大工の推移


千葉 利宏  大工の人手不足が深刻化している。5年ごとに実施される国勢調査によると、2000年に64.7万人だった大工は、2020年には29.8万人と、20年間で54%減となった。

 日本の生産年齢人口(15―64歳)は1995年をピークに減少してきているが、同じ期間(2000―2020年)の減少率は14%だ。人手不足が深刻と言われるトラックドライバーで減少率は32%、大工を含む建設・土木作業者の減少率が33%なので、大工の減り方は突出している。

 国土交通省住宅局では、今年2月に「住宅分野における建設技能者の持続的確保懇談会」を立ち上げて具体策の検討に着手したが、その原因を解明しなければ有効な対策を打つことは難しいだろう。なぜ大工は激減してしまったのか――。私が知る大工の仕事を紹介しながら、その原因について考えてみたい。

■家業の大工を私が継がなかったワケ
 私の実家は、札幌市で工務店を経営し、祖父も父も大工だった。私自身も、東京理科大学理工学部(現・創成理工学部)建築学科を卒業したが、父の跡を継いで大工にはならずに、日本工業新聞社に入社して経済記者になった。

 小学6年生で身長が170cmを超えて体力があったので、子どもの頃から、家業の仕事を手伝っていた。タル木と平板で基礎型枠をつくったり、スコップでコンクリートをこね一輪車で運んで型枠に流し込んだり、重い角材などの材料を運んでトラックに積み込んだり、中学・高校生でもできる力仕事は何でもやらされた。高校時代には2歳下の弟と協力して住宅の足場を組んだこともあった。手伝いが終わって空いた時間は大工の仕事ぶりを飽きずに見ていた。

 それでも父は「跡を継げ」とは一度も言わなかった。むしろ「大工は継がなくていい。好きに生きろ!」と。それだけ工務店の個人経営は大変だったのだろう。

 父は旧制の札幌中学(現・札幌旭丘高校)を卒業し、祖父の跡を継いで大工となった。工務店を経営するには建設許可業者の許可を取得する必要があるが、父は二級建築士の資格を取って住宅を設計し、建築施工管理技士の資格で工事を管理し、一級技能士の資格を持って大工仕事をし、宅地建物取引主任者(現・宅地建物取引士)の資格も持っていた。通常のサラリーマンの2倍以上の給与をもらってもおかしくない仕事をしていたと思う。


■大工の仕事で重要なのは「収まり」と「段取り」
 大工の仕事は、柱や窓サッシなどの部材を組み立てて住宅をつくることだが、品質の高い住宅をつくるには様々な技能=スキルが必要になる。

 現在では乾燥などで変形が生じにくい集成材を工場でプレカット加工した柱や梁などの部材が供給されるようになったが、私が実家で過ごした50年以上前は天然の木を製材した無垢材を材木問屋で良質な部材を「目利き」して仕入れ、木材の性質を見極めて最適な箇所に配置する「木配り」を行い、木組みする部分を「墨付け」して手刻みで加工するのが当たり前だった。

 最も重要なのは「収まり」である。

 1万点を超えると言われる部材を組み合わせていくのに順番が決まっているわけではないので、建て方は大工が全体の工程も考慮しながら「段取り」を決めていく。順番を間違えると部材が収まらなくなって壊してやり直しになる。躯体部分でミスをすると欠陥住宅の原因にもなりかねないので、大工には高度な技能が求められる。

 内装工事でも「収まり」が重要になる。設計図は、通常は100分の1のスケールで書かれており、詳細に書かれた施工図でも50分の1。実際の住宅では1cm=10mmの段差が生じても問題となるが、100分の1の図面上では0.1mm、50分の1でも0.2mmとなるので、設計者は1cmの段差が生じるかどうかなど設計段階ではほとんど考慮していない。

 しかし、実際の住宅では1cmどころか1mm単位の段差も生じないような施工が求められる。部材の厚さや大きさなどを考慮しながら、きれいに収めているのは現場の大工である。住宅は敷地の形状や建築主の要望によって間取りやデザインは千差万別なので、それに応じて「収まり」方も異なる。大工が現場で手を休めている時も「どう収めようか」と考えているのである。

 「段取り8分、仕事2分」(事前の準備が重要である)という格言も父の口ぐせだった。

 いまは「段取り」とは言わずに工程管理が大事ということになるが、それを大工は頭の中でやっている。ノミやカンナなどの道具の手入れは毎日欠かさず、無垢材の乾燥具合など材料の状態を常にチェックするなど、日頃の準備も怠りなかった。正月には、正確な施工に欠かせない道具である「墨つぼ」と「曲尺(まがりがね)」を床の間に供え、1年の工事の安全を祈った。

 大工とは、ものづくりに優れている「技能」だけでなく、「段取り」や「収まり」を考えられる「頭脳」が求められる職能である。大工経験のない建築士や施工管理技士に「自分の力だけで家を建ててみろ!」と言っても、まずはお手上げ状態となるはずだ。

■30年前に現れていた「大工」激減の予兆
 「本当に腕の良い大工が減っていて、もはや絶滅危惧種だよ。今のうちに家を建てた方がいい」――そんな話を聞いたのは、30年近く前に自宅を新築しようと検討していた頃だ。当時は、新聞社に在籍し、建設省(現・国土交通省)記者クラブでゼネコンの不良債権問題や不動産証券化などの取材に追われていたが、その頃にはもう大工減少の予兆が現れていたことになる。

 「大工は継がなくていい」と父も言っていたぐらい大変な仕事なので、「なりたい人が減っているのも仕方がないか…」と残念に思った。そこで「腕の良い大工を探して連れてくること」を条件に、大学同期の建築家・神成健氏に自宅の新築を依頼したわけだが、その時は「なぜ大工が減っているのか」を深く考えなかった。

 2000年末に新聞社を退社し、建設系ウェブサイトで建設会社の経営問題をテーマにしたコラムを連載することになり、ゼネコンや工務店の経営問題を真剣に考えるようになった。そして最初に書いたのが、下記のコラムである。

「新型発注者『投資家』への対処法」(2001年3~4月、全6回)

 2001年9月10日に、J-REIT(日本版不動産投資信託)が上場し、日本でも不動産証券化が本格化するのに合わせて、建設業界に及ぼす影響について考察したコラムである。第1回目で、建物の発注者と言っても、昔ながらの「施主」と利回り重視の「投資家」では性格が大きく異なっていることを解説。6回目では、建設業の一般的なビジネスモデルである「一括請負方式」は、建設需要の減少によって際限なき値下げ競争を招く危険性があると警鐘を鳴らした。

 残念ながら、その予想は的中してしまった。2001年に発足した小泉純一郎内閣が公共事業費削減を開始。2005年の耐震強度データ偽装事件による建築規制の大幅強化で2008年に民間建築投資が激減。さらに2008年のリーマンショックが追い打ちをかけ、当時は「ワンコイン大工」(時給500円で仕事を請け負う大工)まで登場する事態となった。

■「ヒト情報」の透明性を確保することで何が変わるのか?
 従来の「一括請負方式」による建設業の重層下請け構造のままでは、現場で働く技能労働者にしわ寄せが集中し、技能者の成り手が不足してしまうのではないか――。そう考えて、建設業のビジネスモデルを変革していく必要性を考察した下記のコラムを書いた。

「建設業に求められる『透明性』とは何か?」(2002年11月~2003年3月、全8回)


 コラムの冒頭、私はこう書いた。

 『建設業に携わる人たちが、誇りを持って、それぞれの技術や技能を発揮し、その正当な対価を得られる“真っ当な産業”に再生する』―建設業を再生するには、それ以外に道はない。(中略)無理難題ばかりの発注者、請け負け(うけまけ)体質が染み付いたゼネコン、談合体質の抜けない下請業者、そして建設業にパラサイトしてきた政治家など―とても真っ当な業界とは思えない状況を生み出してきたのは、建設業に関わってきた人たちの連帯責任である。なかでも、政治家と国土交通省の建設官僚の責任は重い。

 私が建設業の再生の第一歩と考えたのが「透明性の確保」である。それを実現するのに避けては通れないのが、技能者のスキルをどのように評価し、その「ヒト情報」をどのように管理・公開していくのかという問題だった。当時、経済産業省がIT人材の育成を図ろうと、ITスキルを評価する体系「ITスキル標準」を策定したところだったので、建設分野でも同様にスキルの評価体系を構築。その情報は国民全員に付与されるICカード「住民基本台帳カード」を使って管理し公開される仕組みをつくるというアイデアを提案した。

 当時、建設業界では、2001年に三菱商事(現在は子会社のMCデータプラス)が建設労働者の労務安全書類を作成管理するWebサービスを開始し、ICカードを使って現場への入退場管理を行う動きも始まっていた。2019年に国土交通省主導で就労履歴管理サービスを開始した「建設キャリアアップシステム(CCUS)」の生みの親である東京大学の野城智也教授(現・東京都市大学学長)にも取材し、経産省のITスキル標準や住基カードなどの考え方を合体してコラムをまとめた。

 CCUSは、現在は就労履歴管理をメーンとして利用されているが、私が20年以上前に提案したのは「ヒト情報」の透明性確保を実現するのが狙い。今年2月から国交省住宅局で始まった懇談会でもCCUSの有効活用を求める意見が出ているようだが、今後の議論の行方を注目したい。


■夢と誇りを持てなければ若者は集まらない
 2011年3月の東日本大震災、2013年1月のアベノミクス開始、2013年9月の東京五輪2020招致決定によって建設需要が拡大したことで、一気に人手不足感が高まった。短期間に建設技能者を育成・確保するのは難しいので、フジサンケイビジネス・アイ(2021年6月末で休刊)の1面に外国人技能者の活用に関する記事を書いた。

建設人材不足、外国人で解消―五輪に向け規制緩和、再入国容認へ(2013年12月24日)


 その1年後に、東洋経済オンラインで、建設業の技能者不足について書いたのが下記の3本の記事だ。

ゼネコンが自らの手で招いた「建設業の衰退」―外国人を入れても職人不足は解消に向かわず(2015/01/27)

建設労働者の処遇改善が一向に進まないワケ―10年がかりで取り組むプロジェクトの弱点(2015/01/29)

職人軽視の日本人が、建設業をダメにするー夢や誇りを持てなければ若者は集まらない(2015/02/01)

 3本目の記事では、輸入住宅メーカーのスウェーデンハウスの協力を得て、来日したスウェーデン人の大工を取材。北欧では、大工が子どもたちにとって憧れの職業となっていることを紹介した。やはり重要なのは「夢と誇り」なのである。

 朝日新聞の2025年4月21日の夕刊に「働く尊厳軽んじたツケ 世界の危機」と題する記事が掲載された。この中で、なぜトランプのような人物が2度の大統領に選ばれたのかについて、米ハーバード大学のマイケル・サンデル教授のコメントを紹介している。

 「単に経済的に苦しいだけではない。エリートが自分たちを見下し、日々の仕事に敬意を払っていないという労働者の不満や憤りがトランプの成功の根本にあります」

 祖父も父も大工に誇りを持っていた。それでも息子には「大工を継がなくていい」と言った父の気持ちを考えると、大工が置かれてきた社会状況に疑問を持たざるを得ないのである。


■AI時代に求められる高度な技能者をめざして
 ここに来て、大手住宅メーカーを中心に「社員大工」を増やす動きが活発化している。積水ハウスの施工部門である積水ハウス建設では、社員工を「クラフター」と命名し、茨城、滋賀、山口に設置した教育訓練センター・訓練校で育成。現在は590人のクラフターを2033年4月には1000人とする計画だ。

 積水ハウス建設では、建築士と施工管理技士などホワイトカラーの技術者は社員だが、技能工は協力会社に依存してきた。1982年に訓練校を設置して、協力会社の技能工の育成を行ってきたが、2023年度から高卒の社員工採用を開始。23年度39人、24年度134人、25年度134人と採用を増やしている。



積水ハウス建設訓練校の入校式写真

 25年5月7日に3つの訓練校で行われた入校式では、協力会社を含めて166人が入校(写真は茨城県古河市での入校式の様子)。メディア取材も行われ、対応した工業高校建築卒の女性は、技能工をめざした動機について「朝日放送のテレビ番組「大改造!!!劇的ビフォーアフター」を子どもの頃にみて大工に憧れたから」とコメント。大工が、今の若者たちにとって「魅力のない職業」というわけではなさそうである。

 積水ハウス建設では、社員工1000人体制を構築することで、国内の生産棟数の2割程度を社員工で賄うことにしている。とくに施工品質に大きく影響する「基礎工事」と躯体を組み立てる「建て方工事」に社員工を投入し、「内装工事」は今後も協力会社の大工が中心になる。現時点では、積水ハウスでも全ての技能工を社員化することは難しいのだろう。そうであれば、大手企業が社員工として抱えるだけでなく、業界全体で大工の処遇改善を図り、若者が「夢と誇り」が持てる職業にしていくことが必要だ。

 この先、生成AIの本格普及が進めば、「ホワイトカラー消滅」(NHK出版新書)を24年10月に出版した経営共創基盤の富山和彦氏は、ホワイトカラーはAIに代替され、「アドバンスト・エッセンシャル・ワーカー」が増えていく未来を予想している。そんな未来に向けて、住宅の建設・リフォーム・修繕には欠かせない大工が、再び脚光を浴びる時代が来るかもしれない。そのための社会環境をいかに整備していくのかである。


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