書きたいことを書く!

自由に思いついたコトとかを不定期で書いています。

June 2008

受け止める、受け入れる

受け止める、受け入れる

人は他人から教わり、一個の自分を形成する。
形成してしまうと、自分の価値観と違うものを
否定する傾向にある。

でも、出来上がったと思っている自分は
まだまだ出来上がっていないのかもしれないし、
一度価値観を壊して作り治すことも可能。

でも、それをしないのは
「思い込み」と「あきらめ」と「恐怖」

「自分はこうなんだ」

「自分はこうしてるんだ」

「自分はこうしか出来ない」


価値観というのはプラスに働くこともあれば、
マイナスに働くこともある。

その場では有効でも、
全体から見ればどうかは分からない。

結果は短期スパンで考えることではなく
長期スパンで考えることなんですよね。


ことの大小はあれ、自分にもありますが…

・コイツはこういう考えならウマが合わない

・コイツは言うこと聞いてくれない

・コイツはまるでやり方を分かってない


・わたしにはムリ

・わたしには合わない

・わたしにはもっと他にやれることがある

こういう気持ちってありますよね?

で、ここでどう対処するかが
ポイントになると思います。



大雑把に書いてしまいますが
「ここでダメなら次!」という感覚は、
やっぱり次もダメなんですよね。


まず、今を出来るだけ受け入れ、

・その中で最善を考える。

・相手の考えを受け入れてみる。

・やってみる&行動してみる。


そうすることで、
失敗にせよ、大喧嘩にせよ、落ち込んだり、
やらなきゃ良かったと思うこともたくさんある

でも、結果がどうであれ、
やったことは確実に実になり、
仮にうまくいったなら自分の心ポイントアップ♪


難しいのは、相手がある場合

・お節介にならないこと。

・強い口調で決めつけないこと。

・自分にもあるように相手にも価値観がある。


誰でも自分の価値観の中で欠如した部分なんて
たくさんあるものだし、
まず、受け止める姿勢、受け入れ姿勢を
作れるかがポイントなんでしょうね。


短期スパンで物事を考え出してしまえば、
あきらめることが増えるものですが、
長期スパンで物事を考えると、
受け止めることがもっと出来ると思うし
受け入れることが出来る自分も作れていく

そういうものだと思います。


もちろん、一部には完全否定して、
我が道を進んで成功する人もいますが、
そういう人は稀に成功する場合もあれば、
取り返しの付かないことになる危険も
含んでいます。

なので、自分がどちらなのかを
決めることは本当に難しいことです。


少しでも考えられる姿勢作り…

相手を受け入れ、受け止める、
自分を受け入れ、受け止める、


またこれも長期スパンで成功する
一つの方法でないかなと思います。

後悔に気付くことの大切さ

後悔に気付くことの大切さ

人は後悔しないということはない。
しかし、物事が大きな失敗であるほど、その後悔が後を引いてしまうこともある。

そうなると人はなかなか立ち直れないものではあるが、やはり長く落ち込むということは、それだけ人生を損してしまうことになる。

人それぞれの人生のタイムリミットは決められていて、失敗を後悔している時間が長いほど、大切な時間を失うことになる。

しかし、だからといって失敗に対し、悔やまない人間になってもいけないから難しいものです。

そういう時は、後悔した自分に気付いたことを認めることが出来れば、客観的になり、元に戻るきっかけを作れることがある。

なんでも自分を責め続けるというのは、立ち直るきっかけを失ってしまうもの。
また、他人を責め続けるのも、それは無責任という意味で、実はどちらもダメだといいつつ、自分の間違いの工程がどこであったかを見失っている。


時には落ち込むことも大切であり、後悔することも大切。
人はいろんな感情を持っているものであり、どれが欠けても良い結果にはならない。


後悔したということは、間違いに気付けたということ。
「それが出来ない人間じゃないんだ」という肯定的に物事を捉えれたら、少しは、きっかけをつかめるようになっていくと思う。

落ち込みから回復するには人それぞれにあった方法があるとは思うけど、そのひとつとして、後悔したことを良しとする心持を持てたらいいですね。

政治家に誠実さがほしい

すべての思いは誠実さにあり。

人を利用することばかり考えたり、
窃盗や引ったくりなど、奪われた側の
気持ちを考えない行動をしたり、
老人を労われない、異常殺人も多い
など、本当に狂った世の中になりました。

こうなった原因の多くは、政治家が後先を
考えない政策をしたり、不誠実なことを
繰り返しても反省もしないという姿から
未来に希望が持てなくなってしまい、
国民も狂ってしまってるんでしょうね。

自分本位な人間が昔と比べると
異常に増えてしまったように思います。


すべては何のための政治なのか
誰のための政治なのかを分からない人間が
政治についてしまったのが原因なのでしょう。


人の情より金儲け=これが政治だと思っている。


無駄遣いがバレれば、口先だけの謝罪、
調査もしないで、ミスはありませんの数々、
しっかり考えないで見切り発車で法案成立。


こんなことをいつまでも繰り返していれば、
人の心って悪い方に伝染していってしまい、
分からなくなってくるものです。

都合の良い部分のデータだけを見せ、
悪い部分や不透明な部分は隠し、
そして国民不在の強行採決の数々…


誠実さがまるでない…


金儲け+人を騙すことが当たり前
という人から見れば、
この状態が普通・当たり前なのかもしれないが
そうでない誠実な人間が多かったから
日本は急成長出来たことは間違いないことです。


今は、政治不信だけでなく、
いつどこで犯罪に巻き込まれるか分からない世の中
世界からもそっぽを向かれているのも明白…


この元凶を正そうと思えば、
政治家が未来をちゃんと見据えて、
自分達を犠牲にするくらいの気持ちがなければ、
根本を変えることは出来ない。

国民だけ犠牲にして、
自分達は改めないですからね。


今がターニングポイントなんでしょうね。
ここで、しっかりとした弱者救済や
産まれてくる子供達の確保など、
これらも出来なければ、将来の日本はない。

政府が国民を家畜程度にしか考えてないのは
今の状態を見れば一目瞭然で、しかも
今だけ自分達がやり過ごせればいいという
やり方の数々ばかりだから、
一番大切なものを見失ってしまう。


本当にイヤな世の中になったものです。


苦しい思いをしてお金を貯めても掠め取られる
かといって入ってくるお金は一緒だから、
どうすることも出来ない。

経済の復興なしで税金を上げれば
ますます人はお金を使わなくなるのは明白。

経済の復興よりも、まず政治家の懐という図式を
解消しない限り、政府が何をやっても
人の心は悪い方向へ進んでしまう。


そうなれば、人から強奪することも厭わない人や
ウサ晴らしに人殺しも増えてくるでしょう。

殺人といわないまでも、怪我をさせたり、いじめ、
陥れたりというものも増えてくるでしょう。


それらは、全て個人個人であるとは言えない。


国を動かす人間の誠実さの無さ、
人としての情の無さ
無駄遣いの意味が分かりたくない体質


こういった政府の体質が
今の世の中を作り上げていることに
はやく気付いてもらいたいものです。

明日は良い日にする!

「明日はいい日でありますように…」

「明日はいい日になりますように…」

これではいい日になるわけがない。

「明日はいい日にする!」

という確固たる信念なくして、
明日は変わらないと考えています。

もちろん、人よりも信念の強い方が思う、
「ありますように」や「なりますように」
は実現することもありますが、
多くの場合は、その気持ちでは弱い。

もちろん、すぐに実現することなんてない。
毎日毎日、寝る前にそれを考え、
深層無意識に刷り込むくらい考え、
そしてやっと「いい日にする!」も実現する。


短い時間で実現する人と
長い時間がかかって実現する人の違いは
刷り込まれた思考が早く定着するかしないか
ただそれだけの違い。


今は政府の横暴さや考えのない政策、
調査もろくにせず、都合の良いことばかりを
縦並べるやり方に「仕方ない…」であきらめて
しまった人も多いだろうが、
その「仕方ない」という気持ちも
深層無意識にはすりこまれる。

それが繰り返されていれば、
それはそれでやはり実現されてしまう。

そういう世の中が変わらないのは
やはり政府の考えのなさと
多くの人のあきらめなんでしょうね。


話は少し変わり、
期間や期限を決めて夢の実現に向かうと良い
という人もいるが、それは焦りや判断ミスを
呼ぶことだって多い。

意識改革は人それぞれのスピードがあり、
それが実現するのは期間を絞るからではない。

信念の強さの問題であり、
時間内に出来なかったことが足枷となり、
それがマイナスになることだってあるのだから。


「思いはいつか実現する」は
気持ちを楽にリラックスして、
そして、雑念を減らして強く願っていれば
不思議と自然に道は開かれる。

人のせいではなく人のおかげ

先週秋葉原で痛ましい事件が起きてしまい、
多くの方が悲しみに落とされました。

容疑者は、xxが悪いということを理由に
しきりに自分は悪くないを繰り返す。

でも、これは幼少環境とネット環境を
考えれば、そうなっていっても
仕方ない環境だとは思います。

ニュースでは、一方的に容疑者が悪いと
決め付ける一般の方々も多かったですが、
それは自分は関係ないと思い込んでる人も
同じようなものだと思うんですよね。

なんでも自分の力で生きてきたみたいな
顔で、相手を批難するような人も多い…

でも、実は
人って他人に生かされているんですよね。

社長は社員に生かされ、
社員は社長に生かされ
経営者は消費者に生かされ
消費者は経営者に生かされ
子は親のおかげで生かされ
親は子のおかげで生かされ

へんな話ですが、
詐欺師だって騙される人がいるから生かされ
警察も犯罪者がいるから生かされ
政治家は国民がいるから生かされている。

まあ、政治家がいなくても
国民は生きていけますが(笑)


人は絶対に一人では生きていけない。
たえず、他人の影響を受けながら
生きているんですよね。

なのに、さも自分がやってきたから
今があるんだという顔をする人も多い。

その今ある環境は、その道を与えて
くれた人がいて、その道を否定され
なかったから歩いてこれた。

それは親であり、回りの方々…

絶対に一人でじゃない。

今は個人が持てはやされる時代ではあるけど、
今の自分という固体が出来上がったのは
自分よりも他人のおかげの方が大きい。

なのに、
それに感謝しようという人は少ない。


それはやはり幼少の頃の育てられ方
親の愛情と躾の良し悪しなど、
知らないうちに植えつけられた心

なので、これも仕方ないのかもしれません。

その中の極端な例が
「xxのせい」なのかもしれませんしね。


人には、右悩人間・左脳人間・バランス型
とがあるように、感性に優れたものもいれば、
計算が得意なものもいる。

吸収の早い人もいれば、遅い人もいる。

その人がどんな方向に向いているか、
それを見極めることは
自分で分かる人ばかりではないはずです。

そう思い込んでいる人もいるでしょうが、
個人を見抜いて、道を与えてくれた人が
いたからこそ、今の自分がある。
それと、そういう道は与えてくれなかった
としても、普通に生かしてくれたから、
その道に進めたとも言えると思う。

そういった人達に感謝出来る人に
なれるようになりたいですね。


中には、悪いことに引きづりこまれて
しまった人もいるかもしれないけど、
もしそれに不満があるとしたら、
それこそ本人が悪いと言えますね。

天運、地運、人運

昔の人は、
自分の成功を自分の力にしなかった。

自分のがんばりの結果が
神様に認めてもらえたのだとした。

失敗した時は、自分の責任とし、
次の成功を夢みて、
失敗の経緯を改めて考えてみた。


天運は天から与えてもらった運。

地運はその場所に秘められた運。

人運はその人が本来持つ運。


ものごとを自分ありきで考える人は
一切、神仏的なことを嫌うというが
見えざるものを一つ心に持つことで
戒めとなったり、支えになったり、
自分自身との自問自答をしたりと、
心の安定にもつながるもの。


もちろん、成功した場合は
実際にその人の実力ではあり、
それは否定しない。

しかし、
全てを自分の実力とすることで、
何か重大なミスや考え違いをして
いたとしても、
ひとつでも成功してしまうと
もう実力があるという
勘違いや意識が出来てしまい、
思わぬところで足をすくわれる。


特に現代は短絡的に物事を考えがちで
すぐに結果が出ないとダメという
傾向にあるが、そういう結果が、
一部では自然破壊や環境汚染などの
人災も呼び起こしているとも思う。

また、急激な変化は不満を呼び、
いじめや万引きなどの負の行動へ
人を動かすこともある。


また、すぐに結果が出せない人は
みな、脱落者かのような扱い。


人を差別することで、自分を保って
いるという傾向が強いんではないかな…


国のため、会社のため、自分のため、

見えるものがすべてになってしまうと
すべてが直線的な考え方になる。


運のせいにするという言い方は
おかしな話ではあるが、
これを意識することで、

ひとつの成功はステップでしかない。

ひとつの失敗はステップでしかない。

自分を必要以上に責めないようにしたり、
有頂天にならないようにしたり…


こういう捉え方が出来るんじゃないかな。


一つの成功で自分は何でも出来ると
思ってしまったり、一つの失敗で
何やってもダメだと落ち込んだり、
短絡的な人の方が多いから、
昔の人は、心の支えとして運という
ものを取り入れて考えてきたのだろう。

バランス感覚2

自分のせいにする
相手のせいにする

自分ばかり擁護する
相手ばかり擁護する

思いつめる
楽天家になる

攻める
守る


不運


これらは、
どちらに偏りすぎても人は壊れる。

相手がいるから自分がいる。
なのに人は、自分を中心に考える。

もちろん、自分が優先でも
それがその人の中芯であれば、
そこからバランスを取れればいい。

でも、多くは
騙される方が悪い
自分は楽がしたい
バレなきゃいい
謝ればいい

そういう自分中心。
そんな状態を繰り返していれば、
騙した方、騙された方双方とも
そこから、どんどんバランスが
壊れていくだろう。


極端な例で
一番分かりやすいのが
政治家や詐欺師。

金がないなら
頑張って稼いで政治家を潤せ、
しっかり騙されて詐欺師の懐を
潤せという世の中になってしまい、
心が薄くなってしまった世の中。


金銭面でいくら潤いを求めても、
心が付いてきていないと、
それは表面からにじみ出てしまう。
今の政府が良い例だろう。


本当に全体を良くしようと思ったら
時間がかかっても、バランスを取って
持ち上げていくしかない。

偏りの大きすぎる物事ややり方は、
必ずどこかで破綻をきたす。

1企業の成長破綻くらいであればいいが
日本全体を壊してしまうやり方は
やはりもう少しバランスを考えるべきだろう。

嫌いを好きになる方法

−嫌いを好きになる方法−

好きになれないものは、人にはいくらでもある。
でも、嫌いなものが少しでも少なくなれば、
それは自分にとって苦手意識が減ることになる。

でも、苦手や嫌いは好きになることは難しい。


ならば…
おいしいものは後に取っておいて
嫌いなものから食ってみればいい。

これが一番。


学校でも仕事でも異性でもスポーツでも…

特にやれないと思い込んだものは
出来るまでやってみるのもありだが、
とりあえずやってみるという
さわりだけでも経験するという方法がある。

でも、それでもダメな時にムリはいけない。

人には時期というものがある。
子供には苦手な野菜があるけれど、
それは時が経てば食べられるようになる。

大人になっても食べられないのは、
他人や親の押し付けであったりする。
頑なに閉じてしまった心は開かない。


何事も自然体が一番いい。
無理やりはいけない。

でも、触れられる時には触れてみる。


触れることで変わっていくことは
いくらでもあるのだから。

怒る時は怒れ

−怒る時には怒れ−

人は、怒りたくてもなかなか怒れない人もある。
腹に溜め込むだけ溜め込んで爆発する人もある。
顔に出せずに感情を殺してしまう人もある。

でも、人は喜怒哀楽で生きているもの。

どれかひとつでも欠ければ、
感情のバランスを崩し、どこかで不調になる。

それは自分に対して向けられることもあれば、
他人に対して向けられることもある。
自分に向けられるものは、異常な負の感情で
あったり、リスカなどもあれば、
他人に向かえば、いじめなどの陰湿なものや
ひどくなれば、ひったくり、万引きなどの犯罪
極限までになると異常犯罪・異常殺人や
になることだってあるかもしれない。


どうしようもない怒りは、
気の知れた友達と言い合うことでもいいし…
まあこれは、親友クラスでないと出来ないな♪
ブログで怒りをぶちまけるだけでもいいし、
家族と殴り合いや武器の持ち出しさえなければ、
言い合うこともいいと思う。


いつも怒ってばかりでもいけないし、
悲しんでばかりでもいけない。
楽しんでばかりいてもダメだし、
喜ばしいことばかりが起こることもない。


人は、生きている以上、
いろいろな感情に左右されるわけで、
それをうまくコントロールする必要もある。

それが出来なくなる人というのは、
創り上げた自分という仮面を
外せないからなんだろうな。

若いは運、老いは経験

−若いは運、老いは経験−

若いうちは頭も回り運もある。
このツキ(運)というのは個人個人の鋭い感覚
なのかもしれないが、ある人とない人はある。

何でも自分の思い通りになってきた
若い頃より、老いてくると勢いは落ちるが、
その代わり、今までの蓄積があるものは、
それを武器にすることが出来る。


逆に若い頃運がない人でも、
やれることをやり続け、
着々と実力を付けてきたものにとっては、
後半に花が開くというのは、
こういうことなんだろうと思う。


いくら人生の前半で成功したとしても、
自分の実力を過信すれば、能力の精度は
気付かずにどんどん鈍るもの。

最初から運があってそれを実力と過信し、
最後まで勝ちを続けなければいけない人生と
苦労して実力を付け、後半盛り返す人生では、
どちらが、本当に幸せかは分からない。


どちらにしても、
あれをやってもこれをやっても
何でもすぐに逃げ出す人生を繰り返すことは
運も経験も
どちらも逃すことになるのは間違いない。
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