貧困家庭のインターネット環境
現代社会では誰もが当たり前にインターネットを利用する時代になり、インターネット利用を前提に様々なサービスが提供されるようになった。インターネットを利用できる人にとっては便利で手軽に楽しめるサービスを受けられるが、利用できない人はサービスを受けられないという「格差」を生む。
政府は2019年からGIGAスクール構想を推進し、学習用端末を小中高校の生徒への配布してオンライン学習が利用できる取り組みを進めている。貧困家庭の子どもたちを支援する認定NPO法人キッズドアの渡辺由美子理事長は、2024年8月26日に行った日本記者クラブでの記者会見で「貧困家庭の1割ぐらいに自宅にWi-Fiがなく、端末があっても学習できない状況にある」と述べ、「ネット環境が貧困家庭の貧富の差を如実に表している」という厳しい現実を指摘した。
この先、急激に人口減少が進む日本では、学校教育はもちろん、子育て支援や高齢者福祉など様々な公的サービスを効率的に提供していくにはインターネットの活用は不可欠だ。エッセンシャルワーカーの人手不足はますます深刻化していくと予想されるだけに、生活インフラとしてのネット環境をどう整備していくべきかを考える必要がある。
■インターネット利用率が低い世帯は?
総務省が毎年発表している「通信利用動向調査」によると、20歳以上の世帯主がいる世帯および6歳以上の構成員を対象とした2023年の世帯調査で、スマートフォンを保有する世帯は90.6%、パソコンは65.3%、タブレット端末は36.4%となった。インターネット利用者(個人)の割合は全体で86.2%だが、13〜59歳の年齢階層では97〜99%と、ほぼ100%に近い利用状況となっている。
首都圏で電車に乗ると、かつては新聞や雑誌を見ている人も多かったが、いまではスマホの画面を見ている人たちばかりだ。スマホの普及率から考えても、もやはインターネットが当たり前の時代になったと言えるが、利用率が100%になったわけではない。
インターネットの利用率を押し下げているのは、世帯収入別利用率で見ると200万〜400万円未満で77.5%、200万円未満で62.5%と、収入が低い世帯である。キッズドアの渡辺理事長が言うように「ネット環境が貧富の差に表れている」のは確かだ。
年齢階層別の利用率で見ると、80歳以上が36.4%、70〜79歳が67.0%、60〜69歳が90.2%となっており、年齢が高くなるほど利用率は下がっていく。さらに6〜12歳も89.1%と、約1割の子どもがインターネットを利用していないことがわかる。
現役時代にスマホやパソコンを使って仕事をした経験がない高齢者には、今もインターネットを利用していない人が多いと思われるが、年金暮らしで生活費に余裕がないために自宅にネット環境のない高齢者世帯も少なくないのではないだろうか。
また、子どもが小学校低学年でスマホを持たせていない家庭もあるだろうが、親はスマホを持っていても自宅にネット環境がないためにインターネットを利用できない子どももいるだろう。
教育や高齢者ケアのデジタル化が進むなかで、インターネットを利用したくても利用できない子どもや高齢者を取り残したままで良いはずがない。
■学校以外の子どものネット環境は?
日経新聞の10月16日付け朝刊に「オンライン学習促進の一環として低所得世帯などの公立高校向けに調達された学習用端末約9万5600台のうち3分の1が使われていないことが会計検査院の調査で分かった」との記事が掲載された。この記事を見てキッズドア理事長が言っていたネット環境のことが気になって調べてみた。
まず学校現場でのネット環境は、12月2日朝刊の日経新聞の記事にあったように「回線が不足している学校は全体の8割に達し、授業に支障がでている」のは間違いないようだ。そのことは文部科学省でも認めており、小中学校のネット環境を改善するための費用を臨時国会で審議中の来年度補正予算に計上。令和7年度(2025年度)中には、授業に支障のないようにネット環境を整備したいとしている。
家庭でのネット環境については、低所得世帯向けの就学援助制度の枠内で各自治体が実施しているという。埼玉県川口市の小学校教員だった妻に聞くと、オンライン学習端末を家庭に持ち帰りできるようになった頃、川口市ではネット環境がない家庭の児童にはポケットWi-Fiの貸出を始めた。しかし、全ての自治体で川口市と同様の支援が行われているかどうかは文科省として把握できていないようだ。
高校生向けの就学時支援金も、自治体を通じて授業料の支援のために提供されている制度で、家庭でのネット環境までは考慮されていない。キッズドアの渡辺理事長も指摘していたが、進学を希望する高校生にとっては家庭にネット環境がないのは大きなハンデとなる可能性がある。
では、共働き世帯の増加によって需要が増えている学童クラブのネット環境はどうなのか。学童クラブはこども家庭庁の所管で、文科省では把握していないようだ。東京都が学童クラブの充実を図るため「認証学童クラブ制度」の創設に向けた検討を進めているので問い合わせると、学童クラブ運営事務のためのネット環境は整備されているようだが、子どもたちの利用は考慮していないという。
文科省でも、学校のネット環境整備に力を入れ始めているので、学校施設や学校敷地内にある学童クラブでは、学校のネット環境を利用できるようにするのも一案だろう。将来的にはデジタル教科書の導入も検討されており、子どもの学習にとってもネット環境の整備は必要になるはずである。
■高齢者の見守りにもネット環境が必要
では、高齢者のネット環境はどうか—。私の妻の実家では90歳を過ぎた父母がふたり暮らししており、妻と妹が交代で実家に行って世話を始めている。そのような状況になって最初に行ったのは、実家にインターネットの光回線を引くことだった。
父母は現役時代にパソコンやスマホなどを使って仕事をした経験がなく、実家にネット環境はなかった。しかし、実家に頻繁に通うようになると、担当のケアマネージャーと頻繁に連絡を取ったり、病院の診察予約を入れたりするのにも便利なので、2人で利用料金などを折半してネット環境を整えたわけだ。
65歳以上の高齢者の単身世帯は、2020年で約672万人で、全世帯の13.7%を占める。国立社会保障・人口問題研究所(社人研)が10月12日に発表した将来予測では、2050年には1人暮らし高齢世帯は約1084万人となり、32道府県で世帯数に占める割合が20%超となる。
こうした人たちは自治体や地域コミュニティが中心となってケアしていくことになるだろう。急速に人口減少が進むなかで、民生委員など地域の人たちが電話連絡したり、訪問したりするには大変な労力がかかる。それを代替するために様々な高齢者見守りサービスが提供されているが、それを利用するにもネット環境が不可欠である。
2024年度から石川県能美市では高齢者の見守りサービスを開始したが、希望する高齢者世帯にシャープ製の空気清浄機、または三菱電機製エアコンを設置し、情報家電機器に装備されているセンサー機能を使って高齢者の状態を把握して自治体にデータを送信。その情報を担当する民生委員またはケアマネージャーに通知して状況を把握するというサービスだ。こうしたサービスを提供するにしてもネット環境が必ず必要になる。
ある地方自治体の担当者は「公民館などの公共施設の利用者は高齢者ばかりが多いのが現状だが、ネット環境があるところには若者が集まるので、そうした公共施設にネット環境を整えることで多世代交流を進めたい」という。
ネット利用については、様々な課題も指摘されている。ネット詐欺や闇バイト問題、若者のSNS依存やいじめ問題など深刻な問題ばかりで、それぞれに解決策を模索する必要がある。その一方で、ネット環境を利用したサービス市場を成長させ、教育や就労の支援、子どもや高齢者のケアなどの充実を図っていくことがますます重要になるのではないだろうか。
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