【シニア記者が注目した不祥事・トピックス  4/2~トランプ米大統領が相互関税発表/二転三転、朝令暮改で大混乱】

千葉 利宏  トランプ米大統領が2025年4月2日、世界各国からの輸入品に対して相互関税をかけると公表し、世界中に激震が走った。日本などから輸入する自動車と部品にも25%の追加関税がかかるとしており、1995年の日米自動車摩擦を取材した経験のある筆者としても「トランプ関税」の行方は気がかりである。



 日本経済新聞では4月7日から5回シリーズで「崩れる自由貿易―80年目のリセット」を掲載し、その冒頭で「世界経済の成長を貿易が支えてきた」と題して世界貿易額のGDP(国内総生産)比のグラフを掲載した。その10日前の3月28日、25年3月末で東京大学を退官した渡辺努教授が行った最終講義「インフレもデフレもない社会を目指して」で示したのがブログの冒頭に掲載したグラフだ。

 日経の記事は1960年~現在のグラフを示したが、渡辺氏が掲げたグラフは1870年から約150年間の推移を示しており、世界貿易が果たした歴史的な流れを理解しやすい。「2008年のGreat Recession(世界同時金融危機)から世界経済は『脱グローバル化』の時代に入った」との渡辺氏の仮説通りとすれば、今後のトランプ関税の行方と世界の自由貿易体制はどうなるのだろうか。

■1995年の日米自動車交渉の決着シナリオはどうだったか
 最初に30年前の昔話をさせていただくと、1995年の日米自動車交渉の決着を最初にスクープしたのは私だった。そのような世界的なスクープを、大手メディアのNHKや朝日、読売、日経ではなく、弱小新聞の日本工業新聞の自動車担当記者が書いたと言っても信じてもらえないかもしれないが、残念ながら(?)事実である。

 そのことはスクープを書いてから15年後に私個人のブログ「未来計画新聞」のコラム「TPPに参加してもしなくても日本経済の地盤沈下は続く(2011-10-29)」に書いた。詳しい経緯は、下記のブログ記事にまとめているので、お読みいただきたい。

現場記者が見た日米経済摩擦:自動車編―TPP問題を考える視点(2013-01-01)

 1997年6月に通商産業省(現・経済産業省)通商政策局米州課が出版した本「日米自動車交渉の軌跡―新たな日米経済関係構築への取り組み」でも、難航していた交渉が、なぜ急転直下で合意したのかが詳しく説明されていない。そのような誰もが予想していなかった決着をスクープできたのは、そうなることをある程度、事前に想定していたからだ。

 当時、トヨタ自動車の広報・渉外責任者だった張富士夫常務(元社長、元会長)に、次のような決着シナリオを話していた。

 「張さん、1994年に発足した北米自由貿易協定(NAFTA)には、現地生産車に関する自動車部品の現地部品調達率に関するルールがありますよね。すでに日本メーカーは、ボランタリープランで北米での現地生産台数計画を公表しているのですから、それにNAFTAで定めた現地部品調達率をかければ自動的に部品購入金額が出てくるんじゃないですか?日本側はNAFTA基準を尊重すると言っただけで、数値目標を出したわけではない。あとは米国に勝手に金額を計算してもらって数値目標を勝ち取ったことにしてもらう。どちらのメンツも立てて、交渉を決着するにはこの方法しかないと思うのですが…。」

 最終的に私が描いたシナリオで決着することになったと、トヨタの広報部長だった神尾隆さん(元専務)が耳打ちしてくれたので、私はスクープをモノにできたわけだ。

■「グローバル化」時代との歴史認識を読み解く重要性
 なぜ、私がそのような決着シナリオを想定したのか――。ネタばらしをすると、渡辺・前東大教授が言うように、1980年代後半から「グローバル化」の時代が始まっていたことを、現場記者として実感していたからである。日米自動車交渉も、それまでの2国間協議で決着させるのではなく、何らかの国際ルールに基づいて合意をめざすべきではないかと考えたわけだ。

 1989年に「ベルリンの壁」、91年にはソ連が崩壊する一方で、92年にAFTA(ASEAN自由貿易地域)、93年にEU(欧州連合)、94年にNAFTAが発足し、95年にはWTO(世界貿易機構)が設立される。97年にアジア通貨危機が発生した時、私はタイ・バンコクでバーツ暴落を目の当たりにしたが、通貨危機を経て韓国やタイなどアジア諸国の経済発展が始まり、2001年に中国がWTOに加盟して、グローバル化の拡大が加速することになる。

 1985年の日米半導体摩擦は半導体担当記者として、その後の日米構造協議はコンピューター担当記者として現場取材したが、米国側の一方的な要求を飲まされる形で決着が図られてきた。戦後の安全保障政策を米国に依存してきた日本としては仕方がないようにも思われた。

 従来型の2国間交渉を続けていても、米国に対して最後は“力負け”するのは目に見えている。しかし、米国が主導して94年に発足したばかりのNAFTAで設定したルールを適用すると持ち掛ければ、ひょっとしたら、米国も乗ってくるんじゃないか――。

 そんなアイデアを日本の政治家や経産省の官僚に私が言ったとしても誰も聞く耳を持たなかっただろうが、本格的にグローバル戦略を展開しようとしていたトヨタ自動車なら真剣に聞いてくれるかもしれないと思ったのである。その後の具体的な交渉経緯がどうなったのかは知らないが、最後に私に耳打ちしてくれたというのは、多少なりとも交渉決着に貢献したということなのだろう。それによって私自身、歴史認識の重要性を学んだのである。

■自由貿易による「格差拡大」によって「脱グローバル化」の時代へ
 1995年に日米自動車交渉が決着したあと、日米間では貿易問題に関わる経済摩擦は起こらなかった。WTOが発足して世界の自由貿易体制に関するルールが機能するようになったためと考えられるが、その一方でグローバル化による国際競争の激化で世界経済において「格差拡大」が深刻化していくことになる。  米国や欧州には大量の移民流入がもたらされ、米国では低所得者の住宅取得の活発化で拡大したサブプライムローン問題が2008年のリーマンショックへと繋がっていく。これをキッカケに、世界は「脱グローバル化」の時代へと移行したというのが、渡辺・前東大教授との仮説である。

 世界経済のグローバル化が進展するなかで、日本経済は1991年のバブル経済崩壊で「失われた30年」と言われる長期低迷に入り、「慢性デフレ」に苦しみ続けてきた。グローバル化は、日本でも自動車など一部の製造業には恩恵をもたらしたが、国内経済の構造転換にはつながらず、2013年に始まったアベノミクスでは、円安誘導による輸出拡大政策による経済成長を図ってきた。その結果として、日米間の貿易不均衡が維持され、今回のトランプ関税に繋がったとも言えるだろう



「グローバル化」が進展した世界経済と「慢性デフレ」状態だった日本経済――そうした構図は、2008年のリーマンショックを機に大きく変貌していく。

【脱グローバル化の主な出来事】
2008年 リーマンショック
2009年 BRICS発足
2010年 欧州ソブリン危機
2012年 ロシア・プーチン大統領
      日本・安倍晋三内閣(第2次)
2013年 中国・習近平国家主席
2016年 英国民投票でEU離脱へ(ブレグジット)
2017年 米国トランプ大統領(第1期)
2020年 COVID-19パンデミック
2022年 ウクライナ戦争
2023年 イスラエル・パレスチナ戦争
2025年 米国トランプ大統領(第2期)

■「脱グローバル化」時代に自由貿易体制を再構築するには?
 「世界は『脱グローバル化』へと向かっている」との渡辺仮説が正しいのであれば、そうしたなかで自由貿易体制をどう維持していくのか――。

 リーマンショックを機に、2008年からG20サミット(金融・世界経済に関する首脳会合)が始まり、2016年には日本、米国も含めた12か国でTPP(環太平洋パートナーシップ協定)が発効した。しかし、17年にトランプ政権によって米国がTPPから離脱。英国も2020年にEUから正式に離脱したが、24年にはTPPに加盟した。

 こうした混沌とした世界情勢を読みながら、日本として戦略を立てて経済交渉に臨む必要があるだろう。1995年の日米自動車交渉の時は、「グローバル化」を進めていくという価値観・目標を日米が共有していることを前提にして決着を予想できたが、いまは状況が全く異なっている。

 ただ、トランプ政権が相互関税の税率を、ある「根拠」に基づいて全ての国に対して公平に算定していたことは注目すべきであると思われた。日本のメディアは、単純に貿易赤字額を輸入額で割って計算したとして「算定の根拠が乏しい」と批判的に報じていたが、トランプ政権も「ルール」に基づいて公平に課税するという姿勢は保持していたからだ。

 そうしたなかで、日本政府が米国に対する様々な貢献をアピールして関税回避をお願いすることは、果たして正しい決着を導くことになるのだろうか。それによって日本が相互関税を回避できたとしても、他の国も同様に米国へのアピール合戦となり、米国に対抗する中国との分断が一段と進むことになることが危惧されるからだ。

 米国でも、グローバル化によって大量の移民流入で仕事を奪われる人が増え、経済格差に苦しむラストベルトに住む労働者たちがトランプ氏を支持して大統領に当選した。欧州でも、極右・右派政党が勢力を拡大しており、その背景には移民流入やウクライナ戦争によるエネルギー価格の高騰などがある。日本でも「慢性デフレ」から脱却してインフレが加速すると、物価上昇が止まらず、格差が一段と拡大する懸念がある。グローバル化によって拡大した「経済格差」に世界中の多くの人たちが苦しんでいるのである。

 このまま経済格差の拡大に歯止めがかからず世界の分断が進んでいけば、1914年の第1次世界大戦から1945年の第2次世界大戦終結までの30年間の不幸だった時代が再び訪れないとも限らない。そうした状況にならないためにも、日本は経済格差の縮小を図りながら自由貿易体制を維持するための新しい国際的な「ルール」づくりを世界各国と協力しながら進めていくべきではないか。それが問題解決の道筋に繋がっているように思うのである。


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