筆を置く

こんにちは。

ヒロ亀田です。

振り返ってみますと、この3月に駅前のパソコン教室初級講座に通い、
訳も判らず6月中旬からブログを書き始めました。

簡単なメールがやっとの私ですが、ともかくその日の出来事を
書いていけばいいのだからと気楽な気持ちで始めました。

どうせ読んでくれるのは身内のものか友人くらいのものです。
始めのころの不慣れな文章は、読むと汗顔のいたりです。
それまで書く機会といえば、旅行の募集パンフレットの案内文
くらいでした。

いつまで続くことやらと友人に冷やかされながら、出来れば
100号まで出せたらと思っていました。

続けていくうちに書く内容もその日の出来事の記述から、長い
人生の間に積んできた薀蓄を雑感として文章にするようになって
きました。
 
そのうちこんな拙文でも読んでくれる人も出てきたのかコメントが
入ってくるようになりました。

親切な読者からプログラム・ランキングに参加すればと勧められ
ても、リンクの貼り方もわからない状況です。
その人に教えてもらって初めてリンクを貼れたときは、先生に
ほめられた幼稚園児のように嬉しかったです。

しかしこの世界の成功者といわれる人から、早く日記体や雑感から
脱し、面白くて人の役に立つようなものを書きなさいという教示を
受け、自分の書くものに疑問を持つようになりました。

何をどんな風に書いたらいいだろうかと悩み、一時は途中で止め
ようかと迷いました。

それを救ってくれたのは、皆様さんからのコメントです。
「読者は読みたいから読者になるのであり、大衆に迎合するような
記事を書く必要は無い。自分の好きなように書けばよい。」
というメッセージをくれた人がいます。

これで気持ちが吹っ切れ、いい記事を書かなければという気負いと
重圧から救われました。

そういう皆さんの温かいご支援があったればこそ今まで続けてこられ
ました。心からお礼申し上げます。

当初からこのブログを100号で打ち切ろうと思っていたこともありますが、
最近の文章はマンネリズムに陥ちいっているきらいがあるようで、
自分でも少し鼻についてきた感じがします。
このまま続けてもmasturbationのような気がします。

それに10月にフランスへ世界平和の祈りの同志とフランスへ行きます。
モネの家や世界遺産モン・サン・ミッシェル修道院、ロワール渓谷の
華麗な古城の数々を観光したり待望の古城ホテルにも泊まりますが、
目的は各地でピースポールを建立し現地の人と世界平和の祈りを祈る
ことです。それで10間ほど日本を留守します。

ここらで一旦筆を置いて、自分を見直しリセットして新しく出直したい
と思います。
折角続けて読んでいただいている方々には、大変申し訳ありませんが、
どうか私の我が儘をお許しください。

自今、皆さんのサイトには時々寄らせていただきたいと思います。
その節にはよろしくお願い申し上げます。

言い訳がましくなりましたが、これで最後のご挨拶とさせていただきます。
本当に長い間ご応援賜り誠に有難うございました。
最後に大変失礼ですが、この欄にたいするコメントは無用にして
いただければ有難いと思います。      
                             合掌
ヒロ亀田
  
Posted by cosmotrek1 at 11:39Comments(13)TrackBack(0)

シンクロニシティ    第100号(最終回つづき)

こんにちは

ヒロ亀田です。

人間の「心」の形が、「形の場」と関係する可能性があると、シェルドレイク
はいっています。
では「心」とは何かといわれますと、読者の中には一家言を持っておられる
方もいる事と思いますが、ある学者は、心は脳の働きである、あるいは
脳の働きが心をつくると主張していますし、ある学者は、何か脳の働きと
違った他の現象であると二元論をとなえています。
古くアリストテレスはそれを霊魂といっています。

シェルドレイクの主張も、つきつめていけばこの二元論にいきつきます。
それどころか、「形の場」を起こす実体が心そのものかも知れません。

心を脳と結びつけずに、他の立場から心の本質に迫った心理学者が
います。
ジークムント・フロイトやカール・ユングです。
フロイトは心の場として潜在意識の存在を追及し、ユングはそのもっと
深いところに人類に共通の普遍的な無意識が在ることを発見しました。
心は決してフロイトのいう個人的な無意識の部分だけでなく、ユングは
全ての人類の底に流れている無意識層の存在を発見し追及しました。
それを彼は集合無意識と名づけています。
シェルドレイクはその集合無意識層に「形の共鳴」作用を考えたのです。

「形の場」は、他の人間に繋がっている集合無意識に共鳴して
シンクロにシティ(事件が同時に起きること、共時性)が起きるといいます。

集合無意識が人類に共通する心の構造だから、宗教や人種、歴史的
時代、地理的な違いにもかかわらず、私たち人間は似たようなイメージ
を心に描き、世界各地に似たような神話やおとぎ話や寓話が生まれた
のです。

いつかテレビで放送していたので知っておられる方もいるでしょうが、
作家が原稿に書いた内容が現実の世界に起こるという奇怪なシンクロ‐
ニシティがあります。

タイタニックの遭難の話です。
1898年、ある作家が小説を書きました。
それは、世界で最も安全といわれるタイタンといわれる名前の豪華船が、
大西洋の処女航海で氷山とぶつかり、沈没するというストーリーでした。
そしてこの船には充分な数の救命ボートが搭載されていなかったため、
多くの死者を出してしまうという設定でした。

ところが、この小説が発表された十四年後の1912年4月、タイタニック号
という名の豪華客船が処女航海に出て、この物語と同じように氷山に
ぶつかり遭難しましたし、1,513人という史上空前の犠牲者を出して
しまったのです。作家の脳の中でつくられた物語が現実化したのです。
こういうシンクロにシティは世界のあちこちで例が見られます。
私たちの日常生活の中にも、こういった同じことが起こる現象が多々
あります。

シェルドレイクがこの仮説を発表したとき、世界的に権威のある科学雑誌
「ネイチャー」は「もし焼き捨てるべき本があるとすれば、この本をおいて
ほかにない」と酷評しました。

シェルドレイクの「形の場」という曖昧な観念はニセ科学である。
その「場」はこの宇宙に遍満し、時間を超えてあらゆる階層や生物や、
その他の存在物に作用するという。そして、それらの形を、それらが
過去に存在していたと同じ形にするという。そんなバカなことがある
はずがない。シェルドレイクの主張は科学を誤った方向に導くもの
である、と手厳しい内容でした。

それに対する反響は大きく、意見さまざまでノーベル賞受賞者まで
巻き込みました。

しかしアメリカやイギリスの有力新聞はおおむね好意的で、お陰で
シェルドレイクの仮説を広く世の中に知らしめるため、一役かった
のでした。

古くからえてして、有識者といわれている人や科学者は、従来の因習
や学説に囚われてしまいがちです。
はたしてシェルドレイクの提唱する仮説は、科学とは程遠いオカルト
理論なのか。それとも私たちの自然観を根底からくつがえす偉大なる
理論なのでしょうか。

ガリレオ・ガリレイはコペルニクスの地動説を認めたため、宗教裁判
にかけられて有罪になりました。
そのとき彼は「それでも地球は回っている」といいました。
そして地球は本当にまわっていました。
シェルドレイクの仮説はどうなんでしょうか。
あなたならどう思われますか。
最後まで読んでいただき有難うございました。

大変僭越ですが、けじめとして明日最後のご挨拶をさせて頂きます。
  
Posted by cosmotrek1 at 15:19Comments(24)TrackBack(0)

百匹目の猿  第100号(最終回)

こんにちは。

ヒロ亀田です。

昔から「二度あることは三度ある」といいます。
過去に起こったことは、いつか再び起こります。
また、似たような現象が同時期に起こります。何故でしょうか。

それを科学的に解明したという男がいます。
その仮説(理論)を今から二十五年に発表したのは、イギリスの天才
科学者、ルパート・シェルドレイクといいます。

今から85年前、イギリスのある心理学者が面白いネズミに水槽から
脱出する道を学習させる実験を十七年間に亘り行いました。

これは単純な水槽に迷路を使います。
水が張られたこの装置には出口が右か左かの二つしかありません。
水の中に入れられたネズミは、泳ぎながら右に曲がって出口につながる
プラットフォームをよじ登るか、左に曲がってプラットフォームをよじ
登るかの二つに一つです。

一つの出口には電灯がついており電線が巻きつけてあります。
もしネズミが電灯のついている出口をよじ登って出ようとすると
電気ショックを受けるようにしてあります。
もう一方の側の出口には明かりがついておらず、電気ショックの仕掛け
もないので、この暗いほうの通路をえらんだネズミは水槽から出られます。

普通ネズミは脱出するのに明るい出口を選ぶのですが、何世代にも亘って
実験しました。

始めの世代のネズミは明かりのついていない出口から脱出できるまで、
平均百六十五回かかりましたが、世代ごとにその回数は減り、十三世代目
で平均六十八回に、三十世代目になると平均二十回、四十四世代目に
なるとなんと平均九回で脱出できるようになりました。

最近の実験では、初めから平均二十五回で脱出し、初めから一回で脱出
出来るネズミが沢山いました。

ネズミは試行錯誤のうえ、暗い出口へ行けば電気ショックを受けずに脱出
出来るということを学習します。

シェルドレイクは一連の実験から、多くのネズミが学習したことにより、
脱出できるという「形の場」が出来、それが他のネズミの行動に共鳴現象
を起こし、その結果、後の世代のネズミほど早く出来るのだと結論づけ
ました。
人間の知能テストの成績が年々良くなっているのも、毎年、同じような
世代の子供たちがそのテストを受けることにより、その知能テストを解く
「形の場」が出来、後からそのテストを受ける子供たちがその「場」に
「共鳴」することによって、年々成績が上がってきたのではないかという
ことです。

一度現れた「形の場」は共鳴現象(形の共鳴といっています)が作用して
次の段階の「形の場」をつくるというシェルドレイクの仮説を示す有名な
エピソードに「百匹目の猿」という猿のイモ洗い行動があります。

宮崎県の南部で沖合い300メートルに浮かぶ幸島という無人島に
二十匹のニホンザルがいました。

サルの餌として使えるのは当時畑から取れたばかりのサツマイモしか
ありませんでした。しかもそのサツマイモは泥だらけでした。
サルは始めは腕でその泥をふいたりして食べていました。
しかしある日、一歳半のメスが、何かのはずみに泥だらけのイモを
真水につけ、泥を手で洗い流してから食べることを始めたのです。
この行動はやがて若いサルたちや母親のサルたちに伝播し、四年後
には群れの四分の三にあたる十五匹がイモを洗って食べるようになった
のでした。

ここで面白いのは、十二歳以上の大人のサル、とくにオスザルは
きわめて保守的であり、イモ洗いが定着して十年にもなるのに、
彼らは頑として新しいイモ洗い文化をとりいれなかったということです。

サルの社会でも、新しい文化は若者から始まり、オジサンたちは
それを取り入れようとしないことです。

ところがあるとき小川の水がなくなってしまいました。
そこでサツマイモを水で洗うことを覚えたサルたちは、近くにある
海へ行ってイモを海水で洗うようになりました。
そうすると、海水の塩分がイモをさらに美味しいものにしました。
これはいいということで、今度はこのイモを海水で洗う行動が群れの
中に広がりました。
このサルの文化行動は、当時世界中の学者たちを驚嘆させたのです。
驚くべきことには、サルのイモ洗い行動は幸島だけではなく、
幸島のサルとはいっさい接触のない遠く離れた他の野猿公園にも
見られるようになったことです。

シェルドレイクの仮説によると、すなわち、一匹のサルがこの行動を
し始めると、その「形の場」ができ、それによって他のサルが模倣
しやすくなり、他のサルもまねをして同じことをし始めます。
その「形の場」は強まり、さらに多くのサルたちがイモを洗うように
なります。
当然、その「形の共鳴」作用により遠く離れた野猿公園のサルたち
にも影響を与え、いたるところでニホンザルたちはイモを洗うよう
になるということです。

「百匹目の猿」という考え方は、ライオネル・ワトソン博士の「生命
潮流」によれば、幸島でイモを洗うサルの数がある臨界値を超えると、
その行動は自然障壁(時間や距離空間)を跳び越して、他の離れた公園
のサルたちの間でも自然発生するようになるそうで、その臨界値を
便宜的に百匹としたのです。
現在、幸島には百匹以上のニホンザルがいます。

だから、私たちは日本はおろか世界各地で地道に、世界平和の祈りを
一人でも多くの人が祈ってくれるよう活動しています。
私たちは常に祈ってくれる人数の臨界値を十万人と思っています。

長くなるのでこのあたりで一旦終わります。
次の最終号続きとして、同じようなことが同時に良く起きる現象、
「シンクロニシティ」(共時性)とシェルドレイクの仮説との関連性に
ついてお話したいと思います。
よければ聞いてください。

ヒロ亀田

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Posted by cosmotrek1 at 18:25Comments(32)TrackBack(0)

マザー・テレサ  第99号


こんにちは。

ヒロ亀田です。

昨日、久しぶりに映画「マザー・テレサ」を見ました。感動しました。
彼女は現在の旧ユーゴ・マケドニア共和国のアルバニア人で、18歳の時
修道女としてインドのカルカッタに派遣され、1997年に87歳で亡くなる
まで、そこを拠点にして活躍をしました。

幸い彼女とは18年前カルカッタのマザー・テレサ・ハウスでお目に
かかって話をしたことがあるので一層感慨深いものがありました。
オリビア・ハッセーの演技も素晴らしく、上目づかいでじっと見つめる
仕草とか少し猫背の体つきや歩き方がそっくりなのに驚きました。

記憶を辿りながらマザーに会ったときのいきさつや様子をお話したいと
思います。

1988年2月に日本から80名ほどがカルカッタで行われるピース・
セレモニー(世界平和を祈る大行事)に参加しピースポールを建立するのに
その準備のため出発する2ヶ月前に単身カルカッタへのりこみました。

準備も終えやれやれと安堵したのも間もなく、なぜかマザー・テレサが
カルカッタに住んでいることを思い出しました。

早速、英語とベンガル語を話せるガイドさんに頼んでマザー・テレサの
祈りの家へ連れて行ってもらうことにしました。
ガイドが、彼女は世界中を飛び回っており、不在で会えないだろうと言う
のを口説いて案内してもらいました。

着いたところは、ぐるりと塀に囲まれた粗末な修道院みたいなところ、
勝手口のような扉をみつけ、どんどん叩きました。

暫くするとシスターとおぼしき少女が顔を出したので、訪問の意図を
言って、ぜひマザー・テレサにお会いしたい旨を強く訴えました。

数分後、少女がまた顔を出し、先生はお会いするからと言います。
わあ、なんとラッキィ!飛び上がらんばかりの気持ちです。

案内してくれた部屋は、四畳半くらいの所で、木製の小さな机の上に
書類が数センチほど重ねてありました。
部屋の隅には、ロンドンから来たという記者が座っていました。

挨拶もそこそこ、世界平和の祈りのことやその展開振りを説明しました。
2ヵ月後に、日本から80名ほどのピース・ミッションのメンバーが
ここを訪れ、マザーとぜひ一緒にお祈りできることを切望していると
口説きました。

マザーは、その頃カルカッタに居れば会いましょう、と答えてくれました。
その時、これは私の意向が為さしめたのではなく、みんな神のみ計らい
によるのだと強く感じました。

横のガイドは感激のしっぱなしです。
こんな機会にマザーに何か書いてもらいなさいと促してきます。
彼女にこんな事を書いて欲しいと、手帳をひろげて差し出しました。

彼女は頼んだメッセージは書かず、自分なりの言葉を書いて返すのです。
ああ何てこの人は自分なりに意固地なほど強い意思を持った女性なのだ
なあと強く感じました。
目は優しく笑っているようですが、その奥にキラリと輝くとても厳しい
ものを感じ取りました。

その後、シスターの案内で、マザー・テレサが運営しているという
ライ病患者が療養している病院へ行きました。
病院といっても設備は粗末で、ベッドは無く、コンクリートの床の上で
患者は寝ていました。
隣の部屋では、職員が水圧の高いホースの水で、床を掃除していました。

ガイドは悲しげに言います。インドはまだまだ貧しい。今度日本から、
メンバーが来られる時は、使い古しの着るものでも持って来てもらえれば
どんなに有難いことだろう。と。

騒然として貧しい人の多いカルカッタの町を歩くと、日本とのあまりの
格差にカルチャーショックを受けました。

映画「マザー・テレサ」は英語の教材としても最適だと思います。
使われているダイアログは中学3年程度のものだし、発音もはっきり
していて聞き取りやすいです。

映画の中で印象に残ったセリフは、
テレサがセラーノ神父に、I am a pen in the hand of God. It’s he
who writes.

(私は神が手に持つペンにすぎません。文字を書くのは神ご自身です)
と神父がシスターに言う、
To console is more than to be consoled,
(慰められるより人を元気づけてあげるほうがもっと大事です)
To consoleとはto give comfort, help or sympathy to a person
who is experiencing sorrow, suffering or disappointment
.
(悲しみ、苦しみ、失望している人を慰め、助け、同情してあげること)
それに続けて同じ文型表現で、
To understand is more than to be understood.
(判ってもらうより理解してあげるほうがもっと大事です)
To love is more than to be loved.
(愛されようとすることよりも愛してあげるほうが大事です)

中高年の皆さん、元気を出して一緒に歩きませんか。
先輩の皆さん、ご指導ください。

では、また。
ヒロ亀田

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Posted by cosmotrek1 at 04:26Comments(23)TrackBack(0)

笑い    第98号

こんにちは。

ヒロ亀田です。

人間、年を重ねるにつれて、声を上げて笑うことがだんだん減っていって
しまうようです。
 
誰しも“箸が転んでも可笑しい”という年頃から、結婚し仕事や子育てに
追われているうちに、笑えることを探すのも難しくなってきます。
そして、笑わないことが多くなればなるほど、心の持ち方やものの見方
も冷ややかになってしまいがちで、ますます笑うことがなくなってきます。

笑うことは、とても大切なことだと思います。
心の底から笑うと本当に楽しくなり心身が癒されます。
笑いは病を治すことにも大きく影響しているようです。

笑わない人は、大声で笑っている人を見ると、何がそんなに面白い
のかと、冷めた目で見てしまいます。
すると楽しいことや喜ばしいことが遠のき、厳しいことや好ましくない
ことが起こってくるそうです。

だから大声で笑うほどではなくとも、ニコッと微笑むだけでもいいのです。
「笑顔教室」というのを開いて、笑顔の効用を広めている人もいます。

笑いの要素は、周りを見渡せばたくさんあります。
何気ない家族の団欒であったり、友人と会って話したり、本、映画、趣味、
スポーツ、娯楽など、笑う心を自分の中から見つけ出すことが出来たら、
笑うネタはいくらでも転がっています。

無理に笑おうというのでではありません。
面白くないのに、周りに合わせて笑いなさいとはいっていません。

どんなことに接しても、笑う心さえ見つければ、自然と微笑むものです。
大切なのは、自分を笑い飛ばせる心です。
時として、自分の劣等感や欠点、失敗などを笑えるゆとりを持ちたいと
思います。

無邪気に笑う人を見ると、天使に会ったようで心が癒されます。
そんな人になりたいと思います。
それにはいつも明るく楽しく笑い心をもって、すべてのものに
感謝する自分であることです。

中高年の皆さん、元気を出して一緒に歩きませんか。
先輩の皆さん、ご指導ください。

では、また。
ヒロ亀田

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Posted by cosmotrek1 at 06:38Comments(17)TrackBack(0)

人間関係   第97号

こんにちは。

ヒロ亀田です。

人間が一生の間に交わる相手は、そう多くはありません。
ましてや、胸襟を開いて話の出来る相手はそうあるものではありません。
友人が多いということは、富では得られない豊かさではないでしょうか。

ところが、昨今、管理社会における人間疎外の問題が取りざたされて
います。
最近、各企業で若者層の退職が増えているといいます。
その最も多い理由は人間関係だそうです。

つまり、“上司とそりが合わない”とか“同僚とうまくいかない”と
いうのが、退職の主な理由といいます。

またある調査によると、サラリーマンにとって一番いやだと思う事は
「人間関係のわずらわしさ」だという結果が出ています。

日本人の交際が下手なのは、日本は島国で、しかもほとんど単一の民族
から成る社会だからだといわれています。

「以心伝心」ということを習いとする日本人は、人間関係をスムーズに
するために、特別な工夫をする必要がなかったのでしょう。

人間学について言及した何かの本に書いていましたが、世界で最も
接客好きなのは、ロシア人と中国人だそうです。

しかも、この両者のやり方は全く違い、ロシア人の場合は、相手の
気持ちがどうあれ、あけっぴろげにした自分の気持ちそのままに相手
をもてなし、中国人は、相手の気持ちと状況を考え、それに応じて
きめの細かいもてなしをするそうです。
特に人間関係に処する中国人の知恵は卓越しているそうです。

複合民族の社会、古い歴史と文化などの要因が、人間関係をなめらか
にする知恵を育んだのでしょう。

人間関係は理論では解明できません。
いかにコンピュータが発達しても、計算ずくで人間関係は計れません。

人間を結びつけるものは、必ずしも物質や利害関係だけではありません。
理屈では割り切れないものを結びつけるのは一体なんでしょうか。

例えば、「実るほど頭のたれる稲穂かな」といわれる「謙虚さ」とか、
「自己主張」をしないとか「一期一会」を大切にするなど、人間関係を
滑らかにして、この人生を豊かに過ごしたいものです。

自分はそんな人に気を使う煩わしさなんか御免だ。
パソコンさえあればいい。とうそぶく人は問題外です。

中高年の皆さん、元気を出して一緒に歩きませんか。
先輩の皆さん、ご指導ください。

では、また。
ヒロ亀田

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Posted by cosmotrek1 at 02:41Comments(12)TrackBack(0)

女性礼讃   第96号

こんにちは

ヒロ亀田です。

昨日は、「易経」の「陽」と「陰」の話をしました。
「陽」と「陰」を典型的に象徴するのが「男」と「女」です。

「史記」の中にも「陽」「男」と「陰」「女」のことについて面白い記述があり
ます。
「陰陽の変は万物の統ナリ、慎マザルベケンヤ」と。
「陰と陽の相互作用は、万物をうみだす根源である。男女の結合は、
くれぐれも慎重にしなければならない」という意味でしょう。

続けて「史記」はいっています。
「道理ではどうにもならないのが、性の問題である。夫婦の情愛はなんと
強いものではないか。主君も臣下からこれを取り上げることは出来ない。
親も子のそれを妨げることは出来ない」と。

「史記」に限らず、中国の古典は男女関係の倫理はきわめて重視し、
一種の哲学にまで深め、いろいろ学ばせてくれます。

私は3年前に脳梗塞で倒れてから、毎日の無聊を慰めるため古代中国の
歴史ものを読みふけりました。

古代王朝の興亡に際しては、よいにつけ、悪いにつけ、必ず女性が出て
きます。

伝説上の王朝、夏(か)ですが、この王朝を興した禹(う)の后の僑(きょう)
が、内助の功をつくし建国に大きく寄与しました。
この夏王朝を滅亡させたのは、最後の天子の桀(けつ)が盲愛した女性の
末喜(ばっき)のせいでした。

次の王朝の殷(いん)帝国の始祖、契(せつ)の母親は、川で水浴をしている
所へ燕が飛んできて卵を落としました。
これを飲んで契を身ごもったそうです。

この殷が滅んだのは暴君紂(ちゅう)のせいですが、彼は愛人姐己(だっき)
の言うがまま、酒の池で裸の女を遊ばせたり、肉の林をつくり(酒池肉林)、
毎日どんちゃん騒ぎの宴会を続けたり、油を塗った銅の柱を火の上に
渡し、囚人にこの上を歩かせて殺す「炮烙(ほうらく)の刑」を設けるなど
悪虐の限りを尽くし、次の王朝、周の武王に討たれました。

周は、前八世紀、幽王の代に内乱が起きて王は殺されるが、その原因は
褒姒(ほうじ)という全く笑わない美女を悪戯で無理に笑わせたことに
ありました。(この話は、狼少年の女性版です)

国の創業と没落とに、それぞれ女性が登場し、重要な役割を果たすと
いうのは、本当に何か教訓的ですね。
栄えるも滅びるも女次第、まさに“慎マザルベケンヤ”じゃないですか。

中国には、歴史に影響を与えた女性といえば、ちょっと思い浮かべる
だけでも、悲劇の英雄、項羽と一緒に死んだ古代中国のヒロインである
虞美人。玄宗皇帝の絶世の美女、楊貴妃。清朝最後の女帝、西太后。
どちらかといえば、マイナス・イメージの女性が多いですね。

中国古代の詩集「詩経」に「哲夫は城をなし、哲婦は城を傾く」という句が
あります。(利口な男は城を造り、利口な女は城を滅ばす)
「傾城」という言葉の出所です。

その点、日本では古くは光明皇后、紫式部、清少納言、小野小町、
新しくは、樋口一葉など知性にとんだ才女ばかりですね。
中には、大奥で権勢を仕切った春日局のような女傑もいましたが。

日本では戦後、女性の社会進出は目を見張るものがあります。
先回の総選挙でも、たくさんの女性議員が誕生しました。
21世紀は女性の時代。女性の底力はあなどれませんよ。
私は、昔から女性を敬愛してやみません。

中高年の皆さん、元気を出して一緒に歩きませんか。
先輩の皆さん、ご指導ください。

では、また。
ヒロ亀田。

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Posted by cosmotrek1 at 07:34Comments(16)TrackBack(0)

人間、塞翁が馬  第95号

こんにちは。

ヒロ亀田です。

人間長いこと生きていると善いことや悪いことがいろいろありました。
金銭的にも儲かって笑いが止まらない時期があるかと思えば、借金で
地獄の憂き目を味わった時もあります。

福は禍となり,禍は福となる。
有為転変の世の中、どう変わるかわかりません。

「人間、万事塞翁が馬」という寓話を思い出します。
有名な話なので、殆どの方はご存知かと思いますが、この話は、
紀元前二世紀に書かれた「准南子(えなんじ)」という本にでています。

昔中国の北の国境近くに、老人が住んでいました。
飼っていた馬が逃げたので、人が慰めると老人は言いました。
「いや、結構なことじゃて」
何ヶ月かたち、逃げた馬が駿馬を連れて帰ってきました。
人々が祝うと、老人は言いました。
「いや、困ったことじゃて」
老人の家は良馬が増えてきました。
息子は乗馬好きになったが、ある時落馬し、びっこになってしまいました。
人々が慰めると、老人は言いました。
「いや、結構なことじゃて」
一年後、隣の国の大軍が攻め込んできました。
若い者は戦争に狩り出され、十人に九人は戦死しました。
息子はびっこのため徴兵をまぬかれ、一家は無事でした。

この世には、すべてについて、「絶対」ということはなく、物事には
必ず両面があるものです。

善と悪、美と醜、有と無、難と易、長と短、高と低など、これらの
対立する概念は、あくまで相対的な区別に過ぎません。

この世界はそれらがお互いに関連し合い、限定し会い、転化し合って、
調和しているのです。

三千年年以上の歴史を持ち、中国の春秋戦国時代に書かれた「易経」と
言う人生哲学の占い本があります。

これはあらゆる事象を陰と陽の組み合わせで人生を考え、占おうと
しています。

例えば、オール陽を表す乾為天(けんいてん)という卦がありますが、
説明を見ると「飛龍、天にあり」とありますが、よろこんでばかりは
いられません。読み進んでいくと、「亢竜(こうりゅう)、悔いあり」と
あります。「亢竜」とは、一番高いところまで昇りつめた竜です。

昇りつめた竜は、あとは下るしかないことになります。
平家の盛者必衰と共通するものがあります。

陽は絶対に陽、陰は絶対に陰というのではなく、相互に転化するのです。
私たちは、とかく、ある一面だけを見たり、あるいはあるものを絶対と
思い込みがちですが、ものごとには二面性があるといいたいのです。

原則性と柔軟性についても、これと同じことがいえます。
原則だけにとらわれて、柔軟性を欠いたら、硬直してしまい、目的を
遂げることができません。

そこで、現実においては柔軟な姿勢をとります。といって、柔軟ばかり
であったら、現実に押し流され、どこまでいってしまうかわかりません。

そこで、たえず原則という物差しで点検し、軌道を修正しなければなら
ないのです。
では、原則性と柔軟性をどう使い分けたらいいのでしょうか。
それは、原則に反しない限り、柔軟に徹するという行き方です。
肝心なことだけはキチンとし、どうでもいいことは放っておくのです。

昔読んだ毛沢東の「実践論」か「矛盾論」に「世の中のことは複雑で、
いろいろな面の要因によってきまる。問題は、一面からだけ見るので
なく、いろいろな面から見なければならない」と書いてあったように
思います。

だから調子のいいときは、奢らずその幸運に感謝し、苦しいときには、
必ず良くなると信じ、守護の神霊に感謝しながら精進することです。

中高年の皆さん、一緒に歩きませんか。
先輩の皆さん、ご指導ください。

では、また。
ヒロ亀田

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Posted by cosmotrek1 at 06:11Comments(25)TrackBack(0)

情熱    第94号

こんにちは。

ヒロ亀田です。

若いころ、アメリカ系の航空会社時代、私はいわゆる仕事人間でした。
営業畑でしたので夜討ち朝駆けで頑張りました。
お陰で異例の出世もしました。

その当時の好きな言葉は“Enthusiasm”でした。
(エンスージアズム 熱情、熱中、意気込み)

人が行動するとき、エンスージアズムをもってやる場合と、そうでない
場合では、全く結果がちがいます。

上司から命ぜられて仕方なしてやる行動と、自分なりの目標に向かって
エンスージアズムを燃やしてやる行動では、まったく違った力を発揮
します。

仕事に熱中していると、かかってくる電話が誰からの者かも見当がつく
ほど、直感が働くというか、神経も鋭敏になって自分でも不思議だなと
思ったことがあります。

いえることは、エンスージアズムと行動はお互いに刺激し合って、
その力を高めていくのだということです。

ただ単に情熱を持っただけで行動を起こさなければ、やがてその情熱も
萎んでしまいます。

いつか前の晩に徹夜で飲み明かし、思うように行動できないときには
仕事の意欲も衰え、非常な挫折感にさいなまれたことがありました。

エンスージアズムと行動は、相互に刺激して初めて好成績を加速させる
ものだと再認識しました。

なんとなく気持ちが衰えがちで、自信がなくなっていく、というような時
は、ともかく行動してみることで、自分の気持ちを燃え立たせるという
ようなこともいいでしょう。

世に成功者といわれる人は、この自分のエンスージアズムと行動の
コントロールと加速を上手く行っています。

「出来るか出来ぬか分からないときは、出来ると思って努力せよ」と
いわれます。
確かに「出来る」と思って行動することで、ますます自分の
エンスージアズムは加速されてくるものです。

しかも人間というものは不思議なもので、このエンスージアズムが
加速されて勢いが付いてくると、自分ではおもってもみないような
自分の潜在能力を引き出すことが出来ます。

そして「出来るか出来ないか分からない」と思っていたものが、案外
簡単に出来るようになったことがあります。

エンスージアズムと行動をお互いにスパークさせていきましょう。

中高年の皆さん、元気を出して一緒に歩きませんか。
先輩の皆さん、ご指導ください。

では、また。
ヒロ亀田

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Posted by cosmotrek1 at 06:39Comments(26)TrackBack(0)

自己想念観察   第93号

こんにちは。

ヒロ亀田です。

以前、ニューエイジ(新時代の思考法)や精神世界にはまっていたことが
ありました。
バブル崩壊後、会社運営で資金ショートのため国民金融公庫や緊急の
場合サラ金からも借金を重ね危機的な状況にありました。

それで指導者に個人セッション(面接指導)を受けた時、借金重圧の
気持ちから脱するにはどうすればとの質問に、”借りた金を返せないのが
なぜ悪いのか”という答えに何故か気持ちが吹っ切れ、楽になりました。

その時、自己想念観察をするように勧められました。
あくる日から早速、観察日記なるものをつけました。
7年前のことです。ある日の観察日記をご紹介します。

1998年2月14日(土)(うす曇り)
今日も朝からサラ金より請求の電話がかかってくる。
うるさいので出ずにいると執拗に切れ目なくベルの音が続く。
借金のことで頭を悩ますことはないと分かっていてもなかなかこの
重圧感を心から追い出すことが難しい。

もう支払いはしなくてもよいと思うなら、本人が電話に出たら
よさそうなものなのに積極的に出ないのは、やはり逃げなのかと
迷う。
支払いを全く気にしないようになるには、どういう風に意識を
向けたらよいのか。

全く気にしない状態と意図して無視することには大きな違いがある
のではないか。

時が解決してくれると人はいう。
「時」は「解き」なりか。

サラ金の問題は、現在の私にとって想念観察と意識の向け方の
練習問題なのかも知れない。
この問題が解ければ、他の問題も解決できるのかも知れない。

嫌なこと、不愉快なこと、見たくないこと、聞きたくないことなど
触れたくないことから逃避する性向の自分がまだある。
それらから目を逸らさず、じっと直視する勇気を持とう。

周りに現れている現実と見えるものは、すべて幻像に過ぎない
のだから、苦しいことに直面しても、目をつぶって自分の悩みのない
楽しく幸せな姿をイメージして前進しよう。

自分に起こる現象(出来事)のレベルを高めたいのなら、自分の意識
とイメージを高めればよいのだ。
(あとは省略)

神様はいろいろな体験をさせてくれるものです。
何故あの時はあんなに苦しかったのか不思議なくらいです。
借金問題もいつの間にか解決しました。
お陰様で現在は、何の不安感もなく孫に囲まれて幸せな毎日を
送っています。
失敗したことや様々な体験が今の私を作っていることを思えば、
守護霊さん、守護神さんに感謝をせざるを得ません。

中高年の皆さん、元気を出して一緒に歩きませんか。
先輩の皆さん、ご指導ください。

では、また。
ヒロ亀田

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Posted by cosmotrek1 at 03:53Comments(22)TrackBack(0)