地方自治

自治体の課税権 大牟田市電気税訴訟 福岡地裁昭和55年6月5日判決

昭和50年(ワ)第329号損害賠償事件
(訟月26巻9号1572頁、判時966号3頁)

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特別区と憲法上の地方公共団体 最高裁昭和38年3月27日大法廷判決

事件番号 昭和37(あ)900
事件名 贈収賄被告事件
裁判年月日 昭和38年03月15日
法廷名 最高裁判所大法廷
裁判種別 判決
結果 破棄差戻し
判例集巻・号・頁 第17巻2号121頁

原審裁判所名 東京地方裁判所


判示事項 地方自治法第二八一条の二第一項と憲法第九三条第二項
裁判要旨 地方自治法第二八一条の二第一項は、憲法第九三条第二項に違反しない。
(補足意見がある。)
参照法条 地方自治法281条の2第1項,憲法93条2項


主    文

 原判決を破棄する。

 本件を東京地方裁判所に差し戻す。

 理    由

 東京地方検察庁検事正石田富平の上告趣意について。

 論旨は、原判決が都の特別区の長の公選制を廃止した地方自治法二八一条の二第一項は憲法九三条二項に違反して無効であると判示したのは、憲法の右条項の解釈を誤つた違法があるというのである。

 憲法は、九三条二項において「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙する。」と規定している。何がここにいう地方公共団体であるかについては、何ら明示するところはないが、憲法が特に一章を設けて地方自治を保障するにいたつた所以のものは、新憲法の基調とする政治民主化の一環として、住民の日常生活に密接な関連をもつ公共的事務は、その地方の住民の手でその住民の団体が主体となつて処理する政治形態を保障せんとする趣旨に出たものである。この趣旨に徴するときは、右の地方公共団体といい得るためには、単に法律で地方公共団体として取り扱われているということだけでは足らず、事実上住民が経済的文化的に密接な共同生活を営み、共同体意識をもつているという社会的基盤が存在し、沿革的にみても、また現実の行政の上においても、相当程度の自主立法権、自主行政権、自主財政権等地方自治の基本的権能を附与された地域団体であることを必要とするものというべきである。そして、かかる実体を備えた団体である以上、その実体を無視して、憲法で保障した地方自治の権能を法律を以て奪うことは、許されないものと解するを相当とする。

 ひるがえつて、東京都の特別区についてこれをみるに、区は、明治一一年郡区町村編制法施行以来地方団体としての長い歴史と伝統を有するものではあるが、未だ市町村のごとき完全な自治体としての地位を有していたことはなく、そうした機能を果たしたこともなかつた。かつて地方自治制度確立に伴ない、区の法人格も認められたのであるが、依然として、区長は市長の任命にかかる市の有給吏員とされ、区は課税権、起債権、自治立法権を認められず、単にその財産および営造物に関する事務その他法令により区に属する事務を処理し得るにとどまり、殊に、日華事変以後区の自治権は次第に圧縮され、昭和一八年七月施行の東京都制の下においては、全く都の下部機構たるに過ぎなかつたのである。

 ところが、戦後昭和二一年九月東京都制の一部改正により区は、従前の事務のほか法令の定めるところに従い区に属する事務を処理し(一四〇条)、区条例、区規則の制定権、区税および分担金の賦課徴收権が認められ(一四三条、一五七条ノ三ないし五)、「区ニ区長ヲ置」き「区長ハ其ノ被選挙権アル者ニ就キ選挙人ヲシテ選挙セシメ其ノ者ニ就キ之ヲ任ズ」(一五一条ノ二)とのいわゆる区長公選制を採用することとなり、翌二二年四月制定された地方自治法においても、特別区は「特別地方公共団体」とし、原則として市に関する規定が適用されることとなつた(二八三条、附則一七条)。しかし、これら法律の建前が特別区の事務、事業の上にそのまま実現されたわけでなく、政治の実際面においては、区長の公選が実施された程度で、その他は都制下におけるとさしたる変化はなく、特別区は区域内の住民に対して直接行政を執行するとはいえ、その範囲および権限において、市の場合とは著しく趣きを異にするところが少なくなかつた。このことは次に掲げる諸法律の規定に照らして、これを推認し得るに十分である。すなわち、地方自治法においても、都は条例で特別区について必要な規定を設けることができ(二八二条)、都知事は特別区に都吏員を配置することができることとした(同法施行令二一〇条)ほか、同法附則二条により現に効力を有する東京都制一九一条の規定に基づき、都制時代に都が処理していた事務の多くのものが依然として都に留保されていた。また特別法の規定においても、法律上市に属する事務とされていながら、東京都にあつては、重要な公共事務が特別区の権限からはずされ或いは特別区全体を一つの対象として取り扱い、都に市の性格と府県の性格とを併有せしめるものが、数多く認められる。その例として、警察法(昭和二二年法律一九六号)五一条、消防組織法(昭和二二年法律二二六号)一六条、地方自治法施行令附則四条により適用を全面的に排除されている道路法(大正八年法律五八号)および水道条例(明治二三年法律九号)、児童福祉法(昭和二二年法律一六四号)七一条、教育委員会法(昭和二三年法律一七〇号)五二条、地方自治法施行令(昭和二二年政令一六号)二〇九条、地方財政平衡交付金法(昭和二五年法律二一一号)二一条一項等を挙げることができる。特に、特別区の財政上の権能については、区は、前叙のごとく、昭和二一年東京都制の一部改正により自主財政権が与えられ、独立して区税を賦課徴収し得ることとなつたにもかかわらず、同年の改正にかかる地方税法(昭和二一年法律一六号)においては、東京都の区は、ただ都の条例の定めるところにより都の課することのできる税の全部または一部を区税として課することが認められているに過ぎず、さらに税目を起こして独立税を課する場合においても、都の同意を必要とする(八五条ノ一一、同条ノ一二)と規定し、区を独立の課税権を有する地方団体としては取り扱わず、昭和二五年の改正地方税法(同年法律二二六号)によつてもこの建前は変更されることなく(一条、七三四条ないし七三六条参照)、現在に及んでいる。かように、特別区は、昭和二一年九月都制の一部改正によつてその自治権の拡充強化が図られたが、翌二二年四月制定の地方自治法をはじめその他の法律によつてその自治権に重大な制約が加えられているのは、東京都の戦後における急速な経済の発展、文化の興隆と、住民の日常生活が、特別区の範囲を超えて他の地域に及ぶもの多く、都心と郊外の昼夜の人口差は次第に甚だしく、区の財源の偏在化も益々著しくなり、二三区の存する地域全体にわたり統一と均衡と計画性のある大都市行政を実現せんとする要請に基づくものであつて、所詮、特別区が、東京都という市の性格をも併有した独立地方公共団体の一部を形成していることに基因するものというべきである。

 しかして、特別区の実体が右のごときものである以上、特別区は、その長の公選制が法律によつて認められていたとはいえ、憲法制定当時においてもまた昭和二七年八月地方自治法改正当時においても、憲法九三条二項の地方公共団体と認めることはできない。従つて、改正地方自治法が右公選制を廃止し、これに代えて、区長は特別区の議会の議員の選挙権を有する者で年齢二五年以上のものの中から特別区の議会が都知事の同意を得て選任するという方法を採用したからといつて、それは立法政策の問題にほかならず、憲法九三条二項に違反するものということはできない。

 されば、原判決が特例区の長の公選制を廃止した地方自治法二八一条の二第一項は憲法九三条二項に違反して無効であると判示したのは、憲法の右条項の解釈を誤つた違法があり、論旨は理由あるに帰し、原判決は到底破棄を免かれない。

 よつて刑訴四一〇条一項本文、四〇五条一号、四一三条本文に従い、主文のとおり判決する。

 この判決は、裁判官垂水克己の補足意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。

 裁判官垂水克己の補足意見は、次のとおりである。1日本国民は、国内多数の地方に分れて住み、その地方の自然的条件や経済事情ないし伝統、風習その他の文化的条件に

 従つて生活し、同じ地方の住民は互いによりよく知り合い、交通、通信、取引、交際をし、利害関係を共にすることが多

 い。このことから、またその住民は、苦楽を共にし共同体意識を持つに至り、自分ら住民だけの利害に関する事項につい

 ては、国民全体の総意から離れて、自分らの意思に従い、自分らの手で独自の共同生活を営もうと欲するに至ることは、

 人間自然の姿であり、かような欲求は、国民の総意に反しない限り、これを認容することの方が、国民生活を一層民意に叶い実情に即した行き届いたものとする所以でもあり、他面、一から十まで国が国民の世話を焼くことから国を解放する所以でもある。ここに、憲法が民主的国民生活の不可欠の要件とする「地方自治の本旨」及び地方公共団体の存在の意義がある。地方自治のない国民生活はなく、いずれの地方公共団体の住民ともされない国民は一人もない。

 私は、次の説を大いに傾聴に値するものと考える。曰く、「東京都の特別区は自己の議会を有し(この点大阪市の区と異る)、自治立法権(条例制定権)、自治財政権(課税権)及び自治行政権を有しているのであるから、その権限は制限されているとはいえ、なおこれを地方公共団体というべきである。

 (1) 条例制定権 昭和二一年九月東京都制の一部改正法律により、区は、条例、区規則の制定権を認められた(同法一四三条)。

 昭和二三年一月地方自治法の施行により、都の区は、特別区という法人格を有する地方公共団体となり、原則とし

 て市と同様に取扱われることとなつた(同法二八一条一項、一条三項、二条、二八三条、一四条、一五条)。

 (2) 自治行政権 昭和二一年九月改正の東京都制によつて、区は、従前の事務のほか法令の定めるところにより区に属する事務を処理することとなつた(同法一四〇条)。昭和二三年一月施行の地方自治法二八一条は、「特別区は、その公共事務及び法律若しくは政令又は都の条例により特別区に属するもの並びに従来法令又は都の条例により都の区に属するものの外、その区域内におけるその他の行政事務で国の事務に属しないものを処理する。」(二項)、「第二条第三項及び第四項の規定は、前項の事務にこれを準用する。」(三項)と規定し、さらに、同法附則一七条は、「他の法律中市に関する規定は、政令で特別の規定を設ける場合を除くの外、特別区にも、また、これを適用する。」と定め、特別区に普通地方公共団体と同様の自治行政権を与えた。

 (3) 財政権 前記改正東京都制の下では、区は、独立して、課税権および起債権を認められていた(前同法一五七条ノ三ないし一五七条ノ五)。もつとも、昭和二一年九月法律一六号地方税法および昭和二五年法律二二六号地方税法は、区を独立の課税権を有する地方公共団体として取り扱わず、ただ都の条例の定めるところにより都の課することのできる税の全部または一部を区税として課することを認めているに過ぎず、さらに税目を起して独立税を課する場合においても、都の同意を必要とするという制限が課せられていた(一六号八五条ノ一一、同条ノ一二、二二六号一条、七三四条ないし七三六条)。

 今、東京都の特別区の実体をみても、各区は人口一二万余から五二万余に及び、町田市、府中市の約六万、伊豆大島、八丈島の各一万三千をはるかに凌駕しており、その政治的、経済的、文化的活動も活溌であり、区民の民主化も生活も大いに発達している。この特別区が、制約を受けながらも、右の如き自治権を法律によつて与えられている以上、これを憲法九三条二項にいう地方公共団体でないとはいえない。とすれば、特例区の長はその住民の直接選挙によるべきである。」というのである。

 憲法にいう「地方自治の本旨」、ムミユニテイの精神なるものは、われらの祖先から受けつがれたものでないだけに、或いは低く評価、理解されるかも知れないが、自由民主主義憲法の精神からいえば、国会が法律をつくるに当つては大いにこれを尊重すべき性質のもので、なかでも、住民の総意は最も重視されるべきものである。このことは憲法九五条の「一の地方公共団体にのみ適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票においてその過半数の同意を得なければ、国会はこれを制定することができない。」という規定にハツキリ現われている。新憲法後始めて制定された各種委員会や公聴会の制度、解職(リコール)制度、納税者訴訟制度等は憲法の明文の要請するところではないが、民主的なかようなものも全廃すれば地方自治の本旨から遠ざかることとなる。特別区が憲法上の地方公共団体でないとしても、その区長については公選制を採ることの方が地方自治の本旨に副う所以であると思う。地方自治について何ら規定のなかつた明治憲法の下で、終戦までの間に地方自治制度を創設、発達させた明治以来の国会を想うべきである。2 しかし、立法政策の問題でなく、翻つて憲法の解釈問題として考えてみるとどうか。憲法九二条は「地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基いて、法律でこれを定める。」というのであるから、地方公共団体は、法律によつて始めて生れ、権利主体となるのであり、その地域の広狭をどうするか、また、いわゆる二重構造とするか否かも一に法律によつて定まり、地方議会のあり方、その構成員の選出方法、運営方法についても法律によつて始めて基本的事項が定まるのであることは、憲法同条の解釈上疑を容れない。

 或る地方の住民がその意識と共同生活において一の地方公共団体とするに熟する状態にあるか否かの認定、判断は、一般的には、国会の権限に属するものと考える。ただ、国会といえども、その認定、判断が非合理的であつて「地方自治」といえる共同体生活をなしえないような物的、心的実体の地方住民を一の地方公共団体とするが如きは、憲法の地方自治の本旨に副わないもので、違憲というしかないであろう。例えば、今日すぐさま、わが国を東日本と西日本の二州だけの地方公共団体に分けたり、或いは、山形県と高知県とを併せて一県とするが如きである。

 私は、東京都の特別区を地方公共団体として扱い、その区長を公選する制度を採るなら、憲法の地方自治の本旨に副うと思う。3 けれども、異体についてみても、東京都の特別区は、通信、交通、電気、水道、ガスの利用、各種取引、買物、通勤、通学、消防、災害防止、衛生、各種文化施設の利用等々の点で他の特別区と不可分に結合し、人は他の二、三の区を通つて活動する常態になつている。隣区の火災は自区の危険である。だから、二十三区を合せたものを東京都とするなら問題はない。多数意見の説示も、この点では首肯できる。

 しかし、府県に匹敵する東京都では、都内市町村の住民は、都の長である都知事を選出し得るほか、当該市町村の長をも選出する権能が与えられているのに対し、特別区の住民は、都内でも二十三区の存する地域は人口においても、都民の七割余を占め、その経済的、文化的能力においても、都の最要部をなしており、その一つ一つの区をとつてみても、都内市町村に比して人口、能力において大いに優れているにもかかわらず、二十三区を併せたものの長を選出する途も閉ざされている。この点納得し難いものがある。

 私は、或る地方の住民を法律で地方公共団体とする場合ならよいが、反対に一旦地方公共団体とされその権利を与えられたものからその権利を奪いこれを地方公共団体でなくする場合には、少くともその地方公共団体の公的総意を聴くぐらいのことをする方が民主的であると思う。特別区の長の公選制を廃止する地方自治法二八一条の二第一項の制定にあたり、公述人の意見を聴いたとか、区民は何ら反対しなかつたというだけでは不十分のように思う。しかし、いうまでもなく、地方公共団体の組織を、大乗的、全体的見地から国が変更しようとする場合に、関係地方公共団体多数の反対に遭つては如何ともし難いということになるべきではないから、単に右のごとき手続を踏まなかつた故をもつて、同条を違憲と解すべきではあるまい。

 そして、地方自冶法二八一条の二第一項制定の際の国会における担当国務大臣の提案理由の説明や国会の審議の過程等に徴すれば、次のことが明らかである。すなわち、東京都住民は今や相当緊密に結びつき、その特別区や市町村ごとに区区独自の条例、自治警察、課税権を持つよりも、全都民がその力を結集し、経済的にもまた文化的にも有無相通じ、全体の発達を促すことの方が、全都民の生活向上のためにも国のためにも百年の大計である。また、三多摩地方、伊豆七島は、数十年来東京府に属し、その住民も東京都民たらんことを願い、二十三区民等も、これを容れることのできる心的、物的要件を具えている。そこで、特別区の長の公選制を廃止しても、実質上、区民の自治権能を減殺する結果を生ぜず、且つ、特別区以外の地域の住民とその自治権能の点において遜色を来たすことがない。かような認定、判断の下に、国会は同法条を制定したものである。しかして、かかる認定、判断はもとより国会に附与された権限の正当な行使と認めるべきである。従つて、右の規定を目して違憲と断定することは、許されないものというべきである。

 以上の理由から、私は、多数意見の結論に賛成する。

 検察官 村上朝一公判出席
  昭和三八年三月二七日
     最高裁判所大法廷
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎
            裁判官    河   村   又   介
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    池   田       克
            裁判官    垂   水   克   己
            裁判官    河   村   大   助
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    奥   野   健   一
            裁判官    石   坂   修   一
            裁判官    山   田   作 之 助
            裁判官    五 鬼 上   堅   磐
            裁判官    横   田   正   俊
            裁判官    斎   藤   朔   郎
            裁判官    草   鹿   浅 之 介
 裁判官高木常七は退官につき署名押印することができない。
         裁判長裁判官    横   田   喜 三 郎

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