2005年03月09日

映画”アレキサンダー”−なぜアメリカで不評だったかー

アレキサンダー”アレキサンダー”がアメリカで不評だったという記事をぴあで読んだ。アメリカ人が憧れる英雄アレキサンダー、それはオリエンタル(東洋)世界=ペルシャ帝国に何世紀に渡り苦しめられたオクシデンタル(西洋)世界=ギリシャを、その支配から開放し、オリエンタル世界を征服した英雄としてのアレキサンダーであるギリシャ人は自分たちを”ヘレネイ”、その他の人を”バーバリアン”と呼んだ。ギリシャが世界の中心で、ギリシャ人のみが知識・教養のある文化人で、その他の人はすべて野蛮人だという発想である。現在の白人至上主義、西洋が東洋の上にあるという考え方に通じる。自分たちと同じ西洋人=白人であるギリシャ人(マケドニア人はギリシャ人の一派である)が東洋人=非白人であるペルシア人を打ち破る姿に拍手喝采するわけである。しかも当時のペルシャ帝国は現在のイラン・イラクが中心であった。(ペルシャ人はイラン人であり、首都のペルセポリスは現在のイラン、映画で中心都市として描かれているバビロンがあるバビロニアは現在のイラクである)イラクと戦い、イランを悪の枢軸と呼ぶブッシュ政権下のアメリカ人が、かつてのイラン・イラクであるペルシャ帝国の支配から脱し、打ち破り、滅ぼす英雄としてのアレキサンダーを求めるのは、当然の流れだろう
 
しかし、ここで描かれるアレキサンダーはどうだ?征服したペルシャ帝国の人民を虐殺するどころか、自国の軍隊に組み入れ、ギリシャ風の都市”アレキサンドリア”を征服した各地に建設し、マケドニア人と現地人との融合を図るコスモポリタンとして描かれている。そして、遂には、”マケドニア人を妻としないとマケドニア女性に対する侮辱だ”といさめる重臣たちの意見を無視し、山岳民族の王女と結婚してしまう現代のアメリカに置き換えれば、ブッシュが独身だとすると、自らイラクに赴き、イラク人と結婚して、イラク人との融和をはかるということになってしまうブッシュ政権下の保守的なアメリカ人が目を背けたくなるのも想像に難くないぴあでは、アレキサンダーをホモセクシュアルに描いたのが英雄というイメージから外れたといった論調だったが、それは上記の理由に比べるとたいした理由ではない。
 
もう一つ受け入れられなかった大きな理由は、アレキサンダーが独裁者として描かれている点だろう。ペルシャ帝国を征服したマケドニア・ギリシャ連合軍の将軍・兵士が望んだのは、戦利品と共に故郷へ凱旋帰国することだった彼らの意見をすべて無視し、アレキサンダーはインドへとさらに東征を続けるギリシャ社会はご存知のように直接民主制を取り入れていた共和国だった。マケドニアは王国だったが、それでも重要なことは王を含めた重臣による合議制で決められていた。この民主主義であるという点が、アメリカ人が古代ギリシャと自分たちを重ね合わせられるという意味で、きわめて重要である。独裁者はサダム・フセインにしろ、古くはヒトラーにしろ、アメリカ人が最も忌み嫌う対象である。現在のアメリカ合衆国大統領のように、民主主義の枠内での、強力なリーダーとして描かれるべきアレクサンダーが、敵であるフセインのように描かれたのでは、アレキサンダーに感情移入などできようはずがない
 
映画の結末としては、アレキサンダーは毒殺されることになっている。史実では熱病とされているが、私も毒殺説が正しいと以前から考えていた。ペルシャ、インドを経てようやくバビロンに帰ってきて、故郷に帰れるのももう少しだという段になり、今度はアラビア半島を回り、地中海を西に進み、征服の旅を続けると分かったとき、あなたがアレキサンダー配下の将軍だったらどうするだろう?これではいくら命があっても足りやしない、今故郷へ帰れば英雄だが、西へ進めば死ぬ確率も高い。さらに先に述べたように、当時は王は貴族の中の第一人者にすぎず、ルイ14世時代の絶対君主制と異なり、忠誠心など絶大ではない。答えは自ずと明らかであろう、自分が死ぬか、アレキサンダーが死ぬかの二つに一つなのだから
 
さらにこの映画が問題視されるのは、オリバー・ストーン監督が筋金入りの反戦主義者だからだ。”プラトーン”、”7月4日に生まれて”など過去にも反戦映画を発表してきたストーン監督が描いたとなると、この映画はオリエンタル世界とオクシデンタル世界との融合を示唆してると解釈できよう。ブッシュ政権の対オリエンタル(アフガニスタン、イラン、イラク)強攻策への明確な否定に他ならない。
 
固い話ばかり書いてきたが、そうした政治問題など抜きにして鑑賞しても、”アレキサンダー”は十分楽しめる娯楽大作である。ガウガメラ、タクシラの戦闘シーンは圧巻で、ここ数年公開された映画の戦闘シーンとしては、間違いなく五本の指に入るだろう。復元されたバビロンのセットはゴージャスそのもので、もしこんな都市が現在存在したら、間違いなく一番訪れてみたい都市として描かれている。
 
娯楽大作としても、現在のアメリカを知る上でも、そしてアレキサンダーという歴史上でも屈指のコスモポリタン(今から2300年も前のギリシャ人と野蛮人の二つしかないと本当に信じていたギリシャ人が黒人の女性を妻に娶ることなど、当時の常識を逸脱している)の人生をたどるという意味でも、間違いなくおススメの大作である。
 

cornell5553 at 18:56│Comments(5)TrackBack(4)映画評論 

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1. ALEXANDER  [ Monologue ]   2005年03月09日 23:24
ALEXANDER 監督・脚本 Oliver Stone 音楽     Vangelis<CAST >アレキサンダー:Colin Farrellオリンピアス(アレキサンダーの母) :Angelina Jolieフィリッポス(マケドニアの王でアレキサンダーの父): Val Kilmerプトレマイオス:Anthony Hopkinsストーリ
2. アリストテレスとアレキサンダー大王(2)  [ 文化的生活のすすめ ]   2005年03月21日 09:07
「なぜ、20歳で王になれたのか? なぜ、10年で世界を征服できたのか? そして謎に包まれた死の真相とは――――? 2300年の時を経て、今明かされる史上最大のミステリー」 (映画「アレクサンダー」のプログラムより) http://www.alexander-movie.jp/
3. アレキサンダー  [ AV(Akira's VOICE)映画,ゲーム,本 ]   2005年04月02日 11:50
古代にタイムスリップさせてくれる三時間。思いのほか楽しめました!
4. Be Reasonable…  [ 夜目、遠目、幕の内 ]   2005年05月09日 02:12
「失敗作」とのアメリカのお墨付きを受けて公開された『アレキサンダー』の日本での感

この記事へのコメント

1. Posted by Moebon   2005年03月09日 23:23
はじめまして。TBありがとうございました。

遅まきながらこの映画を鑑賞しましたが、なるほど、同じような感想を私も持ちました。
この映画は、いろいろな意味で様々な角度から楽しむ事が出来ました。いい映画ではないでしょうか。

お邪魔して、少しエントリを読ませていただいたのですが・・・
もしかしたらものすごい近いところにいるかも知れません(笑)(秘密)

堀江さん、近くでたまにお姿を見かけます。いろいろ言われてはいるようですが、別に悪い人とも思わないですしキライでもありません。

また、お邪魔しに参ります。
2. Posted by jyun   2005年03月11日 00:38
カテゴリのホットトピックスを左の一番上に配置換えしたほうが需要があるのではないかと思うのですが、どうですか?
3. Posted by fiji   2005年03月11日 14:41
コメントありがとうございます。ホットトピックスはLDトップページの一番上、新着情報でも見れます。そのためディレクトリーでは一番右下になっています。一番下の一覧という文字をクリックするとディレクトリートップ画面が表示されますが、そこではホットトピックスが一番上になっています。よろしくお願いいたします。
4. Posted by jyun   2005年03月12日 20:30
なるほど、了解しました。
それにしても新着情報、影が薄いロゴできずきませんでした。
それとどうせなら最低限ヤフーの話題先読み情報見たいなものもやってください。
5. Posted by bunkateki_seikatsu   2005年03月21日 09:02
遅まきながら、わたしも見てきました。
なぜアメリカで不人気だったのか。そしてたぶんそれにも増して日本でも人気がなかったのは何故か。その点は考えさせられました。

その点からも、MBAキーワード広告社長日記の「映画”アレキサンダー”−なぜアメリカで不評だったか」を興味深く読ませてもらいました。

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