2018年1月某日、荒川家の土地の引渡しが行われた。

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東日本大震災後、父の思いを尊重し、また閖上に家を再建しようと決めた。

それからまもなく7年。

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長かったーーーーーー。



今の閖上はというと

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盛り土もほぼ完了し、戸建や集合の復興公営住宅も入居がはじまり、集団移転先には家を再建した人も増えてきた。

私の後援会長も昨年、家を再建し一足先に閖上に戻った。

ひ孫も産まれ、大きな家で家族でゆったりと過ごすことができているようだ。



荒川家は来月から本格的に建築がはじまり、夏頃には入居できる予定。

まだまだ生活利便施設はできておらず、買い物や病院もない。

そして、沿岸部の防風林が流されたこともあって、非常に風が強い。

まちとして機能するには今しばらくかかる。



それでも父にとっては住み慣れた閖上に戻れることは楽しみな様子で、なにより狭いアパートの窮屈な暮らしから開放されることが嬉しいようだ。



今の父のことを少し報告


父は昨年仕事を引退し、友人の会社でお手伝い程度に働いている。

今でも朝起きてすることは、母と弟の小さな仮の仏壇的(ただのテーブル)なところに水とお茶とご飯を供えて線香をあげることだ。


身体はいたって健康なようだが、最近は同級生の死も続き、元気がないようにも見受けられる。


有名人の突然死のニュースを見ながら、

「人なんていつ死ぬかわがんねーなー」

といって、ため息をついたりもする。


以前から悩みの種になっている、寝ている時にうなされる頻度は少し減ったが、まだときどきある。

ときには

「うわーーーーー」

と、大きな声でうなされる。


急いで、

「親父!親父!」

と、起こす。


以前も書いたように、大きく体を動かし足をテーブルにぶつけたりしないことだけが心配で、私も妻も心臓がバクバクする。。


いつまで続くのやら・・・





ふとした時、父の携帯の待受画面を見た。

そこには母の顔があった。

父はあの日からずっと母と共に生きてる。

少し嬉しくて、あまりにアップの写真で恥ずかしくて、改めてそんな父を尊敬できた。






今は家族3人で暮らしている荒川家に待ちに待った出来事が!!

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結婚して約6年、ようやく子供が出来た!

父もなるべく妻に負担をかけないように気遣ってくれている。

言葉にはあまり出さないが、相当嬉しいようだ。



子供が出来て私は、

「お母!孫ができたよ!」

と、そっと心の中で報告した。

6月、無事に産まれてきてくれることだけを、ただただ願うばかりだ。




震災から7年、ようやく荒川家の止まっていた時計が動き出す、そんな気持ちだ。


ほんと、長かった。。。





最後に今日は閖上中学校の最後の卒業式だった。

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素晴らしい送辞に、胸にぐっとくる答辞。

卒業生の合唱は、あの日から歩んできた生徒の気持ちが込められていて、心に響いた。

歌詞を聞いていて、あの日からこれまでの出来事がページをめくるように蘇ってきて、胸が熱くなった人も多かったはずだ。

「証」




「あたりまえの温もり 失くして 初めて気づく寂しさ 噛み締めて 歩みだす勇気 抱(いだ)いて

溢れだす涙が 君を遮(さえぎ)るまえにせめて笑顔で“またいつか”・・・」



flumpool・・・めちゃくちゃいい曲あるやん!!




なぜ最後の卒業式かというと、閖上小学校・中学校は来月閖上地区に小中一貫教育の義務教育学校「閖上小中学校」として復旧することになるからだ。


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市内全域から通学することができ、私が確認した時点で134人が入学予定(現在は数人増えているかも)。

来月7日に開校式が開かれる。


閖上の復興はゆっくりではあるが、着実に進んでいる。



続きは3月11日に更新しようと思う。







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