COOL LADY’S PARADE

人生はレビューです。マンガ、本、ライブ、DVD、CDなど、色んなものをレビューします。
タイトルは “COOL LADY’S PARADE”。
JUNKな文章なので、お気軽に読んで行って下さい。

橋本治

雨の温州蜜柑姫

青春大河小説“桃尻娘シリーズ”第6弾です。’77〜’90年の
足掛け13年に亘って記された桃尻娘サーガ、これでいよいよ完結です。
発売された’93年頃に文庫を新品で買って、勿体無いので読まずに
そのまま取っておいて、初めて読んだのは、’04年頃でした。
サブタイトルは、メリー・ポピンズのもじりだそうです。
著/橋本治。

第6部は全5話で、全編が温州蜜柑姫(おみかんひめ)こと
醒井凉子(さめがいりょうこ)さんが主役の三人称になっています。
本作は時間が逆行するという珍しい構成になっていて、
桃尻娘全巻の終わりであり第6部の終わりである第5話が、
第5部のラストの続きという時系列になっています。

第4部無花果少年と瓜売小僧の全てと第5部無花果少年と桃尻娘
第1話でも三人称のスタイルになっていましたが、その時の文体は
“ですます体”でまどろっこしくて、文章も面白いとは思えなくて、
この人は一人称じゃないと生き生きしないのかなと思っていました。
でも、今度は同じ三人称でも“だ、である体”で、
文章は読みやすくて、悪ノリして面白くなっていました。

凉子さんは、風俗産業で財を成したお金持ちの家のお嬢様です。
両親に束縛されて育った為に大人しくて引っ込み思案で、美人だけど
どこかトンチンカンで、いつも周りにヘンな奴と言われてきました。
大学を出て英国留学を経た後は、父親の会社で取締役をしています。

作者による凉子さんの内面描写と性格分析は異様に詳細です。
作者の頭の中には、醒井凉子という人間が確固として存在しているに
違いありません。それは他のキャラクターについても言える事ですが、
彼らは皆、作者の頭の中に“実際に”住んでいる人間なのでしょう。

第1話では、凉子さんが旧姓醒井凉子になっていて驚かされました。
高校の同級生の榊原玲奈ちゃんと木川田源一くんのその後も
チラッとだけ出てきます。でも、磯村薫くんがどうなったのかだけは、
ケチな作者は知ってる筈なのに、教えてくれていません。

文庫版の長いあとがきには橋本先生自身がシリーズ全体の解説を
書いてくれているのですが、これは一貫して青春小説である事に
拘り続けたシリーズなので、青春のその後というものは無いらしいです。
でもきっと作者は、30代、40代になった彼らがどうしてるかも
“知ってる”んだろうなぁ。作者の特権でしょうが、ズルイと思います。

  続きを読む

無花果少年と桃尻娘

青春大河小説“桃尻娘シリーズ”第5部です。
このタイトルからも判るように、第4部までで別々の世界を作って
別々の人生を歩み始めてもう二度と交わる事はないのかと思っていた
桃尻娘と無花果少年の世界が、再び交わる事になります。
サブタイトルは、青春小説のもじりだそうです。
著/橋本治。

1話目は第4部無花果少年と瓜売小僧からの流れで三人称でしたが、
2話目からは桃尻娘(ももじりむすめ)こと榊原玲奈ちゃんと
無花果少年(いちぢく・ボーイ)こと磯村薫くんが
交互に語り手を務める、一人称のスタイルに戻りました。

女の主役が玲奈ちゃんなら、男の主役が磯村くんです。
“無花果少年”のタイトルを冠した本がシリーズ6冊のうち2冊もあり、
ここでも主役の一人になっているとは、磯村くんは伊達に第1部で
二番目に主役を張った訳ではなかったんですね。

私はやっぱり、このシリーズは一人称の時の方が断然好きです。
でももう皆色々と辛い経験を乗り越えて成長した大学生ですから、
同じ一人称でも、以前みたいな子供っぽい事は言っていません。

二人の主人公は、この軽い文体で、かなりややっこしい、
哲学的な話ばかりしています。
もっと気楽に生きる道だってあるだろうに、どうして彼らは
こんなに苦しんで、悩まなければいけないんだろうと思います。

しかし、私も彼らと同じで、生きる事に苦しんでばかりいたので、
だから私はこのシリーズを特別な存在と思うのかも知れません。
こんな文体でも、これは紛れもなく、文学なんだと思います。

  続きを読む

無花果少年と瓜売小僧

桃尻娘シリーズ第4部は、中央大学の学生となった無花果少年こと
磯村薫くんが大1〜大2になり、無職の瓜売小僧こと木川田源一くんが
専門学校に入るまでの、11月〜6月の物語です。
第3部帰って来た桃尻娘までは語り手を変えながらの一人称で
記されていたシリーズですが、ここで突然三人称になります。
時系列的には、第3部とほぼ重なる期間が描かれています。
著/橋本治。

読む前に覚悟しておかなければならないのは、
これは男性同士の恋愛が取り上げられている作品だという事です。
もうホモなんていう言葉は使えません、と言うか使われていません。
二人の主人公が悩み苦しみ、傷付けている事に気付かないまま互いを
傷付け合ってしまう、ギャグ抜きの、シビアでシリアスな物語なのです。

大1秋のクラス会の後、磯村くんは、一人暮らしを始めました。
そこにお父さんと喧嘩した木川田くんが転がり込んできて、
男二人の同棲が始まりました。それは上手く行っているんだか
行っていないんだか分からない、葛藤と擦れ違いの連続の生活でした。

第1部での源ちゃんの話は目茶苦茶面白くて、そのノリのまま
シリーズをずっと読んできて、第2部は主に精神面の話だったので
まだ理解できたけど、ここで肉体的な部分までも含めた、
完全な同性愛の話になってしまいました。

そんな話だという覚悟なしに読んでしまった高校時代の私は、
はっきり言って気持ち悪さを感じてしまいました。
男の子同士でキスしたり、体をまさぐり合っているシーンが
何度もあって、腐女子の方々なら喜ぶかも知れませんが、幸か不幸か
私にはそういう趣味は無いので、読むのがかなりキツかったです。

最初はそっちの気なんて微塵も無かった磯村くんは、滝上先輩に
失恋して落ち込む木川田くんを慰めているうちに、木川田くんに
中てられて、そっちの世界に引きずり込まれてしまいました。
と言っても、磯村くんが同性愛者になった訳ではなく、
女の子の裸も普通に好きでいるし、彼女らしきものもできたりします。

作者はそんな彼の事を、“ヤるのが好きで好きでしょうがないスケベ”
と説明しています。男って性欲が強過ぎると男でも女でもどっちでも
良くなるんだろうか、とも思いましたが、磯村くんに関して言えば、
木川田源一という人物を好きになって、その彼の性別が
たまたま男だった、と言うのが正解なんだろうなと思います。

木川田くんは、最初は磯村くんに恋愛感情を持っていないと
公言していました。でも、いつの間にか磯村くんを好きになります。
この本の始めと終わりの磯村くんへの態度は、大違いです。

憧れの滝上先輩には今度こそ完全に突き放され、磯村くんにも
悪気なしに一番言われたくなかった事を言われ、木川田くんは、今回も
傷付きっ放しです。彼のような人は、ストレートな性的嗜好の人には
思いも及ばない生き辛さを抱えて生きているんだなぁ、と思いました。

今回は、主人公以外の登場人物が、主人公の知らない所で
何をやっていたのか、その時彼が何を感じていたのかという事や、
二人の主人公が自覚していない自分の気持ちの分析、
本人も忘れているであろう木川田くんの過去のエピソードなど、
一人称では絶対に描けない内容が、数多く含まれています。

中盤で書かれている木川田くんの過去話は、興味深いものでした。
バラエティ番組によく出てくるニューハーフの方々のように、
作者は木川田くんを物心付いた時から男の子が好きだったとは
描いてはいません。彼には所謂“原体験”というものがあって、
それが彼を変えるきっかけになったのだと示唆しています。

木川田くんが追っかけていた滝上先輩との出会いや、彼が勝手に
“格好良くて頭が良くて優しいキラキラした王子様”にしてしまった
滝上くんの真の姿を、作者=神様が暴き立て、解説もしてくれています。
滝上くん自身が、源ちゃんの熱烈な崇拝を受け続けていた事により
自己像を歪められてしまっていたなんて、本人達には絶対に
気付けない、即ち一人称という形式では絶対書けなかった事でしょう。

こういう事も書きたかったけれど、一人称では限界があるので、
この小説はここで必然的に三人称という形になったのだと思います。
しかし、人称の変化自体は全く構わないのですが、
文体が回りくどくて面倒臭くて、これまでの面白さが無くなって、
つまらない文章になってしまったのにはがっかりしました。

作者が作者としての一人称を時折間に挟むのも、白けてしまいました。
折角小説の世界に潜り込んで物語を追っているのに、“これは所詮
神様=作者が作った作り事に過ぎないんだよ”と態々読者に思い出させ、
読者の意識を強引に現実に引き戻してしまっているように感じました。

橋本治マニア、桃尻娘マニアには申し訳ないんですが、
私にはこの第4部は、全6部のうちでは一番つまらないと思いました。
高校時代に読んだ時の印象よりは面白いと思えましたが、
読み直しても、そこはやっぱり変わりませんでした。
ジャンル的に言っても、あんまり大々的に
人にお勧めできるような作品ではなかったかも知れません。

  

帰って来た桃尻娘

青春大河小説“桃尻娘シリーズ”の第三弾は、全編が
桃尻娘こと榊原玲奈ちゃんの一人称による、大1春の物語です。
一浪の末、玲奈ちゃんは見事、早稲田大学第一文学部に入学しました。
サブタイトルは、加山雄三さんの若大将シリーズから取られています。
著/橋本治。

第2部のその後の仁義なき桃尻娘までは、『分かる分かる』と
共感できる事ばかりでしたが、ここから急に付いていけなくなります。
玲奈ちゃんの文章は持って回ったような言い回しが増えるし、
玲奈ちゃんが普通はちょっと無いような失恋の仕方をしたり
行動を取ったりするので、共感するのが難しい部分が出てきます。

高校レベルでは同じでも、やっぱり早稲田に入れちゃう女の子は
考える事が違うのかとも思いましたが、玲奈ちゃんが普通と違う
感性を持った特殊な女の子だからかも知れないとも思いました。
どちらかと言うと、後者のような気がします。

桃尻語には、前ほどギャーギャー言うような勢いはなくなりました。
玲奈ちゃんは、大学に入るまでは、やっぱり緊張して
突っ張っていたんだと思います。それは思春期特有の大人や社会への
反抗心の所為でもあるだろうし、大学受験という大きい蓋が
頭の上にあって、それに押さえ付けられていた所為かも知れません。

でも、当然ですが、合格してしまえば、もう大学受験はありません。
『早く大人になりたい』なんて思うまでもなく、大人として扱われます。
縛るものは何も無く、反抗する相手もいないのです。
だから重石が取れたように、ブリっ子にもなれたんだと思います。

その方が大人に見えて、これを読んだ後は、何でも分かってる
顔をしていた昔の玲奈ちゃんの方が、子供に見えるようになりました。
追記は各章のあらすじと感想ですが、ネタバレも含まれています。
この本を読んでいない人はこの記事も読まないだろうから、
気にする人はいないでしょうが、気になる人は、ご注意下さい。

  続きを読む

その後の仁義なき桃尻娘

青春大河小説“桃尻娘シリーズ”の第二弾です。
第1部桃尻娘での3人の執筆陣に滝上くんと醒井さんが加わり、
5人の書き手による6話から成るリレー形式の小説になっています。
桃尻娘では2〜4話が同時系列の話になっていましたが、
今回は、完全に話の続きを次の語り手が引き継いでいます。
著/橋本治。

高校時代を描いた第1部の桃尻娘は徹底して面白おかしい
話ばかりでしたが、第2部のこちらでは、同性愛者の源ちゃんの失恋を
中心とした、かなりシビアな物語が描かれています。
高校時代っていうのはそういう時期で、高校を追い出された
20歳前っていうのも、そういう時期なんだろうと思います。

著者の観察眼は素晴らしくて、現実というものを鮮やかに拾い上げて
読者に提示してくれています。私はここに載っているどの章にも、
『ああ、分かる』と、深く共感できる部分がありました。

海で男達がブスにばかり声をかけて、ちょっと綺麗な娘には
声を掛けられないとか、私コレ絶対本当だと思います。
高校の同級生は過去を知っている、皆大学に行くとぶりっ子している
という部分も、私は『そうか!』と閃いてしまいました。

高校なんて楽しい事は一つもなくて、友達だっていなかったのに、
私は何故か大学より高校にノスタルジーを感じるんですが、
それはきっと高校の時の自分の方が本当の姿だったからなんです。
周りの皆もどれだけ大学デビューしようが、高校時代の方が
本性なんです。お互いそれを知っているから、高校の同級生の方が
信用できるんです。私はそれを、感動的なまでに悟ってしまいました。

(1部もそうでしたが)私はこれを読んで目が醒めるように共感して、
でもそれはきっと私だけじゃなくって、かつて高校生だった事がある
多くの人も同じように感じるんじゃないかと思います。
それは誰もが通り過ぎる時期の、普遍的な感性です。だからやっぱり、
桃尻娘シリーズは、永遠の青春の聖書(バイブル)なんだと思います。

各サブタイトルは、極道映画が元ネタとなっているようです。
内容と関係があるような無いような、辛うじて関係があるような。
文庫の巻末には糸井重里さんの解説が付いていますが、これは
あまり面白くありませんでした。連載年譜第二回も付いています。
表紙の絵も可愛いので、絶対講談社文庫版の方がお得です。

  続きを読む

桃尻娘

ヤバい。面白過ぎる。16歳の春にどっぷりハマった小説は、
20年後の36歳の春に読んでもやっぱり変わらず面白かった。
全6部から成る青春大河小説“桃尻娘シリーズ”の第1部です。
こんな題名ですが、ポルノではありません。
著/橋本治。

まず始めに桃尻語訳 枕草子というのを読んで、
それが凄く面白かったので、それじゃその“桃尻語”の出典を
読んでみようと図書館でこれを借りたのが、高1の3学期でした。
これがもう、とんでもなく面白くて、こんなのが'70年代に
書かれていたなんてと、私は激しい衝撃を受けてしまいました。

ここには高校生の喋り言葉で書かれた5話の短編が入っています。
1話目は高校1年、2〜4話目は高校2年、3話目は高校3年の話で、
榊原玲奈→(磯村薫→榊原玲奈→木川田源一)→榊原玲奈と、
章ごとに語り手が変わっていきます。( )内の3章は、各語り手が
それぞれ異なる出来事を語る、同時系列のエピソードになっています。

会話や筋そのものは勿論ですが、各キャラクターの一人称である
地の文は、それ以上の至上の、見蕩れるような面白さです。
語尾などに片仮名が多いのは少々読みづらいですが、文章のリズムは
流れるようで心地好い。砕けた文“しか”書けない人なら、
こんな文章は書けないでしょう。しっかりした日本語が書ける
橋本先生だからこそ、こういう文章を書く事ができるのです。

最初は図書館で借りて読んだのですが、あまりに気に入った為、
後に講談社文庫版の新品を買ってしまいました。
本は殆ど図書館で借りて読み、昔買った本も処分してしまった私が、
今でも捨てずに本棚に並べている、数少ない作品の一つです。
文庫版の方が、著者本人による“あとがき?”や大学生による“解説?”、
連載年譜など、おまけがいっぱい付いていてお得です。

  続きを読む

窯変 源氏物語 全14巻

枕草子の次は、当然、源氏物語です。
窯で焼かれて鮮やかに生まれ変わった、絢爛豪華な橋本源氏。
タイトルは、「ようへん げんじものがたり」と読んで下さい。
全14巻の内の10巻までが光源氏、11巻から14巻までが、
源氏の死後の第二世代の話である、“宇治十帖”になっています。
著/紫式部、訳/橋本治。

平安文学に一切興味が無くて、全く何も知らない人の中には、
「源氏物語」と聞くと、
“「平家物語」の源氏版、源平の合戦を源氏側から見た戦記物”
と思っている人も多いんじゃないでしょうか。

私も、中学までは、そう思っていました。
でも違います。源氏物語は、日本最古の長編小説であり、
日本文学史上最高峰の、恋愛小説なのです。

源氏物語は、主人公・光源氏が、様々な女性遍歴を重ねながら
出世してこの世の栄華を極めていく、という物語です。
源氏は一時は政敵に失脚させられながらも、准太政大臣という
その時代で最高の地位にまで上り詰め、しかし晩年は、
これまでしてきた事が全て自分に跳ね返ってきたような、
苦悩の日々を送るようになります。

後半の四分の一ほどは、光源氏の死後の次の世代の話になります。
表向きは源氏の息子という事になっているけれど、実は正妻と
他の男との不倫の子・と、光源氏の実の孫・匂宮が、
宇治に住まう女性達を取り合う、三角関係の話になっています。
こちらは光源氏の物語とは雰囲気が違い、
仏教色が強い内容と言われています。

光源氏とは、どういう身分の人かというと、天皇の息子です。
しかし母親の桐壺更衣は、父・桐壺帝の寵愛を
一身に受けてはいたけれど、それほど身分が高くない家の出でした。

桐壺帝は、母方の権力の後ろ盾が無い光源氏が後継者争いに
巻き込まれるのを防ぐ為、敢えて臣籍降下、つまり光源氏を
天皇家から外し、もう天皇になる資格の無い、民間人にさせました。
“源氏”とは、“源(みなもと)さんという名字の人”という意味です。
つまり光源氏は、“光り輝くように美しい源氏の人”、という意味なのです。

光源氏はプレイボーイの代名詞のように言われていますが、
ここでは始めから女漁りばかりしていたようには描かれていません。
始めはむしろ、まだそんなものには興味が持てない、12歳の少年が、
いきなり二つ年上の左大臣家の姫君(葵の上)と結婚させられて、
戸惑い、女を敬遠さえしているように描かれています。

数年後の17歳頃には六条御息所という愛人もできていますが、
それも貴族は愛人の一人や二人持っていないといけないという
風潮だったので、世間体の為に作ったという感じでした。
源氏が幼い頃から心密かに思い続けていたのは、
死んだ桐壺更衣に似ているという事で桐壺帝に迎えられた、
義理の母親・藤壺女御ただ1人だったのです。

しかし、親友でもある葵の上の兄・頭中将などの恋愛話を
聞いたりしているうちに、源氏は徐々にそういう方面にも
興味を持ち始めます。そして受領の屋敷に忍び込み、
人妻・空蝉を強姦同然にモノにしたのを皮切りに、
一般に知られているような、華麗な女性遍歴を重ねるようになります。

頭中将の元恋人で、五条の辺鄙な屋敷に住まい、
光源氏の目の前で急死した、ワケあり美女・夕顔
ずっと打ち解けなかったけれど、死の間際にやっと心が通じ合えた、
息子の出産と引き換えに命を落とした最初の正妻・葵の上

前東宮の未亡人で、嫉妬から生霊となって夕顔と葵の上を取り殺した、
気位の高い愛人・六条御息所
密通し、後に帝となる男子まで作ってしまった、
義理の母親にして源氏の永遠の憧れの人・藤壺女御
藤壺の面影を宿している藤壺の姪で、幼い頃に誘拐紛いに連れ去って
自分の屋敷で大切に育て上げた、最愛の人・紫の上

他にも後に中宮となる娘を産んだ明石の女や、
自らの欲深さから迎え入れ、源氏の運命が堕ちていくきっかけとなった、
不倫の子・薫を産む幼い正妻・女三の宮など、
主な女性だけを並べてみてもこれだけあります。
全ての女性を挙げていったら、キリがありません。

これを現代語訳した橋本治は、さすが、またやってくれました。
本来は三人称である源氏物語を、光源氏の、一人称で書いたのです。
光源氏の次の世代の話(宇治十帖)は、“紫式部が語っている”
という設定にしていますが、要するに、三人称になっています。
途中で人称を変えてしまうという、デビュー作で用いられた
橋本治の得意技は、こんなところでも使われていました。

桃尻語訳 枕草子は逐語訳であり、本文と解説が
別になっていましたが、窯変 源氏物語はその正反対、
行間を読みまくり、ハシモト的な解釈で登場人物の心情を描き、
原文には記されていないその時のその人物の服装まで、
勝手に考えて、事細かに書いてしまっています。

お陰でストーリーは分かりやすく、各シーンは鮮やかに浮かび上がり、
また文章の日本語は、非常に美しい。
日本語ってこんなに美しかったのかと、教えて貰った気がしました。
各章の前には登場人物の関係図も載っているので、
源氏物語が敬遠される元になっているややこしい人間関係も、
大分呑み込みやすくなっています。

文庫版桃尻娘シリーズの巻末に連載年譜というオマケが付いていて、
作者がいつ何をしていたのかが書いてあるんですが、それによると、
’89年9月に執筆を開始し、’92年の9月に脱稿したそうです。
刊行は、’91年5月から’93年1月。私は発売される毎に
リアルタイムで図書館で借りて読んでいたのですが、最初は毎月刊行、
後に追いつかなくなって、一ヶ月置きの刊行となりました。

とにかく長いので、全部読むのは至難の業だと思いますが、
波乱万丈で、恋愛小説としても非常に面白いものです。
千年も前にこんなものを書いていた女性がいたなんて、
日本人として、誇っていい事だと思います。

本が好きな人なら、一生に一度は読んでおいても損はありません。
但し、コレを読む前に、平安時代の風俗習慣の予習として、
桃尻語訳 枕草子の方を読んでおく事をお薦めします。

窯変 源氏物語〈2〉 (中公文庫)

窯変 源氏物語〈3〉 (中公文庫)

窯変 源氏物語〈4〉 (中公文庫)

桃尻語訳 枕草子 上・中・下

高1の時(’88年)、NHKで「まんがで読む枕草子」という
番組をやっていて、その原作がこれだというので読みました。
正真正銘、紛う事無き、清少納言の書いた枕草子です。
その現代語訳であり、直訳、逐語訳です。
私はこれのお陰で、古文が好きになりました。
著/清少納言、訳/橋本治。

逐語訳という事は、原文に余分な解釈を付けずに、
(ほぼ)一字一句、元の文章を訳してあるという事です。
勿論それだけでは書いてある事の意味はさっぱり分からないので、
平安時代の服装、建物の構造、昇進、恋愛のパターンなど、
本文の3倍くらいの量の、当時の風俗・習慣に関する詳細な解説が、
枠を別にして書かれています。

そしてこの本の最大にして最強の特長は、これが書かれている文体が、
ジョシコーセーが喋っている言葉そのままを文字にした、
“桃尻語”であるという事です。
何故“桃尻語”と言うのかというと、この文体が、訳者のデビュー作
桃尻娘の主人公の、榊原玲奈の文体だからなのです。

枕草子という作品は、一条天皇の皇后である中宮定子
女房(お世話係)をやっていた清少納言が、自分が普段
『イイ!』『面白い!』と感じている事や身の回りの出来事などを、
思うままに綴っていった、今で言う随筆というジャンルに入るものです。

最初は私的に書き溜めていたようですが、やがて噂が広まって、
新しい文章ができるごとに「新しいの書いたよー」と周りに
見せるようになって、皆で書き写したり回し読みしたりして、
当時の宮中の人達の間ではリアルタイムで大人気だったそうです。
今喩えるなら、アクセス数No.1の、
大人気のブログのようなもの、と言っていいでしょう。

だから小難しく見える旧仮名遣いで教科書なんかに載っているので、
お堅い内容だと思われがちですが、実は書いてある事自体は、
どうって事はないのです。
「蚊が耳元に来てブーンて羽の音がするのなんて凄く生意気!」とか、
「ちっちゃい子がよちよち歩くのってかわいい!」とか
(これらはうろ覚えですが)、そんなレベルです。

よく“枕草子は「をかし」の文学で趣を大事にしている”
などと学校ではつまんない事を教えますが、「をかし」が
何なのかと言うと、『イイ!』『いいよね』、という事なのです。

つまり「いとをかし」と書いてあると、それは「凄っごくイイ!」
という意味なのです。「もの」系の段は、あるあるネタとか
久米田先生(右のFavorite参照)の羅列ネタと変わりません。
これを読んで、千年前の人達は、「あー、あるある」
「分かる分かる」と、皆で楽しんでいたのです。

この本の文章はふざけていますが、話は間違いなく枕草子なので、
これを読めば、教科書に出ている枕草子の内容が全て
分かるようになります。段ごとに付いている詳細な解説によって、
分かりづらい平安時代の習慣も、頭に叩き込まれます。

それだけでも、受験勉強でかなり違います。
私も真似して教科書の内容を自分なりに桃尻語に訳して、ノートに
書いていました。それはやっていて、凄く楽しい作業でした。
中高生は、これを読んで、是非同じようにやってみて下さい。
但し、試験を桃尻語で答えたら、多分×になると思いますが──。

桃尻語訳 枕草子〈中〉

桃尻語訳 枕草子〈下〉
Monthly Archives
Profile
HN : COOL LADY
1973年生まれ みずがめ座
女性 独身 神奈川県出身

リンク&内容の転載は
厳禁です。守ってね!

このBlogについての説明は、
How to use CLPへ。
Blog内検索
Favorite (books)





Please WATCH OUT