2016年12月28日

年末のご挨拶

 いよいよ年治めが近づきました。
 皆様もさだめしご多忙のことでしょう。
 グアムでも年末には大掃除をする習慣があるそうです。

 さて、日米両国大統領によるハワイの慰霊行事が終わり、そこで「祖国の為に殉じた兵士」に心からの尊敬と感謝の言葉が交わされていました。知らなかったのですが、その日、攻撃隊の一人(飯田さんという名前の中佐だったか)が被弾し、空母へ戻れないことがわかって、部隊を引き連れ帰路の航路まで誘導して後、彼一人引き返して自爆突撃した話がありました。米軍は驚くことに、そして感動を覚えるに、その敵兵の慰霊碑を建立したそうです。そこが米人の懐の深さですね。またミズーリに特攻した兵士を水葬したそうです。彼らにとってもそこまで信念をもって忠実にことにあたる兵士はとっても偉いのであります。
 私がグアムで慰霊祭をやりたいから、と許可を求めに行った際に彼ら米政府の役人は「これまで日本側から申し出がなかったのが不思議だった」といっていましたが、それまでは希望する者がいても、かつての敵国で(我が先人の)慰霊祭を行う、という行為よりも地元島民と米軍の顔色が気にかかっていたから行動出来なかったのでしょう。ですから一概に「その気がなかった」とは言い切れません。ただ臆病者、腰抜けだったのです。グアムの米軍も島民も前の大戦の善し悪しは別にして「国の為に生命を投げ出す行為は美しいこと」と思っています。その気持が底辺に宿っているからこそ日本軍兵士の慰霊祭も、また鎮魂神社建立も受け容れてくれるのです。この受け容れ行為は我が国民も同じです。我々にも赦しの心があるからです。異なるのは「国の為に生命を投げ出す行為は美しいこと」という感情がないことです。ここら辺のメンタルの違いが日本が成長できない大きな隔たりでしょうか?
 このハワイ慰霊では何度も「寛容と和解」を繰り返していました。私は米国に住んでいるからそれを感じることが多々あります。しかしながら我が国民は大戦に従軍した兵士(とりわけて英霊)を心よく思っていません。未だに祖国を守る為に生命を懸け散華した兵士に感謝する素養がありません。護国神社、靖国神社へ行きません。戦争を憎悪する余り、これに参加した将兵すべてに責任があり、諸悪の根源と勘違いしている者がおります。戦時〜団塊世代にそういう人が多いのはその所為です。戦後教育がそう仕向けたのですが、それにしてもそこから脱却し、あの時代、あの世相、あの国際情勢を俯瞰の目で捉え考える気運が未だに育っていないのが不思議であります。
 国家国民のために犠牲になられた英霊のお陰で今ある平和があるのですが、米人のように素直に「国の為に生命を投げ出す行為は美しいこと」と道徳や思想面からだけではなく、精神面から教育し直していく必要がありますね。その誇りが無い限り我が国はいつまで経っても成人国家になり得ません。大切なのは経済大国ではなく精神立国だからです。台湾の人の方がそのことをよく知っています。

 今年もメールなどでご迷惑をおかけしました。長文なので根を上げた方もおられるでしょう。失礼しました。
 とはあれ、毎年思うのは年の瀬であります。僅か1日の違いながらこうも気が安らぎ、そして引き締まるのはなぜでしょう?人間とは不思議な生き物ですね。
 本来であればお世話になった方へメールではなく賀状をお送りするのが大人としての筋でありますが、移住してからその習慣がピタと止まりました。お陰で下手糞な字をさらすことがなくなったのですが負い目の気持は変わりません。
 どうか佳い新年をお迎えください。来る一年が飛躍の年でありますようにお祈りします。

 芳賀健介
Posted by kenhagaguam at 14:18