2006年06月14日

設計内容:水の教会 by 森本

設計の内容を水の教会とし、前回は安藤忠雄の「水の教会」の写真を並べた。
そこで私は、安藤忠雄の様に水を平面方向に使うのではなく垂直方向にして使いたいと述べたが(表参道ヒルズ内部写真の様に)、下の写真の様に水鏡を活用した設計も良いのではと思った。
これらは多摩センター、パルテノン多摩の写真である。

最初に考えたのは、天井の一部がガラスになっており、そこに水が流れている。そしてその水が牧師の後ろ側を流れ落ちる。天気の良い日には後ろの壁(ガラス)を空けて水のみの壁をつくる。水が外と中とをやさしく隔てる。

更に水鏡を利用して、例えばそこで結婚式を挙げる人の周りを神秘的な空間にしたいと考えている。

パルテノン多摩







パルテノン多摩2







パルテノン多摩奥






2006年06月07日

タトエバ 「ミチ」       by yoshihiro

ブルージュパビリオン







ブルージュ2






前回いっていたような都市におけるミチだとか交差点の隅切りなどのたまりというべき空間?

ミチなのに閉ざされて空間となっていたりたまれる空間になっていたり

見える空間ではあるけれど実際にはリアルな建築空間になっているわけではない空間

そこで

リアルな建築というものを考えてみた

今回は伊東豊雄のブルージュパビリオンを例にとって考えてみると

この建築はミチが建築の空間として成立しているように思えた


今後はもっと具体的にミチだとかたまりを建築化させた例をあげて

リアル建築をかんがえていきたいです

都市の中での「歩く」   サトウヒデアキ

ゆーほどう


都内にある遊歩道。

都市とは隔離されたオアシス的空間で、歩くことで癒しを感じることが出来る。



都市の中では、歩くという行為は単なる移動手段となっている。

しかし、実際都市を歩くと他の移動手段では気がつかないことが多々あると思う。

動きが遅いぶん感じることが多い。

それが歩くことの良さではないか。


ユビキタス技術が進歩した今では個人はコミュニティーを持ち歩いているし、
実際に集まってなんらかの行為をしているときもある。


歩く中で様々な人の行為と交わる、接することのなかでなにかを感じる

これが都市の中の遊歩道と言えるのではないか




“流動的な空間” by katekon

もえ〜03
先日 日曜の秋葉原を歩いた

平日とは明らかに違う雰囲気

万世橋から末広町駅まで延びる 

中央通りが歩行者天国となっているから


そこには『オタク』と呼ばれる人々が群がり

海外からの観光客 国内の観光客

ビジネスマン オフィスレディ

興味本位のワタクシ 

様々な人々が行きかっている


中央通りは元々『電気街』と呼ばれる電気屋群が集中している通り

しかしここ2年ほどで

休日になると『メイド』という

オタクの中でも特に『A-BOY』と呼ばれる人々にとっての

ある種の『憧れ』が生じる通りとなっている

もえ〜00
『メイド』が通りに出てくると

衝動的に『A-BOY』達はそこに群がる

そこは一般の(関心のない)通行者にとっては

避けて通る 邪魔な『カタマリ』



もえ〜02


この時 本来あった自由な動線の一流れが消え

新たな動線が生じる









『メイド』は一人ではない

複数人通りに出てくる


もえ〜01




オーラを放っている『メイド』には多くの『A-BOY』が群がり






もえ〜04




オーラをあまり感じぬ『メイド』には若干名の『A-BOY』が集まる






大小さまざまな『カタマリ』が通りに生じ

新たな『カタマリ』が生じる度に流れは途絶え 新たな動線が形成される


ある『目的』に衝動的に群がる 人

それを避けて通る 人

人によって 人の流れが流動的に変化する

これをうまく空間に落とし込めないだろうか

水の教会 by 森本

この空間都市研究において私が設計しようと思うものは、
『教会』である。
前回紹介した、水のみによってできる壁を、教会の設計に使えないかと考えた。
下の写真は、安藤忠雄の水の教会の写真であるが、あくまで参考である。
この様に、水を水平な面として使うのではなく、垂直な線として使いたいと思う。
図面はまだ考えていないが、教会内における、新郎新婦のための水のライン、
境界によってできた特別な空間を演出できればと思う。

水の教会1






水の教会2






水の教会3






水の教会4






水の教会5






水の教会6

2006年06月06日

若者の夢と区民 宗木綾子

zeroホール
私がよく利用する最寄りの図書館は、ZEROホールという、プラネタリウムや大・小ホール、音楽スタジオなどが複合する公共施設内にある。中野区地域の行事がよく行われ、多くの区民が学習活動拠点として利用する。




公園平面図










そこに隣接する公園や、本館の西館の間の通路は、ダンサーやお笑い芸人を夢見る若者の練習の場となっており、毎日多くの若者が汗を流している。



公園








練習風景











図書館に行く途中、私はこのような光景を見ていて、彼らがどんなことをしているのか立ち止まってじっくり見てみたい気持ちがあった。しかし、そこは雰囲気的に通りすがらなければならない。。。きっと同じ気持ちを持つ人はたくさんいるだろう。




注意書き
また、通路でダンスの練習をする若者に対し、「通行人の邪魔にならないように」との注意書きもあった。











若者の夢と区民が交流ができる空間をここに提案したい。




2006年05月31日

シテンノヘンカ          サカモトカズキ

公共空間おいての視点の変化がどういう意味を持つのかを考えてみました。

が、意味を考えててもよくわからなかったので、視点の変化が人の心理にどのような

影響を及ぼすのかを考察しました。

まず、自分が普段生活している場所を客観的に眺めることによる違和感を感じると思います。

それによって周りの環境を再認識することができます。

また、感情の増幅をさせることもあります。

例えば、ジェットコースターは普通都市郊外や地方にあることが多く、周りには広大な敷地

や自然が広がっています。

しかし、後楽園ラクーアのジェットコースターは完全に都心にあり、周りはビル郡であるため他のものとは違って地上からの景色が全く違います。

その違いがさらに恐さを増幅させる効果があります。

また、敷地と内容の関係がとても重要なので、これから考えていきたいと思います。


物質的性質から環境的性質へ byyuya


前回はシンボル一つでできる空間、場所
そしてそこに集まる
人にスポットを当てて考察した。

今回は、場所の価値や性質が変化する事に
より人が集まる
場所というものを考えてみる。

秋葉原の駅前には現在、高層ビル二棟が広場を囲むようにして
建ち上がっている。
その広場の上部には駅から一方のビルへの
移動手段として歩道橋が大きくて太い柱と共に
広場をまたぐ様に建っている。






akiba







akiba hasira








akiba hasira2










この、一見なんの変哲も無い柱が変わった
使われ方をしていたことに気付く。

平日に訪れるとガランとした空間が広がる
この広場が休日ともなると柱を背に
様々なストリートパフォーマンスを行っている
のである。
柱を目印にサイン会を開く人、
柱に但書きをし演奏する人、
柱を背景に写真撮影をする人 等々。

柱を目印に一つの場が作られていたのである。


ここで重要なのは環境のアフォーダンスが
はっきりと現れていることなのである。

本来、柱とは建物の床スラブや天井を支える
といった物質的性質をもっている。

しかし、このアキバのバにおいては柱は目印として使われたり、
小ブースとして使われたりと、
環境によって変化し、環境の中に実在する知覚者や使用者
にとって価値ある実像として存在する
環境的性質に変容しているのである。


時間、使われ方、によって場所の性質が
著しく変わる場の発見から次への模索を
また始めたい。



動線がつくるカタチ   シバヒロアキ

私は駐車場=直方体としない駐車場を作りたい。まず始めに、前回先生から聞いた
“隈ルーバー研吾”デザインの駐車場から。
        (群馬県 高崎駐車場)kumasn

まだ深くこの駐車場について調べていないので
パッと見でしか判断できないのですが、
ルーバーで壁面を透かしているものの、
四角い塊という風に見えてしまう。

ふと、駐車場=直方体を変えていきたいと思った。


これまで、駐車場が周りに与える影響だとか
周辺環境について色々調べてきたが、
今回は駐車場の機能の中の「動線について」

skip
スキップタイプ昇降用スロープを半階分ずつずらして、
互い違いに組み合わせたタイプ。
昇降用スロープを連続して走行する距離が短くてすみ、
ドライバーの受ける負担も軽く、
またパーキングスペースを見ながら移動するので、
空きスペースが見つけやすい。





flat
フラットタイプ各階の昇降用スロープを連結することにより、
上層階へ上がろうとする車の動線と駐車しようとする
車の動線を分離できるので、高い安全性を確保でる。
目的地に到着するまでの走行距離も短くてすみ、
入出庫が頻繁な駐車場向き。



いくらか調べたところ、この2パターンの配置がほとんどとなっている。
このパターンが駐車場フォルムの直方体化に繋がっているのだと考える。
そこで、新しい動線計画を練ることで今までにない形態にの駐車場ができ、
それが周辺へ与えるヴォリューム感での圧迫の緩和に繋がるのではないかと思う。

こどもスケール  アラマキナオコ

子どもの遊ぶ場所は昔と比べ減っている


場所がないというのもあるが、近年の犯罪の対象になるのではという親の心配や
習い事、テレビゲーム 塾など、子どもを取り巻く環境はオトナが提供したものの範囲内に置かれていることが問題でないか

地方には自然や動物、歩道やそれに準じたもの、共有の場所が点在する
 
都市の中での場所は同じものは望めないが、その代わりになる外界との媒介を
もっと作れないだろうか


都市のスケールが大人、とりわけ働く男を基準に作られているのに対して、
もっと多くのスケールを落とし込むことで、自分がその土地と関わりあっていることを強く意識させたい

多種多様な身長、体格、年齢、時間を 全部総括して
取り込まれているものも尊重しつつ同時にそれを解体していく

そのひとつとして、子供のスケールをとりこんでいく
動作、目線、大きさ を研究して建築に落とし込むこと 

計画的に立てられた都市をうまく壊していくことが
新しく人情のある都市への変換の手段にならないか 考える