2017年08月19日

野音

今年で何度目になるのだろうか。
毎年恒例のsion野音。
記憶が正しければ自分尾場合、18年ほど欠かさず観ているはず。
自宅最寄りの停留所で都バスに乗り、経済通産省前で下車。
午前中からどんよりした空が広がっていたが、バス車中でいよいよぱらぱらっと降り始めた。
新橋辺りまで足を延ばし、居酒屋で昼飲みで数杯。
その間に土砂降りの雨となった模様。雨雲レーダーを確かめると降雨量を物語るような真っ赤っか。
開場時間を少し過ぎた頃、濡れるの覚悟で野外音楽堂に到着していた。
このとき、雨は弱まり加減であった。
この後、開演から終演まで、本格的な降りを免れる奇跡的な1時間半だった。
今年の野音のセットリスト。
意外性もあり、もちろん定番のあり。
会場の一番上の場所で、旧友と肩を並べて俯瞰で眺めていた。
会場はそれは盛り上がっていた。
自分はsionのLIVEに以前のような熱狂は感じなくなっている。
それは決して冷めているわけではない。
これだけの長い期間、一人のアーティストの動く姿を見つめ続けてきた例は他になく、その過ぎ去ってしまった、個人的な長い時間がLIVE中脳裡に蘇ったりもして、なんとも途方のない感傷を覚えたりするのである。
今年の野音も良かった。今年の野音も観ることが出来た。
それでいい。

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2017年08月08日

酒田にて

昨夜は酒田にて懐かしい友人と再会を果たした。
その男とは15、6年前に共にバンド活動をしていた。
現在は生まれ故郷の酒田で暮らしている彼は、当時まだ大学生の若手だったが、久しぶりに対面し、今年すでに37歳と訊いて、月日の経過に目を見開いたりした。
彼の行きつけの居酒屋で待ち合わせ、美味い地酒と地魚で楽しい時間を過ごす。
すこぶる美味い地元産の岩牡蠣はじめ、先週、当夜のために店主と打ち合わせたという料理の数々は、間違いなく絶品であった。
友の心遣いに感謝しながら、懐かしい話から近況に至るまで話は尽きないのだった。
15年ぶりに会っている感覚はまるでなく、つい昨日会っていたような時間が流れた。
友達は地元の企業で懸命には働きながら、一方ではバンド活動も精力的に行なっているらしい。
生まれ故郷でしっかり根を張って生きていることに頼もしさ感じ、また、山形県酒田市という自分には未知なる地方都市にもライブハウスが存在し、音楽活動も楽しめている事を知り、自分のことのように嬉しくなったりした。
23時の閉店後、これも彼の行きつけのロック系のバーに連れて行かれ、その店のマスターとも親しく話した。
日中、酒田の閑散とした町並を垣間見、友の暮らしぶりをあれこれ想像していたが、この夜の数時間だけで、彼の充実した生活を感じ、なんとなく安心したりした。
今朝、6時に起床し、ホテルのバイキング式の朝食を食べ、待ち合わせの10時にホテルへ出る。
しばらくすると、友達のスイフトが颯爽と現れた。
そこから酒田市内のドライブと相成った。
日和山公園、日枝神社を見ながら海岸の方へ回ると、風力発電の風車が迫ってきた。
分かっていたことだが、やはり巨大だ。実際間近にすると目を見張るものがあった。
どこに立ち寄るわけでもなく、車窓に見える酒田の町並を話題に車は走り続けた。
車がどちらに向かって走行していても、常に鳥海山の姿がくっきりと眺められる。
そして、車は余目へと辿り着く。
余目は別の友人(現在のバンドのベース)の出身地ということで、一度訪れてみたいと自分が所望したのである。
初めて訪れた余目町は、市町村合併で現在は庄内町というらしい。
余目駅前の庄内町新産業創造館クラッセという真新しい施設で、地産の野菜や果物、土産物など物色した。
再び車は酒田へ戻っていく。酒田のB級グルメ「あとかけソース焼きそば」で昼食。なかなか美味しい。
食後、山居倉庫(さんきょそうこ)まで運んでもらい、友達の仕事のためここでお別れとなった。
別れ際、友達の1stデモCDを手渡される。売価の200円を支払った。
山居倉庫は明治に建てられた米倉庫で、現在も実際に使用されているようだが、敷地内に観光物産館、歴史資料館のある観光施設でもある。
酒田から乗車する列車の時間まで、ぶらぶらと過ごした。
タクシーを呼び、酒田駅まで。
酒田駅14時26分発の特急いなほ10号に乗車した。
初めて乗る羽越線の日本海を望む車窓の眺めが楽しい。
新潟駅には16時33分到着。新潟からはMaxとき336に乗り換える。二階席。
たまにしか乗ることはないが、新潟新幹線では毎回くつろぐことが難しい。
大抵満席なのだが、二階建て車両のせいか、狭っ苦しくて仕方ない。
18時54分、上野で下車。
短い夏休みが終わった。
ずっと念願としていた鳥海山に登り、古い友人と酒を飲むことも出来、なかなか良い休暇となった。
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2017年08月07日

下山

昨夜、宿泊した山頂御室小屋。
2組の団体客と鉢合わせとなり、食事は3回に分かれる盛況ぶりであった。
当然、雑魚寝もぱんぱんの飽和状態である。
耳栓突っ込んで割と熟睡していたが、3時半頃の点灯で起こされる。
ご来光を見に行く人のための措置である。
団体客をはじめ、多くの者が出掛けていった。
ご来光を見るためには小屋からさらに上へと登るわけだが、新山の頂上は狭く、小屋番からは外輪山の七高山へ行くことを、前夜薦められていた。
自分は帰路、外輪山から下山することになっていたこともあり、ご来光は
遠慮し、小屋の前の広場で日の出を待つことにする。
4時40分を過ぎた頃、西に見える外輪山の稜線の向こう側に朝日が満ちてくる気配。
それからは秒刻みの展開であった。瞬く間に空が明るんでいった。
東の空の先には広がる日本海に、やおら三角形の影が浮かんだ。
その影は少しずつ大きくなっていく。これが噂に聞いた影鳥海であった。
周囲の誰もがカメラを構えていた。
5時半の朝食後、ペットボトルの水を500円で購入し、小屋を6時に出発した。
外輪山コースに入るためには、一旦斜面を下り急な岩場を登って行かなければならない。
斜面を下りきると、雪渓が現れる。人の踏み跡があるが、滑りそうな雰囲気に足元に注意を払い渡りきる。
急登を上がり、外輪山の稜線に取り付いたのは6時19分である。
遮るものの何もない稜線上に、降り注ぐ朝日の光線。
今日も暑くなりそうだと思った。
鳥海山の山頂からは見えない角度に、秋田県の横手市、湯沢市辺りと思われる町並が遥かに見える。
基本的に下って行く行程ながら、稜線は小さなアップダウンも続いた。
どこの稜線でもそうなのだが、行く手はもちろんのこと、歩いてきた道程も見渡せる山歩きは格別のものがあった。
対面には山頂御室小屋が見え、鳥海山山頂をぐるりと巻くように歩いて行った。
左手には山形県酒田市の海岸線に建った風車まで見渡せ、庄内平野が広々と続いている。
右手を見下ろせば、メインコースを並んで歩くグループが点々と見える。
こちらのコースにはあちらと違い、歩く人はほとんどいない。
文殊岳を過ぎ、昨日歩いた大雪渓を下に見ながら、8時03分、外輪山分岐地点に辿り着いた。
もう一方のメインコースと合流したわけである。
ここから目に見えて周辺に登山者の姿が増えた。
扇子森の起伏を大汗かきかき越えると、美しい鳥海湖が姿を現し、さらに進めば御浜小屋であった。このとき8時56分。
この先、岩を敷いた歩道となる。
下山の残りはわずかとなる、賽ノ河原まで来て、休息することにした。
リュックを降ろし、清流のそばまで近付いて、カップに酌んだ水を数杯。
冷たく清らかな水が美味い。
顔や手を洗ったりして、20分以上の憩いの時間となった。
賽ノ河原から鉾立までは50分ほどを要した。
10時半、無事に下山することが出来た。
ビジターセンターの売店でファンタを買い、一気に流し込む。
とにかく晴天に焼かれ、身体中が渇きを訴えていた。
象潟駅までの乗合タクシーまで時間があるので、ついでに食堂で昼食も。
ラーメンを平らげる。その後、かき氷にも手を出した。
鉾立口12時25分発のブルーライナーで象潟駅まで。
象潟駅から13時16分発の羽越本線の普通列車へ乗車した。
秋田県から山形県へ入り、酒田駅に到着したのは13時55分であった。
羽越本線のどこを走っていても、車窓からは鳥海山の優美な姿が認められる。
少し雲が出て、上の方が隠れていたが、2日がかりで先ほどまで歩いた山だと思えば、また違った感慨も感じられるようであった。
酒田駅前に予約してたホテルのチェックイン時間が15時だったため、リュックを預けて町を散策する。
思った通りというべきか、地方都市によくあるような、全体的に閑散とした雰囲気である。
恐ろしいほどの暑気に目眩を起こしそうだった。
真っ赤に日焼けした両腕のあまりの痛みに、探しに探して小さなスーパーで化粧水を買ったりして、15時過ぎ、ホテルに投宿した。
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2017年08月06日

鳥海山

走行するバスの中で気がつくと、すでに山形自動車道から一般道へ下りていた。
時計を見ると4時30分、ほんの数時間だがまどろんでいたらしい。
窓を隠すカーテンを細く開くと、朝焼けに浮かんだ鳥海山の大きな影がくっきりと視界に飛び込む。
やがてバスは海岸沿いに延びる国道7号を北上しはじめる。
そして県境を越えて秋田県へと入っていた。
定刻より15分ほど早い5時に象潟駅へ到着した。
下車するのは山の恰好をした10名程度である。
象潟の駅前は閑散としており、コンビニの一軒すら見えない。
予報通りの上天気の早朝、次に乗ることになっている鳥海ブルーライナーの時間まで、何をするでもなくぼんやり待っていた。
6時20分、乗合タクシーの鳥海ブルーライナーがやって来る。
マイクロバスに乗り込んだのは、東京から共に移動してきた10名程度であった。
鳥海山の裾野をじわじわと高度を上げながら、35分後、ブルーライナーは鉾立口へと到着。
すでに駐車場には相当数の車両が並んでおり、辺りには登山者がちらほらと見受けられる。
足元を整え、7時20分登山開始。
しばらくは舗装された登り道が続く。展望台があったりして、登山はしなくとも鉾立口だけを目的とする観光客もいるのだろう。
8時前にもかかわらず強烈な日射しが降り注いで、早くも汗が流れはじめた。
Tシャツから露出した両腕が焼かれ、ひりひりと痛い。
8時43分、賽の河原に辿り着いた。
周囲には雪渓が残り、思わず感嘆の声を洩らす。
ここは水場になっていて、冷たく豊かな清流が音をたてていた。
水の流れに近付いて、顔を洗い両腕を浸すと、束の間生き返る心地。
タオルを濡らし首に巻く。ペラペラ水筒に水を補給した。
賽の河原から岩を敷きつめた道を登りきれば、御浜神社の鳥居が現れ、御浜小屋が建っている。9時25分。
小屋で缶コーラを500円で購入し、一気に喉に流し込んだ。至福。
小屋から進むと視界が開け、眼前には新山、七高山を見渡し、周囲には外輪山が連なる稜線が続いている。
眼下にはカルデラの鳥海湖を望み、素晴らしく広がる絶景に息を飲む。
巨大な雪渓が山肌に貼り付くように幾つも数えられ、登山道の至るところに花が咲き、異郷の感を新たにしたりした。
扇子森という雄大な丘を越えて、七五三掛を過ぎ、外輪山分岐を左へ。
急な斜面を降りて行くと、またもや雪渓が現れる。
足元にロープが渡され、雪渓を横断して行った。
冷気が煙のように立ち上り、時折冷たい空気の層が感じられる不思議な感覚であった。
雪渓を渡り、登山道を登って行くと再び雪渓越え、先ほどの雪渓の上部ということになる。
それほど大きな雪渓なのだった。
この先は延々と厳しい登りが続いた。
腕時計の標高の表示を睨みながら、息を整えながら踏ん張って歩き続ける。
事前のイメージ以上にハードな道程である。
なにしろ好天ゆえの暑さが疲労に拍車をかける。
12時49分、山小屋の建つ山頂へ辿り着いた。
休憩休息を除いても5時間半以上の行程であった。
頂上では湯を沸かしてカップラーメンの昼食。再度500円のコーラを飲み干す。
ピストンで下山すれば日帰りも可能かと思ったが、今回は山小屋泊でゆっくりと山上での時間を楽しむことにしていた。
小屋にチェックインし、雑魚寝のスペースを与えられ小休止。
心地良い疲労をまとい、横になって足を伸ばした。
その後、新山と呼ばれる鳥海山の本当の山頂へアタックする。
岩場で出来上がった荒々しいルートだが、ほとんど危険もなく苦労しない。
20分ほどで山頂へ。標高2236m地点である。
先ほどまでいた山小屋が小さく俯瞰で見える。
一仕事終えた気分となり、再び山小屋まで戻って行った。
戻り道、ずっと広がる雪渓に足を入れ、その冷たさに遊ぶ愉快さ。
山小屋まで戻り、生ビールを注文する。単価1000円の贅沢な一杯であった。
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2017年08月05日

出発

仕事を終えて、一旦帰宅し、オレンジ色のザックに荷物をまとめる。
使用しないことが望ましいが、上下のレインウェア、ペラペラの水筒、替えのTシャツ、ガスコンロにカップ、芯を抜いたトイレットペーパー、粉末のアミノ酸、行動食、帽子、タオルなどなど、その内容は様々である。
19時前、最寄りの地下鉄駅から大手町向かい、東京駅まで徒歩。
八重洲の居酒屋で軽く飲酒し、晩飯を済ませた。
その後、東京駅八重洲南口へ急いだ。
21時20分発車のドリーム鳥海号に乗車する。
夜行バスに乗るのはいつ以来だろうか。恐らく9年ぶりか。
鳥海号の車内は独立3列シートで、自分の席は右列先頭だった。
約7時間のバス移動が始まった。熟睡は難しいことは承知している。
首都高を走行するバスの車窓から国技館が見え、やがてスカイツリーが間近に迫る。
この先、東北自動車から山形自動車道と進むらしい。
浅い眠りを断ち切られる度、現在地を確かめると、栃木や福島辺りだったりした。

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2017年07月24日

カバー

久しぶりに下北沢を訪れた。
この街に来たらときどき立ち寄るビアバーで、地ビールを一杯だけ飲んでから、本日の会場となるお店へ移動した。
今夜は水戸華之介のカバーナイトと銘打たれたLIVEへやって来た。
会場はLIVEも出来る飲み屋さんで定員はわずか28名。
指定された日にメールで予約する方式で、席は早い者勝ちの争奪戦だったのだが、我ながらよく確保出来たものだと思う。
開場時間に店内へ入る。
なるほどこじんまりとした店である。
店内の角に小さなスペースがあり、そこで演者の場所らしい。
水戸ちゃんが座る椅子を正面に二列目の席を確保する。
水戸ちゃんまでの距離、2mほどか。
今夜の演奏は鍵盤が一人、枕元さんである。
カバー特集ということで、カラオケボックスに人を集めてカラオケを歌うようなコンセプトらしが、カラオケに入っていない曲まで歌えるのだと嘯き笑いを誘う水戸ちゃんであった。
セットリストは振り幅があり、30年前の博多、熊本で活動していたインディーバンドの曲、ARB、ロッカーズから郷ひろみ、氷川きよしまで。
知らない曲も多数あり、記憶も曖昧である。
約2時間、熱唱する水戸ちゃんを眺めながら、大いに楽しんだ。
だが、終演後、ひとつの結論に至った。
自分は水戸ちゃんが歌う、水戸ちゃんの歌が好きだということ。
これは数年前に観た、カバーバンド花吹雪のワンマンを見終わったときにも感じたことである。
水戸ちゃんという人は、いろいろな打ち出し方で客を楽しませようとする人だが、こちらはこちらで受け手側の好みということなのだろう。
カバーナイト、次回があるのかないのか不明だが、この次は遠慮しようかと思った。
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2017年07月02日

記憶

バンドの練習日。
月に1、2度しか行なえないが、欠かさず行なっている。
スタジオに到着するなり、メンバーの一人にDVDを渡された。
これは何かとと問えば、1994年のLIVE映像だという。
自分は東京に来てから、3つのバンドで活動してきたが、その2番目のバンドの初LIVEの模様が収録されているらしい。
4番目となる現在のバンドのベースは、そのバンドのベースでもあった。
当日、どこからか借りてきたハンディカメラで、友人に依頼し手持ちで撮影してもらったのだが、そのテープを業者に持ち込み、DVD化したらしい。
思わぬ土産に驚きつつも喜びを隠せなかった。
練習後、メンバーで一杯やり帰宅。
早速、プレーヤーにディスクをセットする。
今から23年前、23歳だった自分の姿が、42型のテレビ画面に蘇る。
さすがに若い。肌の質感からして若い。
それは全てが懐かしかった。
演奏している曲、演奏に熱中する我々の姿、終演後の楽屋の様子も撮られていたが、そこに訪ねてきた友人の顔。
あれから23年か、、、、、と妙な感慨にふける。
よくぞ今日まで無事に生きてこられたとも思う。
自分の部屋の物入れの奥にも、過去のバンドのLIVE映像のVHSが数本眠っている。
そこには1991年にやった、東京で組んだ初めてのバンドの初LIVEも含まれている。
この機会に自分もDVD化してもようと思った。

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2017年06月04日

両神山

国民宿舎で6時前起床。
昨日用意していたおにぎりで、手早く朝食を済ませ、両神荘をチェックアウトし、薬師の湯バス停へ向かった。
バス停の周辺は道の駅になっており、その名の通り「薬師の湯」という入浴施設が併設されている。
駐車場には数台の車が停められ、辺りにはテントも幾つか。
どうやらこの道の駅で一晩過ごしたと思われる数組が、朝食中であった。
6時45分発の薬師の湯始発の小鹿野町営バスに乗車し、終点日向大谷までは30分ほど。
他に乗客は6〜7人で、両神山の登山者ばかりだ。
7時30分、登山開始。バス停のすぐ上に両神山荘という宿が建っている。
ここに宿泊するのも、両神山登山には好都合だろう。
ゆるやかな登り道をゆっくり歩いて行く。バスの乗客はそれぞれ散け、静かな道中である。
30分ほどで会所という地点へ。道は分岐している。
水場のある方の道を選び進んでいくと、弘法井戸という水量豊富な水場が現れた。
持参してきたペラペラ水筒に水を補給した。
弘法井戸の名称でもわかるとおり、古くから両神山は修験の山として信仰されてきた。
登山道の各所に不動明王像や行者の像が立っており、独特の雰囲気がある。
清滝避難小屋には9時30分、到着。先客にお遍路さんの集団が休息していた。
10分ほど休み、さらに登りはじめる。
避難小屋から急登がはじまる。分岐していた道の合流地点の鈴ケ坂からも勾配がきつい。
各所に現れる鎖場でさらに高度を上げ、産泰尾根と過ぎていき、10時27分、両神神社と御嶽神社と続いた。
ここまで来れば山頂まではわずかである。
11時、両神山の山頂に到達した。
山頂にはそれほど人数がいないのだが、非常に狭い場所で長居出来る雰囲気ではない。
さらに狭い岩場に登って、360度の眺望を確認する。
富士山は見ることが出来なかったが、遠く北アルプスと思われる山並みが雪で白く輝いていた。
狭い山頂に食事するスペースはなく、少し下った地点でアルファ米のチキンライスを食べ、コーヒーを淹れて休憩する。
それから11時50分、下山開始。
日向大谷15時10分のバスに乗らなければならない。
その便を逃してしまうと、17時20分までバスは来ない。
鈴ケ坂から往路歩いてない方のルートへ入ろうと考えていたが、トイレに寄りたくなり、結局登ってきたルートをピストンすることにする。
清滝避難小屋にトイレが設置されているのである。
避難小屋には12時45分着。会所に14時01分。
日向大谷には14時37分、到着する。
両神山荘で缶ビールを購入し、軒先を借りて休憩。
山荘の主人が蕗の煮付けやキュウリ、トマトの載った小皿を出してくれた。
山バッヂも購入して15時20分の町営バスに乗る。
町営バスで西武秩父駅まで行けることを運転手が口頭で案内していた。
確認してみると、薬師の湯で別便に乗り換えるのだそうだ。
乗り継ぎ券なるものを頂き、結局西武秩父駅まで500円で行くことが出来た。
行きは計1040円だったので半額以下である。
西武秩父には16時34分着。
土産物屋を物色したりして時間を潰し、17時25分発の特急ちちぶ40号で池袋まで戻った。
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2017年06月03日

秩父

休日。散歩。
9時10分、自宅を出発。
大久保通りを西へ行き、抜弁天を経て青梅街道を行進する。
丸ノ内線の新中野、東高円寺、新高円寺、南阿佐ヶ谷といつものルートを辿り、荻窪で歩き終わる。
荻窪では気に入りのラーメン店に珍しく行列が伸びていた。
土曜日のせいかと諦め、富士そばで昼食。
(本日の歩行距離11.2km/2時間08分)

荻窪駅から自宅まで東西線でとんぼ返りし、しばし休息。
その後、市ヶ谷から有楽町線で池袋まで向かった。
混み合う駅構内を移動し、西武線の改札から池袋15時30分発のちちぶ21号に乗車。
レッドアローにて西武秩父まで運ばれ、さらに秩父鉄道に乗り換え、目指すは三峰口である。
レッドアローの速さには驚かされた。
発車して20分あまりで所沢に至り、終点の秩父には16時54分到着である。
わずか1時間24分。
西武秩父駅はまだ真新しい、温泉も併設の土産物店の並んだ商業施設が建ち、周辺には観光客で賑わっている。
西武秩父から秩父鉄道に乗り換える。急ぎ足で御花畑駅へ。
16時55分発の2両編成の普通列車に乗り、三峰口へは17時20分に着いた。
初めてやって来た三峰口、以前から地図や時刻表では散々眺めていた。
周囲を山に囲まれた静かな駅前には、人の姿は数える程度で、静まりかえっている。
しばらくすると、小鹿野町営バスがやって来る。
定員20名程度のマイクロバスである。
発車は17時37分、山村の集落にはなぜか案山子がそこら中に居並んでいる。
案山子本来の設置目的ではなく、町おこし的な意味合いがあるのだろう。
集落を抜け、山を分け入っていき、今夜宿泊する国民宿舎のある薬師の湯バス停まで、18分の道のりであった。
バス停から両神荘までは歩いて7〜8分であった。
途中、山西省友好記念館神怡舘という巨大な寺院風の建築物が視界に迫った。
人の気配のないその赤い建物が、なぜか寂れた印象を与える。
両神荘は温泉という名の大浴場があるが、予想通りというべきか、循環消毒加温のまがい物の湯であった。
夕食も可もなく不可もなくの、大味なものだったが、今回は温泉目的の宿泊ではない。
明朝からの登山が目的。寝れれば上等の気分であった。
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2017年05月28日

不死鳥 十四牌

仕事を終えて渋谷へ。
この季節恒例の水戸ちゃんの「不死鳥 十四牌@O-west」に参戦する。
開演し、冒頭から新譜『知恵ノ輪』からの選曲が続く。
新譜のプロデュースを行なった杉本恭一さんも、バックの一員として演奏している。
通常、不死鳥ではゲストして呼ばれて登場するが、今回に限っては、あたかもメンバーのような存在感を示していた。
新譜に関しては、あらかじめ何度か聴き込んでいたため、それなりに耳に馴染んでいる。
水戸ちゃん本人も語っていたが、恭一さんの手にかかったことにより、ステージに新たな世界観が広がった印象である。
一人目のゲストは、以前にも登場したアキマツネオさんである。
笑いを交えたMCのあと「君と瓶の中」「Romanticが止まらない」「風船」の3曲。
瓶の中は、アキマさんの声とよく合致し、フリも併せて抜群のチョイスだと思う。
次のゲストは宮田和弥さんである。
実はカズヤを見ることが、今回自分の最上の楽しみでもあった。
ジュンスカの初期のアルバムなど人並みに聴いていたが、LIVEは未体験であった。
目の前で、動いて、歌うカズヤに、ある種の感動を覚える。
我々の世代にとっては、やはり「アイドル」みたいな人なのだ。
「特急キノコ列車」「すべての若き糞溜野郎ども」「犬と夕暮れ」の3曲。
ジュンスカの声で、糞溜め野郎〜と聴こえるのが何とも不可思議で微笑が洩れてしまう。
カズヤのハープも冴える「犬と夕暮れ」もいいチョイスだと心底思った。
ゲストの場面も終了し、通常の3-10chainに戻る。
アンジー初期のメドレーから、メジャー1stの「天井裏」「おやすみ」で本編終了。
メドレーの「幽霊」など特にそうなのだが、当時の楽曲をこの年齢で聴いていると、なんとも言いようのない郷愁が膨れ上がり、違う意味でジーンとしてしまう。
我がケチな人生、いろいろあったが、今ここにこうして立っていることが幸福なのだと思えてくる。
今でも歌っている水戸ちゃんにも感謝である。
最後の最後は今夜の出演者全員で「ジョニーは鼻毛がヒッピースタイル」。
熱く盛り上がれ、ハッピーな一曲である。
出演者も客席も総じて年齢を重ねた顔で埋め尽くされているが、いつまでもこうしていたい、、、とぼんやり考えてしまった。

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