COOL LADY’S PARADE

人生はレビューです。マンガ、本、ライブ、DVD、CDなど、色んなものをレビューします。
タイトルは “COOL LADY’S PARADE”。
JUNKな文章なので、お気軽に読んで行って下さい。

映画

Eテレ「聲の形」

週刊少年マガジンの読み切りが大反響を巻き起こし、それを
受けた連載も大ヒットした、大今良時先生のコミックが原作です。
TVアニメ化でも実写映画化でもなく、劇場版アニメとして
公開された、’17年の日本アニメNo.1ヒット作です。

小学六年生の石田将也は、聴覚障害の転校生西宮硝子
いじめていました。クラスメートもそれに同調していたにも
拘らず、親や教師が介入して問題になると、石田だけが槍玉に
挙げられ、一転していじめの標的が石田に向けられてきました。

犯した罪のその罰は、中学、高校と進学しても続きました。
石田はヤバい奴、付き合わない方がいいと囁かれ、孤立し続け、
石田は死ぬ決心をしました。バイトを辞め、銀行口座を解約して
全ての貯金を下ろし、かつて迷惑を掛けた母にそのお金を返し、
最期に一目、西宮に会いに行こうと手話の教室を訪れると──。

保存版にするつもりで録画したのですが、ラッキーだった事が
2つありました。一つはEテレでやってくれたので、CMが
無くて編集不要だった事。二つ目は、最初の放映時に大雨の
気象情報が入ってしまってがっかりしたのですが、その少し後に
再放送をしてくれて、完璧な形で録り直せた事でした。

原作は全7巻とほどほどの長さに纏まっているとは言え、
2時間の短い時間で完結している物語のどこまでを収めるのか
気になっていましたが、自主映画製作の要素だけを抜いて、
大事なエピソードを上手く拾い上げて組み込みながら、
物語の結末までを、綺麗に纏めた構成になっていました。

美しい作画と全体に漂う柔らかい雰囲気は、原作のイメージを
そのままに映し出すものでした。キャラの動きも小学生の石田の
いかにも悪ガキが歩いているような歩き方、永束くんのぐらぐら
揺れる感じ、正にマンガの絵が動き出したように思えました。

最初は西宮の事を気に掛けて親切にしていた女子達に、段々と
面倒がる空気が広がっていき、手話を覚えたいと手を挙げた
佐原に対して『いい子ぶってる』『点数稼ぎ』と陰口を
叩く様子には、小学5,6年生の女子の生々しさが出ていました。

この年代はプレ思春期と言える年代で、自分が周りから
どう見られているか、自分と周りの人間関係が気になり出し、
周りから突出し過ぎないように、微妙な均衡を保つ事に神経を
擦り減らす年頃です。うっかり目立つといじめの標的になる──
佐原のように。これは、この年代の女子がどういうものかを
知っている、女性の作者ならではの描写ではないでしょうか。

西宮は何を考えているか判らない娘でした。自分をいじめ始めた
石田に『友達になりたい』と──声は出ないけれど──ずっと
言い続け、酷い事をされても石田に近付こうとしていました。

石田が自分の代わりにいじめられ始めた時も、机に書かれた
石田の悪口をこっそり消してあげたりしていました。
週刊少年マガジンを読んでいた時から不思議だったのですが、
西宮がそこまで石田を気に入っていたのは、何故なのでしょう。

西宮と石田は、──男子と女子にも拘らず──一度取っ組み合いの
喧嘩をした事がありました。腫れ物に触るように義務的に
優しく接しようとする同級生の中にあって、石田が唯一、対等に、
本音でぶつかってくれた人と感じたからなのでしょうか。
それくらいしか、西宮が石田を特別視する理由を想像できません。

高校生になって石田と再会した西宮は、はっきり「好き」という
言葉を、──上手く発音できないのに勇気を出して声に出して──
伝えようとさえしていました。ところがそれは石田に「月?」と
勘違いされ、「月が綺麗だね」と返されてしまいました。

ただ、原作のマンガを読んでいた時は気付かなかったけれど、
良く考えてみるとこの返事はこれはこれで文学的に立派な
返事になっているんですよね。作者がこのネタを知っていて、
そこまで狙ってやっていたのかは、知る由もありませんが。

変わり者の西宮の妹結弦も面白い存在でした。姉をいじめていた
張本人として最初は石田を遠ざけたけれど、石田を観察した末、
石田が充分反省し、充分罰を受けていると知り、結局石田を
慕うようになりました。石田家に入り浸り、変な関係です。

高校生になっていじめの当事者が奇しくも勢揃いしますが、
単純に和解などできるものではありませんでした。再び
傷付け合って、その末に、西宮は衝撃的な選択をしようとします。
それが更に皆を巻き込み傷つける、悲劇を生む事になります。

思春期の長い間、周囲から孤立していた石田は、他人の顔に
×印が張り付いているように見えるようになっていました。
ところが永束というクラスメートと友達になると、
彼の顔からは×印がはらりと剥がれて落ちたように見えました。

石田も随分病んだものだと思いますが、他人を自分と無関係な
モブではなく、人格を持った個人であると認識すると、
その人の×印は、顔からはらりと剥がれ落ちます。

入院し、退院して西宮と回っている文化祭で、名も知らない
生徒の分も含めて、石田の視界にあるそれがババッと
一気に落ちた様子は感動的でした。もしかしたら、この作品で
作者が一番書きたかったシーンは、これなのかも知れません。

テレビ東京「シネマスペシャル 銀魂」

週刊少年ジャンプで連載中の・・・え、終わるの!?とうとう?
空知先生、いい加減飽きてきたのでしょうか。(腐)女子にも
人気のギャグマンガが何と実写映画化!しかも主演は小栗旬!
実写映画バン第2弾公開の宣伝の為に、何とゴールデンタイムに
3時間!放映してくれました。視聴率5%位だったらしいけどね!

原作のマンガは嫌いだったんですけど、意外にも実写にすると
ハマってました。変態仮面もそうだったんですけど、
原作をつまらないと思ってても、実写化する事でギリギリさが
強調されて、マンガより面白さが増す事象も発生するようです。

主役の坂田銀時に小栗旬って、銀さんってそんなにイケメン
扱いだったのと思いましたが、これがいい雰囲気出てる!
おもっくそ鼻くそをほじくる小栗旬の貴重な姿も見られます。
小栗さん、コメディ、と言うかギャグもイケるんですね。

他のキャラも原作そっくりで、もう大コスプレ大会でした。
メガネ(新八)とか、特に神楽は外見は勿論の事、
台詞のイントネーションをアニメに寄せてきていました。
この娘ステマのイメージが強くて好きじゃなかったんだけど、
頑張って練習したんだろうなと、ちょっと見直しました。

近藤さんはもう、体張ってましたね。高杉が堂本剛さんなのは
クレジットを見ないと判りませんでした。はしっかりと
ヅラしてるし、定春はぬいぐるみ感が拭えませんでしたが、
エリザベスがいいですねー!銀さんに「実写化すると怖い」とか
メタなツッコミされてましたが、プラカードで喋るのも上手い!

ストーリーは、読者に人気が高いそうですが私はつまんないので
流し読みしてた、紅桜編が中心でした。が、その前のツカミとして、
カブト狩りのエピソードを入れていました。数あるネタの中で
何故これだけチョイス!?それからずっとシリアスになりました。

シリアスの中にもポイントポイントで強烈なパロネタを
捩じ込んでいて、それが面白い!この監督は凄いですね。
これがどういうパターンのギャグをやるギャグマンガなのか、
原作の性質を的確に把握しつつ、完全に原作を超えていました。

「これ絶対TBSに怒られる奴だ」と言いつつやってたCDTVの
キャラになるネタとか、小栗さんが花沢類を演ってた事に掛けて
「“まーきの”みたいに呼ぶな!」とメガネにツッコませるとか、
もっとヤバイ所に怒られそうな、ナウシカネタも笑えました。

でもそれより凄かったのがシャア専用ザク!えーとこれCG?
まさかこれだけの為に実物大で作ったとか言わないよね!?
銀さんがオッサンのシャアに「相棒の人だよね!?」とか、
ホント監督センスいいわぁー。ツッコミをやる小栗さんもいい。

クライマックスは、空を飛ぶ船の上での豪華なCGを使った
妖刀・紅桜(・・・に呑まれた岡田)との死闘。
小栗さんは、刀を使ったアクション、つまり殺陣も見事でした。

TOKYO MX「キネマ麹町 バタフライ・エフェクト」

地球の裏側の蝶の羽ばたきが嵐を起こす事もある。
自分には失った過去に戻れる能力があると発見した彼は、
過去を修正する事で、現在の絶望的な状況を変えようと試みる。
数年前に見たのですが、凄く面白くて保存版にすれば
良かったと後悔していたので、改めて録画しました。

エヴァンには3人の幼馴染がいました。初恋の人のケイリー
その兄でキレると手が付けられないトミー。プラモ好きで
引っ込み思案だけど溜め込むタイプのレニー。4人は
エヴァンが街を離れるまで、いつも一緒に遊んでいました。
少年のエヴァンは頻繁に記憶喪失に陥っていましたが、
別れる時、ケリーに約束しました。いつか必ず、迎えに行くと。

記憶喪失の治療の為に日記を付けるよう勧められたエヴァンは、
その頃から大人になった今も、ずっと日記を付け続けていました。
ある悪質な悪戯をした日の日記を読んだエヴァンは、意識だけが
過去に戻るという体験をしました。その日何が起きたかを
確かめに、エヴァンは思い切ってケリーに会いに行きました。

が、その晩、彼女は命を断ちました。ショックを受けたエヴァンは
もう一度日記を開きました。そして失っていた過去に戻り、
今度は明確に自分の意志で、過去の出来事を書き換えました。
現在に戻ったエヴァンの隣には、ケリーがいました。歴史を
書き換え、夢のような現在が訪れたかに見えましたが──。

あの時ああしていれば、未来は違うものになっていたかも
知れない。過去に戻ってやり直したい。誰でも一度は
夢想する事を、かなり皮肉な姿勢で形にしてみせた作品です。

エヴァンとケイリーらの仲間には、いくつかのトラウマに
なり得る出来事がありましたが、重要な部分については、
決まってエヴァンの記憶が欠落していました。日記によって
記憶を失った時点に戻れると知ったエヴァンは、現在の悲劇の
遠因はあれだと、その出来事を一つ一つ上書きしようとします。

が、更新された現在には、悉く、別の過酷な未来が待っています。
結局何をやっても失敗し、寧ろ自体は悪化の一途を辿り、
過去の修正によって次にどういう現在が訪れるのか、
毎回思わぬ方向に転がって、ショッキングで、引き込まれました。

自他共に危害を加える恐れのある犯罪者として閉鎖病棟にいる
父親も、エヴァンと同じ能力の持ち主でした。父は息子に
警告します。その能力は、人格を変えてしまう。能力は使うなと。

その通りに、過去のほんの一点を修正しただけで、ケイリーの、
トミーの、レイリーの人格や現状ががらりと変わります。彼らと
エヴァン自身との関係も、過去を行き来する毎に変わります。
たった一つの台詞が、彼の人生を全て変えてしまうのです。

それも大袈裟でも不自然でもなく、こんな事があれば
こういう人間になるよなと納得できるものでした。
脚本の上手さを思いました。その脚本はかなり意地悪です。
主人公のエヴァンをなかなか素直に幸せにしてあげません。

偶然と言うべきか必然と言うべきか、一つが成功すると
必ず別の何かを失います。あの時ああしていれば今頃きっと
バラ色だったのになんて、人生そんな上手くは行かないよ、
現実はきっとこうだよと、皮肉に北叟笑まれているようです。

パラレルワールドのように色んな人生の可能性が描かれる中、
一貫していたのは、エヴァンのケリーへの想いでした。これは
幼い頃の初恋を貫いた、切ない恋の物語でもあります。
エヴァンの一番の望みは、ケイリーの幸せでした。最後の
歴史改変は、エヴァンのその覚悟の深さが判るものでした。

テレビ朝日「シン・ゴジラ」

これは凄い。これはエヴァですね。庵野秀明は、ゴジラを
モチーフに実写版エヴァをやってのけました。地上波初放送、
日本アカデミー賞7冠を獲得した、’16年実写映画No.1作品です。

国民の命の危機、どころか国家存亡の危機にあっても
会議の為の会議や法律論議を繰り返し、責任のなすり合いをする
政府への揶揄、放射能の要素を絡めている旧作への敬意などは、
批評家によって語り尽くされているだろうから置いておきます。

何と言っても素晴らしいのは映像、演出です。電線や信号といった
いかにも日常の日本の街並みの風景の中に巨大不明生物が現れる、
というのはエヴァでも出色であったところですが、
エヴァの監督であった庵野総監督は、それをゴジラでやりました。

電線の張り巡らされた空を下から見上げる構図、海上に掛かる
橋を上から俯瞰する構図、そのカットが切り替わるタイミング、
“○○○”、“同×××”とテロップでその場面の場所を説明する
表現方法と使用されているフォント、まさしくエヴァそのものです。
ゴジラ殲滅を目指したヤシオリ作戦なんて、ヤシマ作戦だし!

自衛隊と、米軍も参戦し陸海空総力を挙げてゴジラを攻撃します。
戦車や戦闘機などが思う存分出てきます。撮影には自衛隊が
全面協力してくれたそうです。日本の自衛隊、凄いです。
カッコいい、誇らしいと思いました。思えばエヴァにも自衛隊が
出てきましたね。庵野総監督、元々そういうの好きなのでしょうか。

ゴジラの造型も特色がありました。東京湾の真ん中に出現し、
東京に上陸したばかりの頃は、巨大な身体を重力に逆らって
支えられず、軟体動物のようにぐにぐに這って動く生物でした。
目も、陸揚げされたばかりの深海魚のようにぎょろっとまん丸な
眼(まなこ)でした。従来のゴジラのイメージを覆すものです。

それが、大田区は鎌田といった耳慣れた地名の土地を
マンションをなぎ倒しながらうねるようにどんどん進んでいく。
住人は叫び、足元では人が逃げ惑う。震災の時のように国が
避難指示を出し、大勢の人が整然と避難する様がリアルです。

陸に上がったゴジラは急激に進化し、形態を変化させていきます。
遂に立ち上がり、我々が馴染みのある立ち姿になります。
しかし巨大!前足は小さいけど尻尾は長く、攻撃力が強烈!

溶岩のようにも見える背中の鱗の隙間から、米軍の戦闘機の飛ぶ
空へ向けてシャワーのように発せられるレーザービーム。
口から吐く炎は地平を横切り遥か彼方のビルまで真っ二つにする。
瓦礫の山と化した東京に聳え立つゴジラは巨神兵かエヴァのよう。

自衛隊のみならず米軍まで参加して本気で攻撃しても倒せない
ゴジラに、国連は多国籍軍を組んで核攻撃を行う事を決定します。
首相は既に死亡、臨時内閣は交渉の末猶予期間を貰います。

ゴジラはエネルギー切れで定期的に活動を休止します。
その隙に、作戦の立案と指揮を任された内閣官房副長官の
矢口を中心としたチームにより、作戦の準備が進められます。

無人の新幹線や山手線、京浜東北線などの在来線を
ゴジラの足元を攻撃する爆弾として使っているのが凄く斬新。
米軍の爆撃機やイージス艦も民間の超長尺のクレーン車も使うし、
日本人の英知を結集し官民力を合わせてゴジラに立ち向かいます。

在来線爆弾や高層ビルを爆破して倒すシーンなど、日本映画も
ここまでできるのかとその映像効果に見惚れました。
映画はリピーターが多かったというのも頷けます。これは何度も
見たくなります。録画は保存版にしようと決めました。

テレビ東京「午後のロードショー 新・猿の惑星」

2年前に行方不明になったものと思われる宇宙船が不時着していた。
救助活動を行った軍は、宇宙船から現れた宇宙服姿の3人を敬礼で
出迎えた。が、ヘルメットを脱いで現れたその下の顔は、猿だった!
このプロローグはバッチリです。続編だと思ってたけど、
シリーズ第3弾らしいです。’71年米映画です。

シリーズ第1弾の猿の惑星では、現代のアメリカ人が
“猿の惑星”に行き着きカルチャーショックを受けますが、
今度は彼らの宇宙船で猿の方が現代のアメリカにやってきます。
程なくして、やってきた猿達は以前に出てきた“動物学者”の
コーネリアスとジーラと判明します。話が直接繋がってるんですね。

始めは警戒してただの猿のフリをしていたジーラらですが、
檻に入れられ、あのお決まりの“道具を使って高い所のバナナを取る”
実験をさせられて、我慢できなくなって、自分達の正体を明かします。

一人死んで猿はコーネリアスとジーラの2人だけになりますが、
二人は国を挙げて歓迎されます。服を着て喋る猿が要人として
公の場で挨拶したり、街に観光に行く光景はシュールです。

インタビューの受け答えもウイットに富んでいるし、彼らは国中の
人気者になります。猿がウイットに富んだ受け答えをする姿
そのものも何とも言えない現実とのズレや皮肉を醸し出しています。
猿と人間の逆転というアイデアの妙と、それを存分に発揮させる
演出の巧みさは、3作目でも変わらず生きていると思いました。

二人が現代の地球にやってきた理由が知られると、二人は
人類にとって危険な存在として迫害されるようになります。
二人の処分を強硬に主張する人間がいて、こっそり味方してくれる
人間がいて、コーネリアスとジーラが追われて逃げる。
この構図は、第一作目の猿と人間の立場が完全に逆転したものです。

二人は人間により“そこまでやらなくても”という非道な扱いを
受けます。ラストシーンは途中で“もしかしたら”と予想していた事が
当たっていたのだと思いますが、違うとも取れて意味深でした。
2作目って、どんな話なんだろう?放送して下さい、午後ローさん。

TOKYO MX「Prize Cinema 禁じられた遊び」

第二次世界大戦中の1940年フランス。ドイツによる
空襲を受けて避難している最中に両親を失った5歳の少女
ポーレットは、10歳の少年ミシェルに拾われて、
一家の厚意でミシェルの家に身を寄せる事になった。

幼いポーレットは、十字架やお葬式を知らなかった。
一緒に逃げてきた犬が死に、お墓を作ろうとして初めて、
お墓には十字架を立てるのだと知った。

死んだ動物の墓を作り、十字架を立てる。
その行為が気に入ったポーレットとミシェルは、
ミシェルが盗んだ十字架で、お墓を作る遊びに没頭する。
今年のお正月に放映した作品です。インストルメンタルの
物悲しい主題歌も有名な、’52年フランス映画です。

ミシェルは両親が目の前で死に途方にくれているポーレットを
見付け、家に連れて帰ります。戦時中の苦しい時期ですが、
ミシェル一家は行く先の無いポーレットを住まわせてあげます。
ポーレットは綺麗なドレスを着て育ちは良さそうでしたが、
まだお祈りを教わった事が無く、ミシェルの家族に教わります。

ミシェルはポーレットの為に、ネズミを殺しお墓を作り、
お墓に立てる十字架を集めます。木で作ったものや馬車の屋根に
付いていたものでは空き足らず、教会で「あれが欲しい」と
ポーレットにねだられた、大きな十字架を盗もうと試みます。

これは何と言っても主役の2人ですね。ポーレットはたまたま
出会ったミシェルに懐きますが、姿が見えなくなると一生懸命
ミシェルの名を呼んで、後をくっ付いて歩く様が、凄く可愛い!

ミシェルもお兄さんぶって、懸命にポーレットの世話をします。
ポーレットを守らなきゃ、欲しがっているものをあげなきゃと
奔走する姿が可愛いです。それは兄弟と言うより、小さな
恋人同士のようでもあります。5歳と10歳では若干年齢に
差がありますが、そういう感情もあったのではないでしょうか。

最終的に、十字架を盗んでいた事が大人達に発覚し、
問題になります。風車小屋の中に2人でこっそり作った
小動物のお墓の上に、中小様々な十字架が立っている光景は、
無邪気が高じて生じる子供の怖さを表しています。
結末はちょっと可哀想でした。芸術性の高い名作だと思います。

TOKYO MX「Prize Cinema 第三の男」

パッとしないアメリカ人の小説家のホリーは、
友人のハリーを頼りウイーンにやって来ました。ウイーンでは
ハリーに仕事を紹介して貰える筈でしたが、着いてみれば、
当のハリーはつい先日交通事故死したばかりとの事でした。

途方に暮れたホリーは、現場にいてハリーの遺体を
道の端まで移動させたという、ハリーの友人2人に
話を聞きに行きました。しかしハリーは即死だったと言う者、
伝言を残したと言う者、彼らの証言はまちまちでした。

共通していたのは、現場にはもう1人の目撃者がいたという
証言でした。しかし、それが誰なのかは判然としませんでした。
疑問を持ったホリーは事故について独自に調べ始めました。
ハリーは本当に事故死なのか?“第三の男”は、誰なのか──?
’49年のイギリス映画です。軽妙なテーマ曲も有名な名画です。

恥ずかしながら映画についての情報は全く知らなかったのですが、
ジャンルとしてはミステリー、それも最近のやたらなものよりも、
多くの面で遥かに良く出来ている作品でした。
第三の男の正体が判ってからの展開が、特に面白いです。

ホリーはハリーの恋人・アンナを訪ね、話を聞いていくうちに、
彼女に惹かれてしまいます。ホリー自身も友人の死を悲しみ、
彼女が恋人の死に打ちひしがれているのも重々承知しています。
ホリーを失った悲しみを持つという共通点が二人を近付けます。
二人の会話はお洒落で、ホリーの誠実さには好感を持ちました。

クスリと笑わせてくれる場面もありました。
ホリーはドイツ語が喋れないので、現地の人に聞き込みをする時に
いちいちアンナを介して英語からドイツ語に通訳して貰うのですが、
ホリーがそれをもどかしがっている様子が面白いです。

ホリーは純文学ではなくエンターテイメント系の作家で、
小説家としては中途半端なので、ファンだと言う人がいたり、
全く知らない人がいたり、話を合わせて知っていると
言ってあげてるだけと思われる人もいます。

立ち寄った先でホリーが小説家だと知った人に、文学についての
専門的な講演を頼まれてしまい、そんな事は全く喋れずに、
客が白けて次々帰ってしまうシーンも面白かったです。
その気まずい雰囲気は、良ーく伝わって来ました。

ハリーの身辺に張り付く怪しい陰、警察は敵か味方か、
ハリーとアンナの恋愛、コミカルな部分、事故の意外な真相。
複数の異なる要素がストーリーの流れの中に自然に、絶妙に
組み込まれており、それらが競合する事はありませんでした。
敗戦直後の連合軍の占領下という混沌とした時代背景は、
何が起きても不思議ではないという不穏さを作り出していました。

スーツは英国人に似合うように作られているのだなと
つくづく感じさせるほど、登場人物のファッションはお洒落だし、
台詞回しもお洒落でした。影を巧妙に利用した演出は、
白黒での映像の作り方を心得ているものでした。
CGや3Dじゃなくても、色さえ無くても面白い映画は
作れるのだと、目が醒めるような感銘を覚えた一級の作品でした。

テレビ東京「午後のロードショー レオン」

孤独な中年の殺し屋が、12歳の少女を弟子に取り、奇妙な
同居生活が始まる。ジャン・レノの名を一躍有名にした、
彼の代表作であり出世作でしょう。少女は何とまだ幼い
ナタリー・ポートマンが演じています。’94年仏映画です。

殺し屋のレオンが住むアパートに、いつも殴られたような
跡がある少女がいた。よく顔を合わせるその少女・マチルダ
父親は、覚醒剤の売人をしていた。ある日組織を裏切ったとして
一家は襲撃を受け、皆殺しにされた。たまたま外出していた
マチルダだけは助かった。生き残った家族がいると知られたら
殺される。マチルダは縋るように隣人のレオンに助けを求めた。

レオンの正体が殺し屋だと知ると、マチルダは自分を
弟子にして欲しいとレオンに頼んだ。家族を皆殺しにした
組織のリーダーのスタンフィールドに復習する為に──。

映像が凄く印象的でした。特に冒頭の、レオンが“仕事”を
遂行しているシーン。真っ暗な部屋で、ターゲットの背後から
音も無く現れ、始めは首元に突きつけられたナイフだけ、次に
顔だけが浮かび上がるシーン。外からのマシンガンの銃撃で、
壁に空いた穴が増えるに連れて筋になって差し込む光線が
増えていくシーン。芸術的とも言える美しさでした。

レオンは強面の外見に似合わず、1Lのパックの牛乳を必ず2本
買って飲むのが習慣になっていたり、マチルダが当初18歳と
年齢を偽ったのを本気にしたり、天然なところもある面白い
キャラです。一度に親兄弟を全て失ったマチルダを慰める為に、
ミトンの豚を手に嵌めて鳴き真似をしてみせたり、マチルダの
モノマネごっこに付き合ってあげるという優しい一面もあります。

飽くまで緊急なので一時的に匿ってあげただけで、それ以上
余所の揉め事に関わるつもりの無かったレオンでしたが、
マチルダに請われ、彼女を訓練し、仕事に帯同させ、
一緒に暮らしていくうちに、彼女への情が芽生えてきます。

無口で、人付き合いが苦手で、不器用な男が、ぎこちないながらも
マチルダを大切に思い、彼女の幸せを願うようになっていきます。
自分が死んだら財産が全てマチルダに渡るよう手配する程です。

非情な殺し屋の顔の裏に秘めていた優しさ。きっと自分自身でも
思いもよらなかったその本質を、おずおずと、うきうきと
発揮するレオン。ジャン・レノの佇まいは、そんなレオンの
変化が内から滲み出てくるように自然で、馴染んでいました。

父親に虐待されてきたマチルダは、12歳だけど度胸が
据わっていて、早く大人になりたがっているかのように
煙草を吸っています。マチルダはレオンの仕事に付いて行き、
レオンの相棒として、息の合った仕事振りを見せます。

マチルダはレオンに懐き、レオンもマチルダを大切に思いますが、
それは男女の愛情なのか、擬似的な父と娘の愛情なのか。
監督はどちらとも取れるような、ギリギリの描き方をしています。

マチルダが欲を出して、一人でスタンフィールドを
追った事が、上手く行っていた二人の生活の破滅を招きました。
スタンフィールドは麻薬組織のボスかと思いきや、
意外な正体を隠し持っていました。そして裏切り者の家族の
生き残りであるマチルダの存在が、敵に知られてしまいます。

レオンは無数の機動隊に包囲され、マチルダを守りながら
たった一人で敵に立ち向かいます。マチルダはレオンの命の
代わりとでも言うように、レオンが大切にしていた鉢植えを
抱きかかえながら、戦場のような銃撃戦から抜け出します。

喉元からこみ上げようとする嗚咽を抑えるように唇を引き結び、
一人で生きていく為の公的な手続きを粛々とこなすマチルダは、
誰にも打ち明ける事の出来ない悲しみを、レオンの思い出と
共にそっと鉢植えに閉じ込めました。まだ子役と言ってもいい
ナタリー・ポートマンの演技は堂々としていました。大袈裟に
語らずとも深く感情を伝えてくれる、噂に違わぬ名作でした。

日本テレビ「金曜ロードSHOW! バケモノの子」

母親が亡くなり、一人残された母子家庭の小学生・
親戚の間で引き取られる相談がなされましたが、反発した蓮は、
渋谷の街に飛び出しました。バケモノの街に迷い込んだ蓮は
九太と名付けられ、バケモノの熊徹の弟子として育ちました。

8年後。成長した九太は人間界に迷い出て、大学受験を
目指すという少女と出会いました。楓に勉強を教わるうちに、
九太は人間界に戻りたいと思うようになります。ところが──。

時をかける少女、サマーウォーズ、おおかみこどもの雨と雪など、
作品を重ねる毎に評価を上げてきた、細田守監督オリジナルの
劇場版アニメです。’15年公開の作品が早くもTV初登場です。

渋谷と表裏一体の“渋天街”というバケモノの世界には、
長である“宗師”という存在がいました。現・宗師が転生の為に
引退を表明しており、その後継として名乗りを挙げていたのが、
熊のような外見の熊徹と、猪のような外見の猪王山でした。

猪王山は子供がたくさんいて、弟子もたくさんいました。
強いだけではなく、街の人々からも人望がある人気者でした。
対して熊徹は子供も弟子も一人もおらず、ガサツで乱暴で、
街の人からはあまり良く思われていませんでした。

宗師になるには弟子が必要。誰でもいい、人間でも構わないと、
人間界に出てきた熊徹が見付けたのが、野良猫のように夜の
渋谷を彷徨っていた蓮でした。熊徹を追って渋天街に入った
蓮は、歳を訊かれて9歳と答え、自分の名前を言うのを拒んだ為、
九太と名付けられてしまいました。表面では喧嘩ばかりで
口汚く罵り合いながらも、二人は親子のように暮らしました。

半分くらいは渋天街の話だったので、バケモノの世界でずっと
話が続くのかと思っていたら、楓に出会ってからは急転直下。
伏線でもあれば良かったのですが、人間界への未練があった風も
無かったのに、父親を捜し当てて一緒に暮らそうとしたり、
大学受験を目指したり、九太の心の動きが読めませんでした。

楓に出会った時、自分を躊躇無く「蓮」と自己紹介していた点は
注目でした。九太の中では、バケモノの世界にいる自分は“九太”、
人間界の自分は“蓮”という意識があったようです。

九太は楓に会う為に渋天街と渋谷を行き来する生活を始めますが、
何となく気まずくて、熊徹には隠していました。九太は家では
参考書を隠しながらこそこそと受験勉強をしています。

父が行方不明になっていた自分を探していたと判り、蓮の中で、
人間界に戻って普通の人生を送りたいという欲求が急速に
頭を擡げてきます。熊徹と長い間暮らしていたのにすっぱりと
切り捨てようとしており、愛着が薄いように見えてしまいました。

猪王山の“長男”の一郎彦は、九太の親友になった弟の二郎丸と異なり、
見るからに被り物をしているだけの人間でした。果たして
その通りで、九太と同様、バケモノの子として育てられた人間、
それが一郎彦の正体でした。しかし一郎彦は自分はバケモノと
思い込んでおり、九太を人間なんてと見下し、蔑もうとします。

バケモノの世界では、人間は生来心に闇を抱えており、影に
呑み込まれて世界を破滅に導く存在として忌み嫌われていました。
宗師を賭けた戦いで、猪王山は熊徹に敗れました。九太に激しく
嫉妬した一郎彦の胸には、──まるでBLEACH
虚のような──穿たれたような、黒い穴がぽっかりと空きました。

一郎彦は熊徹を殺そうとします。死にかけた熊徹を見て、
九太にもそれが起こりかけます。それは幼い頃から存在していた
心の闇。自分の影に乗っ取られそうになった九太をこちら側に
踏み止まらせたのは、楓に貰った、おまじないの飾りでした。

しかし一郎彦にはそういう存在はいませんでした。巨大な鯨の
バケモノと化した一郎彦は、渋谷に出て街を破壊します。
実在の渋谷の交差点、代々木競技場などが襲われていくところは、
怪獣がランドマークを破壊する怪獣モノの要素がありました。

九太は楓を見つけて一緒に逃げます。意識を回復した熊徹は、
九太の危機に、自らを犠牲にして九太の心の刀になります。
九太を救ったのは、九太を想う周りの人達の絆でした。

しかし一郎彦にも彼を想う家族がいました。九太との違いは、
それに気付けなかった事と、自分が何物なのか知らなかった、
そして薄々自分は皆とは違うのではないかと気付いていた、
気付いていたけど拒絶して、目を背けていた事でしょう。

前作のおおかみこどもの雨と雪が、バケモノの子が
人間の子として人間の世界で育つ話で、今度はその逆、
人間がバケモノの子としてバケモノの世界で育つ話でした。

九太も一郎彦も、自分はどちらに帰属すべき存在なのか迷います。
前作の逆のパターンをやりたくなっただけかも知れませんが、
似たようなテーマが続いたのは、細田監督は、自分の生い立ちに
何かコンプレックスがあるのだろうかと思ってしまいました。

HK/変態仮面

父親は殉職した警察官。母親はSM嬢。父の正義感と母の変態の
血を受け継いだ高校生色丞狂介(しきじょうきょうすけ)は、
憧れのヒロイン・姫野愛子のピンチを前に、変態仮面として覚醒する!

’92年頃に週刊少年ジャンプに連載されていた、あんど慶周原作の
究極!!変態仮面の実写映画版です。’13年に公開された
第1弾が、劇場版第2弾の公開に合わせ、深夜に放映されました。
うん、これはMXであっても、深夜2時じゃないと放送できないよね。

男子が喜びそうな内容なので一部の読者に強烈な印象を残した
コミックでしたが、連載自体はあまり続かずに打ち切られました。
映画化の報を聞いた時に、何故今更!?と強く疑問に思いました。

全く期待せずに録画してみたのですが、実際に見てみたら、
素晴らしい作品でした。できるだけ多くの人に見て貰いたい
と思います。間違いなく、マンガの実写映画化作品の中で
5指に入る作品です。あ、他の4つが何かは、判んないけど。

まず、マンガの実写化としての全体的なクオリティに感心しました。
マンガのそのままが、映画になってる!リアルタイムでジャンプを
読んでいた時はちっとも面白いと思っていなかったのですが、
同じ事をリアルの俳優がやる事で、絵で見るより格段に面白い!
これがこんなに実写向きだったなんて、夢想だにしませんでした。

個別のポイントとしては、変態仮面のコスチュームを忠実に再現。
パンティの下の目、衣装、更に狂介役の俳優さんが素晴らしい!
手を頭の後ろで組んでくねくねと腰をくねらす歩き方、奇妙な
ポーズ、「フォーーー!!」という叫び、全てマンガを忠実に再現!
「それは私のお稲荷さんだ」のキメ台詞も出ました。

変態仮面は銀行強盗に人質にされた愛子を救ったのを皮切りに、
あちこちに出没し、犯罪者を成敗するようになります。マスコミにも
大評判になり、愛子は正体が狂介と知らず、変態仮面に憧れます。
狂介達の学校は謎の組織に狙われており、刺客が次々に現れます。
敵も変態ばかりで、変態仮面は、学校を、愛子を守る為に戦います。

この作品は、見ながらツッコまずにはいられません。
そもそも「パンティ」っていう言葉をリアルで使う人いないだろ!
自分がその単語を口に出した事もありません。それを物凄く真剣な
口調で、真顔で連呼するんだから、それだけでもうたまりません。

“パンティ”を被ると超人的な能力に目覚めると気付いた狂介は、
TVの生中継で自殺しようとしている人を見て、いても立っても
いられなくなります。しかし変身して助けに行くべきか迷います。

「俺はパンティを被りたい訳ではない」と自分に言い聞かせ、
女装してパンティを買いに行きます。客と店員に指を指されて
バレバレですが、試着室に“試着”しに行きます。勿論顔にです。

ところが何枚試着しても、ちっともイカない。そして気付きます。
「一度でも使用されたパンティでなければ変身しないんだ」
「そんなのただの変態じゃないか。」「オレは変態じゃない!」
変態だーーーー!!

狂介は店を出て、人様の物干し竿に干してあるパンティを
見つめます。やめてー!それやったら犯罪者ーー!!
でもそのパンティを被って、自殺志願者の元へ助けに行きます。

変態仮面の必殺技は、敵の顔に股間を押し付ける事で、敵に
(主に精神的な)ダメージを与える事。押し付けて回転したり、
ゆっくり迫っていって押し付けたり、徹底して股間攻めです。

これを実写でやる事のバカばかしさと言ったら!
変態仮面も敵も真剣に戦っていて、ノリが大真面目だから、
そのギャップが更に笑いを高めます。雰囲気だけで笑わせられる、
その空気を作り出す監督の力量に、脱帽しました。

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1973年生まれ みずがめ座
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