
会見は映像・音響スタッフによる万全のネット対応だったが

● 増収増益を支えるストック型SI案件
2025年5月13日、午後1時からインターネットイニシアティブ(谷脇康彦社長、略称:IIJ、東証プライム市場)が2024年度決算を発表しました。それによると、売上高は3,168億31百万円、本業の利益を示す営業利益は301億4百万円(営業利益率9.50%)、経常利益は同0.9%増の291億84百万円(経常利益率、当期利益は同0.6%増の201億4百万円(純利益率6.34%)と増収増益でした。
売上高の前年度比14.8%増に対して、営業利益はその4分の1の3.7%増にとどまっています。インターネット/クラウドサービスに欠かせない仮想化技術「VMWare」(ヴイエムウェア)ライセンス料の値上げ、昇給に伴う人件費・外注費(原価)の増加などが営業利益を押し下げました。
しかし長期安定収入に結びつく10億円超のストック型サービスインテグレーション(SI)案件の受注増、デジタル化と労働力不足に伴うITフルアウトソーシング・ニーズの強まりなど追い風が続いています。「中長期ビジョンを踏まえ売上高5,000億円を目指します」が、4月1日付で社長に就任した谷脇氏のメディア向け公式第一声となりました。
● まず情報漏洩の経緯を説明し謝罪
会見はまず谷脇氏が、今年4月10日に発覚した顧客メールアドレス漏洩事案について説明、謝罪することから始まりました。4月15日にプレスリリース第一報、18日に要因となったサードパーティ・ソフトウェアの脆弱性情報を開示、22日にプレスリリース第二報(調査結果と情報漏洩件数)と、迅速で的確な対応が光ります。
とはいえ、同社はUNIX/WIDEプロジェクトを源流とする技術指向の企業風土で知られています。1992年12月の「インターネットイニシアティブ企画」以来、インターネット市場をリードしてきた独立系ISP(Internet Service Provider)最大手、顧客数は約1万6,000社。そのIIJですら不正アクセスを検知できなかったというのは大きな驚きでした。
谷脇氏の説明は簡潔ながら端的で、まずは無難な門出と言っていいでしょう。また、質疑応答ではこの件に関連する質問が相次ぎましたが、事案発覚後の対応が迅速かつ的確だったこと、システム内包ソフトウェアの脆弱性が原因だったこと、不正アクセスが異常検知機能をすり抜ける巧みな振舞いだったこと等から、IIJの不備を責める声は少なかったようでした。
● 2代続く元官僚社長、評価はこれから
同氏は総務省官僚(総務審議官)時代、NTT/東北新社による高額接待問題で退官し、その翌年(2022年)、IIJの顧問を経て副社長に就任しています。清濁合わせ呑みつつ本筋を追求する胆力が評価されたのかもしれません。先代社長の勝栄二郎氏は財務省事務次官からの転職ですので、IIJは2代続けて霞ヶ関の元官僚を社長に迎えたわけです。
インターネット/クラウドにかかる回線割当てや規制緩和への備えという見方の一方、創業会長・鈴木幸一氏独特のバランス感覚と言えないこともありません。いつものように会見を鈴木氏が締め括ったのは、大御所体制が岩盤であることを端的に物語っています。
だからと言って、閉鎖的な空気を感じないのがこの会社の特徴です。就業者の離職率4%未満は業界平均の半分以下ですし、SI事業における外注要員数1,600人未満は多重下請け構造から離脱していることを示しています。「オープン」な大御所体制と言うことができるでしょう。
創業から32年、技術指向の企業風土ゆえに経営に適した人材がいないのか、ステークホルダーから「プロパー社長を」の声が出ていないのか、それとも技術、営業、管理、経営の機能別プロ集団というコンセプトなのか、それはそれで興味あるところです。ともあれ谷脇氏がどのような求心力を発揮するか、これからが本番です。
【グッド・ポイント】
● 4部構成の資料は緻密な構成
配布された資料は(1)決算短信(A4×11枚)、(2)決算概要と今後の成長戦略(同3枚)、(3)連結業績説明(同14枚)、(4)参考:会社紹介(同10枚)の4種でした。表裏びっしりなのでたいへんなボリュームですが、せっかちな人は2に目を通せばいいし、より詳細な情報を得たい人は3を、という組み立てになっています。
決算資料ですから会計監査、法務、人事、営業、技術、広報……etc、多くの部門と連携して齟齬なく、かつ未来志向でまとめなければなりません。さらに新社長・谷脇氏による概要説明、副社長CFO・渡井昭久氏による詳細説明を正味30分内に収めなければなりません。
作成したスタッフの労力もさることながら、全体を設計し会見を運営した企画部門の能力は大したものと感心します。これを作れと言われたら「カンベンしてよ」だな、と思いながら説明を聞いていました。
● 正面にTVカメラ、記者席は脇に配置
これはグッド・ポイントかどうか微妙ですが、筆者が注目したのは記者席の配置でした。説明者席の正面にTVカメラがデーンと構え、記者席は向かって左側、やや斜め4列にざっと30席ほど。記者席の最後尾にヘッドホンを装着した音響・画像スタッフが居並びます。
さすがにカンペはなかったのですが、会場の奥からディレクターが登壇者に「顔を上げて」「そろそろ次に」といった合図を送っています。記者席の配置といい会見の進行といい、リアルとオンラインのハイブリッド、ネット配信による拡散を前提としているのは明らかです。
活字系メディアからすると「けしからん」なのか「情けない」なのかは別として、記者席はネット系メディアないしネット世代の若手で埋まっています。いわゆる「受託系」ITサービス業の会見ですと、記者席は活字系メディア(ベテランというかロートルというか)が中心です。会見のしかた、記者の立ち位置、Q&Aの手法なども変わります。リアル参加の記者は演出効果のための「その他大勢」になって行くのでしょうか。
【要チェック箇所】
● 加齢で耳が遠くなったのか?
総じて可はあっても不可はなく、オープンな雰囲気で好感が持てる会見ではあったものの、残念だったのは音声がよく聞き取れなかったことでした。加齢で耳が遠くなったか? と疑いましたが、顔見知りの活字系メディア記者氏も同じだったようで、妙なところで安心しました。
某ネット系メディアがYouTubeにアップしたQ&Aを視聴すると音声ははっきりしているので、音声が聞き取りにくかったのはリアル会場の問題だったようです。せっかく音響・映像スタッフが万全の体制を敷いていたのに残念なことでした。
当日の夜、広報担当者に「会場でマイク音声が聞き取りにくかった」とメールしたところ、速攻で「次回以降、改善するよう努めます」の返信がありました。ということは、次回の会見では筆者のようなベテランないしロートルの活字系メディア関係者は最前列に案内されるかもしれません(笑)。
● 記者の“分かっちゃった”風でいいのか
もう一つ指摘しておきたいのは、若手記者諸君の質問です。最初に触れたように、質問の中心は今年4月に発覚した不正アクセスによる情報漏洩事案について、次いでスマートフォン事業についてでした。それぞれの関心事なので、それをとやかく言うものではありません。ですが二の矢、三の矢の関連質問(更問い)がなく、なんとなく「分かっちゃった」風なのが気になります。
例えば資料に「システムインテグレーション」と「サービスインテグレーション」という用語が記載されています。アルファベットにするとどちらも「SI」で、IIJにとっては中核ビジネスです。
ところが資料にはその説明がなく、登壇した谷脇氏も渡井氏も識別(意識)せず口にしていたように見受けられます。システムなのかサービスなのか、その違いはどこにあるのかという質問は出ませんでした。
さらに言うと、谷脇氏が「今後の注力分野」として挙げた「データ流通・交換サービス」に突っ込む記者がいなかったのも気になります。お前が質問すればよかったじゃないか、というブーメランは必至ですが、「具体的な内容は検討中で、後日、説明の機会を設けることになると思います」という返事があったことを添えておきます。

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