2008年09月

2008年09月09日

浪花のMY KEYS (Sep. 7th 2008, Osaka)

今年1月の倉敷以来、8ヶ月ぶりのライブである。前日は遠足を翌日に控えた子どものように、ドキドキして眠れなかった。

ライブは6時からだが、早めに出かけて阪神デパート地下のイカ焼きを購入。やっぱりこれを食べないと大阪に来た感じがしない。昼食をご一緒する約束のmista-boneさんにもお土産として持って行ってあげることにする。彼はインディーズ時代からのアンジェラ・ウォッチャーで、いち早く彼女の才能を見抜いたスルドい人なのだ。

HRC 1待ち合わせ場所は当然
ハードロックカフェ大阪。

 

 

HRC 2

フロントのディスプレイはKISSとオジー・オズボーンだ。ここで昼食をとりながら、まったりと開場までの時間を過ごす。









「今回もステージが回転するのかなあ?モトリー・クルーみたいに、縦方向にも360度回転するといいね、ピアノごと。しかも客席の方にせり出してきたりして。」
「村石さんと沖山さんを呼んで、「宇宙」だけで1時間くらい演ってくれないかなあ。「Santa Fe」と2曲だけで2時間でもぜんぜんいいけどな。」
などと、馬鹿話をしながら時間をつぶすのが楽しい。

実は今回、私はあるミッションを託されていた。
アンジェラの人気はヨーロッパでもかなりのもので、あちこちにファン同士のコミュがあり、特にスペインとフランスのそれは熱い。
彼らは日本語の歌詞をまずローマ字に直して唄い、さらにそれを英語に翻訳して意味を把握するという楽しみ方をしている。新曲がリリースされるやいなや、驚くほど早くそれらのプロセスがなされるので、いつも感心させられる。ヘタをすると、雑誌への掲載情報やTVへの出演情報など、こちらより早くつかんでいたりして、その熱意には本当に頭の下がる思いだ。

ところが、彼らには共通の悩みがある。ファンクラブへの入会は日本在住の者に限られているし、AKILANIの住所も明らかにされていないから、アンジェラとコンタクトをとりたくてもとりようがないのだ。
仕方なく彼らは日本のファンサイトにアクセスしてくる。もちろん、私のサイトにもアクセスしてきて、いろいろとやり取りしている。アンジェラに世界を目指してほしいから、DVDを送ったり、雑誌のコピーを送ったりしてるんですよ、アンジェラ。

そしてある日、スペインからTシャツとメッセージが送られてきた。それをこのライブでアンジェラに届けなくてはならなかったのだ。

いつもならば開場前に高橋マネージャーかA&Rの大ちゃんを見つけて、アンジェラに渡してくれるよう頼めばいいのだが、今回は彼らがなかなか見つからない。あと20分で開演なのにどうしよう、と困っていると、すでに大ちゃんを見つけてプレゼントを渡していたakoさん、ちはやさんが、関係者用受付に荏原健太さんとRyokoさんが居るから、彼らに頼めばいいんじゃない?とおしえてくれる。この二人はアルバム『TODAY』でバックコーラスを努めていることで、アンジェラーならば知らぬ者はいないのだ。

健太さんに近づき、怪しい者ではないことを説明して(その時点で充分怪しいんだけど)、プレゼントを渡してくれるようお願いする。健太さん、実に快く受けてくださり、ホッと胸を撫で下ろした。地方在住なので、なかなか彼のライブには行けないが、いつかぜひ行こうと心に決めた。

JO HALL 1JO HALL2

 

 

 

 

場内に入ると、シートの背に黒と黄色の2つの封筒が入った袋が貼り付けてある。例によって封筒には、「私が言うまで開けないでネ!」の文字が。はいはい、わかってますよ、今回もまた「英語でしゃべらナイト」を演るつもりなんだね。
どうして封筒が黒と黄色なのかは、あとで判明する。

オーディエンスを見渡してみると、70代とおぼしき白髪の老夫婦があちこちに見える。それから、中には小中学生の姿も。「手紙」の影響だろうか? どっちにしても、これまでのアンジェラのライブとは少し違った雰囲気だ。

ホールの中央には八角形のステージ。その形の意味もあとで判明することになる。おそらくその中心にあるであろうピアノを囲んでいる円形の緞帳が落下すると、アンジーが現れた。Tシャツは白地に赤で「24」の文字。靴はいつもの黒のコンバースで、ソックスは白と黒のボーダーだ。

サクラ色

心の戦士

今日も声はすごくよく伸びている。声量も充分で言うことなし。ただ、ホールの残響時間が長すぎるのか、あるいはPAの不調なのか、時々歪んでいるのが気になった。これはアンジェラの責任ではない。

「MY KEYSの「KEY」の意味をね、「鍵」のことだって思っている人が多いと思うんだけど、そうじゃなくて、「鍵盤」っていう意味なの。そう、アリシア・キーズと一緒。彼女は、アリシア・鍵盤さんっていう意味なの。つまり、この私の相棒のピアノでみんなと繋がってるっていう意味でそう名づけたの。」

TODAY

「今日は大阪ということで、私は通天閣の上で演奏しています。見て!ステージが八角形でしょ。」

Kiss Me Good-Bye

ここで、恒例となった「アンジェラ・アキの勝手に英語でしゃべらナイト」のコーナー。
黒い封筒を開けると、歌詞が書いてある。

Time After Time

「1984年にシンディ・ローパーがこの曲をヒットさせた時、彼女は31歳だったの。そう、彼女も遅咲きのアーティストなの。この曲ほどいろんなアーティストにカバーされている曲もないだろうというほどたくさんカバーされていて、あのジャズの帝王と言われたマイルス・デイヴィスもカバーしているほどなの。」

カバーといえば、私はタック&パティのものが一番好きだ。
ギター一本のみをバックに、パティの巧みなボーカルが冴える。
TUCK & PATTI  BEST

 

 


 

 


「ところで、遅咲きのアーティストといえば、あの人も・・・」と言いながら弾きはじめたのは、

♪あれからぁ 僕たちはぁ♪
♪何かを信じてこれたかなぁ♪

「そう、スガシカオさんも30になってからメジャーになったんです。以前、どこかでご一緒した時に、「私も同じ遅咲きなんですう。」って言ったら、「一緒にせんといてくれる?」って言われたの。もちろん冗談だけどね。」

「じゃ、歌詞をみていきましょう。最初に「if」があることに注目してください。「if」が最初にある曲は必ずヒットするんです。今日来てくれている人の中で歌を作ってるっていう人、おぼえといてください。たとえばこの曲・・・」

♪もしも 願いがっ 叶うなぁらぁ〜♪
(小林明子 恋におちて)

そうか、そっちがきたか。
こっちがくるのかと思ったけど・・・  古すぎ?

♪もしもぉ 私がぁ 家をぉ 建てたならぁ〜♪
(小坂明子 あなた)

そういえば、ブレッドの名作で『IF』というのもありましたな。
BREAD

 


 

 

 

「この曲がヒットした時、私はまだ7歳。徳島に居て、その存在すら知らなかったの。ちなみに、徳島でその頃流行っていたのは・・・」

♪私は泣いたことがない・・・♪

「この曲のタイトルね、私ずっと「飾りじゃないのよ涙は はぁっはぁん」だと思ってた。「はぁっはぁん」がいらないことを後になってから知ったの(笑)」

Again

大阪は私にとって特別な場所なの。私にとっては、帰ってくるっていう感じ。3年前、28歳の誕生日の1日前にメジャーデビューしたんだけど、デビュー直後に中ノ島の美術館でライブをしたの。その時、徳島の小学校時代の同級生に17年ぶりに再会できたし、とても思い出深い場所なの。彼女とは入学以来ずっと一緒だったんだけど、5年生の時にどこかへ転校してしまって、その後私も岡山に引越ししたり、ハワイに行ったりして、それっきり逢えなくなってしまっていたの。私のデビューを知った彼女は、どうしても逢いたくなって、徳島からバスで大阪まで逢いにきてくれたの。」

そう、そのライブ、私も行きましたよ! 
美術館のロビーでおこなわれていたFMラジオの公開録音に出演したのだが、まだまだアンジェラは知られていなくて、1時間前に着いたのに、最前列がすべて空いていて、私は迷わずど真ん中、アンジェラのピアノから1メートルくらいの場所に座った。『Home』のジャケット写真を前面にプリントした自作のTシャツを着て(恥)。その最前列の3席向こうにその同級生の方がおられて、彼女がアンジェラに声を掛け、再会を喜んでハグし合っていた一部始終を見ていたのだ。(その時の記事はこちら

しかも、その日は夕方から福山ロッツでもインストア・ライブが入っていて、ダブルヘッダーだった。当然、私も大阪でのライブが終わるや否やすぐに福山に向かい、彼女を追いかけた。
その日は1日で2つのライブを経験するという稀少な体験をしたのだ。(福山ロッツの記事はこちら

「特別な場所のために、今日は新曲をつくってきました。」

7 Days, 7 Nights (似たようなタイトルの映画があったような・・・)

モラルの葬式

This Love

ここで場内暗転し、アンジェラが引っ込んでしまう。
ステージにはソファとテーブル、そしてなぜかバーカウンターがセットされている。準備が整ったところで、唐突に『津軽海峡冬景色』のイントロが流れ始めた。いったい何が起こるのか、場内が一気にざわつきはじめたところでアンジェラが登場。なんと、Tシャツの上にブルーのラメ入りショールを羽織っている。なんじゃそりゃ!

「わたし、いつか呑み屋さんをやってみたいの。北新地にあるような高級なお店じゃなくて、場末のちっちゃなお店。名前は『スナック ふるさと』。カウンターの中にピアノを入れて、常連さんを相手に、私の好きな曲を好きなタイミングで聴かせたいの。」

カウンターを拭きながら、お客さんとのやりとりを熱演。
かなりハマっていて可笑しいが、なんだかなぁ〜

孤独のカケラ

Still Fighting It

「今度のシングルには、私の大好きなベン・フォールズのカバーを入れたの。いつものように、日本語の詞をつけました。」

手紙 〜拝啓 十五の君へ〜

Music

たしかに

フィニッシュは、やはり山下洋輔的肘打奏法加跳躍。


(アンコール)

お約束どうり、物販用のTシャツに着替えて登場。

悲しい色やね

「この曲、ずっと演りたかったんです。」

ここで、ピアノの椅子が交換される。え?なんで?と思っていたら、スーツを着た男性が登場した。

「今日は特別ゲストを呼んであります。」

と言うから、てっきりRyokoさんと健太さんを交えて、「友のしるし」を演ってくれるのかと、かなり期待したが、ぜんぜん違っていた。

「大阪すみよし少年少女合唱団の皆さんです。わたし、この曲を自分で唄うだけじゃなく、みんなで合唱しているところを聴いてみたいの。1万4千人の大合唱を。それでは、黄色い封筒を開けてください。」

黄色の封筒を開けると、中には便箋と鉛筆が入っている。未来の自分に宛てて手紙を書くという仕掛けだったのだ。便箋のウラには「手紙」の歌詞が書いてある。

なぁ〜んだ、そういうことかorz
はいはい、わかりました、唄いましょう。

手紙 〜拝啓 十五の君へ〜 (大合唱)

「実は、もう一人スペシャルゲストを呼んでいます。」

え?今度こそRyokoさんたち? と、また期待。
しかし、ステージにスポットライトが当たり、その先に座っていたのは・・・・・ くいだおれ太郎! 
しかも、手には阪神タイガースの旗を持ってるし。

「わたしね、家族みんなが阪神ファンで、自分も小さい頃からそうなの。ここで『六甲おろし』唄ってみてくれる?」

六甲おろし(大合唱)

黒と黄色の封筒の意味に、この時やっと気が付いた。


「最後はやはりこの曲で終わります。」

HOME


ライブの余韻に浸りつつ、大阪城公園駅までそぞろ歩きしていると、あちこちから声が聞こえてきた。

「おもろかったなあ・・・ ほんまに よう喋るわ。」
「喋るとは聞いとったけど、あれほどとは思わへんかったわ。ほんま驚きや。」
「いや〜、よう笑わせてもろたわ。」

ん? さっきまで居たのは、なんばグランド花月だったか?

(全体の感想は後日追記)


(9月14日追記)

注意! 毒多量! 

あくまでも自己責任で読んでください。
気分を害されても責任は負いません。

 

 

 

 

 

 

 

退屈なライブだった。思わず溜息が出た。

そもそも今回のライブ、年末の武道館ライブに行けなかった「西」のファンたちにお詫びの意味を込めて、武道館と同等かそれ以上のパフォーマンスを見せたいという意図でおこなわれる筈ではなかったのか?少なくとも発表当初はそういうトーンであったのに、いつの間にかテーマが変わっていたように思う。

私は2回とも武道館に行けなかったから、1万4千人の中心でアンジーが愛を叫んでいるのを初めて見て、本当に嬉しかった。しかし、その後のグダグダな進行には眉をひそめざるを得なかった。

アンコールに合唱団を仕込んであって、会場全体で『手紙』を大合唱する予定だったのに、どうしてわざわざ『HOME』の前に自分で唄ったりしたのだろう?
『手紙』をどうしても売らなきゃならないよほどの理由があるとしか思えない。合唱の課題曲として楽曲を提供したというだけではいけないのか?それだけで充分名誉なことだと思うが。

結局、このライブは、「はじめに『手紙』ありき」で構成が組み立てられていたようで、いつの間にか9月17日のリリースに合わせたプロモーションの一環にすりかえられてしまったんじゃないかという印象をぬぐいきれなかった。

デビューからやっと3年、まだまだこれからという時に、リタイア後の夢を語るなんて、いくらなんでもあり得ないだろう。そんなこと今語らなくても、30年も40年も突っ走って、それこそグラミーを獲ってからでいいんじゃないのか? 日本でそこそこウケたら、小さくまとまって終わるつもりなのか?

来月のMY HOME TOURも、唐突にチケットの2次エントリーが発表になったりして、アンジーと関係のないところで、いろんな力がうごめいているのを感じる。今回のライブも外からの不可抗力でこんな形になってしまったんだと思いたい。

ある方がアンジーを列車にたとえていた。うまいこと言う。
アンジー号は、まだまだ走り始めたばかり。これから先、何度もポイントを切り換えながら、目的地に向かって進まなくてはならない。くれぐれも脱線しないよう祈る。


Contents
自分がこれまでに行ったアンジェラ・アキさんのライブレポートです
(インストア・ライブを除く)

管理者:Ken

My Treasures
アンジェラがこれまでにカバーしてきた名曲のオリジナルアナログ盤を集めてみました。

A Whiter Shade Of Pale










サードシングルに収録されているカバー曲。オリジナルがヒットしたのは1967年。以来、実に様々なアーティストにカバーされている。1988年には日産シルビアのCMにも使われた。原曲のイントロはハモンドオルガンで、バッハのカンタータ、あるいはG線上のアリアのコード進行をモチーフにしたと言われている。関連記事

Will You Dance











1977年、つまりアンジェラの生まれた年にリリースされ、その年のTBSドラマ「岸辺のアルバム」のテーマに使われた曲。オリジナルには『Will You Dance?』とクエスチョン・マークが最後に付いている。

A Song For You











オリジナルのリリースは1970年。この曲も実に多くのアーティストにカバーされていて、1988年にはアサヒビールのキャンペーンソングにもなった。彼はジョー・コッカーなどのプロデュースをする傍ら、ソングライターとしても才能を発揮していて、この曲以外にも、カーペンターズがカバーした『Superstar』や、ジョージ・ベンソンなどがカバーした『This Masquerade』を書いている。

We're All Alone











スティーブ・ミラー・バンドのギタリストであったボズが、前作の「Slow Dancer」からAORに路線変更し、1976年にリリースしたアルバム「Silk Degrees」に収録されている。今でこそ彼の代表曲となっているが、当時アメリカではシングル・カットされておらず、1977年にリタ・クーリッジがカバーし、全米7位になってはじめて注目されるようになった。この曲がこんなに有名になったのは、リタのおかげなのだ。