人身の自由

第三者小物の没収と告知・聴聞 第三者所有物没収事件  最高裁昭和37年11月28日大法廷判決

判例
S37.11.28 大法廷・判決 昭和30(あ)2961 関税法違反(第16巻11号1593頁)

判示事項:
一 関税法第一一八条第一項により第三者の所有物を没収することは、憲法第三一条、第二九条に違反するか。

二 第三者所有物の没収の違憲を理由として上告することができるか。


要旨:
一 関税法第一一八条第一項により第三者の所有物を没収することは、憲法第三一条、第二九条に違反する。

二 前項の場合、没収の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であつても、これを違憲であるとして上告することができる。

参照・法条:
関税法118条,憲法29条,憲法31条,刑訴法405条1号

内容:
 件名  関税法違反 (最高裁判所 昭和30(あ)2961 大法廷・判決 破棄自判)
 原審  福岡高等裁判所


主    文

     原判決および第一審判決を破棄する。
     被告人Aを懲役六月に、同Bを懲役四月に各処する。
     但し本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予する。
     福岡地方検察庁小倉支部の保管に係る機帆船大栄丸(換価代金四三万一、〇〇〇円)はこれを没収する。
     第一審における訴訟費用は全部被告人両名の連帯負担とする。
         
理    由

 弁護人緒方英三郎、同松永志逸の各上告趣意について。

 関税法一一八条一項の規定による没收は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等で同項但書に該当しないものにつき、被告人の所有に属すると否とを問わず、その所有権を剥奪して国庫に帰属せしめる処分であつて、被告人以外の第三者が所有者である場合においても、被告人に対する附加刑としての没收の言渡により、当該第三者の所有権剥奪の効果を生ずる趣旨であると解するのが相当である。

 しかし、第三者の所有物を没收する場合において、その没收に関して当該所有者に対し、何ら告知、弁解、防禦の機会を与えることなく、その所有権を奪うことは、著しく不合理であつて、憲法の容認しないところであるといわなければならない。けだし、憲法二九条一項は、財産権は、これを侵してはならないと規定し、また同三一条は、何人も、法律の定める手続によらなければ、その生命若しくは自由を奪われ、又はその他の刑罰を科せられないと規定しているが、前記第三者の所有物の没收は、被告人に対する附加刑として言い渡され、その刑事処分の効果が第三者に及ぶものであるから、所有物を没收せられる第三者についても、告知、弁解、防禦の機会を与えることが必要であつて、これなくして第三者の所有物を没收することは、適正な法律手続によらないで、財産権を侵害する制裁を科するに外ならないからである。そして、このことは、右第三者に、事後においていかなる権利救済の方法が認められるかということとは、別個の問題である。然るに、関税法一一八条一項は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等が被告人以外の第三者の所有に属する場合においてもこれを没收する旨規定しながら、その所有者たる第三者に対し、告知、弁解、防禦の機会を与えるべきことを定めておらず、また刑訴法その他の法令においても、何らかかる手続に関する規定を設けていないのである。従つて、前記関税法一一八条一項によつて第三者の所有物を没收することは、憲法三一条、二九条に違反するものと断ぜざるをえない。

 そして、かかる没收の言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没收の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは、当然である。のみならず、被告人としても没收に係る物の占有権を剥奪され、またはこれが使用、收益をなしえない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかであるから、上告によりこれが救済を求めることができるものと解すべきである。これと矛盾する昭和二八年(あ)第三〇二六号、同二九年(あ)第三六五五号、各同三五年一〇月一九日当裁判所大法廷言渡の判例は、これを変更するを相当と認める。

 本件につきこれを見るに、没收に係る貨物が被告人以外の第三者の所有に係るものであることは、原審の確定するところであるから、前述の理由により本件貨物の没收の言渡は違憲であつて、この点に関する論旨は、結局理由あるに帰し、原判決および第一審判決は、この点において破棄を免れない。

 よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条但書により原判決を破棄し、被告事件につき更に判決する。

 原審の是認する第一審判決の確定した事実に法律を適用すると、被告人らの同判示所為は、関税法一一一条二項、一項、刑法六〇条に該当するから、所定刑中懲役刑を選択し、その所定刑期範囲内で被告人Aを懲役六月に、同Bを懲役四月に各処し、情状により刑法二五条一項を適用して本裁判確定の日から三年間右各刑の執行を猶予し、主文第四項掲記の機帆船大栄丸は、本件犯行の用に供した船舶であつて、被告人Bの所有に係るものであるから、関税法一一八条一項本文により、その換価代金四三万一、〇〇〇円を没収することとし、訴訟費用にき刑訴一八一条一項本文、一八二条を適用し主文のとおり判決する。

 この判決は裁判官入江俊郎、同垂水克己、同奥野健一の補足意見および裁判官藤田八郎、同下飯坂潤夫、同高木常七、同石坂修一、同山田作之助の少数または反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

 裁判官入江俊郎の補足意見は次のとおりである。

 一 わたくしは、(一)関税法一一八条一項の規定による没収は、同項所定の犯罪に関係ある船舶、貨物等で、同項但書に該当しないものにつき、それが被告人の所有に属すると否とを問わず、その所有権を国庫に帰属せしめることを目的とする処分であること、(二)被告人以外の第三者が所有者である場合においては、被告人に対する附加刑としての没收の言渡により、当該第三者の所有権剥奪の効果を生ずる趣旨であること、(三)かかる没收の言渡を受けた被告人は、その没收の客体がたとえ第三者の所有物である場合であつても、その没收の裁判の違憲を理由として上告をなしうるものであることを判示した本判決の多数意見に賛同する。そして、わたくしはその理由について、昭和二八年(あ)第三〇二六号、同三五年一〇月一九日大法廷判決における、右の諸点に関するわたくしの反対意見を援用して補足することとする。

 二 次に、本判決の多数意見は、本件の没收が憲法三一条、二九条に違反するものであるというのであるが、この点についてはわたくしは、前記判決における右の点に関するわたくしの反対意見において述べたところを改め、右多数意見に賛同することとした。その理由とするところは、右多数意見の説示をもつて足りるとは思うが、念のため若干附加補足することとする。

 先ず、(一)憲法三一条にいわゆる法定手続の保障は、単に形式上法律で定めれば、それで本条の要請を満たしたものというものではなく、たとえ法律で定めても、その法律の内容が、近代民主主義国家における憲法の基本原理に反するようなものであれば本条違反たるを免れず、単に手続規定のみについてでなく、権利の内容を定めた実体規定についても、本条の保障ありと解すべきであり、更に本条は単に刑罰についてのみの規定ではなく、「若しくは自由を奪われ」という中には、刑罰以外に、国家権力によつて個人の権利、利益を侵害する場合をも包含しているものと解すべきであると考える。

 (本条は明治憲法二三条の趣旨を引継いだ規定でもあり、明治憲法二三条は、刑事上のみならず行政上の逮捕、監禁、審間、処罰についても保障した規定であると一般に解せられていたことと思い合わすべきである。)次に、(二)しかし、憲法三一条は、国家権力が個人に対しその権利、利益を侵害するすべての場合に、常に必ずその者に予め告知、聴問の機会を与えて、意見を開陳し弁解、防禦をなすことを得せしめるべきことを要請したものだとは考えない。もちろん、それが刑罰である場合には、憲法は他の規定、例えば三二条、三七条、八二条等により、そのような要請が明定せられ、それらの規定と三一条とが相まつて、そのような保障がなされていると解すべきであるが、刑罰以外のものについては、事柄の性質から判断し、予め告知、聴問の機会を与え、弁解、防禦をなすことを得せしめることが、憲法全体の建前から見て、基本的人権の保障の上に不可欠のものと考えられない限りは、そのことがないからといつて、立法政策上の当否はしばらくおき、これを憲法三一条に反するものであると解すべきではないといいたいのである。更に、(三)第三者没收の言渡は、これと不可分に言渡される主刑と一体をなすものとして、その手続を考えるべきであるから、右第三者に対しては、これを訴訟手続に参加せしめ、何らかの方法により、予め告知、聴問の機会を与え、弁解、防禦をなすこと得せしめることが、第三者についての憲法三一条の要請といわなければならない。(以上(一)ないし(三)に述べた憲法三一条に関するわたくしの考え方は、前記判例におけるわたくしの反対意見で述べたところと変わりはないのである。)

 (四)しかし、わたくしは前記反対意見においては、右第三者没收に関する憲法三一条の適用については、同条の最小限度の要請としては、右第三者を証人として法廷に召喚し、証人調の段階においてこれに第三者没收の趣旨を告知し、意見を開陳し、弁解、防禦を試みる機会を与えることをもつて足りると解する旨を主張したのであるが、今回右の見解を改めることとし、本判決の多数意見に賛同することとした。蓋し、現行刑事訴訟法の上で証人調の手続には一定の限界があり、証人として尋問するということが、直ちに防禦の機会を与えたことになるとはいい得ず、また、現行訴訟手続の上で、所有者たる第三者の悪意を認定するにつき、第三者たる所有者を証人として尋問せねばならぬという証拠調上の制約もなく、更に、被告人が自己の所有物につき没收の刑を受ける場合にあつては、刑事訴訟法により当然被告人として告知、審間を受け、防禦権行使の機会が与えられるのに反し、第三者がその所有物を没收される場合には、これにそのような機会を与えることが制度上保障されていないということは、被告人と第三者との間に取扱上不利益な差別があるといわざるを得ない等の事情を考えると(これらの諸点は、前記判例において河村大助裁判官、奥野健一裁判官の少数意見中に指摘されていた。)、本件第三者の所有物の没收は、被告人に対する附加刑として言渡され、その刑事処分の効果が第三者に及ぶものであり、右第三者に対する関係においても、刑事処分に準じて取扱うことを妥当とすべく、被告人に対する場合に準じて、第三者を訴訟手続に参加せしめ、これに告知、弁解、防禦の機会を与えるべきであり、単に第三者を証人として尋問し、その機会にこれに告知、弁解、防禦をなさしめる程度では、未だ憲法三一条にいう適正な法律手続によるものとは

 いい得ないと解するのが正当であると考えるに至つたからである。

 裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。1 没收は犯罪を原因とする所有権の剥奪である。(この考の下に没收の執行に関する規定が定められている。)だから、この不利益処分を受けるべき者は、第一に、実体法面からいうと、物が犯罪の用に供され或いは犯罪組成物件とされたこと等について、犯罪行為者本人であるか又は悪意のあつた者(共犯者)ないしは社会的に強く責められるべき態度ないし意思状態にあつた者(或る種の過失者)等に限られなければならない。第二に、手続法面からいうと、或る人が右にいう犯人と共犯者若しくは過失者等の関係に立つ所有者であるとの事実を確定するには、その人が訴訟の第三者である場合には、正当な事由のない限り、その第三者に対し、彼を一種の当事者として、没收の虞ある事実上及び法律上の理由を知らせ、その言いぶんを聴取し、彼に防禦の方法として没收されてはならない事実上又は法律上の理由を自ら若しくは代理人によつて陳述し、更には立証する機会を適当に与えなければならない。かくすることによつて、第三者所有物の没收は始めて憲法三一条の法定の適正手続によつたものといえるのである(昭和二八年(あ)三〇二六号同三五年一〇月一九日言渡、被告人Cら関税法違反事件大法廷判決における私の補足意見同旨)。

 しかるに、現行刑訴法には、被告事件の第三者からその所有物を没収する場合について右のような第三者の利益保護のための特別の手続規定がない。この特別規定が立法されない間は、かりに、第三者所有物没收を是認する実体刑事法の規定が合憲であつても、第三者所有物を没收した判決は憲法三一条違反、従つて同二九条一項違反となる。2 無差別没收を排し、無差別不没収の外なしとする多数意見は、現行刑事訴訟法等のどの条項が憲法三一条に違反するとも判示していない。これは刑訴法に適正手続規定がないのに第三者所有物を没收する判決をした場合には判決が憲法三一条、二九条一項に違反するということを示すものと解するしかあるまい。(或る法令の特定の条項を明示しないで或る法令を違憲だというような判決は違法であろう。)多数意見は、没收すべき物の価値の大小を問わない。法律上何人の所有をも許さない法禁物又は価値が失われてしまつた物や所有者が所有権を放棄したと認められる物(殺害に用いられた刺身庖丁、血痕付着の手拭の如く普通人なら使う意思を失つたと認められる物)のほかは、第三者所有物の没收は違憲である。もちろん、被告事件に顕われた証拠からは、第三者の所有物で没收されるべきものと認めうる場合であつても、その第三者に防禦の機会を与えないで(証拠の証拠能力や信用性についての第三者の意見、立証をも聴かないで)かように認めることに憲法三一条違反があるのである。

 第三者が適正な没收手続に呼出を受けながら故なく出頭を怠つたような場合には、普通、没收の裁判をしてよいかも知れないが、今日のわが国では、第三者が長く外国に居住していて国際的司法共助による没收手続への呼出状そのものの送達に成功することは一般に困難であり、第三者が国内にいるとしても住居不明又は不定のような場合には一々の没收すべきものと考えられる物について第三者に対する呼出状を公示送達することは多大の労費と日時を要し、訴訟を長引かせる結果、適正手続規定が立法されても、それは行われえない場合が多くなるかも知れない。かような場合に、有罪、無罪等の本案判決を長い月日の間待つ訳にはいかぬから、この場合につき適当な立法がなされなければ不没收判決をするほかない。なお、そのほかに、第三者所有物没收裁判の確定後、第三者である所有者が一定の正当な事由を主張しそれを裁判所が正当とする場合には没收の執行をすることができないものとするか、他に何らかの救済手続を定める立法も考えられないものか。3 多数意見はいう。「第三者の所有物を没收する言渡を受けた被告人は、たとえ第三者の所有物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没收の裁判の違憲を理由として上告をなしうることは当然である。のみならず、被告としても没收にかかる物の占有権を剥奪され、またはこれが使用、收益をなしえない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者からの賠償請求権等を行使される危険に曝される等、利害関係を有することが明らかであるから、上告によりこれが救済を求めることができるものと解すべきである」と。

 これには一応問題がある。アメリカ連邦最高裁判所では、「単に他人の憲法上の権利のみを援用して或る法律を違憲であると主張する上告は不適法である。けだし、或る憲法上の権利を害された者が最もよくその憲法上の争点を裁判所に提出し、裁判所もその本人の主張ある場合にのみ適正に憲法判断をすることができる。憲法上の権利の主体がその権利の侵害を甘受しその憲法上の権利を抛棄するかも知れないのに、他人が先走つてその権利を援用した場合に判決するのは適当でない。未だ他人に法が適用されていないのに、他人に法が適用された場合その他人の憲法上の権利が害されるであろうという未だ発生しない想像上の事実に基いて憲法上の判断をするのは好ましくない。」というような判示をして来ているのが原則であるという。

 一般に、訴そのものでも同じであるが、控訴ないし上告の場合も、その理由として他人の利益が侵害されることだけを張し、ひいて被告人の自己利益が害される虞ある具体的関係の主張を含まないものは、自己に有利な判決すなわち、原決を上訴人自身の利益に変更する判決を求めるものでないから適法な上訴理由とならないのが原則である。本件上告理由は、被告人に対する附加刑として第三者所有物が没收されることは違憲であるというのであるが、その理由として、この没收判決の破棄により被告人は附加刑を免れる具体的必然的関係にあるという主張が含まれていると解されないことはない。とすれば、本件では上告趣意に対して一応次の如く実体判断をすることはできよう。「被告人自身は本件ですでに第一審で公訴事実を告知され弁護人立会の下に公判廷でこれに対し陳述し、自己のために主張し、証人尋問の機会を与えられて立証し弁護人の弁護も受けた上法律に定める没收の判決を受けたのであるから、被告人自身に対する適法手続は済んでいる。そして、実体法の面からみても、上告論旨に対しては次のようにもいえよう。(1)若し没收された物の所有者が、被告人と共犯その他実体法上没收されてもやむをえない有責者であると仮定しても、没收は、被告人自身の本件犯行を原因として被告人自身に対する附加刑として科されたものである以上、原没收判決が被告人に対する罰である面では正当である。また、(2)若し没收された物の所有者に、没收されてもやむをえない悪意又は或る種の過失の責めらるべきものがなかつたと仮定しても、被告人は自己の犯罪により附加刑としてではあつても、占有権だけを奪われるに反し、所有者は罪もないのに所有権剥奪という犯人にも勝る痛撃を受けない限りでもないから、被告人は彼に賠償する義務があることも当然である。いずれの場合にしても、被告人は自己の犯罪により没收を免れることはできない。被告人自身に関する限り、上告論旨は理由がない」と。これが法律に定めた手続による裁判かも知れない。

 とはいえ、こういつて上告を棄却して原没收判決を正当として終うと、結果としては、違憲な没收判決により所有者たる第三者は適法手続で有責者として確定されもしないまま所有権を剥奪されることとなる。してみれば、この場合、たとえ犯人である被告人を遁がしても、第三者がかような違憲な手続で所有権を奪われることを食いとめることの方が急務であり、正義衡平の要求にも合するというべきであろう。

 かように、一つの判決において、犯人として確定された被告人に対する没收が、被告人に対しては是認されねばならないのに、第三者の所有権剥奪の面では否定されなければならないというヂレンマは何処から来るのか。それは、やはり、訴訟法的には、訴訟の当事者だけの間の弁論に基いて第三者の権利を奪う判決をすること、並びに、実体刑法的に、没收が犯人から占有権を奪うに過ぎないのに反し、第三者から所有権を奪つても犯人に対しては懲罰にも教育にもならないのに、なお第三者から所有権を奪うことの背理性に由来するのだといえよう。このことは、所有者の責任如何を問わない無差別没收の場合には特に明らかである(第三者からの所有物没收が許されない場合にこれに代わる追徴を犯人たる被告人に科することを許す立法ならば差支ないのかも知れない)。いずれにせよ、第三者たる所有者に責めらるべき故意ないし或る種の過失がある場合でも、それがあるか否かを確定するのにその所有者を訴訟に参加させ自己防禦させ自己に有利な判決をえられる権利を与える適法手続法がない間は第三者の所有物没收の不利益処分は違憲であるから、多数意見に従えば、適法手続の立法されるまでは、実際は故意過失ある第三者たる所有者も、被告人も、不当に没收を免れる判決を受ける不正義が通ることになろうが、やむをえない。

 以上の理由から、冒頭掲記のCら関税法違反事件大法廷判決における私の「上告適法の理由」についての意見を改め、違憲か否かの実体問題について多数意に賛成する次第である。

 裁判官奥野健一の補足意見は次のとおりである。

 わが刑法その他の法律において「没收」というのは、犯罪に関係のある物件について言渡される附加刑であつて、没收の言渡が確定したときは、その物国庫に帰属する効果を生ずるものと概念されているのでる。そしてその所有権剥奪の効果は、所有者が被告人である、被告人以外の第三者であるとを問わないのである。

 同じく没牧でも、被告人の所有に属する物の没牧の場合はその所有権の剥奪であり、被告人以外の第三者の所有に属する物の没收の場合は被告人の占有権のみの剥奪であつて所有権の剥奪の効果はないと解すべき法律上何等の根拠もない。けだし、若し然りとすれば、被告人以外の第三者の所有物の没收について、法が何故に、所有者の善意、悪意を問題として、所有者の悪意(知情)の場合に限り没收することができるものとしたかを理解することができないからである(刑法一九条二項、関税法一一八条一項但書、昭和二六年(あ)第一八九七号、同三二年一一月二七日大法廷判決参照)。

 没收の言渡は、国家刑罰権の一環として犯罪に密接な関係のある物件を公益の必要上国庫に帰属せしめる宣言であつて、国家権力の一作用であり、その効果は単に被告人との関係においてのみ相対的に生ずるというものではなく、何人の関係においても国庫帰属の効果を生ぜしめる性質のものである。

 しかし、現実に自己の所有権を剥奪される第三者に、予め告知、聴問の機会も与えず、弁解、防禦をなすことも許さないで、その所有物を没收するということは著しく不合理であつて、憲法三一条の容認しないところであるから、かかる没收は違憲・違法と解するのである。

 かかる場合でも所有者たる第三者は民事訴訟により救済を求め得ると論ずる者もあるが、国が一方において没收の対象たる物件が被告人の所有物であると第三者の所有物であるとを問わず、等しく没收により国庫に帰属せしめるという制度を採りながら、他方で第三者たる所有者に、没收の判決確定後でも、民事訴訟により国家に対し没收に係る物件の返還又は不当利得の返還の請求を許容するというが如きことは国家意思の矛盾であつて、到底是認することを得ない。すなわち、没收の言渡が確定しても第三者たる所有者は民事訴訟によつて裁判所に救済を求めることができるという論は、没收の裁判にも拘らず所有権が剥奪されないこと、言い換えればかかる没收は違憲・違法であり、従つて没收の効力を生じないことを前提として始めて是認される議論である。

 なお、自己の所有物件を没收された第三者は、刑訴四九七条により没收物の交付を請求しうるとの説があるが、同条は、犯人以外の第三者の所有に属しないものとして没收の言渡をした判決の確定後、他に権利者があることが判明した場合に関する規定であつて、裁判所が、第三者の所有物であることを認めた上、なおこれを没收すべきものであると判断して没收の言渡をした場合に適用すべきものではないと解する。

 裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりである。

 弁護人松永志逸の上告趣意並びに弁護人緒方英三郎の上告趣意について。

 所論は要するに本件貨物は被告人以外の第三者の所有するものであつて、これを没收した原判決は第三者の権利を侵害するが故に違憲違法であるというに帰着するのであるが、被告人は第三者の所有権を対象として、第三者の権利が侵害されることを理由として上告を申立てることは許されないものと解すべきであるから(昭和二八年(あ)第三〇二六号、同二九年(あ)第三六五五号事件、同三五年一〇月一九日大法廷判決参照)、所論はこれを採用すべきでない。

 裁判官下飯坂潤夫の反対意見は次のとおりである。

 被告人以外の第三者の所有に係る物件の没收が附加刑として言い渡された判決に対し、没收物の所有者でない被告人がその憲法上の効力を争つている本件のような場合は、該没收の裁判が没收物の所有者たる第三者に対し違憲か否かを判断する必要は毫末もないのであり、したがつて、本判決は右に反し不必要な憲法判断をしている点で、昭和二八年(あ)第三〇二六号、同二九年(あ)第三六五五号同三五年一〇月一九日の当裁判所大法廷言渡の判決の趣旨に背反するものであるが、わたくしは右大法廷判決に盛られている意見を強硬に主張した一人として、本判決にも強く反対する者であり、その理由として右大法廷の判決を維持引用するのは勿論、更に本件多数意見の誤謬を指摘しつつ、左記の意見を附け加えることとする。

 憲法八一条の下で裁判所に付与されている違憲審査権は司法権の範囲内で行使すべきであり、司法権が発動するためには具体的に争訟事件が提起されていることが必要である。裁判所は具体的に争訟事件が提起されていないのに将来を予想して憲法及びその他の法律命令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な判断を下す如き権限を行い得るものでないことは当裁判所大法廷判決により確立されているところである。(昭和二七年(マ)第二三号同年一〇月八日大法廷判決参照。)ところで、具体的争訟事件の中において、自己に付き適用されない又は自己に合憲に適用される法令等を、他人に適用される場合、違憲になることの理由で攻撃し、違憲審査権の発動を促すことが許されるものであろうか。この場合、(一)違憲審査の対象となる法令等により当事者が現実の具体的不利益を蒙つていない場合、(二)違憲審査の対象となる法令等により当事者が現実の具体的不利益を蒙つている場合の二つに分けて考える必要がある。前者の場合、すなわち違憲審査の対象となる法令等により当事者が現実の具体的不利益を蒙つていない場合に、その違憲性についての争点に判断を加えることは、将来を予想して疑義論争に抽象的判断を下すことに外ならず、司法権行使の範囲を逸脱するものである。このことは、憲法八一条の下で裁判所に付与されている違憲審査権の行使として許されるものではないのである。後者の場合、すなわち違憲審査の対象となる法令等により当事者が現実の具体的不利益を蒙つている場合に、その違憲性についての争点に判断を加えることの是非については後に言及することとする。

 翻つて、本件についてこれを見るに、没收に係る貨物は被告人が密輸出しようとしていた犯罪貨物であり、それが、被告人以外の第三者の所有に係るものであることは、原審の確定するところである。右の犯罪貨物の没收の裁判確定により、被告人としては没收に係る物の占有権を剥奪され、または、これが使用收益をなし得ない状態におかれ、更には所有権を剥奪された第三者から賠償請求権等を行使される危険に曝される等利害関係を有することが明らかであることを理由として、多数意見は没收の裁判の違憲を被告人は抗争することができると判示している。多数意見は所有権を剥奪された第三者から賠償請求権を行使される危険に曝されることを以て、被告人が本件没收の裁判を違憲と抗争できる理由の一つとしているが、没收物の所有者たる第三者が賠償請求権を行使するかどうかは未定の問題であり、この危険は未確定、抽象的なものに止る。したがつて、被告人は本件没收の裁判により現実的には何ら具体的不利益を蒙つているわけではないのである。当裁判所大法廷判決(昭和二六年(あ)第一八九七号同三二年一一月二七日言渡刑集一一巻一二号三一三三頁)は、悪意の第三者の所有物の没收は憲法二九条に反するものではないと判示している。本件没收の裁判確定により被告人は没收に係る物の占有権を剥奪され、これが使用收益をなし得ない状態におかれるに至ることは多数意見の指摘のとおりであるが、被告人は没收に係る貨物を密輸出せんとした犯罪者であり、悪意者なのであるから本件没收の裁判確定により被告人がその物の占有権を奪われ、またはこれを使用收益し得ない状態におかれるに至つても、その結果被告人は憲法二九条の財産権を不法に剥奪されたことにはならないし、また被告人に対しては告知、弁解、防禦の機会が与えられているのであるから、右没收の裁判確定により被告人が自らの憲法上の権利を現に侵害されているわけのものではない。したがつて、被告人は本件没收の裁判によりいずれの面からみても現実の具体的不利益を蒙つているものではないから、現実の具体的不利益を蒙つていない被告人の申立に基づき没收の裁判の違憲性の争点に判断を加えた多数意見は、将来を予想して疑義論争に抽象的判断を下したものに外ならず、憲法八一条の下で裁判所に付与されている違憲審査権の行使の範囲を逸脱したものであると論結せざるを得ない。されば、被告人は本件没收の裁判につきこれを違憲と抗争する現実の具体的利害関係を欠如しているものであるから、没收を違憲と主張する上告理由は不適法なものであり、本件はこれを理由として棄却さるべき筋合のものなのである。そこで、わたくしは多数意見が、前示昭和三五年一〇月一九日言渡の大法廷判決を変更していることに関し一言しなければならない。右判決は、訴訟において、他人の権利に容喙干渉し、これが救済を求めるが如きは本来許されない筋合のものと解するを相当とするが故に、本件没收の如き事項についても他人の所有権を対象として基本的人権の侵害がありとし、憲法上無効である旨論議抗争することは許されないと解すべきであると判示している。右は、つまり具体的争訟事件中において自分には合憲に適用される法令等を他人に適用される場合違憲になるとの理由で他人の憲法上の権利を援用して抗争することは如何なる場合でも許されない旨うたつているわけなのである。けだし、違憲審査の対象となる法令等により当事者が現実の具体的不利益を蒙つていない場合に、その法令等が他人に適用される場合他人の憲法上の権利を侵すとして抗争するのは、他人の憲法上の権利に容喙干渉し、これが救済を求めることに帰着するから許されないと解せられているのである。右に反し、違憲審査の対象となつている法令等により当事者が現実の具体的不利益を蒙つている場合、その法令等を、それが他人の憲法上の権利を侵すことを理由とし、他人の憲法上の権利を援用して攻撃することも絶対に許されないものであろうかどうかという事柄になると、問題はまた別個の観点から考慮されなければならないものと考える。この点に関し前示大法廷判決の表現は明瞭を欠き幅がなかつたように思うので、わたくしは右大法廷判決の内容はもつと広い意味をもつていたものとし、改めて左にその点を敷衍説明したいと思う。すなわち、違憲審査の対象となつている法令等により当事者が現実に具体的不利益を蒙つている場合に、その法令等を他人の憲法上の権利を援用して攻撃することは、法の禁ずるところではなく、かくして提起された憲法上の争点について裁判を加えても、司法権の範囲を逸脱するものでないと考えるのが相当と思料するのである。(ところが、本件では被告人は没收の裁判により具体的に不利益を蒙つているということに付いては何ら主張も立証もしていないのである。)

 ところで、わたくしはわが国の違憲審査制と同じ基盤に立つアメリカ合衆国連邦最高裁判所がこの点について、どんな考え方をしているかを紹介したいと思う。

 現実の争訟中で訴訟当事者の法律上の権利について判断を求められている場合を除き法を違憲と宣言する権限はこれを有しないとの原理原則を永年に亘つて墨守しているアメリカ合衆国最高裁判所の態度につき同裁判所は次の如く言うのである。

 「裁判所が違憲という判断をした場合、これが裁判所と同様憲法上作られた他の機関すなわち立法府行政府に及ぼす効果を考える場合、はつきりする違憲審査という機能の微妙さ、裁判所が違憲と判断してこれが絶対的に他の機関を拘束するものでないという相対的終局性、憲法上定められた立法権、行政権の担い手たる裁判所以外の機関が自らの権限についてなした判断について正当に与えらるべき配慮、国権の担い手たちが憲法の定めるとおりに行動するためには裁判所を含むこの担い手たちが各々その与えられた権能の範囲に止ることが必要であること、司法の消極的性質及びその判断を強制する手段が限られていることから生ずる司法過程に内在する限界、更には合衆国の政治機構の中で裁判所による憲法判断の占める重要な地位等の考慮に基づき不必要な憲法判断を避けるという基本的態度から発しているのである。」云々。右の基本的態度の一つの現れとして唱えられるものは、「法はその人に対する適用が合憲なものは、その法が他人に適用される場合、又は他の事実に適用される場合違憲になるだろうということを理由にその法を攻撃することは許されない」という原則であり、この原則の派生的な現れとして唱えられるものが「訴訟当事者は彼自らの憲法上の権利を主張し得るに止り、他人の憲法上の権利を援用することは許されない」という原則である。この原則は、(一)自己の憲法上の権利を害せられた者が最もよくその憲法上の争点を裁判所に提起でき、自己の憲法上の権利を害されたものの攻撃がある場合に初めて憲法判断をすることにより適正な判決がなされる。(二)援用される憲法上の権利の主体がその権利に対する侵害を甘受し、その憲法上の権利を抛棄するかもしれないのに先き廻りして、その権利が他人により援用された際に、憲法判断をするのは好ましくない。(三)他人に法が適用される場合その他人の憲法上の権利が害されるといういまだ発生しない想像上の事実に基づき憲法判断をするのは好ましくない等の理由に基づくものと解せられる。アメリカ合衆国の最高裁判所は右のような態度で一貫しているようであるが、それは時の流れと経験とにより最も賢明なものであることが立証されたと言われているのである。

 わたくしは、わが国においても、右の原則が賢明であり合理性の裏付をもつ考え方と思料するが故に、わが国でも裁判所が行う違憲審査については十分に右の点を考量されて然るべきであろうと思うのである。しかしながら、右の原則は憲法により裁判所に命ぜられた原則ではなく、むしろ裁判所が違憲審査権を行使するに当つての心構え、基本的態度を構成する原則と解すべきであるから、当事者により援用されている第三者の憲法上の権利が害され、且つ、その第三者がその権利を自ら有効に確保する手段さえももつていない場合には例外的に右原則は捨てられても巳むを得ない筋合のものであろう。

 多数意見は、没收の言渡を受けた被告人はたとえ第三者の所有物に関する場合であつても、被告人に対する附加刑である以上、没收の裁判の違憲を理由として上告をなし得るのは当然であるという。これを突きつめれば、附加刑だから云々というだけのことであり、全くの形式論である。そんな論拠が憲法論として合理的理由をもつものであろうか。被告人は、本件没收の言渡により現実に具体的不利益を蒙るとはいささかも主張且つ立証していないし、しようともしないのである。仮に百歩を譲り多数意見のように本件没收の裁判の違憲を理由とする上告が適法としても、訴訟外の第三者の憲法上の権利のみを援用して没收の裁判の違憲を争つている本件で憲法判断をすることが必要であるとはわたくしは考えない。わたくしは、告知、弁解、防禦の機会を与えられず、その所有物を没收された第三者は自らの所有者が憲法三一条に反して違法に没收されたと主張する限り、刑訴四九七条一項のいわゆる権利を有する者に該当するし、またその所有物は没收物の返還を求める行政訴訟を国を相手に提起できると解している。したがつて没收物の所有者たる第三者は後に自己の憲法上の権利を主張し没收の違憲を有効に抗争し得るのであるから、その第三者が自らの憲法上の権利への侵害を甘受するかどうか未定の段階である刑事手続中で先き廻りして憲法判断をする必要はない筋合なのである。されば本判決としては、「被告人は上告理由として没收の言渡の違憲を主張するが、被告人は没收の対象物の所有者たる第三者の憲法上の権利を援用しているに止り、被告人自身の憲法上の権利が侵害されたと主張していない。他人の憲法上の権利のみを援用してなす違憲の攻撃が許されるのは、その憲法上の権利主体が後にその権利を自ら主張することが不可能か又は後に主張したのでは実益がないという例外的場合に限られ、通常は他人の憲法上の権利のみを援用してなす違憲の攻撃は許されないと解すべきである。本件の場合は、没收物の所有者が後に自らその違憲を抗争することが可能且つ有効である場合に該当するから、被告人のなしている本件違憲の主張についての判断は必要でない。従つて本件没收について所論違憲のかどありとする論旨は結局理由がなく、採用のかぎりではない」との判断に到達すべきものであつたと、わたくしは固く信ずるものである。



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刑罰法規の不明確性と広汎性 福岡青少年保護育成条例事件  最高裁昭和60年10月23日大法廷判決


判例
S60.10.23 大法廷・判決 昭和57(あ)621 福岡県青少年保護育成条例違反(第39巻6号413頁)


判示事項:
一 福岡県青少年保護育成条例一〇条一項、一六条一項の規定と憲法三一条

二 福岡県青少年保護育成条例一〇条一項の規定にいう「淫行」の意義

「目録:福岡県青少年保護育成条件一〇条一項、一六条一項の規定と憲法三一条

福岡県青少年保護育成条例一〇条一項の規定にいう「淫行」の意義」


要旨:
  一 一八歳未満の青少年に対する「淫行」を禁止処罰する福岡県青少年保護育成条例一〇条一項、一六
条一項の規定は、憲法三一条に違反しない。

二 福岡県青少年保護育成条例一〇条一項の規定にいう「淫行」とは、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似行為をいうものと解すべきである。


参照・法条:
  福岡県青少年保護育成条例10条1項、16条1項,憲法31条「目録:福岡県青少年保護育成条例1
0条1項,福岡県青少年保護育成条例16条1項,憲法31条」


内容:
 件名  福岡県青少年保護育成条例違反 (最高裁判所 昭和57(あ)621 大法廷・判決 棄却)
 原審  S57.03.29 福岡高等裁判所


主    文

     本件上告を棄却する。
         
理    由

 一 被告人本人の上告趣意第一部の二ないし四及び第二部の一ないし四は、福岡県青少年保護育成条例(以下、「本条例」という。)一〇条一項、一六条一項の規定は、一三歳以上、特に婚姻適齢以上の青少年とその自由意思に基づいて行う性行為についても、それが結婚を前提とする真摯な合意に基づくものであるような場合を含め、すべて一律に規制しようとするものであるから、処罰の範囲が不当に広汎に過ぎるものというべきであり、また、本条例一〇条一項にいう「淫行」の範囲が不明確であるから、広く青少年に対する性行為一般そ検挙、処罰するに至らせる危険を有するものというべきであつて、憲法一一条、一三条、一九条、二一条の規定に違反すると主張し、弁護人立田廣成は、当審弁論において、被告人の右主張は憲法三一条違反をも併せ主張する趣旨である旨陳述するとともに、その上告趣意第一において、右の「淫行」の範囲に関し、青少年を相手とする結婚を前提としない性行為のすべてを包含するのでは広きに過ぎるから、「淫行」とは、青少年の精神的未成熟や情緒不安定に乗ずること、すなわち、誘惑、威迫、立場利用、欺罔、困惑、自棄につけ込む等の手段を用いたり、対価の授受を伴つたり、第三者の観覧に供することを目的としたり、あるいは不特定・多数人を相手とする乱交の一環としてなされる性行為等、反論理性の顕著なもののみを指すと解すべきであると主張する。

 そこで検討するのに、本条例は、青少年の健全な育成を図るため青少年を保護することを目的として定められ(一条一項)、他の法令により成年者と同一の能力を有する者を除き、小学校就学の始期から満一八歳に達するまでの者を青少年と定義した(三条一項)上で、「何人も、青少年に対し、淫行又はわいせつの行為をしてはならない。」(一〇条一項)と規定し、その違反者に対しては二年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金を科し(一六条一項)、違反者が青少年であるときは、これに対して罰則を適用しない(一七条)こととしている。これらの条項の規定するところを総合すると、本条例一〇条一項、一六条一項の規定(以下、両者を併せて「本件各規定」という。)の趣旨は、一般に青少年が、その心身の未成熟や発育程度の不均衡から、精神的に未だ十分に安定していないため、性行為等によつて精神的な痛手を受け易く、また、その痛手からの回復が困難となりがちである等の事情にかんがみ、青少年の健全な育成を図るため、青少年を対象としてなされる性行為等のうち、その育成を阻害するおそれのあるものとして社会通念上非難を受けるべき性質のものを禁止することとしたものであることが明らかであつて、右のような本件各規定の趣旨及びその文理等に徴すると、本条例一〇条一項の規定にいう「淫行」とは、広く青少年に対する性行為一般をいうものと解すべきではなく、青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為のほか、青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性交又は性交類似制為をいうものと解するのが相当である。けだし、右の「淫行」を広く青少年に対する性行為一般を指すものと解するときは、「淫らな」性行為を指す「淫行」の用語自体の意義に添わないばかりでなく、例えば婚約中の青少年又はこれに準ずる真摯な交際関係にある青少年との間で行われる性行為等、社会通念上およそ処罰の対象として考え難いものをも含むこととなつて、その解釈は広きに失することが明らかであり、また、前記「淫行」を目して単に反倫理的あるいは不純な性行為と解するのでは、犯罪の構成要件として不明確であるとの批判を免れないのであつて、前記の規定の文理から合理的に導き出され得る解釈の範囲内で、前叙のように限定して解するのを相当とする。このような解訳は通常の判断能力を有する一般人の理解にも適うものであり、「淫行」の意義を右のように解釈するときは、同規定につき処罰の範囲が不当に広過ぎるとも不明確であるともいえないから、本件各規定が憲法三一条の規定に違反するものとはいえず、憲法一一条、一三条、一九条、二一条違反をいう所論も前提を欠くに帰し、すべて採用することができない。

 なお、本件につき原判決認定の事実関係に基づいて検討するのに、被告人と少女との間には本件行為までに相当期間にわたつて一応付合いと見られるような関係があつたようであるが、当時における両者のそれぞれの年齢、性交渉に至る経緯、その他両者間の付合いの態様等の諸事情に照らすと、本件は、被告人において当該少女を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないような性行為をした場合に該当するものというほかないから、本件行為が本条例一〇条一項にいう「淫行」に当たるとした原判断は正当である。

 二 被告人本人の上告趣意第二部の五(一)は、青少年に対する淫行につき地域により規制上差異があることを理由に本件各規定が憲法一四条の規定に違反すると主張するが、地方公共団体が青少年に対する淫行につき規制上各別に条例を制定する結果その取扱いに差異を生ずることがあつても憲法一四条の規定に違反するものでないことは、当裁判所大法廷判例(昭和二九年(あ)第二六七号同三三年一〇月一五日判決・刑集一二巻一四号三三〇五頁)の趣旨に徴し明らかであるかち、所論は理由がない

 三 被告人本人の上告趣意第二部の五(二)は、本件各規定は一八歳未満の者のみに対する性行為を禁止処罰の対象とし、一八歳未満の者と一八歳以上の者との間で異なる取扱いをしているところ、右年齢による差別に合理的な理由はないから、憲法一四条の規定に違反すると主張するが、この点は、青少年の範囲をどのように定めるかという立法政策に属する問題であるにとどまり、憲法適否の問題ではないから、所論は前提を欠く。

 四 被告人本人の上告趣意第二部の六は、児童福祉法三四条一項六号は「児童に淫行をさせる行為」のみを規制し、その適用範囲を児童の自由意思に属しない淫行に限つているにもかかわらず、本件各規定は青少年に対し淫行をする行為のすべてを規制の対象としていて明らかに法律の範囲を逸脱しているから、本件各規定は憲法九四条の規定に違反すると主張するが、児童福祉法三四条一項六号の規定は、必ずしも児童の自由意思に基づかない淫行に限つて適用されるものでない(最高裁昭和二九年(あ)第三九九号同三〇年一二月二六日第三小法廷判決・刑集九巻一四号三〇一八頁参照)のみならず、同規定は、一八歳未満の青少年との合意に基づく淫行をも条例で規制することを容認しない趣旨ではないと解するのが相当であるから、所論は前提を欠く。

 五 被告人本人の上告趣意第二部の七は、本条例は憲法九五条にいう特別法であるところ、同条所定の制定手続を経ていないから、本件各規定は憲法九五条の規定に違反すると主張するが、本条例が憲法九五条にいう特別法に当たらないことは明らかであるから、所論は前提を欠く。

 六 弁護人立田廣成及び被告人本人のその余の上告趣意は、単なる法令違反、事実誤認、量刑不当の主張であつて、いずれも適法な上告理由に当たらない。

 よつて、刑訴法四一四条、三九六条、一八一条一項但書により、主文のとおり判決する。

 この判決は、裁判官牧圭次、同長島敦の各補足意見、裁判官伊藤正己、同谷口正孝、同島谷六郎の各反対意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

 裁判官牧圭次の補足意見は、次のとおりである。

 本条例一〇条一項の規定にいう「淫行」の意義に関する多数意見の解釈の結論に私も賛成であるが、右解釈を相当とする理由として私の考えているところを一言付け加えておきたい。

 一 青少年との淫行の禁止及び処罰に関して、各都道府県条例が現状においては全体として著しく不均衡

 不統一であり、これが憲法一四条に違反するといえないまでも、合理的な実質的理由に乏しく、一国の法制度として甚だ望ましくないものといわざるを得ないこと、それ故に、各条例の青少年との淫行処罰規定の解釈及び運用においては、処罰に対し抑制的態度をとることが相当であることについては、いずれも、伊藤裁判官が反対意見の中で詳しく説かれているとおりであり、私も本条例の淫行処罰規定の構成要件の解釈にあたり、右のような観点から、当該規定における用語の意味からかけ離れない限度内で、できるだけ処罰対象をその行為の当罰性につき他の都道府県住民を含む国民多数の合意が得られるようなものに絞つて厳格に解釈するのが妥当であると考える。

 二 ところで、「淫行」の意義について、従来は、「淫行とは、みだらな性行為のことであり、健全な常識を有する一般社会人からみて、結婚を前提としない、専ら情欲を満たすためにのみ行う不純とされる性交又は性交類似行為をいう。」との解釈又はこれと同趣旨に帰する解釈が、いくつかの高裁判決等で示されており、本条例の立案当局の説明(福岡県民生部発行・福岡県青少年保護育成条例の手引二七頁参照)も、同じ見解を示している。しかし、右の解釈にいう「専ら情欲を満たすためにのみ行う」との点は、性行為の範囲を限定する作用をほとんど営まず、従つて、右の解訳では、結婚を前提としない性行為のうちどの範囲のものが不純とされる性行為に当たるのかは必ずしも明確でなく、もし、青少年を相手とする結婚を前提としない性行為のすべてがこれに当たるとするのでは、やはり現在の社会通念からみて、余りにも処罰の範囲が広きに過ぎるといわなければならないと思われる。

 三 性に関する社会通念は、時代とともに変つていくものではあるが、現在のわが国において、国民の多数から強い社会的な非難を受け、処罰に値すると考えられている青少年に対する性行為の類型は、第一に、青少年の無知、未熟、情緒不安定等につけ込んでなされる形態の性行為であり、すなわち、誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等の不当な手段を用いて行う性行為がこれに当たり、第二に、(その多くは右第一の形態にも当たることになると思われるが)相手方である青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められない形態の性行為であるといつてよい。伊藤裁判官は、右の第一の形態のものに限つて国民の多数から当罰性が肯認されるとみられるのであるが、不当な手段を用いたといえないまでも、行きずりの青少年を単に自己の性欲を満足させるための対象としてのみ考えてその場限りで行う性交にその典型例を見るように、青少年を全く自己の性欲満足のための道具として弄ぶものと目し得る性行為は、青少年の育成・保護の精神に著しく背馳し、現在における一般社会通念からして、到底許容できないものとして当罰性も肯認されるものと考えられる。そして、右第二の形態に当たる性行為であるかどうかは、青少年及び相手方の年齢、性行為に至る経緯及び行為の状況等を基にして、健全な常識を有する一般社会人の立場で判断するときは、その判定が特に困難であるともいえないものと思われるから、これを「淫行」の概念の中に含ませることが刑罰法規の中に曖昧、不明確なものを持ち込むことになるという批判も当たらないと考える。

 四 青少年に対する性行為のうち、現在の一般の社会通念上特に強い非難に値することが明らかであると考えられる右の二つの形態の性行為に絞つて、これが「淫行」に当たると解することは、「淫行」ないしは「みだらな性行為」の語義からもかけ離れたものではなく、また、青少年の健全育成という本条例の目的にも合致するものと考える。

 五 以上の理由により、私は、本条例一〇条一項の「淫行」の意義についての解釈に関する多数意見の説示に同調するものである。

 裁判官長島敦の補足意見は、次のとおりである。私も、多数意見と同じく、本条例一〇条一項の規定にいう「淫行」とは、性行為一般を指すのではなくて、青少年を相手とする性交又は性交類似行為のうち、当該青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段によつて行うもの、その他青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないようなものをいうと解するのを相当と考えるのであるが、その論拠について、補足的に若干の意見を述べておくこととしたい。

 一 「淫行」という用語は、既に古くから、「営利ノ目的ヲ以テ淫行ノ常習ナキ婦女ヲ勧誘シテ姦淫セシメタル者」を処罰する刑法一八二条の規定に用いられているほか、児童福祉法三四条一項六号の規定は「児童に淫行をさせる行為」を禁じ、同法六〇条一項は、右規定に違反した者は一〇年以下の懲役又は五〇万円以下の罰金に処するものとしている。このように、本条例で用いる「淫行」という用語は、目新しいものとはいえず、それが広く性行為一般をいうのではなくて「淫らな」性行為を意味することはその用語自体及びそれが用いられているこれらの条項の文脈からみて明らかであるといえる(もつとも、刑法ではその性行為を性交に限つているのに対し、児童福祉法ではそこに性交及び性交類似行為を含めて理解するのが一般であるが、それは、刑法が、「姦淫セシメ」ること、つまり、「性交させること」をその犯罪の実行行為としているところから、その行為の客体である「淫行ノ常習ナキ婦女」を「淫らな性交の常習性のない婦女」と解するのであつて、児童福祉法及び本条例においては、性交そのものと同視できるような性交類似行為を除外する理由はない。)。そうとすれば、「淫行」には、正常な性行為、例えば婚姻中の夫婦(実質上の夫婦と認められる内縁関係を含む。)間の性行為が含まれないことはいうまでもない。しかし、このことから逆に、右の正常な性行為以外のそれがすべて淫行に当たるものということはできない。例えば、刑法にいう「淫行ノ常習」は、その罪の客体たる婦女が淫行の常習者であるかどうかが問題となるのであるから、その淫行にはいわば貞操観念ないし性的倫理観に反するようなものを広く含むものと解することができるが、児童福祉法や本条例においては、淫行がそこに定める犯罪の実行行為の中に包含され又は実行行為そのものとされているのであるから、右にいう正常でない性行為であつても、それが行為当時の社会通念によつて許容されると認められるか、少なくとも、刑罰制裁を加えるに当たらないと評価されるものであるかぎり、犯罪の構成要件行為としての「淫行」ということはできないこととなる。つまり、この意味での「淫行」概念は、当該刑罰法規の趣旨、目的、その保護しようとする法益等を考慮に容れつつ、当該行為がなされた当時における社会通念を基準として価値的な評価・判断を加えることによつて決せられるのである。もとより、社会一般の価値観は多様化し、また、社会通念は、長期的にみれば、時代とともに変遷することは否み得ないが、問題とされる当該行為がなされた当時における最大公約数としての社会通念それ自体は、通常の判断能力を有する一般社会人にとつて把握することは困難ではない。同様のことは、「猥褻」概念についても問題となるが、このような価値的評価・判断を必要とするいわゆる規範的構成要件要素を含む犯罪構成要件であつても、これによつて処罰される行為が何であるかを通常の判断能力をもつ一般人において社会通念に照らして識別し理解することが可能であるかぎり、当該構成要件は明確性に欠けるところはないというべきである。

 二 そこで、刑法及び児童福祉法中の関連諸規定に論及しながら、本条例の本件各規定の趣旨、目的、保護法益について検討を進めることとする。

 まず、刑法一七七条、一七八条は、一三歳以上の婦女に対し暴行又は脅迫を用い、或いはその心神を喪失させ、若しくはその抵抗を不能にさせ、又はその心神喪失若しくは抵抗不能の状熊にあるのに乗じてこれを姦淫した者を二年以上の有期懲役に処することとし、他方、一三歳に満たない婦女については、右のような手段を用いず、またその同意を得ていたとしても、これを姦淫した者は、同様に処罰されることとしている。刑法のこれらの規定は、つまるところ、一三歳に満たない婦女は、いまだ性的行為の意義を理解できず、したがつて、これに対する同意能力を欠いているし、一三歳以上の婦女であつても、その自由意思を抑圧し又はそれが欠けている前記のような特殊な事態のもとでこれを姦淫することは、いずれにしても、性的な行為についての自由な自己決定権を侵害するものであつて、被害者個人の性的な自由をその保護法益とするものと解される。しかしながら、一三歳以上の女子であつても、年齢的に、心身の未成熟又は身体と心の発達の不均衡の故に、性的行為の意義について正しい十分な理解をもたず、したがつて、これに対する同意ないし積極的な欲求そのものが完全な自由意思に基づく自由な自己判断によるものとは認めることのできない年齢層の女子が存在することは顕著な事実である。刑法は、このような性的な無知に乗じて前記のような手段によらないでこれらの少女を性的行為の対象とするような行為を直接処罰する規定を設けていないが、そのことによつて、刑法が、そのような行為は社会一般の倫理観に反するとはいえず、およそ刑事罰の対象とすべきではない、とする価値判断を示したものと即断することはできない。いわんや、児童の保護と健全育成という社会的見地から、このような性的被害にかかりやすい年齢層にある青少年を保護するための立法が、刑法と抵触しないことは明白である。

 児童福祉法は、「すべて国民は、児童が心身ともに健やかに生まれ、且つ、育成されるよう努めなければならない。」 (一条一項)、「国及び地方公共団体は、児童の保護者とともに、児童を心身ともに健やかに育成する責任を負う。」 (二条)、「前二条に規定するところは、児童の福祉を保障するための原理であり、この原理は、すべて児童に関する法令の施行にあたつて、常に尊重されなければならない。」 (三条)と高らかに宣言している。もとより、右の第一条が定める国民の努力義務は、法の規定を待つてはじめて生ずるものではなくて、およそ国民が児童の心身ともに健やかな成長を待ち望むことは人間自然の情であつて、その健全な育成を阻害することが社会一般の人道的な倫理・道徳観念に反することはいうまでもない。国及び地方公共団体が児童の保護者と相並んで児童を心身ともに健全に育成する責任を負うものとされているのは、このような児童の健全育成に対するすべての国民の願望からしても当然のことであり、その健全育成を阻害する行為、特に性的行為について正しい十分な理解をもたず、その故に、性的経験による衝撃が将来にわたつての心身の健全な育成に継統的かつ重大な障害となるおそれの強いと認められる一定の年齢層の少女を対象とする特定の性的な侵害行為に対し、国が児童福祉法において厳罰で臨んでいるのは、まさにその責務の一端を果しているものといえる。

 ところで、児童福祉法は、児童とは一八歳に満たない者をいうとし(そのうち小学校就学の始期から満一八歳に達するまでの者を「少年」と名づけている。)(四条)、「児童に淫行をさせる行為」を一般的禁止事項の一として掲げ(三四条一項六号)、しかも、その違反に対する刑は、同法の罰則の中でずば抜けて重く定められている(六〇条一項)。そこには、その行為が児童の福祉を害すること特に著しく、児童の心身ともに健全な育成を望む社会的な公共の法益を甚だしく侵害するものであるとする立法者の評価が示されている。

 本条例における本件各規定は、「何人も、青少年に対し、淫行又はわいせつの行為をしてはならない。」とし、その違反者に対し、二年以下の懲役又は一〇万円以下の罰金を科することとしている(一〇条一項、一六条一項)。それは、児童福祉法の精神、特に同法二条に定める地方公共団体の責任に照らし、前述の国家の法である児童福祉法の一般的禁止行為の中から漏れている青少年(児童福祉法上の「少年」に該当する。以下、適宜「少女」と呼ぶ。)を相手として自分自身で行う性交及び性交類似行為のうち、青少年の健全な育成を阻害するおそれがあると認められるものを対象として補充的に県条例で処罰することとしたものと認められる。この種の行為は、もともと、青少年の性的行為についての判断・同意能力が劣つていることを知り、又はこれに乗じて行われるかぎり、それ自体として、社会一般の倫理観に反するものと認められるが、それは、児童福祉法の規定が児童に対し事実上の影響力を及ぼし、児童をして第三者と性交又は性交類似行為を行わせ又は児童が第三者とこのような性行為をするのを助長し促進する行為を対象とするのに対し、自ら青少年を相手方として行うこの種性行為を対象とする点で、犯罪の態様、したがつてその社会的意義を著しく異にする。すなわち、前者にあつては、そのような性的に未熟な少女を第三者の性的行為の対象にするという行為自体はたとえ行為者が営利の目的に出でず、また、当該少女がもともとそれに同意していたとしても、明らかに当該少女の福祉を害し、その健全な育成を著しく阻害するものであつて、社会通念上その当罰性を肯定するに十分の根拠があり、また、その少女の性行為そのものも、客観的にみて、淫らな性行為として淫行の概念に当たると評価することができる。これに反し、後者にあつては、自ら青少年を相手に性行為に出る場合であるから、その性行為に至る経偉とその背景事情、性行為に出た動機・意図、両者の間の心理的精神的緊密性、将来の結婚へ向つての意図とその実現の可能性など、個々の事件ごとに異なる各般の要素が含まれており、前者のようにその典型的な事例につき犯罪社会学的な一つの犯罪定型を想定することさえ困難である。しかも、他面、性行為の相手方である少女の心身の発達状況に照らして、その性行為に関する自己の判断をどの程度まで尊重すべきかという問題も含まれている。

 本条例は、「青少年の健全な育成を図るため青少年を保護することを目的とする。」(一条)と定め、本件各規定が既に述べたように児童福祉法の趣旨に則り、これを補充して青少年の健全育成を全うしようとするにあることを明らかにしている。そうとすれば、本件各規定の「淫行」概念は、一方では、このような条例の趣旨、目的、被害法益という観点、すなわち、一八歳未満の青少年は性的行為についての自己判断能力が一般的になお未熟であり、そのような状態に乗ずるような性的な侵害行為からこれを保護する必要があるとともに、その自己判断能力の未熟さとも関連して、性的行為の体験が心身両面の健全な成育に継続的かつ深刻な悪影響を及ぼすおそれが一般的に認められ、その健全な育成に対する重大な阻害要因となること、つまり、この種の性的侵害が社会的、倫理的非難に値することを考慮しつつ、他方では、具体的場合におけるその性行為につき、その各般の事情に照らし、青少年の健全な育成という目的からみても、これを本件各規定による刑事制裁の対象とすることが相当でないか、少なくとも刑罰制裁を加えるまでもないと認められる事由があるかどうかを検討することによつて決めなければならない。

 三 以上のような考慮のもとに、多数意見は、本件各規定で禁止、処罰する「淫行」の概念につき、「青少年の健全な育成を図るため、青少年を対象としてなされる性行為等のうち、その育成を阻害するおそれのあるものとして社会通念上非難を受けるべき性質のもの」をいうとして、その解釈の一般的基準を示したものと考える。そして、淫行の概念を定める解釈・評価の基準としてこのような社会通念を用いる以上、それは既述のとおり、当該行為のなされた当時の社会における最大公約数たる共通の倫理的、道徳的、人道的価値観によるべきものと解される。多数意見が、右の一般的基準を敷衍して、「淫行」の概念を説明し、まず、「青少年を誘惑し、威迫し、欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交又は性交類似行為」を掲げ、一般的にいつて性的行為に対する判断・同意能力の劣るとされる青少年に対し、このような手段を用いて性的な侵害行為に出るという点で、性的自由の侵害という観点からも、青少年の健全な育成の阻害という点からも、社会通念上非難に値することが極めて明白である性行為等をとりあげ、次いで、「青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱つているとしか認められないよつな性交又は性交類似行為」を掲げて、前記のような手段によらない場合であつても、青少年を自己の性的欲望を満足させるためだけの対象物として扱うという点で、およそ青少年の心身の健全な育成への配慮の見られない、これまた社会通念上倫理的な非難に値することに異論の考えられないような性行為等をとりあげていることは、本件性行為のなされた当時の社会通念の理解の仕方として適切であり、「このような解釈は通常の判断能力を有する一般人の理解にも適うもの」ということができる。

 四 なお、本条例一六条一項は、法定刑の長期として、条例で定めることが許されている最高刑の懲役二年を定めており(地方自治法一四条五項)、他の同種の大多数の県条例の法定刑に比し著しく重い刑罰制裁を科しうることとしているが、右に述べたような「淫行」概念を前提とするかぎり、児童福祉法の法定刑と対比しても、その刑が不当に重いとはいえないのみならず、本条例は選択刑として一〇万円以下の罰金を定めており、裁判官の刑の量定における適切な裁量を期待していることがうかがえるから、この点からも右規定は不当とはいえない。

 また、児童福祉法は「児童」の年齢を一八歳に満たない者と定め、本条例が同じく青少年を一八歳に満たない者と定めているところ、その年齢層の中には、婚姻能力の認められている満一六歳以上の女子が含まれており(民法七三一条)、これらの一六歳以上の女子については性行為についての完全な判断・同意能力が法的に是認されているというべきであるかち、本条例の罰則で保護すべき法益が欠けている、とする考え方があるが、満二〇歳に達しない未成年の子が婚姻するには父母の同意が必要とされている(民法七三七条)ことからみても、婚姻能力の規定が性的行為についての完全な判断・同意能力を推定させるものと解することは当を得ない。青少年の年齢を何歳までとするかは、合理的立法裁量に委ねられているところであり、現在の状況において、性的行為から保護される年齢の上限を満一八歳に達しないものとすることは、明らかに不合理であるとはいえない。その反面として、これらの年齢層の少女は、「淫行」に該当する性行為等の対象者となることを制約され、その意味でその性的行動の自由に対する事実上の制限を受けることとなるが、一八歳に満たない少女に対しては、その性的行動の自由を保障することよりも、一般的に性的な判断・同意能力の劣ると考えられるこれらの少女を性的経験から受ける悪影響から保護することを重視することも、立法政策として許容される範囲内に属するものと考えるのが相当である。

 最後に、本条例は、青少年の中から、「他の法令により成年者と同一の能力を有する者」を除外し(三条一項)、また「違反者が青少年であるときは、これに対して罰則を適用しない。」(一七条)こととしている。既に婚姻している女子等を保護の対象から除外する一方、一八歳に満たない少年が同じく一八歳に達しない少女を淫行の対象としたときは、互いに性的行為についての判断・同意能力に欠陥があると法的にみなされている者同士の間における性的行為等として当罰性を欠き、また、相互に健全育成についての努力義務を負うとは考えられない者に刑罰制裁を科することは適切でない、としているものと考えられる。いずれも、本条例罰則の適用範囲を適切に限定するものとして行き届いた立法上の配慮というべきである。もつとも、本条例の右罰則にふれない性的行為等であつても、「自己又は他人の徳性を害する行為をする性癖のあること」(少年法三条一項三号)に当たる状況にあるときは、少年非行としてその健全な育成を期し、性格の矯正に関する保護処分を行うため(同法一条)に、家裁の審判に付することができることはいうまでもない。








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余罪と量刑  最高裁昭和42年7月5日大法廷判決


判例
S42.07.05 大法廷・判決 昭和40(あ)2611 窃盗(第21巻6号748頁)

判示事項:
一 起訴されていない犯罪事実を量刑の資料として考慮したことが憲法第三一条第三八条第三項に違反するとされた事例

二 原判決の憲法違反が判決に影響を及ぼさないとして上告が棄却された事例

要旨:
一 起訴されていない犯罪事実で、被告人の捜査官に対する自白のほかに証拠のないものを、いわゆる余罪として認定し、これをも実質上処罰する趣旨のもとに重い刑を科することは、憲法第三一条、第三八条第三項覆に違反する。

二 右のような憲法違反を犯している第一審判決を違法ではないとして認容した違憲が原判決にあつても、原判決が、結論において、第一審判決の量刑を不当としてこれを破棄し、自判する際に、余罪合を犯罪事実として認定しこれを処罰する趣旨を含めて量刑したものとは認められないときは、右違憲は判決に影響を及ぼさない。


参照・法条:
憲法31条,憲法38条3項,刑訴法319条2項,刑訴法410条1項但書


内容:
 件名  窃盗 (最高裁判所 昭和40(あ)2611 大法廷・判決 棄却)
 原審  東京高等裁判所


主    文

     本件上告を棄却する。
         
理    由

 弁護人野口恵三の上告趣意第一点について。

 刑事裁判において、起訴された犯罪事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、実質上これを処罰する趣旨で量刑の資料に考慮し、これがため被告人を重く処罰することが、不告不理の原則に反し、憲法三一条に違反するのみならず、自白に補強証拠を必要とする憲法三八条三項の制約を免れることとなるおそれがあつて、許されないことは、すでに当裁判所の判例(昭和四〇年(あ)第八七八号同四一年七月一二日大法廷判決、刑集二〇巻六号六〇九頁)とするところである。(もつとも、刑事裁判における量刑は、被告人の性格、経歴および犯罪の動機、目的、方法等すべての事情を考慮して、裁判所が法定刑の範囲内において、適当に決定すべきものであるから、その量刑のための一情状として、いわゆる余罪をも考慮することは、必ずしも禁ぜられるところてないと解すべきことも、前記判例の示すところである。)

 ところで、本件について、これを見るに、第一審判決は、「被告人が郵政監察官及び検察官に対し供述するところによれば、被告人は本件と同様宿直勤務の機会を利用して既に昭和三十七年五月ごろから百三十回ぐらいに約三千通の郵便物を窃取し、そのうち現金の封入してあつたものが約一千四百通でその金額は合計約六十六万円に、郵便切手の封入してあつたものが約一千通でその金額は合計約二十三万円に達しているというのてある。被告人は、当公判廷においては、犯行の始期は昭和三十七年五月ごろではなくて昭和三十八年五月ごろからであり、窃取した現金は合計二十万円ぐらい、郵便切手は合計四、五万円ぐらいのものであると弁解しているのであるが、」被告人の前記弁解は措信し難く、むしろ、「郵政監察官及び検察官に対し供述したところが真実に略々近いものである」とし、「これによれば、被告人の犯行は、その期間、回数、被害数額等のいずれの点よりしても、この種の犯行としては他に余り例を見ない程度のものであつたことは否定できないことであり、事件の性質上量刑にあたつて、この事実を考慮に入れない訳にはいかない。」と断定しているのであつて、この判示は、本件公訴事実のほかに、起訴されていない犯罪事実をいわゆる余罪として認定し、これをも実質上処罰する趣旨のもとに、被告人に重い刑を科したものと認めざるを得ない。したがつて、第一審判決は、前示のとおり、憲法三一条に違反するのみでなく、右余罪の事実中には、被告人の郵政監察官および検察官に対する自供のみによつて認定したものもあることは記録上明らかであるから、その実質において自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白であるのにこれに刑罰を科したこととなり、同三八条三項にも違反するものといわざるを得ない。

 そうすると、原判決は、この点を理由として第一審判決を破棄すべきであつたにかかわらずこれを破棄することなく、右判示を目して、たんに本件起訴にかかる「被告人の本件犯行が一回きりの偶発的なものかあるいは反覆性のある計画的なものかどうか等に関する本件犯行の罪質ないし任格を判別する資料として利用する」趣旨に出たにすぎないものと解すべきであるとして、「証拠の裏づけのないため訴追することができない不確実な事実を量刑上の資料とした違法がある」旨の被告人側の主張を斥けたことは、第一審判決の違憲を看過し、これを認容したもので、結局において、憲法三八条三項に違反する判断をしたことに帰着する。

 しかしながら、原判決は、結論においては、第一審判決の量刑は重きに失するとして、これを破棄し、改めて被告人を懲役一〇月に処しているのであつて、その際、余罪を犯罪事実として認定しこれを処罰する趣旨をも含めて量刑したものでないことは、原判文上明らかであるから、右憲法違反は、刑訴法四一〇条一項但書にいう判決に影響を及ぼさないことが明らかな場合にあたり、原判決を破棄する理由とはならない。

 同第二点について。

 所論は、憲法三一条違反をいうが、実質は、量刑不当の主張に帰し、適法な上告理由にあたらない。

 同第三点について。

 所論は、憲法三六条違反をいうが、同条の「残虐な刑罰」とは、不必要な精神的・肉体的苦痛を内容とする人道上残酷と認められる刑罰を意味し、事実審の裁判所が普通の刑を法律上許された範囲内で量刑しても、これを「残虐な刑罰」ということはできない(昭和二二年(れ)第三二三号同二三年六月二三日大法廷判決、刑集二巻七号七七七頁参照)から、所論は理由がなく、その余は、量刑不当の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

 また、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない。

 よつて、同法四一〇条一項但書、四一四条、三九六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 検察官 平出禾公判出席
  昭和四二年七月五日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
            裁判官    長   部   謹   吾
            裁判官    城   戸   芳   彦
            裁判官    石   田   和   外
            裁判官    柏   原   語   六
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    松   田   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    松   本   正   雄



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2007年02月16日

行政上の不利益処分と適正手続 成田新法事件  最高裁平成4年7月1日大法廷判決



判例
H04.07.01 大法廷・判決 昭和61(行ツ)11 工作物等使用禁止命令取消等(第46巻5号437頁)

判示事項:
一 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの)三条一項一号と憲法二一条一項

二 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの)三条一項一号と憲法二二条一項

三 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの)三条一項一、二号と憲法二九条一、二項

四 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの)三条一項一、二号と憲法三一条

五 新東京鼠際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの)三条一、三項と憲法三五条


要旨:
  一 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの)三条一項一号は、憲法二一条一項に違反しない。

二 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの)三条一項一号は、憲法二二条一項に違反しない。

三 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの)三条一項一、二号は、憲法二九条一、二項に違反しない。

四 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの)三条一項一、二号は、憲法三一条の法意に反しない。

五 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第一八七号による改正前のもの)三条一、三項は、憲法三五条の法意に反しない。

参照・法条:
 新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和59年法律第87号による改正前のもの)3条1項,新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和59年法律第87号による改正前のもの)3条3項,憲法21条1項,憲法22条1項,憲法29条1項,憲法29条2項,憲法31条,憲法35条内容:

 件名  工作物等使用禁止命令取消等 (最高裁判所 昭和61(行ツ)11 大法廷・判決 一部破棄自判一部棄却)

 原審  S60.10.23 東京高等裁判所

 主    文

 原判決のうち、被上告人運輸大臣が上告人に対してした昭和六〇年二月一日の公告に係る別紙記載の処分の取消請求に関する部分を破棄し、右部分につき本件訴えを却下する。

 上告人のその余の上告を棄却する。

 第一項記載の部分に関する訴訟の総費用及び前項記載の部分に関する上告費用は、いずれも上告人の負担とする。

 

 理    由

 一 被上告人運輸大臣が昭和六〇年二月一日の公告をもってした主文第一項掲記の処分の取消しの訴えについて

 職権をもって調査するに、上告人は、本件訴えにおいて、被上告人運輸大臣が昭和六〇年二月一日の公告をもってした主文第一項掲記の処分の取消しを求めているところ、右処分は、別紙記載の建築物の所有者である上告人に対し、昭和六〇年二月六日から昭和六一年二月五日までの間右工作物を新東京国際空港の安全確保に関する緊急措置法(昭和五九年法律第八七号による改正前のもの。以下「本法」という。)三条一項一号又は二号の用に供することを禁止することを命ずるものであり、右処分の効力は、昭和六一年二月五日の経過により失われるに至ったから、その取消しを求める法律上の利益も消滅したものといわざるを得ない。そうすると、右処分の取消しを求める訴えはこれを却下すべきであり、右訴えに係る請求につき本案の判断をした原判決は失当であることに帰するから、原判決のうち右請求に関する部分を破棄し、右訴えを却下すべきである。

 二 被上告人運輸大臣がしたその余の処分の取消しの訴え及び被上告人国に対する訴えについて

 1 上告代理人高橋庸尚の上告理由第一点の(一)のうち、本法は制定の経緯、態様に照らして拙速を免れず、法全体として違憲無効であるという点について

 本法の法案が衆議院及び参議院でそれぞれ可決されたものとされ、昭和五三年五月一三日、同年法律第四二号として公布されたものであることは公知の事実であるところ、法案の審議にどの程度の時間をかけるかは専ら各議院の判断によるものであり、その時間の長短により公布された法律の効力が左右されるものでないことはいうまでもない。論旨は、独自の見解であって、採用することができない。

 2 同第一点の(二)について

 現代民主主義社会においては、集会は、国民が様々な意見や情報等に接することにより自己の思想や人格を形成、発展させ、また、相互に意見や情報等を伝達、交流する場として必要であり、さらに、対外的に意見を表明するための有効な手段であるから、憲法二一条一項の保障する集会の自由は、民主主義社会における重要な基本的人権の一つとして特に尊重されなければならないものである。

 しかしながら、集会の自由といえどもあらゆる場合に無制限に保障されなければならないものではなく、公共の福祉による必要かつ合理的な制限を受けることがあるのはいうまでもない。そして、このような自由に対する制限が必要かつ合理的なものとして是認されるかどうかは、制限が必要とされる程度と、制限される自由の内容及び性質、これに加えられる具体的制限の態様及び程度等を較量して決めるのが相当である(最高裁昭和五二年(オ)第九二七号同五八年六月二二日大法廷判決・民集三七巻五号七九三頁参照)。

 原判決が本法制定の経緯として認定するところは、次のとおりである。新東京国際空港(以下「新空港」という。)の建設に反対する上告人及び上告人を支援するいわゆる過激派等による実力闘争が強力に展開されたため、右建設が予定より大幅に遅れ、ようやく新空港の供用開始日を昭和五三年三月三〇日とする告示がされたが、その直前の同月二六日に、上告人の支援者である過激派集団が新空港内に火炎車を突入させ、新空港内に火炎びんを投げるとともに、管制塔に侵入してレーダーや送受信器等の航空管制機器類を破壊する等の事件が発生したため、右供用開始日を同年五月二〇日に延期せざるを得なくなった。このような事態に対し、政府は、同年三月二八日に過激派集団の暴挙を厳しく批判し、新空港を不法な暴力から完全に防護するための抜本的対策を強力に推進する旨の声明を発表した。また、国会においても、衆議院では同年四月六日に、参議院でも同月一〇日に、全会一致又は全党一致で、過激派集団の破壊活動を許し得ざる暴挙と断じた上、政府に対し、暴力排除に断固たる処置を採るとともに、地元住民の理解と協力を得るよう一段の努力を傾注すべきこと及び新空港の平穏と安全を確保し、我が国内外の信用回復のため万全の諸施策を強力に推進すべきことを求める決議をそれぞれ採択した。本法は、右のような過程を経て議員提案による法律として成立したものである。

 本法は、新空港若しくはその機能に関連する施設の設置若しくは管理を阻害し、又は新空港若しくはその周辺における航空機の航行を妨害する暴力主義的破壊活動を防止するため、その活動の用に供される工作物の使用の禁止等の措置を定め、もって新空港及びその機能に関連する施設の設置及び管理の安全の確保を図るとともに、航空の安全に資することを目的としている(一条)。本法において「暴力主義的破壊活動等」とは、新空港若しくは新空港における航空機の離陸若しくは着陸の安全を確保するために必要な航空保安施設若しくは新空港の機能を確保するために必要な施設のうち政令で定めるもの(以下、右の航空保安施設若しくは新空港の機能を確保するために必要な施設のうち政令で定めるものを「航空保安施設等」という。)の設置若しくは管理を阻害し、又は新空港若しくはその周辺における航空機の航行を妨害する刑法九五条等に規定された一定の犯罪行為をすることをいうと定義され(二条一項)、「暴力主義的破壊活動者」とは、暴力主義的破壊活動等を行い又は行うおそれがあると認められる者をいうと定義されている(同条二項)。

 ところで、本法三条一項一号は、規制区域内に所在する建築物その他の工作物が多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供され又は供されるおそれがあると認めるときは、運輸大臣は、当該工作物の所有者等に対し、期限を付して当該工作物をその用に供することを禁止することを命ずることができるとしているが、同号に基づく工作物使用禁止命令により当該工作物を多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することが禁止される結果、多数の暴力主義的破壊活動者の集会も禁止されることになり、ここに憲法二一条一項との関係が問題となるのである。

 そこで検討するに、本法三条一項一号に基づく工作物使用禁止命令により保護される利益は、新空港若しくは航空保安施設等の設置、管理の安全の確保並びに新空港及びその周辺における航空機の航行の安全の確保であり、それに伴い新空港を利用する乗客等の生命、身体の安全の確保も図られるのであって、これらの安全の確保は、国家的、社会経済的、公益的、人道的見地から極めて強く要請されるところのものである。他方、右工作物使用禁止命令により制限される利益は、多数の暴力主義的破壊活動者が当該工作物を集合の用に供する利益にすぎない。しかも、前記本法制定の経緯に照らせば、暴力主義的破壊活動等を防止し、前記新空港の設置、管理等の安全を確保することには高度かつ緊急の必要性があるというべきであるから、以上を総合して較量すれば、規制区域内において暴力主義的破壊活動者による工作物の使用を禁止する措置を採り得るとすることは、公共の福祉による必要かつ合理的なものであるといわなければならない。また、本法二条二項にいう「暴力主義的破壊活動等を行い、又は行うおそれがあると認められる者」とは、本法一条に規定する目的や本法三条一項の規定の仕方、さらには、同項の使用禁止命令を前提として、同条六項の封鎖等の措置や同条八項の除去の措置が規定されていることなどに照らし、「暴力主義的破壊活動を現に行っている者又はこれを行う蓋然性の高い者」の意味に解すべきである。そして、本法三条一項にいう「その工作物が次の各号に掲げる用に供され、又は供されるおそれがあると認めるとき」とは、「その工作物が次の各号に掲げる用に現に供され、又は供される蓋然性が高いと認めるとき」の意味に解すべきである。したがって、同項一号が過度に広範な規制を行うものとはいえず、その規定する要件も不明確なものであるとはいえない。

 以上のとおりであるから、本法三条一項一号は、憲法二一条一項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

 3 同第一点の(三)について

 本法三条一項一号に基づく工作物使用禁止命令により多数の暴力主義的破壊活動者が当該工作物に居住することができなくなるとしても、右工作物使用禁止命令は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づき、高度かつ緊急の必要性の下に発せられるものであるから、右工作物使用禁止命令によってもたらされる居住の制限は、公共の福祉による必要かつ合理的なものであるといわなければならない。

 したがって、本法三条一項一号は、憲法二二条一項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。なお、論旨は、本法三条一項三号についても憲法二二条一項違反を主張しているが、右三号は本件工作物使用禁止命令に関係がない。

 4 同第一点の(四)について

 本法三条一項に基づく工作物使用禁止命令は、当該工作物を、(1) 多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供すること、(2)暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の物の製造又は保管の場所の用に供すること、又は(3) 新空港又はその周辺における航空機の航行に対する暴力主義的破壊活動者による妨害の用に供することの三態様の使用を禁止するものである。そして、右三態様の使用のうち、多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供することを禁止することが、新空港の設置、管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づくものであり、高度かつ緊急の必要性を有するものであることは前記のとおりであり、この点は他の二態様の使用禁止についても同様であるから、右三態様の使用禁止は財産の使用に対する公共の福祉による必要かつ合理的な制限であるといわなければならない。また、本法三条一項一号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりであり、同項二号の規定する要件も不明確なものであるとはいえない。

 したがって、本法三条一項一、二号は、憲法二九条一、二項に違反するものではない。右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。なお、論旨は、同項三号についてもその規定する要件が不明確であると主張するが、同号は本件工作物使用禁止命令に関係がない。

 5 同第一点の(五)について

 憲法三一条の定める法定手続の保障は、直接には刑事手続に関するものであるが、行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に同条による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。

 しかしながら、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、一般に、行政手続は、刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政処分の相手方に事前の告知、弁解、防御の機会を与えるかどうかは、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものであって、常に必ずそのような機会を与えることを必要とするものではないと解するのが相当である。


 本法三条一項に基づく工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、前記のとおり当該工作物の三態様における使用であり、右命令により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等は、前記のとおり、新空港の設置、管理等の安全という国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からその確保が極めて強く要請されているものであって、高度かつ緊急の必要性を有するものであることなどを総合較量すれば、右命令をするに当たり、その相手方に対し事前に告知、弁解、防御の機会を与える旨の規定がなくても、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものということはできない。また、本法三条一項一、二号の規定する要件が不明確なものであるといえないことは、前記のとおりである。

 右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

 6 同第一点の(六)について

 憲法三五条の規定は、本来、主として刑事手続における強制につき、それが司法権による事前の抑制の下に置かれるべきことを保障した趣旨のものであるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない(最高裁昭和四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四頁)。しかしながら、行政手続は、「刑事手続とその性質においておのずから差異があり、また、行政目的に応じて多種多様であるから、行政手続における強制の一種である立入りにすべて裁判官の令状を要すると解するのは相当ではなく、当該立入りが、公共の福祉の維持という行政目的を達成するため欠くべからざるものであるかどうか、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものであるかどうか、また、強制の程度、態様が直接的なものであるかどうかなどを総合判断して、裁判官の令状の要否を決めるべきである。

 本法三条三項は、運輸大臣は、同条一項の禁止命令をした場合において必要があると認めるときは、その職員をして当該工作物に立ち入らせ、又は関係者に質問させることができる旨を規定し、その際に裁判官の令状を要する旨を規定していない。しかし、右立入り等は、同条一項に基づく使用禁止命令が既に発せられている工作物についてその命令の履行を確保するために必要な限度においてのみ認められるものであり、その立入りの必要性は高いこと、右立入りには職員の身分証明書の携帯及び提示が要求されていること(同条四項)、右立入り等の権限は犯罪捜査のために認められたものと解釈してはならないと規定され(同条五項)、刑事責任追及のための資料収集に直接結び付くものではないこと、強制の程度、態様が直接的物理的なものではないこと(九条二項)を総合判断すれば、本法三条一、三項は、憲法三五条の法意に反するものとはいえない。

 右と同旨の原審の判断は正当であり、原判決に所論の違憲はなく、論旨は採用することができない。

 7 同第二点ないし第五点について

 所論の点に関する原審の認定判断は正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。所論違憲の主張は、前記説示と異なる前提に立つか又は独自の見解にすぎない。論旨は、いずれも採用することができない。

 8 以上のとおり、被上告人運輸大臣がした前記一の使用禁止命令以外の使用禁止命令の取消しの訴え及び被上告人国に対する訴えに関する上告人の上告は、すべて理由がなく、これを棄却すべきである。

 三 結論

 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八四条、九六条、九五条、八九条に従い、裁判官園部逸夫、同可部恒雄の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 上告理由第一点の(五)についての裁判官園部逸夫の意見は、次のとおりである。

 私は、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものではないとする法廷意見の結論には同調するが、その理由を異にするので、以下、私の意見を述べることとする。

 私は、行政庁の処分のうち、少なくとも、不利益処分(名宛人を特定して、これに義務を課し、又はその権利利益を制限する処分)については、法律上、原則として、弁明、聴聞等何らかの適正な事前手続の規定を置くことが、必要であると考える。このように行政手続を法律上整備すること、すなわち、行政手続法ないし行政手続条項を定めることの憲法上の根拠については、従来、意見が分かれるところであるが、上告理由は、これを憲法三一条に求めている。確かに、判例及び学説の双方にわたって、憲法三一条の法意の比較法的検討をめぐる議論が、我が国の行政手続法理の発展に寄与してきたことは、高く評価すべきことである。しかしながら、我が国を含め現代における各国の行政法理論及び行政法制度の発展状況を見ると、いわゆる法治主義の原理(手続的法治国の原理)、法の適正な手続又は過程(デュー・プロセス・オヴ・ロー)の理念その他行政手続に関する法の一般原則に照らして、適正な行政手続の整備が行政法の重要な基盤であることは、もはや自明の理とされるに至っている。したがって、我が国でも、憲法上の個々の条文とはかかわりなく、既に多数の行政法令に行政手続に関する規定が置かれており、また、現在、行政手続に関する基本法の制定に向けて努力が重ねられているところである。もとより、個別の行政庁の処分の趣旨・目的に照らし、刑事上の処分に準じた手続によるべきものと解される場合において、適正な手続に関する規定の根拠を、憲法三一条又はその精神に求めることができることはいうまでもない。

 ところで、一般に、行政庁の処分は、刑事上の処分と異なり、その目的、種類及び内容が多種多様であるから、不利益処分の場合でも、個別的な法令について、具体的にどのような事前手続が適正であるかを、裁判所が一義的に判断することは困難というべきであり、この点は、立法当局の合理的な立法政策上の判断にゆだねるほかはないといわざるを得ない。行政手続に関する基本法の制定により、適正な事前手続についての的確な一般的準則を明示することは、この意味においても重要なのである。

 もっとも、不利益処分を定めた法令に事前手続に関する規定が全く置かれていないか、あるいは事前手続に関する何らかの規定が置かれていても、実質的には全く置かれていないのと同様な状態にある場合は、行政手続に関する基本法が制定されていない今日の状況の下では、さきに述べた行政手続に関する法の一般原則に照らして、右の法令の妥当性を判断しなければならない事態に至ることもあろう。しかし、そのような場合においても、当該法令の立法趣旨から見て、右の法令に事前手続を置いていないこと等が、右の一般原則に著しく反すると認められない場合は、立法政策上の合理的な判断によるものとしてこれを是認すべきものと考える。

 これを本法三条一項について見ると、右規定の定める工作物使用禁止命令は、処分の名宛人を確知できる限りにおいて、右名宛人に対し不作為義務を課する典型的な行政上の不利益処分に当たる。したがって、本法に右命令についての事前手続に関する規定が全く置かれていないことに着目すれば、右に述べた意味において、右条項の妥当性が問題とされなければならない。しかし、この点については、右工作物使用禁止命令により制限される権利利益の内容、性質は、当該工作物の三態様における使用であり、右のような態様の使用を禁止することは、新空港の設置・管理等の安全を確保するという国家的、社会経済的、公益的、人道的見地からの極めて強い要請に基づくものであり、高度かつ緊急の必要性を有するものである、という本判決理由の全体にわたる法廷意見の判断があり、私もこれに同調しているところである。本法三条一項の定める工作物使用禁止命令については、右命令自体の性質に着目すると、緊急やむを得ない場合の除外規定を付した上で、事前手続の規定を置くことが望ましい場合ではあるけれども、本法は、法律そのものが、高度かつ緊急の必要性という本件規制における特別の事情を考慮して制定されたものであることにかんがみれば、事前手続の規定を置かないことが直ちに前記の一般原則に著しく反するとまでは認められないのであって、右のような立法政策上の判断は合理的なものとして是認することができると考えるのである。このような見地から、私は、本法三条一項が憲法三一条の法意に反するものではないとする法廷意見に対し、その結論に同調するのである。

 上告理由第一点の(五)についての裁判官可部恒雄の意見は、次のとおりである。

 一 意法三一条にいう「法律に定める手続」とは、単に国会において成立した法律所定の手続を意味するにとどまらず、「適正な法律手続」を指すものであること、同条による適正手続の保障はひとり同条の明規する刑罰にとどまらず「財産権」にも及ぶものであること(昭和三〇年(あ)第二九六一号同三七年一一月二八日大法廷判決・刑集一六巻一一号一五九三頁)、また、民事上の秩序罰としての過料を科する作用は、その実質においては一種の行政処分としての性質を有するものであるが、非訟事件手続法による過料の裁判は、過料を科するについての同法の規定内容に照らして、法律の定める適正な手続によるものということができ、憲法三一条に違反するものでないこと(昭和三七年(ク)第六四号同四一年一二月二七日大法廷決定・民集二〇巻一〇号二二七九頁)、また同条の法意に関連するものとして、憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあるとするのは相当でないこと(昭和四四年(あ)第七三四号同四七年一一月二二日大法廷判決・刑集二六巻九号五五四頁)は、いずれも当裁判所の判例とするところである。

 二 憲法三一条による適正手続の保障は、ひとり刑事手続に限らず、行政手続にも及ぶと解されるのであるが、行政手続がそれぞれの行政目的に応じて多種多様である実情に照らせば、同条の保障が行政処分全般につき一律に妥当し、当該処分につき告知・聴聞を含む事前手続を欠くことが直ちに違憲・無効の結論を招来する、と解するのは相当でない。多種多様な行政処分のいかなる範囲につき同条の保障を肯定すべきかは、それ自体解決困難な熟慮を要する課題であって、いわゆる行政手続法の制定が検討されていることも周知のところであるが、論点をより具体的に限定して、私人の所有権に対する重大な制限が行政処分によって課せられた事案を想定すれば、かかる場合に憲法三一条の保障が及ぶと解すべきことは、むしろ当然の事理に属し、かかる処分が一切の事前手続を経ずして課せられることは、原則として憲法の許容せざるところというべく、これが同条違反の評価を免れ得るのは、限られた例外の場合であるとしなければならない。例外の最たるものは、消防法二九条に規定する場合のごときであるが、これを極限状況にあるものとして、本件が例外の場合に当たるか否かを考察すべきであろう。

 三 本法の制定をめぐる問題状況については、上告理由第一点の(二)について法廷意見の述べるとおりであるが、本件において注目されるのは、本件工作物の設置の時期、場所、特に当該工作物自体の構造である。すなわち、原判決(その引用する第一審判決を含む)の認定するところによれば、

 「本件工作物は鉄骨鉄筋コンクリート地上三階、地下一階建の建物であり、東西一一・四七メートル、南北一一・五メートル、地上部分の高さ約一〇メートルの立方体に類似した形状をしていて、七か所の小さな換気口及び明り取りのほかには窓及び出入口は存在せず、四方がコンクリートづくめの異様な外観であり、また、内部への出入りは地上から梯子をかけて屋上に昇りその開口部分から行う等の特異な構造を有し、その内部構造も、一階から二階へ、地下部分から直接二階へ、三階から屋上への各昇降口には鉄パイプ梯子がかけられており、二階から三階への昇降口には木製の踏み台が置かれているほかは各階相互間に階段等の昇降手段がない特異な構造となっていること、そして地下部分から緊急時の出入り用のトンネルが左右に掘られている」というのであって、その構造は、右の判示にみられるように異様の一語に尽き、通常の居住用又は農作物等の格納用の建物とは著しく異なり、何びともその使用目的の何たるかを疑問とせざるを得ないであろう。

 次に、本件工作物に対する行政処分の具体的内容をみるのに、そこにおいて禁止される財産権行使の態様としては、「多数の暴力主義的破壊活動者の集合の用に供すること」及び「暴力主義的破壊活動等に使用され、又は使用されるおそれがあると認められる爆発物、火炎びん等の物の製造又は保管の場所の用に供すること」という二態様に尽きるのである。

 四 対象となる所有権の内容が、具体的には右にみるようなものであり、また、これを制限する行政処分の内容が右にみるとおりであるとすれば、本件の具体的案件を、行政処分による所有権に対する重大な制限として一般化した上で、本件処分を目して、事前の告知・聴聞を経ない限り、憲法三一条に違反するものとするのは相当でない。

 すなわち、本件工作物の構造の異様さから考えられるその使用目的とこれに対する本件処分の内容とを総合勘案すれば、前記にみるような態様の財産権行使の禁止が憲法二九条によって保障される財産権に対する重大な制限に当たるか否か、疑問とせざるを得ないのみならず、これを強いて「重大な制限」に当たると観念するとしても、当該処分につき告知・聴聞を含む事前手続を経ない限り、三一条を含む憲法の法条に反するものとはたやすく断じ難いところである。

 五 これを要するに、一般に、行政処分をもってする所有権の重大な制限には憲法三一条の保障が及ぶと解されるのであり、また、かく解することが当裁判所の累次の先例の趣旨に副う所以であると考えられるが、本件工作物につき前記態様の使用の禁止を命じた本件処分につき、事前手続を欠く限り憲法三一条に違反するものとすることはできない。

 

 論旨は理由がなく、原判決は結論において是認すべきものと考える。
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    草   場   良   八
            裁判官    藤   島       昭
            裁判官    坂   上   壽   夫
            裁判官    貞   家   克   己
            裁判官    大   堀   誠   一
            裁判官    園   部   逸   夫
            裁判官    橋   元   四 郎 平
            裁判官    中   島   敏 次 郎
            裁判官    佐   藤   庄 市 郎
            裁判官    可   部   恒   雄
            裁判官    木   崎   良   平
            裁判官    味   村       治
            裁判官    大   西   勝   也
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    三   好       達
      (別 紙)
 昭和六〇年二月六日から昭和六一年二月五日までの間、千葉県山武郡a町b字c番dに所在する鉄骨、鉄筋コ
ンクリート地上三階、地下一階建の建築物一棟(通称「横堀要塞」)を、新東京国際空港の安全確保に関す
る緊急措置法三条一項一号又は二号の用に供することを禁止する処分
      上告代理人目録
高 橋 庸 尚  寺 田 熊 雄  北 野 弘 久  葉 山 岳 夫
一 瀬 敬一郎  大 口 昭 彦  飯 田 正 剛  古 川   勞
荒 木 昭 彦  辻     惠  久保田 理 子  松 井 茂 樹
小川原 優 之  遠 藤 憲 一  澤 本   淳  秀 嶋 ゆかり
清 水 三七雄  水 野 英 樹  古 田 典 子  向 井 千 景
渡 邊   博  川 村   理  椎 名   茂  野 田 房 嗣
小 川 光 郎  三 野 研太郎  兼 田 俊 男  三 上 宏 明
藤 沢 抱 一  山 下 俊 之  廣 瀬 理 夫  幣 原   廣
渡 辺 利 之  成 田 光 子  青 木 秀 樹  岡 部 玲 子
佐 竹 俊 之  佐 藤 容 子  鈴 木 達 夫  松 岡 優 子
田 村 公 一  鈴 木 淳 二  荒 井 俊 通  井 上   曉
和久田   修
      指定代理人目録
加 藤 和 夫  飯 村 敏 明  今 井 廣 明  望 月 鎮 雄
高 橋 朋 敬  東 井 芳 隆  塩 川 正 房  田 中 照 久



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緊急逮捕  最高裁昭和30年12月14日大法廷判決


判例
S30.12.14 大法廷・判決 昭和26(あ)3953 森林法違反、公務執行妨害、傷害(第9巻13号2760頁)

判示事項:
刑訴第二一〇条の緊急逮捕の規定は合憲か。


要旨:
刑訴第二一〇条の緊急逮捕の規定は憲法第三三条に違反しない。


参照・法条:
憲法33条,刑訴法210条

内容:
 件名  森林法違反、公務執行妨害、傷害 (最高裁判所 昭和26(あ)3953 大法廷・判決 棄却)
 原審  高松高等裁判所


主    文

     本件上告を棄却する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         
理    由

 弁護人中野道の上告趣意第一点について。

 所論は、刑訴二一〇条が、検察官、検察事務官又は司法警察職員に対し逮捕状によらず被疑者を逮捕することができることを規定しているのは憲法三三条に違反するというのである。しかし刑訴二一〇条は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の懲役若しくは禁錮にあたる罪を犯したことを疑うに足る充分な理由がある場合で、且つ急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができるとし、そしてこの場合捜査官憲は直ちに裁判官の逮捕状を求める手続を為し、若し逮捕状が発せられないときは直ちに被疑者を釈放すべきことを定めている。かような厳格な制約の下に、罪状の重い一定の犯罪のみについて、緊急已むを得ない場合に限り、逮捕後直ちに裁判官の審査を受けて逮捕状の発行を求めることを条件とし、被疑者の逮捕を認めることは、憲法三三条規定の趣旨に反するものではない、されば所論違憲の論旨は理由がない。

 同第二点並びに弁護人森一朗の上告趣意はいずれも量刑不当の主張であつて刑訴四〇五条の上告理由に当らない。

 よつて刑訴四〇八条、一八一条により主文のとおり判決する。

 この判決は弁護人中野道の上告趣意第一点について、裁判官斎藤悠輔並びに同小谷勝重及び同池田克の各補足意見があるほか裁判官全員一致の意見によるものである。

 弁護人中野道の上告趣意第一点についての裁判官斎藤悠輔の補足意見は次のとおりである。

 憲法三三条中の「現行犯として逮捕される場合を除いては」とある規定並びに同三五条中の「第三十三条の場合を除いては」とある規定は、アメリカ憲法修正第四条と同じく、合理的な捜索、逮捕、押収等を令状を必要とする保障から除外する趣旨と解すべきものと考える。されば、右憲法三三条の除外の場合には、刑訴二一二条一項の現行犯逮捕の場合は勿論同条二項のいわゆる準現行犯逮捕の場合及び同法二一〇条のいわゆる緊急逮捕の場合をも包含するものと解するを相当とする。従つて、右二一〇条一項後段の場合に逮捕状が発せられないとき、すなわち逮捕につき令状の裏打がないときでも逮捕そのものは適意であるとしなければならない。

 弁護人中野道の上告趣意第一点についての裁判官小谷勝重、同池田克の補足意見は、次のとおりである。

 憲法三三条は、逮捕の要件を規定して、原則として、権限を有する司法官憲すなわち裁判官が発したもので、且つ逮捕の理由となつている犯罪を明示した令状によらなければならないとしているが、このように裁判官だけに令状を発する権限を与えているのは、裁判官は公正な立場に在る者であるが、捜査の権力をもつた者は、往々にして権力を濫用しがちであつたという過去の歴史的経験によるものであること、所論のとおりであると考える。しかし、それだからといつて、令状主義の原則をもつて捜査を規律して例外の場合を一切否定することは、捜査上迅速に被疑者の保全を必要とする場合があり、そのために被疑者を逮捕することもやむを得ないと認められるようなときでも、これが許されないこととなり、捜査を全うし難いこととなるのであつて、憲法は、かゝる場合の要請の合理性を認め、現行犯(本来の現行犯といわゆる準現行犯とを含むものと解する)の場合には、裁判官の発する令状によらないでも逮捕できるものとして、令状主義の保障からこれを除外しているのである。蓋し、事態の性質上、急速を要するばかりでなく、犯罪の嫌疑が明白であつて、裁判官の判断を待つまでもないからである。してみると、この理は、現行犯に限らず、その以外の右に準ずる場合についても考えられるところであつて、刑訴二一〇条のいわゆる緊急逮捕は、あだかもその場合にあたるものとして認められたものと解釈されるのである。すなわち、同条の規定するところによれば緊急逮捕のできる場合は、死刑又は無期若しくは長期三年以上の自由刑にあたる罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由があり、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときに限られているばかりでなく、その上になお、逮捕にあたつては、被疑者に対してその理由を告げなければならず、逮捕後は、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならないとされているのであつて、これによつても明らかなとおり、犯罪の嫌疑は、当該捜査機関の主観的判断では足らず、客観的妥当性のある充分な理由の存する場合であるから、現行犯の場合に準じて考えられる明白な根拠をもち、裁判官の判断を待たないでも過誤を生ずるおそれがないものとしなけれぱならない。それにも拘らず、刑訴法が逮捕後直ちに逮捕状を請求して裁判官の判断を受くべきものとしているのは、現行犯のような羅馬法以来の伝統に由来するものでないために、法律は、謙抑の態度をとつたことによるものと解されるのである。されば、刑訴二一〇条の緊急逮捕の規定は、令状の保障から除外している憲法三三条の場合の枠外に出たものでなく、同条の除外の場合を充足したものと認めることができるから、適意であると解するを相当とするものと考える。のみならず、憲法上逮捕は、被疑者の身体を拘束し、これを必要な場所へ引致して留置する継続的性質をもつた行為であることからみると、被疑者を拘束してから直ちに裁判官の逮捕状を求めて逮捕状が発せられたときは、なお且つ逮捕状による逮捕と認めることを妨げないとも解されるのであつて、右いずれの点からみても、違憲の主張は理由がない。なお、緊急逮捕は、その効力の消滅を裁判官の逮捕状が発せられないときにかからしめられているものと解すべきであるから、逮捕状が発せられなければ、逮捕はその効力を失い、直ちに被疑者を釈放すべきであり、刑訴二一〇条一項後段は、この当然の事理を規定したものに外ならない。

  昭和三〇年一二月一四日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己


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人身保護請求  最高裁昭和29年4月26日大法廷判決


判例
S29.04.26 大法廷・決定 昭和28(ク)55 人身保護法による釈放請求事件につきなした請求者の請求を棄却する旨の決定に対する抗告 (第8巻4号848頁)

判示事項:
一 人身保護法による救済請求の要件。

二 平和条約第一一条及び昭和二七年法律第一〇三号を違憲とする主張を前提とする人身保護法による戦犯釈放請求の当否。


要旨:
一 人身保護法により救済を請求することができるのは、法律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている場合において、その拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分が権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著であるときに限る。

二 平和条約第一一条及び昭和二七年法律第一〇三号が憲法に違反するとの主張を前提として、右条約及び法律に基いて拘束されている戦争犯罪人につき、人身保護法により釈放を請求することは許されない。


参照・法条:
平和条約11条,昭和27年法律103号5条,人身保護法2条,人身保護規則4条,憲法31条,憲法98条


内容:
件名  人身保護法による釈放請求事件につきなした請求者の請求を棄却する旨の決定に対する抗告 (
最高裁判所 昭和28(ク)55 大法廷・決定 棄却)
 原審  東京高等裁判所


主    文

     本件抗告を棄却する。
     抗告費用は抗告人の負担とする。
         
理    由

 人身保護法により救済を請求することができるのは、漁律上正当な手続によらないで身体の自由を拘束されている者で、(人身保護法二条)その拘束又は拘束に関する裁判若しくは処分が権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著である場合に限りこれをすることができるのである。(人身保護規則四条本文)このように請求の理由を、権限、方式、手続の違反が、著しく、且つ顕著である場合に限定したのは、人身保護法が、基本的人権を保障する憲法の精神に従い、国民をして現に不当に奪はれている人身の自由を、迅速、且つ容易に回復せしめることを目的として制定された特別な救済方法であるからである。(人身保護法一条、同規則四条但書参照)

 そこで本件請求の当否を按ずるに、原決定の認定するところによれば、抗告人が釈放を求めている被拘束者等は、いずれも連合国が戦争犯罪人として極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の連合国戦争犯罪法廷において為した裁判により刑の言渡を受けた者につき、拘束者は昭和二七年条約五号日本国との平和条約一一条並びに同年法律一〇三号五条以下の規定に基き連合国最高司令官又は関係国から残刑の執行のため引渡された者につき、その執行のために拘束しているものである。

 よつて拘束者は右条約並びに法律の定めるところに従い右法律六条に規定する刑の執行を為すべき巣鴨刑務所長として、その職権により拘束しているのであるから、拘束者の本件拘束を日して人身保護規則四条の拘束が権限なしにされ又は法令の定める方式若しくは手続に著しく違反していることが顕著であるとはいえない。抗告人は本件請求の理由として、平和条約一一条並びに法律一〇三号が憲法に違反するとなし、その前提に立つて本件拘束の不当を主張し、これに対する原審の判断が違法であるとして本件抗告の申立をしているのであるが、抗告人の主張が人身保護法並びに同規則の定める救済請求の理由に該当しないことは、以上説示するところにより明らかであるから、原審は抗告人の右違憲の主張に対して判断を与えるまでもなく、抗告人の請求は理由なきものとしてこれを排斥すべきである。しかしながら、人身保護法一一条一項により抗告人の請求を棄却した原決定は結局において相当であるから、抗告人の本件抗告はその理由がないことに帰する。よつて抗告費用は抗告入に負担せしめることとし裁判官全員一致の意見で主文のとおり決定する。

 この決定は裁判官真野毅、同藤田八郎の少数意見を除く外裁判官全員一致の意見である。

 裁判官真野毅の意見は左のとおりである。

 わたくしは、多数意見の結論には賛成であるが、その理由中において抗告人の違憲の主張に対して何等の判断を与えることなく、ただ漫然と本件抗告を棄却した点において、その法律判断に大きな誤りが存するものと考える。

 原審の認定によれば、本件拘束者は、昭和二七年条約五号日本国との平和条約一一条及び同年法律一〇三号五条以下の規定に基き、連合国最高司令官又は関係国から戦争犯罪人としての残刑の執行のため引渡された者をその執行のために拘束しているわけである。

 本件抗告の理由は多数意見も認めるごとく、前記平和条約一一条及び法律一〇三号が憲法に違反するとなし、その前提に立つて本件拘束の不当を主張するのである。

 すなわち、本件拘束者は、本件被拘束者の人身を拘束する法律上の権限がない旨を主張しているのである。

 それ故、本件人身保護請求を排斥するためには、前記違憲の主張は理由なく、本件拘束者は、本件被拘束者の人身を拘束する適憲な法律上の権限があることを判断しなければならぬわけである。

 それだのに、多数意見は、「拘束者は、右条約並びに法律の定めるところに従い、右法律六条に規定する刑の執行を為すべき巣鴨刑務所長として、その職権により拘束しているのであるから、拘束者の本件拘束を目して、人身保護規則四条の拘束が権限なしにされ……ていることが顕著であるとはいえない」とし、「右違憲の主張に対して判断を与えるまでもなく、抗告人の請求は理由なきものとしてこれを排斥すべきである」と判断している。

 これは、甚だしく物の本末を倒さまに見た理論構成ではあるまいか。一国の法制は言うまでもなく憲法が基本であつて、拘束者が適憲な法令によつて被拘束者の人身を拘束する法律上の権限を有しない場合には、常に人身保護の請求は認めらるべきものである。

 されば、本件においては多数意見のごとく前記違憲の主張について判断を与えず、前記条約及び法律一〇三号により拘束していることを認めるだけでは、本件拘束が果して適憲かつ適法な権限に基いてなされているかどうかを知ることができない。従つて、人身保護の請求を認むべきかどうか、また本件抗告の理由があるかどうかを知ることができないはずのものである。

 次に、多数意見は、人身保護規則四条にいわゆる「拘束……がその権限なしにされ……ていることが顕著である場合」に該当しないから、本件人身保護の請求は理由なきものとして排斥すべきであるとしている。しかし、本件で拘束の権限が有るか無いかは、一に前記違憲主張の憲法解釈如何のみに係つている。そして、最高裁判所は適憲・違憲の決定をする終審裁判所である(憲法八一条)。それ故、憲法解釈の判断がいかに難事であつても、当該事件の適用に必要である限り、憲法上の職責としてその判断を示すことを要し、これを拒否することはできない。常に適憲か違憲かを判断すべきものであつて、違憲が顕著でないことを理由として、違憲の主張に判断を与えないわけにはいかない。これが憲法の要請するところである。わたくしは、拘束の法律上の権限の有無が、条約法令等の適憲・違憲に係つている場合に、多数意見のように、人身保護規則四条を盾として違憲の主張に判断を与えない態度をとることには、到底賛同することを得ない。なぜならば、それは著しく本末を顛倒した議論であるのみならず、人身保護の請求を違憲の場合にも制限する極めて不当な結果を生ずるに至るからである。

 最後に、わたくしは所論の条約及び法律の規定は適憲であり、従つて本件において拘束者は拘束について適憲な法律上の権限を有するものと考えるから、本件抗告はその理由により棄却されるを相当とする。(ただ適憲についての詳細は、本件においては述べないこととする)。

 裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりである。

 多数説は、「抗告人は本件請求の理由として、平和条約一一条並びに昭和二七年法律一〇三号が憲法に違反するとなし、その前提に立つて本件拘束の不当を主張」するものであることをみとめながら「抗告人の右違憲の主張に対して判断を与えるまでもなく、抗告人の請求は理由なきものとしてこれを排斥すべきである」としているのは、畢竟、右違憲の主張は、人身保護蔑則四条の「人身保護請求の要件」に合致しない、即ち右の主張は同規則四条にいわゆる「拘束に関する処分が、その権限なしになされていることが顕著である場合」に該当しない、換言すれば、平和条約並びに前示法律の違憲なることが顕著といえないという趣旨に出たものと解するの外はない。自分は、条約又は法律が違憲であることが裁判所に顕著でないという事由では人身保護の請求を拒否することはできないものと解する。ある条約または法律が違憲であるかどうかについては、少くとも最高裁判所において、それが顕著でないという理由で裁判を拒否することは許されないと思うからである。殊に本件のごとき刑事裁判上の手続によつて、拘束されているものでなく、その拘束に対して他に救済の方法のない案件において、多数説のごとく、たゞ条約又は法律が違憲なること、裁判所に顕著でないという理由で、人身保護の請求を排斥することをみとめるならば、かかる案件については、たとえ、それが違憲の処分でなされている場合でも(そのことが顕著といえないかぎり)ついに人身の保護を受けろ道はなく、人身保護法制定の目的は没却せられることとなるであろう。

 本件被拘束者等は、いずれも、連合国が戦争犯罪人として、極東国際軍事裁判所並びに日本国内及び国外の戦争犯罪法廷における裁判により刑の言渡を受けた者であつて、拘束者は昭和二七年条約五号日本国との平和条約一一条並びに「同条による刑の執行及び赦免に関する法律」(同年法律一〇三号)五条以下の規定に基き、右刑の執行のために被拘束者等を、拘束しているものであることは、多数説説示のとおりである。そもそも平和条約一一条は、わが国が敗戦の結果、一切の戦争犯罪人に対する厳重な処罰条項を含むポツダム宣言を受諾し、その誠実な履行を約したことに基き、連合国戦争犯罪法廷の裁判を受諾し、かつ、これらの法廷がわが国民に課した刑を平和克復后、わが国において執行することを約したものであつて、畢意、ポツダム宣言の誠実な義務履行の一端に外ならないものである。しかして、日本国憲法は、ポッグム宣言受諾の後に制定せられたものであつて、右憲法の条項の中には、独乙国ワイマール憲法第一七八条(ベルサイユ講和条約の規定は同憲法により効力を妨げられることがない旨)のごとき規定は存在しないけれども、ポツダム宣言受諾の効果は、日本国憲法により、その効力を妨げられるべきものでないことは日本国憲法制定の由来等からして当然の理と解すべきであるから、前記のごとく直接ポツダム宣言に基拠し、その義務履行の一端としてなされた平和条約一一条のごときは、日本国憲法によりその効力を妨げられることのないもの―換言すれば日本国憲法の効力の外にあるもの―と解すべきである。従つて、同条約一一条の条項(ひいてはこれに基く、前示法律一〇三号の規定)が国際正義に合致するや否やの論はさておき日本国憲法に違反する旨の抗告人の主張は見当違いの論であつて抗告人の論旨はこの意味において、すべて排斥を免れないものである。(尚、本件被拘束者A外三名に対する原決定の判示は正当である)

  昭和二九年四月二六日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
            裁判官    入   江   俊   郎



最高裁リンクhttp://www.courts.go.jp/search/jhsp0010



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行政調査権と住所の不可侵  最高裁昭和30年4月27日大法廷判決


判例
S30.04.27 大法廷・判決 昭和24(れ)1143 酒税法違反幇助(刑集第9巻5号924頁)


判示事項:
国税犯則取締法第三条第一項の規定は憲法第三五条に違反するか。


要旨:
国税犯則取締法第三条第一項の規定は、憲法第三五条に違反しない。


参照・法条:
国税犯則取締法3条1項,憲法35条,憲法33条


内容:
 件名  酒税法違反幇助 (最高裁判所 昭和24(れ)1143 大法廷・判決 棄却)
 原審  大阪高等裁判所


主    文

     本件上告を棄却する。
         
理    由

 弁護人権逸の上告趣意について。

 憲法三五条は同法三三条の場合を除外して住居、書類及び所持品につき侵入、捜索及び押収を受けることのない権利を保障している。この法意は同法三三条による不逮捕の保障の存しない場合においては捜索押収等を受けることのない権利も亦保障されないことを明らかにしたものなのである。然るに右三三条は現行犯の場合にあつては同条所定の令状なくして逮捕されてもいわゆる不逮捕の保障には係りなきことを規定しているのであるから、同三五条の保障も亦現行犯の場合には及ばないものといわざるを得ない。それ故少くとも現行犯の場合に関する限り、法律が司法官憲によらずまた司法官憲の発した令状によらずその犯行の現場において捜索、押収等をなし得べきことを規定したからとて、立法政策上の当否の問題に過ぎないのであり、憲法三五条違反の問題を生ずる余地は存しないのである。さればこれと異る見地に立つて国税犯則取締法三条一項の規定を憲法三五条に違反すると主張し、且これを前提として原判決に訴訟法違反ありとする論旨には賛同することができない。

 弁護人池辺甚一郎、権逸の上告趣意第一点について。

 所論の物件は、本件密造にかかる酒類、醪、麹又は、これが製造に使用した機械器具容器であること、しかも、右物件は、本件犯罪の正犯者たるaの所有に属することは、原判決の碓定するところであるから、原判決が酒税法六〇条三項、六四条二項(昭和二四年法律第四三号による改正前)の規定に依つて、右物件を没収したことをもつて、所論のように、違法とすることはできない。

 同第二点、第三点について。

 原判決は、幇助犯たる被告人の本件犯罪を認定するについて、その構成要件の一部として、―被告人に対する関係において―正犯者aの犯罪事実を認定したものであつて、aに対する裁判として同人の犯罪を認定したものではないのであるから、所論のように同人に対する訴追、審判を要するものではなく、又、これによつて同人の裁判を受ける権利を侵したものでもない。しかして、所論没収の違法でないことは前点において説明のとおりである。論旨は理由がない。

 同第四点、第六点について。

 原判決摘示の事実は、その挙示の証拠によつて認めることができる。所論は、原判決の証拠の取捨判断事実の認定を非難するに過ぎないから、上告適法の理由とならない。

 同第五点について。

 原審公判調書の記載によれば、所論書類は、単に犯罪の情状に関するものとして参考のため裁判所に一覧を求める趣旨で提出されたものに過ぎず、被告人側から証拠書類又は証拠物として提出されたものとは認められない。従つて原審が公判で右書類の証拠調をしなかつたからといつて、原判決に、所論のような違法があるということはできない。

 同第七点について。

 所論大蔵事務官作成の顛末書によれば、被告人の居宅で、本件密造酒類等在中の器具機械等が差押えられた事実を証明することができるのであつて、右書類は所論被告人の自白の補強証拠となり得ることは明らかであるから所論は理由がない。

 同第八点について。

 所論は、原判決の認定しない事実を前提として、原判決の違法を主張するものであるから、採用の限りでない。

 同第九点について。

 原審の量刑をもつて、所論のように憲法の保障する「公平な裁判所の裁判」に反するものとすべきでないことは、当裁判所数次の判例の趣旨に徴して明らかである。

 よつて、刑訴施行法二条、旧刑訴四四六条に従い主文のとおり判決する。

 この判決は、弁護人権逸の上告趣意に対する裁判官栗山茂、同斎藤悠輔、同小林俊三、同入江俊郎の補足意見並びに裁判官藤田八郎の少数意見の外全裁判官一致の意見によるものである。

 弁護人権逸の上告趣意に対する裁判官斎藤悠輔、同小林俊三の補足意見は、次のとおりである。

 憲法三五条並びに同条一項に引用されている同三三条の規定は、刑事手続に関する規定であつて、行政処分手続に関する規定ではない。行政処分手続に関する規定は、同法一一条乃至一三条就中一三条後段に従い立法を以て合理的に(後記栗山説のごとく公共の福祉の名の下に勝手に規制するのでないことはいうまでもない。)規定するを以て足りるものである。そして、国税犯則取締法三条は、間接国税に関する行政処分手続に関する法律規定であつて(詳細は後記入江説参照)、その内容に照し憲法一三条後段の尊重を欠き同条に違反するものとは認められない。されば、右取締法の規定が刑事手続に関する憲法三五条に反するとの所論並びにこれを前提とする訴訟法違反の主張は、採用することができない。

 弁護人権逸の上告趣意に対する裁判官入江俊郎の意見は次のとおりである。

 わたくしは、本件上告を棄却すべきことについては、多数説と結論を同じくする者であるが、多数説が弁護人権逸の上告趣意の論旨を排斥する理由として説示した憲法三五条一項の「第三十三条の場合」の解釈については賛成することができない。わたくしは、憲法三五条及び同条一項に引用されている同三三条の規定が専ら刑事手続に関する規定であること、国税犯則取締法三条が間接国税に関する行政処分の規定であること、従つて右取締法の規定が刑事手続に関する憲法三五条に反するとの所論並びにこれを前提とする訴訟法違反の主張が採用すべからざるものであることについては、斎藤裁判官、小林裁判官の補足意見と略所見を同じくするが、わたくしは専らこの所見を理由としてのみ、右論旨を排斥すべきものと信ずるので、以下理由を明らかにして、この点に関するわたくしの意見を表示する。

 (一)まず、憲法三五条が、三三条以下の諸規定と共に刑事手続に関する規定で、刑事手続以外の行政手続には直接適用のないことは、新憲法制定の沿革からも、同条の規定の憲法中の位置、前後の規定との関連からも推論することができる。尤も、刑事手続以外の行政手続も、公共の福祉の要請から屡々身体、居住、書類、所持品等に関する基本的人権の制限を伴わざるを得ないこともあり、そして或いは、刑事手続にのみ厳重な制限を置き、行政手続については、行政権の自由に委すが如き解釈は妥当でないとの論があるかもしれない。しかし憲法は、行政作用の特質、即ち行政が多岐に亘る種々なる公共的目的達成のために営まれるものであつて、従つて、行政作用の個々具体の内容及び手続は、それぞれの行政目的達成上最も適切なものであることが望ましいものである点に着眼し、行政手続に伴い心要とせられる身体、住居、書類、所持品等に関する基本的人権の制限については、直接憲法三三条、三五条等の規定を適用せず、それらに関する適当な規定は、これを憲法一二条、一三条、三一条の枠内における立法の作用に委したと解することが相当である。勿論そのような立法も、上記憲法一二条、一三条、三一条の規定には従うべきものであつて、その場合必要とせられる基本的人権の制限が、公共の福祉上必要已むを得ない限度のものたるべきは当然であるが、その枠内である限り、立法政策に委されたと解したいのである。

 (二)次に、国税犯則取締法三条の手続は、同法二条の規定によつて行う間接国税犯則事件の調査に伴う特別の手続であるが、同法による収税官吏の間接国税犯則事件の調査は、間接国税の徴収を確保するために必要とせられる財務行政上の手続であつて、刑事手続でなく、右犯則処分の調査に伴う同法三条の手続も、亦財務行政上の手続であつて刑事手続ではない。同法による刑事手続は、間接国税の犯則事件については、同法一七条による告発がなされて、はじめて開始すると解すべきである。或いは、間接国税に関する通告処分を、実質上刑事手続であると解し、これを前提として、その先行手続である間接国税犯則事件の調査と、それに伴う同法三条の手続もまた刑事手続であると論ずる者があるかもしれないが、通告処分は、同法一四条に規定するとおり罰金又は科料に相当する金額、没収品に相当する物品、徴収金に相当する金額、及び書類送達並に差押物件の運搬、保管に要した費用を指定の場所に納付すべき旨を通告するものであつて、この処分も、徴税の徹底を期するが為、間接国税の犯則者に対し、財産上の負担を課する財務行政上の処分に外ならないのみならず、この財産上の負担は、相手方の意に反してこれを課するという性質のものでない点において、またこれを課せられた場合にも所謂前科となるものでない点において、罰金とは本質的に異なるものであることを注意せねばならない。更に、通告処分は、これを処罰又は制裁として考えるよりは、寧ろ所謂「私和」即ち、間接国税は逋脱が行われやすく、国家としては犯則者に処罰をもつて臨むよりも、その課税権さえ確保出来れば、その犯則の情状と犯則者の反省とを勘案して、国家と犯則者とが一種の和解をし、これを赦免することとするほうが妥当であるとして考案された財務行政上の特殊な制度と考えるべきで、この制度の母法である独乙法においてもこれをVERGLEICHとして観念されたことも注意されてよいことである。このことは、国税犯則取締法の前身たる間接国税犯則者処分法立法の経過に徴するも、同法が明治二三年九月制定せられ同二四年一月一日から施行された当初は、通告処分は処罰としての色彩つよく、多分に刑事手続に準ずるものと考えられていたようであるが、同法が明治三三年法律六七号で全文改正された際には、議会の審議に当つても、通告処分は裁判的のものではなく私和を本質とするものであり、これに副うて規定が改められた旨が述べられていることからも窺えるであろう。また、同法一八条は右手続において差押えられ又は領置せられた物件は、犯則事件の告発がなされた場合にはこれを検察官に引継ぐこととせられ、引継があつたときは、当該物件は検察官が刑事訴訟法の規定により押収した物とせられる旨を規定するけれども、特にかような規定の設けられたことは、半面において、右告発前の手続が行政手続であつて刑事手続でないことの証左とも考えられるし、また同条の規定があつたからといつてこれによりそれらの物件が共の後の刑事手続において当然に証拠能力を有することになる趣旨ではなく、刑事手続における証拠能力の有無は、それらの物件が差押えられ又は領置せられた際の手続が、憲法三五条の要求するところと、実質において異らないものであつたか否かによつて判断せらるべきものと解するを相当とし、従つて、この規定があるからといつて、逆にその手続に常に必ず憲法三五条の適用があると解さねばならねことにはならないと思う。

 以上述べたところにより国税犯則取締法三条には、憲法三五条の適用なく、従つて、憲法三五条違反の問題は生ずる余地がないのである。

 次に、国税犯則取締法三条の合憲性は、憲法一二条、一三条、三一条との関係において問題となり得るので考えてみるに、その規定の内容から見て、特にこれを違憲と認むべき点は存しない。蓋し、上述したように間接国税に関する通告処分は、その本質は、財務行政上の手続であつて、刑事手続ではないけれども、それが罰金又は科料に相当する金額、没収品に相当する物品等の納付を通告する点において一般の他の行政手続と異り刑事手続に近似するものといえるし、又それに先行する犯則処分の調査においても、強制的に臨検、捜索、差押の許されている点において基本的人権に対する重大な制限を含むものであるから、この手続は立法政策上においては、可及的に刑事手続に準じた厳重な規定が設けられるべきであることは勿論である。しかし、右取締法三条一項は、間接国税に関し、現に犯則を行い又は現に犯則を行い終つた際に発覚した事件につき、その証憑を集取するため必要であり且つ急速を要する場合について、その犯則の現場における特例を規定したものであり、同条二項は、間接国税に関し現に犯則に供した物件若しくは犯則により得た物件を所持し又は顕著な犯則の痕跡があつて、犯則ありと思料せらるる者のある場合において、その証憑を集取する為必要であり、且つ急速を要する場合についての特例を法律によつて規定しているのであつて、このような要急の場合である限り、裁判官の許可なしに臨検、捜索、差押をなし得るとすることは、財務行政上の必要に応ずる已むを得ない手段と認められると共に、基本的人権の保障の面からいつても、刑事手続に準じた厳重な規定が設けられているのであるから、特に不当というべき点なく、憲法一二条、一三条、三一条の要請に違反するものとは認められないのである。

 所論大蔵事務官b外一名作成の顛末書は、適法に作成されたものであるから、これを証拠としたことは何ら違法ではない。それ故、所論は採用できない。

 (三)なお、多数説は、憲法三五条一項の「第三十三条の場合を除いては」の規定を解釈して、三三条による不逮捕の保障の存しない場合においては、三五条の搜索、押収等を受けることのない権利もまた保障されないことを明らかにしたものであつて、現行犯についていえば、三五条の保障から除外される三三条の場合というのは、現行犯が存在する場合たることをもつて足り、これを逮捕する場合たることを必要としないと解し、これを前提として国税犯則取締法三条と憲法三五条との関係を説明するが、わたくしは、憲法三五条のかかる解釈には反対であり、憲法三五条で「第三十三条の場合」というのは、現行犯についてはこれを逮捕する場合、非現行犯についてはこれにつき三三条所定の逮捕令状が発給されこれを執行して逮捕する場合をいうものと解するのである。思うに、憲法三五条は、刑事手続における住居、書類及び所持品の不可侵を規定し、若しこれらに対し、侵入、捜索、押収をする場合には、正当な理由に基いて発せられ、且つ捜索する場所及び押収する物を明示する令状を必要とし、そして、捜索又は押収は、権限を有する司法官憲の発する各別の令状によりこれを行うこととして、その手続を極めて厳重且つ慎重ならしめ、また、捜索、押収の場所、物を特定することに意を用いているのであるが、唯その例外として、三三条の保障の下において合憲的に逮捕せられる場合だけは、三五条所定の令状なくして住居、書類及び所持品の侵入、捜索、押収を受けることあるを認めたと解するを相当とする。蓋し、三三条は人身逮捕に関する場合であつて、既に最も重大且つ基本的な人身の自由を拘束する逮捕が合憲的に行われる以上、その逮捕に伴い、これに関連して必要な範囲内において、住居、書類、所持品の侵入、捜索、押収については、特にそのための令状を必要としない旨を定めたものであり、また、三三条の保障の下において、合憲的に逮捕せられる場合であるならば、右逮捕に関連して必要な捜索、押収を、三五条所定の令状なくして行つても、捜索、押収の場所、物は特定されうるのであつて、かように解してこそ、はじめて、三三条、三五条とを対比してこれらの規定の内容である基本的人権保障の憲法の趣旨が徹底するのである。多数説のいうごとく、三三条の場合というのを逮捕する場合たることを必要としないと解することは、折角三五条で定めた基本的人権の保障を不徹底ならしめるものといわなければならない。

 弁護人権逸の上告趣意に対する裁判官栗山茂の補足意見は次の通りである。

 多数意見はその意味が把握しがたい嫌があるのと、国税犯則取締法三条には憲法三五条の適用がないとする少数意見があるので、本件に関するわたくしの所見を明にしておきたい。

 (1) わたくしは憲法三五条にいう「第三十三条の場合」には、現行犯として逮捕される場合と、令状によつて逮捕される合とを含むばかりでなく、緊急逮捕の場合もまた内在していると解するのが相当だと考える。それ故憲法三五条にいう「第三十三条の場合」とは逮捕に随伴して、その現場における犯罪の証拠の集取が許される場合をいうのである。しかし実質上逮捕できる場合であれば、現実に逮捕を伴わなくても、犯人の現在するその場所に於て犯罪の証拠の集取ができるものと解しても犯人にとつては逮捕に伴つて証拠が集取される場合に比し不利益ではないから合理性を欠くことはないと思う。以上の理由で国税犯則取締法(以下単に取締法という)三条が間接国税に関し現に犯則を行い又は行い終りたる際に発覚した事件について、その犯則者の現在するその現場において、裁判官の許可がなくても、収税官吏が臨検捜索又は差押をすることができると規定したのは憲法三五条に違反しないものと考えるので、多数意見と結論を同うするものである。

 (2) 入江裁判官の意見は、憲法は行政作用の特質に着眼し、行政手続に伴い必要とせられる身体、住居、書類、所持品等に関する基本的人権の制限については、直接憲法三三条、三五条の規定を適用せず、それに関する適当な規定は、これを憲法一二条、一三条、三一条の枠内における立法の作用に委せられたと解することが相当であると説明されている。しかし日本国憲法が基本的人権を侵すことのできない永久の権利と宣明して保障している所以は、その保障が行政作用の特質だからといつて安易に立法その他の作用で取り上げられないことを意味するのである。(憲法一一条、九八条)わたくしは、身体、住居、書類、所持品に関する最も尊重さるべき国民の基本的な自由と権利とが、行政目的のためだとして、立法の作用によつて適当に規定されることができるというような考え方は、明治憲法の下ではとにかく、日本国憲法が保障している基本的人権の根本観念に反するものであることを指摘したい。論者の引用する憲法一三条は公共の福祉のため基本的自由と権利との制約を是認しているけれども、それはあくまでも基本的人権の保障即ちその適用を前提としているのであつて、公共の福祉の名の下にその保障を取り上げ又は排除し若しくはその適用がないとして勝手に行政目的のために立法その他の作用で自由と権利とを規制することを是認しているものではない。また論者は財務行政上の必要を以て、公共の福祉というけれども、徴税上の必要というような単なる行政目的を以て公共の福祉とするような、絶対主義的見解は、日本国憲法一二条、一三条にいう公共の福祉の理念にそわないものである。更に論者は取締法三条には憲法三五条の適用がないとしながら、憲法三一条に反しないという。しかし憲法三一条にいう法律の定める手続というのは、同条以下の各本条が規定する保障の上に立つ手続をいうのであるから、憲法三五条の適用がないとしながら、同時に同三一条の枠内のものとすること自体が矛盾した見解たるを免れない。

 租税犯の処罰は、近来いわゆる定額刑が廃止されて自由刑が採用されるに至つたように、その本質に変遷があつたことは周知のとおりである。すなわち、往時は租税犯は国庫に対する損失の填補という見地から、追及され処理されていたのであつたが、昭和二二年税法罰則の改正を転機として、租税犯でも一般刑事犯と異る特色をもたなくなつたのである。次に取締法二条、三条が犯則といつて犯罪といわず、又刑訴法とはちがつた用語に従つていても、犯則者にとつては、訴追されれば犯則の事実は租税犯の事実に外ならないし、又その証拠は租税犯の証拠となるものである(取締法一八条参照)。ことに取締法二条にいう裁判官の許可は許可といつても実質は憲法三五条の令状である。されば特定の罪を犯したと疑うに足る合理的理由がないのに、右許可状によつて漫然徴税上の調査のために捜索又は差押を認めることができないことは憲法三五条の明定するところである。(そうでなければ取締法二条はいわゆる一般令状的性質の許可を認めたことになつて憲法三五条違反となるであろうし、又さような許可状は違憲というべきであろう。)それ故論者は行政手続と呼んでいるけれども、取締法二条と等しく同三条も実質上は刑事手続に外ならないのであつて、憲法三五条の適用あること明である。

 以上述べたところは、斎藤、小林両裁判官の意見中入江裁判官の意見と共通する部分に対しても、あてはまるものと思う。

 弁護権逸の上告趣意に対する裁判官藤田八郎の少数意見は次のとおりである。

 (一)憲法三五条が三三条以下の諸規定と共に、刑事手続に関する規定であつて、刑事手続以外の行政手続に直接適用のるあものでないことは、入江裁判官所説(一)のとおりである。

 (二)しかしながら国税犯則取締法三条の手続は、入江裁判官所説(二)のごとく単なる財務行政上の手続であつて、全然刑事手続たる性質を持たないものであろうか。

 国税犯則取締法は、間接国税犯則者処分法(明治三三年法律第六七号)の後身で、もと、旧憲法下の遺物であつて、当時、同処分法は、違警罪即決例と同じく、行政処分をもつて、ある限度において、実質上、司法処分に属する科刑処分をすることを認めたものとせられたのである。国税犯則取締法のみとめる通告処分も、それが国税徴収を確保するための財務行政上の目的をもつものであることは争いのないところであるけれども、これを純粋な財務行政上の手続とみるべきではなく、税務官庁が税法犯則行為に関して行うところの一種の科刑手続ーそれが強制力をもたない点において、本来の司法処分とは本質において、異るけれどもーたる性格を有するものと解すべきである。同法一四条は、通告処分について、「国税局長又ハ税務署長ハ……犯則ノ心証ヲ得タルトキハ其ノ理由ヲ明示シ罰金若ハ科料ニ相当スル金額、没収品ニ該当スル物品……ヲ納付スヘキ旨ヲ通告スベシ」と規定する。税法等所定の罰則の適用を外にして、罰金科料に相当する金額を徴収し、没収物を納付せしめる権利のないことは勿論であつて、これをもつて単なる課税権の行使とみることは無理である。同法において、通告処分に、公訴の時効中断の効力が付与せられ(一五条)、「犯則者通告ノ旨ヲ履行シタルトキハ同一事件ニ付訴ヲ受クルコトナシ」(一六条)として、通告処分に、判決類似の既判効がみとめられているのは、右の手続が刑事手続たる性格を具有することの一証左である。従つて、また、同法二条三条所定の調査手続も、税務官吏がその権能にもとずき犯則事件の有無を決すべき証憑を集取することを旨とするものであつて、その本質において、通常刑事手続における検察官、司法警察官の犯罪捜査の処分と異るところはないのである。さればこそ、同法はこの手続によつて集取された証憑は、「犯則事件ヲ告発シタル場合」において、刑事々件における証拠物件として移行することを認めているのである(一八条)。かりに同二条三条の調査手続をもつて、純然たる刑事手続とまではいえないとしても、多分に刑事手続たる性格を有する処分であることは疑のないところである。

 自分は、憲法三五条は、刑事手続に関する規定であつて、直接、行政手続に適用のあるものでないとすることは、冒頭所説のとおりであるけれども、以上述べたごとく、多分に刑事手続たる性格を具有する本法二条三条所定の調査手続のごときに対してはその適用ありと解すべきこと憲法三五条規定の趣旨からみて当然であると信ずる。

 (三)憲法三五条一項の「三十三条の場合を除いては」の解釈については入江裁判官の所説に賛同する。すなわち「三十三条の場合」とは三三条の規定する犯人逮捕の場合ー令状による逮捕の場合および現行犯として令状なくして逮捕する場合の両方の場合ーを指すのであつて、たとえ現行犯に関する場合であつても、犯人逮捕に関連なくして、令状によらず、住居、書類、所持品の侵入、捜索、押収をすることは許されない。犯人逮捕に接着する極めて例外の場合にのみ、令状なくしてこれらの強制処分が許されるという趣旨である。新刑訴が、二二〇条において検察官、検察事務官又は司法警察職員は現行犯の場合たると否とを問わず被疑者逮捕の場合において、その逮捕の現場においてのみ、裁判所の令状なくして、差押、捜索又は検証をすることができると規定している所以である。これは旧刑訴においては、検事又は司法警察官は「現行犯ある場合において、急速を要するときは」逮捕の現場であると否とを問わずその事件につき押収、捜索、検証の権ありとせられていたのを(一七一条、一八一条)新憲法三五条三三条の趣旨に従つて、右のごとく改正されたものであつて、多数説のごとく逮捕の場合たると否とを問わず、令状なくして、これらの処分ができるとするごときは、事を旧憲法下に復元せんとするものであつて、人権尊重の大本に立脚する新憲法の趣旨を没却するものである。

 (四)以上のごとく、国税犯則取締法三条の手続は、刑事処分たる性質を有するものであり、これについて憲法三五条の適用ありと解するにおいては、たとえその犯則が現行犯の場合であつても、犯人の逮捕と関係なく、裁判所の令状なくして、収税官吏に、臨検、捜索、差押の処分をする権能を与えた同法三条の規定は、憲法三五条に違反する無効の規定であると断ぜざるを得ない。(この法律は前述のごとく、旧憲法下の遺物であつて、新憲法の実施に伴い、憲法三五条の趣意に則り速かに改正せらるべきものである。)

 これを本件についで言えば、かかる違法の手続によつて作成された大蔵事務官b外一名作成の顛末書を証拠として、被告人に有罪を宣告した原判決は違法であつて、此点において、論旨は理由ありと思料する。

 裁判官霜山精一は退官につき合議に関与しない。

 検察官佐藤藤佐、浜田龍信、大場十郎関与
  昭和三〇年四月二七日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎
            裁判官    栗   山       茂
            裁判官    小   谷   勝   重
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    藤   田   八   郎
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    谷   村   唯 一 郎
            裁判官    小   林   俊   三
            裁判官    本   村   善 太 郎
 裁判官 入江俊郎裁判官井上登は退官につき署名捺印することができない。
         裁判長裁判官    田   中   耕 太 郎


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行政手続と令状主義および黙秘権 川崎民商事件  最高裁昭和47年11月22日大法廷判決


判例
S47.11.22 大法廷・判決 昭和44(あ)734 所得税法違反(第26巻9号554頁)

判示事項:
一 刑事責任の追及を目的としない手続における強制と憲法三五条一項

二 所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)六三条、七〇条一〇号に規定する収税官吏の検査は憲法三五条一項に違反するか

三 刑事手続以外の手続と憲法三八条一項

四 所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)六三条、七〇条一〇号、一二号に規定する収税官吏の質問、検査は憲法三八条一項に違反するか



要旨:
一 当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が、憲法三五条一項による保障の枠外にあることにはならない。

二 所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)六三条、七〇条一〇号に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、憲法三五条の法意に反するものではない。

三 憲法三八条一項による保障は、純然たる刑事手続以外においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続にはひとしく及ぶものである。

四 所得税法(昭和四〇年法律第三三号による改正前のもの)六三条、七〇条一〇号、一二号に規定する質問、検査は、憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」の「強要」にあたらない。

参照・法条:
憲法35条1項,憲法38条1項,所得税法(昭和40年法律33号による改正前のもの)63条,所得税法(昭和40年法律33号による改正前のもの)70条10号,所得税法(昭和40年法律33号による改正前のもの)70条12号「目録:憲法31条,憲法35条1項,憲法5条1項,憲法38条1項,所得税法63条,所得税法70条10号,所得税法70条12号」

内容:
 件名  所得税法違反 (最高裁判所 昭和44(あ)734 大法廷・判決 棄却)
 原審  東京高等裁判所


主    文

     本件上告を棄却する。
         
理    由

 弁護人山内忠吉、同岡崎一夫、同増木一彦、同陶山圭之輔、同根本孔衛の上告趣意(昭和四四年六月二五日付上告趣意書記載のもの。なお、その余の上告趣意補充書は、いずれも趣意書差出期間経過後に提出されたものであり、これを審判の対象としない。)第一点について。

 所論は、昭和四〇年法律第三三号による改正前の所得税法(以下、旧所得税法という。)七〇条一〇号の罪の内容をなす同法六三条は、規定の意義が不明確であつて、憲法三一条に違反するものである旨主張する。

 しかし、第一、二審判決判示の本件事実関係は、被告人が所管川崎税務署長に提出した昭和三七年分所得税確定申告書について、同税務署が検討した結果、その内容に過少申告の疑いが認められたことから、その調査のため、同税務署所得税第二課に所属し所得税の賦課徴収事務に従事する職員において、被告人に対し、売上帳、仕入帳等の呈示を求めたというものであり、右職員の職務上の地位および行為が旧所得税法六三条所定の各要件を具備するものであることは明らかであるから、旧所得税法七〇条一〇号の刑罰規定の内容をなす同法六三条の規定は、それが本件に適用される場合に、その内容になんら不明確な点は存しない。

 所論は、その前提を欠き、上告適法の理由にあたらない。

 同第二点について。

 所論のうち、憲法三五条違反をいう点は、旧所得税法七〇条一〇号、六三条の規定が裁判所の令状なくして強制的に検査することを認めているのは違憲である旨の主張である。たしかに、旧所得税法七〇条一〇号の規定する検査拒否に対する罰則は、同法六三条所定の収税官吏による当該帳簿等の検査の受忍をその相手方に対して強制する作用を伴なうものであるが、同法六三条所定の収税官吏の検査は、もつぱら、所得税の公平確実な賦課徴収のために必要な資料を収集することを目的とする手続であつて、その性質上、刑事責任の追及を目的とする手続ではない、

 また、右検査の結果過少申告の事実が明らかとなり、ひいて所得税逋脱の事実の発覚にもつながるという可能性が考えられないわけではないが、そうであるからといつて、右検査が、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものと認めるべきことにはならない。けだし、この場合の検査の範囲は、前記の目的のため必要な所得税に関する事項にかぎられており、また、その検査は、同条各号に列挙されているように、所得税の賦課徴収手続上一定の関係にある者につき、その者の事業に関する帳簿その他の物件のみを対象としているのであつて、所得税の逋脱その他の刑事責任の嫌疑を基準に右の範囲が定められているのではないからである。

 さらに、この場合の強制の態様は、収税官吏の検査を正当な理由がなく拒む者に対し、同法七〇条所定の刑罰を加えることによつて、間接的心理的に右検査の受忍を強制しようとするものであり、かつ、右の刑罰が行政上の義務違反に対する制裁として必ずしも軽微なものとはいえないにしても、その作用する強制の度合いは、それが検査の相手方の自由な意思をいちじるしく拘束して、実質上、直接的物理的な強制と同視すべき程度にまで達しているものとは、いまだ認めがたいところである。国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために収税官吏による実効性のある検査制度が欠くべからざるものであることは、何人も否定しがたいものであるところ、その目的、必要性にかんがみれば、右の程度の強制は、実効性確保の手段として、あながち不均衡、不合理なものとはいえないのである。

 憲法三五条一項の規定は、本来、主として刑事責任追及の手続における強制について、それが司法権による事前の抑制の下におかれるべきことを保障した趣旨であるが、当該手続が刑事責任追及を目的とするものでないとの理由のみで、その手続における一切の強制が当然に右規定による保障の枠外にあると判断することは相当ではない。しかしながら、前に述べた諸点を総合して判断すれば、旧所得税法七〇条一〇号、六三条に規定する検査は、あらかじめ裁判官の発する令状によることをその一般的要件としないからといつて、これを憲法三五条の法意に反するものとすることはできず、前記規定を違憲であるとする所論は、理由がない。

 所論のうち、憲法三八条違反をいう点は、旧所得税法七〇条一〇号、一二号、六三条の規定に基づく検査、質問の結果、所得税逋脱(旧所得税法六九条)の事実が明らかになれば、税務職員は右の事実を告発できるのであり、右検査、質問は、刑事訴追をうけるおそれのある事項につき供述を強要するもので違憲である旨の主張である。

 しかし、同法七〇条一〇号、六三条に規定する検査が、もつぱら所得税の公平確実な賦課徴収を目的とする手続であつて、刑事責任の追及を目的とする手続ではなく、また、そのための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有するものでもないこと、および、このような検査制度に公益上の必要性と合理性の存することは、前示のとおりであり、これらの点については、同法七〇条一二号、六三条に規定する質問も同様であると解すべきである。そして、憲法三八条一項の法意が、何人も自己の刑事上の責任を問われるおそれのある事項について供述を強要されないことを保障したものであると解すべきことは、当裁判所大法廷の判例(昭和二七年(あ)第八三八号同三二年二月二〇日判決・刑集一一巻二号八〇二頁)とするところであるが、右規定による保障は、純然たる刑事手続においてばかりではなく、それ以外の手続においても、実質上、刑事責任追及のための資料の取得収集に直接結びつく作用を一般的に有する手続には、ひとしく及ぶものと解するのを相当とする。しかし、旧所得税法七〇条一〇号、一二号、六三条の検査、質問の性質が上述のようなものである以上、右各規定そのものが憲法三八条一項にいう「自己に不利益な供述」を強要するものとすることはできず、この点の所論も理由がない。

 なお、憲法三五条、三八条一項に関して右に判示したところによつてみれば、右各条項が刑事手続に関する規定であつて直ちに行政手続に適用されるものではない旨の原判断は、右各条項についての解釈を誤つたものというほかはないのであるが、旧所得税法七〇条一〇号、六三条の規定が、憲法三五条、三八条一項との関係において違憲とはいえないとする原判決の結論自体は正当であるから、この点の憲法解釈の誤りが判決に影響を及ぼさないことは、明らかである。

 同第三点について。

 所論のうち、憲法一四条、一九条、二一条、一二条違反をいう点は、第一、二審判決の判示にそわない事実関係を前提とする主張であつて、いずれも上告適法の理由にあたらない。

 所論は、また、憲法二八条違反を主張するが、同条が、使用者対勤労者の関係にたつ者の間において勤労者の団結権および団体行動権を保障した規定であると解すべきことは、当裁判所大法廷の判例(昭和二二年(れ)第三一九号同二四年五月一八日判決・刑集三巻六号七七二頁)とするところであつて、被告人の判示検査拒否の所為が、右団体行動権の行使とは認められないとした原判断は相当であるから、この点の所論は理由がない。

 同第四点および第五点について。

 所論は、憲法三五条違反をいうような点もあるが、実質はいずれも事実誤認または単なる法令違反の主張であつて、適法な上告理由にあたらない。

 なお、記録を調べても、刑訴法四一一条を適用すべきものとは認められない(原判決中、第一審判決を破棄するにあたり適用した法条に「刑事訴訟法第三九七条、第三八一条」とあるのは、「刑事訴訟法第三九七条、第三八〇条」の単なる誤記と認める。)。

 よつて同法四一〇条一項但書、四一四条、三九六条により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 検察官 横井大三、同木村喬行各公判出席
  昭和四七年一一月二二日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    石   田   和   外
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    岩   田       誠
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    色   川   幸 太 郎
            裁判官    大   隅   健 一 郎
            裁判官    村   上   朝   一
            裁判官    関   根   小   郷
            裁判官    藤   林   益   三
            裁判官    岡   原   昌   男
            裁判官    小   川   信   雄
            裁判官    下   田   武   三
            裁判官    岸       盛   一
            裁判官    天   野   武   一
            裁判官    坂   本   吉   勝



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死刑と残虐な刑罰  最高裁昭和23年3月12日大法廷判決


判例
S23.03.12 大法廷・判決 昭和22(れ)119 尊属殺、殺人、死体遺棄被告事件(第2巻3号191頁)

判示事項:
一 死刑の合憲性

二 被告人に精神病の懸念があることの主張と刑訴法第三六〇條第二項


要旨:
一 死刑そのものは憲法第三六條にいわゆる「殘虐な刑罰」ではなく、したがつて刑法死刑の規定は憲法違反ではない。補充意見がある。

二 原審辯護人が原審公判において、被告人に精神病の懸念があることを主張したに過ぎないときは、刑事訴訟法第三六〇條第二項に規定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその點について判断を示さなかつたからとて判断を遺脱したものとはならない。


参照・法条:
憲法13條,憲法31條,憲法36條,刑法9條,刑法11條,刑訴法360條2項


内容:
 件名  尊属殺、殺人、死体遺棄被告事件(最高裁判所 昭和22(れ)119 大法廷・判決 棄却)
 原審  広島高等裁判所


主    文

     本件上告を棄却する。
         
理    由
 弁護人西村真人上告趣意第一点は「原判決は法令の解釈を誤りて適用した違法な判決である即ち原判決は被告人に対し刑法第百九十九条同第二百条を適用して死刑の言渡をしたがこれは憲法違反である何となれば新憲法第三十六条は「公務員による拷問及び残虐な刑罰は絶対にこれを禁ずる」と規定している而して死刑こそは最も残虐な刑罰であるから新憲法によつて刑法第百九十九条同第二百条等に於ける死刑に関する規定は当然廃除されたものと解すべきである然るに原判決は被告人に対し新憲法によつて絶対に禁止され従つて又当然失効した刑法第百九十九条同第二百条に於ける死刑の規定を適用して被告人に死刑を言渡したのであるから法令の解釈を誤りて適用した違法な判決として当然破毀を免れざるものと信ず」というにある。

 生命は尊貴である。一人の生命は、全地球よりも重い。死刑は、まさにあらゆる刑罰のうちで最も冷厳な刑罰であり、またまことにやむを得ざるに出ずる窮極の刑罰である。それは言うまでもなく、尊厳な人間存在の根元である生命そのものを永遠に奪い去るものだからである。現代国家は一般に、統治権の作用として刑罰権を行使するにあたり、刑罰の種類として死刑を認めるかどうか、いかなる罪質に対して死刑を科するか、またいかなる方法手続をもつて死刑を執行するかを法定している。そして、刑事裁判においては、具体的事件に対して被告人に死刑を科するか他の刑罰を科するかを審判する。かくてなされた死刑の判決は法定の方法手続に従つて現実に執行せられることとなる。これら一連の関係において死刑制度は常に、国家刑事政策の面と人道上の面との双方から深き批判と考慮が払われている。されば、各国の刑罰史を顧みれば、死刑の制度及びその運用は、総ての他のものと同様に、常に時代と環境とに応じて変遷があり、流転があり、進化がとげられてきたということが窮い知られる。わが国の最近において、治安維持法、国防保安法、陸軍刑法、海軍刑法、軍機保護法及び戦時犯罪処罰特例法等の廃止による各死刑制の消滅のごときは、その顕著な例証を示すものである。そこで新憲法は一般的概括的に死刑そのものの存否についていかなる態度をとつているのであるか。弁護人の主張するように、果して刑法死刑の規定は、憲法違反として効力を有しないものであろうか。まず、憲法第十三条においては、すべて国民は個人として尊重せられ、生命に対する国民の権利については、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする旨を規定している。しかし、同時に同条においては、公共の福祉に反しない限りという厳格な枠をはめているから、もし公共の福祉という基本的原則に反する場合には、生命に対する国民の権利といえども立法上制限乃至剥奪されることを当然予想しているものといわねばならぬ。そしてさらに、憲法第三十一条によれば、国民個人の生命の尊貴といえども、法律の定める適理の手続によつて、これを奪う刑罰を科せられることが、明かに定められている。すなわち憲法は、現代多数の文化国家におけると同様に、刑罰として死刑の存置を想定し、これを是認したものと解すべきである。言葉をかえれば、死刑の威嚇力によつて一般予防をなし、死刑の執行によつて特殊な社会悪の根元を絶ち、これをもつて社会を防衛せんとしたものであり、また個体に対する人道観の上に全体に対する人道観を優位せしめ、結局社会公共の福祉のために死刑制度の存続の必要性を承認したものと解せられるのである。弁護人は、憲法第三十六条が残虐な刑罰を絶対に禁ずる旨を定めているのを根拠として、刑法死刑の規定は憲法違反だと主張するのである。しかし死刑は、冒頭にも述べたようにまさに窮極の刑罰であり、また冷厳な刑罰ではあるが、刑罰としての死刑そのものが、一般に直ちに同条にいわゆる残虐な刑罰に該当するとは考えられない。ただ死刑といえども、他の刑罰の場合におけると同様に、その執行の方法等がその時代と環境とにおいて人道上の見地から一般に残虐性を有するものと認められる場合には、勿論これを残虐な刑罰といわねばならぬから、将来若し死刑について火あぶり、はりつけ、さらし首、釜ゆでの刑のごとき残虐な執行方法を定める法律が制定されたとするならば、その法律こそは、まさに憲法第三十六条に違反するものというべきである。前述のごとくであるから、死刑そのものをもつて残虐な刑罰と解し、刑法死刑の規定を憲法違反とする弁護人の論旨は、理由なきものといわねばならぬ。

 同第二点は「原判決は審理不尽の違法がある即ち被告人は本件犯行当時精神障礙者ではないかとの疑顕著なものがあるこれを記録に徴すると左の如くである(一)問(裁判長)「先ニ言ツタ様ニ母ヤ妹カ食糧不足ノ事ヲ辛ク当リ被告人カ真面目ニ働カスソレニ米ヲ取ツタ事等喧シク云ツタトシテモソノ為メニ殺スト云フ事ハ普通人ニハ到底考ヘラレヌ事ダガ他ニ事情デモアツタカ」答(被告人)「他ニハ別ニアリマセンデシタ」トノ記載(記録第一七七丁表)問(裁判長)「……其ノ原因ハ被告人ニアルコトテソレガ為メ殺ス気ニナルト云フノハ普通考ヘラレヌ事ダガドウカ」答ヘストノ記載(記録第一七七丁裏)(二)検事はその論旨に於て被告人は一見精神ニ異常ヲ来シ居リタルニ非ズヤト疑ハシメルモノアリ云々」との記載(記録第一八六丁裏)(三)弁護人が弁論に於て被告人は「当時一種ノ精神病ニ冒サレ居リタルニ非スヤトノ懸念ヲ生セシムルモノアリ」との記載(記録第一八七丁表)抑々被告人の行為当時に於ける精神状態の如何は事実裁判所職権を以て調査を為すべき事項に属するのであるから本件の如く被告人の精神状態に付き顕著なる疑ひある場合は当然進んで職権を以つて鑑定人の鑑定に附すか又は裁判所自ら之を調査して被告人の精神障擬の有無、程度を判定し刑法第三十九条に該当するや否やを決しなければならぬ、然るに原判決はこの挙に出でず漫然被告人を死刑に処したのは審理不尽の不法あり此の点に於て破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、記録を精査しても、本件犯行に際して被告人に精神障礙のあつたことを疑うに足りる事跡がなく、原審も被告人に精神障礙のないことを認めて判決したのであるから、原審が被告人の精神状態につき鑑定その他の審査をしなかつたとしても、審理不尽の違法はなく、論旨は理由がない。

 同第三点は「原判決は判決に示すべき判断を遺脱した違法がある即ち原審に於て弁護人は被告人が「当時一種の精神病に冒され居たるに非ずやとの懸念を生ぜしむるものあり」(記録第一八六丁裏)との弁論を為し犯行当時被告人の精神に障礙あるを以つて法律上本件犯罪の成立を阻却すべき原由たる事実上の主張を為したのであるから原判決は右の主張に対する判断を示すことを要するに不拘此の点に付き特に判断を示すことをして居ないこれは判決に示すべき判断を遺脱した不法な判決であるから到底破毀を免れないものと信ずる」というにある。

 しかし、原審公判調書によると、原審弁護人は、公判の弁論において、被告人に精神病の懸念があることを主張したに過ぎず、刑事訴訟法第三百六十条第二項に規定する事由があることを主張したものとは解せられないので、原判決がその点について判断を示さなかつたからとて、判断を遺脱したものとはならず、論旨は理由がない。

 よつて裁判所法第十条第一号、刑事訴訟法第四百四十六条より、主文のとおり判決する。

 以上は裁判官全員の一致した意見である。

 なお、上告趣意第一点に対する補充意見は、次のとおりである。

 裁判官島保、同藤田八郎、同岩松三郎、同河村又介の各意見。

 憲法は残虐な刑罰を絶対に禁じている。したがつて、死刑が当然に残虐な刑罰であるとすれば、憲法は他の規定で死刑の存置を認めるわけがない。しかるに、憲法第三十一条の反面解釈によると、法律の定める手続によれば、刑罰として死刑を科しうることが窺われるので、憲法は死刑をただちに残虐な刑罰として禁じたものとはいうことができない。しかし、憲法は、その制定当時における国民感情を反映して右のような規定を設けたにとどまり、死刑を永久に是認したものとは考えられない。ある刑罰が残虐であるかどうかの判断は国民感情によつて定まる問題である。而して国民感情は、時代とともに変遷することを免かれないのであるから、ある時代に残虐な刑罰でないとされたものが、後の時代に反対に判断されることも在りうることである。したがつて、国家の文化が高度に発達して正義と秩序を基調とする平和的社会が実現し、公共の福祉のために死刑の威嚇による犯罪の防止を必要と感じない時代に達したならば、死刑もまた残虐な刑罰として国民感情により否定されるにちがいない。かかる場合には、憲法第三十一条の解釈もおのずから制限されて、死刑は残虐な刑罰として憲法に違反するものとして、排除されることもあろう。しかし、今日はまだこのような時期に達したものとはいうことができない。されば死刑は憲法の禁ずる残虐な刑罰であるという理由で原判決の違法を主張する弁護人の論旨は採用することができない。

 裁判官井上登の意見。

 本件判決の理由としては大体以上に書かれて居る処でいいと思ふが、私は左に法文上の根拠に付て少しく敷衍して置きたい。

 法文に関係なく只漫然と、死刑は残虐なりや否やということになれば、それは簡単に一言で云い切ることは出来ない。「残虐」と云う語の使い方如何によつてもちがつて来る、例へば論旨の様に「死刑は貴重な人命を奪つてしまうものたから、これ程残虐なものはないではないか」と云うふうに使う人もある、(仮りにこれを広義の使い方と云つて置く)しかし、又「残虐と云う語は通常そう云うふうには使わないのではないか、虐殺とか集団殺戮とか或は又特別残酷な傷害とかそう云う様な場合に特に用いられるので、単純な傷害や殺人に対しては余り使はれないのではないか」と云えば、そうも云えるであろう(仮りにこれを狭義の使い方と云つて置く)こんなことを云つて居てはきりがない、我々の当面の問題はこう云うことではないので、具体的に憲法第三十六条の「残虐の刑」と云う語が死刑(現代文明諸国で通常行われて居る様な方法による死刑の意以下同意義)を包含する意味に使われて居るかどうかと云うことである(我々の問題は死刑を規定して居る刑法の条文が憲法第三十六条に違反するものとして無効な法律であるかどうかと云うことであり、つまり同条は絶対に死刑を禁止する趣旨と解すべきものなりや否やの問題だからである)そしてこれは純然たる法律解釈の問題だから何と云つても法文上の根拠と云うものが重要である私は前にも書いた通り残虐と云う語は広くも狭くも使われ得ると思ふから憲法第三十六条の字句丈けで此の問題を決するのは無理で、法文上の根拠と云えば他の条文に之れを求めなければならないと思う、そこで憲法第十三条は「すべて国民は、個人として尊重される。生命、自由及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他の国政の上で最大の尊重を必要とする。」と規定し同第三十一条は「何人も、法律の定める手続によらなければその生命若しくは自由を奪はれ、又はその他の刑罰を科せられない。」と規定して居る、これ等を綜合するとその裏面解釈として憲法は公共の福祉の為めには法律の定めた手続によれば刑罰によつて人の生命も奪はれ得ることを認容して居るものと見なければならない、之れと対照して第三十六条を見ると同条の「残虐の刑」の中には死刑は含まれないもの即ち同条は絶対に死刑を許さないと云う趣旨ではないと解するのが妥当である(即ち同条は残虐と云う語を前記狭義に使用して居るので、私は此の使い方が通常だと思ふから右の解釈は字義から云つても相当だと思う)反対説は第三十一条は第三十六条によつて制限せられて居るのだと説く、しかし第三十一条を虚心に見ればどうしてもそれは無理なこじつけと外思えない、若し第三十六条が絶対に死刑を許さぬ趣旨だとすれば之れにより成規の手続によると否とに拘はらず絶対に刑罰によつて人の生命は奪はれ得ないとになるから第三十一条に「生命」と云う字を入れる必要はないのみならず却つてこれを入れてはいけない筈である、盖同条に「生命」の二字が存する限り右の趣旨に反する前記の裏面解釈が出て来るのは当然であり憲法の文句としてこんなまずいことはないからである、他に第三十六条が絶対に死刑を禁止する趣旨と解すべき法文上の根拠は見当らない。

 以上は形式的理論解釈である、現今我国の社会情勢その他から見て遺憾ながら今直ちに刑法死刑に関する条文を尽く無効化してしまうことが必ずしも適当とは思われぬことその他実質的の理由に付ては他の裁判官の書いた理由中に相当書かれて居ると思う。最後に島裁判官の書いた補充意見には其の背後に「何と云つても死刑はいやなものに相違ない、一日も早くこんなものを必要としない時代が来ればいい」と云つた様な思想乃至感情が多分に支配して居ると私は推察する、この感情に於て私も決して人後に落ちるとは思はない、しかし憲法は絶対に死刑を許さぬ趣旨ではないと云う丈けで固より死刑の存置を命じて居るものでないことは勿論だから若し死刑を必要としない、若しくは国民全体の感情が死刑を忍び得ないと云う様な時が来れば国会は進んで死刑の条文を廃止するであろうし又条文は残つて居ても事実上裁判官が死刑を選択しないであろう、今でも誰れも好んで死刑を言渡すものはないのが実状だから。

 検察官橋本乾三関与
  昭和二十三年三月十二日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    燹  〆蝓  …勝  ゝ
            裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    霜   山   精   一
            裁判官    井   上       登
            裁判官    真   野       毅
            裁判官    庄   野   理   一
            裁判官    島           保
            裁判官    斎   藤   悠   輔
            裁判官    岩   松   三   郎
            裁判官    河   村   又   介
 裁判官藤田八郎は出張中につき、署名捺印することができない。
         裁判長裁判官    燹  〆蝓  …勝  ゝ



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