2012年01月30日
東北感想
1/22〜出発して27の午前1時に帰宅しました。
走行距離3500キロ 4泊6日の超ハードスケジュールでしたが、
今の生活のありがたさ、日本人の忍耐強さを、感じる旅でした。
各地の皆さんほんとに頑張っておられました。私には手助けになるような事は、
何も出来ませんが、機会があれば又、現地に行きわずかな消費と、
写真を残す事です。
これからも、この惨状を忘れないよう心がけます。
福島の、ホテルの仲居さん、石巻の業者の方、南三陸のホテルの仲居さん
大船渡の業者の方、そして、復興に頑張った、気仙沼ほていさん
応援しています。有り難うございました。
必ず、又行きます。
走行距離3500キロ 4泊6日の超ハードスケジュールでしたが、
今の生活のありがたさ、日本人の忍耐強さを、感じる旅でした。
各地の皆さんほんとに頑張っておられました。私には手助けになるような事は、
何も出来ませんが、機会があれば又、現地に行きわずかな消費と、
写真を残す事です。
これからも、この惨状を忘れないよう心がけます。
福島の、ホテルの仲居さん、石巻の業者の方、南三陸のホテルの仲居さん
大船渡の業者の方、そして、復興に頑張った、気仙沼ほていさん
応援しています。有り難うございました。
必ず、又行きます。
2012年01月29日
東北4
今回、石巻まで出張があり、数年前、お世話になった大船渡に行きたく
脚を伸ばしました。
船が、陸上にあった場所は、わかりませんでした。修理検査を終えて係留していた
岸壁は、立ち入る事すらできず、お世話になった旅館もありません。
辛くなるばかりです。
当時、何メートルもある水門を見て、過大設計と感じた物は、すっかり無く
水の力に驚かされるばかりでした。市内を回っていると、お世話になりました
プロパンガスのお店が、修復をして再開してました。ヤマハのお店も修理をして
営業をしていました。沢山の新艇が入荷して、忙しそうでした。
何とか、元気が出てきました。
写真が無いのが残念ですが、ごめんなさい!
あまりの寒さに、車から降りませんでした。
何せ、この冬一番の冷え込みその上東北ですよ!
へこたれました。
以前寄りました、飲食店で昼食をしました。少し高台にありましたので無事でした。
周りが何もありませんので、結構繁盛してました。以前は、夕食時
私たち二人でした。

脚を伸ばしました。
船が、陸上にあった場所は、わかりませんでした。修理検査を終えて係留していた
岸壁は、立ち入る事すらできず、お世話になった旅館もありません。
辛くなるばかりです。
当時、何メートルもある水門を見て、過大設計と感じた物は、すっかり無く
水の力に驚かされるばかりでした。市内を回っていると、お世話になりました
プロパンガスのお店が、修復をして再開してました。ヤマハのお店も修理をして
営業をしていました。沢山の新艇が入荷して、忙しそうでした。
何とか、元気が出てきました。

写真が無いのが残念ですが、ごめんなさい!
あまりの寒さに、車から降りませんでした。
何せ、この冬一番の冷え込みその上東北ですよ!
へこたれました。
以前寄りました、飲食店で昼食をしました。少し高台にありましたので無事でした。
周りが何もありませんので、結構繁盛してました。以前は、夕食時
私たち二人でした。


東北3
24日は、お昼前に石巻に入りました。
昼食後、南三陸〜大船渡に行く予定でしたが
日が暮れてきましたので、気仙沼から南三陸のホテルに帰りました。

あの、防災センターと、病院です。周りに何も無く、あの時皆さんが
どんな思いをされ、逃げる事の出来なかった無念さ、
此処に、たたずんでいると、涙を堪える事は、出来ませんでした。
来るべきでは、なかったそんな想いで、ホテルに向かいました。
長距離の運転で、膝と腰だ痛く温泉でゆっくりして
楽しい夕食です。
何百人の方が、宿泊されてました。お仕事でしょう?作業着の方が
沢山おられました。観光客も沢山いました。
食事の時、仲居さんから色々お話を伺いました。
お住まいは、気仙沼の仮説住宅。結露が酷く
まるでお風呂場の状態だそうです。
ボランティアの方と仲良くなり、除湿機を送っていただいたと
喜んでおられました。何かお力になりたいと思い尋ねますと、
沢山の仮説住宅で、結露に皆さん大変苦労されているので、
除湿機が欲しいといわれてました。
それと、段々と忘れられていく事が、辛いと話されてました。
とても明るい方でしたので、さらっとお話されましたが、
大変だと感じました。まだ、四十代でしたので元気で、パワフルでした。
これから、お家も建てるそうです。
昼食後、南三陸〜大船渡に行く予定でしたが
日が暮れてきましたので、気仙沼から南三陸のホテルに帰りました。


あの、防災センターと、病院です。周りに何も無く、あの時皆さんが
どんな思いをされ、逃げる事の出来なかった無念さ、
此処に、たたずんでいると、涙を堪える事は、出来ませんでした。
来るべきでは、なかったそんな想いで、ホテルに向かいました。

長距離の運転で、膝と腰だ痛く温泉でゆっくりして
楽しい夕食です。
何百人の方が、宿泊されてました。お仕事でしょう?作業着の方が
沢山おられました。観光客も沢山いました。
食事の時、仲居さんから色々お話を伺いました。
お住まいは、気仙沼の仮説住宅。結露が酷く
まるでお風呂場の状態だそうです。
ボランティアの方と仲良くなり、除湿機を送っていただいたと
喜んでおられました。何かお力になりたいと思い尋ねますと、
沢山の仮説住宅で、結露に皆さん大変苦労されているので、
除湿機が欲しいといわれてました。
それと、段々と忘れられていく事が、辛いと話されてました。
とても明るい方でしたので、さらっとお話されましたが、
大変だと感じました。まだ、四十代でしたので元気で、パワフルでした。
これから、お家も建てるそうです。










