2011年08月

2011年08月25日

時は流れて〜

久しぶりに 『 着物を沢山収納できる箪笥 』 を作ることになったのは7月初めでした。
月末には納品できるように・・と 仕事を進めましたが、お客様のご都合で納品は1ヶ月伸びて
しまい 一昨日、ようやく東京へ納品に行ってきました。

嬉染居
でも、そのおかげもあって 京都の藍染屋(嬉染居)さんの
スパイラル出店初日に お邪魔することができました。 
毎年、この時期に開催される東京出店ですが なかなかタイミングが合わず、最後の打ち上げだけ参加させてもらったことも・・

お客様の邪魔にならないように(?) 立ち話は盛り上がり、
今年の藍甕の状態がイマイチ・・ みたいな話では モノづくりをする人間の日々の苦労や 気持ちの持ち様が痛いほどわかり
良い刺激になりました。

話ばかりしていて写真を撮り忘れたので これは京都のお店



私の働いていた街(青山)は めまぐるしく変化していて 最初に通勤していた20歳の頃から
続いている店も 随分減ってしまい、新しくできたビルも 次に見る時にはテナントがガラリと
入れ替えられていたり、ビルの持ち主が替わってしまうことも 珍しくありません。  
戦っているんだな〜 と感じさせられます。


夕方はいつもの焼鳥屋(鳥平)へ・・
ここの開店は午後4時半。   カウンターだけの小さなお店で 7時半頃にはガラスの
ショーケースに詰め込まれた串が完売してしまう。
2年前には 東京出店が終わった嬉染居さんを誘ったこともあったので、彼は 『行きたいなぁ〜』
と悔しがったけれど、8時まで仕事の人を待つわけにはいかない(笑)

三軒茶屋の駅からR246を 狭い歩道に行き交う自転車を避けながら下ると 小さな店に対して
驚く程大きくボロボロの赤提灯が見えてくる。
新潟に帰ってきてからは 年に1〜2度顔を出すのが精一杯だったけど、縄暖簾から少し中を
覗き、店の親父とママさんが揃っているのを確認してから ガラッと勢い良く引き戸を開ける。

『 こんばんわー! 』   『 おぉ フジイ! 』  『 あらフジイさん、いらっしゃーい 』
もう四半世紀も変わらず この挨拶。
お店の蓮向かいに住んでいた頃は 呆れられる程通った。
遅い時間に行くと 『 もう今日は終わり〜 なぁ〜んにもないよ 』
でも私は ショーケースの端っこに 必ず少しだけ肉の欠片が取ってあることを知っている(笑)
それは親父の愛犬のためのものなんだけど・・

ネギ、シイタケ、ししとう等の野菜の串(これがまた美味しい) の残りを全部と ママのぬか漬け
そして 『 コレ! 』 と、その肉を注文する。
『 オマエ〜  うちの犬が痩せちまうよ!! 』 と言いながら その肉をササッと串に刺して
焼き台に乗せながら 刺身用のササミも焙ってくれたりする。
レバー と ウズラ(卵) だけはタレ。  あとは黙っていても塩で焼いてくれる。

そんな 何時行っても変わらないはずの場所が・・

最近は 親父も歳をとってきたので 『 やってるかなぁ? 』  『 やってるよねぇ? 』 と
話しながら歩く。   50m程手前で 赤提灯が点いていて ホッとするのだが・・
『 ねぇ 赤提灯が見えないよ 』  『 えぇ〜? ボロすぎるから外したんじゃない? 』

鳥平閉店でも、今回は本当になかった。 赤提灯ばかりでなく、看板も
外され、引き戸もドアに交換されていた。
引き戸の横にあった小さな窓に 閉店を知らせる張り紙だけが
あり、私達はしばらく そこから動けなかった。

私が新潟で新しい生活を始めてから 親父は 
『 俺もカラダが動くうちに店閉めて、田舎で犬と暮らしたいよ 』 と言っていたので、いつかは店がなくなるのだとは思っていたけど こんな風に終わりを知るとは・・

親父の自宅連絡先は 家に置いてある大きな住所録でしかわからないので 私達はうな垂れながら三軒茶屋まで戻り、友達が行ってみたいと言っていた別の焼鳥屋に入った。




さすがに友達が気になっていた店だけあって、入っていくのを躊躇してしまうほど個性の強い
その店は 常連客で溢れかえり、私達が上げられた(そこしか空いてなかった)小上がりは 
超常連の場所らしく 小さなテーブルで バッグを膝の上に乗せたまま飲んでいる他の客達が
チラチラと私達を見た。

そんな店には その店の注文の仕方ってものがあるものだけど、私達には分からない。
生ビールは置いてないようなので とりあえず瓶ビールを注文し 次に壁に貼られた焼きネタを
どんどん頼んだ。  愛想笑いを全くしない店のお兄さんが 『20本ですよ!』 と聞き返した。
一人10本(10種類)・・  何故聞き返したの? とばかりに 『 はい、後はまた頼みますので 』

『 鳥平 閉店 』 のショックを引きずりながら しばらく店の様子を観察し お通しに出された
大根と人参をポリポリやりながらビールを飲んだ。
20分くらい経った時、銀メッキの楕円皿に山盛りにされた串が 目の前に置かれ、狭いテーブル席の客達が 『 おおぉ〜 』 と声を上げ 私達のテーブルは注目された。

『 一度に出てくるんだね・・ 』 と小さな声で確認しあい(笑)  周りの視線を振り払うように串に
手を伸ばした。    ( 鳥平では お客の食べるペースを見ながら 順番に焼いてくれるので・・ )
 同じ小上がりに居た超常連であろう叔父さんたちに 『 すごいね 』 と言われたが、ニッコリ
笑って 『 美味しいですね 』 と言った。   ホントに美味しかった。
鳥平とは違う焼き方、違う雰囲気、違う美味しさだった。




私達の生活は変わらないようでいて 確実に変化しているもので・・  特に私なんかは ある時
突然バキッと方向を変えてしまったりするので 他人のそれをどちらかと言えば 楽しんで見ている方なのだが、今回はかなりショックだった。  

なんだか自分が新潟へ帰ってきた時のことも思い返したりもした。
引っ越してしまってから連絡をした友達も多かったなぁ〜  と。

ネット検索してみて ある方のブログから 鳥平の閉店が4月半ばだったことや、親父が今も
元気で 二代目愛犬(黒ラブ) と 黒いランクルを大切にしていること、 
『 店を そっと終わらせたかった 』 ということ等が分かった。

時間と共に 親父の第三の人生(第二が焼鳥屋への転身だったから)が どんな風か?  
少し楽しみにもなってきた。
最後の数年は目を悪くして お店を娘さんに任せていたママさんをランクルに乗せて、
もちろん愛犬も連れて・・   新潟へ遊びに来ないかと誘ってみようと思う。


なんだか 全くまとまらなくなってしまいましたが、この他にもイロイロと・・  
時間が経過したことを痛感した3日間でした。
私も次の自分を楽しみに、進んでいきたいと思います。



cotan3 at 10:56|PermalinkComments(1)TrackBack(0) おでかけ 

2011年08月17日

夏野菜を食す

うちのゴーヤチャンプルーは 豆腐なし! 味噌味! 冷蔵庫の残り野菜も時々入る!
あまり大きくならないうちに収穫するので、サイズ的にはM・・のものを使いますが、
1回の食事で完食することもある(笑)
友人が来た時には 豆腐で増量、大きめのゴーヤ。

今日のお昼は オクラ納豆とキュウリの漬物を追加して、ごはんがすすむ。
食べることは大事、美味しく食べられることは有難い。
シッカリ食べて、楽しく働く、汗も沢山かく。

今日も元気だ!!!

ゴーヤチャンプル



因みに 今夜はピーマンとバジルをたっぷり使ったガッパオ。
実は昨日 スーパーで買った鶏(ムネ)挽肉を置いてきてしまい  ( p_q)エ-ン
カゴからバックに移す時、一番上に乗せようと カゴの向こう側に置いたことは覚えているんだけど
肉がないことに気付いたのは 今日になってから・・

あ〜〜 情けない。   元気だけど、歳は確実にとっているようだ  ( ̄▽ ̄;)!!


cotan3 at 13:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 食べ物 

2011年08月12日

祈りを込めて

長岡花火2011 

震災から5ヶ月が経った昨日、午後7時 同時刻に被災地各所で追悼と復興への
祈りを込めた花火が打ち上げられたようです。

ここ長岡市で 毎年たくさんの観光客を集める長岡花火も、そもそもは終戦の翌年に 復興を
祈願して打ち上げられたのが 始まりです。    小さい頃から そんな話を聞かされながらも 
ピンとこぬまま ただただ規模の大きさに魅せられていた気がしますが・・    
2004年の 『 中越大震災 』 の翌年に 震災から立ち上がろう! と フェニックス(写真)が 
打ち上げられた時には 初めて花火の持つチカラを 感じたような気がします。

昨夜の花火が 震災で亡くなった方々の御霊を慰め、被災者の方たちの気持ちを癒し、これから
復興を支えていく若い方のチカラになって欲しい・・ と願わずにいられません。
そして私自身も この気持ちをずっとずっと持ち続け、小さくても長い支援を続けていこうと思います。


今、学生時代の友人が病床にあり 最後の闘いをしています。
発病時から 病名(大腸癌)を公表し、治療の内容、気持ちの浮き沈み、家族とのこと等 そのままをブログに綴ってきた彼女は 癌患者であることを疑ってしまうほど ポジティブでパワフルで、
抗がん剤治療をしながらも 新しい仕事にどんどん取り組む姿勢は 少し呆れてしまうほど(笑)
『 これは 癌の方が負けるな 』 と、私は確信していました。

様々な治療を試みましたが 彼女のお腹に残された癌細胞は小さくなることはなく・・  最近では 
彼女もそれを受け入れつつモチベーションを保ちながら 精一杯の毎日を送っているようでした。
『 あんたのパワーに負けないなんて、敵も なかなかしぶといねぇ 』 とメールを送ったら
『 かなりのモンだよ、お陰様で随分勉強できたよ 』   『 でも まだまだ勉強したいこともあるし・・  娘たちに負けないように 』  という返信がありました。

そう、彼女にはまだ小学生の娘が2人居ます。 お母さんは家に居て当たり前(私はそうでした) 
のはずが ここ数年間は 彼女の入院、闘病と共に 生活しているのです。
可哀そう・・  確かにそういう気持ちはあるけれど、きっと娘たちは母親の生き様を見て、人との係わり方を見て 強く逞しく成長しているのだと思います。

被災地にも 何の前ぶれもなく 身内を津波にもぎ取られてしまった子供達が たくさんいます。
どちらが可哀想とかって話ではなく、早くにそういえう辛い経験することだって 有り得るわけです。
何事もなく平穏に暮らしていられることは 当たり前ではなく 感謝すべきことなんですね。
( 私は 何事もなく呑気に暮らしてきたクチなので 今まであまり考えてもみませんでしたが )

人生には いろんなことがやってきて、人はそれを乗り越えて・・   
中には 辛いからと人生を放棄してしまう人もいて・・

そんなことが自分の近くに起こると 辛く、悲しく、うろたえるけれど やっぱりそれも受け入れて
乗り越えていかなければいけないのだと、つくづく考えさせられる夏になりました。
困難がないから幸せなわけではなく、長く生きたから幸せなわけでもなく・・
どう生きたか、どんなふうに人と係わったか、そんなことが大切な気がします。

彼女は 今まで係わってきた沢山の人たちの祈りをパワーにかえて 最後の闘いをしています。
彼女の体力が落ちてしまった分、強い祈りを送ります。



 

cotan3 at 08:17|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2011年08月05日

ハナ・ハナ・ハナ・・

オクラの花

今朝は オクラの花を撮ることができました ヾ(=^▽^=)ノ

茄子の花 
隣の畝のナスの花も パチリ
 
野菜の花って ホントにキレイです。
数時間で萎んでしまい、実を作る準備を始めます。
迷いがなくて イイなぁ〜  いさぎよくて。

 左助のハナそして 左助のハナ・・ (笑)

いつも笑かしてくれます。

手伝いはしてくれませんが、
笑かしてくれます。


cotan3 at 07:20|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日常生活 

2011年08月01日

産まれた

産まれた


大雨の降り出した先週、網戸にとまったセミが 全く鳴かないのが気になりました。
大変な日に産まれてしまって・・  一声も出さずに死んでしまうのか? と心配しましたが
雨の上がった30日の午後、元気に飛び立ちました。

オクラ林今朝もあちこちで 産まれ立てのセミが・・ 
うちの畑でも1匹 
元気に鳴いて欲しいものです。


ようやくオクラが 採れ始めましたよ。

ネバネバで シャクシャクで 大好きなオクラですが
一番好きなのは 花です。
咲くのは一瞬、あっという間に萎んでしまいますが
タイミング良く撮ることができたら ご紹介したいと思います。

cotan3 at 07:28|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 日常生活