
小林製薬の記者会見(YouTube ニコニコニュースより)
【小林製薬の紅麹サプリ会見】
小林製薬は3月29日、同社が製造販売している紅麹(こうじ)原料を使ったサプリメント「紅麹コレステヘルプ」などによる健康被害について記者会見した。会見では当日までに死者5人、入院114人、通院・通院希望者が680人に達していることを明らかにした。
小林章浩社長は被害者の方々や取引先、医療関係者、官公庁らに詫びるとともに、今後全容解明と被害の拡大防止、危機管理体制の見直しなどに取り組むと表明。当面は補償と原因究明に取り組み、社長職を辞任しない意向を明らかにした。
●事態の深刻さに鈍感すぎる
A 会見は4時間半に及ぶ長丁場だった。これほどの被害が出た原因について、最初は「未知の成分」というだけで、さっぱりわからなかった。また小林社長は深刻な社会問題になったことを謝罪したが、質疑では多くを語らず、他人ごとのような印象が残った。
B 社長は、事態の深刻さに気が付いていなかったのではないか。企業トップは自社製品で重大な健康被害が出ていることを知ったら、想像力を働かせて被害の拡大防止や製品回収など、直ちに動くべきなのだ。初動が遅れ、被害は広がった。
D 創業者一族の出身だから対応が遅れた、とは言いたくないね。5人も死亡している事実を前に、社長は早く公表していたら防げたかもしれない、言葉もないなどと答えていたが、神妙な表情とは裏腹に、真摯な反省の気持ちが伝わらなかった。
E 同席していた執行役員らはちゃんと答えていたようだが。
C そうだね。信頼性保証本部長、製造本部長、食品カテゴリー長の3人だが、それぞれの担当分野については丁寧に説明していた。紅麹の技術は2016年にグンゼから事業譲渡を受け、問題の製品は大阪工場で昨年4~10月に製造されたものとわかった。
A 会見の後半になって厚生労働省から、毒性のある未知の成分は青カビ由来のプペルル酸である、と小林製薬から報告を受けたとの発表があった。これで雰囲気が変わったね。
B 会社側の説明では、会見4日前の3月25日夜にプベルル酸の可能性があると気が付き、26日に関係者で確認し、28日に厚労省へ報告したという。それならなぜ、この会見でそれを公表しなかったのか。厚労省への忖度なのか、と批判されるのは当然だ。
E この時も小林社長は言葉を濁した。ただ健康被害を出した原因が、紅麹なのかプペルル酸なのか、また両方の相乗効果なのか、あるいはまったく別の物質なのかわからないだけに、社長が答えにくかったのは仕方がないよ。
A メディアの後ろには亡くなった方や遺族、深刻な健康被害で入院や通院している人たちがいる。国内外のたくさんの消費者がみているという意識が、同社には薄かったようだ。
●企業も国も危機管理に遅れ
D 小林製薬の危機管理体制はどうなっていたのかな。報道では1月中旬に医者からの連絡で、腎疾患を引き起こす有害物質が含まれていないかとの問い合わせを受けていた。この時に使用中止などを実施していれば、被害の拡大は抑えられたかもしれない。
C 要するに社内の危機管理が不十分だったのだろう。組織はあるが、全社的な危機意識が乏しかった。また社内で被害を引き起こす物質の検出に取り掛かったが、概要がわかるまで2か月もかかっていた。
A 最初に消費者庁に報告したのは、機能性表示食品の管轄官庁だからだね。似たようなものに特定保健用食品(トクホ)があるが、こちらは国が安全性・機能性を審査して許可する。機能性表示食品の方は安全性・機能性の基準が緩く、消費者庁に届け出るだけでいい。
B 要は、トップ以下の危機感が薄かったのだろう。消費者庁への連絡後、大阪市経由で厚労省にも連絡が入ったが、3月26日には初の死者が確認されている。林官房長官が強く遺憾の意を表明したのは、そうした対応の遅れがあったためだ。
E 死者が出てから厚労省の対応は厳しくなったね。同省は大阪市に対して廃棄命令などの措置を取るよう通知するなど、異例の対応をとった。原因物質の解明は国の研究施設で進める方針だが、これはもはや小林製薬に任せておけないと判断したためだ。
A 企業の責任は重大だが、国の責任も重い。機能性表示食品は2015年に安倍政権の成長戦略の中で生まれた制度だ。健康被害は国内だけでなく、中国や香港、台湾などでも報告されている。人体に有害な食品を世界にばらまいた、との批判が政府に集中しかねない。
C 岸田政権は現在、自民党派閥の裏金問題への対処と政治改革に追われているが、今回の問題で対応が後手に回れば、更なる支持率低下につながる恐れがある。首相が関係閣僚会合を開催したのもその一端で、これからも厳しく動くのではないか。
B もう一つ、小林製薬の社外取締役には伊藤邦雄一橋大大学院名誉教授や、佐々木かをりイー・ウーマン代表取締役など、著名人が就任している。社外取締役に責任を求めるのは酷だが、企業の在り方について何らかの行動が求められるのではないか。

IHIの記者会見(YouTube shiminjichiより)
【IHIのデータ改ざん会見】
IHIは4月24日、子会社、IHI原動機がエンジン試運転時の燃料消費率に関わるデータを長年、改ざんしていたとして謝罪会見を開いた。会見の中で、改ざんに関わった社員が前任者から改ざんの手法を引き継いだ、との話も示され、問題の根深さが浮き彫りになった。
●前任者から改ざん手口を引き継ぐ
A 昭和の記者としては名門・石播(石川島播磨重工業)の名前がすぐ頭に浮かぶIHIの不祥事。どう表現したいいのか、言葉がみつからない。
B 確かに、あきれてものも言えないという類いの話だよね。何十年もの間、担当者が前任者から改ざんの手口を引き継いできたとか、出荷した船舶用エンジンのおよそ9割で改ざんが判明したとか、とにかくスケールがでかすぎる。
C 面白かったのは、データ改ざんが、悪い数値を良い数値に書き換えるだけではなく、良い数値を悪い数値に書き換える逆方向の改ざんもかなり行われていたという点。データのバラツキを抑えたり、数値が良すぎると次の製品出荷が難しくなったりするから、と説明していたが、なるほど、現場感覚にあふれる話だなと妙に感心した。
D IHIでは5年前、2019年にも航空機エンジンの検査不正が発覚し非難されている。新聞・雑誌が「また不正発覚、企業風土に疑念」と叩くのもむべなるかな、だね。
B 盛田IHI副社長は会見で、不正や改ざんを防ぐには、社員の意識の問題と会社の仕組みの問題の両面があると話していた。そのうち社員の意識改革は進んだが、仕組みが追いついていないとの見立てだったね。
A 仕組みに関連して、作れるような作り方にする、設計の仕方にする、そういった仕組みになっていたかどうか、何かが不足していなかったのかとの思いがあると語していたけど、もし、そうだとすると、一朝一夕での改善はおぼつかず、深刻な問題だと言わざるを得ない。
D 盛田副社長は「ものづくりを担う企業としての根幹が問われる事態だ」と深刻な状況にあることを自覚していたので、この機に、ゼロからの再出発を期待したい。
C 会見の進行はスムーズで、冒頭の会社側の説明も、質問への受け答えもわかりやすく好感が持てた。
【直球・変化球】
●譲渡・引継事業で問題発生
B 小林製薬の紅麹サプリはグンゼから移譲された事業で、IHIの舶用・発電用エンジンは新潟鐵工所から引き継いだ事業。問題となったのが、たまたま同じような経緯を持つ案件だった。
C 小林製薬の会見では、麹に関しては素人集団が事に当たったのではとの質問も出て、それに対して「グンゼから人を受け入れた」と答えていたけど、付け焼刃の感があったであろうことは容易に想像できる。
A 確かに広くて深い知識やノウハウが必要と思えるので、何かが不足していたのかもしれないね。
D IHIの場合は、新潟鐵工所の事業部門がそのままIHI原動機となり、不正の手口を前任者から引き継ぐという“悪しき慣行”もそのまま引き継いでしまった格好だ。
E 二つの出来事だけで一般化するのは無理があるけど、ある日、ラインナップに加わった新規事業には、従来事業と比べ、より綿密なチェックが必要だとの教訓が含まれているのかも。
C 二つの会見からだいぶ日にちが経ったけど、その後の推移はどうなっているのだろう。
B 紅麹では、厚労省からも小林製薬からも続報がほとんど出ていない。腎臓学会が紅麹サプリ摂取者の健康被害状況を取りまとめ発表しているけど、サプリとの関係は不明という段階にとどまっている。
D メディアサイドのトピックとして、読売新聞が紅麹関連の記事を捏造したことから担当デスクを諭旨退職にするなど厳しい懲戒処分を下したのが印象深い。
A IHIの方は、斉藤国交大臣が「極めて遺憾で重く受け止めている。必要な調査を速やかに実施し、厳正に対応したい」と話した。
E 井出IHI社長は5月8日の決算発表の場で「非常に重大に受け止めており、深くおわびする」と語って、原因の究明と再発防止策を徹底すると説明している。
●怒らないメディアに疑問
B 小林製薬の会見で気になったのが、質問の時に「ありがとうございます」「教えていただきたい」「取引企業さま」などと、耳を疑う言葉遣いが相次いだ。企業の不祥事会見ではこんな丁寧な言葉で質問することなど、ありえない。どうなっているのか。
D そうだね。記者は不祥事に対して怒りとか憤りをもって質すべきだよ。もちろん感情的になってはダメだが…。不祥事の原因と対応、トップの責任などを冷静に追及して、被害者の思いをぶつけることが大切だ。今の記者は、基本的視点が欠けている気がする。
E むしろ香港や中国の記者の方が、鋭くかつ具体的に批判し、丁寧な情報提供を求めていた。さすがに小林社長も大変申し訳ないと謝罪し、対応すると答えていた。
A トップの責任追及も甘かった。ある記者が責任問題を質問していたが、小林社長は原因究明と補償などの対策をとることだと逃げた。そのあと追求は続かず、このまま居座る可能性を残した。メディア側の対応は、これでいいのかな?
C コロナ禍の3年間のブランクが大きいのでは。対面での謝罪会見がほとんどなくなり、現場で怒りをぶつける機会が激減した。企業側もそんなやり方を覚えてしまった。部数や視聴率低下に苦しむメディアの力の低下も、背景にある。

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