2009年03月

2009年03月31日

春の日差し

春の日差しがとても眩しく温かい。
今日は父の三七日・・もうそんなに経つのか・・。

お経の最中、つがいの鳥がやってきて、
母のまいたパン屑を食べていたのでしょう。
綺麗な、澄んだ鳴き声でした。
父もよくベランダから見える木にとまるスズメを、
小さかった私の子供たちに
「あれが偵察隊で・・・」なんて話して餌をあげていたったけ。

今日は、子どもたちも来たので、息子は二人の子供相手に、
体をいっぱい使って遊んであげていました。
子どもたちはダイナミックな遊びに大喜び!!
私は、笑顔で
「貴方たちもじいちゃんに、そんな風に遊んでもらっていたんだよ」
父もきっと喜んで見ていたことでしょう。

息子は、今日から一か月近い社員研修に出かけました。
娘も、国家試験の合格通知が来ました。
温かい、嬉しい出来事です。

淋しいけれど、まだ涙は流れるけれど・・
少しずつだけれど、心が回復している気がします。
ほんの少しだけれど・・・。

青い空がどれだけ青いか・・
見る人、見るとき、見る場所、見る時の気持ちによって、
大きく変わるような気がします。
せっかく訪れた「優しい春」を見過ごしたりしないように、
父の愛を感じながら、強く、優しく、凛として・・
生きていく準備は・・もう出来ています。。。




cpiblog01592 at 13:29|PermalinkComments(0)TrackBack(0)人生 

2009年03月28日

生まれた初めて見た父の弱さ

癌がまだ全身をむしばんでいない頃、父がした冬囲いを見つけました。
几帳面な割には、どこかおかしい?(苦笑)
父は、来年の春の訪れの頃、確実命は続いている、
そう思ったはずです。
でも・・それは本人にしかわからないこと・・。
どんな思いで冬囲いをしたかと思うと、
また涙が出ます。

仕事は「すごい力」が出てエネルギーが満ち溢れているのに、
(正直、父が亡くなる前のパワーをはるかに超えている気がする)
普段の私はため息と、虚しさと、ぼんやり感・・そして涙。

亡くなる前日、父の手を握っていたら、
「ばあちゃんを呼んでくれ・・ばあちゃんが居ないと
  もう持たないかもしれない・・」
人工呼吸器を自ら外し、私にそう訴えました。
生まれて初めて聴いた父の弱気な言葉・・、
そして母への「愛」でした。。。

娘の私でも、孫の娘でも、母の代りは果たせなかった。
ちょっぴり淋しかったけど、二人の幸せだった人生を感じました。
父の手を握ったのは、子どもの頃以来です。
思ったより小さく、愛おしく、優しい手をしていました。
この手で、ペンを握り、時には料理もし、スポーツをし、
そして幼き頃の私や、孫たちの手をつないでくれた父。
人生の最期に、思う存分その手を愛しむことができて良かった。。

娘が言いました。
「死ぬってことは、永遠に逢えなくなることなんだね」と。
そう・・もう二度と逢えない・・。

じいちゃん・・一か月前に作ってくれた白玉のお汁粉・・
もう一度食べたいよ・・。
何十個も白玉を皿に並べ、出来立てを・・と、
私たちが帰る頃を見計らって、温めて食べさせてくれたね。
体も辛かったはず・・。
二階になんて持っていかないで、
じいちゃんの前で、じいちゃんと一緒に食べれば良かったよ。
「美味しい」って言葉をプレゼントしながら。。

逢いたい・・話しがしたい・・一緒に晩酌したい・・
じいちゃん・・辛すぎるよ・・。


cpiblog01592 at 18:04|PermalinkComments(0)TrackBack(0)人生 

2009年03月26日

父を感じる・・・

今日は、苫小牧での仕事でした。
コーチング、ラジオと少しずつ日常に戻る生活になってはいましたが、
正直、心配でした。
父の葬儀でお休みをいただいた為、講座に出て下さった皆様に、
父のことを話さなければならない・・
しっかりと話せるだろうかと・・。

不思議な経験でした。
言葉がよどみなく流れ、2時間があっという間に過ぎ、
時間制限がなければおそらく、かなりの時間話せたでしょう。
私の感覚では、30分くらいの時間にしか考えられない。
そして「父の存在」を感じたのです。
父が「力」をかしてくれたと・・。

最後に主催者の方が、
「先生にパワーをいただいた」と話してくださいました。
「えっ・・父を亡くしたばかりの私からパワーを?」
嬉しいお言葉でした。
ともすれば、父の亡くなる前以上に、満足のいく時間を持てたこと。
きっと父がそばに居てくれたのでしょう。

帰りは「会いたいな・・」と思っていた方と、
JRで偶然同じ車両、という優しいおまけまでついていました。

日に日に、心が優しくなる自分を感じます。
これはもう、言葉では表現できない感覚です。
父が亡くなり「人」への感謝の気持ちも、倍増しました。
「大切なもの」は何かを、常に考える自分もいます。
そしてたくさんの人の優しさに包まれて生きていることも。。。


cpiblog01592 at 18:39|PermalinkComments(0)TrackBack(0)人生 

2009年03月24日

ふた七日

今日は、ふた七日でした。
父の写真を見ながら、お坊さんのお経を聴いていると、
父がこの世の人ではないことを、あらためて思い知らされます。

ふと思ったことが・・・。
私をひどく苦しめていた一つの理由がわかりました。
「理想」です。
それは、一点の曇りもない死への旅立ち。
苦しむことなく、本人も穏やかに死を受け入れ、
大切な家族に「ありがとう」の言葉を伝える。
死の瞬間に、家族の支えになる言葉を遺して、
旅立つ・・という光景。。。

現実は、違いすぎます。
理想とのの違いや、悔いや、後悔に縛られていたのです。
そこに父の無念を照らし合わせ、父の心を想像し、
苦しみを大きく大きくしていた私。
ドラマのようには決していかない。
みんな何らかの無念さや、後悔や、
この世への未練を残す、ということ。
これをまず、私自信が心底受け止めないと前へ進むこともできない・・
そう感じた父のふた七日でした。

それしてもパパ・・
娘の夢にはいつも出てくるのに、
どうして私の夢には、これっぽっちも出てきてくれないの?


cpiblog01592 at 17:09|PermalinkComments(0)TrackBack(0)

2009年03月22日

薄紙をはがすように・・

人の心の哀しみや傷は、どのようにして回復していくのか・・
自分自身、身をもって体験しているような気がする。

父が逝った瞬間からの自分・・
いつまでも父にすがりながら泣きたい気持ちを抑え、
次にしなければならない、葬儀の段取りに心を移す。
テキパキと気丈に振る舞う母に負けないよう、
父を送る最後の儀式を、悔いのないように・・と、一瞬心に誓う。

倒れては大変と、悲しくても食事をとる。
お化粧もする。
どの靴を履こうか、どのバックを持とうか、ハンカチはetc・・。
葬儀委員長を立てずに・・の母の言葉に、
「私が挨拶をする」と咄嗟に浮かび、
父に恥ずかしくない「言葉」たちを考える。

ともすれば半狂乱になりそうな気持ちを、
心が折れてその場に倒れそうな気持ちを、
生きている私たちは「父の代わり」に、会葬してくださった方々に、
心からのお礼を伝える。。。
この一連の流れは、遺族にある意味優しい・・。

昨日、ふと考えた。
父が私で、家族たちが悲嘆にくれて泣いてばかりいたら、
どう思うかと・・。
逝くものとして、これほどせつなく哀しいことはないと・・。
「大丈夫だよ。みんなで仲良く、元気に笑顔で生きていくから」
そんな言葉を父は聴きたがっているはず。。。

少しずつ、ほんの少しずつ・・薄紙をはがすように、
この哀しみから離れ、穏やかな優しい心で、
父を想う日々が一日でも早くおとずれるよう、
今日も遺影に語りかけます。。。



cpiblog01592 at 10:40|PermalinkComments(1)TrackBack(0)

2009年03月20日

息子の卒業

今日は息子の大学卒業の日です。
アメリカからチケットを手配して、一番早い便で帰国したのですが、
一番仲の良かった息子は、祖父の亡骸の対面することになったのです。
「まだお礼を言っていない」
「ありがとうの言葉を言ってない」
息子は声をふりしぼるように、男泣きをしながら、
父のそばから離れようとしませんでした。

息子よ・・それは母もそう・・そして妹もそうなのだよ。
どれだけ愛していたか、どれだけ感謝していたか・・。
まだ一言も言葉にして伝えていなかった。
父が生きていたらどれだけ、今日という日を喜んだでしょう。
娘の卒業証書は、酸素マスクをしながら手にとって見ていました。
娘にニッコリ笑ったそうです。

昨日から、コーチングの仕事を再開しました。
「今の私にできるだろうか・・」
正直心配でしたが、いつも通り、いつも以上に、
いいコーチングができたと、自負しています。

今日は、父の写真と一緒にWBCを観戦しました。
生きていたら、どれだけ観たかったことでしょう。
日が経つにつれて、父の死を受け入れられない自分が居ますが、
一日一日、山を一歩ずつ登るように、
乗り越えなければ・・。
いつか、父の存在をはっきりと心の中に感じ、
笑顔で日々の幸せを報告できる日を、夢見て・・。


cpiblog01592 at 17:01|PermalinkComments(1)TrackBack(0)人生 

2009年03月16日

息をするのも・・・

息をするのも辛い日々が続いている。
目が覚めると「あぁ・・父はもういないんだ」という絶望感で、
心を何かにわしづかみされたよう・・。
日にち薬はまだまだ効かないみたい。

不思議なのは、父をどんどん好きになること。
それも語弊はあるけれど「恋人」への想いに変化している。
遺影を見ても
「素敵だよ・・じいちゃん」
「ダンディだよ・・じいちゃん」
母に怒られるかな・・(笑)

お通夜、葬儀の日、父のそばからどうしても離れるのが嫌で、
ジッと遺影を見つめ続けていた。
どこからか聞こえる親戚の高らかな笑い声・・。
ここは、どこだろう?
なんのためにここに?
そんなせつない気持ちになった。

私はコーチングで、親を亡くされたクライアントさんに、
心から共感できていたか、急に不安になる。
共感ということはどういうことか、
共有ということはどういうことなのか・・。
父の死から学ばなければ・・。

そして少しずつ、少しずつ、強くなりたい。
そして父の笑顔を遺影から感じ取りたい。。。

cpiblog01592 at 16:56|PermalinkComments(0)TrackBack(0)人生 

2009年03月14日

いつまでも愛しているよ・・・

一昨日、最愛の父が亡くなりました。
最後まで生きることをあきらめなていなかった父ですが、
憎き癌には、勝てませんでした。

今はまだ夢を見ているみたいです。
入院しているだけのようでもあります。
「父はもういない
それは紛れもない現実。
でも・・いつもそばに居てくれることは、感じています。

最後のお別れのとき、父に泣きながらKISSをしました。
冷たい冷たいほっぺたでしたが、
父は照れくさそうに喜んでいました。

パパ・・(昔の呼び名です)
「いつまでも愛しているよ。
  あなたの子どもで本当に幸せでした・・」
今は悲しみの極みの所にいるけれど、
少しずつ少しずつ・・いつもの私に戻るから・・。
見守っていてね。。。


cpiblog01592 at 17:34|PermalinkComments(2)TrackBack(0)

2009年03月08日

娘の卒業

金曜日は、娘の学校の卒業式でした。
特に特別な時間なく、淡々と卒業証書が授与されていきます。
ここでびっくりしたのですが、
ほとんどの学生が、涙をぽろぽろ流しながら、
校長先生から受け取っていたこと。

普通なら、何かの歌を歌うときとか、思い出のビデオとか・・
そこでいっきに涙が・・となりそうですが、
メインの卒業証書授与での涙。
これこそ、本当の卒業式、そして涙の流し所だと思いました。
学生たちにとっては、
この卒業証書が、重たい重たい意味のあるものなのでしょう。

前夜、娘に今まで学んできたことをまとめた、
分厚いファイルを、見せてもらいました。
そこには「よくぞこれだけのことを・・」と、
感動でいっぱいになり、母はすでに涙がぽろぽろです。
がんばったね。。。

教室に戻ってから、先生の話しを泣きながら聴き、
先生も泣き・・。
そして親へ向かっての、お礼の挨拶。
娘は涙をこらえるのに、必死の顔・・。
「ありがとうございました」の言葉が
教室中に響きわたり、娘の姿を見て、こちらも涙が止まらない・・。

娘よ・・良い学校に入って、本当に良かったね。
母は、これからも貴女の世界一の応援団長です。



cpiblog01592 at 15:27|PermalinkComments(2)TrackBack(0)人生 

2009年03月05日

やっと撮れた我が家のウラン

60b3f52a.JPG


cpiblog01592 at 17:28|PermalinkComments(1)TrackBack(0)