December 22, 2011
December 18, 2011
December 11, 2011
December 07, 2011
父ちゃんのファッションチェックには付き合うてられへんわ
December 06, 2011
大切なジーンズ
息子と同じ年齢を歩む大切なジーンズを穿いています^^





尻は破れ、ボタンホールはボロボロ。色んなところにガタがきていますが
そろそろ修理して年季を重ねたいと思っています。
ちなみにメーカーのUESさんには何の想いもありません
なんていうのは余計な一言か(笑)
グラップラー刃牙っていう好きなマンガの一番好きなキャラに
愚地独歩っていう空手家がいるんですがその言葉に
「あれもコレもって手ェ出してたら、武の神は微笑んじゃくれネンだよ」
なんて敵に浴びせる名言があるんですけど
ジーンズ穿く時のひとつのアドバイスになってたりします(笑)
何本も買えない金欠パパの言い訳にもってこいな名言だったりして
ジーンズが好きで何本も買う人への批判とは受け取らないで下さい^^
年季の入ったジーンズは、アウターや靴をひきたたせますので
コイツはこれからも色落ち通り越すくらい穿いたろうと思います。
これからもこのジーンズをよろしくお願いいたします♪
November 30, 2011
November 27, 2011
November 25, 2011
November 23, 2011
給料日
November 17, 2011
November 10, 2011
February 25, 2011
2月25日
転勤先の入居者数が定員を大幅に割っており、入所選考が最重要課題。初めての施設ケアマネだけど、余裕を持った仕事はさせてもらえない。最初から仕事に追われて追いつく努力をしなければならないのが難儀。
今日は息子が始めてオマルでオシッコをしたと聞いて感激した。お風呂に入っていつものフォローアップミルクを飲んで寝かしつけようとしたら、アンパンマンの弁当箱を渡して欲しかったらしく涙を流して泣く。明日は土曜日だが保育園にいくので、その弁当箱は明日使うので渡すと汚れて使えなくなる。そうこうしているうちに涙と鼻水が喉に詰まり、フォロミどころが晩御飯まで吐いてしまって、再度入浴するハメになってしまった。昼間食べたと思われる人参まで嘔吐物に入っていたので、少し気持ち悪い思いをしていたのかも知れない。吐いた後は機嫌よく遊んで寝たので、ノロとかロタとかではなさそう。発熱もなし。ただし空腹で早起きする可能性があるので、僕も早く寝る必要がある。久しぶりの早朝バズーガを浴びることになるかも。
February 24, 2011
2月24日
ある利用者さんのキーパーソンである孫さんは、ショックを受けたといいながら「何々?栄転なの?それとも左遷?え、そうなの?それはご愁傷さまです」と笑って受け入れてくれた。お兄さんが任侠関係の枝の若き親分さんで、この方も兄の仕事を手伝いながら介護をしていた。任侠関係なので最初は怖かったが、逆に何でも凄く手厚くて、本当にお祖母ちゃんに尽くすという感じで頭の下がる思いだった。少なくとも自分の親の年金をむしる息子や娘のケースとは雲泥の差がある。風貌は怖かったけど、ケアマネージャーに傾ける耳は真摯だった。
さっき息子を寝かしつけているとき、寝る前の歯磨きを忘れた僕に、眠そうに「父ちゃん、シュカシュカ忘れているよ」という感じで自分から教えてくれた。歯磨きは苦手な息子なので、新しい発見で感動した。
明日は新しい職場へとりあえず挨拶にいくことになる。スーツで。緊張する。
February 23, 2011
2月23日
今日息子はろくにお昼寝もせず、ハイテンションでダンスをしていたらしい。身体測定があり、入園時に比べて8cm身長が伸びて、1kg体重が増えた。「アカン、アカン」とツッコミをするようになり、嫌な時は「イヤイヤ」と喋るようになってきた。色についてはほとんどの物を「アカ、アッカ」と言うが、たまに「キーロ」「アオッ」も言う時もある。しぐさが幼児というより少年に思えることがある。大人の千倍吸収力があるというから、当然のことなのかも知れないが、その当たり前のことが僕は嬉しい。
バンドの事で色々考える。ギター2本持ってきてくれたのだけど、2本とも練習中に4弦を切ってしまった。張替えの時間にベースとドラムで練習できるパートをしようと誘ったら、ドラムに「無い」と言われて寂しい思いがした。リズム体に関する考えが違うみたいだ。そういえば新しいベースに対してリアクションも少なかったし、前に使っていたパッシブのJBとの違いを感動的に感じていたのは当の僕だけだったのかも知れない。若いとき、いきなりバンドをクビになったことがある。そのときの雰囲気も今のような感じだったなあ。当の本人はそんな状況とは夢にも思わず一生懸命ベースを練習していて、機材も頑張って購入して備えていた。昔も今も甘い野郎だということに変わりはないのかも。
仕事はいよいよ転勤の日が近づいて複雑な気分になってきた。シングルママのケアマネさんはパートから正職員になることが決まって、生き生き張り切っている。去年12月に入職されたオバサンケアマネも一騎当千の仕事っぷりで頑張ってくれている。包括のセンター長で転勤することが決まった先輩ケアマネも完全にノリノリ。僕の次の仕事は、施設のケアマネの責任者、入所選考の仕事も重要で、申込者の面接を中心に行っていく仕事だという。落ち着くまで息子が起きている時間に帰宅できないと思う。前述のみんなのようには張り切った気持ちになれない。どちらかというと醒めた気分。
February 22, 2011
2月22日


今日はオフだったので息子の保育園送迎、サイクリング、マクドナルドのマイアミバーガー、浴室の掃除、などして贅沢に無駄に過ごす。保育園の先生に「昼食時、嫌いな食べ物を椅子や机の下に隠すんですよぉ」とイタズラするようになってきたという感じで言われる。昼間は外で遊んだが、三輪車乗りに割り込む事が出来ず「まあええか」みたいな感じでおおらかに振舞っていたそう。どうしても体力的に1歳上の子には勝てないようだ。時と場合によっては戦うこともあるので心配なし。

February 21, 2011
2月21日
要介護3と2のご夫婦の生活援助をどう振り分けるかで、利用者さんと相談するがお互いに歩み寄りが見られなかった。ご主人の介護保険だけで夫婦の生活援助を行って欲しいと希望されるが、ご主人と奥様両方の介護保険を使わなければお二人の支援は計画できないと申し上げたところ、「融通の効かない使いにくいサービス」と言ってヘソを曲げてしまわれる。今週中に折り合いをつける予定。
去年8月から入浴していない介護保険更新中でかかりつけ医のいない独居のお爺さんの支援をスタートする。15:00に新聞紙を敷いた車イスで自宅まで迎えに行き、お客さんの帰った後のデイの風呂を借りて入浴介助をさせていただいた。半年間の臭いと垢汚れは凄まじかったが、意外にも「エエきよっちや」と喜んで下さる。着ておられた服をデカいバケツに入れてまずは水洗いするが、白いタオルが茶色に染まってしまうほどの汚れが出た。入浴後に前もって話を通しておいたクリニックへ通院介助。採血やら一通り検査して診察してもらう。これで主治医意見書が揃うので、無事更新できる。ヘルパーさんとデイサービスを希望されているが、どうやって部屋を片付けるかが大きな課題。経験から言うと、ホームレスのおじさんのテントの中のほうがまだ綺麗といえる状態。ともあれ受診を終えたお爺さんは一日ガマンしてくれていた焼酎をさっそく買ってうまそうに飲んでいた。因みに受診時の収縮時血圧は220。降圧剤が出たが、はたして飲んでくれるだろうか。
金銭的虐待の長女から電話がかかってきて、大阪市社会福祉協議会の金銭管理サービスは絶対に利用しないと宣言した。後見人申し立て申請もしたから口出しはさせないと申される。どこの世界になにもないのに普通自分の母親の後見人になる娘がおんねん、とツッコミたくなるが頑張って我慢する。包括虐待担当に報告したら、絶句していた。
そうこうしているうちに遅くなる。明日は休みだが、明後日から22:00くらいまで残らないと仕事が片付かない按配になってきた。溜息しか出ない。
February 20, 2011
2月20日

午前午後はママのご両親と羽曳野の道の駅へ。人気スポットらしく、駐車するのに結構混雑した。南河内の野菜を買って、羽曳野うどんというのをご馳走になった。息子にうどんとおにぎりを食べさせたら、ママのうどんがすっかりのびてしまう。僕は南河内ワインというのを買って、さっき試飲したらベロベロになった。



明日から月末まで目が回りそうなスケジュール。引継ぎと残務整理で多忙になるだろう。昨日はある利用者さんのお奥様がケアマネ交代ということで悲しまれて惜しんでくださる。電話口で思わず僕もつられて泣きそうになる。最初は介護タクシー以外のサービスを拒否されていたが、今では訪問リハビリを初め4種類のサービスを受け入れてくれるようになって奥様が楽になった。お互いに苦労したし、一緒に戦った友人のような気持ちがあるんだと思う。頑張ったら気持ちが通じる人もいるのだ。周りのスタッフに気付かれなくてよかった。
February 19, 2011
2月19日

終わってから近所のびっくりドンキでミーティング。ライブに向けて12曲絞り込んだ。ただ、今回仕上がりが良くても、次回ボロボロだったという経験を何度もしている。40過ぎのオッサンが3人もいるので、気分のムラがすぐに演奏や日ごろの練習態度に出てしまうtころが僕達のバンドの弱み。

今日、G&L L-2000 を初めてアンプで鳴らした。ベーアンはトレースエリオットだった。まずノイズが一切なくなった。トグルスイッチで2ハムアクティブの設定にして、適当にアンプでイコライズしたらズズンと良い音が簡単に出た。おそるべしG&L。ノイズ、音の埋もれ、音圧などの今までの悩みがうそのよう。最高の武器を手に入れて頼もしい感じ。
バンドで夜遅くまで家を空けたが、ママがしっかり息子のことをやってくれた。理解のある伴侶でとても有難い。
February 18, 2011
2月18日
今日からご家族へケアマネ交代と引継ぎ挨拶のお願い連絡を始める。とにかく時間がないので冷や汗の出る毎日になってきた。最低限の仕事はやり終えて次のケアマネさんにバトンタッチできるようにしたい。
明日はバンド。なかなか毎日ベースに触れるということができなくて、仕上がっていない状態。これからおさらいを頑張る。こうなるとバンドも受験勉強の如く苦痛の二文字だ。
February 17, 2011
2月17日
息子がママが教えたハーモニカを吹くようになっている。メロディはしっちゃかめっちゃかだけど、きちんと吸って吹いてスピスパスピスパ音を鳴らす。ウィーピングハープ・セノオの再来かも。お風呂に入って身体が温まると、時々蕁麻疹というか湿疹が出ることがある。今日は首が腫れるくらいになって眠るまで掻いていた。原因のわからない蕁麻疹は親も不安になる。
February 16, 2011
2月16日
次の4月の年金まで、3万円でやって欲しいというので、さすがに人道的に受け入れられないと申し上げた。2ヶ月分の年金20万円からたったの3万。足りない場合はヘルパーさんが立て替えておいてくれたらいいという。遠方からなかなか訪問して世話する時間がないというので、大阪市社協の金銭管理サービスの情報提供、というか勧めると、内縁の夫が逆上してしまい、「黙ってワシらの言うこと聞いとったらええのんじゃ」等10分くらい激しく恫喝されてしまった。痛いところを突かれて思わず本音が出てしまったのだ。こいつらはワルだけど、あまり賢くはないなと思ってしまった。
僕が延々やられているのを所長や他のケアマネが見ていたらしいのだが、ある人が所長に「じょんびーさんを助けてあげてください」と言ってくれたらしい。所長は「じょんびーさんはホームレスの仕事をしていたから大丈夫」と腰が引けた状態でしかもわけのわからない言い訳をしていたということで、その人が後で僕の前で怒っていた。所長らしく振舞えなかった事で値打ちを下げたのは所長さんの問題であり、僕にとってもはやどうでもいいことだ。僕は恫喝されて怒鳴られて、なんだか垢落としというか、厄払いをしてもらった気分になった。怒鳴られているときはめちゃめちゃ怖かったけど、なんだかちょうどいい感じになった。
February 15, 2011
2月15日
僕が勤務している在宅サービスステーション(居宅介護支援、訪問介護、通所介護が一体となっている)と同じ形態の事業所が同一法人内にあるのだが、そこに勤務している先輩の主任ケアマネージャーさんの愚痴を聞く。なんでも去年入職したデイサービスの若い女性スタッフに仕事面で注意したところ、その主任ケアマネさんを飛び越えて、所長に告げ口されたのだという。ただ単に反省を促しただけなのに、と憤慨している。やっかいなのは、デイサービスの看護師と、この若いスタッフが結託しているところなのだという。所長は主任ケアマネの肩を持つわけでもなく、デイの女の子を叱るわけでもなく、丸く収めようとしているところが、余計に我慢できないのだ、とやりきれない感じのよう。

少し前には、ある若い男性スタッフへの対応について法人の理事さんから「お前、あの子を虐めたりしたらアカンぞ」と言われ、その理事のことがいっぺんに嫌いになったのだとも話す。
10年ほど前に、僕が転勤を命ぜられて逡巡していたことがあって、その時に同じ職場だったこの先輩が、「男やったらごちゃごちゃ言わんと笑って行ってこい」と言ってくれて決意できたという思い出がある。すごく気持ちの良い明るい先輩だったのに、年を重ねるごとに、だんだんおかしくなっていくような気がする。前述の色々な人からの反応について、自分に至らないところはなかったか、など微塵も思わないようだった。
自分も今の職場で、まったくというか似たような経験をしているので、先輩には悪いが、反面教師としてたいへん勉強になった。人は他人との価値観の違いにより苛立ちを覚える。うまくやっていくには、価値観の違いを自分が認めることが大事なのではないかと思う。先輩にも気付いてもらいたいけど、これがなかなか強情なので難しそう。
今日のお昼のハンバーグ。IXYで綺麗に撮れて楽しい^^
February 14, 2011
2月14日
同年齢のパートさんで一人、チョコレートのケーキを作って持ってきて下さった人がいて、この人へのお返しは積極的に考えられる。食品でもなんでも、思いの込められた物には、絶対に何か感じるものがある。しゃあなしの物には何も感じない。当たり前のことだが、気持ちというのはすごくシンプルな伝わり方をするものだと思った。ママからのは「ハイ、義理チョコ」とか言われて苦笑いしてしまう。
仕事とか子育てとかで忙しく集まれなかったバンドの練習が今週土曜日に決まる。ライブどころかスタジオに集まるだけでもかなりのイベントである。日記なんてそこそこにして、さて練習練習。

February 13, 2011
2月13日

午前スーパーにて、箱のミカンの中の1個を息子が離さずレジにならんだら、箱売りなので1個売りは無理だとレジのオバちゃんに言われて恥かしかった。6個入り400円くらいのを買って息子に持たせる。「みーま、みーま」と言って寝るまで両手のミカンを離さず。ティータイムにフルーチェを出したら美味しすぎたのかビックリしていて、表情が最高だった。

キャノンのIXY30Sというコンパクトデジカメなんだけど、使いやすいわ綺麗撮れるわシャッターチャンス逃さないわでノーストレスな撮影ライフが過ごせそう。友人の頂いたとても美味しい地酒とか、ジーパンも写して楽しむ。
February 12, 2011
2月12日

前々からママに無理を言ってお願いしていたキャノンのコンデジを家のお金から買ってもらう。夜でもノイズのない綺麗な画像が撮れるのでビックリ。携帯のカメラはいくら画素数が凄くても、十分な光の量がなければ綺麗に撮れない。シャッターチャンスとか夜景とかマクロ機能とか、携帯のカメラは所詮コンデジにはかなわない部分が多い。ともあれ、これで息子の記録が綺麗に残せると思うので、とても嬉しい。
なんばパークスはウエアハウス、フルカウント、ドゥニーム、ジョンブルなどすべてウィンドウショッピング。フルカウントに吊ってあった、 THE FEW とのダブルネームのMA-1は格好良かったなあ。ドゥニームは経営が変わってしまったけど、やっぱり魅力的。ウエアハウスはスヌーピー・スウエットがたくさん在庫があって心が動いたけど、財布にスンマヘンと言われて取りやめた。

ヤマダ電機にボクシングの井岡会長が来られていた。ママの眼がキラキラ光りだしたので、根性出して写真をお願いしたら、気さくに応じてくれた。甥っ子さんが世界チャンプになっておめでとうございます、とは緊張して言えなかった。後悔。ずっと欲しかった井岡弘樹ボクシングジムのステッカーを会長の方から気軽にくれた。これは家宝にすることにした。好きな人だったけど、今日ファンになった。人柄がとても素敵だ。

息子を抱っこしてもらった。ドドスコじゃないけど、井岡パワーを注入してもらって、息子が元気になったような気がする。
February 11, 2011
2月11日

出勤して南海線で金剛へ。勤務先社会福祉法人理事長のご葬儀に参列した。天皇陛下から紫綬褒章を授与され、昨年は毎日新聞社から表彰された、大阪の社会福祉を牽引した功労者。雪の中の荘厳なご葬儀だった。
カリスマがおられなくなって人事で人心が乱れる。僕は自分のポジションを堅持していくだけだ。色んな職場で働いてきたから、転勤も左遷も全然怖くない。ええカッコで言うとるのではなく、本当に大丈夫だ。
事務所に帰って仕事を始めたら、隣の56歳ケアマネさんが葬儀の様子などを聞いてくれた。何故かしまいに僕の野宿生活者巡回相談の仕事の話になって、左翼系のホームレス支援NPOに捕まってしまった時の話や、あいりん地区の奥のほうの話など、興味深く聴いてくれた。さすが社会福祉士、包容力と受容力がある。ほっぺたをふくらませて悩む姿を見ていつも笑いを堪えているし、ものすごく天然だけど、僕を見る眼に偏見がないのがわかる。

息子にとっては、今日は初めての雪遊びで大はしゃぎだったらしい。夜は従姉弟のおねえちゃんとおにいちゃん、ママ方の爺ちゃん婆ちゃんに相手してもらって戦力で遊んで笑って泣いていた。時折、子泣きジジイみたいな顔だなあと思わないでもないが、僕たち夫婦にとってはかけがえのない息子だ。お父ちゃんがブッサイクで、似てしまって申し訳ないと思うが、逞しくユーモラスな人に育てるから、一緒に頑張っていこう。
February 10, 2011
2月10日
先日の高3時新年会でマイミクでもあるM君に「たまにmxi見たら、日記更新情報にズラーっと、じょんびーの日記が毎日出ていてビックリする」と言われたので、mixi連動を外す。彼は元々別々の会社での知人同士の交流で連絡を取り合うためにmixiをしているらしいので迷惑になってしまう。ブログのアドレスはわかってると思うので、mixiからでなくても気が向いたら覗いてくれるだろう。僕は個人的な毎日の記録、本当の日記として書いているだけだが、ブログとしては毎日更新は異常かも知れない。だからそう、これは日記なのである。
ピタゴラスの定理「怒りは無謀をもって始まり、後悔を持って終わる」と「怒らない技術」に書いてある。感情は思いがけないものであり、必ず後悔するハメになる。心の中で怒った怒りの感情を口に出すか出さないか、出さずに努力した方は次第に怒りをコントロールできるようになる、とある。ママに「あなた本当に怒らない技術を読んでいるのか」と言われてしまうし、怒らないことって、禁煙より難しいことかも知れない。克服できるように、頑張っていこうと思う。
ここ二日ほど、全然仕事に身が入らない。こなさなければいけないことは頑張ってやっているが、全然アグレッシブではない。あくびが良く出る。昨日、13:00に利用者さんの家族とお会いする約束をしていたのに、それを思い出したのは昨夜寝る前だった。ものすごい冷や汗をかいた。今日は10:00と13:00に約束があったが、かなり意識して事なきを得た。最近スケジュール管理が難しい。本当にどうにかしないと。
February 09, 2011
2月9日
フィットネスクラブで自分の使っていたランニングマシーンに荷物を置いてキープしてトイレから戻ったら、別の人が自分の荷物を移動させてランニングマシーンを使っていたのを見て二人はケンカ、なんて例が描かれている。荷物を移動させられて確かに気分は悪いが、怒ってケンカするのは時間の無駄だという。「ああ、つまらん事をするヤツだな」と割り切って別のランニングマシーンを使う方が得、という話があった。自分にそんな大人な対応が出来るだろうか。コラッ!なんて言って、走ってる相手のケツを蹴り上げてしまうかも知れない。怒らない技術って僕にとって相当困難なような気がする。
勤め先のの社会福祉法人で、今まで頑張り続けてこられたのは、ある意味怒りのパワーのおかげと思う。このままで終われるか、とメラメラ静かに怒り続けることができたから頑張ってこれたのだと思うが、これからはそれではいけないと思っている。穏やかなものを発散させることができなければいけないと思ってる。だからこそこんな本を買ってしまったのだ。
男は怒りも涙も、安売りしていけないと思っているが、まだまだなかなかうまくいかない。
February 08, 2011
2月8日
帰宅してババーっと家事を済ませて、愛車のGIANTで近所のマクドナルドへ。期間内二度目のアイダホバーガーを食べる。フレンチバルブの扱いがうまくいかないので、購入先の自転車屋さんに行って空気を入れてもらった。タイアがよみがえり、めっちゃ速く走るようになった。ポンプでの空気入れがうまくいかないと店員さんに伝えると、苦笑いされた。「空気も入れられないの?」みたいな感じで、とても恥ずかしく思った。「どうしたらうまくポンプで空気が入るか」と質問すべきだった。
帰り、通り道のTUTAYAへ。ベストセラーだという「怒らない技術」という本を買う。ボクはとても怒りやすい性質で、しかも今の職場は怒りの発散を極限に抑えているので、怒りが表情や雰囲気に出てしまっているのを自覚している。逆にニコニコしたら「気持ち悪い」と言われかねないし、内面から対策する必要があると思っていた。さて役にたつかどうか読んでみることにする。
一番先に手にとって買おうと思った「実話時代」は棚に戻す。西成の東組という団体の川口和秀さんというヤクザの人が、冤罪で23年刑に服して昨年12月に出所した特集だった。ヤクザさんの生き様に興味はないが、冤罪で長期刑に服したその心境に興味を持つ。23年間の刑務所生活に無駄は一切なかったと言っている。どんな環境でも自分の心次第と話していた。「諦め」の語源は「極める」からきている、とも話していて、これは凄いなと思った。デュマの「モンテ・クリスト伯」がバイブルな僕なので、最悪の状況に陥った時の身の処し方に興味がある。
こんな事を考えるのはおかしいと自分でも思うけれど、冤罪を問われた場合、無実を証明する手立てがない場合、最悪僕も刑務所で繋がれても別に構わないと考えている。自分がわかっていれば勝利であると思う。そない思うねんと父親に伝えたら、それはチョット寂しすぎるで、とたしなめられたが。でもそれがエドモン・ダンテスの精神なのだ。
今朝、勤め先の社会福祉法人の理事長がお亡くなりになった、と午後に連絡が入る。33歳だった僕を積極的に採用してくださった恩人だが、成り行きで組合に加入して結果的に砂をかけてしまった経緯がある。その影響で色んな部署へ左遷され続けた。遠まわしに辞めさせようという意思に負けじと背水を踏ん張り続けた。ものすごいパワーハラスメントにも遭遇したが負けなかった。組合を辞めてからは過去を水に流してくださっていたが、きちんと謝罪する機会を持つこともなく、後悔している。
人は生まれてやがて誰もが死んでいく。もうすぐ45という歳のせいか、最近僕も死を意識するようになってきた。でも自然の摂理から考えると、生まれて死ぬとうのは、朝起きて仕事して夜眠る、というのと同じような感じを持つようになった。根拠はまったくないけど、そう感じるのだから仕方がない。
そんな感じで、とりあえず今日も眠ることにしようと思う。
February 07, 2011
2月7日
「最近お風呂は入れてないやろうし」いかにもその利用者さんの事を思ってのこと、と所長が話すが、顔には思いっきり「お金欲しいねん」と書いてあった。「考えてあげて」というので「考えときまっさ」と返答しておいた。大阪でこの返事をされたら脈無しと捉えるのがローカルルールなのだが、全然気づかない。本当にアホなんだなあと気の毒に思ってしまった。
流行るデイサービスというのは、利用者さんに媚びたサービスは決してしないものだ。如何にお年寄りの仰ることでも、ダメなものはダメなのである。この利用者さんをデイに戻して、また事件を起こしたらどうするつもりなんだろう。前回はたまたま相手方の家族が温厚で許していただけただけ、という現実がわかっていない。流行らないどころか、事故を呼び込んでしまう危険なデイサービスということになる。手堅い収入の利用者さんにやたらと手厚いし、貧困ビジネス型デイサービスと言われてもしかたがないだろう。
所長には申し訳ないけれど、いきさつを隠さず他のデイ事業所を探すつもり。目先の金なんかより、理念とサービスで勝負するのが本当だろう。こんな考えが孤立して浮いてしまう職場なので、自然と誰とも話さなくなる。すると「あの人クライよね」と更に追い込んでくる。万事窮すというのははこっちのことだったりしてね。
February 06, 2011
2月6日
利用者さんが急に手すり追加を希望したため、せっかく作った住宅改修理由書を作り直す。やりたい仕事がいっぱいあるので、ちょっとイライラ。午後から要支援の支援計画表をお二人分作って、訪問して説明した。明日包括に提出してチェックを受けたら、3部コピーして包括、利用者、僕のに署名印鑑をもらわないといけない。包括との書類のやりとりは本当にメンドくっさい。泉州の「くっさい」的表現は少々ガラ悪いけれど反権力的な雰囲気がして、とても好きだ。
4月の大幅人事異動の流れの中に、どうやら自分も入っているみたいだ。人事は命令なので私事は通用しないが、どうなるんだろう。複雑に色々考えるが、父親の好きな「下手な考え休むに似たり」の口癖を思い出す。人生の目標に大しては「なんとかする」と思うが、人事は「なんとかなる」的姿勢であまり意識しないことにしよう。
息子が「イー」の口をしてふざけたりするようになってきた。悪さをするのが楽しいみたいで、悪くなってきたように思う。まだ面白いと思う余裕があるけど、そのうち叱らないといけなくなると思う。タイミングが難しいなと思った。
February 05, 2011
2月5日
今日は家族三人揃って耳鼻科へ。インフルエンザが多い小児科を避けて耳鼻科にしたのだけど、昨夜39度発熱したという少年が来ていて驚いた。これでは耳鼻科にした意味がない。親が受診科目間違っている。きっと向こうは間違っていないと思ってると思うが。
周五郎「ながい坂」読了したが余韻にひたっている。毎日紐解いて開いていきたいバイブル的本になってしまった。経営者、管理職など責任もって戦っている男に響いていく小説だと思う。 今夜はこれからママの実家によばれに行く。
息子はまだ僕の肩でお昼寝中。
February 04, 2011
2月4日
利用者さんのことで、朝からいきなり医師にお叱りを受ける。某府立成人病センターの専門医より、こっちではMRI予約が取れない(正確には5月になるという)ので、港区築港の某総合病院にいる主治医に言っておいて欲しいとの依頼を受けて電話したところ、どえらい剣幕で「緊急でもないのに電話などしてこないで欲しい。医者をなんだと思っているのか。」と怒られてしまった。
口論したら先生が燃え上がりそうな感じだったので、仕方なく謝罪申し上げておいた。成人病センターの先生も僕に頼むのは今考えるとおかしいし、主治医もたぶんその辺のことが頭にきたんだろうと察する。
でも最近は気軽に福祉用具のことでも何でも相談に乗ってくれる先生が増えてきていい感じだったので、びっくりした。電話のやりとりを聞いていた同僚達が珍しく僕をフォローして慰めだしたので、やっぱり向こうが大人気なかったんじゃないかと思う。
今日で周五郎「ながい坂」読了。東淀川区に車で行く仕事があり、信号待ちを利用して読みまくった。僕の性格は基本的に変わらないが、「ながい坂」という本を読んで登場人物の人生を追体験してみて、心の中を今までの自分とは少し違った風が吹くようになっている。前述の医者の発狂を流す事ができたのも、この本のおかげだなと思う。汚濁も潔癖も同時に混在しているのが人間なのだ。
February 03, 2011
2月3日
午後からヘルパー事業所どうしの引き継ぎ同席目的で新規利用者さま宅へ。とてもフレンドリーな印象を受けるが、些細な事で感情を爆発させ、いつも買い物するローソンバリューでヘルパーを困らせたりするという。これはもうここしないという、百戦錬磨のサービス提供責任者さんの事業所に頼むが、いつになく警戒緊張されている。トラブルの匂いがプンプンすると言っていた。事業所が見つからず泣きそうだったキーパーソンの妹さんの為にもみんなで頑張っていきたい。
終わってから区保健福祉の係長さんと、包括の担当者さんで、以前海遊館近くで野宿していたという高齢者さん宅に。大家さんがここに住めといって野宿を辞めさせたらしい。貧困ビジネスかどうかは不明。大家さんを社長社長と呼んで立てていた。家の前からJFさんが見える。自宅内はホームレスのテント内以上に荒れ放題で、僕は早速靴下をパーにしてしまった。介護保険での支援は非常に難しいケースだと思うが、性格は最高に楽しいお爺さんなので、まずは信頼関係作りから始めることにした。
今日は南南東を向いてふとまきを食べる日だが定時で上がれず。ニュートラムで日記更新。仕事は早く終わって早く息子に会いたいがそうもいかない時もある。
February 02, 2011
2月2日
HIBワクチンと肺炎球菌ワクチンが最近、大阪市でも無料になったことを大阪市の新聞で今日ママが知ってプンプン怒っていた。最近まで有料で、全部で約5万円かかった。遡れとは言わないが、僕もとても悔しく腹ただしい。でもこれはどうにもならないので、この場で愚痴って終わりにする。大阪市のバーカ。
大阪市といえば介護保険で初歩的な事がわからなくなり、今日担当者に問い合わせてみる。デイサービス終了後、同日ショート開始は算定できるかとの問いに、「やむを得ない理由を経過記録に残す」事を条件に可能との回答だった。たとえば重度認知症の利用者さんがデイサービス利用後、帰宅したら介護者が入院してしまうなどして不在で、この方を一人にしておけない、など。デイとショートの同日算定はダメという法令は存在しないとのこと。
税金で賄っている制度だから、こまごまとしたことを全部書類に残さなければいけないところがしんどい部分だけど、しょうがない。でももっとケアマネージャーの裁量判断に任せてもらえるようにならないかと思う。そういう意味で、成熟していない介護保険制度のなかで、まだまだ国から認められない資格なんだなと感じてしまう。やぶ医者ならぬ、やぶケアマネにならないようにしないと。
所属先法人が4月から受託する地域包括支援センターの所長に、同じ職場の先輩ケアマネージャーがなられることになった。五つ年下だけど僕より6年ほど先輩で、今の職場は11年勤務された。2年前に後輩の僕が管理者になって、きっと悔しかったと思う。頑張って我慢し続けているのをひしひしと感じていたので、僕も極力この人を大事にしてきたつもり。この人がこうしたいと言った事に、僕は反対したことはない。ともあれ、その我慢が認められたのだろう、大抜擢である。心からおめでとうございますと伝え、スターティングの協力は惜しまないと伝えた。
周五郎「ながい坂」が下巻の真ん中くらいまで進んだ。上下で全1100ページの大作である。自分の生き様は他人と比べようがない。葛藤しながら、自分の人生を歩んでいくしかないことが書かれている。周五郎作品は、疲れた時も、悔しい時も、苛立つ時も、涙止まらないときも、いつも温かく迎えてくれる家のようだ。
February 01, 2011
2月1日
気持ちに波があって、職場でのアウェー感に「かかってこんかい」的に踏ん張れる時と、本当に嫌になってしまう時がある。最近は「かかってこんかい」的におおらかに頑張れていたのだが、昨日はダメな日だった。そういう日は家に帰ってもダメなものである。ママを怒らせたりすることが多い。全部自分自身の問題。
周五郎「ながい坂」は下巻に突入。今朝は府立成人病センターに直接行き、ある利用者さんと9:00に合流。ガンの手術をするかどうか、主治医に返事をするのが一人では不安ということと、難聴なので今後のスケジュールを医師と意思疎通することができないというこで今日はボクが同行した。全部終わったのは13:00だった。おかげで滅茶苦茶本を読むことができた。いつもはヘルパーさんと通院するのだが、今日は大事な日ということで主治医から求められた。仕事に影響するが、しょうがない。今日は仕事を諦める。
13:30から要支援の方の一部委託契約の約束があったが、遅刻。利用者さん、包括の職員、サービス提供責任者を30分待たせる。包括の職員さんには、「じょんびーさんの頭が沸いたのかと思った」と嫌味を言われる。約束を破ったのはこちらなので、何を言われてもしょうがない。
「ながい坂」は胸が締め付けられて苦しくてしょうがない話の流れがあった。主人公の幼い息子の小太郎が川に落ちて心臓麻痺で亡くなってしまった。周五郎はいつも最悪の課題を主人公に与える。それでも再生していく人間の力強さ、不条理に決して負けない逞しさを持っているのが人間なのだ、と訴えているような感じを受けた。長いこと職を追われ、暗殺者に付けねらわれていた主水正だが、転機が訪れる。上下巻あわせて1000ページ以上だが、全然止まらない。人間はみんな、あらゆる立場でいろんなものを背負っていきている。それでもそれぞれに希望があるというのが素晴らしいと思う。
January 31, 2011
1月31日
寒い日が続くせいか、温かいお湯割りが美味しい。僕はやはり麦が好きだ。
今日は色々あったが、あまり書く気がしない。お湯割りだけ温かい。
January 30, 2011
1月30日
なにしろ26年ぶりだから、どうやって飲み会の時間を過ごそうかと思っていたのだけれど、そんな心配は杞憂だった。かえって時間が足りないくらい。
ベースを始めた時に弾き方を教えてくれたやつ、理由は忘れたが喧嘩別れしたやつ、若気の至りで迷惑をかけてしまった人など、色んな気持ちをもって参加したが、みんな実に良い歳の取り方をしていて心地よかった。こんななんの人間関係のしがらみのない心許せる飲み会は何年ぶりだろう。
二次会なんて行くタイプではないんだけど、楽しくて名残惜しくて参加してしまう。最後は男四人だけで締める。ダウンジャケットがなければ凍えてしまう深夜になったけど、心はとても温かくなった。明日からまた職場で自分と戦っていく気持ちになった。感謝の気持ちでいっぱい。
January 28, 2011
1月28日
昨年12月から主治医の指示で医療保険で訪問看護を利用されていたが、12月に別件で区役所に行った際、初めての要介護認定申請をされたらしい。今月中旬に要支援の認定が出て、訪問看護が介護保険優先になったため、訪看が慌てて包括に相談、それで受けることになった後付けケアマネのケース。遡って12月もお願いしたいと訪問看護師にお願いされるが、12月はセルフケアプランになり、残り少ない1月中に自己作成の旨の届出を包括より先にしないといけない。1月さえギリギリで契約して1/1に遡るのに、流石に支援していない12月のセルフケアプランの代行は出来ないと丁重にお断りした。
予防訪問看護なんて初めてなので、内容を伺うとほぼ予防訪問介護でカヴァーできる内容なので驚いた。でも区のケアマネに受けのいい某医師の指示で行っていることなのでヨシとすることにした。
息子は昨夜から風邪気味で鼻水がだんだん青くなってきた。今日ママが小児科へ受診させて、抗生剤が処方され今夜から飲み始めた。でも機嫌がよくないので、やっぱり体調よくないんだと思う。抗生剤で眠くなった息子を見て少し切なくなる。
明日はなんと高校時代の友人達と新年会。場所は実家のある昭和町。なんと約26年ぶりの再会となる人がほとんどなので、さてどうなることやら。世話役の女子がいて、この人がみんなを繋げたのだが、最も会いたい人は体調を悪くしてこれないことになった。明日会う友人達の多くに若気の至りで色々迷惑をかけた。突っ込まれたら謝ることにしよう。
January 27, 2011
1月27日
今日保育園で息子がオムツ交換の時に全裸の状態で先生から逃亡を図り、棚に入って立ったままウンチをしたらしい。先生と息子で爆笑で大騒ぎになったということだった。ママからそれ聞いてボクも楽しくなる。
つまらない話だけど、昼間自転車で訪問中、武装戦線のレザージャケットを着て犬の散歩をしている金髪の男の子を見た。本当に武装みたいだったので、ものすごく声をかけたかったが、勇気がなかった。また会えるといいなあ。

















