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プロボクサー日高和彦のボクシングQ&A

東洋太平洋2階級制覇ボクサーが、ボクシングにまつわる様々な質問に答えます。

佐藤博康の「テニスQ&A」

現役最年長プロテニスプレーヤーが、一般の読者からのテニスに関する質問にどしどし答えます!

2007年06月29日

第一回目の宇野和男のスポーツ対談

今回のゲストは、ボクシング元フライ級世界チャンピオン、現在レパード玉熊ジムの会長の玉熊幸人さんです。

【玉熊幸人(レパード玉熊)さんプロフィール】
WBA世界フライ級チャンピオン(1990〜1991)
33戦27勝(13KO)5敗1分

1964年1月25日生 、青森県青森市出身
青森商業高校から法政大学(1年中退)にかけてアマで活躍(※アマ戦績40戦33勝7敗)

1983年 プロに転向(国際ジム)
1987年 日本フライ級王座獲得
(4度防衛後世界挑戦のため王座返上)
1990年 WBA世界フライ級王座獲得
1991年 網膜剥離のため引退
1995年 11月千代田区九段にレパード玉熊ジム開設

(以下 宇=宇野和男 =玉熊幸人)
宇・ こんにちは。

宇 本日はよろしくお願いします。

玉 こちらこそよろしくお願いします。

宇 玉熊さんは高校時代ボクシングで活躍されていましたが、その後どのようにしてプロになられたのですか。

玉 わけがあって入学してからすぐに大学を辞めてしまったのです。その後に、高校、大学の先輩の高橋会長が勧誘にこられました。

宇 へえ〜。高橋会長が運命を変えてくれたようですね。

玉 ええ。プロでは通用しないと思っていましたから、プロになる気持ちが無かったのです。

宇 誘われてからデビュー戦まではどれくらいかかったのですか。

玉 アマチュアでの経験があったので、すぐにデビューできました。

宇 デビュー戦から6連勝されましたよね。

玉 そうですね、それまでは順調だったのですが、その後に負けて壁にぶちあたったのです。

宇 その壁は何でできたのですか。

玉 減量苦ですね。最初はジュニアフライ級でデビューしたのですが、徐々に落とす体重が増えてきて9キロぐらいまでということになって。つらかったですね。体が動かないんです。その後、フライ級に階級を一つあげました。

宇 それがよかったのですね。その後、日本チャンピオンを獲られましたが、その時はどんな気持ちでしたか。

玉 アマチュアをやっていたのでこんなものかなと思いました。

宇 「もしかしたら、世界に通用するかも?」と思い始めたのはどの時点からですか。

玉 世界チャンピオンとスパーリングで練習した時にやれるかなと。

宇 世界タイトルに挑戦しようという頃、1日にどれくらい練習をしていたのですか?

玉 朝3時間ぐらい、夜3時間ぐらいですね。

宇 え〜、そんなにするんですか。3分単位を6時間もやるんですか。

玉 そうですね。合宿所にいたので朝練習をみんなとしていました。1人ではなかなか朝走れないですから。サンドバックを隣同士で打って、どっちが大きい音かで競ったりもしました。

宇 そういう競り合いの中から自分の技量がどんどん上がっていくのですね。いろいろとボクシングのテクニックなども変わってきたのでしょうが、戦うときにどんな気持ちでしたか。ダウンの怖さ、リングに上がる怖さというのは無かったですか。

玉 ありますよ。リングに上がる前が怖いですね。一度上がってしまえば怖くなくなります。ダウンについてですが、KO負けというのは心がつらくて、次の試合への恐怖心につながることがあります。勝った試合なのですが、1度ダウンしたことがあるのです。手足がしびれて足がガクガクなんです。それで立つと相手はラッシュをしてくるので、怖かったです。ゴングになんとか救われて、インターバルの1分で戻って、次のラウンドは逃げ回ってその後に倒しましたが、その時は本当に怖かったですね。

宇 そのときの1分で戻らなかったら、もうチャンスは無いわけですからね。ここで負けていたらボクサー人生が変わっていますよね。だいたい1ラウンドで今日は勝てるとか、危ないというのが分かるとおっしゃっていましたが。

玉 だいたいわかりますね。ただ、1ラウンド目と2ラウンド目の戦法を変えてくる選手もいます。ベテランになるといろいろやってくるので侮れないです。

6月29日

宇 1987年2月に西川選手より日本フライ級タイトルを獲得して、その後4回防衛しましたね。その後、一度世界戦で敗れるも、1990年の7月29日に念願の世界チャンピオンになられましたね。

玉 そうですね。この試合は倒すしかないということで、10Rにダウンさせました。

宇 チャンピオンになると何が変わるのですか? なった瞬間、何を思われましたか?

玉 1番変わるのはギャラですね(笑)。実は、チャンピオンになった瞬間はなんとも思わなかったのです。一安心はしましたが、それをみんなで分かち合うといいますか。いつも通りの試合に勝てたという感じでした。喜びは後からみんなに言われてから実感しましたね。

宇 初防衛は苦戦しましたよね。勝利しましたが、網膜剥離でほとんど見えなくなったのですよね。 

玉 網膜剥離の影響で2回目の防衛戦の時、見えないことばかりを気にしてしまい、防衛に失敗しました。

宇 終わった瞬間にもう引退しようと思ったのですか?

玉 ええ、もう見えないですから。残念ですが、しょうがないですからね。

宇 ボクシング人生を振り返って、一番幸せだった時はいつですか?

玉 やっぱりチャンピオンになった時ですね。

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cosana06 at 14:43│Comments(0)TrackBack(0)この記事をクリップ!

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