2006年10月01日

over

私事ですが、昨今はPSU・ファンタシースターユニバースを中心とした生活を行っておるのですが、ここ2週間我が家のADSLモデムが思いっきり調子悪い。気が付くと回線落ちてるし、何度再起動してもフリーズするし……。前時代のTVみたいに何度もスイッチ入れたり、叩いたりして騙し騙し使ってます。

考えてみれば、ADSLにしてから5年以上。ほぼ休む事無く私に「生きていく上で全く必要の無い知識」を与え続けたモデムさん。今となれば、「ブログ!」「フリッパーズシップ」での時間や、累計3000時間に及ぶネットゲームも、数え上げりゃキリがありません。丸2年くらい電源入れっぱなしにしてた事もあったのだから、故障の一つを責めても、元気なモデムは戻ってきません。

今週中には修理に出します。レンタルだから工場で生まれ変わって帰ってくるかもしれません。

まず間違いなく、我が家の電化製品で一番頑張ってくれたADSLモデムには、ベストオブ家電賞を送り付けたいと思います。

2006年09月16日

P3 PERSONA3 その2

何はともあれP3は音楽が熱い。個人的に女神シリーズの音楽はあまり記憶に残ってないんですが、今回のBGMは耳に残る音楽ばかりです。
POPというかスタイリッシュというか…音楽のジャンルを表現する語彙を持ち合わせていない事が残念ですが、垢抜けたテイストとでも言いましょうか。ボーカル曲が普通のゲームではありえないくらい豊富。P3は同じ場所で同じ様な事を長時間繰り返すゲームですから、音楽に飽きると作業感が増幅して疲れやすくなるんですが、そんな気分は露ほども感じませんでした。

通常戦闘曲「Mass Destruction」の理屈抜きのパッション、戦闘のテンションも上がる。気分が乗る。どこか遊び気分で世界を救う感覚がそのまま音楽になってる。市街地で流れる「When The Moon's Reaching Out Stars」はまさに「街」って感じ。名作サウンドノベル「街」の雰囲気にも通じるし、その舞台である「渋谷」で味わう空気にも似てる。渋谷のごった煮具合がピッタリくる。ペルソナで御馴染みのベルベットルームBGM「全ての人の魂の詩」は勿論収録。イントロこそ違うけど「あーああーあー」のヴォーカルを聞いた時に震えた血液のビート。2学期になると学園BGMは「Changing Seasons」に変更。この曲は高校時代を嫌でも思い出させてくれる。名曲。
(…音楽の文章化は難しいんです。食べ物の文章化と並ぶくらい難しいんです。ただでさえ拙いモノがえらい事になってます。伝わってください…。)

他にもお気に入りは多数。サントラはヘビーローテーションです。ゲームサントラでは「塊フォルテッシモ魂」以来の代物です。

そして物語が終盤を迎えた時、BGMに劇的な変化が訪れるんですが…。それは一先ず置いておきます。



ストーリーについて。

彼ら特別課外活動部の1年間は、実に様々な出来事に彩られていきます。出会いもあれば別れもあり、失望もあれば困惑もあります。そんな中で彼らは「成長」していきます。

とはいえ彼らの1年間は、イベントの連続ではないのです。というか実は何もない日がほとんど。「タルタロスに登る」「満月の夜に現れる大型シャドウを消滅させる」2つの目的こそありますが、学校に行って、友達と遊んで、寮に戻って、寝る、ような本当にごく普通の日常がほとんどだったりします。過去のアトラス作品に比べて、難易度は低めです。

勿論、「敵の先制を受けました!」→即死魔法→主人公死亡→ゲームオーバー、の伝統的な流れは継承してますが、今作から導入された即死回避アイテムのお陰でかなり難易度が下がってます。とはいえ歯ごたえは失ってません。

普通にやっていれば、ゲーム内時間で1月の間に2週間は暇な時間が出来ます。その暇な時間が、P3の面白い時間。この退屈な時間があるからこそ、P3という物語は成立するんです。「なんか何してたか思い出せないんだがもう1月経ってんのか」という時間の積み重ねが現実的で、その現実的な要素が全てEDに向けての伏線になっている。この部分がなく攻略する事でシナリオを進める一般的なRPGだったら、私はEDで泣かなかったと思います。
一般的にP3の不満な部分は、「中盤から同じ事の繰り返しで飽きる」だと聞いてます。でもこの話は繰り返しだからいいんです。もしこのテキストを読んでる人の中で、繰り返しだからP3やめた人がいたら、思い直してやり直してみてください。


ここからはネタバレになります。
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2006年09月06日

「P3 PERSONA3」

ペルソナシリーズは(罪はともかく)自分の身体から現れる未知の能力に目覚めた高校生が活躍するRPG。ペルソナとは何なのかを文字だけで具体的に表現するのは結構難しい。まぁ身も蓋もない言い方をすれば「スタンド使い」そのまんまであり、スタンドみたいな感じで女神転生で御馴染みの悪魔達を宿すと言った感覚か。

女神シリーズは仲魔同士の合体でパーティーを強化していくので、どうしても思い入れの強い仲魔を切り捨ててゆく無常な形になるのだが、このペルソナという概念を使う事で、合体の面白さと本体であるキャラクターに対する思い入れを両立させている。ジョジョからヒントを得たとはいえ、なんとも秀逸なアイデアだと思う。


ペルソナシリーズの魅力といえば、「青臭さ」と「リアリティ」。どんなに青臭い事言っても素直に受け止められるような土壌が、本作でもしっかり作られてました。「リアリティ」ってのはそんなに大げさな意味ではなくて…例にするなら順平の「テレッテッテー」。
仲間の一人順平がレベルアップした時に「テレッテッテー。順平はレベルアップー。」と自分で効果音付けて言うんだけど、ここに物凄いリアリティを感じるのです。
例えばもし自分がペルソナ使いになって、世界を救う為戦う事になったらと仮定。自分のレベルが上がったらドラクエなりFFの効果音と一緒に自己アピールしたくなるでしょ?少なくとも仲間内で一人くらいはやりそうな奴いるでしょ?そう思えば凄くリアリティ感じるセリフだと思います。テレッテッテー。ちなみに順平は、ついつい自分がペルソナ使いである事を気になる女の子に喋ってしまったり、自分の力及ばない場面に対して、ソツなくこなす主人公にヤツ当たりしたりと、実に人間臭くて私は大好きです。
リアリティを感じつつも女性型戦闘用アンドロイドのペルソナ使いや、神社の忠犬がペルソナ使いが現れてきて、トンデモRPGの側面も持ち合わせる。これもまた面白。このごった煮が成立してる理由はよく分からないけど、些細な演出が積み重なって生まれた効果か、仲間や街の人から出てくる膨大なテキスト量のお陰か。



今回は今までと違って、1日1日をゆっくり過ごしていくシュミレーションゲームみたいな構成です。昼間は学校に行ってパラメータ上げたり、友達とのコミュニティを育てたり「ときメモ」みたいな感じ。夜になると「影時間」と呼ばれる0時ちょうどから始まる、普通の人には認識できないが“適正”を持った人間とシャドウ(悪魔)が現れる時間が始まり、影時間が終わればまた日常が始まる。影時間中は「タルタロス」という自動生成型ダンジョンに向かってレベル上げとダンジョン攻略を行う。
影時間に行く日は自由。自分を含めたメンバーの体調等を参考に、自分のペースで攻略していく。満月の夜には必ずイベントが起こるので、そこに合わせてレベルを上げるように進めていくのが基本的な流れ。

このありそうでなかったシステムのお陰で、実に新鮮な感覚が楽しめる。毎日を1日づつ進める事で、色んな事が見えてくる。
満月になるとイベントが起こるという流れは、劇中でも明らかになっていくから、満月が近づくにつれて、自然と生まれる緊張感。時間は止まらないから、確実にソレがやってくるという恐怖。
仲間の中には、様々なきっかけで戦う意思を失ったりする。普通のRPGだったら、ある程度イベントを進めて復帰するんだけど、P3では時間が解決してくれるのを待つしかない。アイツまだ元気ねえか…と仲間と一緒になって心配してしまう。

あとこのシステムを導入した結果、物凄いインパクトを持ったイベントがありまして。
中盤にさしかかった頃、敵役のペルソナ使いも登場してきます。主人公達の目的は街で起こっている怪病を消す為に影時間を消す事。敵側は自分のアイデンティティーとも言えるペルソナが消える事を恐れ、主人公の前に立ちはばかります。もっとも敵側の主張は自己中心的なんですが……。
ストレガという敵役は言います。「貴方達はペルソナ使いになって、今までの退屈な日常から脱却し、今を楽しんでいるのでしょう?」と。
この発言も、もし自分が本当にペルソナ使いになったら、と仮定すればなかなか耳が痛いです。誰でもかめはめ波に憧れたように、特別な力を手に入れて悪の組織と戦いたいって願望は、(高校生だとアレですが)小学生くらいならあっても不思議じゃない願望だと思うのです。高校生になってからと少し遅めではありますが、そういう流れに自分が巻き込まれて、気の置けない仲間が増えていって……。楽しくないワケないんです。
だってこのゲームからタルタロスパートを削除したら楽しいワケないじゃない。まぁ十分すぎる程に個性的なクラスメイトや街の人に囲まれて、それなりには楽しそうなんだけど。実に味気ない日常が訪れる事は目に見えてるのです。仲間との出会いもなかったワケだし……。日常パートをしっかりと描く事で、日常の平凡な退屈さがプレイヤーにもしっかりと伝わって、その結果ストレガのセリフに深みが増してます。
劇中でも言葉に詰まる仲間達の様子が描かれていて、P3の裏テーマを垣間見た気がしました。


ペルソナの名を冠する上での基本要素は確かに周到し、RPGに新しい感覚を持ち込んだシステムが新鮮で、本当に個人的には傑作です。
まだ音楽とストーリーに触れていませんが、これ以上は長くなるのでまた次回。



ペルソナ3が面白かったので

3週間ばかし更新を怠ってナニをしてたかと聞かれれば、「ペルソナ3」やってました。

私は女神転生シリーズが大好きなんです。
中学生の頃、ドラクエ5が出たくらいか?細かい時期は覚えてないんですが、ともかく一度「ゲームに飽きた」時期があって。確かにゲームは面白いんだが、本当に面白いと思えるゲームってほとんどない。もっと言えば、友達と遊ぶ桃鉄やら聖剣伝説2やらは面白いんだけど、RPGを筆頭にした一人プレイ用ゲームに魅力を感じてなかったんです。

しかしそんな中で出会ったのが「真・女神転生2」
電撃スーパーファミコンの攻略記事を読んでて、なんか楽しそうだなって思ったのがきっかけです。中古1200円くらいで買ったのかな。

もうべらぼうに面白かった。話の半分も理解できなかったけど、たまにストーリーを思い返しては結構エグイ話だなと思い返し、歳を重ねる度にエグさが見えてきてくるのが面白い。いたずら妖精パック関連のシナリオは、今でも俺の礎です。
STEVENが大好きでした。あの存在感は他を寄せ付けません。彼の正体は一体なんだったんでしょうか……。私はまぁベタですが中島朱美説を推してます。PS版をやれば少しは違う側面が見えたんでしょうか。
仲魔を合体で強くさせていく……。今の子供達がポケモンを楽しむように、どっぷり楽しみました。とはいえ実際は禁断の人間合体で反則プレイです。ファクトリーでメタトロン作って、マグネタイトで泣いて、しばらくボディコニアン狩ってたのもいい思い出。センターで4時間迷子になりながらも投げ出さないで忍耐力を養いました。ロッポンギとかシンジュクとか、田舎者だったから名前しか知らない有名な都会がゲームになっている奇妙な感覚が心地よかった。

もっとも1番の理由は中学生らしい「みんながドラクエに夢中になってる中で女神転生にはまってる俺カッコエエ」という部分が大きいのかもしれません。普通は「洋楽」とかがその位置に当てはまるんでしょうが……。

「真・女神転生if...」は定価で発売日に購入。これが傑作だった為「女神転生」を冠するモノを全て追いかける事になります。

ifの進化系として「ペルソナ」が発表され、女神の外伝として「デビルサマナー」が既に存在していた時代。サターンかプレステか。真剣に悩んだ結果、ジュブナイルを選び……。ペルソナでATLUS信者に成り果てます。
そういう意味では女神転生に出会ってなければここまでゲームにはまってなかったろうし、そうなると今の自分はなかったかもしれないと思います。幸か不幸か別として。


そしてそのペルソナの3作目が発売されました。アバチュやライドウの微妙さと岡田・里見・金子がいないペルソナが心配でたまらなかったので、ゼノ3・かま3を先にやっておくことにしました。
正解でした。ペルソナ3やった後にゼノ3をクリアできた自信はありません。モノリスには悪いが、ゼノ3なんてペルソナ3の比較にもなりません。現時点でペルソナ3は個人的2006年ナンバー1ゲームになってますし、近年でも稀に見る程の傑作です。細かい不満もあるにせよ、ペルソナのノリが好きな人間なら確実に良作認定すると思います。岡田がいなくても、まだATLUSは終わらない。言葉ではなく心で理解できたよ兄貴。


そんな感じで久しぶりにゲーム尽くしの3週間。
功名が辻は録画だけして全く見てなかったし、ゲド戦記とか麻布祭りとか夜の動物園とかそれなりに外出もしたが記録はしてない。よく考えたらジョジョの話も一切してない。ARIAのコミックス揃えたが、かなり面白いぞコレ。るろうに剣心完全版の話もしていない。

色々話す事が溜まってます。PSUに本気出す前に、少し「ブログ!!」の更新に重点を置いてみようかと思います。

2006年08月15日

「かまいたちの夜×3 三日月島事件の真相」

スーパーファミコン版「かまいたちの夜」の発売は1994年。12年も前のゲームだっていうのに、SFC版の評価は高く色褪せない。2002年に「かまいたちの夜2」が発売され、そして今回完結編というべき「かまいたちの夜×3」が発売された。

2の批判は凄かった。本筋のわらべ歌篇はもとより、ほぼ全てのシナリオが「とりあえずグロい・暴力描写が濃い・救われないオチ」であった。読んでて気分が悪くなった。底蟲篇・陰陽篇・サイキック篇・妄想篇……どれもこれも眩暈がした。「少しくらい明るい話をくれ」と願った終盤に現れた「惨殺篇」を見た時、「かまいたちの夜」を履き違えてるなぁと失望した。一般公募作品を集めた「あなただけのかまいたちの夜2」にあった「宝探し篇」を読んだ時は、こーゆーの1つ入ってるだけで評価全然違ったんだけどなぁと思わずにいられなかった。
(実際「聖母篇」なんかは本当に面白かった。まだ読んでいない人は是非読んでみるといいですよ)

「かまいたちの夜」というネームバリューを失墜させた事に対し、なんとか一矢報いようとしたのかどうかは定かではないが、2の純粋な続編として登場した「かまいたちの夜×3」。
1で好評だったペンション編終盤(サバイバル編)の恐怖を周到し、更に新しい境地へ。という煽り文句だったが……。

1・2の主人公「透」主観視点とは異なり、同じ時間軸にいる複数の人物の視点を切り替え、選択肢を変える事で物語が変化し、結論に導くシステムになってます。
「街」じゃねえかと誰もが思うんですが、「街」の面白さは、同じ渋谷で同じ時間の中でも人によってこれだけ人生は異なっていて、そしてそれらの断片がほんの少しだけ繋がっている事で起こる運命のイタズラを体感できる事。それに対し「かま3」では、同じ物を見て違う事を考える人間の面白さが主軸になってます。プレイヤーとしても、この事件の全貌を明らかにするという確固たる目的があるので、「街」以上にパズルのピースを組み立てていく感覚が強くなっています。


で、以下は本当にネタバレです。金のしおり出現まで進んでる事前提で話を進めます。
サウンドノベルの性質上、この先を読んでしまうと、面白さは7割くらい減ります。

ご注意ください。






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