2014年02月

2014年02月25日

100

ここ数年、気の向くまま、ときには肉体的に無理を強いて、ただ黙々と歩くことを暇つぶし半分の趣味としてきた。
自身に難題を課した挑戦として、3〜4年前には三度ほど50kmの距離を10時間かけて歩き通したこともあった。
特に初回などは非常に疲労したことを覚えているが、歩き終えたときの達成感もまた一入なのであった。
2014年に入ってそろそろ2ヶ月が過ぎようとしているが、今年の自分は、日光街道を2日で50km歩いただけである。
天候など条件的に仕方なかった部分も否定は出来ないが、すっかり怠け癖がついてしまったことも、また事実らしい。
その反動なのか、突然、頑張ってみたくなった。
昨年くらいから思考の中にはあったのだが、100kmという距離に挑んでみたい。
現在、各地の100km歩きイベントを調査中。。。

crass at 23:24|PermalinkComments(0)TrackBack(0) その他雑記 

2014年02月24日

境地

昨年12月に講談社から刊行されていた川崎長太郎 「老残 死に近く」を読み終えた。
老境小説集というサブタイトルのとおり、作者の60代以降に書かれた短編が11編収録されている。
現在読むことの出来る川崎長太郎の作品は、自分はすでに完読していると思っていたのだが、この一冊の中に未読のものを6編認め、宝箱を開いたみたいな、言いようのない歓喜を覚えていた。

読後の感想。
身辺を淡々と簡潔に表現した私小説には、興奮する山場も、感動的なオチにも乏しいが、穏やかで静かな感興に自分は心、動かされた。
飾らず、体裁をも捨てたが如き、冷徹な視線で凝視した自らを表現し、老い、病いとの対峙にジタバタする様も活字の中に広げて見せ、生を渇望するいじましさみたいなものを包み隠さず書く、その正直さ、潔さ、また厳しさに感嘆させられ、老作家の内部の境地も身につまされるみたいであった。
そして時折ニヤリとさせららえるユーモア!
この一冊で、自分が川崎長太郎にずっと惹かれている理由が改めて分った気がした。
すでに他界して久しい老作家への愛着は、終世続くことだろう。
もはや新作とは出会えないのが残念だ。

crass at 19:23|PermalinkComments(0)TrackBack(0) その他雑記 

2014年02月19日

未日常

非日常ではなく未日常
「未日常」の場所とは、すなわち「未だ日常ではない」状態の場所です。
たとえば「未完成」「未開封」の先には、完成、開封が待っているように、未日常の先には、日常(その地を日常にしている状態)があります。
未知の土地に日常の目線を向ける………つまり、未知の土地に住んだつもりになり、地元民になりきり、普段の行動(買い物など)をその土地に落とし込んでみるのです。
同じ未知の味わい方でも、日常と異なる感性で、観光、リゾートへと繰り出す「非日常」の味わい方とは異なります。
土産物店ではなくショッピングセンターや商店街、観光ガイドではなくタウン情報誌、観光バスではなく路線バス、名物料理よりどちらかというと日常食を求めます。
こうして「ハレ」ではなく「ケ」を、未知の土地で味わう楽しみは、引っ越したての新生活の感覚にどこ感覚似ています。
(みんなの空想地図/今和泉隆行)

これ、すごくよく分かる。
自分があちこち歩いたり、旅するときの気分もこれに近い。

crass at 23:26|PermalinkComments(0)TrackBack(0) 覚え書き