2007年11月13日

セネター、トニー・アンピンゴ観光庁長官、哀悼記

 10月26日の早朝、グアム議会で行われた州葬儀に出席しました。全員が喪服で参加しているのを見たのはこれが初めてでした。緊張感が漂う中を粛々と棺が運ばれ全員が起立して見守ります。運ぶのは議会の議員全員です。要人の弔辞が延々と続くのですがB・J・クルーツ氏(前の最高判事、前セネター)が惜別の辞で「トニーは10人の子供と16人の孫がいますが、その1人として政府の仕事に就いている人はおりません。生前氏が一番嫌っていたことがそれだからです。公僕に徹し決してこれを利用しなかったからこそこれだけ長い間要職に就けていたのでありましょう。子供達は自分の父親を名誉に思って欲しいし誇りに思っていて欲しい」と結びました。弔辞の最初に遺族にお見舞いを述べたのも彼一人だったのが印象的でした。

 31年にわたってグアム議会の議員(セネター)を務め、その間に議長職にも度々就いている氏は党派閥を超えて多くの議員に尊敬され愛されておりました。私が氏の事務所を訪れると必ず他党の議員が遊びにきておりました。彼らと楽しそうに談笑する姿を忘れられません。

 氏の最後の姿を見たのは亡くなられる4日前のことです。アポイントメントをとらずにいきなり訪問した私をいつものように気軽く招き入れてくれて、翌週に約束してある神奈川県の大原高校生徒による戦跡慰霊のおりの時間とスピーチの確認をしました。その時に「ピースリング・グアム」の活動状況と来春に予定しているアガット村での記念碑建立の揮毫の御願いをしました。これは日本側からは横井庄一さんの揮毫「和」、反対側には地元の揮毫を御願いしよう、ということで依頼したのですが、色々と思案された後「Pas Para Todos/Peace for all(平和が総て)」と発想しました。これが氏の絶筆となりました。この時「私は字を書くのが苦手なんだよ」と苦笑いしながら何度も書いてくれたのが印象的でした。氏は退院した後だったので顔色が非常に悪かった。それを気にして話すと「ケン、それでも1ヶ月もタバコを辞めているんだよ、奇跡だろ?」と笑ってそういいました。チエーンスモーカーであることを知っているのでそう笑ったのです。別れ際に懸案になっている沖縄海兵隊の移転問題について「誰もリードしないので心配です」というと、「ケン、君がリードすればいいじゃないか、私がフォローするからさっさとやりなさい」といいました。それが最後の別れとなりました。

 26日の教会での葬儀は小高い山が人で埋まるほどの賑わいでした。遠くの町から駆けつけた島民が遠くに駐車して長い列に並びます。何千人もいる列の中には議員もいれば役場、一般の老人も沢山混じっていて誰もが粛々と葬列に従っていたのです。雨上がりの強い日射の中を長い列が延々と続いていたのを忘れません。ピースリング・グアム会長の高木さんが「これまで沢山の葬式に立ち会ったけれどこんなのは初めてだよ」と驚いておられました。人に愛される、とはこういう雰囲気をいうのでしょう。

 最後に、よく選挙で選ばれた政治家のことを公僕と日本語で表現します。英語ではPublic servantといいます。 この「人に無私の気持ちで仕える」、ということは非常に価値のあることであり、と同時に難しいことでもありますね。つまり身辺から煙がでてはいけないからです。氏はそういう意味で高潔な人、という印象が強く残っております。これはきっと氏を知っている方ならば同感されることでありましょう。享年65歳、惜しい方がこの世を去りました。謹んでご冥福をお祈りしたいと思います。

セネター、トニー・アンピンゴ/Senator Antonio 'Tony' Unpingco
観光庁長官、米軍福祉管理局局長、グアム退役軍人会会長、ピースリング・オブ・グアム顧問

tony umpingo  


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Posted by kenhagaguam at 20:08

2007年09月20日

SPA! 8/28/2007掲載 「グアムに隠された戦後」の正体

SPA! 8/28/2007掲載
「グアムに隠された戦後」の正体

*このコーナーは「グアムと日本人」(山口誠著・岩波新書)に影響を受けた本誌が特別寄稿したものです。以下はコーナに紹介されている記事の一部です、参考までに・・・

SPA「'90年代まではバブルの影響で10〜20代の女の子が中心でしたが、最近は30〜40代のファミリーから50代以降のシニアが増え続け既に10〜20代の若年層を圧迫しています。しかし、今のグアムは彼らにとって退屈な島であることでしょう」
そう話すのは、10年に渡りグアムの観光業に携わってきたケン芳賀氏。確かに、取材班もグアム中心街で、手持ち無沙汰に歩く家族連れを何度か見かけた。グアム政府観光局(GVB)のメンバーでもある芳賀氏は、これは"リゾート・グアム"の利権に絡む観光業界の責任と説く。
「彼らにしてみれば今ある総てがビジネスであって、歴史的遺産やグアム島の80%近くを占めるジャングルの魅力は重要ではないような気がします。そういうものは『ない』と信じているのです。そこに問題があるのです。グアム政府観光局(GVB)は政府の供出する税金とメンバーの年間会費で運営する民官共同法人組織ですが、現在のGVBのメンバーを調べてみれば直ぐに判かることですが、全く同じ住所と電話番号のメンバーが半数近く加盟しております。これでは、公平な観光イメージは望むべくもありません。過去15年に渡りグアム観光といえば、ショッピングとマリンスポーツのイメージばかりが定着し、グアム独自の自然や歴史は抹殺され続けてきたのです。その結果が、多数の米軍関係者が参列するチャモロ人の強制収容所跡の慰霊式に、日本人の参列者が4人だけという現実です」
とある旅行代理店のエージェントは、強制収容所跡どころか日本人の遺族が多く訪れる南太平洋戦没者慰霊公園への道筋すら知らなかったとか。
「グアムには4000年の歴史があり、豊富な自然もある。もちろん、太平洋戦争の傷跡も。ファミリー層やシニア層には、こちらのほうが魅力的な観光資源に違いありません。はっきり言って、グアムはただの田舎街ですが、だったら、偉大な田舎になる努力をすべきなんですよ。今、確実にグアム観光はターニングポイントにあるということを、皆が自覚すべきですね」

  

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Posted by kenhagaguam at 23:28