2017年05月02日

アメリカ事情、トランプ政権100日

 「またかい」と言われそうでなんですが、トランプのことから・・・。昨日の彼の蜜月100日間の感想演説を耳にしました。その自画自賛、軽薄なコメント、子供みたいな物言いにうんざりしたのは世界の頂点に立つ米国に期待があるからでした。彼を評価するのは一点、シリア爆撃だけ。しかしそれも中東に自由主義を定着させたい、という広義の攻撃ではなく「子供が毒ガスで殺されたから」という弱者救済のようなイメージしか残しません。彼は弱者を救っているようで物事の本質が見えていないのでしょう。また、こんなことしか思いつかない、というのがビジネスでしか物事を見ることができない者の弱さなのでしょう。

 アメリカの悲劇は自由と法律で人を縛ってきた結果、米国的ダイナリズムと世界観が擦れてきたことです。政治の最高峰、ビジネス界の超トップという人物達が大統領をしてきた結果がこれですから結局、大げさに持ち上げなくても所詮、結局は人間が人間を動かす、という基本原理は変わらないということですね。警告を無視してミサイルを発射した北鮮を罰することができなかった中国に、何らのペナルティが課せられないことを見てもトランプという器がどれほどのものか、がわかります。
 北鮮のミサイル射撃を阻止できなかった米国は少なくとも平和を守る保安官ではない、ということがわかりました。西部劇では先に銃を抜いたら即座に射ち返します。相手の弾がどちらに飛ぶか、どのような武器であるかは問題ではありません。西部劇を見すぎた私は今回の摩擦にそう期待しました。北鮮が、ミサイルを失敗(失敗しなくとも)したが、米国の警告を無視したのは事実でした。しかし何事も起こりません。トランプにはその気が無かったからでしょう。であるから世界はこれを米国の脅し(と受け取ります)を跳ね返した北鮮に今後は注目が行くでしょう。大国アメリカの武力に屈せず堂々とミサイルを撃って見せたのですから当然ですし、北鮮はさらに精度のいいミサイルを作って弱小テロ軍団に売りつけるでしょう。
 極端ではなくトランプは、北鮮、とりわけて金首領とその取り巻きをこの際殲滅させるべきだったのです。そう進言した武将もいたと察しますが、今や数代にわたる米国大統領は威厳を国民に見せることに執着するだけで本来持つべき「米国の責任が何であるのか」に見放されているようです。
 本来、米国、韓国、日本、それに自由主義を愛する諸国連合VS北鮮をはじめとする中国、シリア(それに寄り添うロシア)など反米諸国との争いがこの摩擦の発端でした。それがどれほど難しい課題であるかは国連安全保障理事会の様子を見ればわかります。その結果、米国に屈しなかった北鮮と中国は、今後ますます米国を中心とした自由主義国家を牽制し、可能な限りそれら諸国を分断していくでしょう金と武力でもって。パワーのない者には世間はついていかないことを彼らは熟知してるからです。そしてこれは大戦争へ向けた不幸な手打ちになるような気がしてなりません。うやむやの手打ちの後には必ず大戦争が起きるのはヤクザ世界だけではなく歴史も証明しています。
 これらに関わる日本の政界についてはもうコメントのしようがありません。「冷静に対処する」とは誰に向けて言っているのか、「厳重抗議」はどのような意味合いがあるのか、コメントする菅官房長官の苦痛に満ちた表情は自主的な行動を取れず、縛りとなっている憲法改正も能わず、「撃ったら撃ち返す」という自衛の原則も口にできず、何の選択肢もないまま自分の手足を縛っておきながら、強盗に「泥棒はいけないのですよ」と命乞いしているようなものです。これに抗議すらできない野党の政治家は主体性すらないのだから犬猫と変わりません。

 我が国は73年前に戦争で大敗しました。負けたのは残念ですが戦前以上の栄華に復興させています。それでも我が民族が負け続けていると感じるのは国という名前ではなく、自身の精神力を見失い、本当の意味での「誇り」というものが何であるかがわからなくなっているからです。トランプと似たようなものです、あまりにこの世的な価値観しかないのです。グアムで戦死された高品中将がその直前に大本営に向けて「彼らを誇りに思って欲しい」と遺書を遺しています。日本的精神が廃れ物欲に満たされている限りその本当の意味はわからないでしょう。実に無念です。
Posted by kenhagaguam at 14:37