
一捻り入れた仕掛けだったのは、さすが久坂部先生です。

感染源が特定できないまま、患者は加速度的に増加します。
それも何故か、日本にだけ。ヒーロー為頼がいつこの状況の日本に
降臨するのか、焦じ焦りと、固唾を呑んで待ちました。菜見子との
世間話として噂だけを耳に入れていた為頼が、遂に新型カポジ肉腫と
出会うシーンは、興奮せずにはいられませんでした。

新キャラが強烈過ぎて、レギュラーキャラ(と言っても2作目だけど)が
霞んでしまった感はありますが、存在感は健在でした。サトミの行く末が
ショッキングでした。久坂部先生、何て容赦ないんだと愕然としました。

どうしてこの娘はこんなに不幸なのかと、辛い生い立ちで様々な
心の病を抱えて生きてきて、やっと明るい未来が見えてきたら
こんな陰謀の道具にされるなんて、同情を禁じ得ませんでした。

菜見子は相変わらず甘ちゃんです。為頼は自制的で、未だに自身の
能力に対する葛藤を抱いています。この2人の仲を進展させたのは
意外でした。菜見子が為頼への思慕を抑えきれなくなった感じですね。

為頼と白神は、同じ能力を持っていながらやはり光と影、水と油。
白神は──彼も孤独なのか──恐らく為頼に仲間意識を持っていて、
何とかして為頼を仲間に引き込もうとするのですが、傲慢な
メディカーサを拒絶した為頼とはどこまで行っても平行線です。
こんなに不誠実でも、白神にはカリスマ性があるんですよね。
イバラは未だに慕ってるし、サトミは感謝してるし、三岸も──。

この2人で更なるシリーズかもできなくは無かったと思いますが、
さすがにもう続きはできないでしょう。壮絶な結末です。
為頼の意外な告白もあります。エピローグが謎めいていました。
煙に撒かれたのは為頼だけではありません。果たして真相は──?

これを読む少し前から、ブラジルでジカ熱が猛威を揮っていました。
WHOは、妊婦の渡航を控えるように警告を出しました。
プロローグで4つの伝染病とそれがその国に齎した医療の変革が
挙げられていますが、この部分は実話なのでしょう。

そこを読むと、WHOが胡散臭い組織に思えてなりませんでした。
久坂部先生が今この原稿を改稿していたら、エピローグにジカ熱を
加えていた事でしょう。果たしてジカ熱は、メディカーサがブラジルに
放った、“第五番”なのか。そんな事を思ってしまいました。

まず石を投げよ

32歳で既婚の医療ライター・菊川綾乃は、新聞に美談として
取り上げられていた小さな記事に、強烈な違和感を抱いた。
医師が自ら医療ミスを告白し、患者の遺族に自腹で慰謝料まで
支払ったというのだ。そんな話が有り得るのだろうか?
綾乃の取材を追いながら、医師とマスコミをシンクロさせるように、
双方の問題点を浮き彫りにする、著者4作目の小説です。
著/久坂部羊。

綾乃は該当の医師を探し出して取材を申し込みますが、取材を
断られてしまいます。医師は明楠記念病院の三木達志
名医と評判の外科医で、ミスだったと自己申告した医療ミスは、
黙っていれば誰にも判らない、いやそれどころか、
ミスと言えるのかどうかさえ疑わしい、極めて微妙なミスでした。
綾乃は益々三木の行為の動機に興味を強めていきます。

三木の取材を始めた頃、綾乃は以前勤務していた出版社の元上司に、
TV番組制作会社のプロデューサー・宍村総子を紹介されます。
宍村は医療の問題点を暴き出す特集を多く手がけており、綾乃は
彼女に気に入られ、番組制作に協力させられる事になります。

綾乃の何気ない言葉から、宍村は次の特番の目玉として
禁断の実験を思い付きます。それは“医師を使った心理実験”。
偽の医療ミスを作り出し、医師がそれを隠蔽するかどうか、
ドッキリを仕掛けるというのです。綾乃の懸念を他所に収録は
進みますが、遂にそこから深刻な問題が発生します。

平行して三木の取材も進める綾乃は、取材の過程で三木を取り巻く
周囲の人物にも出会います。手術後に妻が死んだ事を医療ミスだと
主張し続け、病院で怒鳴り散らす北良雄。綾乃に近付き三木を
誹謗中傷する三木の元妻・福江珠美。三木の元患者の息子で、
まるて密会のようにしばしば会い、可愛がっている高校生・

綾乃の耳には、三木に関する奇妙な噂も入ってきます。
三木は手術で態と人を殺している。三木の手術はDICで死ぬ
患者が多い。病院で密かに何かの研究をしている。

DICは大きな手術の後に起きてしまう合併症で、DICが多いのは
三木がそれだけ難手術を任される割合が多いからとも取れますが、
綾乃の胸に言い知れぬ恐ろしい疑惑が湧き起こります。
三木は純粋な、神の手を持つ名医なのか?それとも、悪魔なのか──。

仮にもプロの作家にこう言ってしまうのは失礼かも知れませんが、
文章が上手くなったなぁ、と思いました。著者の過去の作品よりも、
小説として格段に読みやすくなっています。

特殊な構成の小説である廃用身は別にしても、破裂無痛も、
主要な人物が複数いて、そのそれぞれの視点で話が進む部分があり、
視点がコロコロ変わってしまっていて、それが小説として
まとまりの無い印象を与えてしまっていました。

しかし、本作では最初から最後まで一貫して、主人公である
綾乃視点でストーリーが展開していました。章が変わる前の
ヒキも上手く、演出力、構成力がかなり上がっていると思いました。
詳しくは書けませんが、散りばめられた伏線から予想していた
いくつかの展開も、見事に全て裏切ってくれていました。

まず石を投げよとは変わったタイトルですが、これは聖書にある
「汝らのうち罪なき者よりまずその女に石を投げよ」
というキリストの言葉から来ているそうです。
売春婦を非難しようとしている集団に、キリストがこう言うと、
一人減り二人減り、とうとう誰もいなくなった。つまり
罪ある人間が他人の罪を非難できるのか、という意味だそうです。

砕けて言うなら、“お前が言うな”、というところでしょうか。
しかし作中では、この言葉は元の趣旨そのままではなく、
寧ろこの言葉を否定する形で引用されています。

登場人物の性格設定とその描写のリアルさは、著者がデビュー作から
持っていた特長です。教科書的、ステレオタイプとも言えるかも
知れませんが、それぞれの人物の雰囲気がとても良く分かり、
いかにもこういう人いそう、こういう人ならこういう事をしそう、
と肌で納得できるような、立体的な描写がなされています。

クレーマーと言ってもいいであろう、北良雄の雰囲気は、凄く良く
分かりました。彼のような人物に不用意に自宅の住所を教えてしまう
綾乃の迂闊さ、それによってこういう事が起きるだろうと思った事が
そのまま起きた時は、危ない、やめなよとハラハラさせられました。

番組の為なら自己中心的、独善的、ハイになって突っ走る宍村。
精神に不安定さや脆さを持っているからこそ、その補償として
そのように振舞わなければならない。これは強い説得力がありました。
彼女にその人格的な裏づけがあるからこそ、“マスコミなんて
理由無く平気で暴走するものだ”とでも言うような、
類型的なマスコミ像で終わらずに済んでいるのです。

三木はミステリアスで興味深いキャラです。シニカルで厭世的で、
その本質は善なのか悪なのか、綾乃だけじゃなく、読者の判断も
最後まで惑わせてくれます。久坂部先生の作品には、必ずこういう
自虐的な、医療に対し突き放した目を持っている医師が登場します。

彼らの持つ自虐は、久坂部先生が持っている性質なのだろうと
思わずにいられません。久坂部先生の作品は、あたかも宍村の
番組そのもののような、医療現場の問題点を赤裸々に
描くものばかりです。きっと著者は、医師としてそういう
影の部分を、嫌というほど目の当たりにしてきたのでしょう。

しかし同時に、勤務医の過酷さや、我儘な患者がいる事も
熟知している筈です。それでも小説では、敢えて悪い方ばかりを書く。
その傾向は、北良雄のような患者も存在するという事を、
“医者は嫌いな患者相手には医療ミスが増える”などと言って、
敢えて自分を悪く見せたがる三木の言動に通じていると思いました。

フジテレビ「無痛 〜診える眼〜」

開業医の為頼は、外見的特徴のみで病気を正確に診断できる能力を
持っていた。のみならず、彼はこれから凶悪な犯罪を行う者に
現れる兆しをも見る事が出来た。彼はそれを“犯因症”と呼んでいた。

通り魔をその犯行の前に通報したのが縁で、為頼は刑事の早瀬、
大病院白神メディカルセンターの院長・白神、臨床心理士の
高島菜美子とその患者の少女・サトミ、そして清掃員で無毛症かつ
無痛症という障害を持つイバラという青年と知り合った。

白神は為頼と同じ診断能力を持っており、為頼に興味を持ち、
センターに来ないかと誘った。白神はイバラを使い、無痛治療の
研究をしていた。一方、早瀬は教員一家殺害事件を追っていた。
サトミが非公開のその現場を絵に書いているのを見て、疑惑を持つ。

久坂部羊先生の小説のドラマ化です。奇しくもやはり久坂部先生の
破裂と同じクールで水曜10時枠で連ドラ化されました。
破裂も低視聴率でしたが、野球延長で放送が深夜にずれ込む
不幸な回もあり、こちらの視聴率も振るわなかったようです。

為頼役は西島秀俊さんでしたが、原作を知っている身としては、
イメージが違いました。若過ぎてすらっとしたイケメン過ぎる。
為頼って、中肉中背で中年で、鬱屈してるイメージだったのに。
白神は伊藤英明さんでした。失礼ながら頭良さそうに見えない。
対照的に若い二人、サトミとイバラはぴったりだし熱演でした。

長い小説なのでそのままどラマにしても良かったと思うのですが、
設定やストーリーにオリジナル要素が多々ありました。
早瀬が主要キャラになっていて、前半は為頼の犯因症を診る眼を
利用して事件解決という刑事モノのようなエピソードが続きました。
本筋(一家殺害)から離れた部分なので、もたついた印象でした。

為頼の身の回りのお世話役兼看護師として、為頼の義姉という
存在が出てきて、コメディタッチのシーンを増やしていました。
重い物語を明るくさせる存在でしたが、無理矢理明るさを
入れているようで、これもやはり作品のカラーをぶれさせていました。
どういうドラマにしたかったのか、そこが中途半端です。

イバラが手術を始めた回は、来た来たやっと来た、ここからだと
期待して、菜美子のロッカーからストーカー男の手首がごろんと
出てきたところは頑張ったと思うのですが、テレビじゃここが
限界なんですね。アニメの金田一もバラバラ殺人変えられてたし。

NHK「土曜ドラマ 破裂」

土曜10時に放映された全7回の連続ドラマです。久坂部羊先生の
小説の初の映像化であり初の連ドラ化、それもどういう偶然か、
何とフジの無痛と同じクールで2本同時に連ドラ化されました。

大学病院の医師の香村は、弱った心臓を劇的に回復させる
新薬を開発した。国民生活省のマキャベリという異名を持つ
官僚の佐久間は、自らが手掛ける“プロジェクト天寿”の実現に
格好の治療法として、“香村療法”に目を付けた。

佐久間はネオ医療センターという新しい病院に香村を熱心に誘うが、
教授選を控えた香村にはその気はなく、相手にもされなかった。
そんな折、怪文書が出回り、香村の医療ミス疑惑が持ち上がる。
香村が心臓に針を置き忘れ、その患者が心臓破裂で死亡したという。

香村は香村療法の治験を急いだ。対象は倉木という国民的俳優であり、
そして世間的には隠されているが、香村の実の父親だった。
倉木は劇的な、順調な回復を見せ、治験は成功したかに見えた。

しかし動物実験をしていた動物達が、心臓破裂で次々死亡し始める。
香村療法には致命的な副作用があった。佐久間は全てを知っていた。
そしてこれこそが、佐久間が香村療法に目を付けた本当の理由だった。
香村はプロジェクト天寿の恐るべき実態を知り、協力を強要される。

本来の主人公の麻酔科医・江崎が存在ごと丸々消されてしまっていて、
悪役の香村が主人公、その性格も、真面目で善良な医師になっています。
原作でかなりの量が割かれていた教授選の扱いもあっさりしていました。
心臓破裂に到る薬という点とプロジェクト天寿のエッセンスだけを
取り上げて構成した、原作とかけ離れた別物の話と思っていいでしょう。

佐久間はマスコミを利用し、元気に生きてぽっくり逝きたい、
通称PPP(ぴんぴんぽっくり)というキャンペーンを張ります。
有名女優を使ったCMに、世論はPPP支持に傾き始めます。
元ネタとしてPPK(ピンピンコロリ)という運動が実在するのですが、
それをそのまま使ったらマズかったのでしょうねぇ。PPKまで、
そういう陰謀があるという疑念を抱かれたら困るので。

香村役は椎名桔平さん、佐久間役は滝藤賢一さんでした。
私は滝藤さんという方は知らなかったのですが、強烈なキャラでした。
髪形をちりちりパーマにして、活き活きと演じているように見えました。

佐久間みたいなノンキャリ官僚って、実在するみたいですね。
先日マイナンバー関連の収賄で問題になった厚労省の官僚のニュースを
見た時に、真っ先に佐久間を思い出しました。官僚の中での立ち位置が
そっくりでした。本当にこういう人いるんだ、と感心してしまいました。

香村は香村が治験をした国民的俳優の倉木の隠し子、という設定は
ドラマオリジナルでした。香村の息子との関係もオリジナルです。
それによって家族ドラマの要素を色濃く含めたものになっていました。
部下の厨と寝たきりの厨の母親を、香村と倉木の関係に対比させた点も、
家族関係がテーマというこのドラマのコンセプトが感じられました。

香村を裏切り、佐久間に協力する厨に、自分の母親にその薬を打てるかと
迫る香村。他人である老人を確実に死に至らしめる薬を改良(悪?)、
投与を進めながら、自分の母親にそれを打つ事はどうしてもできない。
PPPしてしまう薬という設定を、上手く活用した展開でした。

しかし設定の大幅な変更も家族ドラマにされた事も不満でした。
内容的にもいまいちでした。元々マイナーなドラマ枠ではありますが
視聴率も余り良くなかったようです。私は久坂部先生が好きだから
見てたけど、そうじゃなかったら見ようと思わなかったと思います。

ラストは破裂を防ぐ改良に成功し、嬉々としてそれを伝えようとした
香村に対し、自分もポックリ死させてくれと老人達が群がり、香村が
何とも言えない複雑な、愕然とした表情になる──というシーンで
終わりました。このラストと、椎名桔平さんの表情が良かったです。
佐久間は正しかったのか?という疑念が香村の胸に生じた事でしょう。

神の手

タイトルは、所謂“名外科医”を意味するものではありません。
現役医師でもある著者が選んだ今度のテーマは安楽死。
安楽死を行う医師は、人の生死を預託された神の手を持つ、
という意味で使われている言葉です。
著/久坂部羊。

まず、読者は冒頭の21歳の肛門癌患者・古林章太郎の病状に、
強制的に安楽死肯定に考えを引きずり込まれる事になります。
若い分進行が早く、且つ心臓だけは丈夫なので、
末期癌だけどなかなか心停止には至らずに、意識がある間中ずっと
癌の激烈な痛みにのた打ち回り、叫びを上げ続ける。
患部の冒され方も、想像を絶する悲惨な状態になっています。

政治的、或いは宗教的に確固たる思想を持つ人ならば、誰に何を
言われても揺るがないでしょうが、思想的にニュートラルな人ならば、
余りに生々しいこの描写を読めば、“場合によっては安楽死も
必要なのでは”という方向に考えを傾けさせられるに違いありません。

主人公の市立京洛病院外科部長の白川泰生(たいせい)も、
章太郎の壮絶な苦しみと、保護者である伯母の晶子の精神的に
疲弊し切った様子を見るに見かね、とうとう安楽死を決行しました。
しかし運悪く、母親の康代は安楽死反対派の急先鋒であり、
TV番組のレギュラーも持つ、名の知れたジャーナリストでした。

康代は自分では子育てをしておらず、実際に章太郎を育ててきたのは、
独身の姉の晶子でした。見舞いに来たのさえ、たった2回きりでした。
章太郎の危篤の際に、白川が何度も連絡を取ったのに、
康代は自分の活動が忙しいからと、一度も来ようとはしませんでした。
これがまた、事態を複雑化させます。

康代はTVで大々的に、自分の息子は意志に反して
安楽死させられたとアピールします。自分の息子がどれほど
苦しんだかをその目で見ようともしなかったクセに、
自分の思想の喧伝の為に、息子の死を利用するのです。

白川は追い詰められますが、白川の意思とは無関係のところで、
安楽死法制化を目指す団体の後押しを受けます。
白川は勇気ある善意の医師として祭り上げられ、
安楽死法制化の為の対マスコミ用のキャンペーンに利用されます。

医師会を解体し、医療界全体の改革と安楽死法制化を目指す、
新見を代表とする日本全医療協会、通称“JAMA”。
康代を始めとする反対派の、安楽死法制化阻止連合、通称“阻止連”。

白川は安楽死の象徴として双方から利用され、自陣に付くよう
勧誘を受け、翻弄されます。激化する対立、その中で不気味に
勢力を拡大するJAMA。果たして、法制化の行方は──?

この小説では安楽死を扱っていますが、現実の脳死臓器移植法改正を
ヒントにして書かれていると考えて間違いはなさそうです。
A案、B案、C案という法案が出てきた時に、それに気付きました。

この作品は新聞連載されていたそうですが、連載中に現実の改正法が
可決された事になります。でも、作中の政治の描かれ方を見ると、
さすがの久坂部先生も政権交代までは想定していなかったみたいです。

久坂部先生は安楽死については賛成派であると読み取れますが、
作中には、反対派の主張もきっちりと盛り込まれています。
容認された際の問題点も記してあります。阻止連に張り付きながら、
彼らの主張を冷静に眺めている新聞記者の東吾郎は、読者に
双方への公平な視点を提供する為に作られたキャラなのでしょう。

とは言え、これを読めば、反対派の言い分は“現実を知らないから
そんな綺麗事が言えるんだ”と否定的に捉えざるをえなくなります。
阻止連が企画した“公開延命治療”の患者さんの結末は、
むごたらしいとしか言いようがありません。医師でも全てが
終末期の患者を診た経験がある訳ではなさそうです。反対派の医師が、
その患者を見て真っ青になった事が、それを雄弁に物語っています。

康代のいる阻止連は、TV番組を利用し、世論を自陣に有利に
導こうとします。TV番組の過剰演出への問題提起は
前作のまず石を投げよのメインテーマでもありましたが、
本作にも医療をテーマにしたノンフィクション番組への
著者の痛烈な批判が込められており、極めて興味深いです。

確かに、番組内で“難しい手術が成功しました”という
患者さんがいたとして、その人が1ヶ月、半年、1年後に
どうなっているのかは、視聴者には知る由も無い事です。
作中の登場人物に“神の手なんてマスコミの捏造”と
断言させているのも注目されます。現場の医師達は、
TVに映らない、映せない何かを知っているのでは、と思わされます。

一方のJAMA側は、政治家や官僚までも全面的に味方に付けて、
より広範囲に、マスコミを利用した一大キャンペーンを張ります。
こちらは著者の2作目の破裂の、“PPK”を想起させる展開です。

久坂部先生の作品を読んでいると、常に著者自身が医師であると
意識させられざるを得ないのですが、そんなの有り得ないだろ、
という展開に説得力を与えたのは、またも著者自身の経歴でした。

外務省の医務官という経歴は、本作の奥付で初めて目にしました。
湾岸戦争についての「ある男に聞いた実話」の“ある男”とは、どう考えても
著者本人です。官僚機構の内側で、その実態を見てきた人が、
厚労省による世論操作というネタを自作で二度も使っているからには、
こういう事が実際に行われているのでは、と思わずにはいられません。

そこで一つ思い当たったのが、“イクメン”という奇妙な言葉でした。
リアルでもネットでも一切聞いた事が無かったその言葉が、
ある日突然“流行している”として新聞記事に載り、それからすぐに
厚労省のHPでも使われたと知り、あれこそ正に、この作品のような、
厚労省主導のキャンペーンの実例だったのでは、と思いました。

著者の作風はエンターテイメントに徹しているので、
テーマは重くても真面目なだけの面白みのない作品には終わりません。
話はかなり、エキセントリックな方向に進みます。

逆に言えば真面目な話を期待して読むと失望するでしょうが、
奥深い山中での怪しげなセミナーあり、そこでの安楽死の実演あり、
不倫あり、陰謀あり、犠牲者続出と、驚きの連続で飽きさせません。

医師の人格のノーブレス化──新見が掲げた目標自体は
決して間違ってはいませんでした。どんなに素晴らしい治療法が
開発されても、それが欠ける医師が用いれば恐ろしい事になる。
全ての医療は医師の人間性に委ねられている。当たり前のように
思っていたその事を、改めて考えさせられたラストでした。

  

廃用身

廃用身──麻痺して二度と回復する見込みの無い手足。
役に立たないどころか日常生活の妨げにしかならない。それなら
いっそ、切ってしまったらどうだろう?――そう考えた医師がいた。
著者のデビュー作であり、介護の現場を扱った問題作です。
著/久坂部羊。

“廃用身(はいようしん)”とは、作中で使われている医学用語です。
患者は我慢してリハビリを続けていれば、手足の機能が回復すると
信じているものですが、どれだけ激しい痛みに耐えてリハビリを
続けても、回復の可能性が全く無いケースもあります。そんな時、
『あの人の左足は廃用身だから』、そんな言い方をするそうです。

この作品はフィクションですが、“廃用身”という言葉をどれだけ
潜って検索してみても、この小説の話しか検索結果に出てきません。
造語なのか実際に使われている言葉なのか、正確には判りませんが、
廃用身という用語自体もフィクションである可能性が高そうです。

どれだけリハビリしても回復せず、動かせないのに痛みや冷たさなどの
不快な感覚だけは感じ、関節が曲がったま固定したり、
大事な時に限って不随意(自分の意志に関係無く)に動くので、
着替えや食事などの介護や日常の動作の妨げとなってしまう。

切断してしまえばそれらで苦しむ事は無くなり、それだけじゃなく、
腕や足の少なくない重量の分、単純に体重が軽くなる事になるので、
入浴や車椅子・ベッドへの移動などの際の、介護者の負担も減る。
これは超高齢化社会を救う、画期的な治療になるのではないか。

神戸の老人医療施設・異人坂クリニックの院長をしている
35歳の青年医師・漆原糾は、その治療を“Aケア”と名付け、
クリニックのデイケアに通う患者の手足を、充分に説明して
本人の承諾を得た上で、切断していきました。
しかしその行為はやがてマスコミの知るところとなります。
漆原は、マスコミの集中砲火を浴び──。

本の最初のページを捲った時に、『おっ』と思いました。これは
著者が実際にした治療を基にした、ノンフィクション小説なのか?
ノンフィクションにお決まりの謝辞が書かれているからなのですが、
それ自体がフィクションで、そこから小説は始まっていたのでした。

これは矢倉俊太郎というある出版社の編集者が、Aケアに関する
マスコミの大騒動の顛末を記したノンフィクションである――
という形式を取った、フィクション小説です。
本の末尾には、ご丁寧に架空の出版社名と、漆原・矢倉両名の
略歴が書かれた、架空の奥付までが掲載されています。

それだけではありません。物語の前半は、漆原が書いた作品とする、
新書風の小見出しまで付いたドキュメント風の文章になっていて、
途中から、矢倉の文章に切り替わります。その中には更に
週刊誌の記事や作者不明のネット小説が引用されています。
内容面でも形式面でも、非常に型破りな小説になっているのです。

漆原の文章の導入部には、老人介護の実態が描かれています。
物語の本筋であるAケアの施術に行き着く前の、まずその段階で、
本筋とは別に、介護の現場がいかに過酷であるかを教えられ、
目が離せなくなりました。

それは想像以上に、心身共に大変な負担を強いられる世界でした。
老人虐待のケースもいくつか挙げられています。
こういう部分は、フィクションとしてのこの小説の中でも、
かなりノンフィクションに近い内容なのだろうと思います。

語り手を途中で変えている事は、単に奇を衒っているのではなく、
視点を180度変えて物事を描く為に用いられている手法です。
同じ事実が見る人によってこうも違って捉えられるのかと、
愕然とする思いがしました。

最初は漆原視点の文章なので、Aケアによって患者の周りのあらゆる
状況がいかに劇的に改善されたかが、強調されて記されています。
あたかもそれがバラ色の治療法であるかのように書かれているので、
ついこれを現実に行ったらいいのではと思わずにいられなくなります。

しかし、あまりにそれを自画自賛する文章を読んでいくうちに、
違和感を覚え、空恐ろしくなっていきます。次々に患者の手足を切断し、
それがいかに素晴らしい事であるかを説き、正しいと信じて疑わない
医師。Aケアは理論的に有り得るかも知れないと思わされつつも、
読み進めるほどに、“グロテスク”という感覚を禁じ得なくなります。
それは作中で漆原が言う、“感覚的な気持ち悪さ”なのかも知れません。

そして漆原の文章が終わると、矢倉の文章による、その正反対の
視点からの、マスコミによる激しいバッシングの記録になります。
矢倉の文に“転載”されている漆原に関する週刊誌の記事は、
どれもあらゆる事柄を悪意を持って悪いように書いたものばかりで、
どちらが漆原の本当の姿なのか、読者も判らなくなります。

“記事”は漆原が書かなかった事実や関係者へのインタビューで
構成されていて、必ずしも嘘が書かれている訳ではありません。
それでも印象が全く違うのです。週刊誌の記事とはこんなもの
なのかも知れないと思わされると共に、
描き出されたこの対比の鮮やかさには、感心させられました。

矢倉のレポートの中に短編ネット小説が挿入されているのですが、
この内容が猟奇的です。医者がこんな小説書いていいんだろうかと
唖然とします。Aケア騒動の影響でこんな作品が出回りました、と
参考に矢倉が掲載しているのですが、ここだけ全体の中で
浮いています。この部分は必要なかったんじゃないかと思います。

矢倉が書く、Aケアを受けた患者の後日談にも、
凄惨を極めた描写が登場します。こういう話が苦手な人が、
こういう本だと知らずに読んでいくとびっくりするかも知れません。
ここでまた、作者は読者に謎を仕掛けるのです。
Aケアは、漆原の言うようなバラ色の治療なのか?
それとも人間の中の悪魔を目覚めさせてしまう、禁断の治療なのか?

矢倉のレポートにある週刊誌の記事は、漆原の人間性についても
掘り下げています。高潔でありたいと意識するあまり、無意識に
押し付けがましくなっていた独善性が浮き彫りにされます。
これは怖いです。自分は周りからこう思われていたのか、などと
丸裸にされてしまったら、仙人や聖人のような余程非の打ち所の無い
人物でない限り、誰だって耐え切れずに、心が壊れてしまうでしょう。

いかにもエリートにこういうタイプがいそう、と思わされる
性格描写にも感心しました。露悪的という表現もされていましたが、
それは漆原だけではなく、こういう小説を書いている、
作者自身の性質でもあるように感じました。
私はフィクションの方の奥付けをうっかり先に見てしまって、先が
少し判ってしまったので、そこは気を付けた方がいいかも知れません。

無痛

外見だけで病気と予後を完璧に診断できる二人の医師。
臨床心理士の女性。ストーカー。境界性人格障害の少女。
軽度の知的障害がある、無毛症で先天性無痛症の男。
舞台は神戸。起きたのは、猟奇的な殺人事件。
かなり気持ち悪いシーンがあるので、合わない人もいると思います。
著/久坂部羊。

物語の幕開けは、神戸で起きた凄惨な一家4人惨殺事件だった。
人の痛みに共感する能力が欠如しているかのような、あまりに異様な
その犯行の様態は、犯人が心神喪失者である可能性を示唆していた。
刑法39条──これに該当すれば、犯人を裁く事ができない。
警察は、そうならないよう、祈るような思いで捜査を続けていた。

アパートの一室で小さな診療所を開いている医師の為頼英介は、
患者の外見に現れた兆候のみから病名とその予後を
完璧に診断できるという能力を持っていた。
彼はその力を応用し、人が犯罪を犯す兆候をも感じ取る事ができた。

シングルマザーで臨床心理士の高島菜見子は、危ないところを
為頼に助けて貰った縁で、彼女が勤務するサナトリウムの
サトミという少女を為頼に診て貰う事にした。
サトミは自分が一家4人惨殺事件の犯人であると主張していたのだ。

また、菜見子は元夫の佐田からストーカーの被害を受けていた。
菜見子は最初の夫と死別し、子連れで佐田と再婚したが、
佐田のDVにより離婚していた。為頼を菜見子の恋人と
勘違いした佐田の行動は、どんどんエスカレートしていく。

大病院の院長の白神は、為頼と同じ能力を持つもう一人の医師だった。
彼は為頼を自分の病院に誘うが、為頼は固辞する。
白神の病院には、無毛症で先天性無痛症のイバラという職員がいた。
軽度の知的障害とされていたイバラは、白神の治療で知能指数を
上げて貰って以来、白神を崇拝していた。物事への拘りが強いイバラは
仕事を完璧にこなすので、職員に親しまれ、職場に馴染んでいた――。

メインキャラだけでもこれだけいて、それぞれの視点に切り替わって
話が進められていくこの書き方は、著者の前作の破裂と同じでした。
しかしその事によって話が細切れになっているように感じた前作よりは、
こちらは大分読みやすくなっているように思います。

やたらに刑法39条を強調するので、犯人は精神鑑定の対象になり、
39条が適用されるか否かを巡って法廷で丁々発止の遣り取りが
繰り広げられる――という話だと思っていたのですが、そういう展開には
全くなりませんでした。そういう話を期待するとがっかりすると思うので、
そうではないという了解の上で読まなければなりません。

この小説には、極めて猟奇的なシーンが出てきます。
現役の医師が、医学的な専門知識を以って書いているだけに、
そのリアルさはOUT(著/桐野夏生)の比ではありません。
実際にやった事がある人にしか書けない描写の連続です。
かなりショッキングなので、OUTが無理だったという人は、
これも読まない方がいいかも知れません。

サトミは境界性人格障害と診断されている設定ですが、その描写は
とてもリアルでした。触れるだけで激痛を起こしているかのような
サトミの繊細さ、発作の症状の華々しさからは、
彼女が一筋縄では行かない少女だと良く伝わってきました。

佐田の典型的なストーカーっぷりは、教科書に事例として
載っていそうな生々しさでした。佐田の手紙には、ゾッとしました。
見事なまでに胸糞の悪い男です。詐病で心神喪失を狙ったり、
お見合いパーティーで身分を偽って女を物色したり、暴力を振るったり、
佐田は明らかに元死刑囚の宅間守がモデルであると思われます。

菜見子は臨床心理士なのに、佐田のその本性を見抜けずに、
焦って結婚してしまいました。菜見子は私から見ても青臭く見える
理想主義的な台詞を吐き、独善的な印象を与える女性です。
ひょっとしたら、著者は臨床心理士が嫌いなのではと思いました。
著者の身近にこういう厄介な臨床心理士でもいたのでしょうか。

菜見子は27歳で3歳の子供がいて、子供の父親である最初の夫は
事故死しています。この設定には、『あれ?』と思いました。
これでは大学院生の時に学生結婚をして産んだ事になってしまいます。
それならそうだと書くでしょうが、そういう話は出てきません。
著者が良く考えずに、年齢を若く設定してしまったのでしょうか。

為頼と白神という二人の医師の能力は、医師である著者ならではの
着想だと思いました。二人の能力は超能力の類ではなく、
知識と経験と、常人よりも優れている鋭い観察力の賜物です。
“額の”の話はさすがにナイと思いますが、肝臓が悪いと肌や白目が
黄色くなるなどという話は、一般的にも広く知られた事と思います。
これはそういう話の延長線上の能力、という事になっています。

同じ能力を持っていてもそれに対する捉え方が違うのは、
二人の医師の性格の違いのなせる業なのでしょう。
為頼は医療に対して悲観的で、殆ど絶望しています。いくら頑張って
治療しても、この患者は絶対に助からないと“見えて”しまうからです。
白神は割り切って、能力を経営に利用します。助かる患者だけを
自分で診て、助からない患者は他の病院に回してしまうのです。

お陰で白神の病院の患者には、白神の診察を受けた後に白神が
“自分で担当する”と言った患者はどんなに重い病気でも助かる、
他に回された患者はどんなに初期の癌でも助からない、
という噂がまことしやかに囁かれるようになっています。

これを読んで、患者の死に立ち会った事が無いという
ゴッドハンド輝真東輝を思い出しました。
いい加減、輝が担当した患者は死なないという噂が広まって、
患者が殺到して輝が戸惑う、などという展開があっても
良さそうなものなのにと思います。

最後はいかにも続編がありそうな、思わせぶりな終わり方でした。
白神はまた何かをやりそうだし、白神とサトミはその後
どうなったのかも気になります。二人の医師の能力の設定は
面白いので、続編を書いてくれてもいいのにな、と思います。

破裂

「医者は、三人殺して初めて、一人前になる」――
そんな刺激的な帯が付けられた、ある部分では荒唐無稽、
ある部分では極めてリアルと思われる、長編医療サスペンス小説です。
著者は大阪大学医学部出身の現役の医師です。
お名前は、「くさかべ よう」さんとお読みします。
著/久坂部羊。

ジャーナリストの松野は医療過誤をテーマにしたノンフィクションを
書く為に、大学病院の麻酔科医・江崎の協力を仰いでいた。
江崎は身近な医師や看護師から慎重に体験談を集めていたが、
活動を止めるよう圧力を掛ける怪文書が届き始めた為、
現在は、これ以上の松野への協力を躊躇しつつあるところだった。

一方、二人は“父親の死は医療ミスではないか”と疑っている
美貌の人妻・枝利子の医療裁判にも協力する事になった。
枝利子の父親は、手術の数日後、心タンポナーデで急死していた。
執刀医は、江崎の勤務する病院の心臓外科医・香村(かむら)助教授
(※今で言う“准教授”。出版当時はまだこの呼び方)であった。

香村は心機能を改善させる新薬の研究中で、教授選も控えていた。
新薬の開発は順調だったが、ある日突然、重大な欠陥が露呈した。
しかし、課長補佐の肩書きながら“厚労省のマキアベリ”という
異名を持つ佐久間という男が、その欠陥を知りながら、いや欠陥故に、
自分のプロジェクトにその新薬を使いたいと、申し出てきた。

プロジェクトの名は、“プロジェクト天寿”。佐久間が
高齢者医療問題の画期的な解決策として考えた、驚くべき計画だった。
プロジェクトが大々的に進められる片隅で、枝利子の医療裁判も進む。
形勢は二転三転し、枝利子に協力する者達の身には魔の手が迫る。
プロジェクト天寿と裁判の行方は?医療ミスは、本当にあったのか?

江崎は自分が集めている症例を、“痛恨の症例”と名付けています。
医師や看護師が一人前になる過程で、未熟さ故に起こしてしまった、
患者の命に関わるような、文字通り致命的なミスの事です。

これは医療界で実際に使われている隠語なのだろうかと思って
調べてみたんですが、検索結果に出てきたのはこの小説ばかりでした。
どうやら医療界での業界用語という訳ではなさそうです。
冒頭の数ページにその“痛恨の症例”が紹介されているのですが、
これがかなり、リアリティがあるように見えます。

医療関係者と言えども人間なのですから、長いキャリアの中で
一度たりともミスを犯さずにいるなどという事は不可能でしょう。
それは理解できますが、余りにも単純で、それでいて重大な結果を齎す
ミスが次々に語られるのを読むと、フィクションと判ってはいても、
これが医療の現場の実態なのではと、ゾッとしないではいられません。

松野に協力している江崎も正義漢ぶった偽善的な医師などでは
決してなく、後ろ暗い秘密を抱えた人物として設定されています。
後半で彼が転落していく様は、かなり容赦の無いものでした。
現実にも江崎のような麻酔科医がニュースになった事がありますし、
これもリアリティがある話なのでは、と思ってしまいます。

翻って“プロジェクト天寿”関係の話は、いかにも荒唐無稽です。
プロジェクトを成功させる為に、佐久間がマスコミを使って
一大キャンペーンを張るのですが、世論っていうのは
そんなに簡単に単純な方へ動かないんじゃないの?と思いました。

実際には佐久間ほどの権力を持つ課長補佐もいないだろうし、
どんどん突拍子も無い方向へ進むので、リアリティを求めて
読んでいた人は、ここで一気に冷めてしまうかも知れません。
キャンペーンに利用されている俳優がどう考えても高倉健さんと
どう考えても吉永小百合さんで、それが可笑しかったです。
冗談かと思いました。いいんでしょうか、こういうの。

“プロジェクト天寿”は非現実的で、作者もそれを進める佐久間を
悪役に仕立て上げているのですが、佐久間に熱心に語らせている
老人医療観は、寧ろ作者の本音なのではないかと思いました。
体中に管を繋がれて、ただ心臓が動いているだけの期間を延ばすのと、
患者の体力を削る事にしかならない無理な治療はせず、動けるままで
天寿を全うさせてあげるのと、どちらが幸せかという話です。

この本を読んだ後に読売新聞の夕刊で著者のコラムを発見し、
ずっと連載してた(※既に終了)のかとびっくりしました。
そこに書かれた著者の医師としての体験談を読んでも、
著者の考えは明らかに後者、つまり佐久間と同じものでした。
久坂部先生の他の作品にも、同様に、登場人物の口を借りて
著者の持論を言わせているのではと思われる部分があります。

デビュー作の廃用身は一風変わった形式だったので、
著者のちゃんとした小説形式の作品はこれが初めてだと思いますが、
話があちこちに飛んで、視点がばらばらになってしまっていて、
小説としてこなれていないという印象を抱かざるを得ませんでした。

かなり分厚い本なのですが、欲張り過ぎて、余計な事まで詰め込んで、
ページ数ばかりが多くなってしまっているという感じです。
枝利子の夫と枝利子が従姉弟という設定は必要だったでしょうか。
ストーリー上、全くと言っていいほど意味が無かったと思います。
もうちょっとすっきり纏める事もできただろうに、と思います。

話の方は、衝撃的な展開が相次いで、最後はどんでん返しでした。
予想していた展開があるのですが、それは完全に外れてしまいました。
作中の病院は著者の出身大学がモデルだと思いますが、
腐敗し切っているような、こんな書き方をして大丈夫なんでしょうか。
著者の医学界での立場が、心配になってしまいます。

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1973年生まれ みずがめ座
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