【シニア記者が注目した不祥事・トピックス 6/30~ 大川原化工機事件で、警視庁警部補が「捏造」と証言】

大澤 賢  筆者はずっと経済記者だったが、オレオレ詐欺の防止からロッキード事件、リクルート事件など巨悪を懲らしめる警察・検察には、密かな信頼を寄せてきた。実際、助けられたことがある。2013年暮れ、資料の入ったバッグを盗まれた。すぐに丸の内警察署に届け出たところ、4ヶ月後に犯人逮捕となった。日本の警察力の高さに感激し、小さな事件でも真剣に取り組んでくれた警察に感謝したものだ。

 ところが今度の捏造証言は、捜査した現職警察官が裁判所内で発言したもので、まさに驚天動地の大事件。捏造とは「無いことをあるように偽って作り上げること。でっち上げ」(国語辞典)であり、裁判官からの質問にその事実をあっさりと認めたことは、警察の信頼を根底から覆しかねない衝撃を社会に与えた。

●完全無実だった大川原化工機
 事態のあらましを簡単に整理する。警視庁公安部は2020年3月、生物兵器への転用が可能な「噴霧乾燥機」を無許可で中国に輸出したとして、大川原化工機(横浜市都筑区)の大川原正明社長ら3人を外国為替及び外国貿易法(外為法)違反容疑で逮捕、東京地検が起訴した。同年5月には韓国への同様の容疑で再逮捕・追起訴した。

 しかし噴霧乾燥機は、輸出貿易管理令で定める規制要件(殺菌能力)がないことが判明。東京地検は「犯罪に当たるかどうか疑義が生じた」として21年7月、初公判が開かれるわずか4日前に起訴を取り消した。この間、大川原化工機は業績が低迷し、逮捕・勾留された同社顧問が胃がんの悪化で死亡するなど、会社側は大打撃を被った。

 そこで大川原社長らは21年9月、国と東京都を相手に約5億7千万円の損害賠償を求める裁判を起こした。そして「事件は捏造」の証言が飛び出したのは、今年6月30日の東京地裁での証人尋問だった。原告側の代理人弁護士が警視庁公安部の警部補に「(事件は)でっちあげたと言われても仕方ないのでは」と質問すると、警部補は「まあ、捏造ですね」と認めたという(7/1朝日新聞)。

●原因は思い込みと出世欲?
 驚くべき話だ。なぜこんな事態が起きたのか。各種報道を読み込んでいくと、最大の原因は捜査員の強い思い込みに行き着く。

 そもそも事件化する前、警視庁の同社社員らに対する聴取は300回以上に達し、家宅捜索もしていた(7/20東京新聞)。逮捕前には経産省の担当者が、当該機器は「規制の対象外である可能性を何度も警視庁に伝えた」とし、警視庁の勘違いを正そうとしていたことも明らかになっている(7/6朝日新聞)。だが、捜査は強引に進められた。

 逮捕後、公安部内で乾燥機の性能で追加実験の必要性を指摘し、長期勾留は必要ないとする声もあったという。だが証言した警部補は、多くの不都合な事実がありながら立件に踏み切った理由として「捜査員の個人的な欲があった」と発言。裁判官から「欲とはなにか」と問われると、「出世欲」と答えている。

 一方、起訴した担当検事も「当時の判断に間違いがあったとは思わない」と強調、大川原社長に謝罪しなかった(7/6東京新聞)。

●公安委員会は再発防止策を急げ
 警察・検察の捜査ミスは度々起きているが、最近では09年6月の厚生労働省雇用均等・児童家庭局長だった「村木厚子さん事件」を思い出す。大阪地検特捜部は、村木さんが昔の課長時代、障害者団体に偽の証明書を発行して不正に郵便料金を安くダイレクトメールを発送させたとして、虚偽公文書作成・同行使の容疑で逮捕した。

 だが事実は一部職員の不正で、村木さんは無関係だった。10年9月大阪地裁は無罪判決を言い渡し、確定した。同時に特捜検事が証拠を改ざん・隠滅していたことが発覚、大阪地検は窮地に立たされた。164日間もの長期勾留に耐えた村木さんは直ちに復職(大臣官房付)、13年7月同省官僚トップの厚生労働事務次官に就任した。

 今回の捏造証言について、各メディアは国家公安委員会及び東京都公安委員会が全容を解明し、再発法施策を確立することが喫緊の課題だと指摘している。筆者も同感だ。

 警察・検察に対する信頼が揺れている。より高い倫理観と人権意識の涵養、現場と上層部との意思疎通の改善、そして捜査方法の点検など、危機感を持って取り組んでもらいたい。


 冒頭の窃盗事件では、犯人逮捕後に東京地検の検事(女性)から連絡があった。「犯人は76歳で、軽くない認知症と盗癖がある。長男を呼び出して親の世話をしっかりしなさい、と伝えた。長男は泣いて約束した。…今回は起訴猶予とします」。犯人の経歴や健康、家族関係など緻密な捜査の様子が伺われた。報告を聞いて適切な判断だと納得した。理と情をわきまえた検察官に、感心したことを思い出す。


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