263 板谷齋兵衛大蛇退治の謎・日本に鉄砲伝来は何時か

「鉄砲伝来種子島」の画像検索結果  「黒川郡史」によると天正3年(1575)に板谷齋兵衛が大蛇を退治したと伝わっているが、日本に鉄砲が伝来したのは下記の通りで、天正3年には下記の長篠の戦いで織田軍が大量の鉄砲を使い武田の騎馬軍団を破っている。政宗が元服したのは天正5年で当時の伊達家は、輝宗の時代で山形の米沢を拠点として勢力拡大を狙っていた。
 この時代に大谷保の土豪の板谷一族が鉄砲を所有していたとは考えられないので、当時は大蛇退治の伝説はあったかもしれないが、鉄砲で退治したと伝えられたのは江戸中期と考えられる。

      
鉄砲伝来

 1543年のことです。九州の南に浮かぶ種子島(たねがしま)に1隻の船が漂流します。船から出てきたのは、中国人やポルトガル人。中国人の方には驚かなかったでしょうが、ポルトガル人の白い肌、金髪?茶髪?の髪には、当時の人はかなり驚いたことでしょう。

 その彼らの船から出てきたのが
鉄砲
。その鉄砲がその後、日本の歴史に大きな影響を与えることになるのです。

 島の領主、種子島時尭(たねがしま ときたか)は、鉄砲を2丁買い求め1つは家宝とし、もうひとつを解体させ構造を勉強させました。当時は、ネジの構造など悪戦苦闘が続いたようですが、やがて堺や国友、根来などで国産されるようになると、戦国大名たちがこぞって買い求めるようになっていきます。

  長篠の戦い(ながしののたたかい、長篠の合戦・長篠合戦とも)は、戦国時代の天正3年5月21日1575年6月29日)、三河国長篠城(現愛知県新城市長篠)をめぐり、3万8千の織田信長徳川家康連合軍と、1万5千の武田勝頼の軍勢が戦った合戦

263 板谷齋兵衛大蛇退治の謎・黒川口説とは

 「黒川郡史」によると、天正3年(1575)年に板谷齋兵衛が大蛇を鉄砲で撃ち、自宅の門前にあった塩釜明神の神牌のおかげで助かったことが記されている。天正3年中央では長篠の合戦で織田軍が勝利を収め武田家の滅ぽうした年であり、奥羽ではまだ戦国時代が続き、大谷邑は黒川、葛西、留守などの狭間で板谷一帯を領地としていた小土豪であった。
 「大郷町史」によると、天正3年頃には大谷邑をめぐって、葛西氏と留守氏が対立していた時期でもある。この両者の対立の中で残間氏の祖(板谷一族)は葛西方に味方したが、力及ばず葛西方が降伏して残間家の祖は逼塞を余儀なくされたが、仙台藩成立の際に持ち山を政宗に献上して、山守の座につき邑の指導者に帰りざいたというものである。
 しかし、ここでは武士の身分を捨てられ、百姓身分の転身が図られているのである。ここに近世的秩序が板谷の山奥にも迫っていることを認めなければならない。板谷齋兵衛の大蛇退治伝承は、武士であった板谷一族の祖が百姓身分に転落した事情を語っているようにも思われるのである。
「仙台留守氏の居...」の画像検索結果絵図・・戦国時代の宮城県

262 板谷齋兵衛大蛇退治の謎・洞雲寺の大蛇伝説

座禅窟写真・・洞雲寺の座禅窟
 

洞雲寺の大蛇伝説

 
 洞雲寺に伝わる大蛇伝説によると、今から670余年前のこと、洞雲寺の若き僧侶が村の長者の娘と道ならぬ恋に陥り、一緒になれることを悲観して寺の近くの池に二人で身をなげ心中した。

二人は二匹の大蛇に化身して、大雨を降らせてお寺を水中に沈めたり、村に様々な禍を与えたりして暴れまわり、お寺の近隣の村人たちを困らせた。

 ある時、寺の住職が岩沼の大祭に行ったとき、能登から来ていた高僧に洞雲寺の大蛇の話をし窮状を訴えたところ、その高僧は「私が退治してあげます」と言って洞雲寺に来て座禅を組み念仏を唱えながら仏法の力で大蛇と戦い、大蛇を洞雲寺の座禅窟の中に閉じ込めてしまった。それ以後は洞雲寺周辺の村々は平穏になりお寺も再建された。

 それから数十年たった後、旅の途中の修行僧が洞雲寺に立ち寄り座禅の修行をしていたところ、座禅窟の岩の中から女のすすり泣く声が聞こえたので、修行僧は女に泣いている訳を尋ねたところ、女は「私は寺の僧侶と道ならぬ恋に陥り、心中して大蛇に化身して、村人を困らせたため、能登の高僧に寺の座禅窟に押し込められた大蛇です、未だ成仏できずに彷徨っていますので、なんとか修行僧の仏法の力で成仏させてください、」と哀願するので修行僧は、仏法の力でこの大蛇を成仏させた。その時にお礼として、大蛇の牙、骨などをお寺に献上した。

 寺では道ならぬ恋に陥り心中して大蛇に化身した哀れな女を弔うと共に、この時女が献上した骨を寺の宝として現在でも大切に保管している。
                           
29・2・27洞雲寺住職より聞き取り

 ところで洞雲寺にある大蛇の骨は一匹分しかないのである。化身した大蛇は二匹のはずである。それでは僧侶が化身した大蛇は何処に行ったのであろうか、言い伝えによると残間家に残されている大蛇の骨は、この時の僧侶が化身した大蛇の骨だと言い伝えられている。
 洞雲寺と残間家は丘陵地帯で連なっており、距離的にも近いし両方に同じような大蛇の骨が残っているところから、残間家の大蛇伝説と結びついたのではないだろうか。
livedoor プロフィール
カテゴリ別アーカイブ
タグクラウド
QRコード
QRコード
  • ライブドアブログ