総論

2007年02月07日

基地の騒音公害と人格権 厚木基地公害訴訟 最高裁平成5年2月25日第1小法廷判決

判例
H05.02.25 第一小法廷・判決 昭和62(オ)58 航空機発着差止等(第47巻2号643頁)

判示事項:
一 民事上の請求として自衛隊の使用する航空機の離着陸等の差止め及び右航空機の騒音の規制を求める訴えの適否

二 国に対しアメリカ合衆国軍隊の使用する航空機の離着陸等の差止めを請求することの可否

三 国及びアメリカ合衆国軍隊が管理する飛行場の周辺住民が右飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等により被害を受けたとして国に対し慰謝料を請求した場合につき右被害が受忍限度の範囲内にあるとした判断に違法があるとされた事例



要旨:
  一 民事上の請求として自衛隊の使用する航空機の離着陸等の差止め及び右航空機の騒音の規制を求める訴えは不適法である。

二 国が日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約に基づきアメリカ合衆国に対し同国軍隊の使用する施設及び区域として飛行場を提供している場合において、国に対し右軍隊の使用する航空機の離着陸等の差止めを請求することはできない。

三 国及びアメリカ合衆国軍隊が管理する飛行場の周辺住民が右飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等により被害を受けたとして国に対し慰謝料の支払を求めたのに対し、単に右飛行場の使用及び供用が高度の公共性を有するということから右被害が受忍限度の範囲内にあるとした原審の判断には、不法行為における侵害行為の違法性に関する法理の解釈適用を誤つた違法がある。



参照・法条:
  民訴法第2編第1章訴,日本国とアメリカ合衆国との相互協力及び安全保障条約6条,日本国とアメリカ合衆国との相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定2条,民法198条299条,民法709条,国家賠償法1条1項,国家賠償法2条1項,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法1条,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う民事特別法2条

内容:
 件名  航空機発着差止等 (最高裁判所 昭和62(オ)58 第一小法廷・判決 一部破棄差戻一部棄却

 原審  S61.04.09 東京高等裁判所


主    文

一 原判決中上告人らの昭和六〇年八月二九日以降に生ずべき損害の賠償請求に関する部分を除くその余の損害の賠償請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件を東京高等裁判所に差し戻す。
二 上告人らのその余の上告を棄却する。
三 前項に関する上告費用は上告人らの負担とする。
         
理    由
一 上告代理人宇野峰雪、同柿内義明、同鵜飼良昭、同野村和造、同福田護、同千葉景子、同岡部玲子、同山本博、同荻原富保、同小池貞夫、同小川光郎、同葉山水樹、同太田宗男、同中野新、同仲田信範、同佐藤優、同小沢克介、同福本庸一、同湯沢誠、同藤村耕造、同伊藤秀一の上告理由第一点について
 所論は、上告人らの本件訴えのうち、自衛隊の使用する航空機(以下「自衛隊機」という。)の一定の時間帯における離着陸等の差止め及びその余の時間帯における音量規制を請求する部分(以下この部分の請求を「本件自衛隊機の差止請求」という。)は、被上告人が自衛隊機の飛行行為等によって上告人らの私法上の権利を違法に侵害していることを理由に、上告人らがその有する環境権、人格権に基づき、被上告人に対して自衛隊機の飛行の禁止等の不作為を求めるものであるから、民事訴訟によつて解決されるべき事柄であるにもかかわらず、本件自衛隊機の差止請求は統治行為ないし政治問題に係るものであって民事訴訟事項としての適格を有しないとした原審の判断には、憲法九八条一項、八一条、三二条の解釈適用の誤り、理由不備、理由齟齬の違法、法令の解釈適用の誤りがある、というのである。
 そこで、本件自衛隊機の差止請求が民事上の請求として許されるかどうかについて、以下に検討する。
 1 自衛隊法三条は、自衛隊は、我が国の平和と独立を守り、国の安全を保つため、直接侵略及び間接侵略に対し我が国を防衛することを主たる任務とし、必要に応じ、公共の秩序の維持に当たる旨を定め、同法第六章は、自衛隊の行動として、防衛出動(七六条)、命令による治安出動(七八条)、要請による治安出動(八一条)、海上における警備行動(八二条)、災害派遣(八三条)、領空侵犯に対する措置(八四条)等の各種の行動を規定している(なお、右の行動に必要な情報の収集、隊員の教育訓練も自衛隊の行動に含まれる。防衛庁設置法五条四号、八号参照)。自衛隊機の運航は、右のような自衛隊の任務、特にその主たる任務である国の防衛を確実、かつ、効果的に遂行するため、防衛政策全般にわたる判断の下に行われるものである。そして、防衛庁長官は、内閣総理大臣の指揮監督を受け、自衛隊の隊務を統括する権限を有し(自衛隊法八条)、この権限には、自衛隊機の運航を統括する権限も含まれる。防衛庁長官は、「航空機の使用及びとう乗に関する訓令」(昭和三六年一月一二日防衛庁訓令第二号)を発し、自衛隊機の具体的な運航の権限を右訓令二条七号に規定する航空機使用者に与えるとともに、右訓令三条において、航空機使用者が所属の航空機を使用することができる場合を定めている。
 一方、右のような自衛隊の任務を遂行するため、自衛隊機に関しては、一般の航空機と異なる特殊の性能、運航及び利用の態様等が要求される。そのため、自衛隊機の運航については、自衛隊法一〇七条一項、四項の規定により、航空機の航行の安全又は航空機の航行に起因する障害の防止を図るための航空法の規定の適用が大幅に除外され、同条五項の規定により、防衛庁長官は、自衛隊が使用する航空機の安全性及び運航に関する基準、その航空機に乗り組んで運航に従事する者の技能に関する基準並びに自衛隊が設置する飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する基準を定め、その他航空機による災害を防止し、公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならないものとされている。このことは、自衛隊機の運航の特殊性に応じて、その航行の安全及び航行に起因する障害の防止を図るための規制を行う権限が、防衛庁長官に与えられていることを示すものである。
 2 以上のように、防衛庁長官は、自衛隊に課せられた我が国の防衛等の任務の遂行のため自衛隊機の運航を統括し、その航行の安全及び航行に起因する障害の防止を図るため必要な規制を行う権限を有するものとされているのであって、自衛隊機の運航は、このような防衛庁長官の権限の下において行われるものである。そして、自衛隊機の運航にはその性質上必然的に騒音等の発生を伴うものであり、防衛庁長官は、右騒音等による周辺住民への影響にも配慮して自衛隊機の運航を規制し、統括すべきものである。しかし、自衛隊機の運航に伴う騒音等の影響は飛行場周辺に広く及ぶことが不可避であるから、自衛隊機の運航に関する防衛庁長官の権限の行使は、その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務づけるものといわなければならない。そうすると、右権限の行使は、右騒音等により影響を受ける周辺住民との関係において、公権力の行使に当たる行為というべきである。
 3 上告人らの本件自衛隊機の差止請求は、被上告人に対し、本件飛行場における一定の時間帯(毎日午後八時から翌日午前八時まで)における自衛隊機の離着陸等の差止め及びその他の時間帯(毎日午前八時から午後八時まで)における航空機騒音の規制を民事上の請求として求めるものである。しかしながら、右に説示したところに照らせば、このような請求は、必然的に防衛庁長官にゆだねられた前記のような自衛隊機の運航に関する権限の行使の取消変更ないしその発動を求める請求を包含することになるものといわなければならないから、行政訴訟としてどのような要件の下にどのような請求をすることができるかはともかくとして、右差止請求は不適法というべきである。
 以上のとおりであるから、上告人らの本件自衛隊機の差止請求に係る訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、結論において是認することができる。論旨は、違憲をいう点を含め、原判決の結論に影響のない事項についての違法をいうものにすぎず、採用することができない。
 二 同第二点について
 所論は、上告人らの本件訴えのうち、アメリカ合衆国軍隊(以下「米軍」という。)の使用する航空機(以下「米軍機」という。)の一定の時間帯における離着陸等の差止め及びその余の時間帯における音量規制を請求する部分(以下この部分の請求を「本件米軍機の差止請求」という。)は、本件自衛隊機の差止請求と同様、被上告人に対して不作為を求めるものであり、この場合においてその相手方が厚木飛行場の設置・管理者である被上告人となるのは自明のことであって、米軍の本件飛行場の使用権限が条約によって与えられているという事実は被上告人と米軍との間の内部関係にすぎないから、被上告人に米軍機の運航を規制、制限する権限がないことなどを理由に本件米軍機の差止請求に係る訴えを却下すべきものとした原審の判断は、憲法三二条に違反し、裁判所法三条の解釈適用を誤ったものである、というのである。
 しかしながら、上告人らは、米軍機の運航等に伴う騒音等による被害を主張して人格権、環境権に基づき米軍機の離着陸等の差止めを請求するものであるところ、上告人らの主張する被害を直接に生じさせている者が被上告人ではなく米軍であることはその主張自体から明らかであるから、被上告人に対して右のような差止めを請求することができるためには、被上告人が米軍機の運航等を規制し、制限することのできる立場にあることを要するものというべきである。
 これを本件についてみると、原審の確定したところによれば、本件飛行場は、原判決の引用する一審判決別冊第1図青枠部分の区域からなり、被上告人が米軍の使用する施設及び区域としてアメリカ合衆国に提供しているものであって(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(昭和三五年条約第六号)六条参照)、昭和四六年六月三〇日に我が国とアメリカ合衆国との間で締結された政府間協定により、同年七月一日以降、(1) 前記第1図の緑斜線部分は、日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定(昭和三五年条約第七号)二条四項(a)に基づき、米軍と我が国の海上自衛隊の共同使用部分とされ、(2) 同図赤斜線部分は、海上自衛隊の管轄管理する施設となったが、同頃(b)の規定の適用のある施設及び区域として米軍に対し引き続き使用が認められ、(3) 同図黄色部分は、引き続き米軍が航空機を保管し整備等を行うため専用している。このように、本件飛行場に係る被上告人と米軍との法律関係は条約に基づくものであるから、被上告人は、条約ないしこれに基づく国内法令に特段の定めのない限り、米軍の本件飛行場の管理運営の権限を制約し、その活動を制限し得るものではなく、関係条約及び国内法令に右のような特段の定めはない。そうすると、上告人らが米軍機の離着陸等の差止めを請求するのは、被上告人に対してその支配の及ばない第三者の行為の差止めを請求するものというべきであるから、本件米軍機の差止請求は、その余の点について判断するまでもなく、主張自体失当として棄却を免れない。論旨は採用することができない。
 原審の説示するところも、その趣旨は右と同一に帰するところ、原審が上告人らの本件米軍機の差止請求に係る訴えを不適法として却下したのは相当でないが、右却下部分を取り消して上告人らの請求を棄却するのは不利益変更禁止の原則に触れるから、右却下部分に対する上告はこれを棄却すべきである。
 三 同第三点ないし第六点について
 上告理由第六点は、要するに、原判決は、本件飛行場に離着陸する航空機に起因する騒音等による被害が受忍限度を超え、被上告人による本件飛行場の使用及び供用が違法性を帯びるかどうかを判断する要素として、(1) 侵害行為の態様と侵害の程度、(2) 被侵害利益の性質と内容、程度、(3) 侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度、(4) 被害の防止に関する被上告人による対策の有無、内容、効果、(5) 侵害行為としての騒音等に対する行政的な規制に関する基準、(6) 上告人らの侵害行為への接近の度合等を掲げながら、専ら加害行為の公共性のみが受忍限度を決定するとし、他の要素を考慮していないのであって、右判断には法令の解釈適用の誤り、理由不備、理由齟齬の違法がある、というのである。
 1 そこで、この点に関する原判決の判示をみるのに、原判決は、(1) 上告人らが本件航空機騒音等により受けているいわゆる共通被害の内容は、定量的には把握し難い精神的な不快感、いら立ち、航空機墜落等に対する不安感等の情緒的被害、睡眠妨害、テレビ・ラジオの視聴及び会話・電話の支障等の生活妨害であって、それ以上に客観的に上告人らの生命、身体及び健康に対し具体的な被害が発生しているとは認め難いとした上、(2) 一般に、公共性のある行為に伴って第三者に被害が発生する場合、加害行為を違法とするためには、公共性を帯びない行為との関係で受忍限度とされる程度を超える被害が生じているというのみでは足りないのであって、当該行為の公共性の性質・内容・程度に応じて受忍限度の限界が考慮されるべきであり、これについては、公共性が高ければ、それに応じて受忍限度も高くなるといわなければならないとし、(3) 本件の場合、本件飛行場の沿革、周辺地域の事情の下で、被上告人による本件飛行場の使用及び供用行為の高度な公共性を考えると、これに基づく上告人らの被害が前記のような情緒的被害、睡眠妨害ないし生活妨害のごときものである場合には、かかる被害は受忍限度内にあるものとして、これに基づく慰謝料請求は許されない、と判断している。
 2 しかしながら、原審の右判断は是認することができない。その理由は以下のとおりである。
 被上告人による本件飛行場の使用及び供用が第三者に対する関係において違法な権利侵害ないし法益侵害となるかどうかについては、侵害行為の態様と侵害の程度、被侵害利益の性質と内容、侵害行為のもつ公共性ないし公益上の必要性の内容と程度等を比較検討するほか、侵害行為の開始とその後の継続の経過及び状況、その間に採られた被害の防止に関する措置の有無及びその内容、効果等の事情をも考慮し、これらを総合的に考察して判断すべきものである(最高裁昭和五一年(オ)第三九五号同五六年一二月一六日大法廷判決・民集三五巻一〇号一三六九頁参照)。
 これを本件について検討すると、次のとおりである。すなわち、(1) 本件飛行場の使用及び供用による騒音等の被害は、それが原審認定のような情緒的被害、睡眠妨害、生活妨害にとどまるものであるとしても、上告人らがこれを当然に受忍しなければならないような軽度の被害であるということはできず、また、原審の認定したところによれば、その被害を受ける地域住民は、かなりの多数にのぼっているというのである。(2) 上告人らの被害の程度と本件飛行場の使用及び供用の公共性ないし公益上の必要性との比較検討に当たっては、本件飛行場の周辺住民が本件飛行場の存在によって受ける利益とこれによって被る被害との間に、後者の増大に必然的に前者の増大が伴うというような彼此相補の関係が成り立つかどうかの検討が必要であるというべきところ(前記大法廷判決参照)、原審はこの点について何ら判断をしていないのみならず、その認定事実からは、本件において右のような関係があることはうかがわれない。(3) 被上告人が講じた被害対策及びその効果については、原審の認定したところによれば、住宅防音工事は原則として一室ないし二室について施行されているにすぎないため騒音が十分に防止されているものとはいえず、移転措置は補償額が現実の不動産取引価格からみて相当に低廉であることなどから騒音被害の改善に予期したほどの効果をあげておらず、緑地整備は激甚な航空機騒音等の深刻な被害の救済改善に直接的かつ効果的な対策となっているとはいい難く、自衛隊機及び米軍機の騒音の軽減低下はほとんど期待し得ず、飛行コースの変更等による騒音防止措置には限界がある、というのである。
 そうすると、原審は、本件飛行場の使用及び供用に基づく侵害行為の違法性を判断するに当たり、前記のような各判断要素を十分に比較検討して総合的に判断することなく、単に本件飛行場の使用及び供用が高度の公共性を有するということから、上告人らの前記被害は受忍限度の範囲内にあるとしたものであって、右判断には不法行為における侵害行為の違法性に関する法理の解釈適用を誤った違法があるというべきであり、右違法が判決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。したがって、過去の損害の賠償請求を棄却すべきものとした原審の判断につき違法をいう論旨は、その余の点について判断するまでもなく理由がある。
 以上によれば、原判決中上告人らの過去の損害(原審口頭弁論終結の日である昭和六〇年八月二八日までに生じた損害)の賠償請求を棄却すべきものとした部分は、違法として破棄を免れない。そして、前記違法性の判断及び損害賠償額の算定等について更に審理を尽くさせる必要があるから、右部分につき本件を原審に差し戻すこととする。
 四 同第七点について
 本件訴えのうち将来の損害(原審口頭弁論終結の日の翌日である昭和六〇年八月二九日以降に生ずべき損害)の賠償請求に係る訴えを不適法として却下すべきものとした原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は採用することができない。
 よって、民訴法四〇七条一項、三九六条、三八四条、九五条、八九条、九三条に従い、上告理由第一点についての裁判官味村治、同橋元四郎平の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 上告理由第一点についての裁判官橋元四郎平の補足意見は、次のとおりである。
 上告人らの本件自衛隊機の差止請求が民事上の請求として不適法というべきことは、法廷意見の説示するとおりであるが、このような紛争を行政訴訟の対象とすることができるかどうかについては、次のように考える。
 法廷意見の説示するように、自衛隊機の運航に関する防衛庁長官の権限の行使は、その運航に必然的に伴う騒音等について周辺住民の受忍を義務づけるものといわなければならない。しかしながら、自衛隊機の運航により一定限度以上の被害を受けることがないという周辺住民の利益は、法律上の利益というべきであるから、右の利益を有する周辺住民は、自衛隊機の運航に関する権限の行使の適法性を争って行政訴訟を提起する原告適格ないし訴えの利益を有するものと解すべきである。
 右の行政訴訟の形態としては、防衛庁長官が特定の飛行場における離着陸を伴う自衛隊機の運航を個別的又は包括的に命じていて、その命令による自衛隊機の運航に伴う騒音等により周辺住民が著しい被害を受ける場合には、その命令の全部又は一部の取消しを求める訴訟が考えられる。しかし、事柄の性質上、自衛隊機の運航に関する命令は自衛隊内部におけるもので、部外者がその内容を知ることはほとんど不可能と考えられるから、右のような訴訟形態は、実際上適切な争訟手段にはなり得ないといわざるを得ない。
 そこで、他に争訟手段としてどのような訴訟形態を採ることができるかを検討すると、防衛庁長官に対して、特定の飛行場における離着陸を伴う自衛隊機の運航で一定の時間帯又は一定の限度以上の音量に係るもの等についての命令を発してはならないとの不作為を求める訴訟形態が考えられる。これは、いわゆる無名抗告訴訟の一種であり、無名抗告訴訟としての要件を具備することが必要であって、とりわけ、周辺住民が自衛隊機の運航に伴う騒音等により受けている被害が今後も反復継続することが確実と見込まれ、あらかじめこれを防止しなければ回復し難い著しい障害を受けるおそれがある等事前の救済を認めないと著しく不相当となる事情が存することを要するものと解されるが、これらの要件を具備する限り、このような訴訟を提起することができると考える。
 裁判官味村治は、裁判官橋元四郎平の補足意見に同調する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    味   村       治
            裁判官    大   堀   誠   一
            裁判官    橋   元   四 郎 平
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    三   好       達


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2007年02月06日

空港の騒音被害と人格権 大阪空港訴訟 最高裁昭和56年12月16日大法廷判決

判示事項:
一 民事上の請求として一定の時間帯につき航空機の離着陸のためにする国営空港の供用の差止めを求める訴えの適否

二 営造物の利用の態様及び程度が一定の限度を超えるために利用者又は第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある場合と国家賠償法二条一項にいう営造物の設置又は管理の瑕疵

三 国営空港に離着陸する航空機の騒音が一定の程度に達しており空港周辺地域の住民の一部により右騒音を原因とする空港供用の差止請求等の訴訟が提起されているなどの状況のもとに右地域に転入した者が右騒音により被害を受けたとして国に対し慰藉料を請求した場合につき右請求を排斥すべき事由がないとした認定判断に経験則違背等の違法があるとされた事例

四 将来にわたつて継続する不法行為に基づく損害賠償請求権が将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格性を有するとされるための要件



要旨:
一 民事土の請求として一定の時間帯につき航空機の離着陸のためにする国営空港の供用の差止めを求める訴えは、不適法である。

二 営造物の利用の態様及び程度が一定の限度にとどまる限りはその施設に危害を生ぜしめる危険性がなくても、これを超える利用によつて利用者又は第三者に対して危害を生ぜしめる危険性がある状況にある場合には、そのような利用に供される限りにおいて右営造物につき国家賠償法二条一項にいう設置又は管理の瑕疵があるものというべきである。

三 当該空港に離着陸する航空機の騒音がその頻度及び大きさにおいて一定の程度に達しており、また、空港周辺住民の一部により右騒音を原因とする空港供用差止請求等の訴訟が提起され、主要日刊新聞紙上に当該空港周辺における騒音問題が頻々として報道されていたなど、判示のような状況のもとに空港周辺地域に転入した者が空港の設置・管理者たる国に対し右騒音による被害について慰藉料の支払を求めたのに対し、特段の事情の存在を確定することなく、転入当時右の者は航空機騒音が問題になつている事情ないしは航空機騒音の存在の事実をよく知らなかつたものとし、右請求を排斥すべき理由はないとした原審の認定判断には、経験則違背等の違法がある。

四 現在不法行為が行われており、同一態様の行為が将来も継続することが予想されても、損害賠償請求権の成否及びその額をあらかじめ一義的に明確に認定することができず、具体的に請求権が成立したとされる時点においてはじめてこれを認定することができ、かつ、右権利の成立要件の具備については債権者がこれを立証すべきものと考えられる場合には、かかる将来の損害賠償請求権は、将来の給付の訴えを提起することのできる請求権としての適格性を有しない。



参照・法条:
  民訴法第2編第1章訴,民訴法226条,国家賠償法2条1項,民法709条

内容:
 件名  大阪国際空港夜間飛行禁止等 (最高裁判所 昭和51(オ)395 大法廷・判決 破棄自判破棄差戻棄却)
 原審  S50.11.27 大阪高等裁判所


主    文
一 原判決中別紙当事者目録記載の番号1ないし239の被上告人らの大阪国際空港の供用の差止請求に関する部分を破棄し、第一審判決中右請求に関する部分を取り消す。
右被上告人らの右請求にかかる訴えを却下する。

二 原判決中前項掲記の被上告人らの同項の差止請求に関する弁護士費用にかかる損害の賠償請求を認容した部分を破棄し、第一審判決中右賠償請求を認容した部分を取り消す。
右取消部分に関する右被上告人らの請求を棄却する。
右損害賠償請求に関する右被上告人らの控訴を棄却する。

三 原判決中第一項掲記の被上告人らの昭和五〇年六月一日以降に生ずべき損害の賠償請求を認容した部分を破棄し、右部分につき第一審判決を取り消す。
右被上告人らの右取消部分の請求にかかる訴えを却下する。

四 原判決中被上告人近藤嶋恵の前二項の損害を除くその余の損害の賠償請求を認容した部分及び被上告人常洋子の損害の賠償請求を認容した部分を破棄し、右各部分につき本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

五 上告人のその余の上告を棄却する。

六 第一項ないし第三項に関する訴訟の総費用は第一項掲記の被上告人らの負担とし、前項に関する上告費用は上告人の負担とする。


理    由




あまりに長いので省略します
全文はコチラ

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自己決定権と信仰による輸血拒否 東京高裁平成10年2月9日判決

判示事項  :
輸血以外に救命手段がない事態になっても輸血を拒否する意思を表明していた患者に対して輸血をした医師に説明義務違反があるとされた事例


裁判要旨  :
輸血以外に救命手段がない事態になっても輸血を拒否する旨の意思を表明している成人の患者に対しては、輸血以外に救命手段がない事態になれば輸血するとの治療方針を採用した医師は、手術の同意を得るに際して右治療方針を説明する義務があり、この義務を怠って手術をし輸血をしたときは、それにより患者が被った精神的苦痛の賠償の義務を負う。





         主    文
一 原判決中、被控訴人国、同A、同B及び同Cに関する部分を次のとおり変更する。
1 被控訴人国、同A、同B及び同Cは各自、控訴人Dに対しては金二七万五〇〇〇円、同E、同D及び同Gに対してはそれぞれ金九万一六六六円及びこれらに対する平成五年七月一六日(被控訴人Aについては同月一七日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 控訴人らの右被控訴人らに対するその余の請求を棄却する。
二 控訴人らの被控訴人H、同I及び同Jに対する控訴を棄却する。
三 控訴人らと被控訴人国、同A、同B及び同Cとの間で生じた訴訟費用は、第一、二審を通じ、これを二〇分し、その一九を控訴人らの負担とし、その余を右被控訴人らの負担とし、控訴人らと被控訴人H、同I及び同Jとの間の控訴費用は、控訴人らの負担とする。
四 この判決は、主文第一項1に限り、仮に執行することができる         
事実及び理由

第一 当事者の求めた裁判
 一 控訴の趣旨
 1 原判決を取り消す。
 2 被控訴人国、同A、同H、同B、同C、同I及び同Jは連帯して、控訴人Dに対しては金六〇〇万円、同E、同DF及び同Gに対してはそれぞれ金二〇〇万円及びこれらに対する平成五年七月一六日(被控訴人Aについては同月一七日)から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
 3 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人らの負担とする。
 4 仮執行宣言
 二 控訴の趣旨に対する答弁
 控訴棄却
 第二 請求の原因
 本件の請求の原因は、次のとおり改め、又は加えるほかは、原判決の事実及び理由欄の第二に記載のとおりである。
 一 原判決二枚目裏七行目の「原告」を「訴訟承継前控訴人亡Kと、同四枚目表四行目から同四枚目裏二行目までの間の各「原告」を「K」とそれぞれ改める。
 二 同四枚目裏五行目の次に行を改めて次のとおり加える。
 「六 Kは、平成九年八月一三日に死亡したが、その相続人は、夫である控訴人D、Kと同控訴人との間の長女である控訴人E、同長男である控訴人DF及び同二女である控訴人Gである。(当事者間に争いがない。)」
 三 同六行目の「六」を「七」と、同行目の「原告」を「控訴人ら」と、同七行目、同八行目及び同一一行目の各「原告」を「K」とそれぞれ改める。
 四 同一〇行目の「受け入れないとの」の次に「Kの」を加え、同末行の「舞って」を「舞い、輸血以外に救命手段がない事態になった場合には輸血する治療方針を採用していながら、この治療方針の説明を怠って、」と改め、同五枚目表三行目の「いずれも」の次に「Kに生じた」を、同五行目の「遅延損害金」の次に「につき、これを相続した控訴人らの法定相続分に応じて控訴の趣旨2項記載のとおりの金員」をそれれ加える。

 第三 争点
 本件の争点は、次のとおり改め、又は加えるほかは、原判決の事実及び理由欄の第三に記載のとおりである。
 一 原判決五枚目表七行目から一〇枚目表八行目までの間の各「原告」のうち、同五枚目表九行目、同六枚目裏四行目、同七枚目表末行、同九枚目裏三行目及び同一〇枚目表五行目の各「原告」を「控訴人ら」と、その余の各「原告」を「K」とそれぞれ改める。
 二 同六枚目表二行目の「の輸血拒否」を「による輸血拒否」と改める。
 三 同七枚目表八行目の「振る舞って」を「振る舞い、輸血以外に救命手段がない事態になった場合には輸血する治療方針を採用していながら、この治療方針の説明を怠って、」と同八枚目表七行目の「示し」を「示したもので、輸血以外に救命手段がない事態になった場合には輸血する治療方針を採用していながら、この治療方針の説明を怠って、」とそれぞれ改める。
 四 同七枚目裏一行目の「訴外DF(以下「訴外F」という。)」を「控訴人F(以下「控訴人F」という。)」と改める。
 第四 本件の経過
 本件の経過は、次のとおり改め、又は加えるほかは、原判決の事実及び理由欄の第四に記載のとおりである。
 一 原判決一〇枚目裏三行目の「三」の次に「、乙第九号証、乙第一〇号証、乙第一三号証、乙第一四号証」を加える。
 二 同行目から二〇枚目表一行目までの間の各「原告」を「K」と、各「訴外F」を「控訴人F」と、「訴外D(以下「訴外D」という。)」を「控訴人D(以下「控訴人D」という。)」と、各「訴外D」を「控訴人D」とそれぞれ改める。
 三 同一二枚目裏六行目末尾に「なお、被控訴人Aは、当日、Kに対して超音波検査を実施し、肝右葉付近に巨大な腫瘍があることなどの所見を得、その摘出手術が相当困難なものとなるとの感じを抱いた。」を加える。
 四 同一三枚目表九行目の「答えた」の次に「(なお、被控訴人B作成の陳述書(乙第一〇号証)中には、同被控訴人がKから「死んでも輸血をしてもらいたくない。」と言われた記憶がない旨の記載部分があるが、右記載部分は、カルテ(乙第一号証)中の、右会話があったとされる同年九月七日を含む同年八月一八日から同年九月一〇日までの検査、一時的指示、継続指示などを記載した文書(八一頁)中の特記事項欄に「エホバ!輸血は死んでもだめ」との記載があることに照らして採用できない。)」を加える。
 五 同一四枚目裏一行目の「術前検討会」の次に「(これには少なくとも、被控訴人A、同B及び同Cが出席した。)」を、同八行目の「事態」の次に「が発生した場合には、輸血の実施を考慮することとし、これ」をそれぞれ加える。
 六 同一七枚目表五行目の「手術」の次に「の」を加え、同六行目の「提出された。」の次に「この承諾書は、説明の内容として、「肝腫瘍の手術、合併症について説明しました。(A)」と手書きで記載され、承諾文言として、「今般主治医より(空欄未補充)を受けることにつきまして充分な説明を聞き了解いたしましたので、実施をお願いいたします。」と印刷され、その下にKが患者本人として署名捺印し、患者の家族である控訴人Dが署名捺印しているものである。」を、同七行目の末尾に「。」をそれぞれ加える。
 七 同一八枚目裏二行目の「著名」を「著明」と改める。
 八 同八行目末尾に「待機していたKの家族(控訴人ら四名及び控訴人Fの妻)からの同意を得ることなく、」を加える。
 第五 争点に対する判断
 一 争点一(無輸血特約)について
 控訴人らは、Kと被控訴人国とは、平成四年九月一四日、被控訴人医師らがKに対して手術中いかなる事態になっても、すなわち、輸血以外に救命手段がない事態になっても、輸血をしないこと(以下「絶対的無輸血」という。)を合意したと主張する。
 しかし、前記認定の事実によれば、Kは、口頭により絶対的無輸血を求める旨の意思を表示していることは認められるが、文上はその意思は明確でない。また、被控訴人医師らは、口頭によっても、文書によっても右Kの求めに応ずる旨の意思を表示してるとは認められないが、できる限り輸血をしない旨の意思表示はしていることが認められる。したがって、絶対的無輸血の合意が成立していると認めることはできない
(手術に当たりできる限り輸血をしないこととする限度での合意成立の効果は認めるべきである。)。これを補足説明すると次のとおりである(以下、前記認定事実には証拠を示さず、それ以外の事実には括弧内に証拠を示す。)。
 1 エホバの証人の信者である患者(以下「エホバの証人患者」という。)の症例報告等(甲第一三号証の一ないし一四、乙第八号証の一の一ないし二四)によれば、エホバの証人患者は、多くが絶対的無輸血の意思を表明しているが、家族などの説得により、輸血の承諾をした事例もあり(乙八の一の一八の症例)、手術に当たりできる限り輸血をしないこととするが、輸血以外に救命手段がない事態になった場合には輸血をすること(本件において、被控訴人医師らの認識における「できる限り輸血をしないこと」の意味は、この趣旨と解される。以下「相対的無輸血」という。)を承諾した事例もあり(甲第一三号証の四の症例1、乙八の一の七の症例)、また、患者本人は絶対的無輸血の意思を表明したが、その家族は生命の危機に瀕する事態に陥ったときに相談させてほしいとの意思を表明した事例もあり(甲第一三号証の一二の症例)、さらに、患者本人は相対的無輸血を承諾したが、妻が反対した事例もある(乙八の一の三の症例4)。
 以上のとおり、エホバの証人患者の輸血について採る態度はさまざまであるところ、絶対的無輸血は、生命の維持よりも輸血をしないことに優越的な価値を認めるものであるのに対し、相対的無輸血は、輸血をしないことよりも生命の維持に優越的な価値を認めるものであって、同じ無輸血といっても、この両者の間には質的に大きな違いがある。
 2 Kが医科研で最初に受診した際、被控訴人Aに対し、Kは、輸血に関する発言はしなかったが、控訴人Fが「母は三〇年間エホバの証人をしていて、輸血をすることはできません。」と言った。しかし、同控訴人は、「輸血以外に救命手段がない事態になっても輸血はできない。」旨を明言はしていない。
 これに対し、被控訴人Aは、「(腫瘍は)大きいですけど、心配いりません。ちゃんと治療できます。」「いざとなったらセルセイバー(回収式自己血輸血装置)があるから大丈夫です。本人の意思を尊重して、よく話し合いながら、きちんとやっていきます。」と言っているが、「輸血以外に救命手段がない事態になっても輸血はしない。」旨を明言してはおらず、将来の話合いの余地を残していて、絶対的無輸血の治療方針を採る旨を表明してはいない。
 3 Kが医科研に入院した当日の被控訴人CとKとの問答は、貯血式自己血輸血の可否に関するものに過ぎず、両者とも、絶対的無輸血の意思又は治療方針を明確に表明するものではない。
 4 Kが医科研に入院中の平成四年九月七日には、Kは、被控訴人Bに対し、「死んでも輸血をしてもらいたくない。そういう内容の書面を書いて出します。」と言っているが、これは、絶対的無輸血の意思を口頭で表明したものである。この意思表明は、主治医である被控訴人Bに対するものであるから、被控訴人国の履行補助者に対して絶対的無輸血による手術を求める旨の意思表示(申込み)であるといえる。
 これに対し、被控訴人Bは、「そういう書面をもらってもしょうがないです。」と言っているが、これは、右申込みを承諾したものではないことは明らかである。
 5 手術説明会の同月一四日には、被控訴人Aは、大きな手術となり出血があることなどを説明するとともに、「術後再出血がある場合には、再び手術が必要になる。この場合は医師の良心に従って治療を行う。」と説明しているが、同被控訴人の内心の意図はともかくとして、右説明は、相対的無輸血の治療方針を表明するものではない(およそ輸血について言及したものと認めることはできない。)。
 控訴人Fは、その際、被控訴人Aに対してK作成の免責証書(乙第四号証)を交付している。右免責証書の記載文言は、輸血拒否の意思を表明してはいるが、他の例(甲第四号証中の「輸血謝絶書」、甲第三〇号証の二、甲第一二号証の六の一ないし三、甲第一二号証の一二)と表現を異にし、死の結果をも受け入れる旨の絶対的無輸血の意思を明確にしているとは解されないおそれがある(「どんな損傷」という表現が用いられているが、「傷」という語感からは死の結果をも許容する趣旨かどうか疑いの生ずる余地がある。)。
 前判示認定事実によると、被控訴人医師らが絶対的無輸血の治療方針を採用せず、相対的無輸血の治療方針を採用していたことは明らかである。また、医療の専門性(この専門性は訴訟代理の委任の局面とも同一である。)に鑑み、医師はその専門知識及び能力に基づきその良心に従って医療内容を決定すべきであり、患者による治療内容に対する注文は、通常は単なる希望の表明に過ぎず、原則としては、医師が明示に承諾した場合でなければ、そのような医師の治療方針と抵触する合意が成立したと認めるべきものではない(後記の説明義務違反の問題が生ずることや手術の施行自体について患者の同意が必要なことは別論である。)
。被控訴人医師らの右言動をもってしては、被控訴人医師らが絶対的無輸血につき承諾したものということはできず、手術に当たりできる限り輸血しないこととする限度でのみ合意成立の効果を認めるべきである。
 6 以上のとおり、Kと被控訴人国との間に絶対的無輸血の合意が成立したとは認められないが、念のため右合意の効力について当裁判所の見解を述べておく。当裁判所は、当事者双方が熟慮した上で右合意が成立している場合には、これを公序良俗に反して無効とする必要はないと考える。すなわち、人が信念に基づいて生命を賭しても守るべき価値を認め、その信念に従って行動すること(このような行動は、社会的に優越的な宗教的教義に反する科学的見解を発表すること、未知の世界を求めて冒険をすること、食糧事情の悪い状況下で食糧管理法を遵守することなど枚挙にいとまがない。)は、それが他者の権利や公共の利益ない
し秩序を侵害しない限り、違法となるものではなく、他の者がこの行動を是認してこれに関与することも、同様の限定条件の下で、違法となるものではない。ところで、エホバの証人の信者がその信仰に基づいて生命の維持よりも輸血をしないことに優越的な価値を認めて絶対的無輸血の態度を採ること及び医師がこれを是認して絶対的無輸血の条件下で手術を実施することは、それが他者の権利を侵害するものでないことが明らかである。さらに、輸血にはウィルスの感染等の副作用があることは公知の事実であるし、Kが医科研を初めて受診した平成四年七月二八日までに、絶対的無輸血の条件下で実施された手術例が多数あり、この中には相当数の死亡例もありながら、死亡例について医師が実際に刑事訴追された事例がなかったこと(甲第一三号証の一ないし一四、乙第八号証の一の一ないし二四)、同元年には、輸血療法の環境の変化に対応して、厚生省健康政策局長が輸血療法の適正化に関するガイドラインを定め、これを各都道府県知事あてに通知しているが、その一項目として、「輸血療法を行う際には、患者またはその家族に理解しやすい言葉でよく説明し、同意を得た上でその旨を診療録に記録しておく。」ことが挙げられていること(甲第二二号証)、同二年中には日本医師会の生命倫理懇談会が絶対的無輸血の条件下での手術の実施をやむを得ないことではあるが肯定する旨の見解を発表していること(甲第一〇号証、甲第二一号証)、同二年からKの右受診前までの間に北信総合病院、国立循環器センター、聖隷浜松病院、京都大学医学部附属病院、上尾甦生病院及び鹿児島大学医学部付属病院などが絶対的無輸血の条件下での手術を是認する見解を発表しており、これを報道する新聞も、その見解に否定的な評価を示してはいないこと(甲第一二号証の三ないし五、同号証の六の一、二、同号証の七の一ないし三、同号証の八)、Kの右受診時点までに、法律学の領域においても、医療における患者の自己決定権、インフォームド・コンセント、クォリティ・オブ・ライフなどの問題につき患者の意思決定を尊重する見解が多数発表されていたこと(当裁判所に顕著な事実。なお、甲号証としては、第五七号証、第五九号証などがある。)などに照らすと、Kの右受診時点では、絶対的無輸血の条件下で手術を実施することも、公共の利益ないし秩序を侵害しないものと評価される状況に至っていたものと認められる。ただし、これは医師に患者による絶対的無輸血治療の申入れその他の医療内容の注文に応ずべき義務を認めるものでないことはいうまでもない。絶対的無輸血治療に応ずるかどうかは、専ら医師の倫理観、生死観による。後記説明義務を負うことは格別として、医師はその良心に従って治療をすべきであり、患者が医師に対してその良心に反する治療方法を採ることを強制することはできない。もっとも、その良心に従ったところが医師に当然要求される注意義務に反するときは、責任を免れないことはもちろんである。
 <要旨>二 争点二(説明義務違反とその責任主体及び結果)について
 控訴人らは、被控訴人医師らが、輸血以外に救命手段がない事態になった場合には輸血する治療方針、すなわち、相対的無輸血の治療方針を採用していながら、Kの絶対的無輸血の意思を認識した上で、Kの右意思に従うかのように振る舞い、この治療方針の説明を怠って、Kに本件手術を受けさせ、本件輸血をし、右の行為によってKの自己決定権及び信教上の良心を侵害した、と主張する。
 この主張は、本件において国以外の被控訴人医師らが輸血以外に救命手段がない事態になった場合には輸血する治療方針、すなわち、相対的無輸血の治療方針を採用していたことをKに説明する義務を負っていたところ、その義務の懈怠があるとするものである。まず、右説明義務の存否について判断する(以下、前記一同様に、既に認定した事実には証拠を示さず、それ以外の事実には括弧内に証拠を示す。)。続きを読む

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校則によるバイク制限 最高裁平成3年9月3日第3小法廷判決

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酒類製造免許制と酒をつくる権利 どぶろく裁判 最高裁平成元年12月14日第1小法廷判決

判示事項:
  酒税法七条一項、五四条一項の規定と憲法三一条、一三条



要旨:
  酒税法七条一項、五四条一項の規定は、自己消費目的の酒類製造を処罰する場合においても、憲法三一条、一三条に違反しない。


内容:
 件名  酒税法違反 (最高裁判所 昭和61(あ)1226 第一小法廷・判決 棄却)
 原審  S61.09.29 東京高等裁判所


主    文

     本件上告を棄却する。
         
理    由

 弁護人岡邦俊、同碓井清、同鎮西俊一、同舟木友比古の上告趣意のりち、違憲をいう点の所論は、自己消費を目的とする酒類製造は、販売を目的とする酒類製造とは異なり、これを放任しても酒税収入が減少する虞はないから、酒税法七条一項、五四条一項は販売を目的とする酒類製造のみを処罰の対象とするものと解すべきであり、自己消費を目的とする酒類製造を酒税法の右各規定により処罰するのは、法益侵害の危険のない行為を処罰し、個人の酒造りの自由を合理的な理由がなく制限するものであるから、憲法三一条、一三条に違反するというのである。

 しかし、酒税法の右各規定は、自己消費を目的とする酒類製造であっても、これを放任するときは酒税収入の減少など酒税の徴収確保に支障を生じる事態が予想されるところから、国の重要な財政収入である酒税の徴収を確保するため、製造目的のいかんを問わず、酒類製造を一律に免許の対象とした上、免許を受けないで酒類を製造した者を処罰することとしたものであり(昭和二八年間第三七二一号同三〇年七月二九日第二小法廷判決・刑集九巻九号一九七二頁参照)、これにより自己消費目的の酒類製造の自由が制約されるとしても、そのような規制が立法府の裁量権を逸脱し、著しく不合理であることが明白であるとはいえず、憲法三一条、一三条に違反するものでないことは、当裁判所の判例(昭和五五年(行ツ)第一五号同六〇年三月二七日大法廷判決・民集三九巻二号二四七頁。なお、昭和三四年(あ)第一五一六号同三五年二月一一日第一小法廷判決・裁判集刑事一三二号二一九頁参照)の趣旨に徴し明らかであるから、論旨は理由がない。

 同上告趣意のうち、判例違反をいう点は、所論引用の各判例は本件と事案を異にし適切ではなく、刑訴法四〇五条の上告理由に当たらない。

 よって、同法四〇八条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
  平成元年一二月一四日
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    佐   藤   哲   郎
            裁判官    角   田   禮 次 郎
            裁判官    大   内   恒   夫
            裁判官    四 ツ 谷       巌
            裁判官    大   堀   誠   一






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車内広告放送と「とらわれの聴衆」 最高裁昭和63年12月20日第3小法廷判決

・概略
大阪市交通局の運営する地下鉄内で商業宣伝放送を行われていたことについて、これは列車に拘束された状態にある原告に対して商業放送の聴取を一方的に強制するものであるとして、大阪市を相手どり商業宣伝放送の差止めと慰謝料の支払いを求めた。

判   例
最高裁昭和63年12月20日第3小法廷判決 商業宣伝放送差止等請求事件 (判例時報1302号94頁)

主   文

本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。

理   由

 上告代理人中島馨、同山元真士、同井上隆彦、同木村清志、同藤井郁也、同戸田満弘、同青野秀治、同出水順、同堀野家苗、同山根宏、同釜田佳孝の上告理由について

 原審が適法に確定した事実関係のもとにおいて、被上告人の運行する大阪市営高速鉄道(地下鉄)の列車内における本件商業宣伝放送を違法ということはできず、被上告人が不法行為及び債務不履行の各責任を負わないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。右違法のあることを前提とする所論違憲の主張も失当である。論旨は、ひっきょう、独自の見解に立って原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。

 よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

 私もまた、原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、上告人の本訴請求を棄却すべきものとした原判決は是認することができると考える。しかし、本件は、聞きたくないことを聞かない自由を法的利益としてどのように把握するか、また地下鉄の車内のようないわば閉ざされた場所における情報伝達の自由をどのように考えるかという問題にかかわるものであるから、これらの問題について若干の意見を述べておくことにしたい。一 原判決の説示によれば、人は、法律の規定をまつまでもなく、日常生活において見たくないものを見ず、聞きたくないものを聞かない自由を本来有しているとされる。私は、個人が他者から自己の欲しない刺戟によって心の静穏を乱されない利益を有しており、これを広い意味でのプライバシーと呼ぶことができると考えており、聞きたくない音を聞かされることは、このような心の静穏を侵害することになると考えている。このような利益が法的に保護を受ける利益としてどの程度に強固なものかについては問題があるとしても現代社会においてそれを法的な利益とみることを妨げないのである。

 論旨(上告理由第一点)は、右の聞きたくない音を聞かない自由をもって精神的自由権に属するものとし、それが本件商業宣伝放送を行うという経済的自由権に優越するものであるにもかかわらず、原判決がそれを看過していることは憲法の解釈を誤ったものであるという。しかし、私見によれば、他者から自己の欲しない刺激によって心の静穏を害されない利益は、人格的利益として現代社会において重要なものであり、これを包括的な人権としての幸福追求権(憲法一三条)に含まれると解することもできないものではないけれども、これを精神的自由権の一つとして憲法上優越的地位を有するものとすることは適当ではないと考える。それは、社会に存在する他の利益との調整が図られなければならず、個人の人格にかかわる被侵害利益としての重要性を勘案しつつも、侵害行為の態様との相関関係において違法な侵害であるかどうかを判断しなければならず、プライバシーの利益の側からみるときには、対立する利益(そこには経済的自由権も当然含まれる。)との較量にたって、その侵害を受忍しなければならないこともありうるからである。この相関関係を判断するためには、侵害行為の具体的な態様について検討を行うことが必要となる。右のような観点にたって、聞きたくない音を聞かない自由について考えてみよう。

 わが国において、騒音規制法が制定されており、工場や建設工事による騒音や自動車騒音について規制がされ、さらに深夜の騒音や拡声器による放送に係る騒音について地方公共団体が必要な措置を講ずるものとされている。しかし、一般的には、音による日常生活への侵害に対して鋭敏な感覚が欠除しており、静穏な環境の重要性に関する認識が乏しいことを否定できず、この音の加害への無関心さが音響による高い程度の生活妨害を誘発するとともに、通常これらの妨害を安易に許容する状況を生み出している。街頭や多数の人の来集する場所において、常識を外れた音量で、しかも不要と思われる情報の流されることがいかに多いかは、常に経験するところである。上告人の主張は、通常人の許容する程度のものをあえて違法とするものであり、余りに静穏の利益に敏感にすぎるといわれるかもしれないが、わが国における音による生活環境の侵害の現状をみるとき意味のある問題を提起するものといわねばなるまい。

 しかし、法的見地からみるとき、すでにみたように、聞きたくない音によって心の静穏を害されることは、プライバシーの利益と考えられるが、本来、プライバシーは公共の場所においてはその保護が希薄とならざるをえず、受忍すべき範囲が広くなることを免れない。個人の居宅における音による侵害に対しては、プライバシーの保護の程度が高いとしても、人が公共の場所にいる限りは、プライバシーの利益は、全く失われるわけではないがきわめて制約されるものになる。したがって、一般の公共の場所にあっては、本件のような放送はプライバシーの侵害の問題を生ずるものとは考えられない。二 問題は、本件商業宣伝放送が公共の場所ではあるが、地下鉄の車内という乗客にとって目的地に到達するため利用せざるをえない交通機関のなかでの放送であり、これを聞くことを事実上強制されるという事実をどう考えるかという点である。これが「とらわれの聞き手」といわれる問題である。

 人が公共の交通機関を利用するときは、もとよりその意思に基づいて利用するのでありまた他の手段によって目的地に到達することも不可能ではないから、選択の自由が全くないわけではない。しかし、人は通常その交通機関を利用せざるをえないのであり、その利用をしている間に利用をやめるときには目的を達成することができない。比喩的表現であるが、その者は「とらわれ」た状態におかれているといえよう。そこで車内放送が行われるときには、その音は必然的に乗客の耳に達するのであり、それがある乗客にとって聞きたくない音量や内容のものであってもこれから逃れることができず、せいぜいその者にとってできるだけそれを聞かないよう努力することが残されているにすぎない。したがって実際上このような「とらわれの聞き手」にとってその音を聞くことが強制されていると考えられよう。およそ表現の自由が憲法上強い保障を受けるのは、受け手の多くの表現のうちから自由に特定の表現を選んで受けとることができ、また受けとりたくない表現を自己の意思で受けとることを拒むことのできる場を前提としていると考えられる(「思想表現の自由市場」といわれるのがそれである。)。したがって、特定の表現のみが受け手に強制的に伝達されるところでは表現の自由の保障は典型的に機能するものではなく、その制約をうける範囲が大きいとされざるをえない。

 本件商業宣伝放送が憲法上の表現の自由の保障をうけるものであるかどうかには問題があるが、これを経済的自由の行使とみるときはもとより、表現の自由の行使とみるとしても、右にみたように、一般の表現行為と異なる評価をうけると解される。もとより、このように解するからといって、「とらわれの聞き手」への情報の伝達がプライバシーの利益に劣るものとして直ちに違法な侵害行為と判断されるものではない。しかし、このような聞き手の状況はプライバシーの利益との調整を考える場合に考慮される一つの要素となるというべきであり、本件の放送が一般の公共の場所においてプライバシーの侵害に当たらないとしても、それが本件のような「とらわれの聞き手」に対しては異なる評価をうけることもありうるのである。三 以上のような観点にたって本件をみてみると、試験放送として実施された第一審判決添付別紙(一)のような内容であるとすると違法と評価されるおそれがないとはいえないが、その後被上告人はその内容を控え目なものとし、駅周辺の企業を広告主とし、同別紙(四)の示す基準にのっとり同別紙(五)のような内容で実施するに至っているというのであり、この程度の内容の商業宣伝放送であれば、上告人が右に述べた「とらわれの聞き手」であること、さらに、本件地下鉄が地方公営企業であることを考慮にいれるとしてもなお上告人にとって受忍の範囲をこえたプライバシーの侵害であるということはできず、その論旨は採用することはできないというべきである。(裁判長裁判官 貞家克己 裁判官 伊藤正己 安岡滿彦 坂上壽夫)

 上告代理人中島馨、同山元真士、同井上隆彦、同木村清志、同藤井郁也、同戸田満弘、同青野秀治、同出水順、同堀野家苗、同山根宏、同釜田佳孝の上告理由

 第一点 原判決は、上告人の主張する人格権の内容ならびにこれと被上告人の自由との関係に関する判断につき、憲法の解釈を誤り、その理由に齟齬があるか、または理由不備の違法がある。1 原判決は、「人は法律の規定をまつまでもなく、日常生活において見たくないものを見ない、聞きたくない音を聞かないといった類の自由を本来有しているが、右の自由は個人の各種の自由の衝突の場である社会の一員として生活する以上、絶対不可侵のものではなく、他人の各種の自由と調和する限度においてのみ法的な保護を受けるに過ぎない」とし、「地下鉄の利用関係の一方当事者である被上告人には車内において列車の運行や乗客の利用に必要な放送のみならず、法令および社会的に相当と認められる範囲内においてその他の放送をも行う自由を有する」としたうえで、主として本件放送の内容が違法でないという判断のみで、被上告人の本件放送をなすべき自由に軍配をあげている。2 もとより上告人としても、被上告人が、地方公共団体ではあるが軌道事業を運営するについて営業の自由にもとづく営業活動としての商業宣伝を行う自由を有することまで否定するものではない。

 しかし、上告人の主張する人格権の内容は、思考または感覚等の精神的活動領域の自律性を中核とする精神的自由権に属する基本的人権(憲法一三条)であり、「諸権利のなかでも最も包括的で、かつ文明人が最も価値あるとする権利(ブランダイス)あるいは「すべての自由の端初」(ダグラス)と評価さるべき権利であって、被上告人の有する商業宣伝を行う自由との関係で制約されるとするなら、双方の権利の性格に相応した厳格な基準が示されなければならないものである。3 最高裁判所判例においても、小売市場の許可制と営業の自由の問題に関連して、「個人の経済活動の自由に関する限り、個人の精神的自由等に関する場合と異なって、右社会経済政策の一手段として、これに一定の合理的規制措置を講ずることは、もともと憲法が予定し、かつ許容するところと解する」と判示し(最大判昭四七・一一・二二刑集二六・九・五八六)、精神的自由権と経済的自由権との間に制約の基準に差のあることを認めている。また、写真撮影による肖像権侵害の問題に関連して、「そこで、その許容される限度について考察すると、身体の拘束を受けている被疑者の写真撮影を規定した刑訴法二一八条二項のような場合のほか、次のような場合には、撮影される本人の同意がなく、また裁判官の令状がなくても、警察官による個人の容ぼう等の撮影が許容されるものと解するすなわち、現に犯罪が行われもしくは行われたのち間がないと認められる場合であって、しかも証拠保全の必要性および緊急性があり、かつその撮影が一般的に許容される限度をこえない相当の方法をもって行われるときである」と判示しており(最大判昭四四・一二二四刑集二三・一二・一六二五)、これは「公共の福祉」という法益と「プライバシー権が対立する場合の比較衡量において「公共の福祉」に対する厳格な制約基準を示したものと解される。これをうけて、学説においてもプライバシー権の制約が承認されるには、1まず、第一に、対立する社会的・公共的利益が、プライバシーの対象である人格的利益に対し、明白に優越していることが必要であり、2これとともに、それ以外の手段をとりえないという必要性の存在が要請され、3第三に、かような諸条件の下においても、その場合の制約には、合理的かつ必要最小限度という比例性の基準が要請されると解している(芦部信喜編、有斐閣大学双書憲法2人権(1)一八三頁)。4 ところが、原判決は、前述のように上告人の精神的自由権である人格権の内容について憲法の保障する基本的人権に支えられた、より強度の保障が与えられる権利であることを理解せず、被上告人の有する経済的自由権とみるべき商業宣伝の自由との関係でどのような制約を受けるかという基準を明確にしないまま、他人の各種の自由と調和する限度においてのみ法的な保護を受けるに過ぎないという命題を述べたのみで、上告人の主張を排斥している。5 被上告人の本件放送を前記の制約基準に照らして検討してみると、まず、被上告人が営業活動の一環として私企業の商業宣伝を行う自由は、公共の福祉に属するとはいえないし、また上告人の精神的自由権に優越しているといった評価もとうていなしえないところであろう。かりに、これを譲って、右の商業宣伝を行うことは単に経済的自由と評価すべきでなく表現の自由の性格を有するとし、双方の自由に優劣の差がないことを前提としても、被上告人のなす商業宣伝は本件放送以外の手段をとりえず、かつ本件放送が合理的かつ必要最小限度の方法であるといえるであろうか。従来地下鉄車内の商業宣伝は、ビラ、ポスター等視覚的な媒体によっていたのであるからこれに限定するか、強いて聴覚に訴える車内放送を実施したいのであれば一部私鉄が実施しているように座席毎にイヤホーンを設置するといった手段も検討できるはずである。学者の意見や批評、マスコミに現れた論調、弁護士会の見解等がこぞって本件放送の実施に批判的であったのは、当然のことといわねばならない。6 以上にみるとおり、原判決は、上告人の保持する人格権が経済的自由権である被上告人の商業宣伝の自由に優越する精神的自由権であることを看過し、これを制約するには憲法の解釈上判例に示された厳格な基準に適合することが必要であるにもかかわらず、これを顧慮しなかったことは、憲法の解釈を誤ったものであり、かつ判断の理由に齟齬があるか、理由不備の違法があるものとして破棄さるべきものである。

 第二点 本件商業宣伝放送が上告人の人格権を侵害するという上告人の主張に関する原判決の判断は、その理由に齟齬があるか、または理由不備の違法がある。1 原判決は、前述のごとく「人は、日常生活において見たくない物は見ない聞きたくない者は聞かないといった類の自由を本来有している。」としながら本件放送が上告人の人格権を著しく侵害する違法なものであるか否かについては、本件放送のなされるに至った事情、その態様、そのもたらす結果などを総合的に勘案してこれを決するほかはないとし本件放送は、財政窮乏化にある被上告人が地下鉄の運行の安全確保などのために採用した車内放送自動化の費用を捻出するためという実施の動機、商業宣伝放送としては控えめであり、昭和五二年一月以降のそれは一部の限られた乗客に対するものであるが降車駅案内という乗客にとり必要で有益な面を有し、一般乗客に対しそれほどの嫌悪感を与えるものではないという内容からみて、上告人の人格権を侵害するものではないと判断している。2 しかしながら、上告人としては、被上告人が地下鉄の運行の安全確保を図り、財政窮乏下でその資金を捻出しようとする動機について非難しているものではなく、宣伝文句の表現自体が控え目であるか否か、嫌悪感を与えるか否か降車駅案内として有用であるかどうかなどの内容を問題にしているものではない。このような動機や内容が社会的に相当であり違法性が認められないとしても、これを強制することが許されるかが問題なのであり上告人は法令・契約・条理等などの正当な根拠や物理的に不可避な事情がないのにこれを強制することが人格権の侵害であり違法であると主張しているのである。商業宣伝を行なおうとする動機やその内容が社会的に相当であり違法でないと認定したところで、これを強制することの正当性を根拠づけることはできない。これは、商業宣伝に限らず、ある人の耳に快い音楽であっても、あるいは多数の人によって政治的・宗教的宣伝がその内容において思想的に正しく道徳的に有益であると理解されているものであっても、これらを無理やりに聴取を義務づけ強制することがどのような評価を受けるかという問題と同様である。3 上告人の主張する人格権は、その本質または性格からみて、いわれのない強制を受けないという干渉阻止権的な権利であり、強制や干渉を阻止することによって人格の精神的な自律性を保持する権利であって、いわば「受け身の自由」(パッシブリバティーズ)とみるべきものである。地下鉄という公共の運送機関は、公衆である乗客にとって目的地に到達するのに不可欠の手段であって、これを利用しているかぎり本件放送は乗客に私企業の商業宣伝を聴取することを強制していることは明らかである。視覚的な商業宣伝は、視野のなかに局在するものであるから乗客が目をつむったり位置をかえたりすることで見ないでいようとすることができ、強制の度合が少なく、乗客にはこれを拒否する手段が残されている。しかし、車内という閉ざされた空間において拡声機によって行う放送には拒否する手段はない。一般社会にいかほど商業宣伝が氾濫していようと、それが認められているのは聞き手が拒否していないという最小限の受容を前提としており、またこの拒否する手段のあることが、最小限の受容を担保する最後の砦なのである。4 原判決は、視覚的な広告と音声広告との間に質的な差のあること、地下鉄が多くの乗客にとっていやなら乗らずにすませる交通手段ではないこと、そしてその車内が逃げ場のない空間であることなど、私企業の営利宣伝を乗客に強制する結果をもたらすこれらの事情を検討することなく、また聴取の強制という本件訴訟の最も主要な争点について判断することなく安易に本件放送が許容されるという結論を出したのであって、その理由に齟齬があるかまたは理由不備があることは明らかである。

 第三点 本件商業宣伝放送を行うことは旅客運送契約上の債務不履行になるとの上告人の主張に関する原判決の判断は、その理由に齟齬があるか、または理由不備の違法がある1 原判決は、旅客運送は物品運送と異なり旅客を人格ある存在として輸送すべきものであるから、運送人が旅客をその人の生理的精神的特性に相応する一定限度の「快適さ」をもって輸送すべきことが契約上当然の前提とされていると解するとしながら、本件放送が違法といえないことおよび上告人主張の民法第一条の二のほか憲法を頂点とする現行法の原理原則に照らし本件運送契約を解釈してみても、本件放送を行うことが右の「快適さ」を害する結果をもたらすとはいえないとして、上告人の主張を排斥した。2 しかしながら、まず第一に、本件放送すなわち商業宣伝放送それ自体が違法でないからといって、当然に「快適さ」を害さないという結論をみちびくことはできないはずであるし、第二に、原判決は、現行法の原理原則に照らし右の「快適さ」の内容をどのように解するか、また本件放送がどのような理由で右の「快適さ」を害しないとするのかの判断を示していない。3 上告人は、原審において、人の生理的精神的特性に相応する「快適さ」は旅客運送契約における履行義務の本質的要素であり、その「快適さ」の最低限の要請は乗客の人格的尊厳を毀損しないことであると主張した。このように解するなら、商業宣伝放送自体がその内容、態様等において社会的に相当であり、違法の評価を受けないものであっても、聴取すべき義務のない乗客にその聴取を強制し、人の精神的活動領域の自律性という最も尊重すべき人格の根源的なものを侵害することは、契約の履行義務に反すると評価すべきことは当然といわなければならない。4 本件第一審判決および類似事案を扱った東京地裁昭和五七・三・三〇判決(昭和五三年(ワ)第一一八八六号事件、判例時報一〇四二号)を評釈した長尾治助立命館大学教授によれば、旅客運送契約は、交通手段の性質に由来する制約を除いて、運送が個々の乗客の自然の状態に変化を及ぼすものでないことを当然の前提としており、事業者は事業施設等の秩序を乱す放送、あるいは一定の目的地に到達する乗客の意図と無関係な放送をしないことが契約の付随義務の内容に含まれるとされている(NBL、一九八三年五月一五日号)。右論文のいう「乗客の自然の状態に変化を及ぼさない」という契約義務の内容は、基本的に上告人の主張と軌を一にするものである。5 原判決が、旅客運送契約の履行義務として上告人の主張にそった認定をしながら、当事者が契約によって達しようとする目的(乗客は商業宣伝放送を聞かされるために地下鉄に乗るのではなく、安全快適に目的地まで行こうとするのである)を基本とする他、個人の尊厳を旨とすべきであるという民法一条の二の解釈原理その他現行法の原理原則に照らして、「快適さ」の内容を明確にすることなく、抽象的に、本件放送を行うことは「快適さ」を害せず、被上告人は上告人に対し本件放送を行ってはならない義務を負担するものではないとの結論を判示したのは、結局においてその理由に齟齬があるか、または理由不備の違法があるといわざるをえないものである。


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列車内における喫煙の禁止 東京地裁昭和62年3月27日判決

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公立中学校における髪形の規制 熊本地裁昭和50年11月13日判決

昭和58年(行ウ)第3号、大4号校則一部無効確認等請求、服装規定無効確認等請求事件(行集36巻11・12号1875頁、判時1174号48頁)

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前科照会とプライバシー 最高裁昭和56年4月14日第3小法廷判決

判示事項:
  いわゆる政令指定都市の区長が弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて前科及び犯罪経歴を報告したことが過失による公権力の違法な行使にあたるとされた事例

要旨:
  弁護士法二三条の二に基づき前科及び犯罪経歴の照会を受けたいわゆる政令指定都市の区長が、照会文書中に照会を必要とする事由としては「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」との記載があつたにすぎないのに、漫然と右照会に応じて前科及び犯罪経歴のすべてを報告することは、前科及び犯罪経歴については、従来通達により一般の身元照会には応じない取扱いであり、弁護士法二三条の二に基づく照会にも回答できないとの趣旨の自治省行政課長回答があつたなど、原判示の事実関係のもとにおいては、過失による違法な公権力の行使にあたる。



参照・法条:
  国家賠償法1条1項,弁護士法23条の2

内容:
 件名  損害賠償等 (最高裁判所 昭和52(オ)323 第三小法廷・判決 棄却)
 原審  S51.12.21 大阪高等裁判所


主    文

     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         
理    由

 上告代理人納富義光の上告理由第一点について
 前科及び犯罪経歴(以下「前科等」という。)は人の名誉、信用に直接にかかわる事項であり、前科等のある者もこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有するのであつて、市区町村長が、本来選挙資格の調査のために作成保管する犯罪人名簿に記載されている前科等をみだりに漏えいしてはならないことはいうまでもないところである。前科等の有無が訴訟等の重要な争点となつていて、市区町村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合には、裁判所から前科等の照会を受けた市区町村長は、これに応じて前科等につき回答をすることができるのであり、同様な場合に弁護士法二三条の二に基づく照会に応じて報告することも許されないわけのものではないが、その取扱いには格別の慎重さが要求されるものといわなければならない。本件において、原審の適法に確定したところによれば、京都弁護士会が訴外A弁護士の申出により京都市伏見区役所に照会し、同市中京区長に回付された被上告人の前科等の照会文書には、照会を必要とする事由としては、右照会文書に添付されていたA弁護士の照会申出書に「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」とあつたにすぎないというのであり、このような場合に、市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたると解するのが相当である。原審の適法に確定した事実関係のもとにおいて、中京区長の本件報告を過失による公権力の違法な行使にあたるとした原審の判断は、結論において正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 同第二点について
 原審の適法に確定した事実関係のもとにおいては、中京区長が本件報告をしたことと、本件照会の申出をしたA弁護士の依頼者である訴外株式会社ニユードライバー教習所の幹部らが中央労働委員会及び京都地方裁判所の構内等で、関係事件の審理終了後等に、事件関係者や傍聴のため集つていた者らの前で、被上告人の前科を摘示して公表したこととの間には相当因果関係があるとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、採用することができない。
 よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見、裁判官環昌一の反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。
 他人に知られたくない個人の情報は、それがたとえ真実に合致するものであつても、その者のプライバシーとして法律上の保護を受け、これをみだりに公開することは許されず、違法に他人のプライバシーを侵害することは不法行為を構成するものといわなければならない。このことは、私人による公開であつても、国や地方公共団体による公開であつても変わるところはない。国又は地方公共団体においては、行政上の要請など公益上の必要性から個人の情報を収集保管することがますます増大しているのであるが、それと同時に、収集された情報がみだりに公開されてプライバシーが侵害されたりすることのないように情報の管理を厳にする必要も高まつているといつてよい。近時、国又は地方公共団体の保管する情報について、それを広く公開することに対する要求もつよまつてきている。しかし、このことも個人のプライバシーの重要性を減退せしめるものではなく、個人の秘密に属する情報を保管する機関には、プライバシーを侵害しないよう格別に慎重な配慮が求められるのである。
 本件で問題とされた前科等は、個人のプライバシーのうちでも最も他人に知られたくないものの一つであり、それに関する情報への接近をきわめて困難なものとし、その秘密の保護がはかられているのもそのためである。もとより前科等も完全に秘匿されるものではなく、それを公開する必要の生ずることもありうるが、公開が許されるためには、裁判のために公開される場合であつても、その公開が公正な裁判の実現のために必須のものであり、他に代わるべき立証手段がないときなどのように、プライバシー優越する利益が存在するのでなければならず、その場合でも必要最小限の範囲に限つて公開しうるにとどまるのである。このように考えると、人の前科等の情報を保管する機関には、その秘密の保持につきとくに厳格な注意義務が課せられていると解すべきである。本件の場合、京都弁護士会長の照会に応じて被上告人の前科等を報告した中京区長の過失の有無について反対意見の指摘するような事情が認められるとしても、同区長が前述のようなきびしい守秘義務を負つていることと、それに加えて、昭和二二年地方自治法の施行に際して市町村の機能から犯罪人名簿の保管が除外されたが、その後も実際上市町村役場に犯罪人名簿が作成保管されているのは、公職選挙法の定めるところにより選挙権及び被選挙権の調査をする必要があることによるものであること(このことは、原判決の確定するところである。)を考慮すれば、同区長が前科等の情報を保管する者としての義務に忠実であつたとはいえず、同区長に対し過失の責めを問うことが酷に過ぎるとはいえないものと考える。
 裁判官環昌一の反対意見は、次のとおりである。
 前科等は人の名誉、信用にかかわるものであるから、前科等のある者がこれをみだりに公開されないという法律上の保護に値する利益を有することは、多数意見の判示するとおりである。しかしながら、現行法制のもとにおいては、右のような者に関して生ずる法律関係について前科等の存在がなお法律上直接影響を及ぼすものとされる場合が少なくないのであり、刑事関係において量刑上の資料等として考慮され、あるいは法令によつて定められている人の資格における欠格事由の一つとして考慮される場合等がこれに当たる。このような場合にそなえて国又は公共団体が人の前科等の存否の認定に誤りがないようにするための正確な資料を整備保管しておく必要があるが、同時にこの事務を管掌する公務員の一般的義務として該当者の前科等に関する前述の利益を守るため右の資料等に基づく証明行為等を行うについて限度を超えることがないようにすべきこともまた当然である。
 ところで、原判決の認定するところ及び記録によれば、右にのべた資料の一つと認められるいわゆる犯罪人名簿は、もともと大正六年四月一二日の内務省訓令一号により市区町村長が作成保管すべきものとされてきたものであるが、戦後においては昭和二一年一一月一二日内務省発地第二七九号による同省地方局長の都道府県知事あて通達によつて選挙資格の調査等の資料として引きつづき作成保管され、同二二年地方自治法が施行されてのちも明文上の根拠規定のないまま従来どおり継続して作成保管され今日にいたつていること、右昭和二一年の内務省地方局長通達によれば、犯罪人名簿は選挙資格の調査のために調製保存されるもの
であるから警察、検事局、裁判所等の照会に対するものは格別これを身元証明等のために絶対使用してはならない旨指示されていること、さらに昭和二二年八月一四日内務省発地第一六〇号による同省地方局長の都道府県知事あて通達によれば、右の警察、検事局、裁判所等の中には獣医師免許等の免許処分や当時における弁護士の登録等に関しては関係主務大臣、都道府県知事、市町村長をも含むものである旨指示されていることが明らかである。以上の経緯に徴すると、犯罪人名簿に関する照会に対しその保管者である市区町村長の行う回答等の事務は、広く公務員に認められている守秘義務によつて護られた官公署の内部における相互
の共助的事務として慣行的に行われているものとみるべきものである。したがつて、官公署以外の者からする照会等に対してはもとより官公署からの照会等に対してであつても、前述した前科等の存否が法律上の効果に直接影響を及ぼすような場合のほかは前記のような名誉等の保護の見地から市町村長としてこれに応ずべきものではないといわなければならない。前記各通達が身元証明等のために前科人名簿を使用することを禁ずる旨をのべているのは右の趣旨に出たものと解せられる。
 そこでこれを本件について考えてみる。
 本件は、前記各通達のあつたのちに制定施行された弁護士法二三条の二の規定に基づき、所属の弁護士から申出を受けた弁護士会が照会を必要とする事由として「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」と記載された文書をもつてした被上告人の前科等の存否についての照会に対する回答に関する事案であるが、このような経緯や右文書の記載は、中央労働委員会及び京都地方裁判所において被上告人に関する労働関係事案の審理が現に進行中であり、右事案に対する法律判断に被上告人の前科等の存否が直接影響をもつような事情にあることを推認させるものということができる。
 そして、右弁護士法二三条の二の規定が弁護士会に公務所に照会して必要な事項の報告を求めることができる権限を与えている関係においては、弁護士会を一個の官公署の性格をもつものとする法意に出たものと解するのが相当である。このことは弁護士会は所属弁護士に対する独立した監督権、懲戒権を与えられ(弁護士法三一条一項、五六条二項)、前記所属の弁護士よりの照会の申出についても独自の判断に基づいてこれを拒絶することが認められており(同法二三条の二第一項)、また、弁護士にはその職務上知り得た秘密を保持する権利義務のあることが明定されている(同法二三条、なお刑法一三四条一項参照)ことにかんがみ実質的にも首肯することができるのである(なお記録によれば地方自治庁においても昭和二四年一二月一九日弁護士法による弁護士登録の場合の資格審査について弁護士会の照会に応じて差し支えないものと通達していることをうかがうことができる。)。右にのべたところに加えて雇傭契約その他の労働関係についての民事法上の判断に当事者の前科等の存否が直接影響を及ぼすことはありえないとするような見解が判例等により一般に承認されているとみることもできないことを併せ考えると、上告人京都市の中京区長は、照会者たる京都弁護士会を裁判所等に準ずる官公署とみたうえ、本件照会が身元証明等を求める場合に当らないばかりでなく、前記のような事情のもとで本件回答書が中央労働委員会及び裁判所に提出されることによつてその内容がみだりに公開されるおそれのないものであるとの判断に立つて前記官公署間における共助的事務の処理と同様に取り扱い回答をしたものと思われるのであるが、このような取り扱いをしたことは、他に特段の事情の存することが認められない限り、弁護士法二三条の二の規定に関する一個の解釈として十分成り立ちうる見解に立脚したものとして被上告人の名誉等の保護に対する配慮に特に欠けるところがあつたものというべきではないから、同区長に対し少なくとも過失の責めを問うことは酷に過ぎ相当でない。この点に関して原判決は昭和三六年一月三一日自治省自治丁行発七号による同省行政課長の愛知県総務部長あての回答の存在や原審証人Bの証言により認められる事実、甲第一一、一二号証の記載を援用して以上のべたところと反対の結論をみちびいているのであるが、記録にあらわれたところによつてみる限り、これらの資料によつては未だ右特段の事情の存することが十分に明らかになつているとは思われない。そうすると、以上のべたところと結論を異にし上告人の中京区長の過失をたやすく肯定した原判決はその余の点についての判断をまつまでもなく破棄を免れず、論旨は理由がある。よつて、本件は更に審理を尽くさせるためこれを原審に差し戻すのが相当である。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    寺   田   治   郎
            裁判官    環       昌   一
            裁判官    横   井   大   三
            裁判官    伊   藤   正   己










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