明日は私の風が吹く…まりぃo(^◇^)oさんの徒然日記

私は、まりぃo(^◇^)oといいます。 日本の某所に生息している平凡な一庶民です(^^ゞ 何気に伝えたい、思いつき簡単レシピ。そして ちょっぴり我が家の面白ネタなどをボチボチ更新中です。 尚、不定期連載中の私小説『大嫌いだった私へ』もぜひご覧下さい♪ よろしく☆★

第4章『闘争に身を置いて』…MDR学院

〇の党学生部に在籍して2 年目。政界進出に伴い、学生部や各地 で勧誘された新入組織員の学習の場として『MDR学院』と称する学習会が企画された。その時の学生部からの参加者として、アヤと私が指名された。指名というより命令に近かったと思う。当時学生部部長だったアムロから交通費として数千円が渡されたが、北国の田舎から東京本部までの往復切符代には足りなかった。学割を使うのは当然だが、決まりきった額の仕送りから不足分の交通費を出さなければならず財布は淋しかった。
「これからまたMDR学院に行く度にお金足りなくなるよね…」と 彼女とボヤきあった記憶がある。
それよりも打ちのめされたのは、『何で私が!?』という疑念。同期の正宗やさつき、ユウやユミじゃなくて、後輩と一緒に学習会に参加を命じられたのが私だったという事実。ミソッカス確定された事が私の劣等感を加速してゆき、心の瘡蓋となっていった。

確か一泊二日だったろうか。荘に帰ると必ずMDR学院に参加した感想を 書かなくてはならない。

『青年』という 党学生部の機関誌があり、組織員は各自の筆名で原稿を書かされるのだが、必ず政治部や部長などの幹部による原稿チェックがあり、私などは最低でも3回は書き直しさせられた。

『青年』誌だけではなく、新歓パンフレットの原稿書きも加わる。当然だが幹部のチェックを通らねばならない。当時作った新歓
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パンフは、すべて焼却してしまったのが今となっては少し悔やまれる(笑)

復活しました‼

明けましておめでとうございました(^_^)/▼☆▼\(^_^)

今回の 年末年始休暇は、従来よりまとめて貰えました。
去年の4月から急に私の仕事もかなり増えてきたせいで、忙殺されて 心身が疲労困憊していました。

ひさびさに 寝正月を満喫しています。ありがたい。

去年から 1日1食半生活しているせいか、胃の調子も良好で、かなり体重も減りました(喜)

それと平行して、よりポジティブな自分になるべく 努力中なわけ(^^)v

「この世で一番のボランティアは、常にご機嫌でいること。自分が幸せだと思うこと」という言葉を耳にしました。ご機嫌でいる明るい人はまず嫌われないし、幸せオーラを纏っている人は回りの人々を幸せにする…。

常に笑顔な人を目指して 今年はよりいっそう努力します。だから、自分の意見を他人に押し付けず、他人を自分のペースに巻き込む人を目指します。

理想は高く(笑)
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拝啓 M様。

緑の党三橋派の2ch.スレをみていて、貴殿の近影画像を見かけました。

四半世紀の年輪が刻まれてはいても、あの頃の面影のままですね。

正直 貴殿の事は思い出したくなかった、そして組織で過ごした2年間も。しかし忘れてはならない自分の黒歴史の足跡でもある。ましてや貴殿は現職から専従者となり長年組織に在籍し、ネットの噂では組織を抜けて家庭教師の会社に在籍しておられるらしい。決して組織を辞める事はないであろうと思われた貴殿が、組織と決別するに至った経緯…。仲間を信じられなくなった。それにつきるのではないかと思われます。組織から抜け出すのは大変でしたか?


私が組織を抜けるのは大変でした。持ち出せる荷物も殆どないまま荘から大分離れた所に6畳一間のアパートを借りました。独りになり、しばらく食料の買い出しに行くのも怖かった記憶がある。
学内ではランやアヤと目を合わせないように過ごし、大学とアパートを往復する毎日に戻りました。

組織に拘束される日々からの自由と引き換えに得た、心も折れそうになる程の孤独。組織での半ば脅迫紛いの支配からの解放。組織に完全に染まりきる事が出来なかったから、組織にこのまま身を置くに耐えられなかった。あの頃の選択は間違いではなかった。


時は過ぎ、私も家庭を持ちました。学生運動を垣間見た過去の思い出は、多分墓場まで持って行く事でしょう。


お互い、身体にガタ が来るお年頃です。どうかご自愛下さいませ。
サークルネーム N より

フレンチトーストのランチ

66d65b13.jpg御無沙汰しています(汗)
まりぃですo(^◇^;)ゞ

今回は家昼飯についてです。
私のランチといえば…抜くか お握りか、帰宅して在り物で済ましてましたが。

自宅療養中の娘が今月に入ってから お昼ご飯を用意してくれる事が増えました。

娘はずっと不調だっただけに、正直嬉しい(*^ω^*)
ツレの休日や非番の日は3人でお昼ご飯を食べます。

昨日は フレンチトースト。

彼女がネットで調べたというレシピでは、卵と牛乳・砂糖の液に食パンを浸してレンジで30秒加熱してからバターで焼く。
スライスしたバナナをトッピングして蜂蜜をかける。

卵液がパンの中まで染み込んで 焼き上がりがふんわりして幸せな美味しさでした♪

ツブリナ

6f13b7f7.jpgめっきり寒くなりましたねぇ。

まりぃo(^◇^)oです。

食材の買い出しに行って見つけた『ツブリナ』(画像のヤツ)

[アイスプラント]という珍味野菜なのですが、葉っぱと茎全体が細かい粒々で覆われている。噛むとショリショリ言うんですよ。茎の部分が薄い塩味なのが衝撃的でした!
また買ってこよ(o^∀^o)

今夜の夕食menuは…
・ポテトとブロッコリーのトマトグラタン
・カプレーゼのツブリナ添え
・たっぷり野菜のスープ

冬眠ならぬ夏眠!?

95514897.jpg…まりぃです(>Σ<)

クソ暑い夏から いきなり寒くなりました。
夏の間、何か余裕なくてブログ書けないまま冬になろうとしています。

日本列島に大きな爪痕を残した台風26号も温帯低気圧になり、今朝も冬のような寒さでした。
この台風で命を落とされた方々のご冥福をお祈りします。


さて私事ですが、今まで使っていたガラケーが調子悪くなってしまって。
スマホやiPhoneに機種変する予定はないので、今後も ガラケーを使い続けます。

画像は、暑くて食欲ない日のお昼に炊いた 南瓜粥です。

人生だよね(^∀^)つ”

かねてより抱えている問題について相談したくて、昨日、某占い鑑定事務所にTELをかけました。

最近のTEL占い鑑定事務所は、鑑定料金2万円を超えないよう配慮されているようです。
ポイント購入制のケータイ占いサイトよりも極めて良心的。

よく雑誌広告に載っているケータイ占いサイト、オススメしません!あれはダメ!
『無料鑑定』というフレーズには呉々もご用心です。無料で鑑定してくれるのはほんのちょっとだけ。絶対に次の鑑定に持っていかれ、ポイント購入を余儀なくされる。ポイント購入も千円や2千円じゃすまない。カード決済で購入し続け、気がついたら何万円分ものポイントを購入していた…となりかねない。

恋愛などに悩む女性の中には、鑑定料金が月々10万円超えるほどTEL占いに嵌る方、多いらしいですね…。

長い人生、どうすりゃいいのか 迷う事は多々あります。私とて例外ではなく(汗)
まぁ尤も私の場合 恋愛で悩む事は殆どないけどねwww.

私の悩み事と言えば、子供達の事。自分自身の性格や生き方の問題…。解決を急いで失敗も数知れず。

しかし 考えてみれば 大なり小なり 皆さん悩みを抱えながら生息しているんですよね。
失敗や挫折は 全て自分の経験値として、身になってゆく。失敗と挫折から学んだ事は自分の精神的財産になる。

悩み落ち込むのも悪くない。転んだってまた立ち上がればいいのさっ(^∀^)ノ

悩み事とうまく折り合いつけながら、思い詰めず、ほんわか明るいオッカサンを目指そう…

占い鑑定に頼るのもたまにはありです。ただし、料金も安くはないので依存してしまわないようにね!(b^ー°)
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最高のディナー

久々に日記らしい記事を^^


以前もブログに書いたように、私は手術で内蔵を切除しているのですが…

加齢のせいもあるかも知れないけれど 日によって体調の好不調があります。

昨日はカレーを作る事になっていたのですが、体調が振るわず 体が動きづらかったので…

休日だった旦那と娘が自発的に食事の支度をしてくれました。

メニュー(^_^)v
・チキンカレー(白米ご飯)
・キャベツのスープ
・ヒレカツと鶏唐揚げの盛り合わせ
・アボカドわさび醤油あえ

デザートに 頂き物の桃缶


揚げ物を食べたい旦那が買ってきた ヒレカツと鶏唐揚げが高カロリーなので私はそれぞれ一個を半分ずつ…

お腹と心が満腹いたしました。

最高な晩ご飯でした(*^ω^*)

今夜もカレーです(笑)

第4章:『大嫌いだった私へ』…仲間って何!?

この時の大規模な合宿 どこかの大きな施設を借りて行われたのだろうが、詳細は私には分からない。ただ、夏だったので 大量のソウメンを何名かの食事当番(荘では食当と呼んでいた)と一緒に茹でた記憶はある。
大鍋に溢れるほどのカレーやおでんも、合宿の定番だった。

「アタシ、おでんのオツユをご飯にかけるの大好きなんだよねぇ♪」と嬉しげにおでんの大根をつついていた、カンパ活動で仲間になった女の子。いかにも勉強が嫌いな雰囲気の、革ジャンを着て矢沢永吉を気取っていた男の子…。私が会ったのは、高校中退した十代の男の子達が多かった。

「ピアノとかダンスとかスキーとか、色々教えて貰えて、仲間もたくさんいる。いいところに入ったなぁと思います」とカンパ活動の終わりの挨拶で発言したのも十代の男の子だった。


思い起こせば、ワイワイ言いながらの食事作りは確かに数少ない楽しい思い出だったに違いなかった。

Mの党を全国組織にすべく、党より任命された専従が カンパ活動や訪問などで組織した若い現職の子と顔合わせする機会も増えていった。

A荘での合宿(カンパ活動だったろうか)でNちゃんという若い女性と食当になった時…ひとしきり私とお喋りしていたNちゃんは「京花、元気かなぁ」と呟いた。私はハッとした。久々に耳にする名前。

『京花、組織辞めたんだな…』それ以外何の想いもなかった。
学生運動盛んだった頃から組織が全国に仲間作りを始めた頃に流行った、『断固糾弾』の言葉をもじって「断固休学!」と言いだしたのが誰だったか…私には預かり知らぬ事だった。

第4章:『闘争に身を置いて』…仲間って何!?

さて、学生部の夏休みや冬休みの過ごし方について思い出した事…。


大学の夏期・冬期休業には組織規模での合宿がある。専従・現職は勿論、学生部も参加必須。『状況』が許さない場合を除き不参加は許されなかった。
新規組織員定着が主な目的で、独自の指導法に則ってのピアノやスケート、ダンスなどが行われた。ドレミの鍵盤も解らなかった人が、合宿終了時には組織オリジナルの歌が弾けるようになったのだ。


学生部のメンツにとって夏休みや冬休みは無きに等しい。『状況作り』と称して数日間の帰省は認められてはいたが、それは『親にカネをせびって来る』暗黙の任務があったように思う。
だから、奨学金制度で大学に通っていたり親に無心する当てのない組織員は当然帰省出来ないわけ。

実家が有名温泉宿の娘だったアムロは毎回『状況作り』のために帰省していた。親が厳しいので電話掛けも出来ず、帰省の度にメガネが壊れる程殴られてくる。それは京花も同様で、父親からタバコの根性焼きをされた跡が腕や手の甲に点々と付いていた。
しかしながら、今考えればそれらも組織に対する『状況作り』だったのかも知れない。現に彼女達は 組織を抜ける時、厳格な親の存在や仕打ちを 組織脱退の表向きな理由に出来たはずだから。

私の場合は、組織から一時でも離れられ両親が待っていてくれる帰省は外せなかった。
『帰らないと親が厳しい』という表向きな状況を作っていた。
親許を離れて生活する学生なら当然なはずの帰省が、組織内では認められない雰囲気があった。

そして帰省するやいなや、毎晩しつこくTELが掛かってくる。そしてTELのそばにいる荘員皆が入れ替わり立ち替わり電話に出て『早く帰ってこい』コールを浴びせるのだ。
表向きは『親許で闘う仲間を励ます』電話掛け。私にとっては、ありがたかったのは最初だけで次第に鬱陶しく感じるようになった。
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