2011年04月12日

石巻へ

石巻

週末、ありんこ支援隊に同行させていただき 石巻へ行ってきました。
この1ヶ月 毎日被災地の悲惨な映像を見ていたし、実際現地に足を運んでいる友人からも沢山の話を聞いてはいましたが、自分自身が現地に入り その場に立ってみると お腹の底から震えがくるようでした。
石巻市内は道路にも建物にも 津波の大きな爪痕は残っていますが、泥は片付けられ 自衛隊や復旧作業のため全国から入ってきている作業車が多く見られました。

土曜日は牡鹿半島に点在する小さな避難所に支援物資をお届けしたのですが、山道を走り
海が見えてきたな・・ と思うと瓦礫の散乱した漁村がある。
ようやく片付けたと思われるガタガタの道を進み 道が登りになるとまた数キロ続く山道、そして
また同じような瓦礫の街・・  それがずっと続くのです。
半島の各処々にこのような現状があり、その何十倍、何百倍もの被災地が この太平洋沿岸に
広がっているのだと思うと、愕然としてしまうのでした。

長観寺日曜日は北上川河口の十三浜で避難所となっている長観寺へ。
ここでは このお寺以外 全てのものが流され何も残されていませんでした。
街の避難所となっていた施設( ↑ 写真左上) へ逃げ込んだ方は全員亡くなられたそうです。
お寺へ続く道の周りには かつて建っていた家々の基礎部分だけが残り、確かにここに街があったと証明していますが、この瓦礫の中で その姿を想像すると また震えがきました。

ここには沢山のお年寄りの方が避難されていて、この急な階段をどんなふうに逃げ登ったのでしょう?  
『 近所の顔見知りが 流されていって・・ 』  『 次の日、明るくなったら 遺体がいっぱいだったの 』  その日のことを淡々と語る おばあちゃん達の話に マスクの下で歯を食いしばりました。  
そうしていないと涙が溢れてきそうでした。  そんなことが何度もありました。

でも、どの避難所にもリーダーとなる しっかりとした方が居て、皆さんをまとめているのがわかりました。 ご自分達で作った仮設のトイレや ドラム缶を使った五右衛門風呂、洗濯物の干し場 
その生活の場が整然と片付けられゴミなど落ちていないのです。
皆さん疲れてはいるのでしょうが、努めて明るく淡々と この状況を受け止めようとしているように見えます。

現地で被災者の支援をされている方々の明るさ、ご自分達のお家も大変な状況なのに 他の人のために行動しようという強さにも 感心するばかり・・   私が現地に行くことは 何かの役に立つんだろうか? と考えたこともありましたが、何でも、どんな小さな仕事でもやるんだ! という気持ちであれば いくらでもできることはあると思います。

帰ってきて洗濯機を回しながらお風呂に浸かった時、有難いような 申し訳ないような気持ちになり、被災地の方が 一日も早く この普通の生活に戻らなくてはいけないと強く思いました。

cotan3 at 08:54│Comments(5)TrackBack(0) 東日本大震災 

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この記事へのコメント

1. Posted by よしみ   2011年04月20日 02:46
おつかれさまでした。
2. Posted by コタン   2011年04月20日 08:50
あぁぁ〜〜  またこんな夜中に!!
できるだけ明るい時間に仕事して、夜は寝てください!
・・・と、職人の意見でした(笑)

よしみサン のご実家は大丈夫ですか?
3. Posted by よしみ   2011年04月20日 15:47
茨城もこっち寄りのほうなので、東京と似たり寄ったりの状況みたいです。
&昔の新潟地震体験者だからね
「あの時のほうがもっと揺れたわ〜」言ってます。

うちは
チャリティヨガ開いたり、
不要チャリンコを集めて整備して被災地に送る手配をしたり、
てなかんじで
できること少しですがやってみています。
4. Posted by コタン   2011年04月22日 08:15
ブログチェックしてますよ〜 
5. Posted by よしみ   2011年04月22日 09:31
どーも

ツイッタも最近はじめましたよ〜

yoshimikimura

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