2014年10月02日

夢の記憶

夢は結構覚えている方だ。


非現実的ではあるけれど、特にその日その日の夢の街並みはよく覚えている。

現実の何か知ってる街の組み合わせであることは間違いないけれど、わたしには現実の街並みよりも、夢で自分が創り上げた景色の方が濃くて注意深くて印象深い。

景色の次に覚えているのがストーリー。ほとんどの夢にゲームの主人公のような緊張感がうっすらあって、死守しなければいけないものがあったり、永遠に隠しとおさなければいけないものがあったり、逃げなきゃいけなかったり、逃がさなきゃいけなかったり、休む暇が無かったり、時間が迫っていたり、人を助けに行ったり、かくまったり、ビルからビルへ飛び移ったり、重要な言伝があったり、大きい生き物に乗ったり、マグマの川を泳いだり、ある時はおとなしい植物研究家で自分のビニールハウスで種から育てた珍しい植物が実はとてつもないエネルギーをもつもので、急に飛び込んで来た謎の若者と一緒にそれを護るんだけど、悪者達に狙われてビニールハウスごと間一髪になったところで攻撃を受けてる中その大事な鉢植えが棚から落ちて割れて絶望したときに急に地面からキラキラ光る水が湧いてきて、珍しい植物と一緒に周りの植物達も水の中で青色に光り出して、燃えてた街は鎮火されて水がいよいよ顎の上まで上がってきて全てが溺れそうになったとき、実はその水の中で息が出来ることがわかって、ありとあらゆる植物がものすごく成長して世界中を緑と水が満たして大気汚染とも無縁の世界になって、もう狙われてた植物も他のものと一体になって、気がつくと謎の若者は上の方の水面を歩いて宇宙船みたいなもので消えて行くってゆう話や、赤と白の二つの宗教によって2分されてしまった小さな村で異なる宗教の友達が出来て立ち上がり村の大人達に抵抗する無力な(勿論後々村をまとめる)若者の話だったり、映画でありそうな感じのものばかり。


覚えている夢ってゆうのは大抵、1日に何回も見た中の最後に見た朝方の夢で、
実際にはその壮大なストーリーはレム睡眠中の10分〜20分の間に収まってる、とゆうことになる。
もしくは途中まで見た話の続きが次のレム睡眠中に別の方向に書き換えられている可能性もある。

夢は日常生活で感じた「感覚」が具体的になって現れる。
自転車で畑の間の道を走った時にどんな感覚がしたか、二階の窓から道路を見下ろした時にどんな感覚がしたか、お地蔵さんを見つめてどんな感覚がしたか、など。
普段は予定があったり、他に思うことや感情が支配していて、リラックスしてたり、感じようと意識しないとそういった一つ一つのその場の感覚はあまり大切に扱われたりしない。

夢の中ではそういった感覚が妄想を上乗せしてフル稼働している。

赤土を裸足で踏みしめた感覚、草をむしる時の感覚、青空と緑のコントラスト、新幹線のスピードの体感、神社の砂利の音、水圧、鉄のサビの匂い、夕方の色、だだっ広い駐車場への思い、誰もいないブックオフへの思い。そこで待たされる時間の長さ。高い塀の向こうへ消えて行く女子高生達への切なさ。

夢占いを検索しても、色んな説があってわからないけど、夢を見ることで頭を整理しているのはなんとなくそうなんだろうなと思う。

もっと現実に感じている日常の感覚を大事にしてあげないとなと思う。








crayons0223 at 20:40│