広報強化のガイドブログ「経済記者OBの目」

——あなたの会社の危機管理は大丈夫?
——正しいメディア対応についてアドバイスします。

 企業のグローバル経営が進む中で、企業広報の重要性は一段と高まっています。マスメディア向け情報伝達手段はインターネット社会の進展とともに大きな変化を見せています。雇用のトラブル、食品メーカーの異物混入、データの偽装等々、企業をめぐる不祥事も後を絶ちません。とりわけ、個人情報の流出、不正アクセスなど、ネット社会に根ざした事件が目立ちます。
このブログは、広報ソリューション懇話会を運営する経済記者OBが交替で毎週月曜日に発信しているもので、企業の広報担当者に役立つマスメディア対策について、最近の報道内容や過去の経験などを取り上げながら、分かりやすくアドバイスしています。
 当懇話会では、企業の不祥事や緊急事態の発生を想定した「模擬記者会見」の実施や、広報業務に関する悩み・困りごとを解決するための「広報よろず相談室」を設けています。詳しくは広報ソリューション懇話会HP を。電話でのお問い合わせは(TEL03-6260-9855)へ

頑張れ女性の望月記者

阿部 和義 最近の記者会見を見ているとパソコンの画面を見るのに精一杯で質問などはほどんない。安倍総理や菅官房長官などがテレビで報じられるが我々の知りたいことを聞いていない。事前に作った質問をしゃべりそれにこたえることが多い。ところが今年の夏ごろの森友・加計問題で菅官房長官に激しく質問をする記者が出てきた。今までだったら厳しい質問をしても菅官房長官が巧みに答えて終わってしまう。見ていても歯がゆいことが多かった。

 この記者が東京中日新聞社の望月衣塑子(いそこ)氏である。望月さんは森友問題・加計問題にしろ何度でも質問する。菅官房長官もたじたじの時もある。勇気のある記者だ、と思ってきた。私なども記者会見で相手の困るような質問をして本音を探ることにしてきた。入社した40年前の研修では自分の社だけが知っていることは、終わってからひそかに聞いて特ダネにしろ、と言われた。特ダネの場合はそれでよいが記者会見という公の場では相手の本音を探ることが大事だと思うようになり、今の現役記者に物足りなさを感じてきた。

 望月記者が「新聞記者」というタイトルで角川新書を出版した。この本を読むと望月記者は早くから新聞記者になろうと決めていた。フォトジャーナリストの吉田ルイ子さんの「南ア・アパルトヘイト共和国」という本に感銘したことがきっかけという。朝日、毎日読売などの新聞社を受けたが筆記試験などで落ちて東京中日新聞に入ったという。社会部の記者として事件物を担当して、千葉、浦和、横浜などの支局で活躍した。夜討ち朝駆けをして特ダネを書いてきた。女性の記者は夜討ち朝駆けはやらない人が多いが望月氏はそうしたことに関係なく警察官や検事などの家に行ったという。

 自分がこれは問題になるだろうということは積極的に上司に伝えてチームに加えてもらう。森友学園の問題も朝日新聞が報じてすぐに菅沼編集局長にメールしてチームを作りその一員になった。望月氏も「菅沼局長がすぐに対応してくれたのでうれしかった。風通しの良い会社であることに感謝している」と書いている。

 同社では政治部・外信部の記者であった三浦耕喜記者がうつ病になり体の休まる部に配転されたことなどを書いた「わけあり記者」(高文研、6月15日出版)がある。そうしたことも風通しのよい会社だからできたのだろう。


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企業不祥事と「山一證券倒産」との共通点

大澤 賢  二年以上も続く東芝の不正会計と経営不安、世界に完たる日本車の信頼を揺るがせた日産自動車とスバルの無資格者検査、底が抜けたような神戸製鋼所の製品品質データの改ざん問題など、日本を代表する有力企業が相次いで不祥事を起こしている。

 メディアは企業全体のコンプライアンス(法令順守)の認識欠如、経営者の判断ミス、「ものづくり」の現場でベテラン団塊世代の引退と引継ぎ不徹底など、問題点を指摘している。それらはその通りだが、もう少し企業の内部に踏み込んだ分析が必要だろう。

 毎年十一月になると、かつて四大証券の一角を占めていた山一証券の倒産劇を思い出す。周知のように同社は一九九七(平成九)年十一月二十四日、「自主廃業」を大蔵省(現財務省)に届け出た。同社はその年四月に創立百周年の記念を祝ったばかりだった。

 倒産の理由は簿外債務、つまり“隠れ借金”が約三千億円もあり、これ以上飛ばし(先送り)ができず正式に決算処理しなければならなくなったこと、さらに業績不振と深刻な信用不安が重なり金融機関からの資金繰りが極めて難しくなったためだった。

 通常、経営が破綻すると会社更生法で再建を図るが、山一の場合は不正会計が主因だったから、監督官庁も主力銀行も支援できなかった。海外で知名度が高かったため、山一ショックは世界を駆け巡った。日本発の金融恐慌を回避するため、政府・日銀は無担保・無制限の「日銀特融」を行って取引先や顧客の資産を保全した。

 倒産で一万人を超えるグループ社員が解雇・失業した。ほとんどの社員は二日前の日経新聞朝刊のスクープ記事を見るまで何も知らなかった。簿外債務の事実は歴代社長らだけの秘密情報だった。その年八月に就任したばかりの野沢正平社長は記者会見で「私たちが悪いんであって、社員は悪くありませんから!」と絶叫、泣きながら社員の再就職を訴えたのだった。

 山一の破綻責任が歴代社長らにあることは明白だ。だが中堅幹部はじめ社員の行動に問題はなかったのだろうか。倒産後に同社社史編纂委員会が刊行した『山一証券の百年』には、破綻する四年前の八月に開かれたある会議での中堅幹部の思い出が載っている。

 「(簿外債務問題で話し合ったが)会議が終了して、この会議の主旨はなんであったのか?と疑問に思った。わが社特有の結論の出ない、ファジーなままの会議であった」

 出席者は専務、取締役、企画室長らだった。一部幹部だけの会話とはいえ、当時の会社全体の雰囲気つまり危機感の欠如と無責任さが浮かび上がる。倒産する企業、不祥事を起こす企業には何か共通点があるように思えてならない。


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