境界性人格障害(ボーダー)の彼女と付き合った体験ブログ

2007年11月17日

BPD(境界性人格障害) - livedoor Blog 共通テーマ

ボーダーライン、境界例、境界性人格障害、BPD。

まだまだ日本では世間どころか、医者の間でも認知の薄い障害のようです。


多かれ少なかれ、人は不安定な部分を持ち、自分自身を含めた誰にも個人の心の動きのすべてを解明することはできていません。

昨今、日本中で幼年・青年・熟年を問わず、悲劇的で、救いの無い様な事件や出来事が蔓延しているような気がします。


そしてその流れの根底にあるのは、子供の育つ環境にあると言えるでしょう。

親の世代が抱えた問題は、この世代に受け継がれていきます。


それぞれ自分が過ごした子供時代と、今の子供たちの景色はずいぶん違うでしょう。

そういう事に思いを馳せると、やはり年配者は子供たちを攻める権利は無いのではないでしょうか?

ご理解いただきたいのですが、権利は無いという言葉の意味は、導き方と責任の取り方について心の比重をおくべきだと言う意味です。


境界性人格障害と言われる病名が加速度的に広まり始め、この先更に爆発的に増えるであろうと言われています。

障害を抱えながら、子供を生み育て、遺産は引き継がれていってしまうのでしょうか?

私はそうは思いません。

私たちの世代、今生きている私たち一人一人が何かに気づき、一人一人の小さな想いを波紋のように広げることは可能なのですから。

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境界性人格障害(BPD)のよく言われる症例の一つに、依存している相手への二極性の感情があります。

神や英雄のように全肯定した直後に、最低の人間のようにこき下ろしたりする。とよく表現されています。

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ある夏の日。

彼女は私に怒りをぶつけてきました。

自宅にて仲良く触れ合いながら、昼食をとりつつTVを見ていたのです。

番組を見ている流れの中で、ある女優{某"ブログの女王”}の話題が出ていて、そのサイトを見たことがある」と話したのです。
正確には「ああ、あいつのブログはみたことがある、面白いんだよね」です。

その直後彼女の箸は止まりました。

「他の女の話をするな!!」

彼女は私の前だけではとても甘えん坊で可愛らしい女性です。

家族や友人、職場では自分の思いを素直に口できない、内気に下ばかり向いて、人の目を見て話せないような女性です。

それが吼える様な声で突然叫ぶのです。顔つきも一変します。


私が止めるのも聞かずそのまま走って飛び出していきました。


あまりに唐突で理解を超えた出来事に戸惑いました。

似たような出来事はそれまでに何度かありました。

職場で怒られた事や、家族にされた事などの話を私にした時、彼女に相手の言い分について説明しようとしたからであったりが理由でした。

あまりに些細な理由で怒って飛び出したので呆然とし、度々のことで怒りもありました。

そして、これをどう解消すればいいのかわからない苛立ちと。



《今では上記の状況で自分がどうすべきであったか、少しはわかります。
 境界性人格障害【BPD】を抱える人は極端な不安をもち、不安は突然に爆発します。そしてその場合、自分の衝動を理性によって抑えたり理解することが困難な場合が多いようです。まさに境界を越えるわけです。
順序としては、まず境界性人格障害【BPD】を抱える人の意見に対して同意してあげるところから入らなければならないというのが一つのセオリーになっています。気持ちが否定していなくても境界性人格障害【BPD】を抱える人を否定されていると思わせてはいけないのでしょうね。》

私にとってただ[TVの中の仮想の人間]であっても、

彼女にとっては[自分の居場所を脅かす存在(もしくは意識)]だったのかもしれません。


>彼女はどんな出来事であろうが過去の話をする事を極端に嫌います。
>話題の流れで「昔どこで働いていた時に似たようなことがあったとか」とか
>「昔どこそこにいてその経験をした事がある」とか


その後彼女に電話をかけても全くでないので

「戻っておいで、仲直りしよう」とメールすると。

「かえる いっしょにいたくない」と返信がきました。


その後15分程して「バスにのったなぜ追いかけてこない」

さらに30分程して「いまからひとりで水族館にいく」

その後電車の駅、彼女の自宅付近と次第に追いかけてこなかった私を激しく非難して

最終的に彼女から電話がかかり

「家に帰り着いてしまったっじゃないか!!」と叫んで電話を切り、電源も切りました。


彼女がその件について何一つ謝る事は無く、その時は私が折れて謝り、仲直りしました。


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境界性人格障害【BPD】を抱える人は[機能不全家族]で育っている場合が多いとされています。
両親が存在し(もしくは兄弟がその代わりを果たし)、子供が(0〜5歳)確かな居場所を確保した上で始めて、教育なんてものは機能するわけですよね。

よく「今の子供は甘ったれている」なんて聞きます。

ある部分はそうです。物質的なものが年配の人からすれば満たされているからそういう方向から見てしまう。

でも、当たり前に注がれる愛情や安心感。家族が揃って食べる食事などが、幼少のときから存在していない状況が子供の発達心理にどれほど悪影響であるか、その弊害は計り知れませんよね。

勉強や、根性云々の前段階なんですよね。

帰る場所を自分で何処かに確保しなきゃいけないという足かせをつけられて、

無造作に垂れ流される価値観に放り出されてしまっている。

。。

散々な駄文で申し訳ありません。

今日はこの辺りで。


*基本的に事実あった出来事を書いていますが、プライバシーやお伝えしにくい部分。
*要点がボケないようにする為に省いたりしている部分がありますのでご了承下さい。



(01:26)

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この記事へのコメント

1. Posted by ヒロ5    2011年10月19日 08:29
とても参考になります。私自身も現在境界性人格障害の彼女と一緒に暮らして居ります。二歳になる子供(彼女の連れ子)も居りますが毎日が戦争です。
俺以外に依存してしまう事が辛いです。

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