2009年04月09日

グアム秘境紀行 その25:原始ラッテストーンが遺っているハプトビーチの魅力

 ハプトビーチは米軍の基地内にある。この基地はマイクロネシアモールをさらに北上して初めての信号を左折し、そのまま北上を続けると左方にマクドナルドがあり、此所の手前を左折して米軍通信基地に入る。基地に入って直ぐの所を左折するとハプトビーチ入り口の看板が見える。
 例の9:11テロ事件の後、ただでさえ厳しい米軍基地散策であるからして、現在では「遊び半分で基地内見学」はとうてい許されない。ローカルの要人でさえ余程の許可がなければ入れないのであるから一般では至難の技となる。
 余計なお世話ではあるが、自国の所有地を自由きままに歩けないとは惨めな話である。

 時々感じることだが、ここハプトに限らず、米軍基地内のどこへ行っても、敷地内は奇麗に芝が刈り込まれ、ゴミなど一つとして落ちていない。史跡は完全に保護され、看板などが立っていて「どこの国かしらん? 」と思わせるほどに大切にされている。つまり、基地外とは大違いなのである。訪れる人がいないので、人が見ないクリーンな史跡、と人でごったがえしていて史跡がゴミ捨て場に見える、のとどちらがいい、と聞かれれば困る。グアムまさにその典型である。

 さて、紹介するハプトはその、人が訪れない、忘れられたような海岸地帯である。
 海岸線に降りる為にかなり険しい階段のある斜面を降りて行く。途中、眼下にこれから行くハプトビーチを遠望できるし、また、ジャングルの鬱蒼とした雰囲気も体感できる。真っ青な海洋と白砂の海岸、それに深緑のジャングルの対比はまことに見事で一見の価値がある。
 海岸に出る。結構広々とした空間だ。静かで綺麗でロマンチックな海岸だ。
 この1キロ程の沿岸のド真ん中辺りのジャングルに分け入ると、閑散とした空間が現れ真っ青に苔蒸した高さ2m足らずのラッテストーンを発見する。周辺にも幾つかあるのだが、完全な形で残っているのはこれだけ。原形のまま現存しているのは珍しい。
 ラッテストーンはその昔、紀元600年前にこの島に棲んでいた(アジア系移民と思われる)チャモロ人によって作られた、といわれている。その形状は礎石となる円柱状の土台石を埋める為に深さ約30〜50cm程の穴が掘られ、そこに円柱の石灰石を置く。そしてさらにその上にキャップストーンと呼ばれる逆さにした丸サンゴの塊を台座として置く。形態が風変わりなのでこれを、例えばその上に社を置いて社殿にした、という説、また、民家だった、食料を保管する倉庫だった、とかの俗説が後をたたない。
 昨今、なんとなく理解されてきたのがこのラッテストーンは高床式の足場石であろう、という説で、であればこれは家屋の基礎石となったものだからして当然、その上には人が住む住居があったであろうという事になる。彼等の生活は漁獲が主体で狩猟は2義的だったらしい事から、例えば食料を保存するのにこの小屋は最適であったろうと容易に想像ができる。そこに住む事の出来るのは部落の豪族クラスであったろうともいわれている。
 豪族とは酋長クラスのリーダーの事である。当時の村々はそれぞれ部族が支配しており、そのリーダーをマタオと称し、リーダーの下に側近ともいうべき士族アチャントが居り、さらにその下に平民アチャングが居たという。これらの組織というか形態は厳しく峻別されていたらしい。
 クラスの事をいうと、カヌーを操ったり、漁業が出来るのはマタオとアチャントだけでアチャングは水に入る事すら許されていなかった。この階級差は歴然としていたらしく、それにより結婚も生活形態すらもそれぞれの階級以外と一緒になる事はなかった。封建時代がここにもあったという事だ。

  ハプトビーチに出る。
 かつて64年前の太平洋戦争中、開戦直後に日本軍の追跡から逃れたアメリカ通信兵がいた。その数名の一人がジョージ・R・ツイードという通信員であった。彼は他の戦友が射殺、あるいは捕獲されたにも拘らず、ローカルの犠牲に助けられながら、遂に開戦中にアメリカ海軍によって助けられたのである。そのまさに奇跡の生還といわれる逃避行の果てに海上に漂う味方戦艦へ向かって泳ぎ始め、遂に脱出に成功する。彼が戦艦に向かって泳ぎ始めた海岸がここハプトビーチだといわれている。
 この海岸は遠浅であるが海溝が大きくサンゴ棚に食い込んでいる。従って様々なタイプの魚が棲んでいる。また様々な種類のサンゴはそれぞれ独特の色合いを持っていて実にユニークで美しい。この夢幻のような海溝に遊泳する魚群と一緒になって戯れる事を勧めたい。これがこのコース最高の贅沢と思えるからだ。新聞紙4ツ折大のオニハタダテやツノダシ等などは彩りの美しさを堪能させてくれるしクロハギやカスミアジ等の大型の魚を間近に見ると海中にいるような錯覚を感じさせてくれる。5m程の水深でも海底がくっきりと見えるし、底にうごめくウミウシやヒトデが手に取るように見える。
 そしてシュノーケルを楽しんでいる私の周囲には小指程の大きさの小魚達が群れを成して遊泳し、キラキラとうろこを返しながら戯れている。時を忘れる贅沢さだ。
 このビーチのいい所は潮の流れが少ない事だ。従ってどのような場所で泳いでも流されたりする心配がない。それに風変わりな小山のような岩山が海中に立っていて美しい。まるでお伽の国のようにメルヘンティックだしその景勝はやすらぎになる。ここは時を忘れる楽園ビーチだ。

 もしここが米軍の敷地内でなく、誰もが楽しめる公共のビーチだとしたらどうだろう?
 きっと海岸でBBQをし、そのまま跡片付けもせずにそのまま置いておくのだろうか?
 あるいはまた、海岸傍で大騒ぎをし、群がる小魚を蹴散らしてしまうのだろうか?
 公共施設を尊重し大事に使わないローカルと、ストイックなまでに環境保全にこだわり、人もまた自然の一員であることを無視ししてやたらルールで締め付けようとするミリタリー。
 文化文明とは面相臭いものらしい。


ハプトビーチ1 ハプトビーチ2


ハプトビーチ3 ハプトビーチ4


ハプトビーチ5 ハプトビーチ6
Posted by kenhagaguam at 00:24