戦争放棄

駐留軍用地特措法及びその沖縄県における適用の合憲性 沖縄代理署名訴訟  最高裁平成8年8月28日大法廷判決

判例
H08.08.28 大法廷・判決 平成8(行ツ)90 地方自治法一五一条の二第三項の規定に基づく職務執行命令裁判(第50巻7号1952頁)


判示事項:
一 土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務の機関委任事務該当性

二 日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法(以下「駐留軍用地特措法」という。)三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される場合における土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務の主務大臣

三 職務執行命令訴訟における司法審査の範囲

四 駐留軍用地特措法と憲法前文、九条、一三条、二九条三項

五 沖縄県における駐留軍用地特措法の適用と憲法前文、九条、一三条、一四条、二九条三項、九二条

六 使用認定が無効である場合に駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条五項に基づく署名等代行事務の執行を命ずることの適否

七 使用認定に取り消し得べき瑕疵がある場合に駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条五項に基づく署名等代行事務の執行を命ずることの適否

八 沖縄県内の土地を駐留軍の用に供するためにされた使用認定にこれを当然に無効とするような瑕疵があ
るとはいえないとされた事例

九 土地収用法三六条二項が土地所有者等の立会いを求めている趣旨

一〇 駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条五項に基づく署名等代行事務の執行の懈怠を放置することにより著しく公益を害することが明らかであるとされた事例


要旨:
一 土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務は、都道府県知事に機関委任された国の事務である。

二 駐留軍用地特措法三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される場合における土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務の主務大臣は、内閣総理大臣である。

三 地方自治法一五一条の二第三項の規定による職務執行命令訴訟においては、裁判所は、主務大臣の発した職務執行命令がその適法要件を充足しているか否かを客観的に審理判断すべきである。

四 駐留軍用地特措法は、憲法前文、九条、一三条、二九条三項に違反しない。

五 内閣総理大臣の適法な裁量判断の下に沖縄県内の土地に駐留軍用地特措法を適用することがすべて許されないとまでいうことはできず、同法の同県内での適用が憲法前文、九条、一三条、一四条、二九条三項九二条に違反するということはできない。

六 使用認定が無効である場合には、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条五項に基づく署名等代行事務の執行を命ずることは違法である。

七 使用認定に取り消し得べき瑕疵があるとしても、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条五項に基づく署名等代行事務の執行を命ずることは適法である。

八 駐留軍の用に供するためにされた使用認定の対象となった沖縄県内の土地が、沖縄復帰時において駐留軍の用に供することが日米両国間で合意された土地であり、その後における駐留軍の用に供ざれた施設及び区域の整備縮小のための交渉によっても返還の合意に至らず、駐留軍基地の各種施設の敷地等として他の多くの土地と一体となって有機的に機能しており、駐留軍基地から派生する問題の軽減のための対策も講じられてきたなど判示の事実関係の下においては、同県に駐留軍基地が集中している現状や右各土地の使用状況等について沖縄県知事が主張する諸事情を考慮しても、右各土地の使用認定にこれを当然に無効とする瑕疵があるとはいえない。

九 土地収用法三六条二項は、土地調書及び物件調書が有効に成立する段階で、調書を土地所有者及び関係人に現実に提示し、記載事項の内容を周知させることを求めているものと解される。

一〇 駐留軍用地特措法三条の規定により沖縄県内の土地を使用する手続において、沖縄県知事が同法一四条、土地収用法三六条五項に基づく署名等代行事務の執行を懈怠していることを放置することは、これにより著しく公益を害することが明らかである。



参照・法条:
  土地収用法36条2項,土地収用法36条5項,地方自治法148条1項,地方自治法148条2項,地方自治法151条の2第1項,地方自治法151条の2第2項,地方自治法151条の2第3項,地方自治法別表第3第1号(108),日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する
特別措置法1条,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法3条,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法5条,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法14条,総理府設置法4条14号,行政事件訴訟法6条,日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約6条日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定2条,憲法前文,憲法9条,憲法13条,憲法14条1項,憲法29条3項,憲法92条


内容:
 件名  地方自治法一五一条の二第三項の規定に基づく職務執行命令裁判 (最高裁判所 平成8(行ツ)90 大法廷・判決 棄却)
 原審  H08.03.25 福岡高等裁判所


主    文

     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人の負担とする。
         
理    由

 条約名等について、次の略称を用いる。

 略  称          正式名称日米安全保障条約    日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約日米地位協定      日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定駐留軍用地特措法    日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法沖縄返還協定      琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定

 第一 上告代理人中野清光、同池宮城紀夫、同新垣勉、同大城純市、同加藤裕、同金城睦、同島袋秀勝、同仲山忠克、同前田朝福、同松永和宏、同宮國英男、同榎本信行、同鎌形寛之、同佐井孝和、同中野新、同宮里邦雄の上告理由第四点について

 一 署名等代行事務の機関委任事務該当性

 1 私有財産を公共のために収用し、又は使用する権能は、本来、国が有するものであるが、具体的にどのような要件、手続の下に私有財産を収用し、又は使用し得るものとするのかについては、これを定める法律の規定に従うべきものである。土地収用法は、土地等を収用し、又は使用する主体を、その権能を本来的に有する国とするのではなく、同法三条各号に掲げる公共の利益となる事業(以下「公益事業」という。)の用に供するために土地等を必要とする起業者とするとともに(同法八条一項、一六条)、公共の利益の増進と私有財産との調整を図るという観点から、土地等の収用又は使用に関し、その要件、手続等を定めるものである(同法一条)。すなわち、同法は、公益事業の用に供するために必要な土地等の収用又は使用の事務を起業者の事務とした上で、私有財産権の保障との調整を図りつつ、右事務を円滑に行わせるために、段階的に建設大臣を初めとする同法所定の行政機関の権限に属する行政処分を介在させるなどして、右事務の遂行に行政上の規制を加えることとしている。このような手続構造からすれば、起業者に土地等の収用又は使用の権限を付与するなどの事務が、国が本来的に有する前記の権能に由来するという意味において、国の事務に該当することが明らかであるだけでなく、公益事業の円滑な遂行と私有財産権の保障との調整を図ることを目的として、起業者が行う事業の遂行を規制することもまた、起業者に土地等の収用又は使用の権限を付与した国の責務であり、そのための事務も、その性質上、国の事務に当たるものと解するのが相当である。右のような性質を有する事務を地方公共団体固有の事務に当たると解することはできない。

 2 これを土地収用法三六条五項によって都道府県知事の権限に属するものとされた事務(以下「署名等代行事務」という。)についてみると、右事務は、起業者が土地等の収用又は使用の裁決を申請するために必要な土地調書及び物件調書を完成させるための事務であるという点において、起業者が行う土地等の収用又は使用の事務の円滑な遂行に資する事務であるとともに、土地調書及び物件調書の作成が適正に行われたことを公的に確認することにより、調書の作成の適正を担保し、ひいては私有財産権の保障を手続的に担保するための事務であるということができる。右のような署名等代行事務の性質にかんがみれば、右事務は、国の事務に当たるものと解するのが相当である。

 このように、署名等代行事務が国の事務の性質を有するものであるとしても、法律により、右事務の全部又は一部を地方公共団体の事務とすること、すなわち、地方公共団体に右事務を団体委任することも可能である。ところで、都道府県が処理する事務を例示する地方自治法二条六項は、二号において、「土地の収用に関する事務」を掲げているが、右規定は、同条三項各号の例示を受けて、市町村が処理する事務との関係において都道府県が処理する事務の範囲を画する規定であり、右の「土地の収用に関する事務」というのも、同項一九号に例示された「法律の定めるところにより、地方公共の目的のために動産及び不動産を使用又は収用する」事務を受けた規定とみることができ、同号の文言に照らすならば、同条六項二号は、都道府県が起業者として土地を収用する場合において行うべき事務を都道府県の事務として例示したものと解するのが相当である。したがって、右規定を根拠として、署名等代行事務が地方公共団体に団体委任された事務に当たると解することはできないし、他にそのように解する根拠となる規定は見当たらない。

 他方、地方自治法別表第三第一号(百八)、同法別表第四第二号(四十三)に都道府県知事又は市町村長の権限に属する国の事務として掲げられている各種の事務は、いずれも、公益事業の用に供するための土地等の収用又は使用の事務の円滑な遂行と私有財産権の保障との調整を図ることを目的とするものであって、署名等代行事務とその基本的性質を同じくするものということができる。

 以上のことからすると、土地収用法三六条五項は、署名等代行事務を都道府県知事に機関委任したものと解するのが相当である。

 3 駐留軍用地特措法一四条は、同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関しては、同法に特別の定めがある場合を除き、土地収用法を適用するものとしており、日本国に駐留するアメリカ合衆国の軍隊(以下「駐留軍」という。)の用に供するための土地等の使用又は収用に関しても、右1及び2に説示したところと別異に解する理由はないから、駐留軍用地特措法一四条に基づき同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される場合における土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務も、都道府県知事の権限に属する国の事務に当たるというべきである。

 二 駐留軍用地特措法一四条に基づき同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務の主務大臣

 駐留軍用地特措法は、日米地位協定を実施するため、駐留軍の用に供する土地等の使用又は収用に関し規定することを目的とする(同法一条)。これによれば、駐留軍用地特措法に基づく土地等の使用又は収用に関する事務は、我が国の安全保障並びにこれと密接な関係を有する極東における国際の平和及び安全の維持という国家的な利益にかかわる事務であるとともに、アメリカ合衆国に対する施設及び区域の提供という、日米安全保障条約に基づく我が国の国家としての義務の履行にかかわる事務であるということができる。このことに、駐留軍用地特措法五条により、同法に基づく土地等の使用又は収用の認定の権限が被上告人にあるものとされていることを併せ考えると、同法に基づき、防衛施設局長が行う土地等の使用又は収用の事務の円滑な遂行と私有財産権の保障との調整を図るための事務は、建設省の所掌事務とされている「土地の使用及び収用に関する事務」(建設省設置法三条三七号)に含まれるものと解することはできない。そして、右事務がその他の省庁等のいずれかの所掌事務に当たるとする法的根拠もないから、右事務は、総理府設置法四条一四号の定めるところに従い総理府が所掌する事務に当たるとするのが相当であり、そのように解することが右事務の性質にもかなうものといえる。したがって、駐留軍用地特措法一四条に基づき同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される場合における土地収用法三六条五項所定の署名等代行事務の主務大臣は、被上告人というべきである。

 三 以上によれば、所論の点に関する原審の判断は、結論において是認することができ、これと異なる見解に立って原判決を非難する論旨は、採用することができない。

 第二 同第一点ないし第三点、第五点ないし第七点について

 一 職務執行命令訴訟における司法審査の範囲

 1 都道府県知事は、地方住民の選挙によって選任され、当該都道府県の執行機関として、本来、国の機関に対して自主独立の地位を有するものであるが、他面、法律に基づき委任された国の事務を処理する関係においては、国の機関としての地位を有し、その事務処理については、主務大臣の指揮監督を受けるべきものである(国家行政組織法一五条一項、地方自治法一五〇条)。しかし、右事務の管理執行に関する主務大臣の指揮監督につき、いわゆる上命下服の関係にある国の本来の行政機構内部における指揮監督の方法と同様の方法を採用することは、都道府県知事本来の地位の自主独立性を害し、ひいては地方自治の本旨にもとる結果となるおそれがある。そこで、地方自治法一五一条の二は、都道府県知事本来の地位の自主独立性の尊重と国の委任事務を処理する地位に対する国の指揮監督権の実効性の確保との間の調和を図るために職務執行命令訴訟の制度を採用しているのである。そして、同条が裁判所を関与させることとしたのは、主務大臣が都道府県知事に対して発した職務執行命令の適法性を裁判所に判断させ、裁判所がその適法性を認めた場合に初めて主務大臣において代執行権を行使し得るものとすることが、右の調和を図るゆえんであるとの趣旨に出たものと解される。

 この趣旨から考えると、職務執行命令訴訟においては、下命者である主務大臣の判断の優越性を前提に都道府県知事が職務執行命令に拘束されるか否かを判断すべきものと解するのは相当でなく、主務大臣が発した職務執行命令がその適法要件を充足しているか否かを客観的に審理判断すべきものと解するのが相当である。

 2 この点につき、原審は、地方自治法一五一条の二第一項所定の要件の審査を除いた職務執行命令の適法性の審査とは、都道府県知事が法令上当該命令に係る事務を執行する義務を負うか否かの審査を意味すると解した上で、都道府県知事は、法令上付与された審査権の範囲内において当該国の事務を執行すべき要件が充足されているか否かを審査し、右要件を充足していると認めるときは、当該国の事務を執行すべき義務を負うものであるから、右義務の有無を審理判断すべき裁判所も、右法令により都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査して、右義務の有無を論ずることはできないと判断している。

 しかしながら、都道府県知事の行うべき事務の根拠法令が仮に憲法に違反するものである場合を想定してみると、都道府県知事が、右法令の合憲性を審査し、これが違憲であることを理由に当該事務の執行を拒否することは、行政組織上は原則として許されないが、他面、都道府県知事に当該事務の執行を命ずる職務執行命令は、法令上の根拠を欠き違法ということができるのである。そうであれば、都道府県知事が当該事務を執行する義務を負うからといって、当該事務の執行を命ずることが直ちに適法となるわけではないから、職務執行命令の適法性の審査とは都道府県知事が法令上当該国の事務を執行する義務を負うか否かの審査を意味すると解した上、裁判所も都道府県知事に審査権が付与されていない事項を審査することは許されないとした原審の判断は相当でない。

 そこで、以下においては、被上告人が上告人に対して発した本件職務執行命令を適法であるとした原審の判断を非難する論旨について、右1に説示した見地に立って検討を進めることとする。

 二 駐留軍用地特措法の合憲性

 1 本件職務執行命令の法的根拠となった駐留軍用地特措法の合憲性が、右命令がその適法要件を充足しているか否かを審理判断すべき本件訴訟における審査の対象となることは、前記のとおりであるところ、所論は、日米安全保障条約及び日米地位協定に基づきアメリカ合衆国の軍隊の我が国における駐留を認めることが憲法に違反するものでないとしても、駐留軍の用に供するために土地等を強制的に使用し、又は収用することは、憲法前文、九条、一三条に基づき保障された平和的生存権を侵害し、憲法二九条三項に違反するというのである。

 日米安全保障条約六条、日米地位協定二条一項の定めるところによれば、我が国は、日米地位協定二五条に定める合同委員会を通じて締結される日米両国間の協定によって合意された施設及び区域を駐留軍の用に供する条約上の義務を負うものと解される。我が国が、その締結した条約を誠実に遵守すべきことは明らかであるが(憲法九八条二項)、日米安全保障条約に基づく右義務を履行するために必要な土地等をすべて所有者との合意に基づき取得することができるとは限らない。これができない場合に、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であることを要件として(駐留軍用地特措法三条)、これを強制的に使用し、又は収用することは、条約上の義務を履行するために必要であり、かつ、その合理性も認められるのであって、私有財産を公共のために用いることにほかならないものというべきである。国が条約に基づく国家としての義務を履行するために必要かつ合理的な行為を行うことが憲法前文、九条、一三条に違反するというのであれば、それは当該条約自体の違憲をいうに等しいことになるが、日米安全保障条約及び日米地位協定が違憲無効であることが一見極めて明白でない以上、裁判所としては、これが合憲であることを前提として駐留軍用地特措法の憲法適合性についての審査をすべきであるし(最高裁昭和三四年(あ)第七一〇号同年一二月一六日大法廷判決・刑集一三巻一三号三二二五頁参照)、所論も、日米安全保障条約及び日米地位協定の違憲を主張するものではないことを明示している。そうであれば、駐留軍用地特措法は、憲法前文、九条、一三条、二九条三項に違反するものということはできない。

 2 所論は、駐留軍用地特措法は、憲法三一条に違反するとも主張する。

 行政手続については、それが刑事手続ではないとの理由のみで、そのすべてが当然に憲法三一条による保障の枠外にあると判断することは相当ではないが、同条による保障が及ぶと解すべき場合であっても、保障されるべき手続の内容は、行政処分により制限を受ける権利利益の内容、性質、制限の程度、行政処分により達成しようとする公益の内容、程度、緊急性等を総合較量して決定されるべきものである(最高裁昭和六一年(行ツ)第一一号平成四年七月一日大法廷判決・民集四六巻五号四三七頁参照)。

 これを駐留軍用地特措法の定める土地等の使用又は収用の手続についてみると、同法の定める手続の下に土地等の使用又は収用を行うことが、土地等の所有者又は関係人の権利保護に欠けると解することはできないし、また、国が主体となって行う駐留軍用地特措法に基づく土地等の使用又は収用につき、国の機関である被上告人がその認定を行うこととされているからといって、適正な判断を期待することができないともいえない。したがって、駐留軍用地特措法は、憲法三一条に違反するものではない。

 3 以上によれば、駐留軍用地特措法は、所論の憲法の各条項に違反するものではなく、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。同法の違憲をいう論旨は、採用することができない。

 三 駐留軍用地特措法の沖縄県における適用の許否

 1 所論は要するに、我が国における駐留軍の基地の大半が沖縄県に集中し、これにより同県及びその住民に重大な被害が生じているという現状の下では、同県の住民の投票による同意を得ることなく、同県において駐留軍用地特措法を適用し、土地等の使用又は収用の手続を進めることは、憲法前文、九条、一三条、一四条、二九条三項、九二条、九五条に違反するというのである。原審は、所論に係る主張を使用認定の違憲をいうものと理解した上、その当否は、本件訴訟における審理の対象とはならないとする。しかし、右主張は、右現状の下においては、本件職務執行命令の根拠法である駐留軍用地特措法は、沖縄県における効力を否定されるべきであるとの趣旨をいうものと理解することができ、その当否は、本件訴訟において審理判断を要するものというべきである。

 2 駐留軍用地特措法による土地等の使用又は収用の認定は、駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断されるときになされるのであるが(同法五条、三条)、右認定に当たっては、我が国の安全と極東における国際の平和と安全の維持にかかわる国際情勢、駐留軍による当該土地等の必要性の有無、程度、当該土地等を駐留軍の用に供することによってその所有者や周辺地域の住民などにもたらされる負担や被害の程度、代替すべき土地等の提供の可能性等諸般の事情を総合考慮してなされるべき政治的、外交的判断を要するだけでなく、駐留軍基地にかかわる専門技術的な判断を要することも明らかであるから、その判断は、被上告人の政策的、技術的な裁量にゆだねられているものというべきである。沖縄県に駐留軍の基地が集中していることによって生じているとされる種々の問題も、右の判断過程において考慮、検討されるべき問題である。

 右に述べたところからすると、沖縄県における駐留軍基地の実情及びそれによって生じているとされる種々の問題を考慮しても、同県内の土地を駐留軍の用に供することがすべて不適切で不合理であることが明白であって、被上告人の適法な裁量判断の下に同県内の土地に駐留軍用地特措法を適用することがすべて許されないとまでいうことはできないから、同法の同県内での適用が憲法前文、九条、一三条、一四条、二九条三項、九二条に違反するというに帰する論旨は採用することができない。また、駐留軍用地特措法が沖縄県にのみ適用される特別法となっているものではないから、同法の沖縄県における適用の憲法九五条違反をいう論旨は、その前提を欠く。

 四 使用認定の有効性

 1 署名等代行事務は、使用認定から使用裁決に至る一連の手続を構成する事務の一つであって、使用裁決を申請するために必要な土地調書及び物件調書を完成させるための事務である。使用裁決の申請は、有効な使用認定の存在を前提として行われるべき手続であるから、原判決別紙土地目録1ないし8記載の各土地(以下「本件各土地」という。)に係る使用認定に重大かつ明白な瑕疵があってこれが当然に無効とされる場合には、被上告人が上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずることは許されないものというべきである。そうであれば、本件各土地につき、有効な使用認定がされていることは、被上告人が上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずるための適法要件をなすものであって、使用認定にこれを当然に無効とするような瑕疵がある場合には、本件職務執行命令も違法というべきことになる。使用認定に右のような瑕疵があるか否かについては、本件訴訟において、審理判断を要するものと解するのが相当である。

 しかしながら、使用認定に何らかの瑕疵があったとしても、その瑕疵が使用認定を当然に無効とするようなものでない限り、これが別途取り消されるまでは、何人も、使用認定の有効を前提として、これに引き続く一連の手続を構成する事務を執行すべきものである。したがって、仮に、本件各土地の使用認定に取り消し得べき瑕疵があるとしても、上告人において署名等代行事務の執行を拒否することは許されないし、被上告人においても、有効な使用認定が存在することを前提として、上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずるかどうかを決すれば足りると解される。そうであれば、本件各土地の使用認定に取り消し得べき瑕疵のないことが、被上告人が上告人に対して署名等代行事務の執行を命ずるための要件をなすものとはいえない。そして、機関委任事務の執行を命ずることの適否を間う職務執行命令訴訟において、当該事務に先行する手続ないし処分に何らかの瑕疵があればその程度にかかわらず職務執行命令も当然に違法となるとして、これらの手続ないし処分の適否を全面的に審理判断することは、法の予定するところとは解し難い。結局、本件各土地の使用認定についての瑕疵の有無は、それが重大かつ明白とはいえない限り、自己の権利ないし法的利益を侵害された者が提起する取消訴訟において審理判断されるべき事柄であって、これを本件訴訟において審理判断すべきものと解することはできない。

 2 そこで、本件各土地の使用認定にこれを当然に無効とすべき重大かつ明白な瑕疵が認められるか否かについて検討する。

 駐留軍用地特措法は、駐留軍の用に供するため土地等を必要とする場合において、当該土地等を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると認められるときは、当該土地等の使用認定をすべきものとしているところ(同法五条、三条)、右の判断は、前記のとおり、被上告人の政策的、技術的な裁量にゆだねられていると解される。したがって、使用認定は、被上告人の判断に、右裁量権の範囲を逸脱し、又はこれを濫用した違法があり、しかもその違法が重大かつ明白なものである場合に限り、無効とされるのである。

 これを本件についてみると、原審の適法に確定した事実関係によれば、(1) 本件各土地は、沖縄復帰時において、沖縄返還協定三条一項の規定に関し両国政府間で行われた討議の結果を示すものとして昭和四六年六月一七日に交わされた了解覚書により、駐留軍が使用する施設及び区域として日米合同委員会において合意する用意のある施設及び用地に区分された土地である、(2) 沖縄返還協定は、昭和四七年三月二一日に公布され、同年五月一五日にその効力を生じたが、同日、日米合同委員会において日米安全保障条約六条及び日米地位協定二条に基づき駐留軍が沖縄県内で使用を許される施設及び区域の提供等について合意したところによれば、本件各土地は右提供に係る施設及び区域に含まれている、(3) 沖縄の復帰に際しての日米首脳会談において、佐藤内閣総理大臣は、沖縄の駐留軍施設及び区域が復帰後できる限り整理縮小されることが必要と考える理由を説明し、ニクソン大統領も、双方が施設及び区域の調整を行うに当たって、これらの要素は十分に考慮に入れられる旨を答えた、(4) その後、我が国は、駐留軍の使用に供された施設及び区域の整理縮小のために、日米合同委員会、日米安全保障協議委員会等において交渉を重ねているが、本件各土地については返還の合意には至っておらず、本件各土地は、いずれも駐留軍基地の各種施設の敷地、保安用地、電磁障害除去地などとして使用され、駐留軍施設内の他の多くの土地と一体となって有機的に機能しており、その一部については、右使用目的に反しない範囲で土地所有者等による耕作が黙認されている、(5) 昭和五四年には、沖縄県、那覇防衛施設局及び在沖米軍の三者連絡協議会が設けられ、基地から派生する問題の軽減のための対策を協議し、軍用機の夜間飛行の規制、エンジンテストの時間規制等の措置や基地周辺住宅等の防音助成対策を講ずるなどしてきたというのである。右事実関係の下においては、沖縄県に駐留軍の基地が集中している現状や本件各土地の使用状況等について上告人が主張する諸事情を考慮しても、なお本件各土地の使用認定にこれを当然に無効とすべき重大かつ明白な瑕疵があるということはできない。

 3 以上によれば、本件各土地の使用認定の効力が本件訴訟における審理の対象とならないとした原審の判断は、法令の解釈適用を誤るものというべきであるが、原審の適法に確定した事実関係によれば、本件各土地の使用認定を当然に無効とする瑕疵があるとはいえないから、原判決の右違法は、判決の結論に影響を及ぼさないものということができ、使用認定の適否及び効力に関する審理不尽をいう論旨も、採用することができない。

 五 署名等の代行申請手続並びに土地調書及び物件調書の作成の適法性

 1 駐留軍用地特措法一四条に基づき同法三条の規定による土地等の使用又は収用に関して適用される土地収用法三六条によれば、防衛施設局長は、土地等の使用又は収用の認定の告示があった後、土地調書及び物件調書を作成しなければならず(同条一項)、これを作成する場合において、土地所有者及び関係人(防衛施設局長が過失なくして知ることができない者を除く。)を立ち会わせた上、土地調書及び物件調書に署名押印をさせなければならないものとされているが(同条二項)、これは、収用委員会の審理における事実の調査、確認の煩雑さを避け、その能率化を図るために、使用又は収用する土地及びその土地上にある物件に関する事実及び権利の状態並びに当事者の主張を記載して、これをあらかじめ整理しておくことを目的とするものと解される。そして、土地所有者及び関係人のうちに、土地調書及び物件調書への署名押印を拒んだ者又は署名押印をすることができない者があるときは、市町村長に立会いと署名押印を求め(同条四項)、市町村長がこれを拒んだときは、都道府県知事に署名等の代行を申請することとされているが(同条五項)、その趣旨は、土地所有者及び関係人の立会い及び署名押印を得ることができない場合において、裁決申請に必要な土地調書及び物件調書を完成させ、土地等の使用又は収用の事業の円滑な遂行を図るとともに、土地調書及び物件調書の作成が適正に行われたことを公的に確認することにより、調書の作成の適正を担保し、ひいては私有財産権の保障を手続的に担保することにあるものと解するのが相当である。

 以上に説示したところによれば、被上告人が上告人に対し、署名等代行事務の執行を命ずるためには、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条の定めるところに従い上告人に対して適法に署名等の代行の申請がされ、かつ、土地調書及び物件調書が適正に作成されていることを要するものというべきである。

 2 所論は、那覇防衛施設局長は、本件各土地の所有者及び関係人に現地での立会いの機会を与えることなく署名押印を求めたものであるのみならず、市町村長に署名押印を求めるに当たっても、また、上告人に署名等の代行を申請するに当たっても、現地での立会いの機会を与えていないから、上告人に対する署名等の代行の申請は、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条二項、四項、五項の規定に違反するとの趣旨の主張をする。

 しかしながら、土地収用法三六条二項の文言からすると、同項は、土地調書及び物件調書作成の全過程で、土地所有者及び関係人に立会いの機会を与えることを要求しているものではなく、調書が有効に成立する署名押印の段階で、調書を土地所有者及び関係人に現実に提示し、記載事項の内容を周知させることを求めているものと解するのが相当である。本件各土地の所有者及び関係人にとっては、現地を確認することなく、土地調書及び物件調書の記載内容の真偽を判断することが困難である場合もあることは、所論指摘のとおりであるとしても、土地所有者及び関係人は、同条三項に基づき、異議を付記して署名押印をすることができ、そうすることによって、調書の記載が真実に合致するとの推定を排除することができるのである。その場合には、那覇防衛施設局長が収用委員会の審理手続の中で土地調書及び物件調書の記載内容が真実に合致することを立証しなければならないことになるのであるから、本件各土地の所有者及び関係人に現地における立会いの機会を与えなくても、その権利を不当に侵害するものとはいえない。

 そして、土地調書及び物件調書の作成につき市町村長の署名押印又は都道府県知事による署名等の代行の制度を定めた前記の趣旨からすると、土地収用法三六条四項、五項が、市町村長、その指名する市町村の吏員又は都道府県知事が指名する都道府県の吏員に現地における立会いの機会を与えることを要求しているものとも解し難い。

 以上の見地に立って本件について検討すると、原審の適法に確定した事実関係の下においては、那覇防衛施設局長は、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条二項、四項、五項の定めるところに従い、上告人に対して署名等の代行を申請したものということができ、同局長が現地における立会いの機会を与えなかったとしても、そのことをもって、本件職務執行命令を違法とすることはできない。

 3 所論は、本件各土地に係る土地調書及び物件調書(以下「本件調書」という。)が適正に作成されたものとは認め難い旨の主張もするが、原審の適法に確定した事実関係の下においては、本件調書の記載事項の調査方法や土地調書に添付すべき実測平面図の作成方法に違法の点はなく、これらはいずれも適正に作成されたものということができる。

 4 以上に説示したところによれば、上告人に対する署名等の代行の申請及び本件調書の作成に違法の点はなく、これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができ、右判断を非難する論旨は、採用することができない。

 なお、所論は、都道府県知事は、土地調書及び物件調書の記載内容が真実であることを確認することができるまでは署名等代行事務の執行を拒否することができ、また、本件において署名等代行事務を執行することは地方自治の本旨に反すると主張する。しかし、土地収用法三六条五項が都道府県知事による署名等の代行の制度を定めた前記の趣旨にかんがみると、都道府県知事は、土地調書及び物件調書が適正に作成されていることを確認することができたならば署名等代行事務を執行すべきであり、調書の記載内容の真偽について審査をし、これが真実に合致すると認めるのでなければ署名等代行事務を執行することができないと解することはできない。また、上告人が署名等代行事務を執行することによって、直ちに地方自治の本旨に反する事態が招来されるものとは解し難いから、これを前提とする論旨は、その前提を欠く。

 結局、原審の土地収用法三六条の解釈適用の誤りをいう論旨は、いずれも採用することができない。

 六 地方自治法一五一条の二第一項所定の要件

 本件において上告人が署名等代行事務を執行していないことは明らかであるところ、所論は、地方自治法一五一条の二第一項から第八項までに規定する以外の方法によってその是正を図ることが困難であり、かつ、それを放置することにより著しく公益を害することが明らかであるとした原審の判断は、同条の解釈適用を誤るものであるというのである。

 しかし、原審の適法に確定した事実関係の下においては、地方自治法一五一条の二第一項から第八項までに規定する以外の方法によって、上告人による署名等代行事務の執行の懈怠を是正することは困難であるとした原審の判断は、正当として是認することができる。

 また、上告人の署名等代行事務の執行の懈怠を放置するときは、被上告人が本件各土地を駐留軍の用に供することが適正かつ合理的であると判断して使用認定をしているにもかかわらず、那覇防衛施設局長は、収用委員会に対する裁決申請をすることができないことになり、その結果、日米安全保障条約六条、日米地位協定二条に基づく我が国の国家としての義務の履行にも支障を生ずることになることが明らかであるから、上告人の署名等代行事務の執行の懈怠を放置することにより、著しく公益が害されることが明らかであるといわざるを得ない。所論は、上告人の署名等代行事務の執行の拒否は、駐留軍の基地が沖縄県に集中していることによる様々な問題を解決するという地方自治の本旨にかなった公益の実現を目指すものであるから、これをもって著しく公益を害するということはできないという。しかし、駐留軍用地特措法一四条、土地収用法三六条五項が都道府県知事による署名等の代行の制度を定めた前記の趣旨からすると、上告人において署名等代行事務の執行をしないことを通じて右の問題の解決を図ろうとすることは、右制度の予定するところとは解し難い。上告人の署名等代行事務の執行の懈怠を放置することにより、著しく公益が害されることが明らかであるとした原審の判断も正当である。

 原審の地方自治法一五一条の二の解釈適用の誤りをいう論旨は採用することができない。

 以上によれば、論旨はいずれも採用することができないから、行政事件訴訟法七条、民訴法三九六条、三八四条、九五条、八九条に従い、裁判官園部逸夫の補足意見、裁判官大野正男、同高橋久子、同尾崎行信、同河合伸一、同遠藤光男、同藤井正雄の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。続きを読む

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2007年02月26日

憲法9条と国の私法行為 百里基地事件  最高裁平成元年6月20日第3小法廷判決

判例
H01.06.20 第三小法廷・判決 昭和57(オ)164、昭和57(オ)165
不動産所有権確認、所有権取得登記抹消請求本訴、同反訴、不動産所有権確認、停止条件付所有権移転仮登記抹消登記請求本訴、同反訴及び当事者参加(第43巻6号385頁)


判示事項:
一 国が行う私法上の行為と憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」

二 私法上の行為と憲法九条の適用

三 憲法九条と民法九〇条にいう「公ノ秩序」との関係


要旨:
一 国が行う私法上の行為は、憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」には当たらない。

二 私法上の行為には憲法九条は直接適用されるものではない。

三 憲法九条の宣明する国家の統治活動に対する規範は、そのままの内容で民法九〇条にいう「公ノ秩序」の内容を形成し、それに反する私法上の行為の効力を一律に否定する法的作用を営むということはなく、私法的な価値秩序のもとで確立された私的自治の原則、契約における信義則、取引の安全等の私法上の規範によつて相対化され、「公ノ秩序」の内容の一部を形成する。



参照・法条:
憲法9条,憲法98条1項,民法90条


内容:
 件名  不動産所有権確認、所有権取得登記抹消請求本訴、同反訴、不動産所有権確認、停止条件付所有権移転仮登記抹消登記請求本訴、同反訴及び当事者参加 (最高裁判所 昭和57(オ)164、昭和57(オ)165 第三小法廷・判決 棄却)
 原審  S56.07.07 東京高等裁判所


主    文

     本件各上告を棄却する。
     各上告費用は各上告人の負担とする。
         
理    由

(上告人A代理人尾崎陞、同風早八十二、同新井章、同荒井誠一郎、同池田眞規、同岩崎修、同榎本信行、同大森典子、同川村俊紀、同金城睦、同加藤文也、同木村晋介、同古波倉正偉、同佐藤文彦、同佐藤太勝、同四位直毅、同椎名麻紗枝、同田村徹、同内藤功、同内藤雅義、同西山明行、同根本孔衛、同彦坂敏尚、同船尾徹、同松井康浩、同三津橋彬、同水野邦夫、同宮里邦雄、同矢田部理、同山下登司夫の上告理由と上告人B代理人渡辺良夫の上告理由とは内容が同一であるので、以下においては、両者を併せて単に上告理由ということとする。なお、上告理由書冒頭の総論において主張されている点は、いずれも同第二点以下の各論旨に含まれているので、右各論旨を判断するについて各該当部分を併せて判断することとし、総論のみを独立して判断することはしない。)

 上告理由第一点について

 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の認定にそわない事実をまじえ、独自の見解に立つて原判決の違法をいうものにすぎず、採用することができない。

 同第二点の一について

 一 原審の適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。

 1 被上告人国は、関東地区に航空自衛隊の基地を建設する必要を生じ、旧帝国海軍航空隊の訓練所の所在地で戦後開拓者が入植していた茨城県東茨城郡小川町百里原に航空自衛隊の基地を建設する計画を立て、昭和三一年五月、その用地の取得につき小川町の当時の町長Cらの協力のもとにその準備を始めたところ、地元に基地建設の反対運動が起こり、開拓農民や町民の間に反対運動の団体が組織され、リコール運動が展開され、選挙の結果、昭和三二年四月基地反対派の指導者であつた上告人Bが町長に当選した。被上告人国は、防衛庁東京建設部の係官を現地に派遣し、土地所有者らと折衝を重ねて次々と売買契約を成立させ、昭和三三年三月ころには大部分の用地の買受けを終了した。

 原判決添付第三目録一ないし四記載の土地(以下これらの土地を個別にいうときには「本件一の土地」、「本件二の土地」などといい、一括していうときには「本件土地」という。)は、基地を建設するのに不可欠な場所に存在し、これを所有していた被上告人Dは、当初基地の建設に反対し基地反対派に所属していたが、次第に反対運動に疑問を抱くようになり、昭和三三年五月には、本件土地を処分して他に移転したいと考え、防衛庁東京建設部の係官の買収交渉に応ずるようになつた。

 2 これに対し、上告人Bを中心とする基地反対派の者たちは、反対運動の一環として基地の建設に不可欠な土地を買い取る考えのもとに、被上告人Dとの間で本件土地につき買取交渉を進めた結果、昭和三三年五月一八日、同被上告人からこれを買い取ることで交渉が成立し、上告人Bの使用人で農業を営む上告人Aを買主として、代金三〇六万円、代金支払の時期を、本件一の土地(宅地)につき所有権移転登記を経由し、かつ、本件二ないし四の土地につき農地法所定の許可を停止条件とする所有権移転の仮登記を経由した時期とする約定で売買するとの契約を締結し、翌一九日、右売買契約に基づいて、本件一の土地につき同日付売買を原因とする所有権移転登記を、本件二ないし四の土地につき同日付停止条件付売買を原因とする停止条件付所有権移転の仮登記をそれぞれ経由した。

 ところが、上告人Aは、契約締結時に手附一〇万円及び右各登記を経由した日に一〇〇万円の合計一一〇万円を支払つたのみで、残代金一九六万円を支払わなかつた。そこで、被上告人Dは、上告人Aに対し同年六月一三日到達の内容証明郵便をもつて残代金一九六万円を右到達の日から一〇日以内に支払うよう催告し、支払わないときは右期間の経過とともに右売買契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示をした。しかるところ、上告人Aの代理人である外山佳昌弁護士らは、右期間の最終日である同月二三日午後三時ころ、被上告人D方を訪れ、同被上告人に対し右残代金一九六万円を額面金額とする小切手を提供し、執拗に残代金として右小切手を受領するよう迫り、その結果、同被上告人はやむなくこれを残代金支払の方法として受け取つたが、右小切手は翌二四日預金不足の理由で不渡りになつた。

 3 このため、被上告人Dは、同日のうちに防衛庁東京建設部建設部長E(支出担当官)との間で売買交渉を再開し、翌二五日被上告人国に対し本件土地を代金二七〇万円(離作補償費等を含む。)で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し、同被上告人に対し、本件二及び三の土地については同年七月一日、本件四の土地については同年一二月二六日、それぞれ本件売買契約に基づく所有権移転登記を経由した。そして、被上告人Dは、同年六月二六日上告人Aを債務者として本件一の土地について売買契約の解除を理由として処分禁止の仮処分を得て、同日のうちにその旨の登記を経由した(以下本件売買契約とこれに先行して行われた被上告人Dの上告人Aに対する売買契約解除の意思表示を併せて「本件土地取得行為」ということがある。)。

 4 上告人Bは、もともと本件土地の実質的な買主であり、したがつて、被上告人Dが上告人Aに対し本件土地についてした売買契約を解除して被上告人国との間で本件売買契約をし、右解除及び本件売買契約の効力をめぐつて本件訴訟で争われているなどの一切の事情を知悉した上で、原審係属中の昭和五四年一月六日上告人Aから本件土地を買い受ける旨の契約を締結し、かつ、同年二月五日右売買契約に基づき本件一の土地について所有権移転登記を、本件二ないし四の土地については前記仮登記につき権利移転の附記登記を受けた。

 二 論旨は、憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」とは国の行うすべての行為を意味するのであつて、国が行う行為であれば、私法上の行為もこれに含まれ、したがつて、被上告人国がした本件売買契約も国務に関する行為に該当するから、本件売買契約は憲法九条(前文を含む。以下同じ。)の条規に反する国務に関する行為としてその効力を有しない、というのである。

 しかしながら、憲法九八条一項は、憲法が国の最高法規であること、すなわち、憲法が成文法の国法形式として最も強い形式的効力を有し、憲法に違反するその余の法形式の全部又は一部はその違反する限度において法規範としての本来の効力を有しないことを定めた規定であるから、同条項にいう「国務に関するその他の行為」とは、同条項に列挙された法律、命令、詔勅と同一の性質を有する国の行為、言い換えれば、公権力を行使して法規範を定立する国の行為を意味し、したがつて、行政処分、裁判などの国の行為は、個別的・具体的ながらも公権力を行使して法規範を定立する国の行為であるから、かかる法規範を定立する限りにおいて国務に関する行為に該当するものというべきであるが、国の行為であつても、私人と対等の立場で行う国の行為は、右のような法規範の定立を伴わないから憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」に該当しないものと解すべきである。以上のように解すべきことは、最高裁昭和二二年(れ)第一八八号同二三年七月七日大法廷判決・刑集二巻八号八〇一頁の趣旨に徴して明らかである。そして、原審の適法に確定した事実関係のもとでは、本件売買契約は、国が行つた行為ではあるが、私人と対等の立場で行つた私法上の行為であり、右のような法規範の定立を伴わないことが明らかであるから、憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」には該当しないものというべきである。これと同旨に帰する原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違憲はなく、論旨は、以上と異なる見解又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

 同第二点の二の(一)及び(二)について

 論旨は、本件売買契約は、被上告人国がこれをするについての準拠法規である防衛庁設置法及びその関連法令が憲法九条に違反して無効であるから、準拠法規を欠くことになり無効である、というのである。

 しかしながら、被上告人国が被上告人Dとの間で締結した本件売買契約は、国がその活動上生ずる個別的な需要を賄うためにした私法上の契約であるから、私法上の契約の効力発生の要件としては、国がその一方の当事者であつても、一般の私法上の効力発生要件のほかには、なんらの準拠法規を要しないことは明らかであり、したがつて、本件売買契約の私法上の効力の有無を判断するについては、防衛庁設置法及びその関連法令について違憲審査をすることを要するものではない。これと同旨の原審の判断は、正当として是認することができる。論旨は、これと異なる見解又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

 同第二点の二の(三)について

 論旨は、被上告人国の代理人として本件売買契約を締結したEは、組織規範である防衛庁設置法及びその関連法令が憲法九条に違反して無効であることによつて、被上告人国の支出担当官としての職務権限を欠くことになるから、本件売買契約は、結局無権限者のした行為として私法上無効である、というのである。

 しかしながら、売買契約の当事者本人が、現にその契約締結行為を行つた者の代理権限の存在を認めている場合には、第三者が、右契約が無権限者のした行為であると主張してその契約の効力を争うことはできないというべきところ、本件訴訟において、被上告人国は、Eが被上告人国の代理人としてした本件売買契約が本人である被上告人国と相手方である被上告人Dとの間で有効に成立したと主張しているのであるから、第三者である上告人らは、右理由による無効を主張することはできず、したがつて、Eが本件売買契約の締結当時必要な職務権限を有していたか否かについて判断する必要はない。これと結論を同じくする原審の判断は首肯することができる。論旨は、これと異なる見解に立つて原判決を論難するか、又は判決の結論に影響のない原判決の説示部分の違法をいうものであつて、採用することができない。

 同第三点について

 論旨は、本件売買契約は国がその一方当事者として関与した行為であるから、私人間で行われた私法上の行為と同視すべきものではないが、仮に私人間で行われた私法上の行為と同視しうるものであるとしても、憲法の保障する平和主義ないし平和的生存権に違反し、かつ、憲法九条が直接適用され、これに違反する、というのである。

 しかしながら、上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは、理念ないし目的としての抽象的概念であつて、それ自体が独立して、具体的訴訟において私法上の行為の効力の判断基準になるものとはいえず、また、憲法九条は、その憲法規範として有する性格上、私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではなく、人権規定と同様、私法上の行為に対しては直接適用されるものではないと解するのが相当であり、国が一方当事者として関与した行為であつても、たとえば、行政活動上必要となる物品を調達する契約、公共施設に必要な土地の取得又は国有財産の売払いのためにする契約などのように、国が行政の主体としてでなく私人と対等の立場に立つて、私人との間で個々的に締結する私法上の契約は、当該契約がその成立の経緯及び内容において実質的にみて公権力の発動たる行為となんら変わりがないといえるような特段の事情のない限り、憲法九条の直接適用を受けず、私人間の利害関係の公平な調整を目的とする私法の適用を受けるにすぎないものと解するのが相当である。以上のように解すべきことは、最高裁昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁の趣旨に徴して明らかである。

 これを本件についてみると、まず、本件土地取得行為のうち被上告人Dが上告人Aに対してした契約解除の意思表示については、私人間でされた純粋な私法上の行為で、被上告人国がなんら関与していない行為であり、しかも、被上告人Dは、上告人Aが売買残代金を支払わないことから、上告人Aとの間の売買契約を解除する旨の意思表示をするに至つたものであり、かつ、被上告人国とは右解除の効果が生じた後に本件売買契約を締結したというのであるから、被上告人Dのした売買契約解除の意思表示は、被上告人国が本件売買契約を締結するについて有していた自衛隊基地の建設という目的とは直接かかわり合いのないものであり、したがつて、憲法九条が直接適用される余地はないものというべきである。

 次に、被上告人Dと被上告人国との間で締結された本件売買契約について憲法九条の直接適用の有無を検討することにする。原審の確定した前記事実関係によれば、本件売買契約は、行為の形式をみると、私法上の契約として行われており、また、行為の実質をみても、被上告人国が基地予定地内の土地所有者らを相手方とし、なんら公権力を行使することなく純粋に私人と対等の立場に立つて、個別的な事情を踏まえて交渉を重ねた結果締結された一連の売買契約の一つであつて、右に説示したような特段の事情は認められず、したがつて、本件売買契約は、私的自治の原則に則つて成立した純粋な財産上の取引であるということができ、本件売買契約に憲法九条が直接適用される余地はないものというべく、これと同趣旨の原審の判断は、正当として是認することができる。原判決に所論の違憲はなく、論旨は、以上と異なる見解又は原審の認定にそわない事実に基づいて原判決を論難するものであつて、採用することができない。

 同第四点について

 論旨は、憲法九条の規定ないし平和的生存権の保障が私法上の行為である本件売買契約に直接適用されないとしても、右規定等は民法九〇条の定める公序の内容を形成し、右規定等に違反する本件売買契約を含む本件土地取得行為は、結局公序良俗違反として無効である、というのである。

 本件売買契約は、前述のように、被上告人国が自衛隊基地の建設を目的ないし動機として締結した契約であつて、同被上告人は被上告人Dに対しこの契約を締結するに当たつて右の目的ないし動機を表示していることは明らかであるから、右の目的ないし動機は本件売買契約等が公序良俗違反となるか否かを決するについて考慮されるべき事項であるということができるので、以下自衛隊基地の建設という目的ないし動機によつて、本件売買契約等が公序良俗違反として無効となるか否かについて判断する。

 まず、憲法九条は、人権規定と同様、国の基本的な法秩序を宣示した規定であるから、憲法より下位の法形式によるすべての法規の解釈適用に当たつて、その指導原理となりうるものであることはいうまでもないが、憲法九条は、前判示のように私法上の行為の効力を直接規律することを目的とした規定ではないから、自衛隊基地の建設という目的ないし動機が直接憲法九条の趣旨に適合するか否かを判断することによつて、本件売買契約が公序良俗違反として無効となるか否かを決すべきではないのであつて、自衛隊基地の建設を目的ないし動機として締結された本件売買契約を全体的に観察して私法的な価値秩序のもとにおいてその効力を否定すべきほどの反社会性を有するか否かを判断することによつて、初めて公序良俗違反として無効となるか否かを決することができるものといわなければならない。すなわち、憲法九条の宣明する国際平和主義、戦争の放棄、戦力の不保持などの国家の統治活動に対する規範は、私法的な価値秩序とは本来関係のない優れて公法的な性格を有する規範であるから、私法的な価値秩序において、右規範がそのままの内容で民法九〇条にいう「公ノ秩序」の内容を形成し、それに反する私法上の行為の効力を一律に否定する法的作用を営むということはないのであつて、右の規範は、私法的な価値秩序のもとで確立された私的自治の原則、契約における信義則、取引の安全等の私法上の規範によつて相対化され、民法九〇条にいう「公ノ秩序」の内容の一部を形成するのであり、したがつて私法的な価値秩序のもとにおいて、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立しているか否かが、私法上の行為の効力の有無を判断する基準になるものというべきである。

 そこで、自衛隊基地の建設という目的ないし動機が右に述べた意義及び程度において反社会性を有するか否かについて判断するに、自衛隊法及び防衛庁設置法は、昭和二九年六月憲法九条の有する意義及び内容について自衛のための措置やそのための実力組織の保持は禁止されないとの解釈のもとで制定された法律であつて、自衛隊は、右のような法律に基づいて設置された組織であるところ、本件売買契約が締結された昭和三三年当時、私法的な価値秩序のもとにおいては、自衛隊のために国と私人との間で、売買契約その他の私法上の契約を締結することは、社会的に許容されない反社会的な行為であるとの認識が、社会の一般的な観念として確立していたということはできない。したがつて、自衛隊の基地建設を目的ないし動機として締結された本件売買契約が、その私法上の契約としての効力を否定されるような行為であつたとはいえない。また、上告人らが平和主義ないし平和的生存権として主張する平和とは理念ないし目的としての抽象的概念であるから、憲法九条をはなれてこれとは別に、民法九〇条にいう「公ノ秩序」の内容の一部を形成することはなく、したがつて私法上の行為の効力の判断基準とはならないものというべきである。

 そうすると、本件売買契約を含む本件土地取得行為が公序良俗違反にはならないとした原審の判断は、是認することができる。論旨は、これと異なる見解に立つて原判決を論難するか、又は原判決の認定にそわない事実に基づいてその違法をいうものであつて、採用することができない。

 よつて、民訴法三九六条、三八四条一項、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官伊藤正己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

 裁判官伊藤正己の補足意見は、次のとおりである。

 本件は、その訴訟の対象が土地の売買契約の効力の有無という私法上の問題でありながら、買主たる国が当該土地を自衛隊の基地の建設という目的で取得したものであるところから、憲法前文及び九条をめぐつての論点が提起された訴訟である。私は、法廷意見の判示するところに異論がないが、事件の性質に鑑み、憲法上の論点を含め、若干の点について補足をしておくこととしたい。

 一 論旨(上告理由第二点の一)は、原判決が国の行つた私法上の行為である本件土地の売買契約は憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」に当たらないとした判断を誤りとするものであり、ここで憲法の右条項の解釈が問題となる。

 (1) 「国務に関するその他の行為」という表現は、その意味が必ずしも明確とはいえないが、憲法九八条一項の文理、それが最高法規と題する章におかれていることからみて、法廷意見の説示するとおり、憲法が成文法の国法形式として最も強い形式的効力を有するという実定成文法体系において憲法が最高の法規であるとの法意が示されていると解されるから、そこでいう「国務に関するその他の行為」は、例示される法律、命令、詔勅のように法規範として国の実定法秩序の一環をなすものを定立する行為を意味し、およそ国の行う行為のすべてを意味するものではないというべきである。そうであるとすると、行政処分や裁判は具体的な国の行為であるから、それに含まれないと解する余地があるが、当裁判所は、それらが国務に関する行為に該当することを承認している(最高裁昭和二二年(れ)第一八八号同二三年七月七日大法廷判決・刑集二巻八号八〇一頁)。これは、行政処分や裁判のように具体的な事案に対する国の行為は、当該事案に対する措置という個別的な側面とともに、それを通じて法規範の定立という意味をもつものであり、そこでこれらも国の法体系の段階構造のうちの最下位にあるとはいえ、実定法秩序の一環をなすものとしての位置づけをもちうるのであつて、その限りで国務に関する行為に当たると解するのである。このように考えると、本件売買契約のような国の私法上の行為は、右のような意味での法規範の定立を伴うものではなく、憲法九八条一項にいう「国務に関するその他の行為」に該当するものとは解されず、原判決に所論の違法はないというべきである。なお、最高裁昭和四九年(行ツ)第七五号同五一年四月一四日大法廷判決・民集三〇巻三号二二三頁は、その判示のうちに、右条項にいう国務に関する行為を「国権行為」と表示している。その意味は必ずしも明確ではないが少なくともそれが国の私法上の行為を含まないと解していることは明らかである。

 (2) 右のように右条項が法規範の定立行為をとらえて憲法の最高法規性を意味しているものとすれば、そこで法律その他が「効力を有しない」ということもそれらが違憲の限度で法規範としての本来の効力を有しないとするものと解される。例えば行政処分が憲法に反するということによりつねに絶対的に無効となるのではなく、行政処分は重大かつ明白な瑕疵がある場合に無効となるとされるが、憲法に反することは重大な瑕疵があるといつても、つねに明白な瑕疵とはいえず、憲法の解釈いかんによつて違憲かどうかがきめられることが少なくないのであつて、具体的な行政処分は、違憲であつても、当然無効の場合もあれば、当事者の主張によつて取り消される場合、相対的な無効の場合もありうると解される。裁判についても同様であり、ここではいつそう当然無効とされる場合は少なく、法定の手続にそつて裁判の効力が失わしめられるにとどまると考えられる。法廷意見が「法規範として本来の効力を有しない」というのは、このように違憲が直ちに当然無効とならないことを示すものであり、国務に関する行為が行政処分や裁判のような具体的な法規範定立行為を含むと解する以上、効力を有しないという規定を右のように解するのが相当である。なお、右にあげた昭和五一年四月一四日大法廷判決も、九八条一項を引用しつつ、憲法に反する国権行為がつねに当然無効となるという考え方を否定していることも参照されてよいであろう。

 二 右のように考えると憲法九八条一項の規定は国の私法上の行為に及ばないと解されるが、このことは、国の行う私法上の行為のすべてが、私人の行為と同じであり、憲法の直接的規律を受けないということではない。憲法的規律がどこまで及ぶかは、憲法九八条一項に関する問題ではなく、憲法という法規の性質からみてその射程範囲がどこまでか、その名宛人はなんびとかという問題である。この観点からは、私人間の私法上の行為であつても、憲法の規律が直接に及ぶと解することも可能であるし(いわゆる憲法の第三者効力の問題であるが、最高裁昭和四三年(オ)第九三二号同四八年一二月一二日大法廷判決・民集二七巻一一号一五三六頁は、憲法一四条、一九条についてこれを消極に解している)、また国が主体でなくとも、私人を主体とする行為も一定の条件のもとに国の行為とみなして、その私法上の行為について憲法の適用を認めることもありうる(いわゆる「ステート・アクシヨンの法理参照)。同様に国の私法上の行為も憲法の直接の規律を受けることがありうるのである。当裁判所は地方公共団体が地鎮祭のための神官への報酬などの費用を支出したことの憲法適合性を審査しているが(最高裁昭和四六年(行ツ)第六九号同五二年七月一三日大法廷判決・民集三一巻四号五三三頁)、この支出行為は私法的な行為に基づくものとみられるから、右の趣旨を前提としているものと解することができる。そして、私見によれば、国の行為は、たとえそれが私法上の行為であつても、少なくとも一定の行政目的の達成を直接的に目的とするものであるときには、それ以外にどこまで及ぶかどうかはともかくとして、私法上の行為であることを理由として憲法上の拘束を免れることができない場合もありうるものと思われる。

 しかし、右のような憲法の射程範囲を考える場合にみのがしてはならないことは、私法上の行為が憲法の規定に反するという瑕疵をもつ場合にも、直ちにその私法的効力が否定されるわけでないことである。もとより国の行為が憲法に反する以上はその効力を否定する要請が働くけれども、他方で、私法上の行為であるから私的自治の原則が認められ、私法上の行為によつて生ずる私人の権利や利益が私人の予期しない事由によつて損なわれることがないように配慮する必要があり、このような取引の安全保護の見地からは、私法上の効力を肯定する要請が働くことになる。このような点を較量しながら私法上の行為について判断することとなる。

 三 憲法の諸規定は、憲法の性質上、原則として私法上の行為に直接の適用がないとしてもすべての憲法規範がそうであるとはいえず、その規定のうちには私人間で行われた私法上の行為であつても直接に拘束を及ぼすものがあると考えてよい。例えば、奴隷的拘束を受けない自由(一八条前段)や勤労者の基本権(二八条)は、それらの規定に反する私的な行為は民法九〇条の公序違反としてその効力を否定する考え方もとれなくはないが、むしろ現代社会においては人を奴隷的拘束におく私人間の契約や、勤労者の団結権などの基本権を違法に制限する私的な行為は、直接に憲法に反すると判断してよいと思われる。もしそうであれば、これらは、国の私法的行為についても当然に妥当するであろう。

 それでは憲法九条は、所論(上告理由第三点)のように私的行為に対して直接適用される規定と解釈すべきであるか。同条は、日本国憲法の基盤をなす平和主義の原理を正文のなかの一箇条として規範化したものであり、きわめて重要な規定であることはいうまでもないが、それは、国の統治機構ないし統治活動についての基本的政策を明らかにしたものであつて、国民の私法上の権利義務と直接に関係するものとはいえない。所論は、憲法前文及び九条の規定から平和的生存権を保障するとの解釈を抽出して、その侵害をいうが、平和的生存権をいうものの意味内容は明確ではなく、それが具体的請求権として、あるいは訴訟における違法性の判断基準として、裁判において直接に国の私法上の行為を規律する性質をもつものではないと解するのが相当である。また所論は、自由権や平等権の諸規定は間接適用されるものであるとしても、憲法九条はその法意や位置づけからみてそれらの人権規定と異なつて直接に適用されるというが、私見によれば、そのような考え方はとるべきでなく、前述の昭和四八年一二月一二日の当裁判所の判例の判示するように憲法第三章の基本的人権の保障のような個人の権利自由にかかわる諸規定が間接適用にとどまるものとすれば、その趣旨からいつて、憲法九条が裁判規範たる性質をもつものであるとしても、統治活動にかかわる同条は、もとより国と国民との間の私法上の行為に直接に適用されるに由ないものというほかはない。

 四 本件土地の売買契約に対して憲法九条の直接の適用がないとしても、同条の規定は民法九〇条にいう公序をなし憲法九条に違反した動機目的によつて締結された本件契約は公序違反として私法上無効であるという論旨(上告理由第四点)については、法廷意見の述べるところにとくに附加するところはないが、若干の私見を述べておきたい。

 (1) 憲法は国の基本的秩序を定めているものであるから、それは当然に民法九〇条にいう公序の一部をなすものといえる。当裁判所が私的な会社における男女の定年について五年の格差のあることを公序に反すると判示しているが(最高裁昭和五四年(オ)第七五〇号同五六年三月二四日第三小法廷判決・民集三五巻二号三〇〇頁)、そこに憲法一四条一項が引用されていることからみても、憲法の規律するところが民法上の公序をなすことを示唆しているものと思われる。憲法九条の規定は統治機構、統治活動に向けられた政治的色彩の濃い規範であるとしても、それがために公序と関係がないとはいえず、むしろ憲法秩序として重要なものであるから社会の公序を形成しているといえるであろう。

 しかし、法廷意見も説示するように、私法的な価値秩序と直接の関係のない憲法規範は、そのままの内容で私法上の秩序のなかに移されて、これに反する私法上の行為を直ちに無効とするものではないと解すべきであり、すでに憲法の射程範囲について論じたところと同様に、ここでも憲法上の規律は、私法上の価値秩序との相関関係において相対化され、そのうえで民法九〇条のもとでの私法上の効力の存否を判断しなければならないことになる。とくに憲法九条のような統治機構や統治活動に密着するきわめて公法的性格の強い規範の場合にそう考えるべきである。

 (2) 右の観点にたつてみるとき、本件土地の売買契約は、民法九〇条の公序違反として私法上の効力を否定するだけの反社会性をもつ行為といえるか。本件契約の目的動機として自衛隊基地の建設ということが表示されているが、これが私法的な価値秩序のもとでどのような反社会性をもつかは、憲法九条の規定について互いに対立して存在する複数の解釈のうちのいずれが正当なものかを決したうえですべき判断とは必ずしもいえないのであつて、同条の解釈について国民各層にどのような解釈が存しているかという社会的状況、自衛隊が現実に存在していること及びその活動に対する社会一般の認識などの実情に即してえられるところの社会通念に照らして、私法的な価値秩序のもとでその効力を否定されるだけの反社会性を有するかどうかで判断されるべきものであると考えられる。もとよりこのことは、憲法が国の基本構造を形成していることからみて、裁判所の判断が社会の実情にそのまま依存し追従すべきであるというのではないが、このような憲法的規律を考慮に容れてもなお、本件契約が民法九〇条に違反しないとした法廷意見の理由づけは正当であるというべきである。

     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    伊   藤   正   己
            裁判官    安   岡   滿   彦
            裁判官    坂   上   壽   夫

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自衛隊と統治行為 長沼事件控訴審  札幌高裁昭和51年8月5日判決

事件番号: 昭和48(行コ)2
事件名: 保安林解除処分取消請求控訴事件
裁判年月日: 昭和51年08月05日
裁判所名: 札幌高等裁判所


判示事項:
1 農林大臣のした水源かん養保安林の指定解除処分により,農業用水及び飲料水の確保並びに水害防止につき直接影響を受ける地域内の耕地の権利者及び居住者は,右処分を争う法律上の利益を有するとした事例 

2 保安林の指定解除処分により,地元住民が生命,身体の安全を侵害される不利益は,えん堤等の洪水防止施設によって補償,代替されるに至ったものであって,右地元住民らは,右処分の取消しを求める訴えの利益を失ったものとした事例 

3 訴えを不適法として却下したが,一審以来の当事者の主張の経過及び一審判決の判断にかんがみ,本案における争点の一つである自衛隊等の憲法適合性に関する司法審査の可否について判断を示した事例 

4 保安林指定解除処分後,立木竹がほぼ全面的に伐採され,その跡地に航空自衛隊第3高射群の施設等が建設されていても,右跡地は,その地形,周辺の状態及び利用状況等から見て,木竹の集団的な生育に供される土地として,その森林性を失っていないとした事例


 主文
原判決を取消す。
被控訴人らの訴えはいずれもこれを却下する。
訴訟費用は第一、二審を通じて被控訴人らの負担とする。

 事実
控訴代理人は、「原判決を取消す。被控訴人らの訴えを却下する。訴訟費用に第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決、予備的に、「原判決を取消す。被控訴人らの請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人らの負担とする。」との判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求めた。

当事者双方の主張並びに証拠関係は、別紙二「主張並びに証拠」記載のほかは、原判決事実摘示と同一であるからここに引用する。



以下容量の都合で省略します
最高裁リンク

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自衛力・戦力・平和的生存権 長沼事件一審  札幌地裁昭和48年9月7日判決

昭和44年(行ウ)第16号、第23号、第24号保安森林指定の解除処分取消請求訴訟

判例検索中

参考 Wikipedia 長沼事件

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法律解釈による憲法判断の回避 恵庭事件  札幌地裁昭和42年3月29日判決

判例検索中

参考 Wikipedia 恵庭事件

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自衛権・戦力・駐留軍 砂川事件  最高裁昭和34年12月16日大法廷判決

判例
S34.12.16 大法廷・決定 昭和34(あ)710 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反(第13巻13号3225頁)


判示事項:
一 刑訴法第三五条但書の特別の事情がなくなつたものと認められた事例。

二 憲法第九条の立法趣旨。

三 憲法第九条第二項の戦力不保持の規定の立法趣旨。

四 憲法第九条はわが国の自衛権を否定するか。

五 憲法はわが国が自国の平和と安全を維持しその存立を全うするための自衛の措置をとることを禁止するか。

六 憲法は右自衛のための措置を国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事措置等に限定し、他国にわが国の安全保障を求めることを禁止するか。

七 わが国に駐留する外国軍隊は憲法第九条第二項の「戦力」にあたるるか。

八 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約(以下安保条約と略す。)と司法裁判所の司法審査権。

九 安保条約がいわゆる前提問題となつている場合と司法裁判所の司法審査権。

一0 安保条約は一見明白に違憲と見められるか。

一一 特に国会の承認を経ていない安保条約第三条に基く行政協定(以下行政協定と略す。)の合憲性。


要旨:
  一 刑訴規則第二五四条の跳躍上告事件において、審判を迅速に終結せしめる必要上、被告人の選任すべき弁護人の数を制限したところ、その後公判期日および答弁書の提出期日がきまり、かつ弁護人が公判期日に弁論をする弁護人の数を自主的に〇人以内に制限する旨申出たため、審理を迅速に終結せしめる見込がついたときは、刑訴第三五条但書の特別の事情はなくなつたものと認めることができる。

二 憲法第九条は、わが国が敗戦の結果、ポツダム宣言を受諾したことに伴い、日本国民が過去におけるわが国の誤つて犯すに至つた軍国主義的行動を反省し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、深く恒久の平和を念願して制定したものであつて、前文および第九八条第二項の国際協調の精神と相まつて、わが憲法の特色である平和主義を具体化したものである。

三 憲法第九条第二項が戦力の不保持を規定したのは、わが国がいわゆる戦力を保持し、自らその主体となつて、これに指揮権、管理権を行使することにより、同条第一項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起すことのないようにするためである。

四 憲法第九条はわが国が主権国として有する固有の自衛権を何ら否定してはいない。

五 わが国が、自国の平和と安全とを維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置を執り得ることは、国家固有の権能の行使であつて、憲法は何らこれを禁止するものではない。

六 憲法は、右自衛のための措置を、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事措置等に限定していないのであつて、わが国の平和と安全を維持するためにふさわしい方式または手段である限り、国際情勢の実情に則し適当と認められる以上、他国に安全保障を求めることを何ら禁ずるものではない。

七 わが国が主体となつて指揮権、管理権を行使し得ない外国軍隊はたとえそれがわが国に駐留するとしても憲法第九条第二項の「戦力」には該当しない。

八 安保条約の如き、主権国としてのわが国の存立の基礎に重大な関係を持つ高度の政治性を有するものが、違憲であるか否の法的判断は、純司法的機能を使命とする司法裁判所の審査の原則としてなじまない性質のものであり、それが一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外にあると解するを相当とする。

九 安保条約(またはこれに基く政府の行為)が違憲であるか否かが、本件のように(行政協定に伴う刑事特別法第二条が違憲であるか)前提問題となつている場合においても、これに対する司法裁判所の審査権は前項と同様である。

一0 安保条約(およびこれに基くアメリカ合衆国軍隊の駐留)は、憲法第九条、第九八条第二項および前文の趣旨に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは認められない。

一一 行政協定は特に国会の承認を経ていないが違憲無効とは認められない。


参照・法条:
  刑訴法35条,刑訴規則26条,憲法前文,憲法9条1項,憲法9条2項,憲法98条2項,憲法9条,憲法73条3号,憲法76条3項,憲法81条,憲法98条,日本とアメリカ合衆国間の安全保障条約前文,日本とアメリカ合衆国間の安全保障条約1条,日本とアメリカ合衆国間の安全保障条約3条,日本とアメリカ合衆国間の安全保障条約3条に基く行政協定2条1,日本とアメリカ合衆国との間の安全保障条約前文,日本とアメリカ合衆国との間の安全保障条約1条,日本とアメリカ合衆国との間の安全保障条約3条,日本とアメリカ合衆国との間の安全保障条約3条に基く行政協定2条1,日本とアメリカ合衆国との間の安全保障条約3条に基く行政協定に伴う刑事特別法2条


内容:
 件名  日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定に伴う刑事特別法違反 (最高裁判所 昭和34(あ)710 大法廷・決定 破棄差戻)
 原審  東京地裁


主    文

     原判決を破棄する。
     本件を東京地方裁判所に差し戻す。
         
理    由

 東京地方検察庁検事正野村佐太男の上告趣意について。

 原判決は要するに、アメリカ合衆国軍隊の駐留が、憲法九条二項前段の戦力を保持しない旨の規定に違反し許すべからざるものであるということを前提として、日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約三条に基く行政協定に伴う刑事特別法二条が、憲法三一条に違反し無効であるというのである。一、先ず憲法九条二項前段の規定の意義につき判断する。そもそも憲法九条は、わが国が敗戦の結果、ポツダム宣言を受諾したことに伴い、日本国民が過去におけるわが国の誤つて犯すに至つた軍国主義的行動を反省し、政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、深く恒久の平和を念願して制定したものであつて、前文および九八条二項の国際協調の精神と相まつて、わが憲法の特色である平和主義を具体化した規定である。すなわち、九条一項においては「日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求」することを宣言し、また「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する」と規定し、さらに同条二項においては、「前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力はこれを保持しない。国の交戦権は、これを認めない」と規定した。かくのごとく、同条は、同条にいわゆる戦争を放棄し、いわゆる戦力の保持を禁止しているのであるが、しかしもちろんこれによりわが国が主権国として持つ固有の自衛権は何ら否定されたものではなく、わが憲法の平和主義は決して無防備、無抵抗を定めたものではないのである。憲法前文にも明らかなように、われら日本国民は、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようとつとめている国際社会において、名誉ある地位を占めることを願い、全世界の国民と共にひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認するのである。しからば、わが国が、自国の平和と安全を維持しその存立を全うするために必要な自衛のための措置をとりうることは、国家固有の権能の行使として当然のことといわなければならない。すなわち、われら日本国民は、憲法九条二項により、同条項にいわゆる戦力は保持しないけれども、これによつて生ずるわが国の防衛力の不足は、これを憲法前文にいわゆる平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼することによつて補ない、もつてわれらの安全と生存を保持しようと決意したのである。そしてそれは、必ずしも原判決のいうように、国際連合の機関である安全保障理事会等の執る軍事的安全措置等に限定されたものではなく、わが国の平和と安全を維持するための安全保障であれば、その目的を達するにふさわしい方式又は手段である限り、国際情勢の実情に即応して適当と認められるものを選ぶことができることはもとよりであつて、憲法九条は、わが国がその平和と安全を維持するために他国に安全保障を求めることを、何ら禁ずるものではないのである。

 そこで、右のような憲法九条の趣旨に即して同条二項の法意を考えてみるに、同条項において戦力の不保持を規定したのは、わが国がいわゆる戦力を保持し、自らその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使することにより、同条一項において永久に放棄することを定めたいわゆる侵略戦争を引き起こすがごときことのないようにするためであると解するを相当とする。従つて同条二項がいわゆる自衛のための戦力の保持をも禁じたものであるか否かは別として、同条項がその保持を禁止した戦力とは、わが国がその主体となつてこれに指揮権、管理権を行使し得る戦力をいうものであり、結局わが国自体の戦力を指し、外国の軍隊は、たとえそれがわが国に駐留するとしても、ここにいう戦力には該当しないと解すべきである。二、次に、アメリカ合衆国軍隊の駐留が憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に反するかどうかであるが、その判断には、右駐留が本件日米安全保障条約に基くものである関係上、結局右条約の内容が憲法の前記条章に反するかどうかの判断が前提とならざるを得ない。

 しかるに、右安全保障条約は、日本国との平和条約(昭和二七年四月二八日条約五号)と同日に締結せられた、これと密接不可分の関係にある条約である。すなわち、平和条約六条(a)項但書には「この規定は、一又は二以上の連合国を一方とし、日本国を他方として双方の間に締結された若しくは締結される二国間若しくは多数国間の協定に基く、又はその結果としての外国軍隊の日本国の領域における駐とん又は駐留を妨げるものではない。」とあつて、日本国の領域における外国軍隊の駐留を認めており、本件安全保障条約は、右規定によつて認められた外国軍隊であるアメリカ合衆国軍隊の駐留に関して、日米間に締結せられた条約であり、平和条約の右条項は、当時の国際連合加盟国六〇箇国中四〇数箇国の多数国家がこれに賛成調印している。そして、右安全保障条約の目的とするところは、その前文によれば、平和条約の発効時において、わが国固有の自衛権を行使する有効な手段を持たない実状に鑑み、無責任な軍国主義の危険に対処する必要上、平和条約がわが国に主権国として集団的安全保障取極を締結する権利を有することを承認し、さらに、国際連合憲章がすべての国が個別的および集団的自衛の固有の権利を有することを承認しているのに基き、わが国の防衛のための暫定措置として、武力攻撃を阻止するため、わが国はアメリカ合衆国がわが国内およびその附近にその軍隊を配備する権利を許容する等、わが国の安全と防衛を確保するに必要な事項を定めるにあることは明瞭である。それ故、右安全保障条約は、その内容において、主権国としてのわが国の平和と安全、ひいてはわが国存立の基礎に極めて重大な関係を有するものというべきであるが、また、その成立に当つては、時の内閣は憲法の条章に基き、米国と数次に亘る交渉の末、わが国の重大政策として適式に締結し、その後、それが憲法に適合するか否かの討議をも含めて衆参両院において慎重に審議せられた上、適法妥当なものとして国会の承認を経たものであることも公知の事実である。

 ところで、本件安全保障条約は、前述のごとく、主権国としてのわが国の存立の基礎に極めて重大な関係をもつ高度の政治性を有するものというべきであつて、その内容が違憲なりや否やの法的判断は、その条約を締結した内閣およびこれを承認した国会の高度の政治的ないし自由裁量的判断と表裏をなす点がすくなくない。それ故、右違憲なりや否やの法的判断は、純司法的機能をその使命とする司法裁判所の審査には、原則としてなじまない性質のものであり、従つて、一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、裁判所の司法審査権の範囲外のものであつて、それは第一次的には、右条約の締結権を有する内閣およびこれに対して承認権を有する国会の判断に従うべく、終局的には、主権を有する国民の政治的批判に委ねらるべきものであると解するを相当とする。そして、このことは、本件安全保障条約またはこれに基く政府の行為の違憲なりや否やが、本件のように前提問題となつている場合であると否とにかかわらないのである。三、よつて、進んで本件アメリカ合衆国軍隊の駐留に関する安全保障条約およびその三条に基く行政協定の規定の示すところをみると、右駐留軍隊は外国軍隊であつて、わが国自体の戦力でないことはもちろん、これに対する指揮権、管理権は、すべてアメリカ合衆国に存し、わが国がその主体となつてあだかも自国の軍隊に対すると同様の指揮権、管理権を有するものでないことが明らかである。またこの軍隊は、前述のような同条約の前文に示された趣旨において駐留するものであり、同条約一条の示すように極東における国際の平和と安全の維持に寄与し、ならびに一または二以上の外部の国による教唆または干渉によつて引き起されたわが国における大規模の内乱および騒じようを鎮圧するため、わが国政府の明示の要請に応じて与えられる援助を含めて、外部からの武力攻撃に対する日本国の安全に寄与するために使用することとなつており、その目的は、専らわが国およびわが国を含めた極東の平和と安全を維持し、再び戦争の惨禍が起らないようにすることに存し、わが国がその駐留を許容したのは、わが国の防衛力の不足を、平和を愛好する諸国民の公正と信義に信頼して補なおうとしたものに外ならないことが窺えるのである。

 果してしからば、かようなアメリカ合衆国軍隊の駐留は、憲法九条、九八条二項および前文の趣旨に適合こそすれ、これらの条章に反して違憲無効であることが一見極めて明白であるとは、到底認められない。そしてこのことは、憲法九条二項が、自衛のための戦力の保持をも許さない趣旨のものであると否とにかかわらないのである。 (なお、行政協定は特に国会の承認を経ていないが、政府は昭和二七年二月二八日その調印を了し、同年三月上旬頃衆議院外務委員会に行政協定およびその締結の際の議事録を提出し、その後、同委員会および衆議院法務委員会等において、種々質疑応答がなされている。そして行政協定自体につき国会の承認を経べきものであるとの議論もあつたが、政府は、行政協定の根拠規定を含む安全保障条約が国会の承認を経ている以上、これと別に特に行政協定につき国会の承認を経る必要はないといい、国会においては、参議院本会議において、昭和二七年三月二五日に行政協定が憲法七三条による条約であるから、同条の規定によつて国会の承認を経べきものである旨の決議案が否決され、また、衆議院本会議において、同年同月二六日に行政協定は安全保障条約三条により政府に委任された米軍の配備規律の範囲を越え、その内容は憲法七三条による国会の承認を経べきものである旨の決議案が否決されたのである。しからば、以上の事実に徴し、米軍の配備を規律する条件を規定した行政協定は、既に国会の承認を経た安全保障条約三条の委任の範囲内のものであると認められ、これにつき特に国会の承認を経なかつたからといつて、違憲無効であるとは認められない。)

 しからば、原判決が、アメリカ合衆国軍隊の駐留が憲法九条二項前段に違反し許すべからざるものと判断したのは、裁判所の司法審査権の範囲を逸脱し同条項および憲法前文の解釈を誤つたものであり、従つて、これを前提として本件刑事特別法二条を違憲無効としたことも失当であつて、この点に関する論旨は結局理由あるに帰し、原判決はその他の論旨につき判断するまでもなく、破棄を免かれない。

 よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条本文に従い、主文のとおり判決する。

 この判決は、裁判官田中耕太郎、同島保、同藤田八郎、同入江俊郎、同垂水克己、同河村大助、同石坂修一の補足意見および裁判官小谷勝重、同奥野健一、同高橋潔の意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

 裁判官田中耕太郎の補足意見は次のとおりである。

 私は本判決の主文および理由をともに支持するものであるが、理由を次の二点について補足したい。一、本判決理由が問題としていない点について述べる。元来本件の法律問題はきわめて単純かつ明瞭である。事案は刑事特別法によつて立入を禁止されている施設内に、被告人等が正当の理由なく立ち入つたということだけである。原審裁判所は本件事実に対して単に同法二条を適用するだけで十分であつた。しかるに原判決は同法二条を日米安全保障条約によるアメリカ合衆国軍隊の駐留の合憲性の問題と関連せしめ、駐留を憲法九条二項に違反するものとし、刑事特別法二条を違憲と判断した。かくして原判決は本件の解決に不必要な問題にまで遡り、論議を無用に紛糾せしめるにいたつた。

 私は、かりに駐留が違憲であつたにしても、刑事特別法二条自体がそれにかかわりなく存在の意義を有し、有効であると考える。つまり駐留が合憲か違憲かについて争いがあるにしても、そしてかりにそれが違憲であるとしても、とにかく駐留という事実が現に存在する以上は、その事実を尊重し、これに対し適当な保護の途を講ずることは、立法政策上十分是認できるところである。

 およそある事実が存在する場合に、その事実が違法なものであつても、一応その事実を承認する前提に立つて法関係を局部的に処理する法技術的な原則が存在することは、法学上十分肯定し得るところである。違法な事実を将来に向つて排除することは別問題として、既定事実を尊重し法的安定性を保つのが法の建前である。それによつて、ある事実の違法性の影響が無限に波及することから生ずる不当な結果や法秩序の混乱を回避することができるのである。かような場合は多々存するが、その最も簡単な事例として、たとえ不法に入国した外国人であつても、国内に在留するかぎり、その者の生命、自由、財産等は保障されなければならないことを挙げることができる。いわんや本件駐留が違憲不法なものでないにおいておや。

 本件において、もし駐留軍隊が国内に現存するという既定事実を考慮に入れるならば、国際慣行や国際礼譲を援用するまでもなく、この事実に立脚する刑事特別法二条には十分な合理的理由が存在する。原判決のふれているところの、軽犯罪法一条三二号や住居侵入罪との法定刑の権衡のごとき、結局立法政策上の問題に帰着する。

 要するに、日米安全保障条約にもとづくアメリカ合衆国軍隊の駐留の合憲性の問題は、本来かような事件の解決の前提問題として判断すべき性質のものではない。この問題と、刑事特別法二条の効力との間には全く関連がない。原判決がそこに関連があるかのように考えて、駐留を違憲とし、従つて同法二条を違憲無効なものと判断したことは失当であり、原判決はこの一点だけで以て破棄を免れない。二、原判決は一に指摘したような誤つた論理的過程に従つて、アメリカ合衆国軍隊の駐留の合憲性に関連して、憲法九条、自衛、日米安全保障条約、平和主義等の諸重要問題に立ち入つた。それ故これらの点に関して本判決理由が当裁判所の見解を示したのは、けだし止むを得ない次第である。私は本判決理由をわが憲法の国際協調主義の観点から若干補足する意味において、以下自分の見解を述べることとする。

 およそ国家がその存立のために自衛権をもつていることは、一般に承認されているところである。自衛は国家の最も本源的な任務と機能の一つである。しからば自衛の目的を効果的に達成するために、如何なる方策を講ずべきであろうか。その方策として国家は自国の防衛力の充実を期する以外に、例えば国際連合のような国際的組織体による安全保障、さらに友好諸国との安全保障のための条約の締結等が考え得られる。そして防衛力の規模および充実の程度やいかなる方策を選ぶべきかの判断は、これ一つにその時々の世界情勢その他の事情を考慮に入れた、政府の裁量にかかる純然たる政治的性質の問題である。法的に認め得ることは、国家が国民に対する義務として自衛のために何等かの必要適切な措置を講じ得、かつ講じなければならないという大原則だけである。

 さらに一国の自衛は国際社会における道義的義務でもある。今や諸国民の間の相互連帯の関係は、一国民の危急存亡が必然的に他の諸国民のそれに直接に影響を及ぼす程度に拡大深化されている。従つて一国の自衛も個別的にすなわちその国のみの立場から考察すべきでない。一国が侵略に対して自国を守ることは、同時に他国を守ることになり、他国の防衛に協力することは自国を守る所以でもある。換言すれば、今日はもはや厳格な意味での自衛の観念は存在せず、自衛はすなわち「他衛」、他衛はすなわち自衛という関係があるのみである。従つて自国の防衛にしろ、他国の防衛への協力にしろ、各国はこれについて義務を負担しているものと認められるのである。

 およそ国内的問題として、各人が急迫不正の侵害に対し自他の権利を防衛することは、いわゆる「権利のための戦い」であり正義の要請といい得られる。これは法秩序全体を守ることを意味する。このことは国際関係においても同様である。防衛の義務はとくに条約をまつて生ずるものではなく、また履行を強制し得る性質のものでもない。しかしこれは諸国民の間に存在する相互依存、連帯関係の基礎である自然的、世界的な道徳秩序すなわち国際協同体の理念から生ずるものである。このことは憲法前文の国際協調主義の精神からも認め得られる。そして政府がこの精神に副うような措置を講ずることも、政府がその責任を以てする政治的な裁量行為の範囲に属するのである。

 本件において問題となつている日米両国間の安全保障条約も、かような立場からしてのみ理解できる。本条約の趣旨は憲法九条の平和主義的精神と相容れないものということはできない。同条の精神は要するに侵略戦争の禁止に存する。それは外部からの侵略の事実によつて、わが国の意思とは無関係に当然戦争状態が生じた場合に、止むを得ず防衛の途に出ることおよびそれに備えるために必要有効な方途を講じておくことを禁止したものではない。

 いわゆる正当原因による戦争、一国の死活にかかわる、その生命権をおびやかされる場合の正当防衛の性質を有する戦争の合法性は、古来一般的に承認されているところである。そして日米安全保障条約の締結の意図が、「力の空白状態」によつてわが国に対する侵略を誘発しないようにするための日本の防衛の必要および、世界全体の平和と不可分である極東の平和と安全の維持の必要に出たものである以上、この条約の結果としてアメリカ合衆国軍隊が国内に駐留しても、同条の規定に反するものとはいえない。従つてその「駐留」が同条二項の戦力の「保持」の概念にふくまれるかどうかは―我々はふくまれないと解する―むしろ本質に関係のない事柄に属するのである。もし原判決の論理を是認するならば、アメリカ合衆国軍隊がわが国内に駐留しないで国外に待機している場合でも、戦力の「保持」となり、これを認めるような条約を同様に違憲であるといわざるを得なくなるであろう。

 我々は、その解釈について争いが存する憲法九条二項をふくめて、同条全体を、一方前文に宣明されたところの、恒久平和と国際協調の理念からして、他方国際社会の現状ならびに将来の動向を洞察して解釈しなければならない。字句に拘泥しないところの、すなわち立法者が当初持つていた心理的意思でなく、その合理的意思にもとづくところの目的論的解釈方法は、あらゆる法の解釈に共通な原理として一般的に認められているところである。そしてこのことはとくに憲法の解釈に関して強調されなければならない。

 憲法九条の平和主義の精神は、憲法前文の理念と相まつて不動である。それは侵略戦争と国際紛争解決のための武力行使を永久に放棄する。しかしこれによつてわが国が平和と安全のための国際協同体に対する義務を当然免除されたものと誤解してはならない。我々として、憲法前文に反省的に述べられているところの、自国本位の立場を去つて普遍的な政治道徳に従う立場をとらないかぎり、すなわち国際的次元に立脚して考えないかぎり、憲法九条を矛盾なく正しく解釈することはできないのである。

 かような観点に立てば、国家の保有する自衛に必要な力は、その形式的な法的ステータスは格別として、実質的には、自国の防衛とともに、諸国家を包容する国際協同体内の平和と安全の維持の手段たる性格を獲得するにいたる。現在の過渡期において、なお侵略の脅威が全然解消したと認めず、国際協同体内の平和と安全の維持について協同体自体の力のみに依存できないと認める見解があるにしても、これを全然否定することはできない。そうとすれば従来の「力の均衡」を全面的に清算することは現状の下ではできない。しかし将来においてもし平和の確実性が増大するならば、それに従つて、力の均衡の必要は漸減し、軍備縮少が漸進的に実現されて行くであろう。しかるときに現在の過渡期において平和を愛好する各国が自衛のために保有しまた利用する力は、国際的性格のものに徐々に変質してくるのである。かような性格をもつている力は、憲法九条二項の禁止しているところの戦力とその性質を同じうするものではない。

 要するに我々は、憲法の平和主義を、単なる一国家だけの観点からでなく、それを超える立場すなわち世界法的次元に立つて、民主的な平和愛好諸国の法的確信に合致するように解釈しなければならない。自国の防衛を全然考慮しない態度はもちろん、これだけを考えて他の国々の防衛に熱意と関心とをもたない態度も、憲法前文にいわゆる「自国のことのみに専念」する国家的利己主義であつて、真の平和主義に忠実なものとはいえない。

 我々は「国際平和を誠実に希求」するが、その平和は「正義と秩序を基調」とするものでなければならぬこと憲法九条が冒頭に宣明するごとくである。平和は正義と秩序の実現すなわち「法の支配」と不可分である。真の自衛のための努力は正義の要請であるとともに、国際平和に対する義務として各国民に課せられているのである。

 以上の理由からして、私は本判決理由が、アメリカ合衆国軍隊の駐留を憲法九条二項前段に違反し許すべからざるものと判断した原判決を、同条項および憲法前文の解釈を誤つたものと認めたことは正当であると考える。続きを読む

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