April 2006

April 27, 2006

277e0a3a.jpg先日のブログで、少しだけ紹介しました私の叔母ですが、今は着物の着付けの先生をしていますが、昔はずっと洋裁をしていました。子供心に見てもセンスのある人で、いつも洋服をキレイに着ていた記憶があります。
そん印象からか、何となく今でも頭が上がらない人の一人だったりします(苦笑)。

実は最近私はその叔母に、会う度に小っ酷く言われている事が二つあります。
その一つが「料理をしなさい」という事です。
私の場合、大体一日のうちの16時間位を会社で過ごしています。ですからどうしても料理をする機会が少なく、つい無頓着になりがちです。コンビニ弁当や外食で、いい加減に済ませてしまう事が殆どです。

美味しい料理を作る事と、センス良く服を着こなす事は、共通の感性だそうです。
その意見には私も賛成で、人間の感性など所詮しれていて、そんなに幾つもあるものだとは思っていません。ですから、料理のできる人は服装のセンスもいい、考え方もスマート、人付き合いもうまい、仕事もできる…。とそう思っています。叔母に言わすと、「歩き方や姿勢までキレイ」だそうです(笑)。
ほんの少しの余裕を忘れず、手間を惜しまず、落ち着いて日々を過ごす事、これがセンス良く暮らす事のコツのような気がします。

画像は先日久し振りに釣りに行った時のものです。黄砂の漂う、暖かくて良い天気の日でした。
ちなみに叔母に言われるもう一つの事とは「遊びなさい」です。「スマートに遊べる人は仕事もスマートですよ!」。ごもっともです。

(12:45)

April 23, 2006

4f2d28f9.jpg私には9歳下の弟がいます。
実はこの弟が、小さい頃から驚く程、やる事なす事私と正反対なのです。

例えば、悪い事なども人並みに経験しながら中高時代を過ごした私に比べ、彼の場合は終始真面目一徹で通しました。毎日きちんと学校に通い、授業もちゃんと受け(←当たり前かっ…苦笑)、おまけにクラブ活動まできちんとやっておりました。女性関係なども正反対で、彼は生まれて初めて付き合った女性とそのまま結婚してしまいした(ちなみに私は未だ独身ですが)。
その弟の現在はというと、とある団体職員で二児の父親、毎月家のローンを支払いながら、日々家族に対してマイホームパパ振りを発揮しております。

昔の私は公務員(または準ずる人達)が大嫌いでした。いえ私に限らず、経営者の方々はみなさん多かれ少なかれそうだと思います(笑)。
まあ、その理由は全く無意味なのでここでは述べませんが、とにかく「税金泥棒」程度にしか思っていませんでした(半分当たってますけどね)。

ところが、そんな私が彼の生活を見ている内に、「マイホームパパも大変だな…」と思うようになりました。そして、実は私が嫌うのはその【職業】に対してではなく、その【心根(プロ意識の欠如)】に対してなのだな、と考えるようになりました。

長年会社を経営していると、たくさんの人達に出会います。そうするうちに、プロ意識のある人と無い人が、自然とひと目で分かるようになりました。だからたまに同級生達と飲んでも、プロ意識のない人との席ほど苦痛なものはありません。逆に公務員であれサラリーマンであれ、プロ意識のある人との会話ほど楽しい時間はありません。

プロとしてやっていく事は大変な事だと思います。私は経営者のプロ(…になれるよう頑張っているつもり)ですが、公務員のプロにはなれそうにありません。ましてやマイホームパパのプロには到底なれそうもありません。人間それぞれなんだなと思います。

画像の本は桂望実さんの【県庁の星】です。映画にもなったみたいですね。

(20:04)

April 19, 2006

af41f6cc.jpg例えば、手塚治虫や藤子F不二雄が描いた漫画の世界は、今現実に夢ではなくなりつつあります。古くは織田信長や豊臣秀吉が取り入れた新しい文化は、私達が暮らす現代においても少なからず影響を与えていたりします。
私には、おおよそ歴史に名を残すような人物には、共通して「予言者」めいた部分が備わっているような気がしてなりません。

でもこれは、実は簡単に考えると何でもない事で、私達の日常生活の延長にすぎないもののような気もします。
例えば私達が来シーズンの服の仕入れを考える時、それは正に予言なのかもしれません。インターネット社会を予測し、いち早くホームページを立ち上げようとする時、もっと身近な例だと恋人へのプレゼントに頭を悩ませる時も…、これらはすべて予言なのかもしれません。
要は来るべき未来を予測し、「それに対して最も効果的な方法を予め準備しておく」、これが予言の定義ではないかと思うのです。

ただし予言と呼ぶからには、勿論当たらないといけません。いくら準備万端整えても、外れてしまえば支持はされません。恋人へのプレゼントも、喜んでもらえなければ意味も半減するのですから。
更には、予言のスパンは長い程に優れているように思います(商業的な部分は別にして)。半年先の事よりも、1年先の事を正確に見抜いた方が当然支持されます。そういう意味では、250年を経た今でも愛され続けているモーツアルトなどは、非常に優れた予言者のような気がします。

と考えていくと即ち、予言とは決して神秘的な事ではなく、膨大な情報の収集と正確な分析によって裏打ちされた、究極に精度の高い予測のような気がします。

画像は宮部みゆきさんの模倣犯です。初版は2001年だったと思うのですが…。ここでの犯罪モデルは、今現実の社会が抱える問題そのものですね。

(16:06)

April 16, 2006

cfe33c96.jpg伊藤致雄さんの【神の血脈 】という本です。
5千年の昔に異星人から与えられた能力を、代々受け継いできた一族のお話です。

今まで、先祖祭りなどに何の興味もなかった私ですが、最近少し気になるようになりました。何だか結局「人間とは血を争えない」、というような部分を感じる事が多くなったからです。

例えば、小学校の時にデッサンが上手かった奴がいます。でも今になって考えてみると、そいつの父親は一級建築士さんだったりするのです。同じように、工作の上手かった奴の父親は大工さんだったりするし、スポーツ万能だった奴の父親は社会人野球のピッチャーだったりする訳です。

結局は、なんだかんだ言ってもみんな自分の父親(先祖)の範疇を超えていないのだなと思います。すなわち、私達は何千何億年前からの先祖の血を脈々と引き継いで来ている訳で、そう思うと自分の存在価値が少しだけ見えてきたりもします。
自分勝手に生きるだけでなく、先祖の人たちに感謝し、遠い未来の子孫のためにも何かを残して行かなければならない…。どういう訳か最近、そんな事ばかり考えています。

ちなみに私の祖母はすごくオシャレな人でした。いつも着物を綺麗に着ていた記憶があります。父はしがない公務員でしたが、自分で家の風呂とトイレを基礎から作ってしまう程(←事実です…笑)、手先の器用な人でした。叔母は着付けの先生だし、祖父の兄弟には仏像を彫っていた人もいます。そういう意味では私も、先祖の範疇を超えていなかったりしますね。

今日はちょっとシリアスに書いてみました。

(13:35)

April 11, 2006

17230708.jpg昔…、CDケースに傷が付かないように、すべてのCDをクリアシート(紙のジャケットのCDとかを買うとくれる透明のやつ)の中に大切に入れている友人がいました。
それを見た私の別の友人が、「ケースなんだからケースとしての役割を果たさせてやろうよ!」と…。そんな事がありました(笑)。
これは正に「モノを大切にする」という意味の受け取り方の、両極の考え方が現われた形ですね。

もう少し言うと、例えばデッドストックのスニーカーを目の前にした時なども、同じような現象が起こります。靴というモノの「本来の役割」に基準を置いて考えると勿論履くべきでしょう。でもそれを、少し目線を変えて「希少性」というような点に着目して考えると、履かないべきなのかもしれません。
ちなみに、私個人的には前者的考え方ですし、また一般論で言えば、前者の方が正しいような気もします。でも、実際後者のような人たちがモノを残し、(例えば芸術作品などを)後世へと伝えてきた事を考えると、一概に否定できない気もします。

毎回roly polyの靴を作ってくれている五宝さんは、典型的な前者的考えの方です。「ボロボロになるまで履いて下さい」。その口癖は、創作の他に修理も行っている彼の「靴本来の役割を忠実に守って欲しい」という願いの現われのように思います。

そんな五宝さんの、財布や名刺入れなど小物を中心としたミニ個展【一点一会】が、現在roly polyの2Fで行われています。五宝さんの今回の個展へのメッセージをご紹介します。

革本来の質感を味わいながら使って頂きたいと考え、革のクセやキズを【モノの個性】として作りました。修理も承っております。長く付き合って頂ければ幸いです。
2006年春 五宝賢太郎

ご来店お待ちしております。

(12:40)

April 06, 2006

4add175b.jpgどういう訳か私は、30才を迎えた頃から、みんなに「ロックの帝王」呼ばわりをされるようになりました(笑)。松山でいた頃も、徳島に戻ってからも、なぜだか集まって来るのはバンドマンばかり。嬉しいやら悲しいやら、複雑な心境です(失笑)。

誤解の無いよう先に断っておきますが、実は私は全然ロックに詳しくありません。
CDやLPを買うのもせいぜい月に2、3枚、聴くのは通勤途中の車の中だけ、バンドもしてない、ipodも持ってない…。なのになぜ「ロックの帝王」呼ばわりされるのか、正直よく分かりません(笑)。

ただでも、一つだけ「これかな?」と思う事もあります。
それはと言うと、「私は全く変わらない」という事です。10代の頃に音楽に興味を持ち始めて以来、特にはまり込む事もなく避ける事もなく、変わらぬペースで音楽を聴き続けています。

若いみなさんから見ると、「そんなの当たり前の事」と思うでしょうが、これが例えば私のような年代(40才)の同窓会などに出向いた途端に、特別な事となります。
同級生達のあの変わり様と言えば酷いものがあります。なにせ私より音楽が好きだった奴も、オシャレだった奴も、女の子に人気があった奴も、みんなただの「おっさん」なんですから(笑)。

彼らはみんな、もはや遠い昔に音楽やファッションへの興味など消え失せてしまっているようです。そしてこんな私を見て、口を揃えて「変わってるなぁ」と言います。
違うんですけどね本当は。変わったのはみんなの方なんですけどね。

実はうちのお客さま達は、私のそんな姿勢の方を見てくれているのかもしれませんね。今日届いた永ちゃんの写真集を見ながら、そんな事を思いました。
画像は、ポーズ、服の着こなし共に、私が一番好きだったカットです。このスタイルは今でもある意味私のファッションの原点だったりします。当時はよくその腕組みの仕方まで真似をしたものです。

(19:38)

April 03, 2006

bd919339.jpgもしも今、「あなたの若かりし頃の憧れのヒーローは誰ですか?」と聞かれたら、私は迷わず「矢沢永吉」と答えます。

まだ小学生だった私が初めてその名前を耳にしたのは、4才上の従兄弟の部屋での事です。その日従兄が着ていたスウェットにプリントしてあった【E.YAZAWA】の文字を見て、「それ誰?」って聞いたのが最初です。
今思うと、年代的にもちょうど「CAROL」が解散して間もない頃だったんでしょうね。あれこれと説明してくれたようですが、私には今いちよく理解できなかったように思います。とにかく私は、以来ずっと永ちゃんのファンです。

そんな永ちゃんが、先日NHKのTV番組で特集されていました。実は、その番組を観て触発された世のおじさん達が相当数いたそうですが…、私も多分に漏れずその一人でした(苦笑)。昨夜なんかは、1979年に出版された写真集を、ヤフオクにて衝動買いしてしまいました(当時は高くて買えなかったんです…涙)。

それにしても、脱帽するのはあの格好良さですね。56才にてあの体型とライブパフォーマンス!!かなりヤバイと思います。喋っていても格好良い。自信にみなぎってますよね。
そんな永ちゃんの語録の中でに、特に好きな言葉は「もっとできる」です。「現状に満足しない!もっとできる!もっとできる…!」自分を高めていこうとする時に、最高にシンプルで、最高に勇気付けられる、最高に効果的な言葉だと思います。

人生において、いつも前向きに、がむしゃらに進んでいる永ちゃんを見ていると元気が出ます。若い頃に抱いた情熱とパワーを、今でもそのまま持ち続けるているその姿に、改めてリスペクトです。

(12:58)