週刊東洋経済(2025年1月11日号表紙)


千葉 利宏  今年1月に発売された週刊東洋経済で「アフォーダブルハウジング」をテーマに記事を書いた。

●「バブル回避へ日本の住宅政策が採用すべき視点―『年収倍率』はついに10倍を突破(2025/01/10)

 このテーマは経済記者シニアの会のブログでも、2024年6月に取り上げた。

●「住宅価格の高騰はいつまで続くのか?―アフォーダブルハウジングから考える(2024/06/10)

 その半年後に、なぜ週刊東洋経済で記事にしたのかと言えば、2024年10月31日から社会資本整備審議会の住宅宅地分科会で住生活基本計画の見直しに向けた議論が始まったからだ。雑誌の方の見出しでは「このままではバブル再燃の懸念―国政に欠ける『住宅政策』の視点」と付けられていたが、東京を中心に新築マンション価格の高騰が顕著になるなかで、国としても何らかの対策を講じるべきではないか―と問題提起したつもりである。

 11月中旬の原稿発注から約1か月間の追加取材の過程で興味深かったのは「日銀は追加利上げに踏み切らざるを得ないのではないか」との見方が出ていたことだ。そのことを記事には書かなかったが、年明けの1月24日に日銀は短期金利を0.25%から0.5%に引き上げた。日銀は今回の利上げについて「不動産バブル再燃を懸念した」とはもちろん言っていないが、物価の番人として不動産価格の動向にも注意は払っているだろう。

 住生活基本計画の見直し作業は、今年11月をめどに中間とりまとめが行われ、2026年3月の閣議決定を予定している。今後、審議会でアフォーダブルハウジングについてどのような議論が行われるだろうか。

■住生活基本法にも定められているアフォーダブルハウジングの基本理念
 シニアの会のブログ記事で、アフォーダブルハウジングを取り上げるキッカケについて、2023年6月に住宅生産団体連合会(住団連)の会見で芳井敬一会長(大和ハウス工業社長)が言及したからと書いた。ちょうど、その時期から分譲マンションだけでなく、戸建て住宅の価格も高騰し、一般庶民にとって手が届かない状況となりつつあった。

 その後、住宅業界の動向を見てきたが、大手マンションデベロッパーも、大手ハウスメーカーも「富裕層しか相手にしない」ような事業を展開。国交省も、低額所得者、高齢者など特定配慮者向けのセイフティネット住宅には力を入れているが、中間層向けの施策は手薄だった。

 住生活基本法(2006年制定)には、第3-6条に住宅政策に関する基本理念が書かれており、第3条には次のような条文がある。

 「住生活の安定の確保及び向上の促進に関する施策の推進は、(中略)居住者の負担能力を考慮して、現在及び将来における国民の住生活の基盤となる良質な住宅の供給、建設、改良又は管理が図られることを旨として、行われなければならない」

 「居住者の負担能力を考慮して」とは、まさに「アフォーダブルハウジング」の考え方である。

 米国などではアフォーダブル指数が公表されており、国際連合にも1976年に人間居住計画(ハビタット、本部・ケニア・ナイロビ)が設立され、アフォーダブルハウジングの実現に取り組んでいる。国連ハビタットの日本支部は福岡市にあるのでメールで質問すると、「アフォーダブルハウジング」について「国際法で定められた用語であり、国連ハビタットの活動の中心的課題である」との回答(2024年6月14日=原文は英語)があった。

 第2次世界大戦後の経済復興のなかで、日本だけでなく世界規模で住宅供給が焦点となり、1960年代、1970年代に急速に都市化が進むなかで都市開発問題が議論され、国連ハビタットの設立へとつながった。現在では同機関がアフリカなど発展途上国向けの住宅支援が中心に活動していると思っている人もいるようだが、先進国の主要都市でも住宅価格の高騰によってキーワーカー(都市生活に不可欠なサービスを提供する労働者)が住宅を確保できない事態が発生しており、世界共通の課題となっている。



 日本でも、住宅ローン金利が高かった1990年代までは「年収倍率」を考慮しながら、国民は「健康で文化的な生活にとって不可欠な基盤」である住宅を確保してきた。その後、超低金利政策が続くなかで注目されなくなっていたが、指標とされてきた首都圏新築分譲マンションの年収倍率は2023年度についに10倍を突破した。
(注:2024年6月にシニアの会のブログで書いた記事では、倍率の計算根拠となる統計の数字が出揃っておらず推計だったので「10倍突破」とは書きませんでした)

■日本でも作成されているアフォーダビリティ指数が公開されない理由
 昨年9月頃に、日本不動産ジャーナリスト会議の研修会の件で、国土交通省住宅局長の楠田幹人氏に会う機会があった。その時に、住生活基本計画見直しの話題になったので、「国交省として住宅のアフォーダビリティについてどう考えているのか」と質問してみた。楠田さんは「もちろん重要だと考えている」と答えたので、社会資本整備審議会の議題にもアフォーダビリティが盛り込まれると予想していた。

 ところが10月31日の第1回会合で国交省が配布した資料の中にアフォーダビリティに関する文言は見当たらなかった。それでも「誰かが言い出すだろう」と思いながら傍聴していると、明治大学経済学部教授の野澤千絵氏が口火を切り、日本住宅産業協会会長の馬場研司氏がアフォーダビリティに言及した。ただ、会議の中では少数派の意見との印象だった。

 その話を不動産・マンション特集の相談を受けた東洋経済の編集者に11月中旬頃に伝えると「ぜひ、記事に書いてください」と正式に原稿依頼があり、追加取材を行って記事にまとめたわけだ。11月23日の不動産学会セミナーで、審議会の委員でもある日本大学教授の中川雅之氏に会ったとき、「いま、住宅政策で最も重要な課題は何か?」と聞くと、「そりゃ、アフォーダビリティだろう」と即答した。中川さんは昨年6月28日付け日経新聞の経済教室で「これからの都市住宅政策」のテーマで「大都市住民の多様性維持を」と提言し、アフォーダビリティに言及していた。

 野澤さんは12月初めにアフォーダビリティについて詳しく解説した「2030―2040年日本の土地と住宅」(中公新書ラクレ)を発刊したので、すぐに購入し読み終えてオンラインでインタビューした。締め切り2日前の12月10日に不動産クラウドファンディング協会統合記念式典で、不動産金融工学に詳しい早稲田大学教授の川口有一郎氏にも取材することができた。

 日本には米国のようなアフォーダビリティ指数がないのかを確認するため、住宅金融支援機構に問い合わせると、内閣府の経済財政分析部門で不定期に作成していると教えてくれた。シニアの会のブログで書いた「『囲い込み』問題に見る不動産業の“当事者能力”」(2024/09/30)の10月14日付けの<追記>で、8月に公表した内閣府の「2024年度経済財政白書」で「囲い込み」問題が取り上げられていたことを紹介したが、この時の担当者がアフォーダビリティ指数に相当する「住宅取得能力指数」も作成していた。「毎月、指数は算定している」というので最新のデータを出してほしいと依頼したが、残念ながら公式レポート以外では公開できないと断られた。

■バブル崩壊のリスク回避で日銀の利上げはあるのか
 筆者が不動産価格の高騰にこだわるのは、記事にも書いたように1991年の不動産バブル崩壊の再来を警戒するからである。バブル崩壊を機に、日本経済は停滞局面に入り、「失われた○○年」と言われる時代になったわけで、これまでの歴史と重ね合わせてみると、そのリスクを無視するわけにはいかないだろう。

 追加取材でも、不動産・住宅価格の高騰にブレーキをかける必要があるとの意見が出ていた。その時に90年3月に導入した「不動産融資総量規制のような劇薬は絶対に避けなければならないので、上手く利上げでブレーキをかけていくしかないだろう」というわけである。昨年12月の段階で、日銀は追加利上げに慎重な姿勢を示していたが、不動産バブルのリスクを回避するための利上げもあるのではないかと思った。ただ、さすがに記事には書けなかった。

 今年は戦後80年ということで、2月26日に日本記者クラブで元・大蔵省財務官だった行天豊雄氏(94歳)を招いて「戦後80年を問う」というテーマで会見があった。筆者が生まれる前の1955年に大蔵省に入省し、1989年に財務官を退き、90年に退官。1971年のニクソンショックから1985年のプラザ合意へと続く激動の国際金融・為替政策に携わってきた人物である。

 会見では、90年の不動産融資総量規制に至る経緯で、筆者も初めて聞く話があった。85年のプラザ合意による為替協調介入で円高が進んだため、国内の景気対策・消費対策として金融緩和政策を実施。この緩和マネーが株や不動産などに流れてバブルが発生したわけだが、87年には政府・日銀でも金融引き締めに転じることを検討していたという。

 その矢先の87年10月に「ブラックマンデー」と言われる世界的な株価大暴落が発生。米政府は1929年にニューヨーク株式市場の大暴落から始まった世界恐慌の再来を恐れ、当時、フーバー大統領が金融引き締めによって事態を悪化させたことから、主要国の金融当局者に金融引き締めを行わないことを要請。そのために日本では金融引き締めが2年遅れて、90年の総量規制導入に至ったというのである。

 バブル期の金融引き締めが遅れた原因が米政府の要請だったという話は知らなかった。会見で行天さんは「今から振り返れば…」と何度も言っていたが、87年の段階で金融引き締めに転じていれば、バブルの膨張が抑制されてバブル崩壊の影響がこれほどまでに深刻化することはなかったかもしれない。総量規制という劇薬を使うような事態を招かないためにも、適切なタイミングで金融政策を講じる必要があるのだろう。

■住宅価格の高騰が国会で取り上げられない訳は
 アフォーダブルハウジングに話題を戻すと、昨年12月の臨時国会のニュースを見ていて疑問だったことがある。コメや野菜などの食料品や生活用品など価格上昇については、国会でも取り上げられ、物価対策の議論が行われているのに、新築住宅価格が年収倍率で10倍を突破しているにも関わらず全く議論の対象に上がらないからである。消費者物価の対象となっている住宅家賃が“物価の優等生”で、他の物価ほど上昇していないためかもしれないが、中間層が無理なく住宅を購入するのが難しい現状を国会議員は問題視していないのか。

 日本不動産ジャーナリスト会議で今年2月5日に開催した研修会に招いた日本住宅産業協会の馬場会長に聞いてみた。

 「なぜ、新築住宅価格の高騰が国会で議論にならないのか」

 「大手のマンションデベロッパーもハウスメーカーも業績が好調で、困っていない。一部に問題意識を持っている議員もいるが、大半の議員は問題だとは考えていない」

 主要企業が困っていないということは、その顧客も困っていない。だから、住宅価格の高騰への対策は必要ない。そういうことになるが、大手は富裕層やパワーカップルと言われる特定の顧客層しか相手にしていないのだから、困っていないのは当然である。つまり、国会議員の大半は、中間層にとって重要な資産形成の手段である「持ち家」のことに関心がないということになる。

 最近では住宅ローンにも、返済期間が35年超のものも商品化され、50年ローンという商品も登場している。確かに返済期間を長くすれば毎月の返済額を減らすことができるので、高額な物件の購入も可能にはなるが、問題は50年もの間、住宅の資産価格が安定的に推移する保証はないということだ。バブル崩壊などによって地価が大きく下落した場合、住宅を売却して住宅ローンを返済しても借金が残る「担保割れ」が生じる。

 バブル崩壊を知らない若年層の中には、高額物件を50年ローンで購入して5~10年住んだあとに売却して住み替えすることを考えている人がいるかもしれない。しかし、50年ローンの5年後、10年後の元金はほとんど減っていない。売却時に購入価格より高く売れれば問題ないが、もし安くなっていれば借金が残る。そのリスクが正しく認識されているのだろうか。

 日本では急激に人口減少が進み、少子高齢化も一段と深刻化する。「買ったときの価格より高値で売れた」で儲けるには、住宅の資産価格が上がり続けることが前提となるが、10年先、20年先の住宅市場を予測することも不可能だ。馬場さんが審議会で指摘したように「最近の住宅市場は資産価値だけがクローズアップされている。住宅政策では経済対策に主眼が置かれ、本来目指すべき理想や理念を置き去りにされている」ことを改め、住生活基本法の基本理念に立ち返って「居住者の負担能力を考慮して」「健康で文化的な生活にとって不可欠な基盤」となる住宅を供給する市場を形成していくための住宅政策へと転換していくことが必要ではないだろうか。


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