2010年11月15日

【刀語】「大河饅頭十二箇所巡」 メイキングストーリー 1

<第一話:梅雨の西新宿>

 時は平成二十二年。そう、あれは梅雨の真っ只中の出来事であった。この国の人々が、ジメジメとした毎日に辟易とし、カラリと暑い夏を待ち望んでいた頃の話である。記録的な猛暑に襲われることも知らずに。

 出張で西新宿のホテルに滞在しながら、いくつかの商談や視察をこなしていた私のPCに、社長からメールが届いた。
 「なあ、木曜日の予定はどうなってる?」
 社長が私の近々の予定を聞いてくることは珍しいことである。社長と私は常にバラバラに行動を取りながら、互いの目的に従って効率的に動いている。同じ会社のナンバー1とナンバー2でありながら、一緒に仕事をするのは月に1〜2度だ。
 その木曜日は七月の初日であった。私は昼過ぎの飛行機で札幌に帰ることになっていた。
 夏は札幌で過ごすに限る。これに異を唱える者は居ないであろう。私は一年中、日本とアジアを飛び回っているが、夏の二箇月は故郷の札幌に滞在する日数を増やし、涼しい夏を満喫しようと考えていたのだ。

 私は、ホテルの部屋に必ず持ち込むコントレックスを、喉を鳴らしてぐびりと飲んだ。
 「木曜日、何かあるんですか?」
 私はぶっきらぼうなメールを返した。
 この蒸し暑い東京に必要以上に滞在させないで欲しいという願いを言外に匂わせていた。雨の上がった西新宿の景色を窓から眺めて、できることならば、このホテルから羽田行きのリムジンバスに直接乗り込めるスケジュールを変更しなくて済むようにと願っていた。開かない窓だというのに、湿った地面からすえた匂いが上がってくるのを感じるような、そんな気分にさせられていた。
 聞けば、特殊な商品の企画があり、社長単独ではプロジェクト実行の可否を判断するのが難しいということである。
 それならば仕方が無い。社長は経営と営業、私は商品や店舗の企画。どちらかというと、その商談は私の業務カテゴリーだ。面白そうな話でもある。私は快諾の連絡を入れた。

 一年の半分が過ぎた六箇月の間に、私は40回のフライトと、80泊のホテル暮らしを経験していた。ホテルの方が仕事が捗る。明け方までPCの前に座り、社の事業の行く末を描きながら、それを文章や図解に落とし込むのが日常であった。
 そんな夜の私の部屋では、灯りを全て落とし、灯りの代わりにテレビを付けて、漫然と深夜のプログラムに視覚と聴覚の緊張をほぐしてもらっていた。闇と静寂に包まれた部屋では当座の集中はできるものの、あまり良いアイデアが湧いてこないのである。むしろ、テレビの音と光の中で、それらが気にならないほどの研ぎ澄まされた集中力を示した時に、画期的なアイデアが湧き起こることを経験的に知っていたので、集中の度合いを測る指標としてテレビを稼働させておくという感じであった。

 出張先では、PCのディスプレイの静かな青い光と、テレビから放たれる動きのある光。その静と動の光の間に自分を置いて、朝の生きた陽の光が差し込む頃まで業務を続ける。力尽きそうになった最後に社内のスタッフに業務連絡のメールを送り終えると、部屋中の電子機器と自分の大脳のスイッチをオフにして床につく。それが習慣となっていた。
 一晩中、マゾヒスティックに自分を追い込み、最後にスタッフに向けてメールという形の毒を放つ。出勤して最初の業務が私の長大な業務指示メールを読むことになるなんて、弊社のスタッフは可哀相なものだと、サディスティックな気持ちになって、眠りにつくのである。全くもって悪趣味なことだ。

 テレビは特に何のプログラムを視聴したいということも無い。敢えて言うならば、PTAが嫌うタイプのプログラムが好きだ。芸人が騙し騙され、弄ばれている光景を見ていると、自分の身の回りに起きている深刻な出来事から少しの間だけ解放される。他人の不幸は蜜の味ということか。それが綿密な演出の中で表現されていることも、充分に承知しているのだが、まあ、テレビの向こうで起きている非日常を見ることが、私の現実逃避の手段の一つということなのだろう。まあ、こちらも悪趣味と言えなくもない。
 それに昼夜を問わず飛び回っていると、何かを見たいと願っても、それはスケジュールが許さない。ただ、深夜のプログラムだけは、比較的どんな業務があったとしても、気になる続きを見ることができることが多い。なので、運が良ければ深夜に何週間も続けて、同じプログラムを見る幸運に当たることもある。そして、その気になるプログラムの中に、ちょっと不思議なテレビアニメが存在していた。

 初めて見たのは二月のことであった。実に不思議な感覚に陥ることができた。
 人としての喜怒哀楽を失っている長身の男子と、髪の白さと左右の瞳のアンバランスが対照的な可愛い女子が、日本中を周りながら刀を収集していく。なかなか面白い。子どもが見るものではなく、大人が楽しめる内容だと感じた。画の美しさにも魅かれた。

 しかし、そのアニメの名前を私は認識できなかった。何しろテレビを灯り代わりにしている程度だから、プログラムが始まってしばらくしてから気付くためだ。「ああ、この前の続きのアレだ。」と。そんな状況であるからオープニングを見たことが無いという有り様であった。見終わった後に名前をネット検索するほどのマメな性格でも無い。しかも翌週、どんなに待っていても、そのプログラムは始まらないときている。
 そして忙しい日常の中でそのアニメのことは忘れ、忘れた頃にまた、そのアニメが放送されている機会に巡り合う。そんな日々が続いていた頃、私は意外な場所で、この作品と衝撃的な再会を果たすことになるのである。

〜 第二話に続く 〜



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cpiblog01825 at 06:59│Comments(0)TrackBack(0)

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