2017年05月28日

不死鳥 十四牌

仕事を終えて渋谷へ。
この季節恒例の水戸ちゃんの「不死鳥 十四牌@O-west」に参戦する。
開演し、冒頭から新譜『知恵ノ輪』からの選曲が続く。
新譜のプロデュースを行なった杉本恭一さんも、バックの一員として演奏している。
通常、不死鳥ではゲストして呼ばれて登場するが、今回に限っては、あたかもメンバーのような存在感を示していた。
新譜に関しては、あらかじめ何度か聴き込んでいたため、それなりに耳に馴染んでいる。
水戸ちゃん本人も語っていたが、恭一さんの手にかかったことにより、ステージに新たな世界観が広がった印象である。
一人目のゲストは、以前にも登場したアキマツネオさんである。
笑いを交えたMCのあと「君と瓶の中」「Romanticが止まらない」「風船」の3曲。
瓶の中は、アキマさんの声とよく合致し、フリも併せて抜群のチョイスだと思う。
次のゲストは宮田和弥さんである。
実はカズヤを見ることが、今回自分の最上の楽しみでもあった。
ジュンスカの初期のアルバムなど人並みに聴いていたが、LIVEは未体験であった。
目の前で、動いて、歌うカズヤに、ある種の感動を覚える。
我々の世代にとっては、やはり「アイドル」みたいな人なのだ。
「特急キノコ列車」「すべての若き糞溜野郎ども」「犬と夕暮れ」の3曲。
ジュンスカの声で、糞溜め野郎〜と聴こえるのが何とも不可思議で微笑が洩れてしまう。
カズヤのハープも冴える「犬と夕暮れ」もいいチョイスだと心底思った。
ゲストの場面も終了し、通常の3-10chainに戻る。
アンジー初期のメドレーから、メジャー1stの「天井裏」「おやすみ」で本編終了。
メドレーの「幽霊」など特にそうなのだが、当時の楽曲をこの年齢で聴いていると、なんとも言いようのない郷愁が膨れ上がり、違う意味でジーンとしてしまう。
我がケチな人生、いろいろあったが、今ここにこうして立っていることが幸福なのだと思えてくる。
今でも歌っている水戸ちゃんにも感謝である。
最後の最後は今夜の出演者全員で「ジョニーは鼻毛がヒッピースタイル」。
熱く盛り上がれ、ハッピーな一曲である。
出演者も客席も総じて年齢を重ねた顔で埋め尽くされているが、いつまでもこうしていたい、、、とぼんやり考えてしまった。

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2017年05月25日

整体

先月末、腰痛に襲われ1週間ほど使い物にならず、当初の予想以上に苦しめられたが、今月に入り、一応は快復し通常の生活を送っている。
だが、起床時の寝起きの際、患部はいまだ怪しく痛み、仕事を終えた夕方なども、不安を伴う鈍い痛みをもたらしたりしていた。
休日の今日、思い立ち、ある整骨院に電話をする。
都合良く、正午前に空きがあったので、その場で予約をした次第であった。
先日、テレビの健康番組で腰痛の特集の際、番組に出演していた治療院に関心を持ち、場所が秋葉原と便利だったことから、物は試しというのが、腰の完全復活を祈願している現在の自分の心境であった。
秋葉原界隈までは自宅から徒歩で一時間弱で行けるため、散歩気分でぶらぶらと歩いて行く。
11時50分、治療院に到着。
最初に紙片を渡され、生活習慣の質問項目に答え、自覚している症状の詳細を記入して施術を待つ。
担当してくれたのはがっちりした男性である。
様々な姿勢を要求され、その度、こちらの背骨や骨盤に触れて逐一状態を説明してくれる。
とにかく、自分の今の身体は拗くれ、歪みまくっているらしい。
正常な背骨は横から見たらS字の形らしいが、我がS字は腰の部分が直線的になっていると言われた。
やはり腰痛の元凶と感じている箇所、背骨の影響を受けて筋肉が異常に固まっているとのこと。
施術は30分ほどだったか。
四つん這いやうつ伏せ、仰向けの状態で、両脚、両腕など身体の各所を揺らしたり、引っぱったりしてもらう。
最初のうちは日数を空けず、連続して施術したいと言われた。
そいうものかもしれないと思ったが、仕事などもあり、週明け月曜日に2回目の予約を入れて帰宅。
この整体は、表面的な痛い所を治していく対症療法ではなく、原因そのものを制御する原因療法なのだという。
腰の不安は依然残るが、初回の今日、いろいろな説明に加え、治療の計画なども提案され、ここなら治るかもしれないという期待感が高まっている。
帰宅も徒歩で。自宅近くまで来たところでパラリと降雨。
(本日の歩行距離11.54km/2時間12分)

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2017年05月22日

浜松

前日、東京を離れ、奥三河へやって来ていた。
妻の実家へ数年ぶりに顔を出し、近所の酒蔵で酒の量り売りを購入したり、義母が丹精している小さな畑を見せてもらい、トマトの芽かきを行なった。
畑にはトマトの他、アスパラ、インゲン、人参、ピーマン、玉ねぎ、ミントなどが植わっており、いつか畑をやってみたいと漠然と考えている自分には、楽しいひとときであった。
今朝の朝食には、昨日収穫してきたアスパラが食卓に乗り、穫れたての美味さを実感する。
10時過ぎ、義妹の運転する車で奥三河を後にした。
町内をしばらく走ると、愛知県から静岡県浜松市に入った。
それからすぐに竜ヶ岩洞という鍾乳洞へ到着。
中学生の時分、修学旅行で秋芳洞へ行ったことを思い出した。
鍾乳洞の中はひんやりと涼しく、いたるところ湿り気を帯びてじとじとしていた。
内部は予想以上の規模で、様々な呼称の岩が随所に出来上がってい、途中、落差のある滝まで流れていた。
それほど期待していたわけではなかったが、鍾乳洞というのは思いの外興味深かった。
その後もドライブは続く。
浜名湖の手前のうなぎ屋で名物のうなぎを食べた後、浜名湖へ。
かんざんじ温泉という小さな温泉街の駐車場に車を置き、みんなで遊覧船に乗る。所要時間30分。
視界の先に東名高速の真っ赤な橋が見える。
乗客は10名にも満たずガラガラだったのは、平日のせいだろう。
船上から眺める浜名湖は、とても湖とは思えない。
それだけ浜名湖は大きな湖であった。
今回初めて知ったが、浜名湖は汽水湖なのだそうだ。
船を降り、さらにドライブ。浜松駅方向へ南へと車は進んだ。
湖に渡された丁字路の橋を珍しく見ながら、東海道線の走る辺りまで来ると、以前、普通列車や新幹線などでこの景色を車内から眺めていたことを思い出した。
浜松駅に行く途中、うなぎパイファクトリーへ立ち寄る。
あの有名菓子の工場を見学出来るらしい。
予想通りと言うべきか、見学出来るのはわずかな場所だったが、製造の過程をわかりやすく見せていたと思う。
観光バスが何台も乗りつけ、直売所は大盛況であった。
そのまま浜松駅まで送ってもらう。ひかり474号発車10分前であった。
運転席の義妹と助手席の義母に手を振って、切符売場へ急いだ。
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2017年05月21日

豊橋

東京10時33分発、ひかり509号の指定席に座る。
なんとなく缶ビールを購入し、午前中から一杯。
目的地の豊橋にのぞみは停車しないので、ひかりに乗っているが、個人的にはこだまでも良いと思う。
定刻11時57分、豊橋着。
何年ぶりか失念したが、前回と何も変わっていないように見えた。
豊橋の町並は道路ばかりが広いが、歩道を歩く人がほとんどいない。
時折路面電車がも通り過ぎていくが、なんとも辺りは閑散としてる。
豊橋名物のカレーうどんを食べ、駅に戻っていると、突如、人で賑わう通りに出くわした。広小路通りというらしい。
豊橋の人達はこんなところにいたのかと、様子を窺うとハンバーガーフェスティバルの真っ最中のようである。
カレーうどんを食べた直後だったが、せっかくなので地元の豊橋ぴかいちバーガーを食べ歩き用に購入した。
豊橋駅まで戻り、飯田線に乗り込む。2両編成の単線ローカルである。
30分少々で新城駅に到着した。奥三河の入口である。


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2017年05月20日

横浜

仕事を終えて横浜へ。
今夜はLIVEで知り合った面々との宴会。
自分にはまるで馴染みのない場所で、市ヶ谷からの桜木町までの移動方法が皆目浮かばない。
路線案内で調べたところ、秋葉原から京浜東北線に乗り換えろとの指示。
移動時間の1時間弱を遠いと見るか近いと見るかは迷うところである。
酒場の町として有名な野毛のとある焼鳥屋が待ち合わせの店である。
集合時間ちょうどに入店すると、奥の座敷にすでに見知った顔が幾つか見えた。
関西から4名、関東から6名ほど集まっている。
4月、大阪に遊びに行った際も会っているので、わずか1ヶ月ぶりの再会である。
美味い串を噛みしめつつ、四方山話で数時間。
普段、世間を狭くして暮らしており、友人でもない人間とは天気の話くらいしか出来ぬボンクラの自分が過ごす気安い時間。
二次会と称し、カラオケボックスの大広間につき合わされたのは想定外だったが、楽しい夜であった。


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2017年05月17日

散歩

休日。散歩。
10時24分、自宅を出発、とりあえず大久保通りを東に向かった。
外堀通りを水道橋で曲がり神保町へ、そこから靖国通りを浅草橋まで。
ここ数年、幾度となく歩いたルートで、勝手知ったる街並である。
気分を変えるため、浅草橋から日本橋の方へ向かう。
この辺りは殆ど歩いたことのない道で、案外新鮮であった。
東日本橋から清洲橋通りへ入る。
久松町、浜町と過ぎていき、浜町公園で小休止。
その後、新大橋通りで隅田川を越えて、江東区へ入った。
すると、途端に風景が一変するようであった。
高層の建物が殆ど見かけなくなり、昔ながらの住宅が増えてきた。
清洲橋通りの真下には、近ての都営新宿線が走っている。
菊川、住吉、西大島、大島、東大島と、新宿線の駅出入口を辿って行った。
次に新船堀橋で、荒川を越える。江戸川区へと入った。
船堀から新宿線と離れて進んでいった。
やがて、旧江戸川と新中川の合流地点へ。
入り組んだ運河に架かる橋を2つ渡れば、そこは千葉県浦安市であった。
とは言え、町の景観は江戸川区のそれとは大差ない。
浦安に入って、ほどなく東西線の南行徳駅が現れる。
今日はここで歩き終わりとした。
帰路は東西線で神楽坂駅まで一本。14駅ほど揺られた。
(本日の歩行距離17.2km/3時間19分)


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2017年05月07日

散歩

休日。散歩。
10時20分、自宅を出発。
筑土八幡から牛天神下を経て、春日に入り、伝通院前からゆるやかな上り道を歩いて行った。
白山通りを北上し、白山へ至り、道すがら目にした白山神社の案内に従い、白山神社へ立ち寄った。
白山辺りはぽっかり抜けており、過去一度も歩いたことのない一帯であった。
神社そばの公園には、数週間後に色づきそうな紫陽花が膨らみ始めている。
白山から本駒込、駒込とさらに北上し続けた。
JR駒込駅を過ぎて、霜降銀座商店街という昔ながらの雰囲気を滲ませる商店街を歩いた。
肉屋や野菜屋や雑貨屋、総菜屋など一見して安い価格設定の商店が軒を並べている。
自宅近所にこうした商店街はない。こんな町に住んだらどんな感じだろうと少々羨望の気持ちが芽生える。
商店街を過ぎ、細い路地の続く住宅街を進んでいった。
都電の線路を越えると程なく王寺駅が現れた。
駅を抜け、飛鳥山公園を抜ける。
4月訪れた際に満開だった桜の木は、すっかり新緑の葉桜である。
駅近くの北とぴあを見ながら、通りの名前も定かではない二車線のバス通りを歩いた。
東十条を過ぎれば、今日の終着赤羽に到着である。
時刻は13時過ぎ、酒場の建ち並ぶエリアへ足を入れ、一軒の居酒屋へ入店し、昼食がてら昼呑みを始めた。
バンドの練習で赤羽には度々訪れるが、それぞれ楽器を抱えているため、練習後に立ち寄る店は決まっている。
こんなときにしか入れない、こまこました狭い酒場を選んだのは言うまでもない。
1時間少々だらだらと呑み、南北線・赤羽岩淵から地下鉄に乗って帰宅した。
(本日の歩行距離12.5km/2時間52分)

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2017年05月03日

石尾根

前夜は立川のビジネスホテルに宿泊していた。
仕事を終えて中央線に揺られ、立川までは約1時間を要した。
この1時間が早朝からの山歩きに際し、それなりの意味を持つ。
早朝5時過ぎに起床し、青梅線で奥多摩駅まで行く。
祝日のことで、電車内は山の恰好をした乗客の姿が散見されたが、乗り換えのバスに至っては立ち客でぎゅうぎゅう詰めの状態だった。
つり革につかまったまま30分、奥多摩湖に沿って伸びる青梅街道を運ばれた。
バスが山梨県に入ったことが車内放送にて告げられると、すぐに鴨沢バス停に到着。7時40分であった。
一斉に湖畔に吐き出された乗客達は、それぞれに準備に余念なさそうである。
自分らも足元を整え、軽く身体を伸ばしたり縮めたりしてから、登山道へと歩を進める。
山梨県警の警官が3人ほど、折りたたみ式のテーブルの前に立ち、登山届けの提出を求めている。
氏名、住所、予定する行程を紙片に書き込み、いよいよ歩き始めた。
鴨沢から七ツ石山まで行き、石尾根縦走路を奥多摩駅方向に縦走していく予定である。
舗装された道をゆっくりと登り、やがて登山口へ。
鴨沢バス停で下車した登山者らは、スタート時にばらけてしまい、道すがら周囲に見える者はほんの数名の、静かな山歩き。
七ツ石山まではそれほどきつい箇所はないが、それでも2時間半かかって七ツ石小屋に到着したのは10時22分であった。
小屋の前の広場はベンチも設えられ、水場もあることから、大勢が休憩中である。
ここで小休止。用意してきたパンとおにぎりを腹に入れ、空で持参したペチャンコの水筒に水を補給した。
25分ほどの休憩を終え、ここでストックを取り出してセッティング。今日は少しでも省エネモードで歩きたい。
小屋からさらに登っていくと石尾根縦走路が現れる。
右へ行けば奥多摩駅方向。七ツ石山は左である。
七ツ石からの縦走を目的として来たので、左へ。
七ツ石山(1757m)には11時05分到着。山頂には男性グループが一組。
燦々と降り注ぐ日光を遮るものがなく、照り返しがきつく暑い。
登ってきた道を下って行き、七ツ石小屋から出てきた地点を過ぎ、11時37分、千本ツツジを通過して行った。
石尾根縦走路は、この先アップダウンの尾根道が続く。
12時03分、高丸山(1733m)、12時31分、日陰名栗山(1725m)と縦走。
それぞれの山の高度は大差ないが、都度、100mから200m下りてから登り返すため、累積標高はなかなかなのだ。
完治していない腰の痛みが患部に意識されはじめ、同時に疲労も募っていくようである。
鷹ノ巣山に向かっている途中、見晴らしの良い草っ原が現れ、そこで昼食とする。
七ツ石小屋で頂いてきた水を沸騰させ、カップラーメンとコーヒーのメニュー。
座っていると腰に重い鈍痛を感じ、ぶり返しが懸念される。
25分ほどの休憩を終え、縦走路を下って行き、鷹ノ巣山避難小屋へ。13時20分。
ここから鷹ノ巣山まで再び勾配のきつい道を登って行く。
鷹ノ巣山(1737m)に13時44分到着。
広々した山頂には数名の登山者が休息している。
このまま、縦走を続け、六ツ石山から奥多摩駅まで歩き通したい意向でいたが、地図と時計を照らし合わせてみると、なんとも判断に迷う塩梅。
現在の疲労を勘案すれば、この辺りで奥多摩湖まで下山した方が懸命との結論を出した。
当初の奥多摩駅までという目標が頓挫する成り行きが悔しく、また、石尾根の予想外の難儀さを再認識する。
また次の機会に踏破を目論むことにした。
奥多摩湖、小河内ダムの水と緑のふれあい館まで約2時間半。
沢についたり離れたりしながら、歩いても歩いても高度のさがっていかないルートに、終盤は辟易しながら、なぜか襲ってくる睡魔とも闘いつつ16時過ぎ、ふれあい館に到着する。
昨年、雲取山からここまで下山した折利用した食堂はぎりぎりで閉店しており、売店で缶ビールを購入して、外のベンチで缶を空けた。
渇いた喉にしみ込む美味さ。
奥多摩駅までのバスはやはりすごい混雑である。
奥多摩駅からはJRで中野まで。ホリデー快速を逃し、青梅、立川と2度の乗り換えを強いられ残念。
本日の行程は19.8km、7時間38分(休憩休息除く)。
ぎっくり腰直後の身には堪えた。
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2017年05月01日

復帰

9日ぶりに職場復帰。
依然、腰部に違和感は残り、万全ではないのだが、なんとか務めを果たすことは出来た。
昨年9月の強烈な腰痛よりはまだましと、今回はそれでもどこか楽観的でもあったが、結局のところ8日も休んでしまったのだった。
欠勤してしまった分は有休がまかなえることは有り難いことだが、願わくば、有休というのは旅行や山歩きなど、愉快な事項に使用したいものである。
思えば、昨年からインフルエンザ、腰痛などと余暇とはかけ離れた事故によって休みを費消し続けており、なんとも遺憾。
これから腰の方を万全まで回復させることが課題である。

crass at 18:33|PermalinkComments(0)TrackBack(0)独り言 

2017年04月28日

散歩

少しずつ快復に向かっている腰痛だが、職場の責任者と電話で対話した結果、無理をせずじっくり休み、週明けから完全復帰するよう提案される。
今日を含め、あと3日も休みが続く。
有休のことなど、事後の対応を思えば気持ちも塞ぎがちである。
10時前、散歩に出掛ける。
後楽園から春日に抜け、本郷、湯島と行き、蔵前橋通りに入り、末広町から蔵前まで歩いた。
この辺りで腰の左側に鈍痛を覚え、これ以上の歩行は、現在の自分の身体にとって過度な運動になるかと懸念され、江戸通りを北上して浅草から浅草通りを上野方面に引き返すことにした。
田原町、稲荷町と辿りながら上野へ。
そのまま上野御徒町駅まで行き、大江戸線にて帰宅。
立ったり座ったり寝転がったりと、姿勢を変えるとき、相変わらず腰に電流のような痛み。
あと数日でどこまで快復するのか甚だ不安。
(本日の歩行距離10km/2時間06分)

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