境界性人格障害(ボーダー)の彼女と付き合った体験ブログ

2008年01月23日



境界性人格障害の人と付き合った躁鬱の考察 - livedoor Blog 共通テーマ


今日は前回のテーマ

境界性人格障害と幼少時代のすごし方などについて

もう少し考えてみたいと思います。


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おとなしくて、文句を言わない子が

境界例(境界性人格障害)を抱えている場合がある

というお話をしましたが、

同じような子でも

親との信頼関係があったうえで

我慢強くおとなしい子というのはいますよね。


そういう子は 3歳までの間に

親かそれに代わる人がいて

心の底辺になる部分が作られている場合が多いようです。


3歳までの成長段階の中では

大人が気づかなくても

寂しさや 失望など 負の感情に対して

自分をコントロールしようとするシステムを

日々作り続けています。


私の弟は 2歳頃から大病による入院生活を強いられ

母親以外とのコミニュケーションが ほとんど無いまま

小学校へ通い始めたので

人と接して 協調性を持つような事は今でも苦手です

その為 働き始めてから自殺未遂を起こすような事もありました。


境界性人格障害を抱えている人は

公の場や 普段会社や学校で生活している中で

多くの場合 社交的に接する事ができると言われています。


しかし、境界例の特徴の一つにあるように

自分がもっとも心を許そうとする相手に対した時

本当の自分、底辺になる部分の不確かさによって

ありのままである自分が交錯して混乱するようです。

これが、

“境界を飛び越えている”部分が表れている一つの例なのでしょうね。

自分の気持ちと欲求があり、

その間には達成の為のプロセスがあります。

そこを構築する部分に空白が生じてしまう、

恐怖や強迫観念、引き金の感情は境界例の人でも様々なのでしょうが

人並み以上の負荷がかかる。


人は誰しも追い詰められれば混乱しますよね。

境界性人格障害の人の中で起こっている事は

あらゆる人間のそれと同じような事ではないかと思います。


私の弟のように

幼少時に母親以外の人と接する事がくなく育った場合では、

不特定多数の人間と関わることが苦手ではありますが、

逆に人に期待もしていません。

自分の母親という居場所があり

それ以外の人間関係はあまり問題ではないのです。

そういう思考システムができているのでしょうね、


この二つの思考の違いは 

単語の部分では同じでも全く違う事が言えます。

どちらも“親に依存している”のですが。

・唯一の居場所として確定されている依存と

・居場所にするための努力をし続けている依存

の違いでしょうか。


この続きは又、


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(16:50)

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この記事へのコメント

1. Posted by オレンジ   2008年01月30日 19:56
 私も、ボーダーと思われる方と仕事をして3年になります。毎日 とても苦しいです。私にできることは ただ、そばで よりそうだけ。答えはないことは、出会ってしばらくしてから わかりました。試し行動の時は 本当に苦しいです。そして 怒っている時、平穏な時はほとんどなかったです。でも、私には何もできない。それに 耐えて そばにいるだけ  ただ それだけです。
2. Posted by バーブル   2008年01月30日 20:23
オレンジさんは、その相手の人に愛情を持っているかのように勝手に感じました。
それはさておき、確かに、何も変えていく事は出来ないような気がします。変えるというのも、もしかしたらおこがましくて、そんな生き方もあるかもしれないけど、何かが違う気がしています。
今思う事は、
すれ違ったベクトルで世界を生きている、関りあえない相容れない人生と人生。そんな気がします。
3. Posted by オレンジ   2008年01月31日 06:29
すれちがった世界、ほんとうにそう感じます。でも、心の叫びを感じるから 離れていけない自分がいます。どんなに罵倒、暴言があっても、それは、信じたいよーってあまえる子供が彼の中にいるから。でも、それは 私にとっては とても強い心を必要とします。私には 何も返してもらえないことがわかっているのに そこにいるのは 私がそれを選んでいることは わかっています。つらければ 去ればいいわけですから。

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