2013年10月21日

久しぶりの更新になります。

最近、境界性パーソナリティ障害の治療に特化した弁証法的行動療法というものを見る機会がありました。

「境界性パーソナリティ障害の治療に特化した」もので、効果があることがある程度証明されている点だけでも

知識を取り入れ、また試すのに十分なものだと思い、ここでご紹介しておきたいと思います。

wikiにある情報をに加え、ググって見れば日本でも少なからず専門の治療チームや研修も行われていますね。


ただ「境界性パーソナリティ障害の治療に特化した弁証法的行動療法」は認知行動療法に含まれているので、現在日本では保険適用外の自費治療になるようではあります。



境界性人格障害や精神疾患で同じ悩みと苦しみ、又離れた後もダメージを抱えている皆様へ、参考までに、。

(17:37)

2011年07月25日

Posted by みやび さん 2011年07月24日 13:17

私もBPDの主人に振り回され、別居しましたが、離れてるといい人に思った。
戻って来る?
の言葉で、やり直そうと決め戻って来て、地獄のような日々を送ってます。
別居中に複数の女性関係をもち、嫁と、やり直すって言っても、最後の女性
が連絡してきて、その人とのメールのやり取りで、保険金をかけて、嫁を、精神的に追い込んで自殺させたらみたいなのがありました。
主人は私の前では、感情の起伏が激しく、よその人には、自分を作っていい人を演じます。
病気がわかったのは2年半前なので、私が引き込まれないようにカウンセリングなど受けてきましたが、主人自身に病気に対しての自覚がなく、私の事を、気違いなどと言ってきます。
切れると、大声で怒鳴ったり、子供のように、イーって言ったり、手がつけられなくなります。

自分が一番偉く、自分が一番正しい理論になり、周りの人全てを否定しだします
病気だとわかっていても、辛いです、


>>>>>>

オーナー返信

BPDの人は自分のすべてを受け入れるべきだとする対象とその他の人でまるで違うことが多いですね。
原因の多くは幼児体験で、主に親子関係などにあることが多いようです。幼児期に自分のすべてを受け入れてくれて心のよりどころとなるべき親とのコミニュケーションが不足したり、親としての立場である人が幼稚で精神的自立ができていなかったりする事で歪んだ親子関係を構築していたりすると、その反動、もしくは習性的に同様の対人行動をとるようになったりといった事です。

心理学関係の言葉で「ダブルバインド」という言葉を見た事があります。
自分は専門家ではありませんので言葉の意味についてここであれこれ講釈できませんが、BPDの人格形成というものを考えるとき、上記したような個人的解釈とも重なる部分があるのではないかと思っています。

みやびさんは既にご自分が専門医にかかっているようですので、ご主人とこれから共に生きていこうとするなら、共に専門医のもとに出向き病気の自覚をご本人に持ってもらう事が第一である事は、様々な人の実体験や専門書でも勧められている事ではないかと思います。

自分は結果的に彼女のBPDに巻き込まれてしまい、ある程度精神的に平静を取り戻すのに2年以上要し、自分の人生の中で大きく失われたといっていい2年でした。

私はみやびさんが一人で抱えて頑張り過ぎる事がとても心配です。
客観的にご自分とご主人の関係を眺めて考える部分なども持つようにしていると新しい発想も生まれるかもしれませんし、できるならあなたの立場と辛さを理解してくれる人(最近はそういったサークルのようなものも増えているようです)を探してみたりするなど、状況が良くなる事を願っています。

(13:19)

2009年11月14日

* 2009/11/12 18:08 * 投稿者:Nさん


初めまして。
境界性人格障害のことを調べていてここにたどり着き、いろいろと勉強させていただきました。

私には春から付き合っている彼(今は付き合っているのかいないのか微妙なのですが…)がいるのですが、その彼がBPDなのでは…と思っています。
半年の間で何度も何度もいざこざがあり、何度別れているかもわかりません。
付き合っているか微妙というのは、今もまたごちゃごちゃしてしまっている最中だからです。

すぐに言い合いになってしまう原因のひとつにこのBPDがあるのではないかと思うんです。
私は彼の性格があってその上でその症状が重なってしまっている、というとらえかたをしているので、全てをこの障害のせいにするつもりはありません。
(それこそ彼の性格だけでなく私の性格も原因のひとつのはずなので)

だけど、原因のひとつとしてもやっぱりこの障害は大きくて…
好きだと言ったすぐ何分後に死ねと言われたり、この障害とは全く別に問題があって彼から聞くことが非現実的なことで本当なのかと悩んだり(BPDの方には虚言がある場合があるとも聞いたので…)
正直彼を受け止めようと思っていてもつらいです。
彼も『普段感情を抑えていると、一回(私に対して)キレると自分でコントロールができない』と言って悩んでいるようです。


>>>>>>>>>>>>

私も境界例(BPD)の彼女と付き合っているとき、しょっちゅう別れているような感じでした。

その原因のほとんどは彼女が言い出すことで、理由は
「私はあなたにふさわしくない」
「本当は私は好かれていない」
「私はもてあそばれている」とか。自分に対する愛情を確かめる事が中心で、別れ話をしてきて電話やメールに応答しなくなったり、家に遊びに来ていてこの状態になると「もう一緒にいれない、野宿するからほっといてくれ」と飛び出して真夜中でも走り回って逃げて一方的に連絡を絶とうとするけど、追いかけるのをやめたり連絡を取らなくなると
「なんでおいかけてこねんだ、お前の気持ちは所詮そんなもんやろ」
「マジで野宿させる気かよ」
とキレて戻ってくるパターンでした。

勿論、境界例(ボーダー)に限らず精神疾患は幾つか併発する事が多いし、本来の性格的な要因が症例のベクトルとして働く事は間違いないし、そういう意味では私の付き合った彼女はとても子供じみた性格で、Nさん{BPDの虚言}と言われているBPDの妄想(理想)としての虚言が、より強く現れていたようにも思います。
(本人が理想と現実を埋めようとする作業は境界例の大きな特徴と言われています)

前述したように、Nさんのお相手が必ずしもBPDかは断定できないし、躁鬱的傾向(双極性障害)やその他の症例なども調べてみてから対応を考えていったほうが良いかもしれませんね。

どちらにしろ一人で抱え込まず、彼と悩みを共有し率直に話し合ってさあ得あえる形になれれば最も良いでしょうね。

コメントに
「全てをこの障害のせいにするつもりはありません」
とあったので、誠実な人柄で根をつめすぎてご自分を追い詰めてしまわないか心配です。
境界性人格障害に限りませんが、精神疾患と関わっていくには双方の理解と協力が不可欠だと思います。

それからもし彼がBPDだとしたら、彼の気持ちに期待し信じすぎるのも危険だと経験的にも思います。
境界性人格障害の人はとても純粋な反面、気持ちの移り変わりも極端な場合が本当に多いですから。
心がボロボロになった挙句、相手は新しい相手を見つけてまったく振り返りもしないとかよく聞きました。
勿論すべての人ではありませんが、症状と長く付き合うにはある程度距離を置いた方が結果的に心に余裕ができるし、そういった意味でもそのほうがいいと思います

頑張り過ぎず、あまり無理をなさらない様になさって下さいね。




(16:47)

2009年10月25日

境界例と自己愛性の違い

* 投稿者:タカさん

>はじめまして


>早速ですが境界性と自己愛性の違いはどこでしょうか?

>私は文章を拝見する限りは元彼女が境界性とかなり近いような気がします


>あと現在は某所に自己愛か境界性か疑いのある若干一名の女性がいて、その人が中心で50代の男性達が私のことを報告し、どうやら陰口や嘲笑の対象になってるみたいです


>はじめに場所を訪れた時は若干一名の男性が私を外見を見て非難しているのが聞こえましたが、最初は気になりませんでした


>その男性と女性は中が良く何でも話合いしてましたが、次第にグループの規模が増えて皆が非難し始めたようです


>先日のその女性の会話に“私を無視したら倍に返してやる”と言ってました


>皆は私がしてないのに私がしたように言って自分の非難から逃れたりです


>私はとうとう一人になってしまいました

>逃げられるかは判りませんが、昔の職場では男性社員が“転職した先で不評を語る”と言ってましたし、どこにいてもそういう存在があるのですね


>>>>>

初めまして、コメントありがとうございます。

タカさんがおっしゃるように、私のモトカノは境界例が主たる症状だったと考えています。
以前記事内でも触れましたが、パーソナリティ障害は研究されて症例が未だにつみあがっていないため、専門家の間でも割と曖昧な区別がされ、一つの根拠を述べている人も反対のベクトルに対して強硬に反論するというものでもなくり、学説的に共存しているような部分もあるようです。

上記を踏まえたうえで境界例と自己愛性の違いを一般的でもっとも代表的な部分でいえば、境界例が極端で自己の認識と抑制に差があることに比べ、自己愛性はある程度自分の行動を認識した上で、自分自身の存在に対して優越意識があり、自分が愛されるべきだと思っている、というところでしょうか。

そういう意味ではタカさん知己の女性は自己愛性に近いと考えられるかもしれませんね。

ですが病名の区別が曖昧な状態で、症例自体も重複する人格障害の定義では、境界例も自己愛性も一人の人間が両方に足を踏み入れている事も多くある事ですので、どちらかに決め付ける事にも大きな意味は無く、そういったことを踏まえて対処する材料にするべきなのでしょうね。

心労お察しします。

境界性人格障害と自己愛と暴力【実体験から考える境界例の症例】 より




(15:16)

2009年06月20日

* 2008/11/09 01:53 * 投稿者:モカさん 1/4


今日たまたま見たテレビで境界性人格障害【BPD】の事を初めて知りました。
私の母親と親友だと感じました。

その後色々なサイトで【BPD】を調べここへ辿りつき、そこにいた【BPD】の彼女は今度は私自身だと気付きました。

母親はともかく、親友にいたってはもはや共依存です。わかってあげれるのは私だけ、異常な程頼られてる事で安心感を得ている自分がいます。
自分なりにおかしいと思いつつ苦もなくずっと付き合ってこれたのは私自身が【BPD】だったからなのでしょうか?

しかし、やはり同性の親友。埋められないものがあります。

彼氏に対しての態度は【BPD】の症状そのものです。これまでも彼氏に対し試すような事を繰り返してきました。
その度に突き放す事なく傍に居続けてくれていますが、その時一瞬は落ち着くのにまたすぐ表現しがたい不安?にかられて苦しくなります。

本当に安心できるのはセックスをしている時だけです。
けれど先に彼が寝ただけでまた底無しの空虚感に落ちていきます。

なにより自分がどこか病的におかしいと感じるようになり始めたきっかけは、彼との子供ができた時、彼は責任から当分私から離れないという安心感が真っ先に拡がり自分の異常な心理にぞっとしました。こんなにも彼を求める自分がいながら子どもを産むという選択肢は一切ありませんでした。欲しいのは今私の前に見えている彼だけです。

中絶の際も子どもより彼の事しか頭になかったはずなのに一人ベッドで仰向けになると中絶時の状況を思い出し過呼吸、痙攣が襲い掛かります。

ブログを見るまではただ自分の抱える不安はきっと「追いかける恋愛」より「追いかけられる恋愛」が好きだからなのだと思っていました。

しかし、子どもが出来た時泣きながら産んでくれと言ってくれた彼にきちんと愛がある事は頭ではわかっています。それでも埋めることが出来ないのです。

大学で精神保健や心理学などの勉強もしてきたにも関わらず自分自身の問題に目を背け偏見を持ち、恥ずかしいですが【BPD】については今日初めて知りました。

自分なりにもう少し調べてから[PTSD]のことも含め、必要であれば勇気を出して医療機関等に相談をしてみたいと思います。

私を求める彼を求めています。
本当に彼の気持ちがなくなったら、それに私が気付いたら、その時やっと私はこの底無しの辛さから抜け出すことが出来るかもしれません。
そしてきっと、また違う誰かで同じ想いを繰り返していきます。

わかっていながらというのが一番難しいですね。

彼女さんや自分自身に対しての最良の向き合い方が見付かるといいですね。
もちろん私もですが…。

貴重なスペースに長文、駄文失礼しました。


>>>

モカさんのこの書き込みをは何度も読んだのですが、いつもなんてコメントしていいのか言葉が出てきませんでした。
コメント更新が空白になって随分時間も経ち、その置き去りにされたコメントを記事にあげ始めて、実は最初に取り掛かったのですが、今まで先送りになってきました。

何度か読んでも自分の言葉が出てこなかった理由の一つは、モカさんのコメントが自己完結しているからなのかもしれないと思いました。
最後の一文で、私に対してエールを送るモカさんは、自分自身がBPD(境界例・ボーダー)のような心身症を抱えているであろう事を、深層心理の中では理解していたのかもしれないとも思います。

彼女が大学で心理学を学んでいた事や、自分のPTSDについて述べている事。コメントがどこか客観的で、感情的な部分が押し殺されて見える事からも、分かっていて触れない様としていたパンドラの箱を、ついに開けてしまったあきらめの様な虚ろさも感じました。

勿論これは私見でただの想像です。


つまり、ココに残されたコメントは、これまでのように誰かに何かを相談したり助言を求めたり、何かを共有しいようとする心情より、モカさんが自分の区切りのようなものの為に記しを付けた意味の方が強い様にも思えるのです。

だから私はコメントが浮かばなかったのだろうと、今日は思いました。


モカさんは今どうしているでしょう。
彼女のコメント、
「私を求める彼を求めています。
本当に彼の気持ちがなくなったら、それに私が気付いたら、その時やっと私はこの底無しの辛さから抜け出すことが出来るかもしれません。
そしてきっと、また違う誰かで同じ想いを繰り返していきます」

境界例(ボーダー)は、治療の難しい障害です。
精神心理学の専門家が治療に当たっても、その最中に数%の方が自ら命を絶っている現状もあります。
それでも自分が境界例(ボーダー)であると自覚し、知識と協力を持って治療する事で回復している人や、結婚し家庭を営み続けている人もいます。

モカさんの力無い言葉がとても印象的なコメントですが、どうかあきらめないでほしい。
モカさんには子供を産んでくれと泣きながらいった彼も、依存しあう母親も友人もいます。どうか今一人で抱え込んでいない事を願います。

たった一歩歩くだけでも、さっきとは違う場所にいて、ほんの少しに思えても、流れは必ず変わるのだから。

最後に、
リアルタイムに返信できなかった事を、重ねてお詫びいたします。

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境界性人格障害は境界例・ボーダー・BPD、様々な表現がされ、最近少しずつ認知の広がりが加速され始めているように感じます。

先日たまたま国家公務員の臨時採用枠を目にしたのですが、厚生労働省で精神病理などの専門課の増員募集を行っていました。

境界例(ボーダー)を含む心身症の人と関わるより多くの人が、孤独な戦いからできるだけ救われる社会に進むために、このブログも小さな波紋の一つになれていると幸いです。



(04:49)

2009年05月26日

* 2008/12/06 10:23 * 投稿者:タンゴさん
『彼氏(彼女)が境界性人格障害【BPD】である』という人達の書き込みから考えた事 Vol3【境界性人格障害の人の発言と行動】より

>>>

以前交際している彼に、振り回されて悩んでいるうちにこのブログと出会い、思い当たる事や、共感する事が多々ありました。他人に相談するには言い辛いシチュエーションであったり、彼の人格を傷つけるのでは、と躊躇し誰にも話せず、とうとう私の精神状態が参ってしまいました。彼とは感情をぶつけ合う激しい喧嘩を3度繰り返した挙げ句別れました。しかし私も彼の純粋さやひたむきさに愛おしさを感じ、忘れる事が出来ず苦しいです

>>>

境界性人格障害は、ここ数年テレビでも特集番組が作られたり、法人単位でガイドラインを設けるようになった「うつ」に比べ、国内の医師の中でも認知の低い精神疾患です。

境界性人格障害は、研究の進んでいるアメリカやヨーロッパでさえ数年前までは鬱(うつ)の一種、又は精神障害・心身症の中でそれらすべての一つの症状のように言われていましたし、多重人格などとよばれる双極性障害などと同じく特異な精神障害・又は脳障害とも言われていました。


ですからタンゴさんのように、境界性人格障害や自己愛性人格障害などの病気を知らずに彼氏・彼女として付き合ったりする人は少なくなく、境界性人格障害などとは知らずに付き合って分かれた人は意外にいると思います。


このブログでもご紹介したように、境界性人格障害は職場などの公の場では症状がでにくく、障害が重いほどごく一部の人以外の前では社交的であることが多いのです。

さらに境界性人格障害は、幼少期の環境などによって病気の原因を作ることが多く、その例としての母子家庭などの片親との間での不安定な自己形成があり、それはその親との共依存も生み出し、本来境界性人格障害や自己愛性人格障害の症例を現す相手として最も近くに居る親に対しても、感情を抑鬱させ、結果付き合った相手のみに対して「自分のすべてを受け入れて当然」という役割を与えて過剰な愛情表現を求め、過激な「こきおろし」の対象とするのです。


境界性人格障害の彼や彼女が未成年でより精神的に幼稚である場合は、付き合っている相手にとって二重に困難な関係になると思います。

それは病状改善のためにはお互いと親近者が症状を理解して、何年もかけて病気と向き合わなければならない中で、知識と精神がほとんど確立されていないことで、行動や思考が幼さと症例の中で曖昧になり、特に付き合っている相手にとっては、愛情すら虚ろなものになりやすいからです。

タンゴさんのコメントにも、
「私も彼の純粋さやひたむきさに愛おしさを感じ、忘れる事が出来ず苦しいです」
とあります。

境界例の彼は純粋で愛しい存在である事には変わりがない。
その気持ち凄くわかります。自分もそうでした。

そんな相手を受け入れ続ける事のできない自分をむしろ責めてしまい、どのように関係を改善させられるのか一人で悩み、自分を奮い立たせようとするけど、そんな付き合いの中で純粋である相手から矛盾するような出来事も起こる。
でも相手の心は純粋であると解釈できればすべて解決し、相手を責める事もできなくなり、そうしてより精神が参ってしまうことで何処にも出口が見つからない。


最近では、特に うつ などでの引きこもりや心身症を抱えている人同士の懇談会を行うコミュ二ティや自立支援のNPOなども増えています。
境界性人格障害や併発の多い自己愛性人格障害を抱える人たちは、社会に適応し、場合によってはその才能を人一倍発揮して成功している人も多いと言われています。
特に俳優などの芸能人や芸術家などは、特にアメリカでは心身症の社会的認知が高い事もあって多くの有名人に境界性人格障害といわれている人がいます。

そういった事もあって境界性人格障害は うつ に比べて障害を抱える人が共同で治療するという流れができにくいかもしれません。
しかし治療には病気と症例に理解のあるもの同士が協力する事が効果的なのは確かだろうし、社会的認知を広め、個人的に悩んでいる人が支えあえるようにするべきなのでしょうね。

(14:28)

2009年05月18日

先日、お詫び申し上げた当ブログに書き込み頂いたコメントと、そのコメントから考えた事を掲載したいと思います。
理由は、時間が経ち過ぎていてコメント欄に返信しても眠ってしまうことと、コメント欄は長文の場合分割しなければならず読み難いから、
そして、書き込んで頂いた事が無駄にならずに、何かに繋げて行く事で償いのような物にできればと愚考したからでもあります。

>>>
『彼氏(彼女)が境界性人格障害【BPD】である』という人達の書き込みから考えた事 Vol3【境界性人格障害の人の発言と行動】 より
from KANCHIさん

初めまして。
07年から、コメント更新されていないようですが…。

私もまさに、BPDでは?と疑わしい方とお付き合いしていました。
僅か2ヶ月で、私の精神状態がおかしくなりした。

『理想とこきおろし』の部分でかなり振り回され、やはり周囲の人達には、社交的ないい人で通っています。

私はへのこきおろしは、生やさしいものではありませんでした。

人格を全否定されました。

>>>>>>

大変な思いをされたと思います。

境界例のこき下ろし対象になっている当人以外から見れば、社交的な部分がその人の人格として認知されているので、「こんなひどい一面がある」という事を周りの人に話しても 信じがたい となりますよね。

例えば他の境界例のブログでも、
「自分がこういう風に彼女の症例を理解して、こんな風に努力している、我慢してあげて云々、」
というコメントなどがあり、
文章それだけを見れば、
「人格障害を抱えてない人との付き合いでもそんな事はあるだろう」
と解釈される場合も多くあります。
実際境界例のこきおろしを受けた本人からすれば、筋も通らないしちょっと次元の違うものなのですが。。論理的に説明することは難しいし、だからこそ医学会でもつい数年前まで病気として認定されず、現在でもカテゴリーがハッキリしない虚ろな病気なのでしょう。

そしてそんなこんなでその事を気に病んで、自分一人が出口の無い迷路に迷い込んでしまいます。

境界性人格障害などの症例を知って、相手に対して理解を深めていっても、人格障害を持つ人もその事を理解して共に治療しようと支えあうような環境にでもならなければ、事態は何一つ好転しはじめません。

自分は一応の理解を相手と共有するところまでは進みましたが、お互いが納得していても、「こきおろし」は双方にとってどこまでが一般的な感情から離れているのか明確なボーダーラインが無いので、
「この発言は境界性人格障害の症例だから、、」という風に必ずしも納得していけるわけではありませんでした。

できたとしても強い支えとなる好意や愛情と、忍耐力・精神力が継続的に必要で、日本の精神科医・心療内科医の多くですらも、いまだ根性論などで片付ける難解で理解が広まらない病気なんですよね。


自分は10ヶ月ほど付き合い、3ヶ月ぐらいから自覚できるほど自身の精神が混乱し始めて、付き合っている間中ひどくなって、境界性人格障害の彼女と別れるころには、自分自身がほとんど境界性人格障害そのものでした。

少し離れた場所にいる自分が、もやの中で幾人かの知人を傷つけていたような記憶があって、それは自分の精神が少しずつ落ち着き始めてから振り返る事ができたものでした。



(12:02)

2009年05月16日

境界性人格障害の彼女と付き合った実体験ブログに訪問していただき、コメントを残してくださった方にまずお詫び申し上げます。

2008年4月24日分の一件以降、当方の設定ミスでコメント通知メールを受信できず、ブログ上に反映されていませんでした。
私事ですが、その一週間後母親を亡くし、自分のブログやサイトは新規更新をまったくしなくなってしまっていた事もあり、設定を間違っていた事に今まで気づけませんでした。
境界性人格障害に関わったご縁で当ブログに訪問頂き、自分の経験に共感してコメント、又はご相談いただいたにもかかわらず、最長で約1年以上放置していた事を心からお詫び致します。

KANCHIさん
タンゴさん
モカさん
mitaさん
猫さん
無欲さん

本当に申し訳ありませんでした。

ブログオーナー バーブル

(13:46)

2008年03月02日

境界性人格障害の人と付き合った躁鬱の

考察 - livedoor Blog 共通テーマ



前回は、境界性人格障害などの精神障害と

犯罪行為
、親近の親兄弟、彼氏彼女との関わりについて

少し話しました、


境界性人格障害や自己愛性人格障害などの精神障害と

残虐な犯罪行為、大量連続殺人などの関係は

アメリカなどでは特に研究が進み

ある程度の相関関係などのデータが立証されています。


今日は、

境界性人格障害の引き起こす暴力について

実体験を交えて考察してみたいと思います。

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境界例の彼女との付き合いの中で

当初、暴力的なことなど皆無でした、


むしろ想像できないと言った方がよいぐらいでした。


体が小さく、他人に親切で 

犬や猫をとても可愛がる女の子で、

暴力どころか大きな声を出したりする事も無く

そういう光景を、見るだけでも嫌がるぐらいでした。


その印象が崩壊するのに

それほど時間はかかりませんでした


最初の頃の記事に書いた出来事、

初めて部屋で暴れ始めたときまでです。


切欠(きっかけ)と言うベクトルで考えると

部屋で暴れ始めたときは

自分が一人になるときの寂しさを想像したリアクションでした



その時は僕に向けられる暴力はありませんでした。



付き合いが長くなり、

一般的な関係でも、

お互いのだらしないところも見せあって

遠慮の無くなったりするところがあると思います。


境界性人格障害の彼女のそれは

一つ一つお互いが心を許しあって

歩み寄っていき

信頼が深まるタイプの物ではありませんでした。


境界性人格障害の定説的症例の一つ

“試し”

つまりは、自分に対して何処までやってくれるのか



消化している事、


一般的な付き合いの中でも

お互い、相手の優しさや気配りが

いつの間にか当たり前になって

それが愛情の積み重なりにならなくて

感謝がなくなってしまうことはあると思います。



境界性人格障害の彼女の場合

それは理解している事でした、


「ただ愛情を確かめる行為はやめられない」

というだけのことでした。



例えば、

テレビドラマや映画などで

相手の愛情や好意を確かめたくて

・夜中に何時間も待たせたり

・車で何時間もかかる所まで迎えに来てほしい



わがままを言ってみたり。

ある話ですよね。


このブログでも

夜中に何時間も探したり、

なんて話を書いたことがあると思います。


境界性人格障害の彼女の場合

その選択肢は一つ一つ無くなっていき

どんどん過激になっていきました。


境界例の治療方針としては、

境界性人格障害の相手が過度な要求を出してきた場合

「毅然として、理論的な理由を説明した上でハッキリ断る」


という方針があります。


これが、要求が過剰になる事を防ぐことと記している書籍があります。


要求に答え続ける事は治療にならないし、

現実的に不可能に近い事です。


そして要求が過激になり

無理をして答えてくれていた相手から

無理だと言われたとき


どうしようもない理由があったとしても

境界性人格障害を抱える人は

「自分はついに拒絶されたのだ」

と考える傾向にあるからです。



つまり、わがままに答える事は

信頼の積み重ねにはならないという事です。



話が又もずれてしまいました・・、


今日の結論は

境界性人格障害の人と付き合う時

わがままを受け入れる事で

絆を育むことは困難であろうという事


特に

自分が境界性人格障害などの

精神障害を抱えていると自覚している人に対しては

わがままに答えるのではなく

“共に支えあっていく 強く固い意志が自分にはある”

という事を示すように

馴れ合わない付き合いを育む事が

大事ではないかと思います。


・・
境界性人格障害の人の暴力実体験については又・・


ネット上で境界例と犯罪について辿っていると、このような記事に出会いました。

「ダース・ベイダーは境界性人格障害」精神科医が分析−WIRED VISION−

私の好きなキャラクターや有名人には境界例の人が多いです。
共感しているのだろうという事は否定できません。


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 もちろん相互リンクも歓迎いたします。

*このブログでの記事は、あくまで私の実体験と見聞をベースとした主観的考察・判断を文章化したものです。
ブログ検索テクノラティ

(11:41)

2008年02月06日

境界性人格障害の人と付き合った躁鬱の考察 - livedoor Blog 共通テーマ


境界性人格障害の人が

なぜ 恋人やごく親しい人間のみに酷い試し行動を起こすのかと

話す機会がありました。


今現在、結論的に思う事は

「身代わり」「代替」と言うような事でしょうか、



境界性人格障害の人が、

人生を重ねて育った過程の中で

なにが彼や彼女たちをそうさせたか

それには原因があります。


これまでに述べたように、

幼少頃の人格形成時期の問題です。


反社会性人格障害などで

凶悪な犯罪を犯している人々の中で

何分の一の人間が

犯罪の対象者をその原因となった

たとえば、「親」などに対する不満を解消するために

不特定多数の人間を巻き込んでいます。


誤解のないように前置きしますが、


境界性人格障害の人が犯罪者予備軍であるということではありません。


精神障害を抱える人の行動のベクトルに関して思う事です。



このブログでは

これまでも

自分の実体験と特にリンクする事から、

彼氏、彼女として境界性人格障害の人と関っている人に

何らか有用な話になればと思い

自分の体験から思う事を

綴ってきました。


今、境界性人格障害の人と関り続け、

調べ考察し続けた自分が思う事は、


境界性人格障害を抱える人は

自分の根元と向き合わなければならないし

傍にいてどれほどの有用な事を、彼氏彼女として行なっても

根本的なものの代替にたいする

解消法の一つである限り


境界性人格障害の人へ示す行動自体は

非常に力のない事象なのだというう事です。


時間は流れるし、

あらゆるものとの関りの中で 人は生きています。

あなたが変えるのでなく変わるもの

その影響のほうが


境界性人格障害の人にとっては大きい場合もあると思います。


まだ、続きがあるのですが

すみません

中途半端ですが

今日はこれまでで、

(20:44)

2008年01月23日



境界性人格障害の人と付き合った躁鬱の考察 - livedoor Blog 共通テーマ


今日は前回のテーマ

境界性人格障害と幼少時代のすごし方などについて

もう少し考えてみたいと思います。


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おとなしくて、文句を言わない子が

境界例(境界性人格障害)を抱えている場合がある

というお話をしましたが、

同じような子でも

親との信頼関係があったうえで

我慢強くおとなしい子というのはいますよね。


そういう子は 3歳までの間に

親かそれに代わる人がいて

心の底辺になる部分が作られている場合が多いようです。


3歳までの成長段階の中では

大人が気づかなくても

寂しさや 失望など 負の感情に対して

自分をコントロールしようとするシステムを

日々作り続けています。


私の弟は 2歳頃から大病による入院生活を強いられ

母親以外とのコミニュケーションが ほとんど無いまま

小学校へ通い始めたので

人と接して 協調性を持つような事は今でも苦手です

その為 働き始めてから自殺未遂を起こすような事もありました。


境界性人格障害を抱えている人は

公の場や 普段会社や学校で生活している中で

多くの場合 社交的に接する事ができると言われています。


しかし、境界例の特徴の一つにあるように

自分がもっとも心を許そうとする相手に対した時

本当の自分、底辺になる部分の不確かさによって

ありのままである自分が交錯して混乱するようです。

これが、

“境界を飛び越えている”部分が表れている一つの例なのでしょうね。

自分の気持ちと欲求があり、

その間には達成の為のプロセスがあります。

そこを構築する部分に空白が生じてしまう、

恐怖や強迫観念、引き金の感情は境界例の人でも様々なのでしょうが

人並み以上の負荷がかかる。


人は誰しも追い詰められれば混乱しますよね。

境界性人格障害の人の中で起こっている事は

あらゆる人間のそれと同じような事ではないかと思います。


私の弟のように

幼少時に母親以外の人と接する事がくなく育った場合では、

不特定多数の人間と関わることが苦手ではありますが、

逆に人に期待もしていません。

自分の母親という居場所があり

それ以外の人間関係はあまり問題ではないのです。

そういう思考システムができているのでしょうね、


この二つの思考の違いは 

単語の部分では同じでも全く違う事が言えます。

どちらも“親に依存している”のですが。

・唯一の居場所として確定されている依存と

・居場所にするための努力をし続けている依存

の違いでしょうか。


この続きは又、


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*境界性人格障害などの記事を書かれている方は遠慮なくトラックバックしてください。
 もちろん相互リンクも歓迎いたします。

*このブログでの記事は、あくまで私の実体験と見聞をベースとした主観的考察・判断を文章化したもので

す。
*当ブログ記事を読んで、何らかの行動を起こされた場合に起こるリアクションに関して一切の責任は持て

ませんのでどうかご了承下さい。








(16:50)

2008年01月18日


BPD(境界性人格障害) - livedoor Blog 共通テーマ


随分と更新が滞っていました。

自分自身がいっぱいいっぱいです。


皆さんどんな風に新年を迎えたでしょうか?

数年ぶりに書初めをやりたました。

何を書こうか・・・?

悩んだ末に 最初に書いた文字は“無”でした。

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このブログでは「境界性人格障害(BPD)」について実体験を元に記事を書いています。




ブログの説明にあるように、

「境界性人格障害」や「自己愛性人格障害」などの精神障害は

幼少時や子供時代の成長段階での影響が関わっています。



なのにその親は、そんな精神障害を抱えてしまった我が子を

腫れ物に触るように(とよく表現されますが)

世間から隠そうとしたり、

しっかりと向き合う事から逃げている事が多いようです。


まぁ、子供を守りながら、

社会と共に向き合う責任と気概をもっている親の元では

そのような障害が現れるあまりないでしょうし

現れる事があっても、もっとも早い段階で

救い出す事ができるでしょう。


境界性人格障害の診断を正式にされた人のなかで

治療を開始し、一年以内に快方に向かう事は稀だと言われています。


その反面、

3年以内に自ら命を絶ったりする 

不幸で悲しい結末は30%に達するとも言われています。


病院にかからず、境界性人格障害と診断をされていない人を含めると

一体どれほどの人が 悲しい一生を終えているのでしょうか。



以前の記事でも書きましたが

0〜3歳の間に、子供は基本的な感受性を作ってしまいます。

子供は子供であって、求めているものが非常にシンプルである事を

忘れないでいたいですよね。

“あなたは一人ではない”

“あなたは私の子供で、望まれて生まれてきたんだよ”

“あなたと私は血を分けた親子で、見捨てたりしないんだよ”

それを表現してあげる事を、忘れないでいたいですよね。



境界性人格障害の人が コミニュケーショが苦手なのは

幼児期に当たり前に与えられる

安心感を得ていないからだと言われています。


僕もよく

・なんでこの程度の事で不安になるんだ?

逆に

・ここまでの事をしているのに、それでも自分が大切にされていないと言えるんだ?

というような疑問を持ち続けていました。


赤ちゃんをあやしていて

ベットの陰になって親の顔が見えなくなるだけで

泣きじゃくるのに似ています。


目の前に無いものは、

永遠に失ってしまうのではないかと


不安になるのです。

そして、

境界性人格障害の人が、

子供の時代・幼児の時代から

その不安を解消できないまま成長しているとしたら

それは納得しやすい事ではないでしょうか?

“見えなくなっても 傍にいる”

“見えなくなっても すぐに戻ってきてくれる”

という発想を 

理屈のない、幼少の時代に

身につくほどに経験をしていなかったら、


やはり

“見えなくなったら、いなくなるかもしれない”

としか考えられなくなるのではないでしょうか?


境界性人格障害の人が

理性的になれずに 感情を爆発させるという事も

そう考えていくと分かり易いかもしれません。


5歳を越えて行く間に、

ほとんどの人は何らかの他人と多く関わるようになります。

家族という小さな社会から

学校などの多数の未知の人間と関わる様になります。


そうして時間を過ごし10代になっていく間に

子供なりに 少なからず、

他人との立ち回り方を作り出していきます。


それが理性です。


でもそれは、幼少から引きずり

子供が抱えた不安感や虚無感を解決するわけではありません。


だから爆発します。

おとなしく、気が利くような子には特に多くこの傾向があるようです。


自分自身もそうでした。

親戚に「子供の癖に気が利きすぎて気持ち悪い」

と言われた事を今でも覚えています。

というより

自分と向き合い始めて思い出したのですが。


小さいとき、喘息を持っていたりで体の弱かった僕は

母に迷惑や面倒をかけたる事に、強い負い目がありました。


他人や周りの人に対する優しさと

本人が抱える不安感は

表裏一体なのではないかと思います。



子供時代に少しずつ社会性と理性を使い始め

それでも、幼少から引きずり

子供が抱えた不安感や虚無感を解決するわけではないだろうと

お話しました。


境界性人格障害の人が感情を爆発させるのは

理性により抑えている不安が

擦り切れて絶望的に変わる感覚でしょうか、


ほぼ全ての精神障害に言える事ですが

その隠され押さえつけられた部分に

いつか踏み込まなければなりません。


境界性人格障害の人は、親に依存する事が多いと言われています。

僕の彼女もそうでした。

そして、その親も子供に依存しています。

共依存と呼ばれるものです。


親は特にその事に気づきません。

もともと大人の論理で

幼少の子供に影響を与えて成長させ

それが子供の核となる部分に

傷を入れた事に気づけないので

感覚が麻痺してしまうのでしょう。


子供が自分に対して 

最もさらけ出せない部分を持っている事に気づけず

長く傍にいるだけで

子供を理解していると錯覚してしまうのです。



お互いがお互いを かばい合おうとしつつ

本当の部分は隠されたままだから

もっとも傷つけあってしまい、自立できないままです。

交じり合わず

抜け出せない螺旋のようなものです。



真正面から向き合うためには

まずそれぞれが自分と向き合い

自分が何を求め 何を大切にしたいのかなど

それぞれが、アイデンティティを固めなければなりません


だからこそ、

境界性人格障害の治療はより難しいのだと思います。

親や家族など身近な周りの人間は

境界性人格障害の人付き合うためには

まず自分が精神的に自立できていなければならないのです。



境界性人格障害の症例は、

歳をとると共に収束に向かうとも言われています。

境界性人格障害と向き合うのは

想像以上に大変な労力を必要とします。

障害を持つ人のペースに巻き込まれ

自分自身の精神が崩壊する危険すら

冗談無くあります。


そんな危険を冒してまで

境界性人格障害の人と向き合っていくより

歳とともに収束するのを願って

当たり障り無く過ごすのも

確かに一つの道かもしれません。


ただ、特に女性の境界性人格障害を抱える人は

若年での障害を持たない人に比べての死亡率が

3倍を超えるという事は

悲しい現実です。


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(19:10)

2007年12月25日



人、生きる意味 - livedoor Blog 共通テーマ



前回の最後は、

>>>>>>>>

暴れながら

「この子を傷つけるな、傷つけたら許さん」

と言う様な、交代人格であるかのような発言をし始め、


彼女が“解離性同一性障害”なのではないか?

>>>>>>>>

という思いを持っていたという所まででした。


そして、

"解離性同一性障害”を“境界性人格障害(BPD)”の一種と捉える専門家もいるようで、
分裂が精神の防衛機制として重要な働きをしているからである。

という補足がありました。



今日も境界性人格障害の彼女との付き合いの中で感じた事を

実体験と少ない知識の中で考察し

境界例の人と、どう付き合って行けばよいのか

考えてみたいと思います。 


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今振り返ってみて、その当時彼女が“解離性同一性障害(多重人格性障害)”

を抱えていたのかと言うと懐疑的です。


自己保全・自己防衛の為の確認作業にのようなもので

交代人格 ではなくて 虚言 であろうと言う事です。


境界性人格障害(BPD)の人と付き合う中で、

振り回される大きな要因の一つはこれではないでしょうか。

以前の記事にある

「境界性人格障害の症例“理想化とこきおろし”」

と、

現実に起こす行動や言動を、断片的に見ると

これらはまったく同じに見えますが、

境界例の人の心模様はその時々に違うのではないかと思います。


“交代人格”ではなく“虚言”である根拠は

彼女の記憶(一般に基本人格は交代人格時の記憶を保有しない)と、

彼女に対して多重人格性を尋ねた後になって

多重人格的表現が増え、別人格的に自己を擁護し始めた、

(多重人格を装って自己表現する方法を覚えて実践した)。

と考えられるからです。


境界性人格障害(境界例・BPD)の人の症例によくある、

「その場を上手く乗り切るために、最適の人格を演じる」

というものに含まれる行動だと思います。


先に言った、「境界性人格障害の症例“理想化とこきおろし”」

と表面上同じな例えとしては

「どうせ私を捨てるんでしょ」

のような言動をする時、

先日の実体験での彼女の言葉のように

・幸せになると、それを失う不安の方が大きくなる


「境界性人格障害の症例“理想化とこきおろし”」

の場合は

・些細なきっかけや相手の欠点、事故
(コンビニのレジや、デパートでぶつかった相手がたまたま異性であるだけで猛烈に切れたり

)を発端にすべてネガティブに考え自分が誰よりも不幸でそれが自分以外のせいであると考え

始め、相手をせめるて感情をぶつける。しかもほぼ一過性。

「今はやさしい事言っても、どうせ私みたいな女捨てられるに決まっている」的な


自己防衛の為の虚言の時は、

・同じ出来事でもいじける様に相手に助けを求めていて

「優しくされると別れる時つらいから、もう優しくしないで」的な


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・・簡単にまとめ、られるかな。


「境界性人格障害の症例“理想化とこきおろし”」

の時は“息苦しくてとにかく逃げ出したい”ってなっているんですよね。



・見捨てられるのは避けたい
・幸せすぎるのも怖くなる
・そのちょうどいいバランス間で相手と自分の感情を保ちたい(コントロールしたい)

となるのでしょうか。



境界例の人たちにとって、それを維持する事がとても重要で

それを維持するために、

性格や言動の一貫性はかなり損なわれているのは確かだと思います。

ただ、表現のパターンは複雑ではありません。

単純な表現で例えてみれば

“超暴力的な天邪鬼(あまのじゃく)”

とも言えるかもしれません。


掲示板の書き込みなど見ていても

境界例の人たち、特に異性間での付き合いに関しては

ヒドクこき下ろされているコメントは多いです。


実際そのコメントにあるような出来事、

「散々かき回しといて、ボーダー(境界例の人)だけはサクッと新しいのと上手くやってる」

とか

「ボーダーの彼女が不倫して、あげく相手を事故らせた」

みたいなの

正直、まぁあるだろうなぁ、、

って思います。

そんな事実が存在することはまったく否定できないですよ。


全然他人事じゃないし・・、



いやいや、

良い事の方に、ポジティブな方向でいきましょう。





境界性人格障害の人と付き合うにあたって

職場での付き合いでも、家族でも、彼・彼女でも

この点“超暴力的な天邪鬼(あまのじゃく)”的な点

を踏まえるかどうかで、

色々対応の仕方が変わってくるのではないかと思います。


表現が難しいです。。

わかり難いでしょう、すいません。


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現状、境界例の彼女との間では、

彼女の嘘は暗号です。

脅しとも悲鳴とも言えます。


いつもながら

書きながら混乱してきました。



ハッキリ言えるのは、

境界性人格障害の彼・彼女との付き合いは

相手の症例のもっとも強烈な面をモロに受けるうえに

他の人にその部分はほとんどわかりません。



境界例の人は、その他の人たちの前では基本的に社交的で

付き合っている境界例の相手の話を第三者にしても

「あの人にそんな一面があるなんて信じられない」

と思われるのが殆どだし

下手すると、そんな事を言っている自分のほうが

“あの人大丈夫かしら?”

みたいに思われるでしょう。


そして自分が追い詰められます。

境界例の人が自分にする仕打ちに

怒りと混乱はたまり続け、爆発するか心は崩壊するかもしれません。


その怒りや混乱はなぜでしょう?


それは境界性人格障害の彼・彼女との付き合って

“自分が奉仕させられたような感覚を持つ人”や

“裏切られ続けている”“境界例の人だけは自由にやっている”

と感じていたからでしょう。




ハッキリ言うのが遅くなりました。


境界性人格障害を抱える人は、一人の世界で苦しんでいます


こんな書き込みを見ました。

「やっぱり境界例の事はそっとしておいて、うまく付き合ってあげたい」


これはないと思います。


自分はもともと、パーソナリティ障害、や発達心理学やら好きで読んでいました。

それでも、彼女と付き合い始めて、

“アダルトチルドレン(AC)”から始まり

“境界性人格障害(BPD)”について調べ続けているから

彼女が言葉にできない表現を理解できたり、

それによって彼女が受ける安心感から、状態が良い方に変わっていったりしています。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


 何も知らないで、障害を“そっとしておいて”付き合うなんて

 無理だし無意味だと思います。





 境界性人格障害を抱える人は、一人の世界で苦しんでいます。



*コメントや質問頂いた方
 知っている限り、実体験からお話します。
 
 ですがただの一般人ですので不勉強な部分もあります。
 ご了承いただき、不明な点などお教えいただけると幸いです。




(14:29)

2007年12月23日



境界性人格障害の人との付き合い方 - livedoor Blog 共通テーマ

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昨日文頭に書いたように

境界例の彼女は、行動言動のベクトルが極端に変化する事が度々ありました。

付き合い始めの頃は、やはり(今でも多少)困惑しました。


付き合い始めて一週間ほどして、初めて部屋に来たとき。

その日、初めて彼女の異変と向き合うことになりました。



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駅で待ち合わせて、車で迎えに行きました。

お互いとても楽しみにして、

数時間前まで楽しくメールのやり取りをして

お互いの気分は盛り上がっていました。


路駐をして待っていた僕の車に乗ってきた彼女は

一瞬だけこちらを見て、少し緊張しているように微笑みました。


さっきまでのテンションからは、想像できない硬い表情でした。

彼女が無理に笑顔を作ろうとしているのがわかりました。

「今日はちょっと元気が無い日。いつもはこんなんじゃないよ」


僕は彼女が何かにガッカリしているのかと思いましたが、

とりあえず車を走らせる事にしました。


いつもと違ってうつむきがちで、会話は弾みませんでした。

部屋についてからも、彼女は何処か余所余所しくて

彼女が少し驚いたように部屋を見渡していたので

意外と質素な生活をしている事にガッカリしたのかとも思いました。


彼女は何かを言い出せずにいるようでした。

そして

「お酒が飲みたい」と言い出しました。

自分自身酒好きでしたが、そんな彼女を見ていると酔える気分ではありませんでした。

彼女は逆に

カクテル系のチューハイを、風呂上りのコーヒー牛乳を飲むかのように

一気に逆さにして飲み干そうとする勢いでした。

ホントに一瞬で顔を真っ赤にした彼女は、

五分もせず頭をフラフラさせていました。


そして、目つきもガラリと変わり

眉間に皺を寄せて、壁や天井を見回しながら睨み付け始めました。

「ここは・・どこじゃ・・」

ソファーの背にもたれ、

さらに反る様に天井を見上げながら、頭と体を左右に振り始めました

ゆっくり振り始めたかと思うと、手足をバタつかせて

何かをブツブツ早口で呟いていました。

まるで何かの発作を起こしたように。


その激しい動きは一瞬で止まり、

僕のすぐ横を睨みつけて(まるで僕は存在していないかのように)

「ここは、どこじゃ」

ともう一度肺の息を丸ごと吐き出すように言いました。


僕は肩に手をかけて

「おい、どうしたんだよ!」

と言うと、即座に手を振り払い

「お前・・誰かぁ・・」

と僕と目を合わさないまま、顔の横をぼんやり見ながら言った。


「帰る」

彼女は素早く立ち上がって上着を着始めました。

「おい、落ち着けよ」

肩に手をかけると又素早く振り払われました。

「うるさい、触るな!お前は誰か! ここは何処か! 帰るんじゃ!」



頭の中で幾つかの記憶が繋がって光りました。

いつか読んだ本?記録映画?

障害を持っていた友達の彼女?

これは“解離性同一性障害”なのではないか。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
解離性同一性障害は、本来保たれている自我の同一性が損なわれて、解離が高度に、かつ繰り返し起こる(同一性が複数存在するとも解釈できる)精神疾患です。
ようは、一つの体の中に幾つかの個別の意識・記憶を持った人格が存在する。
又は多重人格性障害。

この解離性同一性障害を境界性人格障害(BPD)の一種と捉える専門家もいるようです。
ようは、分裂が精神の防衛機制として重要な働きをしているわけです
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




僕は反射的に彼女をソファに押し倒して、彼女を強く抱きしめました。

「は・なせ・・、帰る・・んじゃ」

そう言いながら

天井を見上げて唸っていました。


彼女が手を振り払おうとする力は

150cm40kgぐらいの小柄な彼女からは想像できない強さでした。

火事場の馬鹿力みたいなものでしょうか。



彼女の顔を両手で挟みこんで、自分の顔の正面に無理やり向けました。

「おい、俺はだれだ?」

「うう・・かえる・・」

「おい!俺は誰か言ってみろ!」

「俺はここにいるぞ」

手足をバタつかせる彼女を、僕はより強く両肘で挟み込むように抱きしめて

彼女の目を見て問いかけました。

「あっ・・、どうしたの?」


「自分の名前言ってみて」

彼女はちゃんと答えました。


「チョット酔ったかも・・」

と、何事も無かったように微笑みました。


来た時の余所余所しさが、少し取れたようでした。




自分の息づかいが乱れてアドレナリンがでている事もあってか、

僕は事態を曖昧で懐疑的にしかつかめずにいました。


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その後、落ち着いた彼女は自分の気持ちについて

言葉を探しながら、少しずつ語ってくれました。


彼女が言うには

「好きになって、失う事が怖くなり始めた。だから、もっと好きになる前に

別れてしまうべきなんだ。別れよう」

そう思って電車に揺られていたようです。


それを聞いてもその当時の僕は、言葉通りには受け入れてはいなかった思います。

彼女が“解離性同一性障害”なのではないか

という事に意識の殆どがいっていました。



その後も殆ど同じ事が、二週間の間に数度ありました。


そして、暴れんながら

「この子を傷つけるな、傷つけたら許さん」

と言う様な、交代人格であるかのような発言をし始めました。


>>>>>>>>

この続きは又。。




(16:38)

境界性人格障害の人との付き合い方 - livedoor Blog 共通テーマ


かなりの間記事が滞ってしまいました。

何度か来てくれていた方からも、そろそろ忘れ去られたかもしれません。

自分自身の鬱(うつ)状態が長引きました。


今日も境界性人格障害の人との付き合いについて、実体験を振り返りつつ考えてみたいと思います。


直近の記事では、『彼氏(彼女)が境界性人格障害【BPD】である』という人達の書き込みや、

それらに対するコメントについて書いていました。


自分自身も付き合い始めた当初は、

彼女の行動言動のベクトルが極端に変化する事にかなり困惑しました。



私はもともと自分自身の思考や行動に対して好奇心を持っていました。


と言うより、好奇心が強かったから、

思春期の不可解で矛盾した自分自身の行動を理解したいと思ったのかもしれません。


自分自身、

境界性人格障害やその他のパーソナリティ障害にあてはまるのか

大きな関心でした。



小学校の頃から、様々な本を読んだり調べたりする中で、

特に“人間の精神”

宗教・哲学・心理学・脳神経学・歴史

たった個人の心理を調べ始めただけでも、単語一つや何でそうなるんだろ?

という疑問は無限に枝分かれして行きました。


その頃俗に“精神病”と呼ばれていたものの中で知っているのは

“二重人格”というまだゴシップ程度の扱いを認識している程度でした。

今では(もともと?)“解離性同一性障害”と言うのでしょうか。


その頃“境界性人格障害(BPD)”はどの病名にも潜むように紛れていたとも言われています。

と言うより、パーソナリティ障害と言われるものは、

同時に幾つかの障害にまたがっている場合もあるし

それぞれの障害の内、どれか一つが常にその個人に現れているかと言うと

必ずしもそうとは言えない。


“境界性人格障害”と”自己愛性人格障害”などは

共通する点が多く、消去法のように区別したとしても

“境界性人格障害”のような、

善悪の判断さえ一瞬で変わるような症例が強く出ている場合は、

そのカテゴリの境界も常に跨ぐ形になるのではないでしょうか?



話しの切り口を変えてみます。


個人を占うとすれば、

星座や誕生日や血液型、どれか一つじゃなくてそれらをあわせて占ったほうが

その個人を他の人とより分けやすく、違いが出てきますよね?


何が言いたいんだよって、お叱りを受けそうな文章ですね、、


この記事は

『境界性人格障害(境界例・BPD)の人との付き合い方』

を中心に書こうとしています。


つまり、

「彼女が境界性人格障害(境界例)なのですが、どうやって付きあえばいいのですか?」

と言う方たちに、

“境界例だから彼(彼女)とこう付き合うべきなんだ”

という考えで選択肢を狭めるのは、個人的には懐疑的です。


一個人にとってはパーソナリティ障害のカテゴリー分けは、

あくまで目安ぐらいに思っていないと、

特に境界例の人と親密に距離を詰める場合は

近づく程に相手からの反動は大きくなり、

“境界例の症例として”相手の行動を受け止めていると

不満も精神的疲労感・徒労感も解消されないまま蓄積し

自分自身が、境界例の波に巻き込まれていく事になる可能性があります。


この障害にはこういった対処で、

という形では、障害のカテゴリーを跨ぐ個性である場合

ある時には良くても、ある時は逆効果になるという事ですよね。


勿論ベースになるような対処はあります。

以前ご紹介した境界性人格障害(BPD)のすべて にある「SET」などですね。

しかし境界例のようなパーソナリティ障害は、まず個性の延長であるわけですよね

それを忘れては、やはり上手くいかないんじゃないかと思います。

特に、

『境界性人格障害の人と彼(彼女)として付き合う』なら。



私は確かに、パーソナリティ障害、AC(アダルトチルドレン)等から、境界性人格障害へと

少しずつ調べて、その症例や文献を参考に

境界例の彼女と付き合いにそのまま役立てたり、参考にしながら試行錯誤してきました。


穏かな幸せと、交通事故の様な喪失感を数時間の間に感じたり

そんな毎日を過ごす中で

境界例的な矛盾した爆発的な感情の波に巻き込まれて

同調していきそうになったりしました。


少しずつ積み重ねて、変わって行けている実感が

一瞬で叩き壊される、そんな絶望的な出来事が何度も繰り返され

何度も何度も今度こそダメだ、ってなったり、

自分が崩壊しそうになったり、

気づけばどうにもならない焦りの中で

ひどい鬱状態になっていたりしていました。


これからもなる事があるでしょう。


でも、少しずつ変わっています。


以前の記事でも書きましたが、

境界性人格障害等は、幼少期からの人格形成に発端の一つがあります

そこが肝なんだと思います。


彼女が境界性人格障害であるという前に、

彼女には彼女の送ってきた人生があり、

障害と言われるものの答えもすべて彼女の中にあります。


私達、パーソナリティ障害と言われていない人間もそうです。

自己表現ができなくて、感情に波がある。

それを症例に当てはめすぎるて

むしろ彼女の望みを理解しにくくなっている

そんな場合もあるような気がしています。



明日は出会った頃の出来事

実体験症例?をお話します。



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(00:57)

2007年11月22日

BPD(境界性人格障害) - livedoor Blog 共通テーマ

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昨日の記事では幾つかの(おそらくそれ以上の)要点が抜け落ちた文章になりました。


まぁ、最初から読んで頂いている方にとっては「いつもの事ですから」って流していただける

事を願いたいです。


今日は補足してお伝えしてみたいと思います。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



昨日の話題「境界性人格障害の症例としてよく挙げられる点」と実体験を重ねて考察してみる

と言うものでした。


「理想化とこき下ろし」


実体験の部分で当てはめてみると

彼女が期待した私からの限定したリアクションが

「理想化」

その期待という

極、限定されたリアクションと違う場合の現実を見せられた場合の

直情的な怒りが、

「こき下ろし」

の部分でしょうかね。



境界性人格障害のような心身障害を抱える人でなければ、

物事をもっと寛容に、そして流動的に捉えることができます。


境界性人格障害を抱える人の世界では、

まず理想化から入ることで

(相手は自分にこの様に返すべきなのだとういう強いベクトルが働くことで)

想像と許容の範囲が限定されるわけですよね。


そしてそれに反する現実が向けられた時、

どんな理由があろうとも、

相手に対して完全な批判を意識しなければならなくなるのです



それは、赤ちゃんが首を少し動かせば見える範囲に移動しただけの母親を、視界から消えただ

けで完全な喪失感を受けて泣きじゃくることに少し似ているかもしれません。


たとえば、BPDのような障害を抱えていない人であれば、

相手の発言や行動に対して、

「今はなにかの出来事によって機嫌がわるいのだろうか」

「体調が悪くてあまり元気がないのだろうか」

「なにも言わなかったけど、遠慮したのだろうか」

など、

相手個人を、一つの個性を持った人間として把握することで、

そして社会的な一般論を組み合わせることによって、

対面した現実を幾つかの方向から考え、

疑問を持つことによって

その出来事が、

必ずしも絶対的ではない

(こうされたから、あの人は私が嫌いなのだという結論を持つ必要がない事を)

と自然に考え、

事態を曖昧なままに結論付けないで

時間が流れていくわけですよね。



でも境界性人格障害を抱える人の世界ではそうではないようです


ですから、一つの出来事があって、

その出来事によって、自分の行動を見直し、

自分の行動や、性格に結び付けて考えるようなことも苦手のようです。


これは “境界性人格障害(BPD)のすべて ”という本にもその様な文章が載っていました。

現実と言うものが、過去 現在 未来という

大きな流れにあることが当たり前に意識されてなく、

その時々に善悪が決定されてしまうのです。


'`'`""'`'`""'`'`""'`'`""'`'`""'`'`""



これは私の個人的考えではありますが

本来人は生きて死ぬまで 

何も決定付けられることはないと思います。


生きている間にトータルで何をして何を貫くのか、

何処にたどり着くのか、

それを模索し惑いながら実行していく、


そしてそれを判定するのは誰なのか、


というあらゆるアンチテーゼのバランスの上で世界が成り立ち、

その中にそれぞれが 宇宙であり

世界という個であって 全である

人間や生命がいると考えています。

(ココの部分でなぜそう考えるかは直接聞かれるか、

機会がある時にお話ししますが、

リンクの人脳からビートというエッセイを読んでいただけるとなんとなく感じていただけるかもしれません)



'`'`""'`'`""'`'`""'`'`""'`'`""'`'`""



境界性人格障害の傾向にある現実の瞬間的、断片的把握は、

逆に悪い出来事においても

同じであると言えるかもしれません。

つまり、

どんなにひどい目を合わされた、信頼できない相手であろうとも、

感情的な欲求がかみ合えば、

どのような相手であっても受け入れる可能性を持っている場合があると言う事です。



これについては、今はあまり話したくないですね。



昨日の記事で恋仲にある人が境界性人格障害であるという人の書き込みを幾つか読みました。


実際、私の周りの人間、医師や看護婦、心身症を抱える家族を持つ人達を含めて、

境界性人格障害を含む、心の病気と障害に対する誤解は多いと思います。



何年か前は、「鬱・うつ」と言うものも

「ナマケ病」だとか「若者の平和ボケ」

「金余り日本の弊害」など、

むやみな精神論でかたづけられました。


今は少しは認知されています。


IT関係の技術者・研究者についてなど、

専門的に鬱・うつの障害に対して対策を取る会社も出始めているぐらいです。



境界性人格障害(BPD)は、

日本では又もそういった認知が遅れているのが現実です。


それはこの障害が、

長く病状としての位置づけを曖昧にされていたものであることも要因の一つでしょう。


例えば、BPDとAC(アダルトチルドレン)の間にも細くない関係があります。




しかし、精神病・障害等は

殆どすべての人にはごちゃ混ぜに把握されている訳です。


だから通院治療に対して引け目を感じたり、

隠そうとしたり、

うやむやにしたまま時間が流れ、

結局はその流れのまま、

そういった子供たちは同じような障害をもつ子供をつくり

“悲しみの連鎖”は、

ねずみ講のように増えてきているのです。


*境界性人格障害(BPD)を抱える人はすごい勢いで増えています。
 そしてその数字は、災害直後の死者数として発表されるものと同じで
 実際の数は何倍もいると考えるのが自然でしょう。


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・・スミマセン。

恋仲にある人が境界性人格障害であるという人の書き込みを幾つか読みました。

のところに戻ります。


悩みに対して、幾つモノ返答、書き込みがありました。

上述してきたように、

性格や障害や精神論を

ごちゃ混ぜにしているように感じるものが幾つかありました。


悩みとして書き込んでいる人の相手

(境界性人格障害を抱える人)が

どの程度症状が重いかや、併発している障害、

そしてその人の個性など、

一括して言えることはありません。



私は思います、

多かれ少なかれ、

みんな病んでいるんじゃないでしょうか?



私の彼女は境界性人格障害(BPD)です。


あまりに違う世界に触れて、

自分の世界を

もう一度見つめなおす機会になりました。


自分が求めていた世界は、状況は何だっただろうと。



「わがままで自分の事しか考えていないから我慢しても先はない」

先って何処に向かっているんでしょう?

落ち着いた毎日、裕福な幸せ、暴力を受けないこと、


わがままとは何を指すのでしょう?


言葉は水物です。

自分と相手との間で

伝えようとして伝えわらないもの

伝えて欲しいもの、


確かめたいものはなんでしょう?


自分がもっとも求めているものはなんでしょう?



私は曖昧です。


幾つか譲れないことはあります。



悩みを書き込まれた方に

私が書き込むならば・・




いや、書き込めませんね、



つらい気持ちと一緒にいたい気持ちを比べてみたり、

理屈で可能性や未来を論じて

新しい出会いを勧めてみたり、




ほとんど何も誰も知らない

二人の関係、二人だけの世界ですから・・


やっぱり 、思い浮かべて 頭で並べて 

どんな言葉もしっくりきません。


ただ、


「誰かが居ないと生きていけない」

なんて言うのはドラマだと思います。



境界性人格障害を抱える人は、

そういった仮想も

自分の理想化に取り入れる傾向にある事は、

幾つかの文献・実体験などでも関連付けられました。



ただ、

「誰かが居ないなら生きていたくない

(未成年に対して語弊・悪影響な発言かもしれませんが)」

というのは、

“ある種の”真実かもしれません。


いや、

「彼女が居ない人生は、前よりカラッポになると確信する」

と引用を混ぜて、控えめな表現にしておきます。



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・・いつもの事で迷走文章ですみません。




今日は昨日の補足で、

「境界性人格障害の症例としてよく挙げられる点」

「理想化とこき下ろし」

と実体験を重ねて考察してみる。

についてと、

境界性人格障害を抱える人と恋仲の人の書き込みについて、
でした。


読んでいただき、

ありがとうございました。





(20:57)

2007年11月21日

BPD(境界性人格障害) - livedoor Blog 共通テーマ

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境界性人格障害(BPD)の症例(特徴)としてよく書かれている表現の中に、

「対人感情の二極化」や「理想化とこきおろし」というものがあります。


さらにもう一つ挙げると

“自分が最も信頼する相手(心を許したい相手)を振り回す”という症例(特徴)があります。


この特徴が二つ揃うことで、対象となる相手(BPDを抱える人が最も信頼する相手)には、周りからは理解できないような対人経験をする事になります。


前回の記事で少しだけ取り上げたように、境界性人格障害を抱える人は、職場や近所づきあい等、公人としての立場で振舞う場合は、割と社会的で、節度のある人格を表すことが多いようです。(勿論個人差があります)

付き合いが親密であるほど相手への依存心が高まり、期待が増え、相対的に抱える不安も増大するわけですよね。



境界性人格障害を抱える人は、会社の上司や、深い付き合いのない友人知人、親密でない親戚、

等などの人からは想像し難い人格(症状)を普段は眠らせ、

親兄弟、濃い付き合いの友人、付き合いの長いカウンセラーや医者。

そして恋人や配偶者の前でその反動とも言えるような爆発的な怒りを向けてくるのです。



冒頭で挙げました、境界性人格障害(BPD)の症例(特徴)としてよく書かれている表現、

「対人感情の二極化」や「理想化とこきおろし」。

そして、

“自分が最も信頼する相手(心を許したい相手)を振り回す”という症例(特徴)も、

距離のある周囲の人からは殆どわかりません。


境界性人格障害を抱える人との付き合いが困難であると言われる理由の一つではないかと思います。

自覚があり治療に取り組んでいる本人と、ごく身近にいる人間にしかその障害は理解も認知もされず、

その困難さも理解されないのですから。


私もこれまでに幾つかの本やサイト、あるいはBBS等で境界性人格障害と関わる人の記事や書き込みを見てきました。

そしてその中には、

「好きになった相手が障害を抱えていた」り、

「相手からそれを理由に交際を断られた事がある」

と言うものもありました。


この件に関しては又後日、

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


今日の話は

「対人感情の二極化」や「理想化とこきおろし」。についてでした。


これってちょっと想像しにくいと思います。

自分はそうでした。特に“こきおろし”なんて言葉いまあまり使いませんよね。


私は専門家ではないのでちょっと違うかもしれません、

ただ、「これがあの“理想化とこきおろし”って事なのか?」と思った(関連付けた)出来事が幾つかありました。


(境界性人格障害を抱える)彼女から何度か言われていた言葉で

「いつも私が期待するリアクションと違うものが返って来る」

と言うのがありました。

ありふれた言葉だと思います。

特に女の子はドラマチックな展開を好むわけですからね。


でもある時思ったんです。彼女の言う“期待するリアクション”はそんな軽いものじゃないかもしれないって、

いや、もちろん軽い場合もありますけどね。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

こんな出来事がありました。

私は不慮の事故で左手の甲の骨を折って、ギプスで固定しているときがありました。

医師からは、

「骨がずれてクッツクから、人差し指と親指以外は絶対動かしてはダメだ」

と言われていました。


まぁ、不便ですよ。

朝顔を洗うところから三倍手間がかかる。

左手使えないと右手ちゃんと拭けないし。左手使えないから風呂入っても右半身洗えないし、

料理洗濯食器洗いは殆どできない、掃除はできるけど物の移動が面倒でうんざり。

服の着替えは三倍時間かかるし、慣れないうちはカップめんのスープを吸うのさえ上手くいかないでこぼして火傷したり。

そしてこぼしたスープ拭いたけど布を洗って絞れないし、洗濯機から出した洗濯物は皺を伸ばせないから全部しわしわだし。

カップめんばかり食って外にも出ないから(自分次第だけど)体調悪くなってくるし。

ちょっとしたきっかけで手はズキズキ疼くし、、


・・・スミマセン。感情的殴り書きになってしまいました。


まぁ小さなイライラが積もりますよ。


医師個人病院によっては、

「一人暮らしで片手じゃ生活が不便だから入院させてくれ」と言えば入院できる、

なんて話を聞いたのは(本当の話で)随分後でした;;


悪い癖です。また話が逸れました;



「これがあの“理想化とこきおろし”って事なのか?」と思った(関連付けた)出来事についてでした、


(境界性人格障害を抱える)彼女から何度か言われていた言葉で

「いつも私が期待するリアクションと違うものが返って来る」

と言うのがありました。

そしてある時、

彼女の言う“期待するリアクション”はそんな軽いものじゃないかもしれない

って思った事についてですね。



その骨を折っている私の家に、彼女がお見舞いに(⇔遊びに来た)時の話しです。


彼女としては

「私が彼の左手になって頑張って世話をしてあげよう」と思ってくれていたんですよね。

私としては

「彼女に甘えたいけど、あれこれ“やって”ってあんまり頼みすぎると“おもしろくない”だろうなぁ」

(前述したように、体右半分と背中はまともに洗っていないし、

左耳は掃除できないしなど気持ちはやってほしいこと沢山あったわけですが)

ハッキリ言って、遠慮があったんですよね。

(私は何でも自分で解決するタイプで、この出来事で人に甘えなれていない自分に気付きました)



二週間ぶりぐらいにあって、部屋でくつろぎながらマッタリしていました。

私が飲み物を運んだりしていると、率先して扉を開けたり、

邪魔なものを除けてくれたり、服を整理してくれたり。

愛情こめて手伝ってくれました。


そして夕飯時を前にして、

「久しぶりに綺麗に体を洗いたいなぁ」と思って、風呂に入ろうって事になった時です。


こんなやり取りでした。


「ちょっと風呂はいってくる」

「一人で大丈夫?」

「まぁ、いつも一人だから大丈夫かって聞かれると大丈夫なんだけどね。

               でも洗うの手伝ってくれると助かるけど」


「なんだ、大丈夫なんだ。いってらっしゃい」


そう言って、彼女は急に無表情になって、テレビの画面に視線を移しました。


「・・・・。」


私は何でそうなったのか、よくわからないまま一人で風呂に入りました。


釈然としない思いを持ちながら、いつもより寂しい気持ちで、

いつものように悪戦苦闘しながら風呂に入り、体を洗い。

背中と体の右半分は上手く拭けないまま、下半身だけ着衣をつけて部屋に戻りました。


彼女は私の方を全く見ませんでした。

まるで私が存在しないかの様に、テレビの画面を瞬きもしない虚ろな目でジッと見ていました。

彼女の顔色が急に灰色のモノトーンになったようでした。

もしかしたらテレビの画面すら見ていなかったのかもしれません。


彼女が目を向けている方向に、たまたまテレビの画面があり、

彼女の視線はその画面の存在を無視して、もっと遠くの何かを見ているようでした。


私が1mと離れていないソバで、もがく様に体を拭き、上着をはおり(左手はギブスなので)ました。

彼女は微動だにしませんでした。

テレビ画面だけじゃなく、私も存在していないかのようでした。

もしかすると、彼女が幻影なのかもしれないとも思いました。


私と彼女は当時、それまでの幾度もの喧嘩やトラブルで、

お互いの関係を見つめ直そうとしている様な状態でした。


いつ壊れるかわからない綱渡りのような関係にお互いが疲れ、

それでも求め合っていました。


傍に居たい感情と、関係が安定しない不安の間で

寄り添ったまま、嵐の波にもまれて漂うような二人でした。


そんな二人だったので、

言い争いや感情を高ぶらせるような出来事を、

お互い極力避けようとしていました。



どちらも思いを切り出して、相手に伝えることに臆病でした。(それは今もあまり変わりませんが)

何かを言えば相手が感情を高ぶらせ、無意味に言い争う気がして何も言えないでいました。

{>>参照以前の出来事の一つ}
私も何も言いませんでした。


無言のままテーブルの上にドライヤーを置いて、その出る風に合わせて頭を動かして髪を乾かしました。


数分して、

テレビの話題で私から話しかけて、

何事もなかったように時間を過ごし始めました。



◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


この時のお互いの気持ちについて話したのは、それから4時間ぐらい経ってからです。

彼女が機嫌の良いときに、何気なく(「そういえばさっきさぁ」って感じで)切り出しました。


彼女は、その時の気持ちについてこう言いました

「私なんかいらないんだ、何の役にもたたないんだ」

と思ったと。

そしてそこから怒りが沸き、

「何もしてやる必要ないんだと思った」

ようです。


実際、この話しを切り出すまでの4時間ほどの間、

彼女は、その“風呂に入る”前までの愛情を感じた献身な気配りは、全く見せませんでした。


このような時、私達はもっと深く出来事の本質に目を向けて話し合わなければなりませんでしたが、

今もなかなかそうする事ができないでいます。


境界性人格障害の治療方法で“SET”と言うものがあります。

これは障害の症例に向き合い、本人に自分に対する理解を深める助けとなり、

同時に関わる人との間の信頼関係を築きます。

・サポート(支持)
・エンパシー(共感)
・トゥルース(真実)

の頭文字を取った言葉で“境界性人格障害(BPD)のすべて ”と言う本に詳しく載っています。

こういった手法をお互いの理解の上で、積極的に取り入れていければ

何年もかかると言われる治療も、少しは改善への実感を伴うという上でも助けとなるでしょう。



この話しは些細なことで、「この話しが何なの?」と思われるかもしれません。



今日の話題は

境界性人格障害(BPD)の症例(特徴)としてよく書かれている表現、

「対人感情の二極化」や「理想化とこきおろし」


そして、

“自分が最も信頼する相手(心を許したい相手)を振り回す”という症例(特徴)。

についてでした。


今回お話しした出来事をどう捉えてほしい、というものはありません。

未熟な文章ですし、上手く表現できません。


境界性人格障害(BPD)の症例(特徴)としてよく書かれている表現、

「対人感情の二極化」や「理想化とこきおろし」

という事に私が関連付けて考えてみた、というだけの話しです。


今日取り上げたような出来事は日常的にあります。

メールでのやり取りでも、いたわりと愛情を感じるやり取りの直後、

些細なきっかけで

(例えば急いで打ったメールがひらがなだらけで、“ゆいのうやないん?それ”で

「ゆいって誰!?何処の女じゃ!!」)

怒りが爆発して、誤解を解こうと何度メールしても、

丸一日電源切りっぱなしで音信不通になり、

次の日やっと帰って来た返信が

「そんな誤解させる、お前が悪いんやろうが!!」

みたいな出来事も何度もありました。


今となっては笑い話ですけどね。


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境界性人格障害を抱える人は以前の記事で少し書きましたように、

幼少時の愛情の受け方に影響を受けています。

必然的に他人に対しても愛情の表現の仕方が解らないと言えるでしょう。


境界性人格障害を抱える人の漠然とした拭い去れない不安感は、

もっとも身近な人間へ集中的に向けられ
、それは強烈な猜疑心(疑り深さ)、

一貫性の無い発言による、愛情を試す為だけの行動などで表現されるようです。


そう理解しようとしても、やはりその一般的な理解を超えた行動に振り回される事は

医者やカウンセラーでもあるようです。

(若い医者には境界例の障害者を絶対に就けない病院も多いそうです)


そういった様々方向から、境界性人格障害を抱える人への理解を持ち、

揺ぎ無い愛情を持たなければ、共に歩んで行く事は、大変な困難を持つ事は間違いありません。




ではなぜ、私が彼女の傍に居続けようとするのか?

とお思いかもしれません。


これは境界性人格障害を抱える人すべてがとは言えません、

全くの私見ですので。


このブログの最初や、幾つかの文中に書きましたが、


彼女のその症例に隠された優しさや心配り、

 そして心の表現である症例の殆どすべてが、

純粋な心を反映しているように感じられて

 そこに愛しさを感じているからでしょう。


・・惚気(のろけ)たようでスミマセン;



でも絶対、私と同じ様に感じている人は居るはずです。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



話したい事が多すぎて、いつも迷走した文章になってしまい申し訳ありません。

ちょっと、冒頭でお話しした書き込みをされてる方への、メッセージ的な感情が入ったかもしれませんね。



今回お話した事が、

境界性人格障害を持つ人や、その親近者の方の何かの参考になると幸いです。






(14:18)

2007年11月17日

BPD(境界性人格障害) - livedoor Blog 共通テーマ

ボーダーライン、境界例、境界性人格障害、BPD。

まだまだ日本では世間どころか、医者の間でも認知の薄い障害のようです。


多かれ少なかれ、人は不安定な部分を持ち、自分自身を含めた誰にも個人の心の動きのすべてを解明することはできていません。

昨今、日本中で幼年・青年・熟年を問わず、悲劇的で、救いの無い様な事件や出来事が蔓延しているような気がします。


そしてその流れの根底にあるのは、子供の育つ環境にあると言えるでしょう。

親の世代が抱えた問題は、この世代に受け継がれていきます。


それぞれ自分が過ごした子供時代と、今の子供たちの景色はずいぶん違うでしょう。

そういう事に思いを馳せると、やはり年配者は子供たちを攻める権利は無いのではないでしょうか?

ご理解いただきたいのですが、権利は無いという言葉の意味は、導き方と責任の取り方について心の比重をおくべきだと言う意味です。


境界性人格障害と言われる病名が加速度的に広まり始め、この先更に爆発的に増えるであろうと言われています。

障害を抱えながら、子供を生み育て、遺産は引き継がれていってしまうのでしょうか?

私はそうは思いません。

私たちの世代、今生きている私たち一人一人が何かに気づき、一人一人の小さな想いを波紋のように広げることは可能なのですから。

>>>>>


境界性人格障害(BPD)のよく言われる症例の一つに、依存している相手への二極性の感情があります。

神や英雄のように全肯定した直後に、最低の人間のようにこき下ろしたりする。とよく表現されています。

>>>>>

ある夏の日。

彼女は私に怒りをぶつけてきました。

自宅にて仲良く触れ合いながら、昼食をとりつつTVを見ていたのです。

番組を見ている流れの中で、ある女優{某"ブログの女王”}の話題が出ていて、そのサイトを見たことがある」と話したのです。
正確には「ああ、あいつのブログはみたことがある、面白いんだよね」です。

その直後彼女の箸は止まりました。

「他の女の話をするな!!」

彼女は私の前だけではとても甘えん坊で可愛らしい女性です。

家族や友人、職場では自分の思いを素直に口できない、内気に下ばかり向いて、人の目を見て話せないような女性です。

それが吼える様な声で突然叫ぶのです。顔つきも一変します。


私が止めるのも聞かずそのまま走って飛び出していきました。


あまりに唐突で理解を超えた出来事に戸惑いました。

似たような出来事はそれまでに何度かありました。

職場で怒られた事や、家族にされた事などの話を私にした時、彼女に相手の言い分について説明しようとしたからであったりが理由でした。

あまりに些細な理由で怒って飛び出したので呆然とし、度々のことで怒りもありました。

そして、これをどう解消すればいいのかわからない苛立ちと。



《今では上記の状況で自分がどうすべきであったか、少しはわかります。
 境界性人格障害【BPD】を抱える人は極端な不安をもち、不安は突然に爆発します。そしてその場合、自分の衝動を理性によって抑えたり理解することが困難な場合が多いようです。まさに境界を越えるわけです。
順序としては、まず境界性人格障害【BPD】を抱える人の意見に対して同意してあげるところから入らなければならないというのが一つのセオリーになっています。気持ちが否定していなくても境界性人格障害【BPD】を抱える人を否定されていると思わせてはいけないのでしょうね。》

私にとってただ[TVの中の仮想の人間]であっても、

彼女にとっては[自分の居場所を脅かす存在(もしくは意識)]だったのかもしれません。


>彼女はどんな出来事であろうが過去の話をする事を極端に嫌います。
>話題の流れで「昔どこで働いていた時に似たようなことがあったとか」とか
>「昔どこそこにいてその経験をした事がある」とか


その後彼女に電話をかけても全くでないので

「戻っておいで、仲直りしよう」とメールすると。

「かえる いっしょにいたくない」と返信がきました。


その後15分程して「バスにのったなぜ追いかけてこない」

さらに30分程して「いまからひとりで水族館にいく」

その後電車の駅、彼女の自宅付近と次第に追いかけてこなかった私を激しく非難して

最終的に彼女から電話がかかり

「家に帰り着いてしまったっじゃないか!!」と叫んで電話を切り、電源も切りました。


彼女がその件について何一つ謝る事は無く、その時は私が折れて謝り、仲直りしました。


>>>

境界性人格障害【BPD】を抱える人は[機能不全家族]で育っている場合が多いとされています。
両親が存在し(もしくは兄弟がその代わりを果たし)、子供が(0〜5歳)確かな居場所を確保した上で始めて、教育なんてものは機能するわけですよね。

よく「今の子供は甘ったれている」なんて聞きます。

ある部分はそうです。物質的なものが年配の人からすれば満たされているからそういう方向から見てしまう。

でも、当たり前に注がれる愛情や安心感。家族が揃って食べる食事などが、幼少のときから存在していない状況が子供の発達心理にどれほど悪影響であるか、その弊害は計り知れませんよね。

勉強や、根性云々の前段階なんですよね。

帰る場所を自分で何処かに確保しなきゃいけないという足かせをつけられて、

無造作に垂れ流される価値観に放り出されてしまっている。

。。

散々な駄文で申し訳ありません。

今日はこの辺りで。


*基本的に事実あった出来事を書いていますが、プライバシーやお伝えしにくい部分。
*要点がボケないようにする為に省いたりしている部分がありますのでご了承下さい。



(01:26)

2007年11月16日

うつとBPDに向き合いつつブログアフィリと株・FX投資での暮らしを模索する - livedoor Blog 共通テーマ

ポイントサイトを使って、鬱・BPDでもできるネット内職・小遣い稼ぎを模索する1 でご紹介したキャッシュバックモ−ルの検証報告を忘れていました;

約一時間の作業の結果が以下の画像です。

キャッシュバック1



内容は、ポイントサイト・懸賞系サイト登録、資料請求です。

登録されてメールが来ているのに(承認基準が本登録終了時になっているものなのに)ポイント承認がされなかったものもありました(結構有名な懸賞・ポイントサイト込)。

高額ポイントのものは、審査や承認基準が難しいので今回はコンスタントにできるものに絞って一時間と決めて検証しました。

フリーメールアドレスを再取得する時間を入れても、時給600円位は楽勝でできるということですね。

あとは、フリーのメルアドで何回も繰り返せばいいだけです。


*ちなみに画像取り込み・加工は無料レポートで見つけたサイトで取り込みました。

ブログにパソコン上の画面を表示したい方、興味のある方は以下のURLからレポートを申し込んであげて下さい。

「あなたの信頼を3倍アップさせる無料レポート作成術」

46ページ目にあります。

上の画像の作成には10秒位しかかかっていません。


{ブログへの掲載方法}
ライブドアブログであれば、
・入れたい画面を表示
・画像を加工
・管理ページから“ファイルのアップロード”
・画像ファイルの横の“投稿をクリック”

で簡単に載せられます。
*画像のサイズに気をつけてください。画像が大きいと表示したときブログのデザインが崩れます。


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境界性人格障害を抱える人は、職場ではどんな症例が表れるのか?

という疑問があります。

一般に境界性人格障害を抱える人の診断基準とされる点は

・不安定で激しい対人関係・対人表現

・自虐的で突然に起こす衝動行動(薬物乱用・暴飲暴食・万引き・危険運転・自殺未遂・自傷行為・無作為な対人干渉)

・極端で不安定な感情の変化

・一般に不適切で激しい怒りとその制御の困難

・自己象の不安定さ、アイデンティティの欠如

・慢性的な空虚感と倦怠感

・現実・空想・想像内での強い見捨てられ不安


各項目の細かい説明・実体験に基づくお話は又後日という事で、

上記にある人間像からも幾らか推察できるとも思います。


上司であれば、一方的に叱られたかと思うと、翌日や数時間後には何事もなかったように褒めてくれたりもします

一般に境界性人格障害(BPD)を抱える人の怒りは、短時間に解消されると言われています。

怒りのきっかけとして事象があるだけで、大抵はBPDを抱える人の“抑圧されている不安”が爆発する形が多いようです。

部下として関わるのであれば、そういった怒りの叱責はかなりキツイものでしょう。

しかし、普段は心配りの利いたやさしい人である場合も多いのではないでしょうか?

だからこそ混乱させられるのですけどね。


職場という場所柄、あまりにひどい怒られ方をされては周りの目もあります。

接する機会が多い同僚たちには[短気で怒りっぽい上司]と思われていて、同情を得られるかもしれません。


先ほど述べましたように、境界性人格障害(BPD)を抱える人の怒りは“不安”というキーワードが付きまとっています。


サラリーマン的な組織が日常的に存在する職場では、先日の記事に書いたような献身的な職業と違い、環境的な不安感にさらされると場合が多くなります。

人事異動や相手顧客の変化。本人の努力などと関係の薄い会社組織的なジレンマ等は大きな不安になるようです。

会社組織には同僚との出世競争や、それを強く意識する人からのささやかな攻撃も強いストレスとなり、不安定さを刺激することになります。

単純な事で言えば、叱責されることも大変苦手です。

“見捨てられ不安”につながるものですからね。



安定した組織で安定した人間に関係に囲まれていれば、境界性人格障害(BPD)を抱える人は素晴らしいセンスと集中力で仕事をこなしていきますが、

何かのきっかけで強いストレスがかかると、抑圧された不安は妄想的に膨張し、その爆発的な怒りは抑えられず、一瞬ですべてをぶち壊してしまう事もあるようです。



又も話が迷走してしまいましたの今日はこの辺で、

それでは又。




*このブログでの記事は、あくまで私の実体験と見聞をベースとした主観的考察・判断を文章化したものです。
*当ブログ記事を読んで、何らかの行動を起こされた場合に起こるリアクションに関して一切の責任は持てませんのでご了承下さい。


(17:35)

2007年11月12日

うつとBPDに向き合いつつブログアフィリと株・FX投資での暮らしを模索する - livedoor Blog 共通テーマ

境界性人格障害を抱える人の素晴らしい長所の一つに、見返りを求めない献身さというのがあると思います。

そして論理的な行動を苦手としている代わりに、目的と自分の領域がハッキリしている仕事においては、強力な集中力で与えられた仕事を処理できる方が多いようです。

芸術的・職人的な仕事は勿論、看護婦や介護職についている境界性人格障害の方は多いようです。

BPD(境界性人格障害)の方も様々に個人の特性がありますので一概には言えませんが、献身的な仕事をする事によって、自己の存在意義を認識しやすく(アイデンティティを確立し)不安感を払拭しやすいからだとも言われています。


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今回見つけたベビーシッターマッチングサイトは、個人のベビーシッターと、ベビーシッターを必要とする人の仲介をし、面接のセッティングを手伝ってくれるサービスです。

資格も不要で、自分の希望
・エリア、預かり場所(自宅、相手自宅等)
・時給、時間帯
・対象年齢
等を登録し、あとはその条件に合った保育依頼者からのマッチングを待つだけです。

ベビーシッターは一般に高額時給で、コチラのサイトではエリアや時間帯まで自分の要望をすべて明示できるので、マッチングできる相手がいれば大変条件の良いお仕事になるでしょう。


小中学校のお子さんをお持ちの片親(シングルマザー・シングルファザー←男性の登録者も既にいました)の方たちにとっても、学校の時間合わせてできる、高額時給のお仕事ですのでお奨めです。


子供達にとっては毎日が新しい刺激に満ちていて、世界が目まぐるしく変わっている時です。

時間を有効に使って、毎日の夕食はお子様とご一緒にして、一日の出来事を聞いてあげてください。

以前の記事でも少し触れましたが、当たり前に存在し、時間を共有する両親が、子供の時代に存在しない事は何よりも不幸な事です。
特に0〜5歳の時代が大切なのですが、いつからでも遅い事はありません。

しっかりしていて、愚痴も言わないような大人しい子には特に注意して話を聞いてあげて下さい。

親に心配や迷惑をかける事を避けようとする根底には、何かあれば親がいなくなり、居場所を失うことへの潜在的な不安が元になっている事が多いようです。

特に0〜5歳時に過ごす時間が短かったり、叱った時などに必要以上に突き放したりしているとその兆候は強いようです。

大人の理屈や長い時間軸で物事を捉える思考が発達していないのです。

目の前にいなければ、それは永遠に失われるのと同じ位の喪失感を与えているのです。

ですから大人しくしっかりしている子供は、その経験から些細なことでも親を失う不安を根強く持ち,
揉め事を避け、自己犠牲的な精神で親を安心させようとするので、一見大人しくしっかりして見えるのです。

しかしその裏では払拭されない不安感を持ち続け、自分を傷つけ続けて螺旋(らせん)の迷路に迷い込むのです。

{TVで報道されている子供の関わる事件や事故、どんな子供が加害者や被害者だったでしょう?}

口に出せない言葉を少しずつでも聞いてあげて下さい。




よく赤ちゃんは、視界から親を失うと泣きじゃくりますよね。

立って歩き始めてもまだまだ子供なんです。

叱っても、その後ちゃんと抱きしめてあげて、子供に対する愛情の為であり、叱った事でその愛情が失われる事は無いのだと言う事を、示してあげてください。


その5歳位までの成長段階を経て、小学校に入る頃には基盤となる人格は出来上がってしまいます。

でもまだ遅くは無いのです。

より深刻に躁鬱(そううつ)や、境界性人格障害(BPD)などで、我が子が苦しまないようにする為にも、是非ともお子様に寄り添ってあげてください。


すみません。

又、話が逸れてしまったような気がします。



現在の所、ベビーシッター登録は無料です。

マッチする相手方がすぐ現れるかはわかりませんが、とりあえず登録しておけば、チャンスを逃さずにすみますのね。
この機会にどうぞ。



             >>>詳しくはコチラです。

それでは又。

(14:09)

2007年11月11日

うつとBPDに向き合いつつブログアフィリと株・FX投資での暮らしを模索する - livedoor Blog 共通テーマ



今日は彼女と出会った頃の詩を載せることにしました。

躁鬱(そううつ)や境界性人格障害を抱える人にとっても、過去を振り返り、事実を再認識して自分の中でしっかりと消化すると言う事はとても大事な事です。

我々すべての人間は、過去の積み重ねの先に生きています。

自分の考えや行動を理解できなくなったり、コントロールできないとき。私たちは、自分自身を振り返り、掘り下げて認識しなければならないでしょう。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

{ADHD:注意欠陥・多動性障害(ちゅういけっかん・たどうせいしょうがい)}と言う障害があります。これは又色々あり、躁鬱や境界性人格障害等とも関連や併発もあるのではないでしょうか?
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

自分を振り返るとき、自分自身を客観視する事が大切なポイントです。

自分のエゴや欲求では無く、社会的立場や規範。周辺の人との関わり。



自分の意思と行動がどのような結果になったのか?

自分が相手に伝えたい事を"なるべく欠けていない形"で伝えるにはどうすれば良かったのか。



境界性人格障害を抱える人との付き合いの中で、この「客観視」という観点は、その人の人間的成熟度(アイデンティティの確立)にもよりますが。

この障害を抱えていない人に比べ、発達の度合いが遅い場合があるようです。

境界性人格障害を抱える人との付き合いの中では、この認識を覆され混乱すると言うことが一つ言えるのではないでしょうか?

昨日の記事に書いたような出来事は、日常的に起こっています。

あなたは昨日の記事(駄文ですので解りにくいでしょうが;)を読んでどう理解されたでしょうか?


誤解しないで頂きたいのですが、私は境界性人格障害を抱える人がわがままだと言っているのではありませんよ。

彼女の根底に燻る(くすぶる)居場所を奪われるような不安感は、些細なきっかけで爆発します。


現実的には私が"ブログの女王”と接点を持ち、僕の中で占めている彼女の領域が女王に奪われることはありません。


「女ならヤキモチを焼くのは当然だ」「心の中で好意を持てば浮気だ」

様々に意見はあると思います。ただ私は

「ブログを見た事がある」

と言っただけです。

彼女もこう言いました。

「会える可能性だって0%じゃない」

勿論そうです。


言葉とは難しいです。

言葉は自分から放たれた時点で、どんな風にでも変わってしまいます。


又話が逸れているようですいません。


境界性人格障害を抱える人が客観視をする事が苦手だとすると、昨日の記事のような出来事も理解しやすいでしょう。


思春期のような葛藤と自分自身の存在に対する不安感を、社会的なものに飲み込まれて廃れさせること無く待ち続けているとも言えるのではないでしょうか?


今日のこの詩は、

仕事で離れていた時に、彼女を想ってメールで送ったものです。


このブログの最初の記事の言葉は、


私の本音です。

今でもその純粋さが私にとって かけがえの無い 輝かしいものなのです。

その輝きが持つ温度だけが、今の私に生を実感させて生かしているのです。



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足跡を縛られるという事は
開放されるという事


どこにも行けず 
ただ 虚ろい

重く沈んで漂っていた
どこにも行けず

何の意味も見出せなかった

ただ与えられた命という
ささやかな炎をくすぶらせていた


私は機会を与えられた

あなたに向かう私の命は
くすぶりながらも意味を感じた



私は何処にも属さなかった

何にも囚われていない自由

何処にも居場所の無い苦痛



あなたに惹かれ依存する心に
私はそっと静かに縛られ

あなたへ向かい紡がれて
虜と言う不自由を得る


自由と言う拷問
束縛と言う開放

(17:40)

2007年11月08日

うつとBPDに向き合いつつブログアフィリと株・FX投資での暮らしを模索する - livedoor Blog 共通テーマ

左のリンク集にある「POINT PAY」「キャッシュバックモール」といったポイントサイトでの副業・小遣い稼ぎを試してみました。

今まで広く普及して主流であったポイントサイトは、

各ポイントサイトの{ポイント⇔ポイント}の流れで商品と交換するものが多くを占めていました。

・ポイントサイト提携会社の商品から欲しいものを選ぶ。
・VISAやデパート商品券に交換する。
・ネットキャッシュに交換。
・ユネスコ・赤十字系に寄付。
・現金化。

こういった選択肢がありました。

しか〜し、ポイントなんていろんなサイトやカードでバラバラに貯まりますよね?

一年ぐらいたって貯まったポイントを見る。

・欲しい商品があるけどポイントが足らない。
・現金化したいけどポイントが足らない。

ってなって、とりあえず集められるだけ一箇所に集めるしかないですよね?

でも、交換できないポイントがあったり(以外とそのポイントが占める割合が大きかったり;;)

しかも交換して集めるのも意外に面倒だったり。



自分の体験ですけど。

昔は片っ端からポイントサイト、懸賞サイトに片っ端から登録している頃もありましたよ。


仕事終わって帰ってきますよね、とりあえずシャワー浴びてね。

そしてパソコンを立ち上げるわけです。

待っている間にビールをプシュッと開けてグビッと飲みますよ「プハーッて」w


そしてメール受信。。。






⇒⇒⇒  48件受信中  ⇒⇒⇒

 
「さて、やるかぁ〜」



クリック 1p クリック1p


アンケートで20p


クリックで 「・・これ関係ないやつジャン;;」


こっちは? サイト訪問で 5pか



TV取材『内部告発した人募集』 記念品進呈


「しょぼっ、記念品かよ、金よこせって」



クリック 1p

クリック 1p





 ・・・って気づいたらビールはぬるいし、腹は減るし、テレビは見逃すし、もう寝なきゃなんないし、、




ほとんどこんな毎日でしたよ、

それで一年で現金換算で5万ぐらいでしたかねぇ。まぁいきなり100万あたったりする人とか、1000万あたるサイトなんかもありますけどね。


あるサイト(上場企業)での実話ですけど、毎日コツコツ一年半ものあいだ、アンケートに答えてやっと1万円弱ぐらいのポイントが貯まっていたんです。

交換基準を考えて、3千円5千円じゃつまらないから、1万円目指してささやかな喜びを育んでいたわけです。。


当時は年中出張している仕事だったので、ノートパソコンを持ち歩いていました。

長くて二週間、短ければ即日移動するんで荷造りが大変だったんですよね、

次第にパソコンのアダプター(電源コンセント)を本体に挿したままバッグに入れて運ぶことが増えてました。

ワンボックスやらトラックやらで移動するから、バッグも縦や横になることもあります。


ある日気づいたら、差込口がソケットに押し込まれて陥没してたんです。中の基盤が断線して電源が入らなくなってしまったんですよね;;


3年前の春です。

移動し続けるから修理にも出せないし、ネットカフェに行く時間もなかなかなくて。

でもふと気づいたんです。


最近感じたことがないぐらいに時間が静かに流れているんです。
自分が穏やかでゆったりしているんです。

メールチェックに追われない夜の時間が居心地よかったんですよね。


そして約二ヶ月後、

パソコンが修理から戻ってみまわれた悪夢でした。



⇒⇒⇒  2698件受信中  ⇒⇒⇒;;


当時は出張用でAIREDGE(無線LANカード)を使っていたので通信速度が速くなかったんですよね。

丸二日かけて受信しましたよ。。


そして、メールを一週間かけてチェックしましたよ(勿論ほとんど{削除}{削除}です)。。

その中にこんなメールがありました。

『ポイントの更新期間です 登録情報を更新してください』

そしてこんなメールもありました。

『期間内に更新手続きがされなかったので ポイントは抹消されました』
・・・。

『期間内に更新手続きがされなかったので ポイントは抹消されました』
・・・。

『期間内に更新手続きがされなかったので ポイントは抹消されました』



・・・。

あんまりだ。

コツコツ一年半アンケートに答えた俺のアフターファイブを返せ〜;;。



それから、ポイント一箇所に移して殆ど無理やり使いましたよ、ポイント。

そして殆どのポイントサイトはやめました。


もうそんな思いはしたくないです。。

これを読んでいる貴方にもして欲しくないんです。


スミマセン、長々と思い出話を。話を戻しますね。

リンクを張っている「POINT PAY」「キャッシュバックモール」は

速攻現金化できます。
「POINT PAY」は300円から、

「キャッシュバックモール」なんと1円からでもできます!


イーバンク口座だと振り込み手数料がタダです、無料です!

ついでに、イーバンク口座を作ることでキャッシュバックが受けられるので

一石二鳥なんです!!

どうせやるポイントサイトやるなら、絶対!こっちをお勧めしますよ。



その後の検証は又後日。。




下のリンクは参考にした情報です。気になった方はご覧になってみてください。




驚きのテクニック!毎朝、必ず2000円の入金
一人でコツコツできるお手軽在宅ワーク


*あくまでも私自身の経験を掲載しています。
*すべて自己責任にてお取り組み下さい。


(14:15)

2007年11月01日

「誰かのために」という 言葉や 意思で

行動を起こす事


気づかない

自分の生きている周りが見えていない


相手の声が聴こえるかどうかは


言葉を聞く事ではなく


自分の過去に問いかけ それが肉として機能している事

その反射




聞こえているだろうか

今という 過去から積み重ねられた

自分を取り巻くすべての景色



一般論は 集団の約束事

人と人は 結び付けない



欲しがっているのは

誰からももらえる 優しさじゃない

(19:09)

2007年10月20日

私は、12ぐらいだろうか。

自分が怖く感じ、

何かが足りないような、

周りの同世代が、あまりに無知・無関心で、遠い存在に思えた。


私は異端ではないか?


常に、関わるあらゆる人間が 不思議に思えた。


自分は自分からしか見えない

違う視点が、違う観点が、新しいリアクション・刺激が欲しかった

何かが変われば、 何でもよかった



周りには

誰もいなかった


だから自分で

別の視点の 自分を作る必要があった



変われるなら

発見があるなら

なんでもよかった



少しずつ

別の自分が生まれた


自分が後退してる時期だった

馴染むまでは


神経症や 発達心理に興味を持ち始めていた

自分が熱望していると

不思議とTVや書店で

巡り合う事になった。


乾いた自分が、常に芯にあって

いつも、なんでも

疑問を持って考えてみた


誰かの言った、聴きなれた言葉じゃないもの

聴きなれた言葉でも

自分が自分で 深い意味をつけようと


真実が知りたかった


大人の言葉は 

だいたい、そうかもしれないってだけだった


自分で意味をつけていった

一つ一つ



そうして 少しずつ 

自分とバランスをとるもう一人の自分が作られていった


新しい自分

自分を深くえぐり始めた


なぜ 頭にくるか

無駄だ そんな時間

どうしたい?

こんなやり方 ためしてみるか?



そこからが

本当の始まりだった


自分を

自分の望むほうに

導くために


誰でもない

自分であるために

(21:35)

2007年10月19日

そんな頃は、たくさんのことを知って、知らないことをなくす事が目標だった。

ゴールが見えると、つまらなくなるタイプだった。

ゲームでも、あとレベル少しあげたらボスに勝って終わりとか、

店長クラスなったり、上の変わりに仕事処理したりするぐらいになったりとか(これは大雑把な例えなので、上には上の的な反論は流してください)


知らないほうが幸せな場合は 多々ある。

今更ながら 思い 辛くもなる事ありますよね?

(20:08)

2007年10月16日



BPD(境界性人格障害) - livedoor Blog 共通テーマ

起業を目指し、退社を決意した。

最後の一週間に彼女に出会った。

理屈抜きで女に辟易していた自分にとって、

その出会いは、

人生をフェードアウトしようとしていた己と決別しようとした自分への、

ささやかなご褒美のようなものだった。





(20:23)