2010年09月30日

愛する人との、つらい別れ

秋雨の合間をぬって、外部工事が行われました。
生コンを下塗りしたり  s-画像 016

クレーン車で旧いフレームを撤去  s-画像 022

新しい部材を取り付けて「店舗の顔」を作っていきます。  s-画像 023
コレがかなりの重量物、5人がかりでした、、、、、、、、、、、
ふと見ると、猫JAZZが心配そうに覗き込んで s-画像 019
夕暮れ間近に、ようやく下半分の取り付けが終了しました。
店内工事はほぼ終了。
ひと月で廃墟が  s-画像 061

店舗へと  s-画像 024
こんなに変わりました。




そんななか、本日をもって
我が社の茶器・陶器のメイン取引先『鳥居商店』さんが閉店します。
ウチよりも10年先輩の、創業60年の老舗問屋が
9月はじめに“今月末で閉店します”と伝えてきました。

僕が幼い頃からの付き合いで、祖父〜父〜僕と取引を続け
子供たちも度々、池尻の本社まで仕入れに連れて行ったり
四世代にわたって、ずいぶんとお世話になったものです。

後継者の不在、経済環境の劇的な変化、経営者の体調不良、、、、、
現在の様々な要因と、見えない未来がこの決断をさせたのでしょうか?


同じような環境下、
一年前にその長い歴史に幕を下ろしたのが『万座スキー学校』
校長の黒岩達介氏は“日本のスキー学校を作った人”としてwikiにも載っています。
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黒岩達介(くろいわ・たつゆき 1935年1月15日 - )
日本のスキー指導者。群馬県高崎市出身。
【略歴】
群馬県立高崎高等学校卒業後、オーストリアに留学。Goethe Institute兇鮟の
オーストリア国家検定スキー教師の資格を得て帰国。
群馬県嬬恋村に万座スキー学校を開校
1978年、オーストリア共和国金栄誉章を受章
日本におけるスキー指導の第一人者。その指導理論には定評がある
日本にオーストリアのスキー理論をはじめて導入した人物としても有名
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僕が大学2年の冬、ある理由により自宅に居ることが出来ず
怪我をした右ひざの湯治をかねて、万座スキー学校に一人で入校。
人目を避けるように、一ヶ月半の山籠り&スキー生活をしていました。

そのとき、スキーの素晴らしさに目覚めさせてくれたのが、黒岩校長。
親の仕事を継ぐか?スキー学校でインストラクターをするか?
散々迷わされたのも、懐かしい思い出であります。

ところが“鉄人”黒岩校長も、いちど脳梗塞でたおれ
数年かけてスキーが出来るまでに復帰したものの  415ZQC3ZZ8L__SL500_AA300_

今度はいわゆる“堤義明事件”で万座プリンスホテルの経営が危うくなり
万座スキー学校は精神的支柱と経済的支柱が揺らいでしまったのです。
(この時期から、閉校を決めるまでの期間、、、、、つらかったでしょうね)

学校は一旦閉校し、その後「インターアルペン万座校」として
別の経営者が運営することになりましたが
やはり後継者、経営環境、体調不良の問題というのは
強そうで弱い経営者の心に暗い影を落としてしまうのです。

この春に亡くなってしまったKOさんをふくめ
この一年のうちに、愛する趣味・愛する会社・愛する友人とつらい別れをすることになり
もうひとつ強く、もう一歩前進すべく、揺らぐ心を抑えて感謝を捧げます。


ありがとうございました。

Posted by cpiblog01502 at 06:28│Comments(0)TrackBack(0) 春日部 

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