3月1日(金)はれ

最低気温 最高気温
サルたち来苑時間9:00

2月18日(日)〜29日(木)9:00〜16:00

【2/18~2/28までのサルたちの様子】
暖冬で、雪も少なく温かい今シーズン。

2月の中頃になると、ほとんど雪がなくなってしまいましたが、2月後半になってまとまった雪が何度か降り、冬の景色に少し戻りました。

太陽の位置も随分高くなって、公苑で陽のあたる箇所は増えています。

12月〜1月の頃は斜面の高い所に陣取って日向ぼっこで温まっていたので、観察スペースからは遠くの方でしか見えなかった日向ぼっこ風景が、すぐ近くで見れるようになりました。

陽を浴びて気持ちよさそうにしている姿を見ると、緩い寒さの冬であったものの、サルたちには厳しいシーズンだったのだなと感じます。

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「お風呂の話」
日本の江戸時代。

江戸の街は、水路が広がり、生活水の利便性が良かったようです。

これにより、水を多く使うような風呂…銭湯という文化も始まり、江戸中に風呂屋・銭湯ができ、江戸の庶民たちが好み、賑わったと言います。

江戸の庶民たちは、1日のうちに何度か風呂屋に行き風呂に入っていたようで、小綺麗でさっぱりしていたそうです。

江戸以外の土地でも風呂という文化はあるものの、江戸っ子ほど「庶民がみなお風呂に入る」システムはなかなかできなかったのでしょう。

都会での成功を目指して、地方から移住した人間は、垢っぽい。江戸の街に馴染むほど風呂に入っていないから「垢抜けない」という。

今日でも、田舎っぽい人を「垢抜けない」というのはこんな背景から来ているそうです。

しかし、如何に江戸の街の水路が良かったとはいえ、大人数の人が浴槽に入る「現代人が思い浮かべる銭湯の光景」はなかなかできず。

江戸の初期の頃などは、浴槽に30僂曚錨鬚鯑れたものの中に下半身を浸けて、上半身は浴槽からの湯気で「蒸し風呂」のような形で入る形式がほとんどだったとのことです。

そのうち、江戸中に張り巡らされた水路や運河を利用して、船を改良して移動できる移動式風呂屋が登場しました。

建物式風呂屋に比べて、船が風呂屋なので滑車を利用した桶で水の調達はすぐできます。

なので、浴槽にたっぷりとお湯を入れ、肩までゆったりと浸かれると人気だったようです。

この船での移動式風呂屋は、その名もそのまま「湯船」。

浴槽のことを湯船というのはこの名残りだそうです。