2017年10月24日

東京参り

 小雨降る秋の東京へ行ってきました。
 靖国神社の例大祭へ出席するのが目的でどういう具合かその日は快晴で年配の参会者が苦労しなくて良かった、と自分も年配の身でありながらそれを忘れてホッとしました。
 それと同時に巷では衆議院議員の真っ最中、小池騒動だ立憲何とか党だ、とあいも変わらず目先のことばかりをマスコミが煽り立てている間、街行く庶民は興味なさそうでした。期日前投票をしたのですがそこにもわんさか老人がいて、いやはやな世間でありました。
 さて、今度の選挙は経済よりもいわば国防がテーマです。国防がしっかりしていなければ経済などは瞬時に吹っ飛びますからね。そういう点で安倍総理がダントツな信頼を得て2/3の議席を確保したことは我が国、国民にとって朗報であります。誰言おうグアムのアメリカ人がそう絶賛するのですから間違いありません。 今の国際情勢において安倍さんほどしっかりとした信頼を得たリーダーは他におりません。これは我が国にとっても稀有なことで、それに気づかない日本人はよほど「井の中の蛙大海を知らず」ということになります。
 さて、国について、です。立候補者たちはそれぞれ「国」や国防を語りますが同床異夢といって彼らの国のイメージがそれぞれ違います。左翼には(彼らは国際主義を主張するから本来国という意識はありません)国、というイメージがありません。彼らにとっての国は機関ですから武力で倒せます。日本人の多くは戦後から植えつけられた「日本国憲法」という理想が国のイメージのように混同しています。「国とは何か」というとこれがよくわからない。学生運動が流行していた団塊世代の時代には政治家もメディアもこぞって「平和」を口にしました。「平和」のためなら何をしてもいい、という感じでね。今もそうですが彼らは言葉を巧みに使って庶民を翻弄します。その彼らの言葉に真実も愛情もなくても気になりません。言葉で庶民を洗脳してきました実績があるからです。それを三島由紀夫が「平和といえばなんでも平和で収まるようだが、それぞれ考えている平和は異なっている。これほど言葉が乱用された時代はかつてなかった」と言葉の大切さについてコメントしていました。言葉は文化なのです。
 これは国や国家も同じで、かつては「国」も「国家」も同じ厚さと意義があって、であるから先人達はその為に戦場に生命を懸けることができたようです。であるほどに「国」や「国家」は非常に大切な含みを持っています。単なる機関のために戦死する人はいませんからね。この「国とは何か」を考えあぐねて調べていると三島由紀夫がそれを「国とは天皇を中心とした歴史や文化、伝統を維持すること」と言い切りました。まさに私が求めていた答えでした。であればこそ先人たちは敵弾を見に受けてでも国という形態を守ろうとしたのでしょう。自分が被弾することによってその分だけ国や国民が守られる、とそう思い込んでいたのです。そこが偉いのですね。
 そのことを生還兵であったお爺さんが「それは愛国心だよ」と言っていました。愛国心から先人たちは戦場を駆け、海上を滑り、やがて草蒸す屍、水漬く屍となりました。私はその国や愛国心の真髄を知りたかったのでお爺さんたちに「国とは何か」を尋ねたのですが明快な答えはありません。「感謝やお世話になったご恩返し」と言った人はいました。お爺さんは「愛国心は教わることではない」と言いました。「この世に生まれてきた感謝、学ぶ機会を得た感謝云々・・その感謝の心を他人に施す、あるいはその気持ちを社会に報恩する行為」と言いました。社会犠牲ではなく社会還元だったのです。お爺さんは「命令などではない、感謝から発した義務だった」と言いました。誠に日本人的なのです。日本人は異常なぐらいに義務を大切にしていました。そしてそれが世界で羨望される民族に昇華されたのだと思っています。国を愛するとは天皇を中心とした歴史や文化、伝統を愛すること、そこに危機が迫ったらためらわずにファイトすることだと思います。そこにあの時代の日本人気質をうかがい知ることができます。

 私たちの暮らしは「生きるための生活」ではないはずです。「生きる意義を会得し、邁進するための生活」であるはずです。それを単純に「人に役に立つ生き方」と考えれば理解できます。日々の暮らしは人と人との重なりで支えられ、それが習慣となり伝統となっていくことに気がつきます。私らはその日本的な暮らしの中で実は僅かづつ文化的な工夫をし、それが歴史という流れの線上にあることに気づきます。その継続を支え維持していくことが私にとっても次世代にとっても大切なのです。
 ちょっと難しい言い方になりましたが、国とは歴史の継続でそれは現在も変わりません。あえて意識しないからないがしろにしてしまうのだ、と思っています。

 国を支えるのは我々一人一人の国民です。憲法はその国民の存在を認め権利を認める柱であります。しかし、と同時にそれを支持するには国民一人一人が義務を負わなければなりません。「子供を戦場に送りたくないので憲法改正には反対します」と知り合いのおばさんが言っていました。自分勝手なのです。そしてこういう自分勝手な国民が今回1/3もいました。73年もの時間がこういう人を生み出してきたのです。安倍さんが政権を確保したことの意義深さを改めて実感しました。
Posted by kenhagaguam at 13:58