2008年02月

2008年02月01日

Angela Aki CONCERT TOUR " TODAY " in Kurashiki

1月27日、アンジェラ・アキ・コンサート・ツアー " TODAY " 地方公演のファイナルとなる倉敷公演が倉敷市民会館でおこなわれた。
昨年10月に神奈川県厚木市でキックオフされた3ヶ月以上にわたるツアーも、1月30、31日の東京2days最終ステージで大団円をむかえる。


彼女が倉敷でライブをおこなうのは、メジャーデビュー直後の2005年10月16日、夜の倉敷チボリ公園での野外ライブ以来だ。当日はラジオの公開録音を兼ねていて、佐藤竹善さんとのジョイントだった。

時間的な制約もあって、あの時は5曲しか演奏できなかったが、とても価値のある5曲だった。CDリリースの3ヶ月も前に「心の戦士」を披露してくれたのは、ふるさとに対する彼女の最大限の敬意だったのだと思う。そして、夜空の下で聴いた『We're All Alone』、澄みわたった星空に吸い込まれるように消えていった彼女の唄声を、一生忘れることはないだろう。

実は、チボリ公演でのライブだけレポートを書きそびれている。
興味のある方は、cocodocoさんのblog
をのぞいてみてほしい。

今回の倉敷公演は、大阪2daysと東京2daysとに挟まれていたため、おそらく県外組は参戦してこないだろうと予想していたが、その予想は見事にハズされてしまった。

直前に、「センターラインの男」もしくは「オレンジの人」と呼ばれている名古屋のアノ方がいらっしゃることを知った。早速連絡をとってみたところ、大阪から、「人間ランドマーク」もしくは「緑の人」と呼ばれているアノ方と、「大阪楽屋乾杯当選ギターにサイン娘」さんとが同行するという。ここは地元として何かもてなしをしなくては失礼であると思い、お迎えすることにした。

当初の予定では、「福井から、東京でも福岡でも車で行ってしまうシューマッハ好きな人」の車に同乗して来岡の予定だったが、彼が仕事の都合で出られなくなったので、新幹線で岡山まで来てもらい、そこから私の車で倉敷入りすることになった。

岡山駅前にある桃太郎像の前で彼らと久し振りの再会を果たす。これまで本当に全国各地で逢っているので、何か奇妙な感じである。岡山駅を出発して倉敷に向かうが、途中どうしても寄っておかなくてはならない場所があった。

それは、アンジーの母校だ。彼女が初めて音楽を志した場所、顔にホクロを描いて通学していた場所に行かないわけにはいかなかった。学校の周りを少し走り、少し離れてみんなで写真を撮る。

なお、アンジーの母校は中高一貫の女子高なので、通常は門がかたく閉ざされていて入ることはできない。年に一度、文化祭の時だけ入ることが許されるので、以前レポートしたことがある。
(その記事はこちら


倉敷に来たからには名物の「ぶっかけうどん」も食べてもらわなくてはならない。駅前に車を停め、元祖「ふるいち」に向かう。私はいつものように「温かい肉ぶっかけ」をたのむ。茹でたての麺に肉、天かす、蒲鉾、昆布、ワカメ、ネギ、生姜をトッピングし、濃い目のつけダシがぶっかけてある。早く食べないとダシが麺に染み込んでしまうので、運ばれてきたらすぐにガーッと混ぜて、なりふりかまわずかき込むのがコツである。あ〜、至福の時。

彼らはというと、「ふるいちスペシャル」を食べている。よほど腹が減っていたのだろう、スペシャルはトッピングが豪華なのだ。でも、普通のつゆダシで、ぶっかけじゃないので、ここに来た意味が・・・ ま、いいか。

腹ごしらえがすんだので、歩きながら会場方向へと向かう。

その途中、もうひとつ立ち寄る場所があった。アンジーが初めて音楽活動をおこなったスタジオだ。彼女がかつてFM岡山の番組の中で、同級生たちとセッションをしたと語っていたことがある。しかし、近づいてみると様子がおかしい。隣接していた映画館がなくなって更地になっており、スタジオも取り壊し寸前のようだった。あと少し遅かったら、もう無くなっていたのかもしれない。時の流れは残酷だ。アンジーが知ったら、とても哀しむだろう。

数年前、駅北に巨大なシネマ・コンプレックスができたので、駅南にあった映画館はすべて廃館になってしまった。同時に、商店街の中の専門店もシネ・コンの中に移転してしまい、周辺が廃墟化したようだ。

開場までにまだかなり時間があるので、美観地区をブラブラする。

橘香堂さんが倉敷銘菓「むらすずめ」の実演販売をしていて、ついさっきスペシャルうどんを食べたばかりなのに、全員そちらに吸い寄せられてしまった。
Orange & Greenここでは1個売りもしており、オレンジの人と緑の人は早速買って食べている。大阪楽屋娘さんは、すでに箱買いを済ませている。みんな、フットワーク軽っ!





この地区の観光メインの大原美術館には眼もくれず、次に彼らが向かったのは、地酒の店。そこでアンジーにプレゼントする地酒を購入。外があまりにも寒いので、「珈琲館」に入り、プレゼントに添える彼女へのメッセージをしたためながら開場時間まで一服する。

午後4時半になり、ぼつぼつライブ会場の方へ移動する。
Circle 1途中、倉敷アイビースクエアを通るので、煉瓦敷きのフロアでプチ・オフ会昼の部の記念にコンバース・サークルを撮影。中心に置いてあるのが、倉敷銘菓「むらすずめ」





さて、ライブは約10分遅れで開演した。
ステージ近くに、アンジーの中学時代の同級生が何人も来ていて、彼女たちとの掛け合いもしながら進行していったせいか、いつもより家庭的な(?)雰囲気のライブだった。お互いに突っ込んだり突っ込まれたりで、アンジーも学生時代に戻ったよう。
このたびのツアーではお約束となっている、宮沢りえ「Santa Fe事件」のトークも、当時アンジーが油性サインペンで顔に描いていたホクロをリアルタイムで知っている同級生たちが眼の前に居るわけだから、熱の入れようが違っていた。同級生たちにもウケるウケる。

セットリストは厚木の時とほぼ変更なし。
(ちなみに、その時のライブレポートはこちら

ただ、厚木では「つなぎ」に入っていた『HOME』を、アンコールの2曲目、オーラスに持ってきたのが大きな違いだった。やっぱり最後は『HOME』でシメなきゃダメでしょ。

ところで、替わりに「つなぎ」に入った『This Love』を唄い終わり、シーンと静まりかえった会場に、突然「ゴオォ〜ンン!!」という大音量のノイズが。またやってしまったか・・・。このハプニングに遭遇するのは3度目なので、すぐに状況はのみこめた。「すみません、マイクに頭ぶつけちゃった、へへへ・・・」の一言で、場内は爆笑のウズに。

この夜はPAのバランスもベストだった。厚木ではベース寄りの席であったにもかかわらず、ベースの音がほとんど聴こえず、ギターの音も歪んでいた。今回は、ほとんどギターの真ん前であったのに、ギターとベースとがほとんど同一レベルで聴こえ、両者とも歪みのない聴きやすい音だった。ホール自体の音響特性も影響しているだろうが、この日のサウンド・クルーは良い仕事をしていたと思う。

ベースの音が聴きやすかったおかげで、今回は沖山さんの弾くベースラインがはっきりとわかった。沖山さん、よく聴くとかなり弾きたおしていて、まさに縁の下の力持ちという感じだった。ツアーの間、結局ジューシィフルーツのネタには触れられなかったので、その話題はタブーなのかもしれない。CCBと一緒に一晩限りの再結成なんて無理ですかね?
(ジューシィフルーツって何?という方は、こちら
を参照)

アンコールにこたえてツアーTシャツに着替えて出てきたバンドメンバーが、オーディエンスに向かって一言ずつコメントを言う時、ドラムの村石さんが、「あたたかい倉敷の皆さんと一緒に " くらしき " てみたいです。」というオヤジギャグを言って笑わせる。

アンコール1曲目は『Runner』だった。若い世代はちょっと置いていかれてた。猿岩石なんて知らないだろうから無理もない。
「この曲で終わったらシャレにならんし、最後はやっぱりこの曲で終わります。」と言い、ゆっくりと『HOME』のイントロを弾きはじめる。

今回は、アンジーの通った学校を卒業し、この春から東京の大学に進学することになった娘が一緒に来ていた。
もうすぐHomeを巣立ってゆく娘と並んで聴いた『HOME』、いつも以上に深く心に染み入り、目頭が熱くなってゆくのを感じた。

ライブが終わってから娘に訊いてみた。
「どうだった?」
「ドラムの人がカッコよかった。」
「だろ?」

ロビーに出ると、知っている顔が何人も集まっている。
Circle 2そのままプチ・オフ会夜の部に突入することで話がまとまり、2回目のコンバース・サークルを撮影。






その日のうちに大阪まで帰らなくてはならない三人が慌しく帰っていったので(ほんと、お疲れさまでしたね)、残った近県組でゆったりまったりトークを楽しんだ。ライブのたびに知り合いが増えるのは楽しいものだ。

アンジーも近い場所で打ち上げをしているのだろう。
「長かったツアー、お疲れさま。楽しい想い出をありがとう。」
星のきれいな夜空に向かって、そう呟きながら家路についた。

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Contents
自分がこれまでに行ったアンジェラ・アキさんのライブレポートです
(インストア・ライブを除く)

管理者:Ken

My Treasures
アンジェラがこれまでにカバーしてきた名曲のオリジナルアナログ盤を集めてみました。

A Whiter Shade Of Pale










サードシングルに収録されているカバー曲。オリジナルがヒットしたのは1967年。以来、実に様々なアーティストにカバーされている。1988年には日産シルビアのCMにも使われた。原曲のイントロはハモンドオルガンで、バッハのカンタータ、あるいはG線上のアリアのコード進行をモチーフにしたと言われている。関連記事

Will You Dance











1977年、つまりアンジェラの生まれた年にリリースされ、その年のTBSドラマ「岸辺のアルバム」のテーマに使われた曲。オリジナルには『Will You Dance?』とクエスチョン・マークが最後に付いている。

A Song For You











オリジナルのリリースは1970年。この曲も実に多くのアーティストにカバーされていて、1988年にはアサヒビールのキャンペーンソングにもなった。彼はジョー・コッカーなどのプロデュースをする傍ら、ソングライターとしても才能を発揮していて、この曲以外にも、カーペンターズがカバーした『Superstar』や、ジョージ・ベンソンなどがカバーした『This Masquerade』を書いている。

We're All Alone











スティーブ・ミラー・バンドのギタリストであったボズが、前作の「Slow Dancer」からAORに路線変更し、1976年にリリースしたアルバム「Silk Degrees」に収録されている。今でこそ彼の代表曲となっているが、当時アメリカではシングル・カットされておらず、1977年にリタ・クーリッジがカバーし、全米7位になってはじめて注目されるようになった。この曲がこんなに有名になったのは、リタのおかげなのだ。