昔の人は、
自分の成功を自分の力にしなかった。

自分のがんばりの結果が
神様に認めてもらえたのだとした。

失敗した時は、自分の責任とし、
次の成功を夢みて、
失敗の経緯を改めて考えてみた。


天運は天から与えてもらった運。

地運はその場所に秘められた運。

人運はその人が本来持つ運。


ものごとを自分ありきで考える人は
一切、神仏的なことを嫌うというが
見えざるものを一つ心に持つことで
戒めとなったり、支えになったり、
自分自身との自問自答をしたりと、
心の安定にもつながるもの。


もちろん、成功した場合は
実際にその人の実力ではあり、
それは否定しない。

しかし、
全てを自分の実力とすることで、
何か重大なミスや考え違いをして
いたとしても、
ひとつでも成功してしまうと
もう実力があるという
勘違いや意識が出来てしまい、
思わぬところで足をすくわれる。


特に現代は短絡的に物事を考えがちで
すぐに結果が出ないとダメという
傾向にあるが、そういう結果が、
一部では自然破壊や環境汚染などの
人災も呼び起こしているとも思う。

また、急激な変化は不満を呼び、
いじめや万引きなどの負の行動へ
人を動かすこともある。


また、すぐに結果が出せない人は
みな、脱落者かのような扱い。


人を差別することで、自分を保って
いるという傾向が強いんではないかな…


国のため、会社のため、自分のため、

見えるものがすべてになってしまうと
すべてが直線的な考え方になる。


運のせいにするという言い方は
おかしな話ではあるが、
これを意識することで、

ひとつの成功はステップでしかない。

ひとつの失敗はステップでしかない。

自分を必要以上に責めないようにしたり、
有頂天にならないようにしたり…


こういう捉え方が出来るんじゃないかな。


一つの成功で自分は何でも出来ると
思ってしまったり、一つの失敗で
何やってもダメだと落ち込んだり、
短絡的な人の方が多いから、
昔の人は、心の支えとして運という
ものを取り入れて考えてきたのだろう。