2010年11月18日

【刀語】「大河饅頭十二箇所巡」 メイキングストーリー 2

<第二話:護国寺の高層ビル>
 次の木曜日、私は懐かしい場所に居た。そこを訪れるのは実に12年ぶりであった。
 有楽町線の護国寺駅の前にある出版社、講談社である。
 社長と合流した後、アテンドしていただける取引のあるIT系の社長さんと会い、そして建物に入り、受付嬢と警備員に警戒されながら、アロハシャツ姿の私は建物の奥に進んでいった。

 あれは私がコンビニエンスストアの雑誌バイヤーだった頃だ。雑誌取次業者の担当課長に連れられて、一日で大手出版社5社を訪問するという強行スケジュールの中で、スーツに染みができるほどに汗でずぶ濡れになって、不愉快な気分でこの建物に入ったはずだ。そして二度と会うことはないであろう相手と形式的な名刺交換をした覚えがある。
 その想い出が脳裏を掠め、梅雨の蒸し暑さと相まって、私をちょっとクラクラさせた。しかし、あの時と今ではまるで違っていることがたくさんある。あの時はスーツだが、今はアロハシャツを着ている。あの時は主任だったが、5回の転職を経て今は専務だ。12年という長い時の流れは、私にスーツを脱がせ、痛風と糖尿と狭心症という持病を与えた。すなわち私は自由を勝ち取ったが、健康を失った。幸せなのかは甚だ微妙だ。
 あの時と今で変わらないのは、妻が見つからないことと、貯金が無いことくらいだ。
 そういえば、あの頃は110キロくらいだったが、今は100キロか。まあ、そんなものは、ここまで太ると誤差に過ぎないが。

 そんな回想が巡るほど、目的のフロアは高層階にあって、エレベーターの中での時間は長く感じられた。乗る人降りる人全てがエリート会社員に見えて、中小企業の木っ端役員である私の心の中で、勝手に闘争心が燃えて、脂っこい汗をかいていた。昼飯の食べすぎの影響とも言う。

 そして、目的のフロアに到着すると、そこには私と同じ身長でありながら、私の半分位の顔の大きさと、私より細くて長い脚の男性担当者の姿があった。私は思った。
 「本当に神様は不公平だ。」
 彼にフロア奥の会議室に連れて行かれる間も、周囲のデスクに座っている人たち全てに、私は念を送っていた。
 「今に見ておれ!このリア充め!」
 おそらく、この屈折した性格は、私が痩せて、若く美しい妻をめとるまで、変わることは無いのだろう。
 ただ、弊社の社長は太っているのに美しい妻が居る。なので体型と妻の存在に相関性は無いのかもしれぬ。頭にくるので、私は社長と食事に行くと社長が多くの炭水化物を摂取するように仕向けて、社長はそれにまんまと引っ掛かっている。そうして溜飲を下げるのが、雇われ専務である私のささやかな日々の楽しみでもある。

 本題に戻ろう。
 広く快適な会議室の机に、資料が置かれた。私はそこで再会を果たしたのだ。
「刀語」と書かれていた。西尾維新アニメプロジェクトとも。
 あ、これは、あのアニメ・・・
 私の脳裏に甦ったものは、薄暗いホテルの部屋で業務の合間にテレビに眼を向ける自分の背中であった。なぜか自分を俯瞰で捉えていた。

 そして、その後に続く、意外なほどにスケールの大きな提案に、耳を疑うのである。
「刀語のお菓子を作るという企画について・・・」
 社長は何も言わなかった。いや、言えなかったのだろう。
 歴史と伝統に裏打ちされて、地元札幌では知名度がそれなりに有るというものの、まだ中小企業としか呼べない弊社に対して、スケールの大き過ぎる話題が振りかかっているという事実の前に、ただ身を固めていた。刀語を知らなかったのも理由ではあるだろうが。

 私は商品開発のプロフェッショナルとして、話を聞きながら、その実現可能性を探っていた。弊社が有する経営資源のスケールから鑑みれば、いくぶんキャパシティオーバーの業務である。
 話に乗れば、社を挙げてのビッグプロジェクトになる。ただ痛みも苦しみも伴うだろう。弊社の製造と物流のインフラでは満足な対応ができないかもしれない。迷惑をかけることが明白であるなら、この最初の段階で断ることが食品製造業としての誠意である。
 話を断れば、それはそれで単なる想い出話になる。「こんな話があったんだけど、うちの会社じゃ無理だよね〜」なんて酒の肴のネタ程度にはなるのかもしれない。そもそも断ることにリスクは無い。しかし、その敵前逃亡ともいえる対応を、私は選べなかった。
 
 私の中で、挑戦してみたいという気持ちが、どうにもこうにも抑えられなくなった。
 食品の開発を一生の仕事と心に決めて十余年、私は一度たりとも「できません」と回答したことなど無かったではないか。このプロジェクトを成功させる。そしてスタッフも私も成長するのだ。人は大きな重圧を跳ね返さなければ成長など見込めないのだ。
 少なくとも、現在の弊社スタッフの能力では無理な話である。そんなことは百も承知だ。食品製造業でありながら、弊社には食品の開発経験者が私しか居ないのだから。
 しかし、プロデューサーとして私が主導しながら、プロジェクトの進め方を教育しつつ、チームを率いていけば、もしかしたら可能かもしれない。これはピンチではなくチャンスなのだ。 私は決心した。そして答えた。
「商品企画書を作成し、送付致します。」
 私の背中に一筋の汗が伝った。

〜 第三話に続く 〜





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