2007年04月

2007年04月30日

Angela Aki MY KEYS TOUR 2007 in Okayama(Apr.26)

4月26日、岡山は朝からドッピーカンだった。その夜の雨女の襲来などウソのように。
と、思っていたら、珍しく地震があった。震源地は香川、やはり四国方面から来たか。何かを起こさないと気が済まないワケね。

アンジーの第二の故郷、岡山でのライブは、昨年3月25日のルネスホール以来、実に1年ぶりだ。
会場となる岡山市民会館は、人間で言うと、現役を退いてのんびり余生を送っている、という感じのホールだ。すぐ近くにあるシンフォニーホール、そして岡山駅西口にあるオルガホールと、市内には結構いい感じのホールが2ヶ所あるのに、せっかくのホームでのライブをどうして市民会館なんかで? という疑問を、ずっと持っていた。その理由はのちに判明することになる。

開場は午後6時30分だが、いつものごとく開場の3時間前には下見をしておきたいので、午後3時30分頃市民会館に到着した。昭和の臭いを感じさせる、いかにも時代遅れの建物だ(写真左)。

SHIMINKAIKAN 1SHIMIN KAIKAN 2






しかも、すぐ東側に救急病院が隣接していて(写真右)、救急車が頻繁に出入りするので、ライブの途中でピーポー音が入ってしまうんじゃないか? と、かなり心配になる。
このあたりは小高い丘になっていて、かつては「岡山」と呼ばれていた。それが現在の地名の由来である。今でもこの奥に石垣だけが残っているが、本来はそこに城の二の丸が建っていたらしい。

それはさておき、まず裏手にある搬入口からチェックする。2台のトレーラーが止まっていて、1台は千葉ナンバー、もう1台は土浦ナンバーだ。おそらくサウンド・クルーとライティング・クルーのものだろう。この1ヶ月以上にわたるツアーに、ずっと同行しているということか。さすがメジャーになると何もかもが違う。ガードが堅く、近寄ろうとするとガードマンが威嚇してくるので、ここはひとまず退散する。

エントランス確認のため表に回ると、開場3時間前にもかかわらず、すでに二人のファンが。ツアー・ポスターの写真を撮っていると、ほどなく徳島のCさんが到着した。昨年10月のZepp福岡以来、半年振りの再会だ。エントランス前の二人をご存知であったようで、紹介していただく。男性の方が福井からのSさん、今回16公演のうち、11ヶ所も行くという。女性の方が徳島からのRさん、彼女も少なくとも5ヶ所以上は行くらしい。信じがたいが、二人とも社会人なのだ。もう呆れるやら、感心するやら。

会場の下見が終わったので、いったん商店街の方に戻り、ひと休みすることにした。その途中シンフォニーホール前を通ったのだが、ホールの前にこんな看板が・・・

KOUSETSU今回どうしてシンフォニーホールではなく市民会館で演らなくてはならなかったか、その理由がこの時はっきりした。
このお方のライブとバッティングしてしまったわけだ。とても悔しいけど、相手は業界の大先輩だから、これも仕方ないのかな、とあきらめるしかない。







今回こそはどうしてもサイン色紙を手に入れたかったので、先着30名に入るべく2時間前には再び会場前に並ぶ。先ほどより少し人が集まっていて、京都のMさんの顔が見えた。彼女は昨年7月の徳島ライブの際、すぐ隣でインタビューを受けていて、その様子がのちに「情熱大陸」で放映され、全国デビューしている。
さきほど知り合った福井のSさんが、広島のMさんと千葉のYさんを紹介してくれる。何事にも上には上がいるもので、Yさんは今回のツアー16ヶ所すべてに行くという! ここまでくると、驚きを通り越して、むしろ尊敬に値する。

そうこうするうちに開場時刻となり、開場とともにCD即売コーナーにダッシュ、無事にサイン色紙を手に入れることができ、ホッとした。
「HOME」の一言が入っているのがとても嬉しい。

ツアーTシャツはパスすることにした。
カラーもデザインもちょっとね・・・ ごめん、アンジー。
ライブ中のMCでTシャツの数字の意味について語っていた。
「7」は2007年を、「16」は全16回公演を、「29」はアンジーの年齢を意味しているらしい。

欲しかったものは手に入ったので、入場してゆっくり開演を待つ。
ん? 場内にはジャズが流れている。
ほぉ〜、ブラッド・メルドーか! 
静かにテンションを上げるには最適の選曲だ。SEにこういうものをセレクトするアンジーのセンスが好きなんだ。

それにしてもボロっちいホールだ。シートも窮屈で、足がまともに伸ばせないし、隣の人と肘が擦れそうになる。2週間前の福岡サンパレスが立派だっただけに、かなり落差が大きい。これではおそらく音響もデッドに違いない。やっぱりシンフォニーホールで演ってほしかったなあ、こんなところでアンジーの素晴らしさが伝わるのかなあ? と、一気にブルーになった。

アンジーは今回もお約束のナンバーTシャツで静かに登場。今日は赤地に白の「24」だ。
しっかしまあ、ステージ、狭っ!! アンジー、近っ!!
3列目なのに、手が届きそうなくらいアンジーに近い。
ボロっちいホールでも、少しは良いことがあるもんだ。

A Song For You
HOME

前列の3人、すでにこの時点で号泣している。
おいおい、最後までもつのかよ。    ま、いらぬ世話か?
ここで、最初のMC、ピアノについての話をする。

「このホールにはSTEINWAYとYAMAHAとが置いてあって、今日はいつものSTEINWAYではなくて、YAMAHAを選びました。だから、今日はYAMAHA〜な感じでやります(笑)。おそらく16公演のうち唯一のYAMAHAだと思います。」

で、選ばれた方のYAMAHAだが、最悪の音である。選ばれなかったSTEINWAY、よほどヒドかったのだろうと想像できる。ただ余生を送っているだけの市民会館、ピアノのメンテなどロクにしていないに違いない。予想していた通り、ホールの音響も相当にデッドで、溜息が出そうになる。

加えて、オーディエンスは日本一クールなことで有名な岡山人だ。なかなかヒートアップしてこない。最初のMCに対する反応の悪さに、アンジー、「うわっ! ドン引きしてるわ。どないしょ?」という焦った表情になる。彼女にとって、トークでスベることは、演奏でウケないことと同じくらい重大なことなのだ。
お笑い芸人じゃないんだから、別にトークでスベってもいいんですけどね。

「『晴れの国』岡山に、この曲を贈ります(苦笑)。」

Rain
奇跡
Kiss Me Good-Bye

「岡山にはぁ、小学校6年生から中学校3年生まで住んでたの。きのう、岡山駅に着いた時、駅がえっらい変わってるのにびっくりした。岡山駅、どうしたん?て感じ。わたし一瞬、間違えて新神戸に降りたんじゃないかと思った(笑)、一番街にはスタバもあるし。昔はドムドム(バーガー)くらいしかなかったのに。」

「当時はね、カラオケがブームになりかけてた頃でね、天満屋バスステーションの近くにあったカラオケボックスで、リンドバーグとか永井真理子さんとか、よく唄ってた。いつも一緒に行ってた友達がね、私より上手いんだけど、十八番だった曲があったの、それが『津軽海峡冬景色』(爆笑)。それを熱唱する13歳っていうのも、どうかと思うけど。」

最初のMCでツカミに失敗したと思ったのか、アンジー、思いっきりベタな地元ネタで攻めてきた。場内の雰囲気も少しずつほぐれてきて、ますます地元ネタに花が咲く。

「わたし、岡山に帰ってくると必ず行くところがあるの。それは、ハッピータウン。中学生の頃から原尾島店の1000円均一コーナーが大好きでぇ、今日履いてきたこの靴下も実はハッピータウンで買ったもんなんよ。」と言いながら、赤と青のボーダー柄のソックスを見せると、場内は一気にヒートアップし、アンジーもやっと余裕の表情になった。

ちなみに、天満屋というのは、岡山に本店のあるローカルなデパートのこと。バスステーションが隣接していて、倉敷の中学校に通っていたアンジーは、そこでバスを乗り換えていたようだ。ハッピータウンというのは、天満屋系列の郊外型ショッピングセンターのこと。

ついでに言うと、映画『県庁の星』の舞台となったスーパー「満天堂」のシーンは、天満屋ハッピータウン高梁店で撮影された。実際に営業している店舗を使ったので、撮影は営業が終了してから真夜中におこなわれたらしい。

アンジーが利用していた天満屋バスステーション。

BUS STATION 1BUS STATION 2






当時はロッテリアがあり、入り浸っていたらしい。10年ぶりに日本に帰ってきて、ロッテリアがなくなっていることを知り、激しく落胆したと、かつてFMで語っている。

アンジー御用達だったハッピータウン原尾島店。

HAPPY TOWNこの写真を撮影するため、ほぼ20年ぶりに訪れたが、ほとんど何も変わっていないのに驚いた。1階では「ドムドム」がまだ営業していた。





「わたしね、日本に帰って来る3年前まで、ハッピータウンが全国規模だと思ってたんよ。で、マネージャーにね、渋谷にハッピータウンないの? って訊いてたの。考えてみたら、ハッピータウンて、天満屋なんだから、東京にあるわけないのにね。しかもね、わたし、つい最近までね、お菓子のハッピーターンのことを、ハッピータウンだと思ってたの(爆笑)。」

ハッピータウンのネタで引っ張ること引っ張ること。
たしかにこのネタ、岡山以外では話せないからねぇ。

Like A Virgin

毎度お馴染み、『アンジェラ・アキの、めちゃめちゃ、ほんまに、ほんまにかってに、英語でしゃべらナイトォ〜』のコーナー。

Again

ここで、前回と同じ紅白ネタ。
内容は同じなので省略。

大袈裟に「愛してる」
お願い
宇宙
This Love

やはりここがハイライトだった。こんなショボいホールでも、パフォーマンスに翳りはまったくなく、いつもより大人し目のオーディエンスをグイグイ自分の世界に引き込んでゆく。この日がアンジー初見の人もかなり居たようで、あまりの迫力に呆れたような表情をしている人がたくさん見えた。

心の戦士

夢だった武道館の話をする。この時から、2階席をチラチラ見るようになった。おそらく親戚か友人が来ていたのだろう。夢をあきらめないで、というところで、感極まってきているのがわかった。

サクラ色

さすがに今回はサクラ色のハンカチを振っている人が少ない。
そして、エンディングは定番となったこの2曲。

On & On
MUSIC

アンジー、もの凄い熱演で、顔じゅうに汗をにじませていた。
演奏が終了してから、何度も何度も深々とお辞儀をする。
感極まって涙を浮かべているようにも見えた。
「ふるさとの皆さん、ありがとう!」
彼女の声にならない声が聴こえたような気がした。

〜アンコール〜

愛は勝つ

この歌も『壊れかけのRadio』同様、中学生時代にカラオケで熱唱していた曲らしい。
最後に歌う「孤独のカケラ」の前に、テレビドラマのテーマソングを歌わせてもらうことの喜びを語る。

「テレビドラマの主題歌を歌わせてもらうことは、すごく光栄なことです。わたし、昔からドラマ大好きだったんで。『東京ラブストーリー』とか、『素顔のままで』とか、毎週必死で見てましたから。ごめんね、古くて(苦笑)。」

孤独のカケラ

熱唱型の、実に聴きごたえのある名曲。この曲に歌とピアノ以外何か必要だと思う? 会社としては、どうしてもストリングスを入れたいみたいで、今度のシングルには、ストリングス・バージョンとピアノ・バージョンの2種類を用意してある。
しかしねえ、『サクラ色』も、ストリングスが入ったら、まるでコブクロみたいになってしまったでしょーが
! 
(おっと、またまた問題発言してしまった)
別にコブクロは嫌いじゃないけど、アンジーが「コブクロっぽくなる」ことは、どうしても我慢ならない。

今回会場となった岡山市民会館は、他の15ヵ所に比べて、最小のキャパシティ、最悪のピアノ、最貧の音響環境だっただろう。これだけのハンディを抱えて、アンジーはもちろん、サウンド・クルーもさぞかし大変な苦労をしたことと思うが、その劣悪な環境を跳ね返してしまうくらいの熱意を持って、私たちのもとに音楽を届けてくれた。せっかくのホームでのライブが、こんな環境でしかできなかったことに対しては、申し訳ない気持ちで一杯だ。今度はちゃんとしたホールでできることを心から祈っている。

アンジー、お疲れさま。そして、ありがとう。

2007年04月15日

Angela Aki MY KEYS TOUR 2007 in Fukuoka(Apr.14)

飢えていた、そう、心の底から飢えていた。
半年振りなのだ、アンジーのライブに出かけるのが。

メジャーデビューからずっと彼女を追いかけてきて、こんなに間隔を空けたことはない。約2週間後には地元岡山でライブがあるのだが、それまでとても待てなかった。「もう行くしかなかろうもん。」 まるで博多っ子になったかのように、自分にそう言い聞かせていた。そして、とうとうその日がやってきた。

あいにく午前中は仕事である。しかも、こういう時に限って仕事がはかどらないもので、何とか岡山駅を出発できた時は、もう午後4時をまわっていた。これだと、博多駅に到着するのは5時57分だ。6時の開演までに、たったの3分しかないじゃないか! 博多駅に着くなり、ダッシュでタクシー乗り場に向かい、運転手さんに、「サンパレスまで、できれば3分で!」と冗談めかして言うが、そんなの無理に決まっている。リュック・ベッソンの映画じゃないんだから。

お願いだからPAの不調かなんかで開演時間が10分遅れていてくれ、と祈りながら会場に着いたのは6時12分。そんな祈りもむなしく、既にアンジーの歌声がホールの中から聴こえてきていた。

A Song For You
オリジナルはレオン・ラッセルだが、のちにカーペンターズがカバーしてヒットしたので、アンジーはむしろカーペンターズ大好きなママからおしえてもらったのじゃないかと思うが、どうなんだろう? しっとりと歌い上げるだけでなく、歌に絶妙にピアノが絡んで、オープニングに相応しいチューンだった。

今日もお約束のナンバーTシャツ、赤地に白の「89」だ。そういえば、福岡に来ると必ず天神か大名の古着屋さんでTシャツを購入する、という話をMCの時にしていた。真っ赤なシャツに黒い髪、だからなのか、今日のアンジーを見て、ネリー・ファータドみたいだなあと思ったのは、私だけか?

HOME
2曲目に『HOME』をもってきたのは、良い選択だと思った。そうだ、いつまでもこの曲でシメることにこだわらなくていい。

ここで、ピアノの話をする。ギタリストなどと違い、ピアニストは自分の楽器を持ち運べないので、ライブではいろんなピアノに遭遇する。人間同様ピアノにも相性があって、相性の良いピアノに遭遇した時はとても嬉しくて、それがあるからライブをするのが楽しかったりする。今日のピアノは、リチャード・クレイダーマンや坂本龍一やカウント・ベイシーといった高名なピアニストが演奏したピアノで、そういうピアノに触らせてもらえるということは、とても光栄なことだ、と言う。

ここでカウント・ベイシーの名前を出してくるところが、アンジーらしいなと思った。彼女のピアノに溢れているジャジーなテイストは、ベイシーをはじめとしたトラディショナルなジャズを勉強したことが基礎になっているのだ。そしてそれが彼女の「引き出しの多さ」の根源となっているはずだから。

ところで、今度のシングル『孤独のカケラ』のカップリングが『Solitude』というタイトルだってアナウンスされたけど、これってもしかして、デューク・エリントンの『Solitude』じゃないよなあ、まさか。

この後の3曲も、じっくり聴かせる。

Rain
奇跡
Kiss Me Good-Bye

サンパレスというホールの音響の良さと相まって、朗々と歌い上げる様からは、シンガーとしても一回りも二回りも大きくなったアンジーの姿が感じられて、実に頼もしく思った。これまでと違い、『Rain』を歌う時には、何かが吹っ切れたような雰囲気があり、ああ、前向きに生きはじめたんだなあ、という印象を持った。

Like A Virgin
ここで、もはや恒例となった「アンジェラ・アキの、めちゃめちゃ、かってに英語でしゃべらナイト」のコーナー。
この曲は昨年5月の初ワンマンライブでも演っているので、多くは語るまい。

次のMCは地元ネタで。
今から1年半前、メジャーデビューしてまだ1ヶ月しか経っていない頃、福岡キャナルシティの広場でライブをした時の話をしてくれる。デビューしたばかりの新人の常として、ライブ終了後に握手とCD即売をおこなうのだが、その時、「いつかサンパレスで歌っているアンジェラさんの姿が見えました。」と言ってくれたファンがいた。
その時はまだサンパレスが何なのかわからなかったが、今朝福岡に降り立った時、その言葉がふと頭に浮かんだ。そして今、そのステージに立ってみて、あらためてあの時の言葉の意味を噛みしめている、と感慨深げに話す。

今回のツアーは、事前にファンからのリクエストを募り、それに基づいて選曲をするというシステムになっており、リクエストのあった曲名とともにファンからのメッセージを紹介する。
その中のひとつに、ケータイで通話中のキャメロン・ディアスとエンジェルギターを弾いているアルフィーの高見沢さんに、アンジーが似ているというメッセージがあった。
「キャメロンに似ていると言われるのは嬉しいけど、高見沢さんに似ていると言われるのは、ちょっとビミョー。何せ男性だし、かなり個性的な方だしぃ。でも私、高見沢さんに似てるってよく言われるの。」

(ちなみに、キャメロン・ディアスは東洋的な雰囲気を持っているが、これは彼女にネイティブアメリカンの血が入っているからだ。だから、日本人の血が入っているアンジーに似ていても決して不思議ではない。また、キャメロンという名前は男性名だが、これは彼女の両親が男の子を欲していたからだそうで、生まれたのは女の子だったが、そのまま男の子用の名前をつけたと、かつて彼女自身が語っていたことがある。)

Again
曲が始まった途端、自然発生的にオーディエンスが立ち始め、しばらくして場内総立ちとなる。いやいや、ここでこんなに盛り上がるとは思ってもいなかった。毎朝、めざましテレビでサビだけ聴いているが、テレビのショボい音で聴くより、当然このホールで聴いた方がずっとずっと素晴らしかった。早くパッケージとして私たちのもとに届けて欲しいものだ。

そして、トークは昨年末の紅白歌合戦ネタに。

紅白に出場できて、何よりも嬉しかったのは、憧れの徳永英明さんに会えたこと。すっかり舞い上がってしまって、「わたし、ケータイの着メロを『壊れかけのRadio』にしてるんです。」と伝える時、「レイディオ」と言いたかったのに、「ラジオ」と、思いっきり和製英語で言ってしまい、大失敗だったと悔やんでいるらしい。

そのあと、今井美樹さんをガン見していたら、あちらもその視線に気付き、ツカツカと歩み寄ってきて、「私たちだけよね、紅白でコンバース履いてるの。」と言ってくれた。
「そうっすよね〜、紅白のコンバースは最高っすよね〜」と、意味不明の受け答えをしてしまった。
「しっかしまあ、コンバースがこんな時に役立つとは思ってもみんかったわ。」と言って場内を大笑いさせる。

もうひとつ紅白ネタ。エレベーターホール前で今井美樹さんにアルバム「Home」を渡して話をしようとしていた時、先にエレベーターに乗っていたスタッフがいつもと違う感じで帰りをせかすので、不審に思ってエレベーターの中を見たら、ラストサムライこと渡辺 謙さんが乗っていて、待たせてはいけないので慌てて飛び乗ったが、ハリウッドスターとしての強烈なオーラがエレベーターじゅうに充満していた。そして謙さんから、娘さんが武道館ライブを聴きに行って、良かったって言っていましたと言われ、「そん時のわたしの顔、ぜひもういっぺん見てみたいわ」というくらいびっくりしたというのだ。

実は、これらの紅白ネタをすぐにblogに書きたかったのだが、文字だけでは雰囲気が伝わらないと思ったので、このツアーの時に是非話そうと思って、今までずっと我慢していた、ということも明かしてくれた。

なお、『壊れかけのRadio』に関しては、2006年8月10日のFM岡山Radio Callingで彼女自身が語っているように、岡山で中学生してた頃、通学途中に愛聴していた曲だったようだ。
(参照記事は
こちら

大袈裟に「愛してる」
「実はこの曲、片思いしてた時にかいた曲なんです。言葉で伝えるより、こういう形で伝えようと思ったので。」
今のご主人に捧げた曲ってことですな。まあ、そんなこととは関係なく良い曲であることに変わりはない。ビリー・ジョエル風であったり、エルトン・ジョン風であったり、ピアノ・ロックのお手本のような曲だ。彼女のライブには欠かせない。

お願い
宇宙
This Love
心の戦士

ライブでは定番となった名曲たちが続く。アンジーのパフォーマンスには、ますます磨きがかかり、凄まじい迫力だ。私生活面での安定も良い方向に作用しているのだろう。
そして、ついに待ちに待ったあの曲が。

サクラ色
聴き込むほどに味の出てくる名曲、そして、1日も早くライブで聴きたかった曲。もちろんCDでも聴くことはできるが、私はCDでは聴かない。何故なら、ピアノのイントロに続くストリングスが我慢ならないからだ。あそこはギターにすべきでしょうが。
ロックと呼ばれるべき音楽に、どうしてもあってはいけないものが二つある。それは、ストリングスとフェードアウトだ。ロックにストリングスは要らない、ストリングスが入ってきた時点で、もうロックとは呼べないと私は思っている。
別に音楽を意味もなくジャンル分けするつもりはないが、アンジーの音楽は徹頭徹尾「ロック」であってほしいわけで、余計なストリングス・アレンジの無い、ピアノだけのバージョンを、早くライブで体験したかった。言うまでもなく、最高のパフォーマンスで、ますますCDを聴く気がしなくなった。

驚いたことに、アンジーが歌いはじめると、場内のあちこちからサクラ色のハンカチが出されてきて、気が付くと半数以上の人がハンカチを振っている。てことは、この夜のオーディエンスの半数以上が武道館に行っていたということ? いくらなんでも地元福岡の人だけじゃこの数は無理だよな〜、と思って、ゆっくり場内を見渡すと、県外から遠征してきている見慣れた顔がたくさん見える。彼らは当然武道館にも行っているわけで、このパフォーマンスのためにわざわざハンカチを持ってきたということだ。本当に恐れ入ります。

そして、怒涛のエンディングに突入。

On & On
MUSIC

現時点でこの2曲以外にエンディングは考えられないでしょ、というくらいシメにピッタリなコンビネーション。最後は椅子の上に立ち上がってガンガン弾きまくる。
実に密度の濃い、濃厚な2時間だった。

会場ではまた自然発生的にオーディエンスが『HOME』を歌い始め、アンジーにアンコールを促していたが、またまたここでタイムアップになってしまった。仕事の都合でもう帰らなくちゃいけない。
昨年10月のZepp東京の時と同様、後ろ髪を引かれるような気持ちで会場を後にする。

外へ出ると、さっきまでの熱気がウソのように、夜風がひんやりと冷たかった。2週間後、地元で再会できることを楽しみに、家路へと急いだ。


Contents
自分がこれまでに行ったアンジェラ・アキさんのライブレポートです
(インストア・ライブを除く)

管理者:Ken

My Treasures
アンジェラがこれまでにカバーしてきた名曲のオリジナルアナログ盤を集めてみました。

A Whiter Shade Of Pale










サードシングルに収録されているカバー曲。オリジナルがヒットしたのは1967年。以来、実に様々なアーティストにカバーされている。1988年には日産シルビアのCMにも使われた。原曲のイントロはハモンドオルガンで、バッハのカンタータ、あるいはG線上のアリアのコード進行をモチーフにしたと言われている。関連記事

Will You Dance











1977年、つまりアンジェラの生まれた年にリリースされ、その年のTBSドラマ「岸辺のアルバム」のテーマに使われた曲。オリジナルには『Will You Dance?』とクエスチョン・マークが最後に付いている。

A Song For You











オリジナルのリリースは1970年。この曲も実に多くのアーティストにカバーされていて、1988年にはアサヒビールのキャンペーンソングにもなった。彼はジョー・コッカーなどのプロデュースをする傍ら、ソングライターとしても才能を発揮していて、この曲以外にも、カーペンターズがカバーした『Superstar』や、ジョージ・ベンソンなどがカバーした『This Masquerade』を書いている。

We're All Alone











スティーブ・ミラー・バンドのギタリストであったボズが、前作の「Slow Dancer」からAORに路線変更し、1976年にリリースしたアルバム「Silk Degrees」に収録されている。今でこそ彼の代表曲となっているが、当時アメリカではシングル・カットされておらず、1977年にリタ・クーリッジがカバーし、全米7位になってはじめて注目されるようになった。この曲がこんなに有名になったのは、リタのおかげなのだ。