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まったく不覚。ノーマーク、想定外。この映画は私にとってはある意味、「事件」といっていい。
 
今日なにげなく観てきたのですが、不覚にも泣いてしまいました(それもハンカチが必要なほど)。常々言っていることですが、もう最近はなにを見ても聞いても、驚かない。感動しない。相当スレてしまっているわけです。こないだも書きましたが、「私の頭の中の消しゴム」ですら、なーんとも感じない。へっちゃら、ちゃら〜♪。 こんなことでいいんだろうかと、内心自分のこととは言え、不安になってきていたのです。もうこの先、なにを持ってきても感動できないのかしらって。
 
それがどうしたことか、こんな映画に涙するとは。ただ、「感動」というよりは、なんというかあのストーリーに「同調」してしまったと言ったほうが正しいかもしれない。ストーリーとしてはシンプルで他愛もない人情劇です。なのに、そのすごくプリミティブな他愛もなさに心動かされてしまった。
 
ストーリーは昭和33年の東京、集団就職で東北から六子(むつこ)が鈴木オート(自動車修理の町工場)にやってくるところから始まる。その鈴木オートは建設真っ最中の東京タワーのほど近くにある。その鈴木オートの界隈で起こる人々の笑いと涙のお話で、登場人物がみな味わい深い。鈴木オートの短気なオヤジ(堤真一)とその向かいで駄菓子屋を営む小説化志望の茶川竜之介(吉岡秀隆)を軸にして、人情劇が織り成されていきます。
 
なににそんなに共感してしまったんだろう。一番はあの時代のシンプルさかな。鈴木オートが近所に先駆けてテレビを買って、力道山のプロレス中継を見る場面。近所の人全員が鈴木オートに集まって、大変に熱狂するわけです。そのシンプルさがまずうらやましかった。
 
最近じゃ、娯楽はどんどん細分化していって、本当に多種多様な嗜好に分散しちゃってるわけです。かく言う私も、へんてこなバロックオペラを掘り起こしては、あーだこーだ言っている。ただ、そうやってどんどん音盤を集めて、部屋が一杯になっても今はどこか楽しくないんです。最初のころに比べて、なんかワクワクしない。なにかがおかしいと思うようになってきた。この心境、どこかのブログで見かけた「倦み果てた」という表現が一番ぴったり来るかもしれない。
 
そういう心境の只中にあったことが、力道山に対する熱狂や、やらしいほどにベタな人情劇に共振させたのかもしれない。しかしシンプルだけど力強いストーリーです。ベタなだけなら、最近の韓流ドラマだって相当なもんだろう。ああいうのに比べて、シンプルだけど2,3本よけいに芯が通っているような気がするんです。
 
ホントに不思議なもんです。私がこれほど泣かされたのは前代未聞です。あともう少し後ろから突っついたら、嗚咽してたかも...。劇場内での泣き率は圧倒的に「消しゴム」のほうが上だったのに、私ってどうなってんだろ。